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2010年5月30日 (日)

【楽】【読】勢古浩爾さんの中島みゆき論(続々)

Seko_miyuki勢古浩爾さんの処女出版であり、力作でもある 『中島みゆき・あらかじめ喪われた愛』 (宝島社 1994年刊) を読みおえた。
しっかりした構成の中島みゆき論、歌謡論、恋愛論、もっと言えば人間論(関係論・承認論)だった。

1993年までの中島みゆきの歌を対象にしているのだが、ちょうどその頃起こりつつあった中島みゆきの歌の世界の変化を予感しながら、本書のあとがきにこう書いている。

<中島みゆきの最新アルバム 『時代――Time goes around』 を聴いた。ほほう、というのがわたしの一等最初の率直な感想だ。けれどここで、その「ほほう」の内容についてあれこれいうことはさし控えようと思う。ただ、ひとことだけこのように言っておきたい。/中島みゆきは越えつづけている。停滞も惰性も増長も一切ない。中島みゆきはさらに確かである。>
(本書 あとがき)


Miyuki_time_goes_around_1_2Miyuki_time_goes_around_2中島みゆき 時代
  ―Time goes around―

1993年10月発売
PONY CANYON PCCA-00482

いわゆるセルフ・カバー集で、それまでの名曲を再演したものが11曲収録されている。
勢古さんが「ほほう」と感じたように、私もこのアルバムを聴いたときにある種の感慨をもったものだ。
先頭の収録曲「時代」の冒頭には、1975年11月16日の「世界歌謡祭」ライブ録音がすこしだけ使われている。
この音楽祭で彼女の歌う「時代」がグランプリを獲得した。
司会の声は坂本九とジュディ・オング。
この記念すべきアルバムの一年前 1992年10月に、20枚目のアルバム、 『EAST ASIA』 (名作である)がリリースされている。


勢古さんのこの本では、リルケ(訳)の「ポルトガル文」の引用からはじまり、意表をつくが、最終章で中島みゆきの歌の世界が「ポルトガル文」の恋愛の世界に符合することに触れて終わっている。

「ポルトガル文」(私は読んでいないが)は、手もとにある 『ちくま文学の森 第1巻 「美しい恋の物語」』 によれば、次のようなものだ。

ポルトガル文 マリアンナ・アルコファラドの手紙
 ポルトガル中央部のアルムテジョーの地に一つの修道院があった。そこにマリアンナ・アルコファラドという尼僧がいた。1666年のことだが、マリアンナは25歳。おりしもポルトガルはスペインからの独立のために戦っていた。ポルトガル支援のフランス軍士官にシャミリイなる者がいた。二人のあいだに恋が芽ばえた。シャミリイは翌年、あわただしく帰国する。新しい軍務につくために――むしろ、尼僧との恋に結末をつけるため。最初の手紙は士官の出発前に始まり、翌年六月の第五信で終わる。マリアンナは以後、60年近く行き、83で世を去った。 (原題 Portugiesische Briefe)>
―― 『ちくま文学の森』 第1巻 (安野光雅・森毅・井上ひさし・池内紀 編) P.190 より ――


この他、ベストセラーとなった 『マディソン郡の橋』 や、曽野綾子 『誰のために愛するか』、倉田百三 『愛と認識の出発』 、吉本隆明と坂本龍一の対談などが引用されていて、なかなか興味ぶかい。

書籍にしても音楽作品にしても、「処女作」というものには作者(歌い手・作曲家)の「原点」があると思うのだが、勢古さんのその後の著作に流れる一貫したテーマが、この一種不思議な本に込められているようだ。

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