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2010年6月 4日 (金)

【山】【読】沢木耕太郎 「凍」 読了

読みおえたあと、これほど充足感をおぼえる本はひさしぶりのことだ。

Sawaki_tou沢木耕太郎 『凍』  新潮社 2005年

よほどの信頼関係がなければ、ここまで書けないだろうなと思っていたら、文庫版 池澤夏樹さんの解説にこう書いてあった。
(文中の「三人」とは、山野井泰史・妙子夫妻と沢木耕太郎。)

<この三人はどれほどの時間をかけて細部を思い出すという共同作業をしたのだろう? そこでは沢木の人柄がどういう力を発揮したのだろう? この話の最後の方に山野井夫妻が再びギャチュンカンの麓まで行くエピソードがある。「登山経験のまったくない男性」と自称する沢木を伴って、かつて残したゴミを回収するためにベースキャンプまで登る。そういうことができる仲を沢木は山野井夫妻との間に構築した。ただ親密なだけでなく、理解者としての沢木を泰史と妙子は受け入れた。> (『凍』 新潮文庫解説 池澤夏樹)

この本は感動的なドキュメンタリーだった。

いいエピソードがたくさんあるが、次の話は微笑ましい。
ギャチュンカンから奇跡的な生還を遂げて帰国後、夫妻は凍傷にかかった手足の指を日本の病院で切断することになった。
その時の話。
(文中の「父親」は山野井泰史さんの父親。)

<山野井の父親が手術室の外で待っていると、まずストレッチャーに乗せられて山野井が出てきた。さすがに顔は蒼白で、体は小刻みに震えていた。
 ところがそれから一時間ほどして出てきた妙子は、女性の看護師と談笑している。山野井とは違って切ったのは片手の指だけだとしても、その様子は驚くべきもののように思えた。さすがに妙子は慣れている、と父親は妙な感心の仕方をしてしまった。>

<父親は妙子に関してこんな話を聞いたことがあった。マカルーから帰って入院しているとき、同じ病院で小指を詰めた暴力団員が入院していた。あまり痛い、痛いと大騒ぎをするので、看護師が言ったという。
「小指の一本ぐらいでなんです。女性病棟には手足十八本の指を詰めても泣き言を言わない人がいますよ」
 しばらくしてその暴力団員が妙子の病室に菓子折りを持って訪ねてきた、という。>

(本書 第十章 喪失と獲得 P.275)


妙子さん(旧姓 長尾妙子)は、山野井泰史さんと知りあった頃の1991年、8481メートルのマカルーに登頂後、下降の途中で重度の凍傷を負い、その結果、手の指を第二関節から十本、足の指も二本を残して八本すべて失い、しかも鼻の頭まで失っている。
(鼻は移植手術によって一部復元。)

ギャチュンカンでの過酷なビバークによって、さらに残っていた第二関節から残っていた手指も切断したのだ。
泰史さんの父親が「さすがに妙子は慣れている」と感じたのには、そういう背景がある。

山野井夫妻は、このギャチュンカンからの生還(2002年)の後も、徐々にリハビリを続けて、とうとうクライミング(岩登り)を再開し、現在に至っている。
ギャチュンカンから五年後の2007年には、グリーンランドで標高差1300メートルの岸壁に挑戦し、十七日かけて登頂に成功している。


「あきらめない」――そのことの大切さを学んだような気がする。
そして、ふたりの「自由な生き方」に感動した。

池澤夏樹さんがこう書いている。

<……人間の身体の力としてこれは驚嘆すべき偉業である。/だが、それだけならば、この記録にこれほど心動かされることはないだろう。感動するのは、彼らが真の意味で自由であるからだ。……泰史と妙子は自由なのだ。すべてを自分たちだけで決められるように生活を、人生を、設計している。あることをするのに、他人が提示する条件を容れた方がずっと楽という場合でも、苦労を承知で自分たちだけでやる方を選ぶ。それは本当に徹底している。その姿勢をぼくは自由と呼びたい。>

<彼らが確保している自由の中で大事なのは名声からの自由である。つまり名声を求めないこと。そういうものに振り回されないこと。> (文庫版解説 池澤夏樹)


新潮文庫の池澤さんの解説は、それだけでじゅうぶんひとつの読み物のように、おもしろい。
どうせ読むのなら、文庫版をおすすめしたい。

Sawaki_tou_bunko沢木耕太郎 『凍』
 新潮文庫 2008年刊
 366ページ 552円(税別)
 解説 池澤夏樹
 巻頭にギャチュンカン峰周辺の地勢図

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コメント

読んでみたくなります!世の中、自由で凄いひとがいっぱいいるのですね・・・。昨日今日、良い天気なので掃除・洗濯・犬の毛取りに追われています。山歩きに行けたらいいいいのですが、膝が老化現象なので・・・。(苦、苦、苦笑)

投稿: みやこ | 2010年6月 5日 (土) 09時07分

>みやこさん
やっといい季節になりましたね。
山野井夫妻はいいですよ。いいですよ、というのもおかしいのですが。
ああいう生き方はうらやましいし、そうありたいと願っています。
山歩き、再開したいなあ……。
こちらも同様、筋力が弱っています。

山野井夫妻の映像(YouTube)
http://www.youtube.com/watch?v=aLMLk8WeAEI&NR=1

投稿: やまおじさん | 2010年6月 5日 (土) 09時41分

映像を早速拝見。ご夫妻の表情がなんともいえずいいですね。清々しい! 

投稿: みやこ | 2010年6月 5日 (土) 23時32分

>みやこさん
いいでしょう?山野井ご夫妻。
すっかりファンになりました。

投稿: やまおじさん | 2010年6月 6日 (日) 15時19分

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