【読】65年前の夏
明日は、1945年(昭和20年)8月15日から、ちょうど65年目の日だ。
いま読んでいる小説が、その日のありさまを描いた個所にさしかかった。
偶然とはいえ、なにか因縁のようなものを感じる。
残すところ、あと170ページあまり。浅田次郎 『終わらざる夏』 (下)
集英社 2010年7月発行
458ページ
1700円(税別)
小説の舞台は、カムチャッカ半島から北海道まで連なる千島列島(クリル列島)の北端の島、占守(シュムシュ)島。
あまり知られていないことだが(私もよく知らなかったが)、この島とその南の幌筵(パラムシル)島には、新式戦車60輌を擁する23,000人もの日本軍部隊がいた。
目と鼻の先のカムチャッカ半島には、ソ連軍の部隊が駐屯していた。
ソ連は、日ソ中立条約を一方的に破棄して、無条件降伏した(当時の)日本領土に攻め込んでくる。
― 以下、Wikipedia 「占守島の戦い」 より ―
日本側は、第5方面軍(司令官:樋口季一郎中将)隷下の諸部隊が、対アメリカ戦を予想して占守島・幌筵島の要塞化を進めていた。1945年(昭和20年)になると本土決戦や北海道本島防衛のため兵力が引き抜かれたが、終戦時点でも第91師団(2個旅団基幹)を擁していた。また、これまで北方方面はほとんど戦闘がなかったため、食糧・弾薬の備蓄が比較的豊富であった。さらに、満州から転進した精鋭の戦車第11連隊も置かれていた。海軍は千島方面特別根拠地隊を置いていたが、陸軍同様に主力を北海道へ移転して解隊してしまい、南部の片岡基地を中心に第51、第52警備隊などを配置している程度だった。航空部隊は陸海軍合わせてわずか8機が残っていただけであった。
精鋭部隊ではあったが、いってみれば北海道から遠く離れた孤島に置き去りにされたような部隊だった。
また、この二つの島には、日魯漁業の缶詰工場があり、2,500人の挺身隊員が送りこまれており、そのうち400人は函館で編成された女子挺身隊員だった。
昭和20年8月15日。
あの「玉音放送」の電波もこの占守島までは届かず、ほとんどその内容を聴きとることができなかった。
そのため、兵たちは日本が無条件降伏したことを理解できなかった。
<その日、占守島には正しく玉音放送が流れることはなかった。
ラジオ受信機は長崎港の海軍根拠地隊と、日魯漁業の工場と、四嶺山山頂の電探を使った独立歩兵大隊の装備品があるきりで、それらにしてもほとんど聴き取れぬ感度だった。>
<天皇陛下のお声には誰もが興味を抱いていたが、その内容に疑念を持つ者はいなかった。だからよく聴き取れなくても、高貴な抑揚がときおり雑音のすきまに確かめられるだけで十分だった。本土決戦に向けて、陛下が全国民を激励なさっているのだと、将兵はみな信じ切っていた。
数日前には聖戦完遂を確認する阿南陸軍大臣の談話が発表され、全軍に伝えられていた。よもや玉音が陸相の意思と異なるなどとは、考えもよらなかった。>
主人公の片岡直哉とその家族、片岡といっしょに占守島に派遣された東北出身の「鬼熊」と呼ばれる軍曹とその周辺、その他、数えきれないほど多彩な登場人物と彼らをとりまく状況が、じつによく描かれていて、この小説に幅と深みをもたせている。
たとえば、片岡の一人息子 譲の集団疎開先の様子。
疎開先の長野から脱走し、線路沿いに歩いて東京を目指す途中で出会う人々。
鬼熊軍曹の郷里での徴兵(根こそぎ動員)の様子。
師団司令部から出される動員命令に応じて、召集令状を作るのが職務の、盛岡聯隊区司令部動員課班長の苦悩。……等々。
著者の筆力はさすがである。
おかげで、敗戦間際の「あの戦争」のさなか、人々が何を感じ、何を考えていたのかがよくわかった。
昭和20年8月15日。
私が生まれた年の、わずか6年前の夏の日だった。
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