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2010年5月の34件の記事

2010年5月30日 (日)

【楽】吉田拓郎&中島みゆき「永遠の嘘をついてくれ」

ひさしぶりに、YouTubeでこんな映像を見て、聴いていた。
中島みゆきが発する「オーラ(霊気)」は、やっぱりすごい。
「つま恋2006」 のライブ映像。
吉田拓郎のステージに中島みゆきがゲスト出演、「永遠の嘘をついてくれ」(中島みゆき作詞作曲) を歌っている。

この映像はご存じの方が多いと思うが、ちょっと感動したので。

YouTube
吉田拓郎 WITH 中島みゆき - 永遠の嘘をついてくれ(高画質 WIDE Ver.)
http://www.youtube.com/watch?v=Mz7wwq1RCtQ

この他、山のように同じ映像がアップされている。
元はBS放送のものらしい。
YouTubeというのも、なんだかなあ……ありがたいけど。

もうひとつ、いい映像があった。

ヘッドライト・テールライト - 中島みゆき
http://www.youtube.com/watch?v=uNVKbRClxRA&feature=related

これもNHKの番組からだろう。
伴奏の指揮をとっている人が、瀬尾一三さんということだ(クレジットがでている)。
「つま恋2006」 も、瀬尾さんが指揮をしていたな。


以下、勢古浩爾 『中島みゆき・あらかじめ喪われた愛』 (宝島社) からの孫引きだが――。
中島みゆき自身の言葉。

<ここで(『グッバイ ガール』)瀬尾一三というプロデューサーと出会うんですけど、もし出会わなかったら、さらに御乱心が続いていたかもしれない(笑)。瀬尾さんはわたしが今までやってきたどのスタイルにも対応してくれて、アコースティック・ギター一本でもフル・オーケストラでも。だから瀬尾さんと一緒にやることで、いままで私がやってきた様々なことが無駄にならずに済んだというか。> (月刊『カドカワ』1991年11月号)

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【楽】日曜日の昼下りに聴くジャズ

今日は曇り空で肌寒い日曜日。
古いレコードを引っぱりだして聴いている。

村上春樹さんの 『ポートレイト・イン・ジャズ』 (新潮文庫)を読んで、ひさしぶりに聴いてみようと思ったのだ。

Mjq_concordeTHE MODERN JAZZ QUATET
 CONCORDE

PRESTIGE LP 7005
Recorded July, 2, 1955, New York
MILT JACKSON, vibes
JOHN LEWIS, piano
PERCY HEATH, bass
CONNIE KAY, drums

オリジナル・ジャケットではないのが残念。
私が持っているのは、1979年発売の日本盤だ。
(村上春樹さんの本、文庫版191ページにオリジナル・ジャケットの写真が載っている)

Murakami_portrait_in_jazz_2村上春樹 『ポートレイト・イン・ジャズ』
 新潮文庫  1994年

MJQについて、村上さんは、なかなか面白いことを書いている。

<逆説的な言い方になるが、MJQのユニットとしての強力さは、そのユニットとしての破綻性の中にある。これは彼らの演奏を実際にステージで見ると、情景的によくわかる。ほかの三人は設定されたコレクティブなサウンドをしっかり維持しているのだが、ヴァイブのミルト・ジャクソンはソロの途中でそういうフォーマルなスタイルに我慢しきれなくなって、がばっとスーツを脱ぎ捨て、ネクタイをむしりとって――もちろん比喩的な意味でだが――やおら個人的にスイングし始める。……>

そうは言っても、このアルバムの演奏はまだ、お行儀がいい(よすぎる)と私は思う。
ミルト・ジャクソンらしさがでているアルバムは、なんと言ってもこれだろう。

Plenty_plenty_soulMILT JACKSON
 PLENTY, PLENTY SOUL

ATLANTIC SD-1269
Recorded Jan, 5 and 7, 1957, New York

ミルト・ジャクソンのリーダー・アルバムで、ホーン楽器を加えた大編成、及び六重奏団の生きのいい演奏。
タイトルどおり、ソウルフルな内容だ。
ベースとドラムスはMJQのパーシー・ヒースとコニー・ケイが参加しているが、ピアノはホレス・シルヴァーだ。
ジョン・ルイスのお上品なピアノとは、たいそうなちがいがある。
アルト・サックスのキャノンボール・アダレイが、ロニー・ピーターズという変名で参加している(レコード会社との契約で本名を名乗れなかったのだろう。よくあるケースだ)。

A面に針を落とし、一曲目のアルバム・タイトル曲 「プレンティ・プレンティ・ソウル」 の冒頭が聴こえてきた瞬間、うれしくなる。
B面一曲目(サーモネット Sermonette:「短い説教」の意)と、二曲目(ザ・スピリット・フィール The Spirit-Feel)が軽快でゴキゲン。いずれも、ミルト・ジャクソンの作品。


ジョン・ルイスのリーダー・アルバムで私が持っているものでは、これが好きだ。
(というか、これ一枚しか持っていないが)

John_lewis_grand_encounterJOHN LEWIS
 GRAND ENCOUNTER
  : 2 DEGREES EAST - 3 DEGREES WEST

Pacific Jazz (東芝EMI) TOCJ-5348
Recorded Feb, 10, 1956, L.A.
JOHN LEWIS, piano
BILL PERKINS, tenor sax
JIM HALL, guitar
PERCY HEATH, bass
CHICO HAMILTON, drums

洒落たタイトルが意味するのは、東西両海岸のミュージシャンの出会い。
東海岸(EAST COAST)から二人、西海岸(WEST COAST)から三人が参加している。

LOVE ME OR LEAVE ME, I CAN'T GET STARTEDE, EASY LIVING といったスタンダード曲が5曲と、ジョン・ルイスのオリジナル曲(アルバム・タイトルと同名)が1曲。
ビル・パーキンスのテナー(レスター・ヤング張りの演奏スタイル)と、ジム・ホールのギターがいい。
チコ・ハミルトンのドラムスも面白い。

上品で「白っぽい」演奏だが、くつろいで聴くことができ、好感がもてる。
ジョン・ルイスのいい面がでているのだろう。

このCDの日本語ライナーノーツ(久保田高司)を読むともなく眺めていたら、ジョン・ルイスの経歴として、「1950~51年をレスタ・ヤング・カルテットのサイドマンとして過ごしている」 とあった。
知らなかったなあ。ちょっとびっくり。

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【楽】【読】勢古浩爾さんの中島みゆき論(続々)

Seko_miyuki勢古浩爾さんの処女出版であり、力作でもある 『中島みゆき・あらかじめ喪われた愛』 (宝島社 1994年刊) を読みおえた。
しっかりした構成の中島みゆき論、歌謡論、恋愛論、もっと言えば人間論(関係論・承認論)だった。

1993年までの中島みゆきの歌を対象にしているのだが、ちょうどその頃起こりつつあった中島みゆきの歌の世界の変化を予感しながら、本書のあとがきにこう書いている。

<中島みゆきの最新アルバム 『時代――Time goes around』 を聴いた。ほほう、というのがわたしの一等最初の率直な感想だ。けれどここで、その「ほほう」の内容についてあれこれいうことはさし控えようと思う。ただ、ひとことだけこのように言っておきたい。/中島みゆきは越えつづけている。停滞も惰性も増長も一切ない。中島みゆきはさらに確かである。>
(本書 あとがき)


Miyuki_time_goes_around_1_2Miyuki_time_goes_around_2中島みゆき 時代
  ―Time goes around―

1993年10月発売
PONY CANYON PCCA-00482

いわゆるセルフ・カバー集で、それまでの名曲を再演したものが11曲収録されている。
勢古さんが「ほほう」と感じたように、私もこのアルバムを聴いたときにある種の感慨をもったものだ。
先頭の収録曲「時代」の冒頭には、1975年11月16日の「世界歌謡祭」ライブ録音がすこしだけ使われている。
この音楽祭で彼女の歌う「時代」がグランプリを獲得した。
司会の声は坂本九とジュディ・オング。
この記念すべきアルバムの一年前 1992年10月に、20枚目のアルバム、 『EAST ASIA』 (名作である)がリリースされている。


勢古さんのこの本では、リルケ(訳)の「ポルトガル文」の引用からはじまり、意表をつくが、最終章で中島みゆきの歌の世界が「ポルトガル文」の恋愛の世界に符合することに触れて終わっている。

「ポルトガル文」(私は読んでいないが)は、手もとにある 『ちくま文学の森 第1巻 「美しい恋の物語」』 によれば、次のようなものだ。

ポルトガル文 マリアンナ・アルコファラドの手紙
 ポルトガル中央部のアルムテジョーの地に一つの修道院があった。そこにマリアンナ・アルコファラドという尼僧がいた。1666年のことだが、マリアンナは25歳。おりしもポルトガルはスペインからの独立のために戦っていた。ポルトガル支援のフランス軍士官にシャミリイなる者がいた。二人のあいだに恋が芽ばえた。シャミリイは翌年、あわただしく帰国する。新しい軍務につくために――むしろ、尼僧との恋に結末をつけるため。最初の手紙は士官の出発前に始まり、翌年六月の第五信で終わる。マリアンナは以後、60年近く行き、83で世を去った。 (原題 Portugiesische Briefe)>
―― 『ちくま文学の森』 第1巻 (安野光雅・森毅・井上ひさし・池内紀 編) P.190 より ――


この他、ベストセラーとなった 『マディソン郡の橋』 や、曽野綾子 『誰のために愛するか』、倉田百三 『愛と認識の出発』 、吉本隆明と坂本龍一の対談などが引用されていて、なかなか興味ぶかい。

書籍にしても音楽作品にしても、「処女作」というものには作者(歌い手・作曲家)の「原点」があると思うのだが、勢古さんのその後の著作に流れる一貫したテーマが、この一種不思議な本に込められているようだ。

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2010年5月28日 (金)

【楽】【読】勢古浩爾さんの中島みゆき論(続)

Seko_miyuki_3しつこく続くのだ。
勢古さんの中島みゆき「論」を、さらに論じるつもりはさらさらない。
というか、私の手にあまる。

私が読んで、なるほどと思った個所を引用(というより転載に近いか)しておこう。
ただし、全6章のうち四章まで。

引用の羅列は、読んでくださっている方には退屈なのを承知で。
この本のエッセンス――かどうか自信はないが、私が同意でき、納得できた部分――をいくつか抜き出しておきたい思うのだ。

また、世間で誤解されることの多い(と私は思っている)、中島みゆきという類い稀な才能を弁護したいきもちも多少ある。
当のみゆきさんからは、よけいなお世話と言われそうだが……。

どうしても引用が長くなるのは、この本が入手しにくいということも理由のひとつだが(Amazonで入手可能)、内容を要約する能力が私には決定的に欠けているせいもある。
さすがに、ここまで書き写してしまうと「著作権」に抵触するかもしれないが……どうか、あしからず。


勢古浩爾 『中島みゆき・あらかじめ喪われた愛』 (宝島社・1994年) より

<中島みゆきは愚直なまでにひとつのテーマを変奏する。振りむかれない愛。あるいは置き去りにされた愛。それをここでも失恋とはいわずにあえて喪愛といってみる。くどいようだが、それがたんに相愛からの失墜を意味しているだけではなく、本質的にはあらかじめ喪われた愛、不可能な愛を想起させるからである。>
(第一章 女心 P.34)

<中島みゆきの歌は女心の揺れ動きの負の側面だけを強調した歌のように思われてきた。恨み、嘆き、嫉妬し、自責する暗い情念だけの歌のように思われてきた。口を開けばふられたと歌い、忘れないでと歌い、うらみますと歌うのがとてもやりきれぬとばかりに、男のみならず女までもがそのように中島みゆきを聞いて分かったつもりになった。ようするにふられ女の暗い繰り言ではないかときめつけて、自分はそのような「暗さ」とは無縁の「明るい」人間だと思いたがった。/中島みゆきのそのような一面は肯定されてかまわない。だがわたしは彼女の歌を「暗い」と思ったことはただの一度もない。……しかしまあ「暗い」だの「明るい」だのとわたしたちはつまらぬことを言いあっているが、それもいうなら日本人全体がどうしようもなく「暗い」民族ではないか。中島が歌っているように「みんなモンゴリアン区別がつきません」(「ショウ・タイム」)ではないだろうか。>
(第二章 背後 P.72-)

<不可能であることを薄々承知しながら、それでも愛に確証を求める。それはわたしたちが本質的に、自分自身という存在と、自分の人生にたいする確証と承認と保証を求めているからである。それも唯一性として。>
(第三章 恋愛 P.86)

<いうまでもなく歌の秩序のなかの優秀な作曲家や作詩家や歌い手は数多く存在した。いまでも存在するだろう。……中島みゆきはその詞と曲と歌声のすべてを統合することのできた数少ないアーティストの一人であり、歌の秩序の内部での傑出性においても群を抜いているといってよい。しかし中島をそこからさらに浮上させているものは、しつこいようだが彼女だけがなおかつ歌の秩序を超越しうるほとんど唯一にして無二の存在だからである。>
(第四章 変貌 P.120-)

<それならば歌の秩序(あるいは音楽の秩序)を超越するとはどういうことか。……アーティストの名前によるのでもなく、また音楽の分野によるものでもなく、曲それ自体の力によって感銘をうけるとき、わたしたちは曲のすぐ身近にいる。その匿名化した曲によって感銘をうける地点が、いわば歌の秩序(音楽の秩序)の臨界点である。/けれどもたとえ歌の秩序のなかにあろうと、あるいはその臨界点すれすれにまで膚接していようと、いずれにしても好きになる曲は一方的にわたしが<出あって>しまう曲である。わたしはその曲のなかでたしかに感情の快感と高揚を感じとるが、その<出あい>によってわたしは今いる位置を動くことはほとんどない。それはまだわたしが音楽の秩序なかで音楽に<出あっている>にすぎないからである。>
(同上 P.121)

<ところが時としてその怠惰な位置からいきなり未知の場所へ引きずりだされるような経験をすることがある。それが歌によって<出あわれる>ときだ。これをぜひおおげさな言い草だととらないでほしいのだが、そのときわたしは未知の自分に直面させられ、今まで高を括っていた関係性が新しい光りに照らし出されるような感情を経験する。決して歌い手本人に一体化するわけではなく、あたかも歌と現実が交叉する時空にわたし自身が拉致されていくようなこの経験を、歌の秩序(音楽の秩序)の超越とよんでいいのではないだろうか。>
(同上 P.121-)


ところで、直前の記事で紹介した中島みゆきのアルバム 『10WINGS』 にも収録されている 「二隻の舟」 という歌を、勢古さんは高く評価している。
(勢古さんは「中島みゆきのこれまでの最高の到達点」とまで言っている)
私も大好きで、何度聴いても感動する歌だ。

オリジナル・バージョンをさっきまで聴いていた。

Miyuki_east_asia中島みゆき EAST ASIA
 1992年発売 PONY CANYON PCCA-00397
EAST ASIA/やばい恋/浅い眠り/萩野原/誕生/此処じゃない何処かへ/妹じゃあるまいし/二隻の舟(にそうのふね)/糸

全9曲。すべて名曲。

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【楽】【読】勢古浩爾さんの中島みゆき論

ずっと長いあいだ読みたいとおもいつづけていた本。
勢古浩爾さんの処女作(1994年刊)。それも中島みゆき論である。
すでに入手困難な本だったので、Amazonで昨年七月、ようやく手に入れることができた。
一年ちかく読まずに(読めずに)積んであったことになる。

 【読】勢古さんの中島みゆき論  2009年7月 1日 (水)
  http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-aec1.html

Seko_miyuki勢古浩爾 『中島みゆき・あらかじめ喪われた愛』
 1994/2/15初版発行 宝島社
 219ページ  1650円(税別)

<中島みゆきといえば、まるで条件反射のように「暗い」という単純な俗評しかなされない風潮に一本の楔(くさび)を打ちこんでみたいという気がなかったわけではない。しかしそんなことよりもむしろ「ひとりの女」の愛とはなにかという軸の周辺で中島みゆきの歌についてまともに書いてみようと考えたのである。/先行する評論が数冊存在していることは知っていた。だが臆面もなく言ってしまえば、現在の時点における最高の中島みゆき論を書いてみたいと思った。> (まえがき)

このように、気合いのはいった一冊。
「喪愛」という、耳慣れない言葉・概念が難しいが、読みすすめるにしたがい、勢古さんの言いたいことがわかってきた(ような気がする)

まえがきの冒頭で、この本のテーマが示される。

<この本でわたしはふたつのことを書きたかった。ひとつには中島みゆきというたぐいまれな歌手の、歌の「超越」ということについて。ふたつには、愛とはなにかを問うのではなく、むしろ愛を「喪う」ということの意味について。けれど結局このふたつのことで、わたしはたったひとつのことだけを言いたかったのかもしれない。そのひとつのこととは、なによりも、関係のなかで「ひとりの女(男)」が生きるということについて、である。> (まえがき)

この冒頭の数行を読んだでけで、なんだか面倒くさそうだなと感じ、一年ちかく放置していたのだが――いやいや、なかなか。
中島みゆきファン(私だが)にはありがたい一冊だったのだ。
全6章のうち、第四章まで読んだところ。
その後の勢古さんの著書に一貫する「承認論」の萌芽も感じられるし、なによりも、中島みゆきへの「のめり込み」ぶりが私にはうれしい。


ところで、中島みゆきのCDのうち、買ってからほとんど聴いていなかった一枚がある。
買ってはみたものの、どうも好きになれなかったのだ、正直なところ。

今夜、ひさしぶりにひっぱりだして聴いてみたら、これまた魅力あふれるアルバムだった。
そう感じられるようになったのは、15年の時を経て私のなかで何かが変わったからだろうか。

Miyuki_10wings_1_2Miyuki_10wings_2_3中島みゆき 10WINGS
 1995年発売
 PONY CANYON
 PCCA-00817






「二隻の舟」 "夜会テーマ曲"
「思い出させてあげる」 夜会'94"シャングリラ"より
「泣かないでアマテラス」 夜会'92"金環蝕"より
「Maybe」 "夜会1990"より
「ふたりは」 "夜会1990"より
「DIAMOND GAME」 夜会92"金環蝕"より
「I love him」 夜会'91"KAN(邯鄲)TAN"より
「子守歌」 夜会'94"シャングリラ"より
「生きてゆくおまえ」 夜会'94"シャングリラ"より
「人待ち歌」 夜会'93"花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせし間に"より

これが収録曲で、「夜会」のライヴ・バージョンからである。
勢古さん流にいえば、このアルバムを買った当時、私はまだ中島みゆきにほんとうに「出あわれ」ていなかったのだろう。

ふたたび本書から。

<中島みゆきは不意に出現した。それまでは何が「なかじまみゆき」だと、どうせあの類いの歌をいかにもそれらしく歌うあの類いの歌い手だろと、わたしは高を括っていた。もちろん「時代」や「ひとり上手」や「わかれうた」といったヒット曲は耳にしていたはずだが、せいぜい声の明晰さやリズム感が印象に残ったくらいで(それさえもほんとうは曖昧な記憶だ)ようするに無関心であった。/しかし中島みゆきは不意にその姿形を現した。というよりもくっきりとした輪郭をともなって姿を現したのは、むしろひとりの古典的な「女」であった。「中島みゆき」という名は、そのひとりの「女」に後からつけられたかりそめの名前であるように思われた。そのとき「なかじまみゆき」はわたしの内部であきらかに「中島みゆき」に変貌した。わたしが中島みゆきに<出あった>というよりもむしろ、わたしが中島みゆきの歌によって<出あわれた>というべきであった。……> (第四章 変貌 P.115-)

「出あわれた」という奇妙な言いまわしも、この本を読んでいない人には理解されにくいと思うが、それはまた機会があればあらためて書いてみたい。――書けないかもしれないけど。


【参考サイト】
中島みゆき ファンサイト
 中島みゆき研究所 - The Unauthorized Fan Site
 http://miyuki-lab.jp/
驚くほど膨大なデータベース。
勢古さんの本も紹介されている(文献目録>評論・研究書)。
紹介されているといっても、<中島みゆきの歌は、あらかじめ喪われた愛であるという「喪愛論」>と、たったこれだけだが。
内容を簡単にまとめるのが難しい本ではある。
このサイトに本書の目次が紹介されているので、興味をもたれた方はご覧いただきたい。

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2010年5月26日 (水)

【読】読了、勢古さんの新書

このところ、こればっかりだが……。
手もとにたまっていた勢古浩爾さんの新書のうち、まだ読んでいなかった最後の一冊を読んだ。

Seko_jibunbaka『日本を滅ぼす「自分バカ」』 勢古浩爾
 PHP新書 2009/5/1発行
 275ページ 740円

タイトルはどぎついが、内容はいい。
勢古さんの近刊のなかでは、筋が通っていて読み応えがあった。

私は知らなかったが、こんな写真のことが紹介されていて、感銘をうけた。
2008年8月7日 NHKで放映された 「解かれた封印――米軍カメラマンが見たNAGASAKI」 という番組で、ジョー・オダネルという当時23歳の従軍カメラマンが撮影した一枚の写真のことを、勢古さんは知ったという。
「焼き場に立つ少年」 という写真だ。

<場所は長崎である。川岸に浅い穴が掘られ、そこが焼き場だ。「白い大きなマスクをつけた係員」が荷車に積まれて運ばれてくる死体を穴の中に投げ入れている。/そのときである。……>

以下、ジョー・オダネル 『トランクの中の日本――米従軍カメラマンの非公式記録』(小学館) からの引用が続く。
概略、こういう内容だ。 (本書 P.269-)

焼き場に10歳くらいの少年がやってきた。
小さな体はやせ細り、ぼろぼろの服を着てはだしだった。
背中には二歳にもならない幼い男の子がくくりつけられていた。
少年は焼き場のふちまで進むと、そこで立ち止まり、係員が背中の幼児を下ろして足元の燃えさかる火の上に乗せた。
少年は背筋を伸ばし、気を付けの姿勢で、じっと前方を見つづけた。
一度も焼かれる弟に目を落とさず、軍人顔負けの見事な直立不動の姿勢のままだった。


勢古さんは、「わたしはすべてにおいて、この少年に負けているのだった」 と語る。

<そして負けているのは、わたしだけではない。もちろん、そんなことをいってもなんにもならない。だがいっさいの感情を押し込めた少年の表情と健気な姿勢には、戦後日本が束になっても太刀打ちできない、もっとも人間らし人間の姿がある。……> (P.271-)



【e-honサイトより】
『トランクの中の日本 米従軍カメラマンの非公式記録 J・オダネル写真集』
ジョー・オダネル/写真 ジェニファー・オルドリッチ/聞き書き 〔平岡豊子/訳〕
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000019533086&Action_id=121&Sza_id=E1

[要旨]
1990年からアメリカで、ついで1992年から日本各地で彼の写真展は開催され、話題を集める。しかし、この夏に予定されていたワシントンのスミソニアン博物館での原爆写真展は、すでに報道されたように在郷軍人の圧力でキャンセルされた。ここにおさめられた57点の写真は、スミソニアンではついに展示されなかった真実の記録である。
[目次]
戦争は終わった!そして日本へ。;「君の任務は上陸の模様をカメラにおさめることだ」;水平線に蟻のような黒い点々が現れ始めた。;あたりの空気はこげ臭く、空は淡い灰色にもやっていた。;その晩、招待を受けて市長宅を訪れた。;おもしろそうなものを見つけてはシャッターを切った。;「墜落した飛行士も気の毒な死者のひとりですよ」;福岡の海兵隊の新しい司令部ができることになった。;奇妙な老人の言葉を忘れずに。;なんとか現像してみよう。〔ほか〕

【Amazonサイトより】
『Japan 1945: A U.s. Marine's Photographs from Ground Zero
 - ペーパーバック (2008/4/28) Joe O'Donnell』
http://www.amazon.co.jp/s?_encoding=UTF8&search-alias=books-us&field-author=Joe%20O%27Donnell


洋書の方は私には読めなそうもないが、邦訳は読んでみたいと思う。
あいにく、図書館には置いていない。
うーん、またもやe-honサイトでボタンをクリックか。

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2010年5月23日 (日)

【楽】【読】休日の昼下がりに聴くジャズ(モンクとマリガン)

Portrait_in_jazz2村上春樹さんの 『ポートレイト・イン・ジャズ』 (新潮文庫、和田誠 絵) を読みなおしている。
音楽を言葉で表現するのはむずかしいことだが、さすが村上春樹さんだ。
耳慣れないカタカナ語がよくでてくるので辞書が必要かもしれず、人によって好みはあろうが、私は彼の魔法のような表現に感心する。

たとえば、バリトン・サックス奏者 ジェリー・マリガンの魅力を、こんなぐあいに表現している。

<僕らがジェリー・マリガンの音楽から一貫して感じとることができるのは、そのナイーヴで内省的な魂の息吹である。音楽に対する深い尊敬の念であり、きりっと背筋ののびた潔さである。> (新潮文庫版 P.129)

また、孤高のピアニスト セロニアス・モンクについては、こうだ。

<セロニアス・モンクの音楽の響きに、宿命的に惹かれた時期があった。モンクのあのディスティンクティヴな――奇妙な角度で硬い氷を有効に鑿削る――ピアノの音を聴くたびに「これがジャズなんだ」と思った。それによって暖かく励まされさえした。……モンクの音楽は頑固で優しく、知的に偏屈で、理由はよくわからないけれど、出てくるものはみんなすごく正しかった。……> (新潮文庫版 P.156-157)

  ディスティンクティヴ distinctive : 独特な、特徴的な

村上春樹さんの小説は、残念ながらほとんど読んでいないのだけれど、ジャズを題材にした文章は好きだ。
そんなわけで、このちいさな一冊は私の愛読書になっている。
読んでいると、むしょうにジャズのレコードを聴きたい気分になってくるのだ。

Mulligan_meets_monk村上さんの推奨盤ではないが、こんなレコードがあったのでひさしぶりにターンテーブルにのせて聴いてみた。
村上さんのように「ワイン片手にソファーに座り」というわけにはいかず、コーヒーを淹れて飲みながらだけれど。

"MULLIGAN Meets MONK"
 Thelonious Monk and Gerry Mulligan
 RIVERSIDE RLP 1106
 New York, August 12 and 13, 1957
 (日本盤 ビクター 1975年)
 GERRY MULLIGAN, baritone sax
 THELONIOUS MONK, piano
 WILLBUR WARE, bass
 SHADOW WILSON, drums

B面一曲目、マリガンが作曲した「デサイデッドリー DECIDEDLY」がいい。
ふたたび村上さんの言葉を借りれば、「マリガンの紡ぎ出すトーンは懐が深く、優しい」。
聴いているこちらを、ゆったりとくつろがせてくれる。

管楽器のはいったモンクの演奏もいいな、と思いながら、もう一枚ひっぱりだして聴いている。

Brilliant_corners"BRILLIANT CORNERS" THELONIOUS MONK
 RIVERSIDE RLP 12-226
 New York, December 17 and 23, 1956
 (日本盤 ビクター 1976年)
 THELONIOUS MONK, piano
 ERNIE HENRY, alto sax
 SONNY ROLLINS, tenor sax
 OSCAR PETTIFORD, bass
 MAX ROACH, drums
 CLARK TERRY, trumpet
 PAUL CHAMBERS, bass

なんといっても、ソニー・ロリンズのテナーとマックス・ローチのドラムスが光っている。
B面一曲目、モンクが奏でるチェレスタの響きがかわいらしい。
最後の曲、「ベムシャ・スイング」にさしかかれば、もうごきげんだ。

ジャケットがいいな。
CDでは味わえない、レコードのよさというものがある。
こんなことなら、若い頃にもっとたくさんレコードを買っておけばよかった。


ついでだが、そして、これまでさんざん書いたことだが――『ポートレイト・イン・ジャズ』 のCD二枚もいい。
このオムニバス・アルバムは、いまや私の愛聴盤となっている。
レコードだったらもっとよかったのに。

Portrait_in_jazz_1Portrait_in_jazz_p1_2Portrait in Jazz
 selected by Makoto Wada
 and Haruki Murakami

(左)Sony Records SRCS 8680
   1998年 2400円(税別)
(右)POLYDOR POCJ 1600
   1998年 2718円(税別)

「ジャズがほんとうに好きな二人がつくったとっておきのアルバム」 (CD帯より)

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2010年5月22日 (土)

【山】【読】山野井泰史さんの連載(東京新聞夕刊)

カテゴリー 【山】【読】は強引かもしれないが……。

東京新聞の夕刊一面に 「この道」 という連載記事がある。
ちょうど日経新聞の 「私の履歴書」 のような内容だ。

すこし前まで、河野洋平が52回にわたって連載していたが、私はまったく読む気がなかった。
その後、5月6日(木)から、クライマーの山野井泰史さんの連載がはじまった。
毎日、欠かさず読んでいる。

東京新聞 2010年5月6日(木) 夕刊 一面
 「この道」 山野井泰史  第1回 「クライマーズ・ハイ」


20100506_tokyo_shinbun

この人のことはあまりよく知らなかったが、服部文祥さんの本 『サバイバル登山家』 (みすず書房)に序文を寄せていたので記憶にあった。


Hattori_survival_climber_2【読】サバイバル登山家 2009年7月17日 (金)
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-aee3.html

【読】サバイバル登山家(続) 2009年7月17日 (金)
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-91b8.html

服部さんもすごい人だが、この山野井さんはもっとすごい。
クライミングの内容にも驚かされるが、生き方が山登り一筋なのだ。


5月22日(土) 第15回 「山だけで生きる」 より

<好きな山登りだけやっていても、生きていける。そう思うようになったのは二十代半ばからですね。二十代前半は派遣労働者として、流れ作業で働いたりしてましたけど。それからは職業を持つことは考えませんでした。/山に行きはじめた小学生の時は、山小屋で仕事をできたらいいなと思っていましたけどね。毎年、いろんな外国の山に行くようになると、山小屋の仕事なんかできないわけですよ。……>

<唯一、定職というんじゃないけど、富士山の強力は十年くらいやりました。これはヒマラヤのトレーニングにもなりますから。……>

 1992年、ブロードピークにいっしょに登った長尾妙子さんと結ばれ、奥多摩で暮らすようになる。妙子夫人も数々のハイレベルな登攀を世界各地で行ってきたトップクライマー。夫妻で山一筋の暮らしを続けてきた。

<とにかく山登りにマイナスになるようなことはしたくなかった。自分の山登りができなくなる、時間がさけなくなるようなことはしたくないと思っていたんです。収入は、普通の人が聞いたら笑っちゃうような額ですけど。強力は2002年にはやめたから、あれからどうやって収入を得てきたんだろう(笑)。……>

― 5月21日(金) 東京新聞 第14回に記された紹介文より ―
やまのい・やすし
 1965年、東京都生まれ。「世界最強」とうたわれた登山家。文部科学省スポーツ功労賞、植村直已冒険賞などを受賞。題字は本人。(構成=編集委員・佐藤次郎)

― Wikipediaより ―
山野井 泰史(やまのい やすし、1965年4月21日 - ) は、東京都出身のソロクライマー。身長165cm、体重58kg。東京都西多摩郡奥多摩町在住。
高校就学時よりアルパイン・クライミングに傾倒。高校卒業後はアメリカ合衆国のヨセミテなどでフリークライミングに没頭する。フリークライマー平山ユージと共にルートに挑戦した。その後はビッグウォールに転身し、妻の妙子とともに、毎年新ルートを開拓する。ギャチュン・カン北壁の登攀後、嵐と雪崩に巻き込まれ重度の凍傷に罹り手足の指10本を切断する重傷を負うも、クライミングへの熱意は冷めず、オールラウンドな挑戦を続けている。


【参考書籍】

Yamanoi_iwatoyuki_1山野井泰史 『垂直の記憶―岩と雪の7章』
 山と渓谷社 2004年
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4635140059
出版社/著者からの内容紹介
2002年秋、山野井泰史は、ヒマラヤの難峰ギャチュン・カンに単独登頂後、下降中嵐につかまり、妻・妙子とともに決死の脱出を試みて奇跡的に生還した。この衝撃的な生還を機に、自らのクライミングの半生を振り返り、難ルートから挑んだ高峰への思いを綴る。すさまじい登攀への思いと「日常」の生活も著わした、氏の再起への物語でもある。




Sawaki_tou沢木耕太郎 『凍』
 新潮社 2005年
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/410327512X
内容(「BOOK」データベースより)
最強のクライマーとの呼び声も高い山野井泰史。世界的名声を得ながら、ストイックなほど厳しい登山を続けている彼が選んだのは、ヒマラヤの難峰ギャチュンカンだった。だが彼は、妻とともにその美しい氷壁に挑み始めたとき、二人を待ち受ける壮絶な闘いの結末を知るはずもなかった―。絶望的状況下、究極の選択。鮮かに浮かび上がる奇跡の登山行と人間の絆、ノンフィクションの極北。講談社ノンフィクション賞受賞。




【2010/5/30追記】
YouTube
1/7 山野井泰史夫妻のオルカ初登 クライミング (全7映像の1)
 NHKスペシャル
http://www.youtube.com/watch?v=aLMLk8WeAEI&NR=1

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【楽】【読】ポートレイト・イン・ジャズ(CD)

村上春樹・和田誠コンビによる 『ポートレイト・イン・ジャズ』 (新潮社)、そのCD編が二枚でている。
そのうちの一枚を先日紹介したが、もう一枚。
こちらは、Verveレーベル音源(ポリドール)。
CD店にはもうないらしいが、Amazonで新品を手に入れることができた。


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ポートレイト・イン・ジャズ 和田誠・村上春樹セレクション
ポリドール編  ポリドール POCJ 1600
 1998年 2854円(税込)

チャーリー・パーカー、ハーブ・ゲラー(ファッツ・ウォーラー)、アート・ブレイキー、スタン・ゲッツ、ビル・エヴァンス、デューク・エリントン、エラ・フィッツジェラルド、エリック・ドルフィー、カウント・ベイシー、ナット・キング・コール、ディジー・ガレスピー、セロニアス・モンク、レスター・ヤング。
全13曲、魅力的な演奏ばかりだ。
エリック・ドルフィーが選ばれているのが、うれしい。

ブックレットには、村上春樹さんのエッセイが5ページ、掲載されている。
レコード盤への愛着を語っていて、そのきもちは私もおなじ。

<CDのライナーノートにこんなことを書くのはいささか気がひけるのだけれど、僕はLPレコードが昔から一貫して好きだ。LPレコードのかたちが好きだし、手触りが好きだし、匂いが好きだ。その重さが好きだし、そこから出てくる音が好きだ。レコードを両手で持って、ラベルやら溝のかたちやらをじっと眺めているだけで、けっこう幸福な気持ちになれる。コンパクト・ディスクを手に持ってただ眺めていても、それほど楽しくないですよね。> (ブックレットより)


本の方の 『ポートレイト・イン・ジャズ』 のエリック・ドルフィーの項には、"OUT THERE" というアルバムのオリジナル・ジャケットの写真が掲載されている。
私が持っているLPのジャケットは、残念ながらそれとはちがう。


<エリック・ドルフィーといえば、ほとんど反射的にこの『アウト・ゼア』というプレスティッジ初期のLPが僕の頭に浮かぶ。もちろん音楽的内容も優れているけれど、それと同時に(というか、それ以上に)オリジナルのジャケットが忘れがたかったからだ。シュール・レアリスム的というか、もろサルバドール・ダリ風の絵で、空中に浮かんだコントラバスの舟にドルフィーが乗って、なんだか難しい顔でサックスを吹いている。……まるで宇宙の場末みたいに(それとも伝統が切れかけている物置みたいに)暗い。>

<僕らは多かれ少なかれ、みんな宇宙の場末に生きているのかもしれない。エリック・ドルフィーを聴くたびに、そう思わなくもない。>

(『ポートレイト・イン・ジャズ』 新潮文庫 P.114-118)


レコード・ジャケットって、ほんとにいいな。

"OUT THERE" ERIC DOLPHY
(画像左) 私の持っているLPのジャケットと、村上春樹さんが紹介している本のページ
(画像右) そのオリジナル・ジャケット 

Dolphy_out_there_and_book_3 Dolphy_out_there_originaljacket  

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2010年5月21日 (金)

【読】自分に酔う人、酔わない人

これも、勢古浩爾さんの本のタイトル。
おもしろかったな。

Seko_youhito勢古浩爾 『自分に酔う人、酔わない人』
 PHP新書 2007/7/2発行
 211ページ 700円(税別)

<オレは修羅場を踏んできたと大物ぶる者、過ちを認めずに開きなおる者、弱音を吐いて同情を誘う者、仲間が集まると急に気が大きくなる者。――自分に酔って恥じることなき懲りない人々。
「自分」という酒にうっとりするためなら、他人の感情なんて気にせず平気で蹴落とす。なぜなら自分は特別なのだから、と妄想的なのぼせ酔い。なにを根拠にそこまで下品になれるのか。先に酔った者勝ちだといわんばかりに、ますますオダをあげる彼らとどうつきあうか。他人の"酔態"見て、わが"酔態"直せ! 現代「自己陶酔」白書。> (カバーより)

多少八つ当たりのきらいもあるが、いつもの勢古節が痛快。

この本の主題は、「酒に酔う」ことではなく、「飲まずして自分に酔う」ことなのだが、いつのまにか酒飲みの話にズレていくところが、おかしい。

勢古さんは酒を飲まない。
いわゆる「下戸」で、この私もそうだ。
だから、しょうもない酒飲みの酔態をこきおろす勢古さんの文章が、私にはきもちいい。

<「オレの酒が飲めないのか」とすごむ前世紀の遺物のようなバカが絶滅したわけではないけれども、さすがに数としては減っているようである。考えるまでもなく、いいことである。酒は好きな者が飲めばいい。酒とはそれだけのものだ。交流を親和化し、互いが楽しい時間を共有するための酒に、「オレの酒が飲めないのか」などという強制は、もともと存在してはならないものなのだ。> (6 強制酒の章 P.130)

<楽しく飲むための酒が、酒の強制によって、他人にとっては苦痛になる。「ノリ」が悪い、空気を読め、とのアホ発言。いやだ、といえない社会。これらの主役が個人ならまだいい。「てめえの酒なんか飲めるか」と個人レベルで対抗すればいいからである。対抗すればいいとはいっても、その相手が先輩、上司、得意先、怖い相手なら、そう簡単ではないことはわかっている。> (同 P.136)

<2006年7月、専修大学の軟式野球サークルの合宿で、一気飲みした19歳の学生が死ぬという事件が起きた。……> (同 P.137)

なんだかなあ。
いまだに、若いモンはこんなことをやっているのか。


<酒飲みにとって、酒を飲まない人間がそばにいると、なんとなく不愉快なようである。座をしらけさす元凶のような目で見る。一緒になってその場を共有しない人間がうとましいのだろう。けれども、酒を飲む飲まないは、涙とおなじように、その人間の何物をも証明しない。もともと体質の問題であり、たかが好悪の問題でしかない。酒を飲もうが飲むまいが、立派な者は立派で、バカはバカである。……> (8 下戸の章 P.180)


ところで、「下戸」というのも、妙な言葉だ。

<さてここに、酔おうにも酔えない人間がいる。なにしろ、酔う前にそもそも酒が飲めない。生レバーや温泉タマゴや豚足が嫌いなように、酒が嫌いなのだ。このような人間は、下戸、と呼ばれる。げこ、である。なんなのだろう、この座りの悪いみじめったらしい呼び名は。それにくらべて、酒飲みは上戸。じょうご、である。これまたしっくりしない言葉である。けれどもしかたがないのである。勝手に死語にするわけにはいかない。> (8 下戸の章 P.179-180)

「座りの悪いみじめったらしい呼び名」 には、おもわず笑ってしまった。


勢古さんの著書のなかでは、星三つ(★★★)といったところか。

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2010年5月19日 (水)

【読】負けない

ビリー・ホリデイの自伝を読むのがしんどくなったので、ちょっと脇に置いといて、ひさしぶりに勢古さんの軽い新書を読んでいる。
明日には読みおえることだろう。

Seko_makenai勢古浩爾 『負けない』
 ちくまプリマー新書 2009/6/10発行
 191ページ 780円(税別)

<「勝ち組・負け組」という二分法には、とりあえず否を唱えたい。/生きることにおいて「勝ち」も「負け」もないからだ。/「強いか弱いか」や「損か得か」だけで人を測らず、「美しいか醜いか」という基準を見失わない。それが「負けない」である。>
(本書カバーより)

しごくまっとうな、あいかわらずの勢古節が心地よい。
が、初期の勢古さんの著作にあった鋭さが感じられず、構成も安直で、ちょっとさびしい。

それでも、このところ身辺に「負けそう」になるような事態がおきている私にとっては、慰められる言葉がちりばめられている。
自分に「負けない」――まあ、くじけずにやっていきましょうや、ということか。

そういえば、「生きてるだけでまる儲け」 というのが、明石家さんまがじぶんの娘に 「いまる」 と名づけたワケだという話を聞いたことがある。
ほんとうかどうか知らないが。
勢古さんも、この本の中でおなじことを言っている。

「生きてること、それだけでいいんだよ」 ―― 中島みゆき風の問い 「生きていてもいいですか」 には、そう答えよう。

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2010年5月18日 (火)

【楽】【読】村上春樹さんとジャズ (続)

Portrait_in_jazz_1_3村上春樹さんが選曲したCD 「ポートレイト・イン・ジャズ」 の話の続き。

このCDのブックレットに、村上さんのエッセイが5ページにわたって載っている。
とても興味ぶかく、いい文章なのでさわりを紹介したい。
村上春樹ファンなら、このブックレットの文章を読むためだけに買っていいCDかもしれない。なんちゃって。

「雨の夜のビリー・ホリデイ」 村上春樹

<ときどき若い人から「ジャズってどういう音楽なんですか?」という質問を受けることがある。でもそういう風に唐突に、まるでコンクリート壁にゴム粘土をぶっつけるような訊き方をされても、とても困る。……>

<たとえばビリー・ホリデイの歌はもちろん、ずぶずぶにジャズだけれど、それを映画のためにダイアナ・ロスがそのままコピーしたものは、どうしてもジャズとは呼べない。しかしその決定的とも言える違いを言葉で表現するのは至難の業である。>

<でも僕は文章を生業としている人間なので、「そんなこと説明したってわかるものじゃない。何でもいいからジャズのCDを10枚くらいじっくりと聴いて、それからもう一回出直してきなさい」というような言辞は簡単に口にできない。……>

このように前置きしてから、村上さんが語るエピソードが続く。
よく知られているように、村上さんは若い頃(二十代のなかば頃)、「東京都国分寺市の南口にある小さなビルの地下でジャズ・バーを経営していた」。
村上さんの店に来ていた黒人米兵のエピソードだが、ここには書かない。

このブックレットの文章は、最後にこう結ばれている。(太字は原文のまま)

<「ジャズとはどういう音楽なんですか?」と誰かに訊かれたら、僕はこの話をして、「そういうのがジャズなんだよ」と答えるしかない。……>


【参考サイト】
東京紅團(東京紅団) http://www.tokyo-kurenaidan.com/ 内
 村上春樹の世界を歩く(国分寺を歩く)
  http://www.tokyo-kurenaidan.com/haruki-kokubunji1.htm

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【楽】【読】村上春樹さんとジャズ

私の愛読書 『ポートレイト・イン・ジャズ』 (和田誠/村上春樹、新潮文庫) のCD版があることを知り、入手してさっそく聴いてみた。

Portrait_in_jazz2『ポートレイト・イン・ジャズ』
 和田誠/村上春樹
 新潮文庫 2004年
 本文341ページ 781円(税別)
単行本(新潮社刊 1997年・2001年)二冊をまとめたもの

表紙は、ビックス・バイダーベック(Bix Beiderbecke、コルネット奏者)。
和田誠さんの絵がいい。
チェット・ベイカーにはじまり、ギル・エヴァンスまで、55人のジャズ・ミュージシャンの似顔絵(和田誠)と、村上春樹さんの文章から構成されており、村上さんの推薦盤がモノクロ写真で紹介されている、洒落た本だ。
ジャズ入門書としてもすぐれた一冊。

Portrait_in_jazz_1_2Portrait_in_jazz_2

ポートレイト・イン・ジャズ 和田誠・村上春樹セレクション

 Sony Records SRCS 8680
 1998年 2400円(税別)
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005681R

 ※ これとは別に、「ポリドール編」のCDもでている
  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005681S


すてきなジャケットにもなっているビリー・ホリデイの歌が2曲、ビックス・バイダーベックの演奏が2曲、その他、ベニー・グッドマン、ジェリー・マリガン、デクスター・ゴードン、チュー・ベリー、ルイ・アームストロング、チャーリー・クリスチャン、マイルズ・デイヴィスらの演奏が収録されている。
村上さんらしいセンスが感じられる選曲だ。

おそらく版権の制約だと思われるが、CBSソニー系の音源ばかり。
ビリー・ホリデイの演奏はもちろんいいのだが、マイルズ・デイヴィス――村上さんは、マイル・デイスではなくマイル・デイィスと書く。この方が正しい発音だろう。文筆家らしいこだわりか――の「ウォーキン Walkin'」、それも、『フォア・アンド・モア ‘FOUR’ & MORE』 に収録されているライヴ録音を選んでいるのが、興味ぶかい。

Milles Davis (tp), Herbie Hancock (piano), George Coleman (tenor sax), Ron Carter (bass), Tony Williams (drums)
1964年2月12日
ニューヨーク リンカーン・センター 「フィルハーモニック・ホール」 実況録音

私もこのレコードを持っているが、どちらかというとプレステッジ盤のゆったりとしたテンポの 「ウォーキン」 を好んで聴いていた。
いまあらためて、『フォア・アンド・モア』 の演奏を聴いてみると、これがすごい演奏なのだ。

<『フォア・アンド・モア』の中でのマイルズの演奏は、深く痛烈である。彼の設定したテンポは異様なばかりに速く、ほとんど喧嘩腰と言ってもいいくらいだ。トニー・ウィリアムズの刻む、白い三日月のように怜悧なリズムを背景に受けながら、マイルズはその魔術の楔を、空間の目につく限りの隙間に容赦なくたたき込んでいく。……>
(村上春樹 『ポートレイトイン・ジャズ』 新潮文庫 P.105)

マイルズとトニー・ウィリアムズの演奏もすごいが、村上さんのこの文章もすごい。

(長くなりそうなので、次の記事へ続く)

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2010年5月16日 (日)

【楽】休日の昼さがりに聴く八重山民謡(安里勇)

ひさしぶりに、こんなCDをひっぱりだして聴いている。
ゆったりとした八重山民謡を聴いていると、こころがなごむ。

ぶ厚いブックレットには、藤原新也、池澤夏樹、そして、写真家の星野道夫さんが寄せた文章がある。
おそらく星野道夫さんの絶筆原稿となるものだろう。

<星野道夫さんがカムチャッカでヒグマに襲われて亡くなったのは八月八日のことでした。この原稿は亡くなる数日前、カムチャッカで出会った日本人に託されたものでした。安里勇の「海人」のライナーノートに原稿を書いて下さいとアラスカに電話したのが六月のことでした。三村淳さんに連れられて沖縄の海に出会ってから、誰よりも安里勇のCDを楽しみにしていた星野さんにこのCDを届けられなかったのが残念です。この原稿が星野さんの絶筆となりました。原稿のタイトルは星野さんの原稿から引用したものです。>


身近な自然、遠い自然  星野道夫

 初めて沖縄の竹富島に行ったときの思い出は忘れられない。アラスカで暮らしているぼくにとって、それは日本の自然がもつ美しさを再確認させてくれる旅だった。東京から飛行機で南へ飛び続けた距離感にも驚いたが、もし船を使ったなら、きっとさらに沖縄の本当の位置を感じ得ただろう。北海道の子どもたちは、修学旅行で京都や奈良など行かずに、真冬に沖縄の海へ泳ぎに行くべきだ。自分が今暮らしている場所を、はっきりと認識するに違いない。それは、小さいけれども、南北に細長いこの国が内包する、自然と人の暮らしの多様性のすばらしさである。
 沖縄に立った最初の印象は、自分自身の原風景に出合ったような不思議な懐かしさだった。……
(中略)
 初めて沖縄の旅から戻ったとき、ぼくは安里さんの歌が忘れられず、おみやげに沖縄民謡のテープを一本買ってアラスカに持ち帰った。家の庭で畑作業をしているとき、また野営のテントの中で、沖縄の歌が実に懐かしい。極北というまったく別の世界で聞いているのに、まったく違和感がないのだった。
 安里さんが八重山民謡を中心にレコーディングをすると聞いたとき、ぼくは嬉しくて仕方がなかった。これからいつでもアラスカで安里さんの歌が聞けるのだ。そしてふと、三年前の自分の結婚式を思い出していた。パーティで安里さんが沖縄の歌をうたってくれたのである。……
(中略)
 人間には二つの大切な自然がある。日々の暮らしの中で関わる身近な自然、そしてもうひとつはなかなか行くことのできない遠い自然である。が、遠い自然は、心の中で想うだけでもいい。そこにあるというだけで、何かを想像し、気持ちが豊かになってくる。アラスカで暮らす自分にとって、沖縄はそんな世界である。そして、そこにいつも、陽焼けした安里さんが潮風に吹かれながら立っている。


Asado_uminchu_1安里 勇 (あさど・いさむ)
 海人 (ウミンチュー) ~八重山情唄~

 リスペクトレコード 2001年 RES-49
 (1996/7/8~7/12録音)
与那国ションカネー節(Instrumental)/ちんだら節~久場山越路節/真南風乙節/安里屋節/小浜節/デンサー節/古見の浦節/与那国ションカネー節/鳩間節/あがろうざ節/トゥバラーマ/トゥバラーマ(Instrumental)

Amazon
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005L8Q2


Asado_uminchu_2Asado_uminchu_3 

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【楽】MOTEL(須藤もん+対馬照) 最新ライブ予定

ひさしぶりに、MOTEL(須藤もんさん+対馬照さん) の最新ライブ告知です。
鳳来湖キャンプ場のイベントは、私も行ってみたいほどですが、遠いので無理そうです。

須藤もん 公式サイト
 http://homepage2.nifty.com/sudomon/index.htm


5/28 (金)  豊橋 「アンクルトム」
 愛知県豊橋市神明町12番地
 TEL 0532-53-5355
 2010 MUSIC CAMP at 鳳来湖 前夜祭
 出演  スーマー  MOTEL(須藤もん+対馬照)
 時間未定  投げ銭


5/29 (土)  「13th MUSIC CAMP at 鳳来湖」
 愛知県新城市川合字大嶋26
 15:00~23:00  入場無料
 出演多数  MOTEL 出演予定
 (小雨決行、雨天の場合 10/23(土)に順延)

 http://www.tees.ne.jp/~anton/index.htm


6/13 (日)  西荻窪 「CLOP CLOP」

 JR西荻窪駅 南口 3分
 杉並区松庵3-39-11-B1
 TEL 03-5370-2381
 出演  町田謙介  MOTEL(須藤もん+対馬照)
 20:00 開演  2,000円+ドリンク

 http://www.clopclop.jp/

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【楽】【読】LADY SINGS THE BLUES

Lady_sings_the_blues_3 ビリー・ホリデイの自叙伝 『奇妙な果実』 (晶文社 1971年、原題 "LADY SINGS THE BLUES" 1956年) の巻末に、大和明氏による 「ビリー・ホリデイの人と芸術」 という解説・レコード紹介が付されている。

50ページにもわたり、ビリー・ホリデイの演奏活動の軌跡がくわしく書かれていて、レコーディング記録も参考になる。

自叙伝の出版記念アルバムがこれだ。
ひさしぶりに聴いてみた。


Lady_sings_the_blues"LADY SINGS THE BLUES" Billie Holiday
  邦題 「ビリー・ホリデイ物語 ≪奇妙な果実≫」
 Verve 日本盤 ポリドール 23MJ-3190

収録曲
(A面)
1. LADY SINGS THE BLUES
2. TRAV'LIN' LIGHT 身軽な旅
3. I MUST HAVE THAT MAN あの人でなけりゃ
4. SOME OTHER SPRING いつの春にか
5. STRANGE FRUIT 奇妙な果実
6. NO GOOD MAN わるな男
(B面)
1. GOD BLESS THE CHILD 神よ!めぐみを
2. GOOD MORNING HEARTACHE 悲しみよ、今日は
3. LOVE ME OR LEAVE ME 愛のもつれ
4. TOO MARVELOUS FOR WORDS 言い尽しえぬ素晴らしさ
5. WILLOW WEEP FOR ME 柳よ泣いておくれ
6. I THOUGHT ABOUT YOU

1956年6月、自叙伝の出版を記念して8曲のレコーディングをおこない、それに、1954年9月録音の4曲(B面3-6)を加えたもの。

私は、彼女のもっと若い頃の歌唱の方が好きだが、このアルバムも、声の衰えこそめだつものの、みごとな節まわしで素晴らしい。


― 日本盤ライナー・ノーツ(大和明) 1973年6月 より ―

 ジャズ史上最高の歌手、故ビリー・ホリデイの生涯を描いた伝記映画「レディ・シングズ・ザ・ブルース」(ダイアナ・ロス主演)は、昨年(1972年)10月にニューヨークで封切られたが、早くも爆発的な大ヒットとなり、我が国でも今春に上映されるという。
 この映画の原作はビリー・ホリデイが著述家ウィリアム・ダフティの協力を得て著わした自叙伝「Lady Sings The Blues」(邦題「奇妙な果実」 油井正一・大橋巨泉 訳・晶文社)で、これは1956年に出版された。
 当時ビリーが専属契約を結んでいたクレフ・レコード(のちのヴァーブ)ではこれを記念して、1956年6月にビリーに8曲のレコーディングをさせたのである。その時ビリーが歌った曲は、自叙伝のタイトルとなった≪レディ・シングズ・ザ・ブルース≫、および自叙伝中にしばしば登場する彼女の代表作である≪奇妙な果実≫、そしてあとの6曲はいずれも自叙伝の中の各章のタイトルに使われた彼女のレパートリーから選ばれた。これらのナンバーはいずれもかつて吹込まれたことのあるビリーの得意の曲ばかりであり、しかも当時のビリーは麻薬不法所持による5度目の監獄生活から解放された直後で、それだけ麻薬、アルコールを断ったきれいな身体と精神状態でレコーディングにのぞむことが出来たためか、晩年のビリーの録音のものとしては比較的良好な状態にあったといえよう。

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2010年5月14日 (金)

【楽】君に会えた時でも

今日もまた、帰りの電車のなかでは本が読めなくて、i-Podで音楽を聴いていた。

ビリー・ホリデイとレスター・ヤングのアルバム。
昔のモノラル録音なので、電車のなかでは車輪の騒音がじゃましてクリアーには聴こえないのだが、まわりに気遣いながら少しだけボリュームをあげて、ビリーの揺れるような歌声に酔う。
こういう歌唱をこそ、「スウィング」と呼ぶのだろう。
そのビリーの歌声に寄りそうような、やさしい音色のレスターのテナーもいい。

最寄り駅からのバスのなかでは、ライ・クーダーがプロデュース・参加している名盤を聴く。
一曲目の名曲 「Chan Chan」 がおわったところで、山崎ハコさんの歌に切り替える。

「BEETLE」(アコースティック・バージョン)に癒される。
二曲前に戻して 「会えない時でも」 を聴いているところで、バス停に到着。
電車のなかよりも、バスのなかの方が静かでよく聴こえる。
ずっとバスに乗っていたい気分だった。

澱のようにたまっていた一週間の疲れが、からだから溶けだしていくのを感じる。

「歌によって救われることもあるんだよ」 ―― 私にそう言ったのは、うたを歌う女性の友人だ。
また、彼女があるライブで、こうつぶやいたことも忘れられない ―― 「生きていくのは、つらいことですね」 と。

そう。
みんな、つらいことを抱えながら(それは十人十色だけど)、生きているのさ。



♪ 君に会えた時でも 会えなかった時でも
  やっぱり好きなんだなぁって ほんわか感じたい …… ♪

   山崎ハコ 作詞・作曲  「会えない時でも」



Billielester_2Ry_cooder_buena_vistaHako_mihappyou2

左から
 ビリーとレスター (ビリー・ホリデイ、レスター・ヤング 他)
 ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ (ライ・クーダー 他)
 未・発・表 (山崎ハコ)

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2010年5月13日 (木)

【楽】【雑】長い一週間だった

五連休の翌週がこんなに長く感じられるとは……。
くたびれはてて、通勤電車にゆられながら本を読んでいると、すぐに目が痛くなってきた。

そんなとき、いつも持ち歩いている携帯音楽プレーヤー、つまり安物のi-Pod(もらいもの)をとりだし、好きな音楽を聴く。
家のオーディオやカーステレオでは聴きのがしていた、ひとつひとつの楽器の音やヴォーカルが、イヤホーンから鮮明に耳にはいる。
鮮明すぎて、人工的な感じもするが。

いろんな音楽をごちゃまぜにいれている。
いまいれているのは、山崎ハコさんとか、須藤もんさんとか、ライ・クーダーとか……。

Shangshang_golden_bestそして、こんなのをi-Podで聴くと、不思議ときもちがなごんでくるのだ。

上々颱風 ゴールデン☆ベスト
 Sony Music Direct  MHCL 1529
 2009年発売

上々颱風の8cmシングルのA面曲をあつめたもの。
B面曲集も、ぜひだしてほしいものだ。
「アヴェ・マリア」のカップリング曲(B面曲)、「雨ニモ負ケズ」が聴きたいなあ。
Amazonでは、とんでもない値段がつけられていて(まったく、ひとの足元をみてくれるじゃないか)、私にはとても手がでない。

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2010年5月12日 (水)

【楽】【読】浅川マキとビリー・ホリデイ

今年1月に急逝した浅川マキさんが遺したエッセイ集 『こんな風に過ぎて行くのなら』 を読んだ。

連休明け、ひさしぶりに五日間勤務の週のなかば、くたびれ気味だったから、きっと読みやすい本をこころが求めていたのだろう。
きのうから一日ちょっとで読むことができた。

Asakawa_maki_book2_2浅川マキ 『こんな風に過ぎて行くのなら』
  ― ASAKAWA MAKI 1971-2003 ―
 石風社 2003/7/15発行
 211ページ 2000円(税別)

♪ こんな風に過ぎて行くのなら
  いつかまた
  何処かで誰かに出会うだろう
  何もかも隠してくれる
  夜の帳(とばり)をくぐり抜ければ
  今夜ほど寂しい夜はない
  そうさ
  今夜は世界中が雨だろう ♪
 (浅川マキ作詞・作曲 「こんな風に過ぎて行くのなら」)

この人の文章は、お世辞にも上手とは言えないが、味がある。
一読して思ったのは、こういう生き方をしていたら早死にするだろうな、ということだった。
マキさんは公演先のホテルで倒れているのを発見され、死因は急性心不全だった。
彼女が敬愛していたビリー・ホリデイを彷彿させる。
あるいは、ジャニス・ジョプリンの死にかたを思いおこさせる。

この本のはじめの方に、ビリー・ホリデイに触れた文章がある。
とても興味深かった。


「ビリーなら今頃どっかの港町」
 ― 初出 『奇妙な果実』(晶文社)書評 「構造」1971年6月号 経済構造社 ―

<ビリー・ホリデイの「身軽な旅」のレコードをかけながら、十四年ぶりに再版された、ビリー・ホリデイの自伝『奇妙な果実』(油井正一・大橋巨泉訳 晶文社)を、こうして手に持って、薄暗い部屋で、わたしは何やら、どうしようもない気持になって来るようだ。
 ビリー・ホリデイのはなしはもうよそう。
 何度もそう思いながらね。> (本書 P.25)

という書き出しではじまる、17ページほどのエッセイだ。

晶文社から出版された 『奇妙な果実』 という本は、私も持っている。
だが、この最初の翻訳の邦題が 『黒い肌』(1957年刊、訳者は同じ)というものだったことと、目次の内容が微妙にちがっていたことを、マキさんの本ではじめて知った。

<いつの春にか、十五の父と十三の母、死人の腕の中に、女郎屋の音楽、浮気な小娘、強姦の傷手、カトリック修道院、過ぎしひのまぼろし、従姉の無残な死、大都会の迷い子、女中奉公、ブロードウェイの娼婦生活、いやらしい黒人客、ウェルフェア島の監獄、希望に燃えて、歌手への第一歩、禁酒法下のナイトクラブ――十四年前に発行された初版(『黒い肌』訳者同じ)の方には、そんな目次があった。> (本書 P.28-29)

なんとも生々しいというか、おどろおどろしいというか。
黒づくめのイメージが強い浅川マキと、ビリー・ホリデイの暗い生涯が、なんとなくオーバーラップしてくる。


『奇妙な果実』 という邦題は、よく知られている、ビリー・ホリデイが歌った 「奇妙な果実」(Strange Fruit)に依っている。
「人種差別とリンチによって殺された黒人が木に吊るされている、残酷でおぞましいアメリカ南部の景色」(Wikipediaより)を歌った、とても暗い歌だ。
たしか、マキさんもレコーディングしているはず。


私が若い頃、友人にすすめられて買った本。
長いあいだずっと本棚にあったような気がする。
たぶん、通読していないと思う。
何度かの引っ越しのときにも手放すことなく、てもとに残ったこの本を、いま読んでみようと思う。

Lady_sings_the_blues『奇妙な果実 ビリー・ホリデイ自伝』
 油井正一・大橋巨泉 訳
 晶文社 1971/2/27 初版発行
 309ページ 1200円

 原題 "LADY SINGS THE BLUES" (1956年出版)
     Billie Holiday and William Dufty
 晶文社から日本語訳新装版がでている(1998年刊)
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000028365860&Action_id=121&Sza_id=C0

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2010年5月 9日 (日)

【読】再読 「菅江真澄 みちのく漂流」

5/5に図書館から借りてきて、まだ半分ほどしか読んでいないけれど、とても面白い。
再読である。
この前読んだのは、7年前の夏だった。

 【読】菅江真澄みちのく漂流  2007年8月11日 (土)
  http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_7618.html

読んだ本の内容を、あんがい覚えていないものだ。


Sugae_masumi_michinoku_2『菅江真澄 みちのく漂流』
 簾内敬司 (すのうち・けいじ)
 岩波書店 2001/1/29 発行
 226ページ 2300円(税別)

菅江真澄の「みちのく」での足跡をたどる紀行文のようでもあり、エッセイともいえる。
(日本エッセイスト・クラブ賞受賞)
どことなく、司馬遼太郎の「街道をゆく」シリーズを思いおこさせる文章の運びだ。

― Amazonサイトより ―
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000010697
内容(「BOOK」データベースより)
漂泊者真澄の日記・地誌は、帰還の地をもつ者の旅の記録ではなかった。マタギの生態と鉱山労働、山岳信仰と海神八百比丘尼の伝承、十三湊を拠点とする安東水軍と蝦夷の一族の物語。北のトポスに折り畳まれた生と死の痕跡を、真澄の旅をとおし、著者自らの肉体に沈められた記憶としてたどる、もうひとつの道の奥。天明・天保飢饉の余燼のくすぶる真澄の東北と、現代の風景は異なっているだろうか。「辺境」から見た、日本近代の意味とは何か。江戸末期と二〇世紀末と、二百年を隔てた転換期の東北北部―菅江真澄の足跡を追い、その眼差しと重ねつつ、北の飢餓回廊とその固有の日と夜を描く、現代の東北風土記。


菅江真澄は謎の多い人物だが、不思議な魅力があって、妙に惹かれる。
たいへんな苦労をしながら、彼はなぜ、みちのくや蝦夷地を長年にわたって漂流し続けたのだろう。
今回、この本を読みながら北東北(みちのく)の地図を見ているうちに、私もいつかこの地を訪ねてみたい気持ちになってきた。

第三章 「椿の海の神々の行方」 が、ことに興味ぶかい。
八百比丘尼伝承、小野小町伝説にからめて、北東北に渡ってきた椿の由来に想いを馳せるという内容。


ここで、森崎和江 『海路残照』 という本が紹介されていて、興味をそそられた。

<若狭をはじめ能登、越後、佐渡といった各地に残る八百比丘尼伝承を対馬暖流文化の所産としたのは、森崎和江の『海路残照』(朝日新聞社)である。この書によれば、その対馬暖流文化は能登半島で消滅する。したがって、八百比丘尼伝承も能登半島を分水嶺のようにして途切れていくというのであった。> (本書 P.64)

Amazon
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000J80AG2

e-hon
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000018959534&Action_id=121&Sza_id=F3


― Wikipedia 「人魚」 の項より ―
八百比丘尼
若狭国のとある漁村の庄屋の家で、浜で拾ったという人魚の肉が振舞われた。村人たちは人魚の肉を食べれば永遠の命と若さが手に入ることは知っていたが、やはり不気味なためこっそり話し合い、食べた振りをして懐に入れ、帰り道に捨ててしまった。だが一人だけ話を聞いていなかった者がおり、それが八百比丘尼の父だった。父がこっそり隠して置いた人魚の肉を、娘が盗み食いしてしまう。娘はそのまま、十代の美しさを保ったまま何百年も生きた。だが、結婚しても必ず夫に先立たれてしまい、父も年老いて死んでしまった。終いには村の人々に疎まれて尼となり、国中を周って貧しい人々を助けたが、最後には世を儚んで岩窟に消えた。
八百比丘尼の伝承は日本各地にあるが、中でも岐阜県下呂市馬瀬中切(旧益田郡馬瀬村中切)に伝承される八百比丘尼物語は「浦島太郎」と「八百比丘尼」が混ざった話として存在し、全国的に稀である。
京都府綾部市と福井県大飯郡おおい町の県境には、この八百比丘尼がこの峠を越えて福井県小浜市に至ったという伝承のある尼来峠という峠がある。

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【楽】上々颱風の初期傑作アルバム

今朝書いた内容の続き。
上々颱風の初期(Epic/Sony時代)傑作アルバムといえば、これだろう。

ゆうげい社、古澤良治郎さんの企画力が大きいと思う。
アルバムの構成がすばらしいし、アレンジ・演奏に厚みがある。
ゲスト・ミュージシャンも、古澤さんをはじめ、峰厚介、閔栄治(チャンゴ)、他、錚々たるメンバーが参加。

なんといっても、名曲 「八十日間亜州一周」「アジアのこの街で」 が泣かせる。
サトちゃんの「夕暮小路」もいいし、「夜の河を渡れ」や「酔いどれ」も佳曲。

このアルバムも、ひさしぶりに聴いてみた。
ブックレットもしゃれている。


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上々颱風 八十日間亜州(アジア)一周  1994年発売
 Epic/Sony  ESCB 1512

収録曲
アジアのこの街で/講釈「歌」/音頭取りオンリー・ユー/My Girl/八十日間亜州一周/講釈「香織」/ピンクのチャリンコ/夕暮小路/夜の河を渡れ/酔いどれ/チャイナタウン・シャッフル/守ってあげる


そういえば、住友生命「どくしん時代」のCMソング 「守ってあげる」 は、当時、私もテレビで見ていたはずだが(上々颱風が奇抜な衣装で登場)、その頃、このバンドのことをまったく知らず、ほとんど関心を持たなかった。
惜しいことをしたものだ。

― Wikipedia 上々颱風 より ―
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E3%80%85%E9%A2%B1%E9%A2%A8
1991年の夏には日本航空の沖縄キャンペーン「上々沖縄(しゃんしゃん・おきなわ)」のCMに「愛より青い海」が使われ、音楽だけでなくメンバーも出演。また住友生命の商品「どくしん時代」のCMでメンバーが「入った人だけ守ってあげる どくしん時代」と歌いながら登場し、話題になった。

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【楽】休日の朝に聴く上々颱風

きょうも朝から晴れて、きもちがいい。
ふと、上々颱風の古いCDをかけたい気分になって聴いている。

私がはじめてこのアルバムを聴いたのは2001年、発売から9年後で、まだCD店の店頭に並んでいた。
それから数年後には、もう、中古でしか手にはいらなくなってしまった。
感慨ぶかい。

一時期、BOOK OFFに上々颱風の中古CDが山のようにでまわっていて、すでに持っているアルバムなのに何枚も買い続けたことがあった。
上々颱風のファンになりたての頃の、なつかしい思い出である。

初期のアルバムが私のてもとにはダブって何枚もあるが、かといって手放す気はない。
このファン心理は、いったい何なんだろう。


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上々颱風3 1992年発売
 Epic/Sony  ESCB 1290

収録曲
花のように鳥のように/密林(ジャングル)ビート/ヨコスカ・マンボ/美は乱調にあり/瞳の中の青い海/カラスかねもん勘三郎/虹色の風車/レボルシオン音頭/ロカビリー道中/秋刀魚の唄/ヤッタネ節/月の小舟


こうしてみると、名曲ぞろいだな。
ジャケット写真の歌姫たちも若いが、歌声も若い。
18年も前だものな。

今年もまた、6月には世田谷パブリック・シアターで二日間連続のライブがあり、7月は新宿花園神社の七夕ライブだ。
楽しみだな。

上々颱風オフィシャル・サイト
 http://www.shangshang.jp/


こちらも、初期の名盤。
ひさしぶりに聴いてみた。

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上々颱風 愛があるから大丈夫  1993年発売
 Epic/Sony  ESCB 1408

収録曲
銀の琴の糸のように/上海我愛你(ニー)/愛があるから大丈夫/黄昏酒場でまた会おね/アビシニアを遠く離れて/ハロ・ハロ・ヨコスカ/Sara/なんじゃもんじゃの木の下で(秋田・西馬音内ライヴ)/いつでも誰かが/メトロに乗って浅草へ

ゲスト・ミュージシャンがすごい。
古澤良治郎、村上律、津上健太、渋谷毅、等々。
西馬音内(にしもない)でのライヴ録音がうれしい。

― Wikipediaより ―
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E9%A6%AC%E9%9F%B3%E5%86%85%E3%81%AE%E7%9B%86%E8%B8%8A
西馬音内の盆踊(にしもないのぼんおどり)とは秋田県雄勝郡羽後町西馬音内で行われる盆踊りである。毎年8月16日から18日まで西馬音内本町通りにおいて行われる。阿波踊り、郡上おどりと合わせて日本三大盆踊り、毛馬内の盆踊、一日市の盆踊と合わせて秋田県三大盆踊りと称される。重要無形民俗文化財。

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2010年5月 8日 (土)

【楽】休日の夕暮れに聴くジャズ

きょうは、すがすがしい天候の一日だった。
外出から戻って、昼間聴いたCDの続編があったことを思いだし、棚からひっぱりだして聴いていた。

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ERIC DOLPHY & BOOKER LITTLE
 REMEBMERED LIVE AT SWEET BASIL VOL.II

 日本盤 キングレコード K32Y 6214 (1988年)

録音場所と日付(1987年10月3日・4日)、演奏メンバーは前作と同じ。
収録曲
 NUMBER EIGHT / FIRE WALTZ / BEE VAMP

なんといっても、ドルフィー=リトル クインテットの演奏でも有名な、マル・ウォルドロンが作った「ファイアー・ワルツ」が圧巻。
テーマ演奏の部分こそ、ドルフィー=リトルの演奏をコピーしているが、即興演奏のソロ・パートはまったくのオリジナルだ。

このセッション、ファイブ・スポット・セッションを念頭に置き、その時の演奏曲目を再演しているが、単なる再現セッションではない(市川正二氏のアルバム解説)。

あらためて感心したのは、エディ・ブラックウェルの複合リズム的なドラム・ソロと、マル・ウォルドロンのシンコペーションを多用した独特なスタイルのピアノ・ソロだ。
もちろん、ホーンの二人(ドナルド・ハリソン、テレンス・ブランチャード)、ベースのリチャード・デイヴィスも個性的な演奏をたっぷり聴かせてくれる。

ジャズの即興演奏の醍醐味とは、こういうものなのだ。

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【楽】休日の昼に聴くジャズ

ひさしぶりに大きな音量でCDを聴いている。
威勢のいい音楽が聴きたくなったので、こんなものを。

Dolphy_little_remembered_2ERIC DOLPHY & BOOKER LITTLE
 REMEBMERED LIVE AT SWEET BASIL

 日本盤 キングレコード K32Y 6145 (1987年)

収録曲
 THE PROPHET / AGGRESSION / BOOKER'S WALTZ





Dolphy_little_remembered2パーソネル
 MAL WALDRON (piano)
 RICHARD DAVIS (bass)
 EDDIE BLACKWELL (drums)
 DONALD HARRISON (alto sax & bass clarinet)
 TERENCE BLANCHARD (trumpet)

ご存じ、エリック・ドルフィーとブッカー・リトルの双頭コンボをしのぶ、メモリアル・アルバムだ。
演奏陣は、ホーンの二人以外は、ドルフィー=リトルのコンボのリズム・セクション。
1986年、ニューヨークのスウィート・ベイジルでのライブ録音。

マル・ウォルドロンは、いかにも彼らしいフレージングだし、ベースもドラムスも生きがいい。
アルト・サックス(及びバス・クラリネット)とトランペットの二人はアート・ブレーキーのジャズ・メッセンジャーズのホーン奏者だ。
これはこれで名演といえる。


マル・ウォルドロンについては、自慢できる体験がある。
こんなことが自慢になるかどうか、別として。

1970年か翌年だったと思う。
私が高校卒業後、旭川の映画館で映写技師見習いのようなことをしていた時期のこと。
勤めていた映画館(劇場)で、マル・ウォルドロンの来日コンサートがひらかれた。
(サックスは峰厚介だったと思うが、他のサイドメンは記憶にない)

私は、照明の手伝いをしながらステージの袖でマルの演奏を聴いていたのだが、開演前、彼からのリクエストにより灰皿を用意して渡したのだ。

ヘビー・スモーカーの彼は、ピアノの上に灰皿を置き、煙草を吸いながら演奏していた。
灰皿を渡した私に、サンキューと声をかけてくれた。
あの哲人のような風貌で、静かな声で(と記憶している)。
ただそれだけのことだが、とても嬉しかった。

当時、旭川に「CAT」というジャズ喫茶があった(その後閉店)。
私も時々店に行っていたくちだが、後で店のマスターから聞いた話だと、旭川の劇場での公演後、マルがこの店に行ったという。
店の人や常連さんと、ジャム・セッションもやったらしい。
私はその場にいなかったことを、とても残念に思ったものだ。

マル・ウォルドロンも、8年ほど前に亡くなったが、78歳だった。
ブッカー・リトルは32歳で、ドルフィーも36歳で亡くなっている。


下の画像は、名高いファイブ・スポットでのライブ盤。
一週間にわたるライブ出演のうちの一晩、1961年7月16日に録音されたものだ。

リトルはこの年の10月5日に急逝。
ドルフィーも三年後の1964年6月29日、糖尿病による心臓発作のためベルリンで他界。遺品となったバスクラリネットとフルートは、ドルフィーの両親からコルトレーンに贈られたという(Wikipedeiaによる)。

コルトレーンとドルフィーも一時期いっしょに演奏していた。

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【歩】きょうも五月晴れ

連休明けの週末、さわやかに晴れてきもちがいい。
サツキが花ざかり。
シャリンバイが、今年も開きはじめた。
シランも咲いていた。
いい季節になった。


撮影 2010/5/8(土) 小平市(小平団地)

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2010年5月 5日 (水)

【読】読了 「婆のいざない」

休みのあいだに、少しずつ読みすすめて、本日読了。
うまく紹介できないが、いちおう記録として書いておこうと思う。


Akasaka_baba_izanai_2赤坂憲雄 『婆のいざない』
 柏書房 2010/3/25 269ページ
 2500円(税別)

赤坂さんって、こんなまわりくどい文章を書く人だったっけ、と思うほどひっかかる言葉づかいが多くて気になったが、熱い想いは伝わってきた。
著者がいっしょうけんめい訴えようとしていることが、びんびん伝わってくるのだ。
「熱い想いがこめられた著作」 である。

それにしても、不思議な本だ。
著者じしん、あとがきに書いている。

<とても不思議な本ができあがった気がする。どこか、我ながら暗示的ではある。わたしはいま、大きな転換期を迎えており、それが思いがけず色濃く刻印された著作になっている。十八年間にわたる北の旅の終わりが、はからずも影を落としているのである。……> (本書 あとがき P.268)

冒頭、東北の婆(ばば)から著者が聞いた不思議な話が紹介されている。
書名 「婆のいざない」 はその逸話からきている。


<それはとても不思議な体験だったのです。三十代のはじめでした。いまだ、わたしは民俗学のとば口にも立っていません。なにしろ『遠野物語』を読みはじめたばかりだったのです。……それがいきなり、わけもわからず聞き書きの現場に投げ込まれたのです。うまくゆくはずがありません。惨めに追いつめられたわたしに、土壇場で手を差しのべてくれた女(ひと)がいました。まだ六十代ではなかったか、と思います。それでも、まさしく東北の婆のひとりではありました。そのひとはとても思いつめた顔をして、いきなりしゃべりはじめたのでした。忘れようはずがありません。衝撃でした。

おれは河童を見たことがある。若いころのことだ。夕方だったよ。裏の畑に、河童が立っていたんだ。河童はキュウリをくわえて、パンツ一丁だったな。うん、あれは、隣りのアンチャだった。>

(本書 序章 「婆は河童を見た、という」 はじめての聞き書きの晩に P.10)


全体を要約、紹介する力量が私にはないので(いつもそうだ)、目次を紹介しておこう。

序章  婆は河童を見た、という
第一章 イザベラ・バードが見た東北
第二章 東北の原風景とはなにか
第三章 人と自然――共生の思想をもとめて
第四章 差別の民俗史のために
第五章 田植え踊りはどこから来たか
第六章 旅と世間、そして道行きの文化
第七章 東北学から地域学へ
第八章 排除のいま、定住のおわりに
あとがき


イザベラ・バード、菅江真澄、宮澤賢治、柳田国男、折口信夫らの著作を引用しながら、著者が東北の地で考え続けた思想が縦横に語られる。

当初、講演集として編集するつもりだったらしいが、「かつて、どこかでやった講演の起こしなどを十数本並べて、手を入れて」 いくうちに、講演集でもなく論文集でもない本書ができあがったという(あとがき)。

たくさんの刺激を私に与えてくれた一冊だった。


同時期に出版された、『旅学的な文体』 (五柳書院) にも惹かれる。
読んでみようかな。

e-honサイト
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032396162&Action_id=121&Sza_id=C0

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【歩】連休最後の日

五連休も、過ぎてみればあっという間だった。
今日、こどもの日も晴れて気もちがいい。
この連休、とうとう、行楽地には足を運ばなかった。

近くの図書館へ行く途中、新緑がきれいだったので写真を撮ってきた。
フジが満開。


撮影 2010/5/5(水) 小平市(小平団地)

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【読】ひさしぶりに図書館から借りてきた本

Akasaka_baba_izanai赤坂憲雄さんの 『婆のいざない』 (柏書房・2010年3月)を読んでいたら、菅江真澄の描いた絵が見たくなった。
近くの図書館に『菅江真澄民俗図絵』 (岩崎美術社・1989年)の中巻と下巻があったので、徒歩数分、散歩がてら借りにいってきた。
なぜ上巻がないのか不思議だが、三年前の夏に、いちど借りて眺めたことがあった。

ついでに、図書館の端末で検索してみつけた本――これも、同じ頃にいちど読んだはずだが、もう一度借りてきた。

簾内敬司 著 『菅江真澄 みちのく漂流』
 岩波書店 2001年
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_7618.html

Sugae_masumi

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2010年5月 4日 (火)

【雑】特製カレー

特製、というほどのものでもないけれど。
きのう作って一日寝かせておいたら、さらにおいしくなった。

玉葱をキツネ色になるまでよく炒めて、カレールーは市販のフレーク状のものと固形のものを使った。
特別な香辛料は使わないが、隠し味にウスター・ソースと醤油を少し入れた。
あ、ニンニクを忘れてしまった。
材料は、ジャガイモ、人参、茄子、きのこ(ぶなしめじ、舞茸)、豚肉少々。

ごはんは、白米と玄米(玄米はパックのもの、これがけっこううまい)。
トッピングに茹で卵、付け合わせにラッキョウ。
キャベツの千切りだけは、かみさんにかなわないので、まかせた。

子どもの頃からカレーが好きで、二、三日続いても平気だ。
明日の夜も、これだな。

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【雑】冷やし中華

暑いというほどでもなく、気もちのいい初夏のような陽気だ。
ずっと気になっていた賞味期限切れの乾麺を使って、冷やし中華を作ってみた。

手延べそうめん風の細麺。
岡山手延素麺(株)謹製。
6食入の箱で、去年の暮れに賞味期限が切れていたが、べつにどうということはなかった。

話は脱線するが、一昨日、缶詰類を整理していたら、賞味期限を10年は優に超えていようという白桃のプチ缶を発見。
山登りのおやつにでも、と買っていおいた残りらしい。
恐る恐る缶をあけてみたところ、奈良漬のようにどす黒く変色した白桃があらわれ、さすがにげんなりした。

缶詰の実際の賞味期限って、いったいどれぐらいなんだろう。
さすがに10年はもたないだろうが、二、三年ぐらいなら平気なように思う。

さて、今日の冷やし中華の具材。
干椎茸(もどして味付け)、海藻サラダの具、魚肉ソーセージ(ハムの代わり)。
子どもの頃からこの魚肉ソーセージが好きで、大人になってからも、よく、テント泊の山登りに持っていったりしていた。

見映えはいまひとつだが、けっこううまかったな(自画自賛)。
彩りに紅生姜でも使えばよかったかな。

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2010年5月 3日 (月)

【楽】休日の午後に聴く音楽(レスター・ヤング)

晴れて気もちのいい午後、なんとなくこんな音楽が聴きたくなった。
なんと37年前に買ったLPレコード。
ほんとうにひさしぶりに、ターンテーブルに乗せた。

当時、廉価盤のジャズ・レコードがひんぱんにでていた。
これも1100円。
いいレコードがたくさんでていたはずだが、なぜか手もとにはあまり残っていない。


Pres_on_keynote_2LESTER YOUNG
  "PRES ON KEYNOTE"
 mercury/日本フォノグラム 1973年
 BT-2011(M)

1943年・44年録音の古いジャズ。
もちろんモノラル録音だ。
ジャケットがいいなあ。

テナー・サックス奏者では、レスター・ヤングが好きだ。
President(Presあるいは Prez)というニックネームを持っていたこの人は、ビリー・ホリデイの恋人だった時期もあり、とても親しみを感じる。

【演奏陣】
A面 Lester Young Quartet: Lester Young-tenor sax, Johnny Guarnieri-piano, Slam Stuwart-bass, Sidney Catllet-drums. Recorded December 28, 1943. N.Y.C
B面 Kansas City Seven: Buck Clayton-trumpet, Dicky Wells-trombone, Lester Young-tenor sax, Count Basie-piano, Freddie Green-guitar, Rodney Ricardson-bass, Jo Jones-drums. Recorded March 22, 1944. N.Y.C

A面最後の曲 "SOMETIMES I'M HAPPY (TAKE 2) がいい。
B面は、当時の錚々たる演奏陣による好演。

いいなあ。
こういう音楽をあらためて好ましく思うのは、年齢のせいだろうか。

あらためて録音年月日をみて、驚く。
日本が戦争の泥沼であえいでいた頃、アメリカではこんな音楽をやっていたのだ。


村上春樹さんの 『ポートレイト・イン・ジャズ』 という本が好きだ。
レスター・ヤングの項をみてみる。

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村上春樹/和田誠 『ポートレイト・イン・ジャズ』
  新潮文庫 2004年 340ページ 781円(税別)

<レスタ・ヤングとコールマン・ホーキンズとベン・ウェブスターを、バップ以前の三大テナーと呼ぶことはおそらく誰も異論を唱えないだろう。ホーキンズの鋭く垂直的な、野心的なフレージング、ウェブスターの均整のとれたストレートでスインギーな歌心、そしてより自由な魂の飛翔を求めたヤングの優しくも大胆なリリシズム、それらの優れた音楽は現在の耳で聴いても、決して古さを感じさせることはない。/僕は三人の中ではレスター・ヤングのプレイに個人的にいちばん強く惹かれる。……>

<レスターのソロは聴けばすぐにわかる。テナー奏者の誰もが、リードも裂けよとばかりにばりばりとブローしていたビッグ・バンド時代に、彼はソフトに、慈しみをこめてその楽器を吹いた。自分に向かってなにかを語りかけるように、自然な音を組み立てていった。……それはちょうどヴォーカルの世界でビリー・ホリデイがやろうとしていたことと、とても似通っていた。……>

村上春樹さんのこういう感性が好きだ。
ちなみに、この本にはソニー・ロリンズはとりあげられていても、ジョン・コルトレーンは影もない。
春樹さんはコルトレーンのような音楽が嫌いだったらしい。
その気もちもよくわかる。


この本に写真入りで紹介されているアルバム "PRES and TEDDY" もいいぞ。
私のおすすめは下の3枚。

プレス・アンド・テディ (Verve)
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0002T21XS

プレジデント・プレイズ・ウィズ・ジ・オスカー・ピーターソン・トリオ
(Verve)
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000793B4Q

ビリーとレスター (ソニー・ミュージック・エンタテインメント)
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00000JAMU
BillielesterBillielester2

― 「ビリーとレスター」 ブックレット(笹尾俊一) より ―
「あたしみたいにサックス吹くの誰!! すみの方でボロボロのサックスを45度ななめに傾け、タバコをキイにはさみ込んで、ちょっとふてくされたような表情で軽ろやかにテナー・サックスで歌ってる、あいつだわ。ちょっとイカすじゃない黒人にしちゃあ、ひかえめで。何んて名前かしら。」
「オレのサックスのように歌う女がいる!! 20才そこそこのちょいとかわいい女がオレみたいな節回ししやがる。オレみたいなプレイをする奴はオクラホマのギター小僧チャーリィ・クリスチャンの外にはいないはずだ。チャーリィもそうだったが、あの女もオレと同んなじこと考える奴にちがいない。しかも黒人にしちゃあ色白なとこも気に入った。」
1936年暮ニューヨークとあるクラブのジャムセッションの夜ビリーとレスターは出会います。ビリーとレスターの共演吹込みは1937年1月末、テディ・ウィルソン楽団のもと「あの人でなけりゃ I MUST HAVE THAT MAN」など4曲に始まった。その春早々ビリーとレスターは同棲生活に入る。……

― Wikipedia より ―
レスター・ウィリス・ヤング(Lester Willis Young、1909年8月27日 - 1959年3月15日)はテナーサックス奏者であり、クラリネット奏者でもある。チャーリー・パーカーらのような偉大なミュージシャンたちから目標とされたジャズの演奏家。
歌手のビリー・ホリデイがテナーサックス奏者のプレジデント(代表)という意味でつけた、プレズ(Prez)の愛称で親しまれる。

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【雑】糧うどん風

午前中、近くの日帰り温泉に行き、お昼はうどんを茹でて食べた。
麺は、美瑛の赤麦うどん、 「赤麦鮮烈」 という名前がついている乾麺(美瑛産赤麦100%)。

 美瑛・赤麦の丘
  http://www.biei.org/akamugi/

美瑛に帰るたびに買ってくる。

糧(かて)うどん風にしてみたが、具材がいまひとつだったな。
キャベツ、茄子、人参、長葱を入れたのだが、ホウレンソウや大根を入れてみればよかった。

また今度、やってみよう。

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そういえば、小平ふるさと村の糧うどんを、しばらく食べていないな。
麺から作ればほんものの糧うどんになるのだが、そこまでは……。

 小平糧うどん/東京都小平市
  http://www.city.kodaira.tokyo.jp/kurashi/012/012203.html

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2010年5月 2日 (日)

【楽】休日の午後に聴く音楽(上々颱風)

めったに聴くことのない、上々颱風のアルバムをひっぱりだして聴いている。
とくに理由はなく、なんとなく。
きょうも五月晴れ。


上々颱風 GNAHS GNAHS
 1997年 Epic/Sony ESCB 1820

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パーカッションの後藤まさるさんが在籍し、キーボードが吉田よしみさんの時代だ。
謎の島「グナース島」のHonoluluで録音したものらしい。

<18世紀のヨーロッパには太平洋楽園幻想があったという。豊かさに道あふれた自然を持つ南海には激しい生存競争を知らずに、生まれつき高貴を持つNOBLE SAVAGE(高貴な野蛮人)が住んでいると信じられていた。「南」を目指して旅立った上々颱風は、ある島に降り立った。その名は"GNAHS" 楽園賛歌!!>

狙いどおりにできあがっているかどうか大いに疑問だが、ユニークなアルバムではある。
エピック・ソニー時代の7枚のアルバムのなかでは、第6作にあたる 「ためごま TA ME GA MATH」 (ESCB 1760)という意欲作の方が、私は何倍も好きなのだが……。


上々颱風
西川郷子/白崎映美/紅龍/吉田よしみ/渡野辺マント/後藤まさる

ベーシストの名前がないが、西村直樹さんがゲスト的に参加している。
レコーディング・エンジニアとしてケヴィン・モロニーの名前がみえる。
(彼は、前作「ためごま」1996年のエンジニアである)
アーティスト・マネージャーは玉井まさじさん。

【収録曲】
Jungle Hula/新しい日~A New Day~/Black Market/ソーダ水と焼きそば/菜の花畑でつかまえて(情熱ヴァージョン)/遠いまぼろし/Pili Pili/ヨコスカ・バーニング・ナイト(アイランド・ヴァージョン)/INORI/月の小舟(おやすみヴァージョン)

このアルバムのなかでは、「Pili Pili」 が私のお気に入り(作詞作曲 紅龍)。
ブラスがはいると、やっぱりいいな。

「INORI」 は、吉田よしみさん作曲のインストゥルメンタル曲。
世田谷パブリック・シアターのライブで、オープニングのBGMとして使われていたことがあったように記憶する。

変わったところでは、Joe Zawinul (ジョー・ザヴィヌル)作曲、西川郷子 日本語訳詞の 「Black Market」。
上々颱風らしいカヴァー・ヴァージョンだ。

郷ちゃん(西川郷子さん)が歌う 「月の小舟」(紅龍 作詞/猪野陽子 作曲)も、もちろん好きだ。
というか、これ一曲のために買っていいアルバムかもしれない。なんちゃって。


ついでに、私の好きなアルバムの画像も。

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上々颱風 ためごま ― TA ME GA MATH ―
 1996年 Epic/Sony ESCB 1769

収録曲は、上の画像のとおり。
東京都桧原村に「合宿」して録音したもの。
合宿日記ふうのブックレットが、うれしい。
こんなふうに音楽が作られていくのだな、という臨場感があふれている。

郷ちゃんの名唱 「鳥の歌」 が聴ける。
他に、映美ちゃが歌う「キツネの嫁入り」、「マドゥラの海へ」、郷ちゃんの「クンタクンタ大明神」(作詞作曲 西川郷子)など佳曲が満載。

プライベート録音的な 「檜原音頭」 が、この合宿の雰囲気をよく伝える。

アルバム・タイトルの 「TA ME GA MATH」 は、エンジニアのケヴィン・モロニーが発したケルト語。
詳しくは、私の別サイト 「晴れときどき曇りのち温泉」 に書いたので、よろしければ覗いてみてください。

晴れときどき曇りのち温泉 > この一枚この一曲 > 上々颱風「鳥の歌」
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/m_torinouta.html

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2010年5月 1日 (土)

【遊】五月晴れ

皐月の朔日、五連休初日のきょうは五月晴れ。
どこに行っても、八重の桜とハナミズキが花盛りだ。
新緑が目にやさしい。


撮影 2010/5/1(土) 小平市 (小平団地)

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撮影 2010/5/1(土) 国分寺市 (武蔵国分寺公園)

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撮影 2010/5/1(土) 多摩市 (乞田川)

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撮影 2010/5/1(土) 相模原市  モッコウバラ(木香薔薇)

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