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2010年6月の17件の記事

2010年6月29日 (火)

【山】【読】ヒマラヤ

このところ山岳関係の本に関心が向いて、読み続けているような気がする。

近くの図書館にあった児童書。

Kohara_himalaya古原和美 (こはら・かずよし)
 『ヒマラヤの旅 未知をたずねて』
  理論社 1978年・改装版
  172ページ 1200円
  (初版 1963年)

かなり古めかしい本だが、なかなかおもしろかった。
著者の名前から私は勝手に女性だと思っていたが、男性医師で、ネット検索してみると、いまは長野県山岳協会の名誉会長をなさっている方らしい。

長野県山岳協会公式Web > 役員名簿
http://www.nmaj.org/toppict/


1958年3月から6月にかけて、深田久弥氏を隊長とし、山川勇一郎氏(山岳画家)、風見武秀氏(山岳写真家)、古原和美氏(医師)というわずか四人の登山隊(探検隊)による、ジュガール・ヒマールとランタン・ヒマール地方(ネパールとチベットの国境、チョモランマとマナスルのあいだ)の探検記である。

当時のことだから、シェルパとポーターを多数雇っての、いわゆる極地法による登山だ。
(ピーク・ハンティングが目的ではなく、調査が主体)

残念なことに、カバー写真以外は、ぼやけたモノクロ写真(印刷がよくない)ではあるが、ややマイナーなこの地方(それでも7000メートル級の山岳が連なる)の様子がよくわかる。
ヒマラヤが今ほどポピュラーではなかった時代の苦労がしのばれる。

―― あとがき より ――
<わたしは、中学時代から一貫して山登りが好きだったのですが、1958年、ついに、あこがれのヒマラヤ探検を実現することができました。この旅を終わって、わたしは、少年時代からの夢は、けっきょく実現できるものだ――という深い感慨をいだくのです。そして、多くの少年少女たちに、夢をだいじに育てましょう――と語りかけたい気持です。/しかし、わたし自身の夢も、まだ終わったわけではありません。/1964年第二回ヒマラヤ探検をくわだて全日本山岳連盟ヒマラヤ登山隊長として、再びネパール・ヒマラヤに向い、4月10日、11日の二回にわたり、ギャチュン・カン[7922メートル]の初登頂に成功しました。……>

そうか。
あのギャチュン・カン(山野井泰史さん夫妻がたった二人で北壁に挑み、かろうじて生還した山)の、ノーマル・ルートによる初登が、この古原さんを隊長とするパーティーだったんだ。

それにしても、児童書コーナーに置かれていた、見映えのしない古めかしいこの本。
いまの「少年少女たち」が手にすることは、はたしてあるのだろうか?

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2010年6月27日 (日)

【歩】つゆどきの花

梅雨と書くより「つゆ」の方がしっくりする。
今日のこの蒸し暑さ。
用があって団地のなかのポストと近所のコンビニまで歩いているあいだ、まるでビニールハウスのなかにいるような蒸し暑さだった。

キスゲが咲いていた。
タチアオイが花ざかり。
西洋アジサイのさまざまな花の形は、芸術的といってよい造形の美だ。


撮影 2010/6/27(日) 東京都小平市(小平団地)
花の説明は、『「花と木の名前」1200がよくわかる図鑑』(主婦と生活社・2005年)、『山渓ポケット図鑑2 夏の花』(山と渓谷社・1994年)他に拠った。

タチアオイ (立葵)
 別名:ホリック アオイ科
 アジア西南部原産の一・二年草

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クチナシ (口無、梔子、巵子)
 別名:ガーデニア
 本州以西、中国、インドシナに至る暖帯、亜熱帯に分布する常緑樹。
 花が豪華なのはオオヤエクチナシ(下の写真)で、欧米では以前、
 コサージュとして使われていた。

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キスゲ/ユウスゲ (夕菅)
 花が夕方開きはじめるのでこの名がある。
 スゲは葉の形からきたもの。キスゲともいう。
 団地のなかにひっそりと植えられていたが、たぶんキスゲ(ユウスゲ)だと思う。

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ビヨウヤナギ (美容柳、金糸桃)
 オトギリソウ科
 中国中南部原産の半常緑低木。
 よく間違われるが、同じく中国原産のキンシバイに比べ、花は大型で、
 雄しべが花弁よりも長く伸び出るのが特徴。
 またキンシバイの葉は水平に行儀よく並ぶが、本種は並ばない。
キンシバイ (金糸梅)
 オトギリソウ科
 中国原産の半落葉樹で、初夏に鮮黄色の5弁花を枝先に咲かせる。
 短い雄しべが5束に分かれるのが特徴。
 葉は水平に並んで対生する。

(左) ビヨウヤナギ (右) キンシバイ

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アジサイ (紫陽花)
 別名:ハイドランジア
 ユキノシタ科
 アジサイの名はハイドランジア属の和名なので、広義ではノリウツギやミナヅキなども
 含むが、協議ではガクアジサイの花序全体が装飾花に変化して手毬状となった
 品種群をさす。
 鉢花用として欧米で改良された園芸品種群(一般にハイドランジアの名で出回って
 いるもの)も、アジサイと呼んでさしつかえない。
 近年は、カシワバアジサイやアナベルなど、海外から導入されたアジサイも
 人気を呼んでいる。

(二段目左) カシワバアジサイ

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【雑】さくらんぼ

知人を介して、山形のさくらんぼを購入。
いわゆる「はねだし」「わけあり」(規格外)のため、安く手にいれることができた。
500グラムパックで1000円台前半。

アメリカンチェリーと比べたら、国産の、それも佐藤錦は、上品な甘さでおいしい。
季節の野菜やくだものを口にすることができるのは、ありがたいことだ。

「はねだし」「わけあり」といえば、桃でもさくらんぼでもりんごでも、大きさや色、形が悪いというだけの理由で格段に安い。
というか、あたりまえの価格。
外見がきれいに揃ったものをりっぱな化粧箱に入れ、とんでもない価格で売ろうとする方がよほどおかしい、と私などは思うのだが。

紀州南高梅の「わけあり」、450グラム入り3箱セット3,000円(送料無料)というのを、通信販売で購入。
これもずいぶん「お得」感がある。

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2010年6月26日 (土)

【読】チベット

夢枕獏さんと関野吉晴さん本を二冊、続けて読んでいた。
舞台はチベット。
こういう本を読むと、チベットに行ってみたいきもちになる。


Baku_seizou_kairou夢枕獏/文 佐藤秀明/写真
 『西蔵回廊(せいぞうかいろう) カイラス巡礼』
  光文社 知恵の森文庫 2002年
  243ページ 667円(税別)

<カトマンズからカイラス山を経て、〝神の土地〟ラサへ。作家・夢枕獏が、河口慧海の足跡を辿り、チベットの聖地を訪ねた! 高山病に悩まされつつ、広大で乾いた風景に圧倒される。若き僧と語らい、100年前の慧海に思いを馳せる。そして、「チベットのタスケテクレ事件」とは? 旅の本質とは何かを考えさせてくれる、感動と興奮のチベット旅行記!>
(カバーより)

獏さんらしい、きもちのいい文章と、佐藤秀明さんのすばらしい写真のうっとりする。
親本は1994年・東京書籍から刊行。
獏さんは、この取材旅行の後、エヴェレストを舞台にした山岳小説 『神々の山嶺(かみがみのいただき)』 (1997年・集英社、のち2000年・集英社文庫)を上梓している。


もう一冊は、図書館から借りてきた児童向けシリーズのなかの一冊。
舞台は同じチベット。

Sekino_great_journey_13関野吉晴
  『グレートジャーニー 人類5万キロの旅13
    チベットの聖なる山へ』
  小峰書店 2003年
  119ページ 1365円(税込)

関野さんの 「グレートジャーニー」 は、いろんな形で出版されていて、それぞれ興味ぶかいのだが、この大きめの本も写真満載でよかった。

<[要旨] グレートジャーニーとは、五百万年前に東アフリカで誕生した人類が、アジア、北アメリカを経由して南アメリカの南端にたどりつくまでの五万キロの旅のことです。一九九三年十二月、探検家・関野吉晴はこの人類の旅路を、徒歩、カヤック、自転車という、自分の足と腕の力だけでたどりはじめました。モンゴル・中国の国境から、チベット高原とヒマラヤをこえてネパールまで自転車でいくという壮大な寄り道をしました。チベットの巡礼祭サカダワ祭と、ネパールの奥深く、北ドルポの巡礼祭を訪れたようすも報告します。
[目次] 1 モンゴル国境からシルクロードへ(モンゴル・中国国境へ;シルクロードの名残り;イスラム世界に入る ほか);2 カイラス山の巡礼祭(クンガ・ウセル和尚の五体投地;サカダワ祭;カイラス巡礼 ほか);3 ドルポの巡礼祭(チベット・ネパール友好道路;ネパール到着;中国とモンゴルの国境を越える ほか)
[出版社商品紹介] 中国側からモンゴル国境をめざし、ルートをつなぐ。そこから南下して、チベット高原をぬけヒマラヤ山脈を越えてネパールに向かう旅の記録。>
(e-honサイト http://www.e-hon.ne.jp/ より)


夢枕獏さんの本のなかで紹介されていた、こんな本もAmazonで購入。
驚いたことに、定価が6,800円もする高価な本が、Amazonではたったの300円。
送料のほうが高かった。

Yakushi_tibet_2薬師義美 著・撮影
 『雲の中のチベット トレッキングと探検史』
  小学館 1989年
  405ページ 6800円(税込)

夢枕獏 『西蔵回廊』 より
<玄奘、ピサロ、空海――彼等の真似ごとをするように、ぼくもまた、砂漠や氷河の道に足を踏み入れ、ささやかな危険にこの身をさらしたりした。/そういう旅のひとつを、ぼくは、1990年の夏にした。/中年の男どもが集まって、ヒマラヤの8000メートル峰チョ・オユーに挑むというのである。(中略)ぼくが登ったのは、標高6000メートルに近いベースキャンプまでである。/その時に、ぼくは一冊の本を読んだ。/思えば、それが、今回の旅の大きなきっかけとなったのである。/出発前に知り合いの編集者が一冊の本をくれたのだ。/『雲の中のチベット』薬師義美(小学館)/チベット方面についての細ごまとした資料が載っており、その中に、西域やチベットを探検して歩いた人々のルートが描き込まれた地図があった。……>

今日届いたので見てみたが、たしかにすばらしい内容の本だ。
私は、河口慧海やスウェン・ヘディンの探検にたいへん興味があるので、この本はうれしい収穫だった。

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2010年6月20日 (日)

【歩】紫陽花の季節

梅雨入りしたとはいっても、毎日雨が降りつづくわけでもない。
今日はすっきり晴れなかったものの、雨のない、暑い一日だった。
しかし、湿度が高い。
風があるといいのになあ。

ひさしぶりに、団地の中を歩いて写真を撮った。
草むらに立って写真を撮っていると、たちまちやぶ蚊に喰われてしまった。

アジサイ、キョウチクトウ、ドクダミ、クチナシ、ビヨウヤナギ。
この時期、色とりどりの花がうれしい。


撮影 2010/6/20(日) 東京都小平市(小平団地)

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【楽】MOTEL(須藤もん&対馬照)最新ライブ予定

この夏
 須藤もん&対馬照 のユニット MOTEL
が、ライブツアーを再開します。

須藤もんさんから予定情報をいただきましたので、この場でもお知らせします。

詳しくは、須藤もん公式サイト Sudo Mon's World
 http://homepage2.nifty.com/sudomon/
でご確認ください。
携帯電話(モバイル)用サイトもあります。
 http://homepage2.nifty.com/sudomon/mobile/


7/31 三鷹 「バイユーゲイト」 のライブ情報にあるとおり
  MOTELのファースト・アルバム 『檸月 LemonMoon』
が、ついに発売の運びとなりました。
どのようなアルバムにしあがっているのか、私も楽しみにしています。

8月最後の週末は、恒例の八ヶ岳(編笠山)の山小屋 「青年小屋」 での異色ライブ。
山好きの方、青年小屋ファン、須藤もんファン、MOTELファンにおすすめのライブです。


■ 7/10(土)  前橋  音楽と思想のBAR Cool Fool

 前橋市千代田町5-2-10 SATOビル2F
 TEL 027-237-1655 MOBILE 090-9686-0261
 出演  MOTEL(須藤もん&対馬照) やもと問唔  yO'ceans
 20:00 開演  400円+投銭 ドリンク別

  http://sound.jp/coolfool/pc/


■ 7/31(土)  三鷹  バイユーゲイト

 JR中央線 三鷹駅北口 徒歩2分
 武蔵野市中町1-17-2 アビエス1F2号
 TEL 0422-55-5782

 MOTEL(須藤もん&対馬照) 1stアルバム
  『檸月 LemonMoon』 発売記念ライブ

 詳細未定 ゲストあり

  http://bayougate.voxx.jp/


■ 8/20(金)  仙台  サテンドール2000

 仙台市青葉区立町17-24 アカサカビル B1F
 TEL/FAX 022-225-1743

 出演  MOTEL(須藤もん&対馬照)  他
 18:30 開場  19:30 開演
 2,000円+ドリンク

  http://satindoll2000.com/


■ 8/21(土)  郡山  OLD SHEP

 福島県郡山市堂前10-15 カタノビル2F
 TEL 024-938-2203

 出演  MOTEL(須藤もん&対馬照)
 19:30 開演
 2,000円 (1ドリンク付)


■ 8/22(日)  山形  Tarji

 山形県山形市七日町2-7-28 YT二丁目ビル 1F
 TEL 023-623-3944

 出演  MOTEL(須藤もん&対馬照)  少太
 20:00 開演
 2,000円 (1ドリンク付)

  http://www17.ocn.ne.jp/~tarji/


■ 8/28(土)  八ヶ岳 編笠山  青年小屋

 「夏の終わりのコンサ-ト」

 JR中央本線 小淵沢駅~(タクシー利用)~登山口観音平
 (車利用時 中央高速道路小淵沢I.Cより 観音平まで所要約20分)
 登山口より徒歩3~4時間
 TEL 0551-36-2251

 料金 1泊2食付 7,800円 / 素泊 4,800円 (要宿泊予約)
 出演  編笠音楽隊  MOTEL(須藤もん&対馬照)  他

 ※登山装備が必要です

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2010年6月15日 (火)

【山】【読】夢枕獏「神々の山嶺」のモデル

夢枕獏さんの小説 『神々の山嶺』 は非常におもしろく、これまでに何度か読み返した。
その文庫版あとがきで獏さん自身が語っていることだが、主人公(羽生丈二)のモデルが森田勝というクライマーだ。

ずっと気になっていた、この人、森田勝を描いたノンフィクションを読んでいる。
よく言えば山一筋、悪く言えば山馬鹿。
ワガママでハタ迷惑な人なのに、純粋で子どもっぽいところが憎めない。
―― どうやらこんな人だったようだ。


Sase_minoru『狼は帰らず ―アルピニスト・森田勝の生と死―』
 佐瀬 稔 著  中公文庫
 1998年刊  324ページ 838円(税別)
 (親本 1980年12月 山と渓谷社)

このところ山岳関係の本を続けて読んでいる。
こういう本を読むと、また山に行きたいな、と心から思う。



Wikipedia 森田勝
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E7%94%B0%E5%8B%9D



夢枕獏 『神々の山嶺(かみがみのいただき)  集英社文庫 上下巻

 この魅力的な山岳小説については、私のWebサイトに詳しく書いたことがある。

晴れときどき曇りのち温泉 「この一冊」
  夢枕獏 神々の山嶺
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/b_baku_kamigami.html

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2010年6月12日 (土)

【楽】この一曲が聴きたくて

中島みゆき パラダイス・カフェ
  ヤマハミュージックコミュニケーションズ 1996年
  2008年 YCCW-10076 (紙ジャケット盤)

 「永遠の嘘をついてくれ」  作詞・作曲:中島みゆき/編曲:瀬尾一三

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 ♪ 君よ永遠の嘘をついてくれ
   いつまでもたねあかしをしないでくれ
   永遠の嘘をついてくれ
   出会わなければよかった人などいないと笑ってくれ ♪


「永遠の嘘をついてくれ」 は、吉田拓郎への提供曲。
吉田拓郎の歌も悪くはないけれど、どうしても彼の「顔」が見えてしまう。
これは、加藤登紀子が歌う「この空を飛べたら」にもいえる。
中島みゆきの歌唱は、歌そのものが迫ってくるため、そのうしろにいる「歌い手」の顔(素顔)がちらつかない。

勢古浩爾さんがいみじくも書いているように――

<「加藤登紀子のをきいていると、ああ、加藤登紀子が歌ってるなあ、と思うのだ。つまり、<歌手>がうたっているのだ」 という天沢退二郎の認識はじつに正確である。むろんことは加藤登紀子に限ったことではない(加藤登紀子はまだ良いほうである)。日常のなかで耳にする日本人の歌謡は、まだ<歌手>になりきれていない歌手や、自分たちはそこから一線を画していると思いたがっているロック歌手なども一切合切含めて、ただ「歌い手」が「歌」を「歌っている」としか聞こえないのである。……>
 (勢古浩爾 著 『中島みゆき・あらかじめ喪われた愛』 宝島社 1994年)

 ※上の勢古さんの文にある天沢退二郎の言葉は
  『<中島みゆき>を求めて』1986年/創樹社刊による


中島みゆきの歌唱は、誰でも気づくはずだが、一曲ごとに発声のしかた、歌い方、表現方法がちがっている。
もちろん、意図あってのことだ。
そこに、凡百の「歌い手」をはるかに超えた中島みゆきの「大きさ」がある。

このアルバムは、「永遠の嘘をついてくれ」 一曲が聴きたくて手にいれたものだが、その他の曲もすばらしくいい。

収録曲
旅人のうた(2nd Version)/伝説/永遠の嘘をついてくれ/ALONE, PLEASE/それは愛ではない/なつかない猫/SINGLES BAR/蒼い時代/たかが愛/阿檀の木の下で/パラダイス・カフェ

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2010年6月 9日 (水)

【山】【読】再読、山野井泰史さん

一週間前にいちど読んだのだけれど、図書館に返す日まで間があるので、もう一度読んでいる。
こんなことははじめてだ。

一度目にはわからなかったことが、二度目のいま、よくわかる。
沢木耕太郎さんの 『凍』、丸山直樹さんの 『ソロ』 と、たて続けに二冊、山野井夫妻を描いた本を読んだせいもあるのだろう。

Yamanoi_iwatoyuki_1山野井泰史 『垂直の記憶 岩と雪の7章』
 山と渓谷社 2004年刊
 244ページ 1500円(税別)

いっそ買ってしまおうか。
おそらく、この先、何度読みかえしてもあらたな感銘を受けるだろう。
躍動感があり、すーっとはいってくる文章が、とてもいい(編集者の力量もあるのだろう)。

あらためて、この本に記されている七つの登攀を、章題とともにあげておこう。
(本書目次、巻末 「山野井泰史 年譜」 を参考にした)
もちろん、年譜には、この他にも数多くの登攀経歴が載っている。

第1章 八000メートルの教訓 ―― ブロード・ピーク
  1991年 26歳 パキスタン、ブロード・ピーク(8047m)登頂
      キャシードラル南壁、敗退  
第2章 ソロ・クライミングの蘇生
―― メラ・ピーク西壁とアマ・ダブラム西壁
  1992年 27歳 ネパール、メラ・ピーク西壁ダイレクトルート単独、敗退
      冬季アマ・ダブラム西壁新ルートより単独初登
  1993年 28歳 パキスタン、ガッシャブルム4峰(7925m)東壁に単独、敗退
      パキスタン、ガッシャブルム2峰(8034m)登頂
第3章 ソロの新境地 ―― チョ・オユー南西壁
  1994年 29歳 マッターホルン北壁登頂
      チベット、チョ・オユー(8201m)南西壁新ルートより単独初登
第4章 ビッグウォール ―― レディーズ・フィンガー南壁
  1995年 30歳 パキスタン、レディーズ・フィンガー(5.10c A3+)南壁初登
第5章 死の恐怖 ―― マカルー西壁とマナスル北西壁
  1996年 31歳 ネパール、マカルー(8463m)西壁単独、敗退
  1997年 32歳 チベット、ガウリシャンカール(7134m)北東稜、敗退
  1998年 33歳 ネパール、クスム・カングル(6367m、80度、5.9)
      東壁新ルートより単独初登
      ネパール、マナスル(8163m)北西壁、敗退
第6章 夢の実現 ―― K2南南東リブ
  2000年 35歳 パキスタン、K2(8611m)南南東リブから単独初登
第7章 生還 ―― ギャチュン・カン北壁
  2002年 37歳 チベット、ギャチュン・カン(7952m)北壁第2登


各章のうしろに、「コラム」があり、本文の厳しい登攀記録とは対照的に、両親や夫人のこと、山に対する考え方など、ほんわかとした内容のエッセイが掲載されている。
いい話がたくさんあるのだが、それはまたあらためて紹介しようかと思う。

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2010年6月 6日 (日)

【雑】今日のカレー

ひさしぶりにカレーをつくった。
ごく普通のカレーだが、今日は満足のいくものができた。

201006060004_2いつものように玉葱大2個をキツネ色になるまでよく炒めて、ぶなしめじを入れ、カレー・ルーはフレーク状のものを使用。
すりおろしたニンニクも、今日は忘れずにいれた。
最後の隠し味だけは、かみさんにまかせた。
冷蔵庫から瓶をとりだして何やら数滴たらしていたが、何をいれたのかよくわからない。
業務秘密らしい(そんなわけはない)。
トッピングは茹で卵。
あいにくラッキョウをきらしていた。

カレーは自宅で食べるにかぎる。

201006060005スーパーでブロッコリーとスナップえんどうを買っていたので、ブロッコリーは茹で、スナップえんどうはレンジでチンして、つけあわせとした。
ほんとうは塩茹でするといいのかもしれない。

スナップえんどうといえば、クライマーの山野井泰史・妙子夫妻(奥多摩在住)の映像のなかに、ご自宅の家庭菜園でとれたスナップえんどうが食卓にあがっている様子があった。

野菜があまり好きではないという泰史さんが、このスナップえんどうだけはお好きらしく、うまいうまいと言いながらばくばく食べていた。
わが家でも、このスナップえんどうが大好きだ。


― Wikipediaより ―
スナップエンドウはアメリカから導入されたエンドウの品種。
特徴と食べ方
さやが柔らかく、さやと豆の両方を食べることが出来る。さやは肉厚で甘みが強いが、硬いスジがある。しかし、あらかじめスジを取り除くとサヤがバラバラになって中の豆がこぼれてしまうので、サヤがついたまま調理した上でスジごと食べてしまうか、食べるときにスジを取り除くようにする。
さっと塩茹ですると鮮やかな緑と甘みが楽しめる。
天ぷらにするとサクサクとした食感を楽しめる。
肉料理のつけあわせ、サラダなどに用いる。
ほかのインゲン同様、長時間加熱すると身が崩れて色も悪くなってしまうため、煮物の彩りとして用いる場合は他の具材とは別に茹でておき、盛りつけの時に添えるようにするとよい。

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【楽】【雑】アメリカン・チェリーと島唄

初夏のような陽気だ。
CO-OP生協へ買い物にいったら、アメリカン・チェリーがすこし安くなっていたようなので買ってきた。
国産のさくらんぼは高くて手がでないけれど、さくらんぼは好きなのだ。

201006060003

なんとなく沖縄の唄が聞きたくなった。
理由などないけれど、なんとなく、ね。

Tokiko_okinawa_1Tokiko_okinawa_2沖縄情歌 加藤登紀子
 ビクター 2003年
 UICZ 4065
あなたに/涙そうそう/昔美しゃ 今美しゃ/てぃんさぐの花/芭蕉布/イラヨイ月夜浜/アッチャメー小~多幸山~/西部門哀歌/色織り坂/海の子守唄(ふぁむれうた)/童神~天の子守唄~/花




Begon_omototakeoビギンの島唄 於茂登岳男(オモトタケオ)
 テイチク 2000年
 TECN-20647
涙そうそう(三線バージョン)/風よ/イラヨイ月夜浜/竹富島で会いましょう/かりゆしの夜/がんばれ節/昔美しゃ 今美しゃ/涙そうそう(三線ウチナーグチ・バージョン)

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【楽】日曜の朝に聴く上々颱風

きのうと今日、世田谷パブリック・シアターで上々颱風のライブがあったのだが、今年は行けそうにない。
そのうっぷんを晴らすわけでもないが、古いアルバムを聴いていた。
私のなかでは、上々颱風のベスト・アルバムの三本指にはいる。
(他の二枚は?と聞かれると答えに困るけれど。)

Shangshang8_1_3 Shangshang_8_2

発売から10年たったんだなあ。

上々颱風8  2000年発売
 YOUGEY PUBLISHING YW-S001

「ゆうげい社」 に所属していた頃の力作。

 ゆうげい社
  http://www.yougey.com/index.html

曲にも演奏にもブックレットにも、それまでのアルバムとはひと味ちがった「いきおい」というか「躍動感」を感じる。アレンジ、演奏も緻密だ。

ジャケット写真(右)は、北海道の廃坑跡で撮ったものだろうか。

 【楽】「上々颱風8」と「闇を掘る」 2008年6月13日 (金)
  http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_a6a7.html


収録曲は名曲揃いだが、なかでも西川郷子さんが歌う 「海鳴りの丘」 「紺碧の空」 が好きだ。
白崎映美さんが歌い、山下洋輔がピアノでバックを決めている 「GHETTO BLASTER」 もすばらしい。
「ものみな歌に始まる」 は、胸にしみる名曲。

二曲だけだが、ヴァイオリンのHONZIさんが参加している。
HONZIさんのヴァイオリンはすごいな。亡くなってしまって、二度とライヴで聴かれなくなったのがつくづく残念だ。
猪野陽子さんはこの頃メンバーからはずれていたようだが、ゲスト参加。アコーディオン演奏はさすが。


【収録曲】
しびれMambo 作詞・作曲/紅龍
夏のバチ当り(罪とバチ'69) 作詞・作曲/渡野辺マント 補詞/紅龍
ハラホロの涙 -GREAT JOURNEY 2001-  作詞・作曲/紅龍
GHETTO BLASTER 作詞・作曲/紅龍
海鳴りの丘 作詞・作曲/紅龍
FANTASY 作詞・作曲/Eddie Del Barrio, Maurice White, Verdine White
  日本語詞/紅龍
恋の卍固め 作詞・作曲/紅龍
平和が戦車でやって来る 作詞・作曲/紅龍
紺碧の空 作詞・作曲/西川郷子
ものみな歌に始まる 作詞・作曲/紅龍

【演奏】
西川郷子 Vocal, Percussion, Chorus
白崎映美 Vocal, Chorus
紅龍 Sangen, Guitar, Vocal, Chorus
渡野辺マント Drums, Chorus
後藤まさる Percussion, Chorus
吉田よしみ Keyboard, Chorus
西村直樹 Bass, Chorus

【ゲスト】
猪野陽子 Keyboard, Pianica, Accordion, Chorus
HONZI Violin
春日 hachi 博文 Kjwaenggwari
山下洋輔 Piano

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2010年6月 5日 (土)

【山】【読】山野井泰史さんを描いたもうひとつのノンフィクション

世界的なクライマー 山野井泰史さんを描いたノンフィクション。
近くの図書館にあったので、今日借りてきた。

Maruyama_solo丸山直樹 『ソロ 単独登攀者 山野井泰史』
 山と渓谷社 1998年
 286ページ 1500円(税別)

著者の丸山直樹さんは、大学山岳部で山登りを経験しているフリーランスの記者(本書執筆当時)。
山野井さんが書いた 『垂直の記憶 岩と雪の7章』(山と渓谷社)にも名前がでてきて、山野井さんとも親しいらしい。

沢木耕太郎さんの本を読んだ後では、この人の文章はすこし読みにくい感じがするのだが(私も他人のことは言えない)、おもしろそうだ。

タイトルの「ソロ」は、山野井さんの単独登攀スタイル(アルパイン・スタイルによるソロ)に焦点をあてていることによる。

<山野井泰史――言うまでもなく現時点における日本最強のアルパイン・クライマーである。「日本」と限定するよりは、「世界最強のソロ・クライマー」と言っても過言ではないだろう。小学校五年生のとき、偶然テレビで見た劇映画『モンブランへの挑戦』がきっかけで岩登りに取り憑かれ、以来二十年近く、とりわけ高校卒業後の十三年間を、すべてクライミングに費やしてきた。定職はない。富士山頂測候所への冬季歩荷(ぼっか)(徒歩による物資の荷揚げ)である強力(ごうりき)で主な生活費を稼ぎ出し、東京都・奥多摩の山間に建つ、築六十年の借家に妻とともに住む。妻の妙子(旧姓長尾)もまた、ヒマラヤを数多く登っている屈指の女性クライマーである。>
(本書 プロローグ「自分という極限」 P.9-)

アルパイン・スタイルとは、ヨーロッパ・アルプスでおこなわれてきた単独または少人数による登山スタイル。できるだけ短い日数で一気に登る。
日本で我々が一般ルートをたどて山に登るスタイルがそうだ。

これに対して、ヒマラヤのような巨大で難しい山の場合、これまではポーラー・メソッド(極地法)、あるいはシージ・タクティス(包囲法)と呼ばれるスタイルが一般的だった。
ベース・キャンプを築き、大量の物資を運んで、そこからいくつも前進キャンプをつくって荷物をデポし、隊員の高度順化をはかりながら、最後のアタック・キャンプからコンディションのいい隊員だけが頂上をアタックする。
ルートにはロープをフィックスして、できるだけ安全に必要な物資を上にあげられるようにする。
ルートもできるだけ難しいところを避ける。ノーマル・ルートと呼ばれ、稜線をたどることが多い。
金と時間のかかる、いわば物量作戦だが、そうでもしなければ登頂が困難だったのだ。

この方法で世界のおもだった高峰が登り尽くされたあと、より難しいルートが開拓され、さらには無酸素・短期日でいっきに登ることが始められた。
強靭な肉体と体力、トレーニングによって、重い酸素ボンベなど使わずに速く登ることができれば、このアルパイン・スタイルの方が効率がいいにきまっている。

山野井さんの登攀は、そのアルパイン・スタイルの究極にあるもので、もちろん酸素ボンベなど持たず、一人かせいぜい三人ぐらいでヒマラヤの岩壁をよじ登って山頂を目指すのだ。
高度七千メートルを超えると、酸素濃度は平地の三分の一になるという。
そんな危険なところで困難な岩壁を登ることなど、私たち一般の登山者には考えられないことだが……。
岩壁に魅かれる気持ちはわかるような気がする。
ただ、登ってみたいと思ってもとうてい無理なだけだ。


この本、山野井泰史さんのことを知るのには、うってつけのようだ。

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2010年6月 4日 (金)

【山】【読】沢木耕太郎 「凍」 読了

読みおえたあと、これほど充足感をおぼえる本はひさしぶりのことだ。

Sawaki_tou沢木耕太郎 『凍』  新潮社 2005年

よほどの信頼関係がなければ、ここまで書けないだろうなと思っていたら、文庫版 池澤夏樹さんの解説にこう書いてあった。
(文中の「三人」とは、山野井泰史・妙子夫妻と沢木耕太郎。)

<この三人はどれほどの時間をかけて細部を思い出すという共同作業をしたのだろう? そこでは沢木の人柄がどういう力を発揮したのだろう? この話の最後の方に山野井夫妻が再びギャチュンカンの麓まで行くエピソードがある。「登山経験のまったくない男性」と自称する沢木を伴って、かつて残したゴミを回収するためにベースキャンプまで登る。そういうことができる仲を沢木は山野井夫妻との間に構築した。ただ親密なだけでなく、理解者としての沢木を泰史と妙子は受け入れた。> (『凍』 新潮文庫解説 池澤夏樹)

この本は感動的なドキュメンタリーだった。

いいエピソードがたくさんあるが、次の話は微笑ましい。
ギャチュンカンから奇跡的な生還を遂げて帰国後、夫妻は凍傷にかかった手足の指を日本の病院で切断することになった。
その時の話。
(文中の「父親」は山野井泰史さんの父親。)

<山野井の父親が手術室の外で待っていると、まずストレッチャーに乗せられて山野井が出てきた。さすがに顔は蒼白で、体は小刻みに震えていた。
 ところがそれから一時間ほどして出てきた妙子は、女性の看護師と談笑している。山野井とは違って切ったのは片手の指だけだとしても、その様子は驚くべきもののように思えた。さすがに妙子は慣れている、と父親は妙な感心の仕方をしてしまった。>

<父親は妙子に関してこんな話を聞いたことがあった。マカルーから帰って入院しているとき、同じ病院で小指を詰めた暴力団員が入院していた。あまり痛い、痛いと大騒ぎをするので、看護師が言ったという。
「小指の一本ぐらいでなんです。女性病棟には手足十八本の指を詰めても泣き言を言わない人がいますよ」
 しばらくしてその暴力団員が妙子の病室に菓子折りを持って訪ねてきた、という。>

(本書 第十章 喪失と獲得 P.275)


妙子さん(旧姓 長尾妙子)は、山野井泰史さんと知りあった頃の1991年、8481メートルのマカルーに登頂後、下降の途中で重度の凍傷を負い、その結果、手の指を第二関節から十本、足の指も二本を残して八本すべて失い、しかも鼻の頭まで失っている。
(鼻は移植手術によって一部復元。)

ギャチュンカンでの過酷なビバークによって、さらに残っていた第二関節から残っていた手指も切断したのだ。
泰史さんの父親が「さすがに妙子は慣れている」と感じたのには、そういう背景がある。

山野井夫妻は、このギャチュンカンからの生還(2002年)の後も、徐々にリハビリを続けて、とうとうクライミング(岩登り)を再開し、現在に至っている。
ギャチュンカンから五年後の2007年には、グリーンランドで標高差1300メートルの岸壁に挑戦し、十七日かけて登頂に成功している。


「あきらめない」――そのことの大切さを学んだような気がする。
そして、ふたりの「自由な生き方」に感動した。

池澤夏樹さんがこう書いている。

<……人間の身体の力としてこれは驚嘆すべき偉業である。/だが、それだけならば、この記録にこれほど心動かされることはないだろう。感動するのは、彼らが真の意味で自由であるからだ。……泰史と妙子は自由なのだ。すべてを自分たちだけで決められるように生活を、人生を、設計している。あることをするのに、他人が提示する条件を容れた方がずっと楽という場合でも、苦労を承知で自分たちだけでやる方を選ぶ。それは本当に徹底している。その姿勢をぼくは自由と呼びたい。>

<彼らが確保している自由の中で大事なのは名声からの自由である。つまり名声を求めないこと。そういうものに振り回されないこと。> (文庫版解説 池澤夏樹)


新潮文庫の池澤さんの解説は、それだけでじゅうぶんひとつの読み物のように、おもしろい。
どうせ読むのなら、文庫版をおすすめしたい。

Sawaki_tou_bunko沢木耕太郎 『凍』
 新潮文庫 2008年刊
 366ページ 552円(税別)
 解説 池澤夏樹
 巻頭にギャチュンカン峰周辺の地勢図

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2010年6月 3日 (木)

【山】【読】沢木耕太郎 「凍」 (文庫版)

沢木耕太郎 『凍』 の文庫版(新潮文庫)を、職場の近くのBOOK OFFで手にいれた。
定価の7割ほどの価格で売られており、とてもきれいな状態の本だ。
おそらく一度も読まれることなく売られたのだろう。

Sawaki_tou_bunko沢木耕太郎 『凍』  新潮文庫 2008年刊
 366ページ 552円(税別)

うれしいことに、巻頭にギャチュンカン付近の地形の略図がつけられている。
ギャチュンカン(山野井さんはギャチュン・カンと表記している)は、ネパールとチベットの国境線上、マカルー、ローツェ、エヴェレスト(チョモランマ)と並ぶ八千メートル峰群の西北に位置する。
その西には、これも8201メートルのチョ・オユーがある。

八千メートル前後の山々がずらりと連なるヒマラヤ山脈の核心部である。

<ヒマラヤ山脈(Himalayan Range、中国語で喜马拉雅山脉)は、アジアの山脈であり、パキスタン・インド・チベット(中華人民共和国領)・ネパール・ブータンの国境付近に位置する。西端はアフガニスタンのヒンドゥークシュ山脈へとつながる。 ヒマーラヤ हिमालय は、サンスクリット語で、hima「雪」+alaya「すみか」から「雪の住みか」の意。エベレスト (8850m) 、K2 (8611m) 、カンチェンジュンガ (8598m) をはじめ、世界でも標高の高い山が数多く属している。> ―Wikipediaより―


この文庫には、さらにうれしいことに、池澤夏樹さんの解説がついている。
まだ本文を読みおえていないので解説は読まないほうがいいのだが、ちらっとみたところ、いかにも池澤さんらしい文章を発見。

<あまりにおもしろい本なので、読後の興奮のままに山野井夫妻のことを書きつらねたが、そのおもしろさを成立させているのはもっぱらノンフィクションを書いてきた作家としての沢木の伎倆(ぎりょう)であり思想である。>
(『凍』 文庫版解説 池澤夏樹)

池澤夏樹さんをしてここまで言わせた、沢木耕太郎という作家の技量に脱帽。

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2010年6月 2日 (水)

【山】【読】沢木耕太郎 「凍」

今日の東京新聞夕刊には大きな活字が躍り、そのとばっちりをうけて、山野井さんの連載は三面に追いやられてしまった。
一面のニュースについて、私の感想は「いいよなあ」というものだ。
あの人たちは、辞めりゃ済むけど、俺たちはそうそう簡単に辞められないもの。

それはさておき。

Sawaki_tou沢木耕太郎 『凍』  新潮社 2005年刊

期待をはるかに超えるおもしろさだ。
山野井泰史・妙子夫妻がよく描かれている。
さすがに沢木耕太郎の筆はすごい。

YouTubeでちょっとだけ見た夫妻の姿によって、妙子さんも凍傷で手足の指を失っていることは知っていたが、手の指は第二関節から十本すべて、足の指は二本を残して八本すべて、とは驚いた。
そんなことがあっても、あたらしい目標をつくって登攀を続けるのは、根っから山が好きだから、ただそれだけだという。

泰史さんは、いわゆるピークハンターではないから、ヒマラヤの八千メートル峰というだけで登攀するのではなく、じぶんが登りたい山(岩壁)だけに挑戦し続けている人だ。

沢木さんのこの本を読んでいると、夫妻の出会い、結婚にいたる経緯なども詳しく描かれていて興味ぶかい。
つくづく、いい夫婦だな、と思う。
奥多摩での質素な生活ぶり知るにつけ、この夫妻にますます好感をもつようになった。

この本で唯一残念なのは、ギャチュン・カンの地図が掲載されていないため、地理的な位置関係がイメージしにくいことだ。
ギャチュン・カン峰は、エヴェレスト(別名サガルマータ、チョモランマ)のすぐ近くにある。
標高7952メートルで8000メートルにわずかに足りないことと、アプローチの難しさから、登頂しようとする登山家はほとんどいないらしい。
しかし、山野井泰史さんは、この山に魅せられてその北東壁の単独登攀に挑む。
結果的には、北東壁では敗退し、北壁に切り替えて夫婦二人で登るのだが……。


<……日本において山野井は、一般的にはほとんど無名と言ってよかった。山岳関係の雑誌に登山の記録を載せることはあっても、積極的にテレビや週刊誌に出ることはなかった。それは……登山の費用のすべてを自分で賄っているため、名前を売ってスポンサーを見つける必要がなかったからでもある。ただ、自分の好きな山を好きに登ることができさえすればよかったのだ。>

<そうした山野井にとって、八千メートルという高さはヒマラヤ登山に必須のものではなかった。八千メートル以下でも、素晴らしい壁があり、そこに美しいラインを描いて登れるなら、その方がはるかにいいという思いがあった。>

(本書 第一章 ギャチュンカン P.24-25)


中身の濃い本で(活字もぎっしり詰まっている)、まだ三分の一までしか読みすすんでいないが、いい本だ。

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2010年6月 1日 (火)

【山】【読】山野井泰史さんの本を読む

平日には新聞をほとんど読まない(開くことすらめったにない)。
だが、毎日欠かさず読んでいるのが、東京新聞朝刊最終面の「氷山の南」(池澤夏樹さんの連載小説、今日で267回)と、夕刊一面に連載されはじめた山野井泰史さんの「この道」(今日で23回)の二つだ。

池澤夏樹さんの小説は、いよいよ佳境にはいって面白い。
主人公の青年(アイヌ民族の末裔という設定)が、南極から巨大な氷山を曳航する船からおりて、いまちょうどオーストラリア大陸で先住民「アボリジニ」の青年、老人と交流しているところだ。

山野井泰史さんの連載エッセイ(インタビューによる聞き書きかもしれない)の方も、山登りが好きな私には、たまらない内容。
山野井さんのことはほとんど知らなかったが、卓越したクライミングを続けている人だ。
1965年生まれ。
十代なかばから、社会人山岳会にはいって尖鋭的なクライミングを続けている「世界的な」クライマー。
夫人の妙子さんも一流クライマーだ。

山野井さん自身が書いた本があり、市の図書館に置いてあったので、日曜日に借りてきた。
私にしてはハイ・スピードの二日とちょっとで、今日読みおえた。

Yamanoi_iwatoyuki_1山野井泰史 『垂直の記憶 岩と雪の7章』
 山と渓谷社 2004年刊
 244ページ 1500円(税別)

図書館から借りてきた――予約して待つのもまだるっこしく、すぐに読みたかったのもあって、少し距離のある分室まで出向いた――この本には「寄贈本」のゴム印が押されていたが、まったく読まれた形跡がなかった。
しおり紐が折られたまま、まんなかあたりのページに挟まれていたから、たぶん誰も借りたことがないようなのだ。
まるで買ったばかりの新本を読むようで、気分がよかった。

巻頭のカラー写真がきれいだ。
七つの山行記録だが、その苛酷なクライミングに驚いた。
誰もやったことのない登攀に常に挑戦しながら、これ見よがしなところがいっさいなく、謙虚で、人間的にも好きになれそうな印象をうけた。
最終章(第7章) 「生還 ギャチュン・カン北壁」 に圧倒される。
妙子夫人とふたりで、2002年にチベットのギャチュン・カン(7952メートル)北壁に挑んだ登攀記。
下山途中で雪崩にあい、夫人ともども九死に一生を得るものの、ひどい凍傷にかかって手足の指を何本も切断することになる。


もう一冊、この山野井さんのギャチュン・カン登攀をテーマにしたノンフィクションが、やはり図書館にあると知ったので(これはすぐ近くの地域館=喜平図書館)、やはり日曜日に借りてきた。
明日から読みはじめよう。

Sawaki_tou沢木耕太郎 『凍(とう)』
 新潮社 2005年刊
 300ページ 1600円(税別)

こちらの本は、これまでたくさんの人に読まれているようで、さすが、人気作家の本だ。
沢木耕太郎さんらしい題名がつけられている。
この本は、「新潮」2005年8月号掲載の「百の谷、雪の嶺」を改題したもの。
「あとがき」で、沢木さんはこう書いている。

<私には珍しく、この作品は雑誌に掲載する直前までタイトルに悩んだ。「百の谷、雪の嶺」にするか、「凍」にするか。迷った末に、ギャチュンカンそのものを意味する「百の谷、雪の嶺」を選んだ。/しかし、それを書き終えた直後、ポタラ峰北壁に再度挑戦している山野井泰史に会うため、炎熱下の中国をバスで移動しつづけているうちに、あれはやはり「凍」だったのではないかと思うようになった。あの世界を構成しているのは、ギャチュンカンという山と、その北壁に挑んだ山野井泰史と妙子の両者であり、その全体を包み込む言葉としては「凍」以上のものはないのではないか。「凍」と書いて「とう」と読ませるのはかなり強引だが、……>

楽しみな本だ。
沢木耕太郎さんの本は、若い頃、夢中になって読んだ時期があったが、その後しばらく遠ざかっていた。
この人の書く文章(文体)は、とても好きなのだ。

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