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2010年8月29日 (日)

【読】「終わらざる夏」 その後

身のまわりの整理をしていたら、こんなものをみつけた。
書店のレジに置いてある出版社の情報誌。

Seishun_dokusho_201007_1Seishun_dokusho_201007_2「青春と読書」 集英社
 2010年7月号
特集 浅田次郎 『終わらざる夏』

浅田次郎氏へのインタビューが6ページ掲載されている。
その次に、「コラム 北千島と日魯漁業」という記事が見開き2ページあって、興味ぶかい内容だった。
貴重な資料となるので、とっておこうと思う。




<日本とロシアの領有争いに翻弄されてきた占守島の歴史だが、もともとは、アイヌ民族が漁業や狩りなどを生業(なりわい)として静かに暮らしてきた島だった。小説に登場するクリルアイヌのヤーコフ老人は、ロシア時代の占守島で生まれ、その後日本領となって色丹島に強制移住させられるという、先祖の土地を追われた者の哀しみを切々と語っている。……>

<北千島は、豊富な海産資源の地域として早くから注目されていたが、1907(明治40)年、日露漁業協約が締結されたことで一挙に北洋漁業が拡大する。小説にも出てくる日魯漁業(現マルハニチロ食品)に「あけぼの」のサケ缶が誕生するのは1910年(当時は堤商会。1921年に日魯漁業に)。
 さらに昭和に入ると、日魯漁業を中心とした母船式サケ・マス流し網漁法が始まり、北千島の漁場は活況を呈していく。最盛期には、占守島とその隣の幌筵(パラムシル)島に2島合わせて、10工場22生産ラインで61万函を超えるサケ缶が生産された。戦局の悪化に伴い徐々に生産規模は縮小していくが、小説の舞台となった1945(昭和20)年でも、2工場12ライン約11万函が生産されていた。『終わらざる夏』下巻の冒頭に登場する、函館の女学校を卒業後、国民の食糧確保のためにこの北辺の島に送り込まれた夏子やキクらの女子挺身隊員が働いていたのが、この缶詰工場だった。……>

Seishun_dokusho_201007_3   

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