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2011年1月の11件の記事

2011年1月28日 (金)

【読】「満洲」をめぐって

先日読んだ澁谷由里さんの本の続編を、図書館から借りて読んでいた。

Shibutani_manshu澁谷由里(しぶたに・ゆり)
  『「漢奸」と英雄の満洲』
 講談社選書メチエ 404 2008年発行
 194ページ 1500円(税別)

「満洲」を舞台に、歴史の転変に翻弄された五組の父子の数奇な生を描いた、ユニークな歴史書だ。
本書でとりあげられているのは、張作霖・張学良、張景恵・張紹紀、王永江・王賢湋、袁金鎧・袁慶清、于冲漢・于静遠、の五組の父子。
張学良以外の「子」は、一般的には知られていないと思う。私も知らなかった。

著者のねらいを、まえがき(はじめに)から引用。
すこし長くなる。

<「満洲」がブームだという。現在の閉塞した世相が、「満洲国」のあった1930~40年代に似ているともいうし、「満洲国」におけるさまざまな実験……が戦後の日本に影響を与えたともいう。なるほどとは思う。またそのようにして多くの人々が「満洲」に関心をもつ現況を、研究者としてはありがたいとも思う。しかし、何か違和感がある。> (P.7)

<前著『馬賊で見る「満洲」――張作霖のあゆんだ道』では、「満洲」に対して日本人が抱く郷愁を打破してみたかった。……今回は、前著の問題意識も継承しつつ、近代史が帰着する現代史の問題に取り組みたい。しかし現代史をあつかう場合、中共公式見解の壁と文革の悲劇という二重の困難は避けて通れない。これが日中両国の歴史認識に距離を作る原因にもなっているからなおさらむずかしい。だがせめて日本人読者にだけでも筆者の考える「満洲」の近現代史像を伝え、関心を持ってもらいたい。そう考えた時、最も親近感を持ってもらえるアプローチ方法として、「父子」という枠組みを思いついた。> (P.9)

著者は真摯な歴史学者だから(まだ若いが)、緻密な文章で内容に正確を期している。
気楽な読み物、というわけにはいかないが、私にはとても興味ぶかい内容だった。

巻末に、著者の歴史観、中国観が率直に述べられていて、好感がもてた。
そうか、こういうふうに考えれば、迷うことなどないのだな。

かなり長い引用(転載)になるが、ご容赦願いたい。

<歴史認識と謝罪が足りないといわれ、内心忸怩たる日本人は多いと思うが、それは中華人民共和国という国家における、国民意識の高揚と確認作業であり、中国人民内部に向けられたメッセージとして静観すべきだと筆者は考える。すぐに日本にひきつけて即応しようとするあまり、過剰な謝罪に走る、あるいは逆にひらきなおるケースもあるが、いずれも適切な対応ではない。中国を「わかってあげている」(「わかってやるものか」)というのはじつは日本人の甘えであって、「こんなにわかってあげているのにわかってもらえない」(「わかってやらないのだからわかってもらえなくてもいい」)という、さらなる身勝手を生みやすい。こうした日本側の空回りは、戦前の対中観と同工異曲になってはいないだろうか。>

<今後も日中間のすれ違いは時に政治・外交問題になるだろう。その時、日本が中国を異文化として客観視せず、共通点を拡大解釈してむりやり同化させようとすれば、かつてと同じ悲劇に見舞われる。いかに善意や熱意、理想に基づこうとも、価値観の押しつけは相手にとって束縛であり、相手が望まないことをしてはならないというのは、人間でも国家でも同じ、大切なルールである。>

<中国は大きい。漠たる大地を思い浮かべてしまうと、どうつきあっていいのかわからない。しかしそこにも血の通った人間が住んでいて、親子の情があり、さまざまな困難を乗り越えて今日がある。この隣人と末永く友好を保つには、人間としての普遍的な情熱と、異文化を尊重する冷静な理性とをバランスよく持ち合わせなけれなならない。そのように筆者は思うのである。> (P.177-178)

至極くまっとうな考え方だ。
こういう本は、ながく手もとに置いておきたくなる。
前著もそうだったが、巻末の註や、参考文献一覧、詳細な索引がありがたい。
資料としての価値も高いのだ。

著者の澁谷さんの人がらは、あとがき(P.188-)によくあらわれていて、好感がもてる。
前著 『馬賊で見る「満洲」』 脱稿後、出版社の担当者(山崎さん)との対話。
(以下、「あとがき」より)

担当者: 「次は『カンカン』について書いてみませんか?」

著者: 「『漢簡』ですか? それは専門外だから書けませんよ」
(漢簡とは、漢代の竹簡や木簡のこと)

担当者: 「発音が違ったかな? 『カンガン』 ですか?」

著者: 「『宦官』? あの、後宮に仕えている?」

<今にして思うとそれこそ「汗顔」の至りです。>

担当者: 「漢字の『漢』に、次の「カン」は女へんに干す、という字で……」

<「漢奸」。ようやく氏の意図が理解できたところで、それがとびきりむずかしいテーマであることに思い至り、私は気が重くなりました。一度はお断りしたのですが、山崎氏の励ましに根負けしてお引き受けした次第です。……>


そして、なんと、小説家の浅田次郎氏にふれている。
驚いた。
私は知らなかったが、澁谷さんは浅田次郎氏と昵懇らしい。

<じつは私、氏(山崎氏)のような「父兄」的な方々から多大な恩恵を受けて今日ここにいたっております。私の考える「父兄」的な人とは、聞き上手・ほめ上手で、見識豊かにして包容力に満ちた年長男性のことです。/まず、浅田次郎先生。人間的な成長の機会を与えてくださった、かけがえのない方です。どのような謝辞を述べても足りませんが、今後も研究を通して、先生のご参考になる史実をお知らせしたいと思います。> (P.189)

これを読んで、思わず膝を打った。
浅田次郎氏の 『中原の虹』 のような小説の陰に、若く気鋭の歴史学者のバックアップがあったのか、と。


Asada_taidan浅田次郎 『歴史・小説・人生』
 河出書房新社 2005年発行 (対談集)
 269ページ 1600円(税別)

澁谷由里との対談 「張作霖の実像に迫る!」 所収
(初出 『小説現代』 2004年10月号)

この対談も、なかなか面白かった。
「父兄」であるところの浅田氏も、歴史学者の前では、まるで先生に対する生徒のようで、可笑しい。
浅田氏なりの綿密な調査と作家の想像力とで書きあげた小説(『中原の虹』)の登場人物について、「あれでよかったのでしょうか?」と、とても気にして訊ねている。
澁谷センセイからは、おおむねOKの答えを得て、浅田氏のほっとしている様子が目にうかぶ。

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2011年1月23日 (日)

【歩】ロウバイの「偽果」

きょう、小金井公園で見たロウバイの樹には、黒っぽい実のようなものがたくさんついていた。
どうやら、ロウバイの偽果(ぎか)らしい。
去年の夏に実った偽果が、褐色になってこの時期まで残っているのだろうか。
夏になったら、よく観察してみよう。
(果実の時期は、下記の事典によると、7~8月となっている)

『葉形・花色でひける 木の名前がわかる事典』 (成美堂出版)より
ロウバイ
【別名】 カラウメ
【科/属名】 ロウバイ科ロウバイ属
【樹高】 2~5m
【花樹】 1~2月
【名前の由来】 中国名臘梅の和音読み。ほかに花色が密臘に似ている、開花が蝋月(旧暦12月)などの説も。
花後、果実が入る肉質の果床が大きくなり、長さ約3.5cmでタマゴ形の偽果になります。(熟すと褐色になる)
偽果:ふつうの果実は子房が発達するが、萼やその他の部分が果実になるものを指す。


撮影日 2011/1/23(日) 都立小金井公園(東京都小金井市)

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― 参考サイト ―
樹木検索サイト「木には名前がある」
ロウバイ(蝋梅)
http://www.tree-watching.info/kensaku/dat/r/roubai/roubai.html

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【歩】小金井公園・たてもの園 1月

ひさしぶりに、自転車で小金井公園・江戸東京たてもの園へ行ってきた。
たてもの園では、梅が、もう咲いている。

江戸東京たてもの園  2011/1/23(日)

http://www.tatemonoen.jp/index.html

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江戸東京たてもの園の東ゾーンでは、復元工事中のものが2棟あり、完成が楽しみだ。

大和屋本店 乾物屋 土井邸

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万徳旅館

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たてもの園を出て、小金井公園内をまわってみると、満開のロウバイが目についた。
梅林のウメも咲きはじめていた。
まだまだ寒い日が続くけれど、そろそろ梅の季節なのだな。

都立小金井公園  2011/1/23(日)

http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index050.html

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2011年1月16日 (日)

【歩】今年も鈴木稲荷もちつき大会へ

毎年楽しみにしている、鈴木稲荷のもちつき大会へ行ってきた。
つきたての餅、しるこ、とん汁をいただいてきた。
おいしかったけれど、今日は寒かったなあ。

おみくじがあったので、ひいてみたら、また大吉だった。
このおみくじ、私にとって含蓄に富む言葉だったので書いておこう。

運勢大吉
初めは冬の枯れ木の葉おちて花もなく淋しく此末如何なろうかと気遣うも其内に春となって花さく如く末よき運なり何事も慎め退屈せず時をまてば必ずよし

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2011年1月12日 (水)

【読】日本人はなぜ戦争を選んだのか(続)

加藤陽子著 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』 を読みおえた。
書店にいくと、この本が目につくところに置いてあって、なるほど、よく読まれている本なんだろうなと思う。

Katou_sensou加藤陽子 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』
 朝日出版社 2009/7/30発行
 414ページ 1700円(税別)

書名も装幀も秀逸だ。
書店で目にしたら、つい手にとってしまうような本で、私もそのようにして購入した。
いろいろ勉強させてもらったが、「あとがき」から引用しよう。

― あとがき より ―
<……本屋さんに行きますと、「大嘘」「二度と謝らないための」云々といった刺激的な言葉を書名に冠した近現代史の読み物が積まれているのを目にします。地理的にも歴史的にも日本と関係の深い中国や韓国と日本の関係を論じたものにこのような刺激的な惹句のものが少なくありません。>

「自虐史観」とかいって、思い込みの強い歴史観(「反・自虐史観」)で暴論を並べたてている書物のことだろう。
私も、かねがね、このての本を目にするたびに、苦々しく思っていた。
著者は続けてこう言う。
なかなか爽快。

<しかし、このような本を読み一時的に溜飲を下げても、結局のところ「あの戦争はなんだったのか」式の本に手を伸ばし続けることになりそうです。なぜそうなるかといえば、一つにはそのような本では戦争の実態を抉る「問い」が適切に設定されていないからであり、二つには、そのような本では史料とその史料が含む潜在的な情報すべてに対する公平な解釈がなされていないからです。これでは、過去の戦争を理解しえたという本当の充足感やカタルシスが結局のところ得られないので、同じような本を何度も何度も読むことになるのです。……>

このように考える著者による講義録だから、面白くないはずがない。
まさしく、「本当の充足感」「カタルシス」を感じることができる内容だった。
「あの戦争はなんだったのか」という問いを抱き続ける人(私もそのひとり)には、オススメの一冊だ。


さて、続いて読みはじめたのが、張作霖について掘り下げて書かれた、この本。

Shibutani_bazoku澁谷由里 (しぶたに・ゆり) 『馬賊で見る「満洲」』
  ― 張作霖のあゆんだ道 ―
 講談社選書メチエ(317) 2004年発行
 242ページ 1600円(税別)

この人も大学の先生だが(加藤陽子さんよりも少し若い)、文章がしっかりしていて、なおかつわかりやすく、すいすいと読める。
張作霖という、あまり人気のない(評判のよくない)人物にスポットをあてている貴重な本である。
じつは、図書館から借りてきたのだが、あまりにも今の私の関心事に近い題材なので、手もとに置いておきたくて新本を買ってしまったのだ。
(このようにして、わが家の「場所取り」である本が増えていく……)

帯の「浅田次郎氏推薦!」が泣かせる。


Itsuki_senpyou張作霖といえば、浅田次郎の小説 『中原の虹』(全四巻)の強烈な印象が尾をひいている。
話はそれるが、五木寛之の選評集『僕が出会った作家と作品』(東京書籍、2010年)に、この小説の選評が載っている。
吉川英治文学賞の第42回(2008年3月)の選評だ。

その中で、五木さんは、「一種の歴史講談である、という評もあったが、それは作者が最初から構想した手法であったにちがいない」と言って、浅田作品の「物語性」を肯定し、さらに、次のように高く評価している。

<……なみの小説家なら、とても張作霖などという一世の梟雄(きゅうゆう)を登場させる力業を試みようなどとは思わないだろう。/その世界に堂々と筆を進めた作者の大胆不敵なエネルギーは、作中の満洲馬賊たちの無頼なイメージと重なって見える。>

<パール・バックの「大地」に共通する史観を背後に秘めつつ、あくまで歴史書ではなく、小説の王道をめざした野心作として評価すべきだというのが、私の感想だった。>

浅田氏のあの小説の評価が、私のなかでぐらついていたところだったので、我が意を得たような心持ちになったのだった。
うれしいね。

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2011年1月 9日 (日)

【読】日本人はなぜ戦争を選んだのか

一年近くまえに手に入れて、なかなか読めなかった本。
ようやく読みはじめた。

2010年3月17日 【読】あの戦争
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-e3ae.html


Katou_sensou加藤陽子
 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』
 朝日出版社 2009/7/30発行
 414ページ 1700円(税別)

これがとても面白い。
加藤陽子センセイは東大で教鞭をとる歴史学者だが、この本では、高校の歴史研究部の生徒たちを相手に講義している。
2007年の年末から翌年正月にかけて、五日間の講義だという。
歴史好きな高校生が相手だからこそできたことだろう。
正月休み返上で、ご苦労なことだった(加藤先生はともかく、高校生たちが)。

この本の目次を、下に転載しておく。
日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満洲事変と日中戦争、太平洋戦争。
これを五日間でやったのかと思うと、その内容の充実ぶりが感じられる。

1894年~95年 日清戦争
1904年~05年 日露戦争
1914年~18年 第一次世界大戦
1928年 張作霖爆殺事件(満洲某重大事件)
1931年 満洲事変(柳条湖事件)
1937年 日中戦争(盧溝橋事件)
1941年 太平洋戦争(真珠湾攻撃)

ほぼ10年おきに、あたらしい戦争に突入していったあの時代……。
日本人は(日本という国は)、なぜ「戦争しかない」と考えていったのか。

「目から鱗」とはよく言うけれど、日本近現代史の謎が解けていく思いがする。
とてもわかりやすく、勉強になる。


【e-honサイトより】
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032285928&Action_id=121&Sza_id=B0

[文学賞情報]
2010年 第9回 小林秀雄賞受賞
[要旨]
普通のよき日本人が、世界最高の頭脳たちが、「もう戦争しかない」と思ったのはなぜか?高校生に語る―日本近現代史の最前線。
[目次]
序章 日本近現代史を考える;1章 日清戦争―「侵略・被侵略」では見えてこないもの;2章 日露戦争―朝鮮か満州か、それが問題;3章 第一次世界大戦―日本が抱いた主観的な挫折;4章 満州事変と日中戦争―日本切腹、中国介錯論;5章 太平洋戦争―戦死者の死に場所を教えられなかった国
[出版社商品紹介]
今までになかった日本近現代史の本。日清戦争から太平洋戦争まで。歴史の面白さ・迫力に圧倒される5日間の講義録。
■おすすめコメント
かつて、普通のよき日本人が「もう戦争しかない」と思った。世界最高の頭脳たちが「やむなし」と決断した。世界を絶望の淵に追いやりながら、戦争はきまじめともいうべき相貌をたたえて起こり続けた。その論理を直視できなければ、かたちを変えて戦争は起こり続ける。だからいま、高校生と考える戦争史講座。日清戦争から太平洋戦争まで。講義のなかで、戦争を生きる。◆日本だけでなく、世界の人々がなにを考え、どのような道を選択したのか、かつての人々が残した言葉をたどりながら、詳しく鮮やかに紐解いてゆきます。縦横無尽に「戦争」を考え抜く。歴史の面白さ・迫力に圧倒される5日間の講義録◆
■著者紹介
加藤 陽子 (カトウ ヨウコ)
1960年、埼玉県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。89年、東京大学大学院博士課程修了。山梨大学助教授、スタンフォード大学フーバー研究所訪問研究員などを経て現職。専攻は日本近現代史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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【読】五木寛之 新聞連載小説 (親鸞続編)

元日、北海道の実家で北海道新聞を開いたら、五木寛之の連載小説が始まっていた。
「親鸞」の続編である。

帰宅してから東京新聞をみると、連載二回目までは一面に掲載されていた。
三回目からは最終面に掲載。
毎日読んでいるが、なかなか面白い。

五木寛之 「親鸞 激動編」 2011/1/1より
 中日新聞、東京新聞、北海道新聞など、全国44紙で連載

(画像) 東京新聞 2011/1/1朝刊

Tokyo_shinbun_20110101_2_2  Tokyo_shinbun_20110101_1_3 

【関連WEB記事】

shin-ran.jp 小説親鸞激動編
http://shin-ran.jp/top.html

東京新聞:『親鸞 激動篇』 来年1月連載開始:お知らせ(TOKYO Web)
2010/10/16
http://www.tokyo-np.co.jp/article/release/CK2010101602000187.html

中日親鸞キャンペーン:連載記念キャンペーン
http://tokyoshimbun.jp/shinran/campaign.html

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2011年1月 6日 (木)

【楽】MOTEL 2011年ライブ活動開始

MOTEL(須藤もん&対馬照)のお二人のライブ予定です。
お近くの方、ぜひお運びください。

1/15(土)は、毎年恒例の前橋でのライブ。
2/12(土)~2/13(日)は、2夜連続の企画ライブです。

 須藤もん公式サイト Sudo Mon's World
 http://homepage2.nifty.com/sudomon/


■1/15(土) 前橋 「音楽と思想のBAR Cool Fool」

 前橋市千代田町5-2-10 SATOビル2F
 TEL 027-237-1655
 MOBILE 090-9686-0261

 「Cool Fool 9周年LIVE Vol.3」

 出演  MOTEL(須藤もん&対馬照)  ROIKI  野呂善蔵
      Cypress Grove  ヤジマケイゴ
 20:00 開演
 400円+投げ銭(ドリンク別)

 Cool Fool  http://sound.jp/coolfool/pc/


■2/12(土) 美濃加茂 「珈琲ワンダーランド」  (丸圭書店)

 岐阜県美濃加茂市太田町2535-1
 TEL 0574-25-2281

 「東西めおとショー2011 MOTEL&タケQ 2DAYS」

 出演  MOTEL(須藤もん&対馬照)
      スワンピータケシ&杉本“Q”仁美
 19:00 開演
 各日2,800円/2日通し4,800円(1ドリンク付)

 丸圭書店  http://www.mk-b.com/

■2/13(日) 犬山 「珈琲 ふう」

 愛知県犬山市東古券558(魚屋町)
 TEL 0568-61-6515

 「東西めおとショー2011 MOTEL&タケQ 2DAYS」

 出演  MOTEL(須藤もん&対馬照)
      スワンピータケシ&杉本“Q”仁美
 19:00 開演
 各日2,800円/2日通し4,800円(1ドリンク付)


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2011年1月 3日 (月)

【雑】歌で綴る今年の抱負

今年の抱負というか、心構えというか。
それほど大袈裟なものでもないが。

上々颱風の歌から。

Shangshang9_2_2♪ Gen Gen 元気さ
 遠くまで行ける きっと ♪


「上々颱風9 心の花」 より
 Gen Gen 元気
(作詞・作曲/紅龍)

私ばかりでなく、身内の者たちも、元気でいてほしい。
そんな願いから、まずはこの一曲。
元気がでてくる歌だ。 


Shangshang11♪ 何がなくとも高らかに笑え
 いつなんどきでも高らかに笑え
 金はなくとも笑ってんのが勝ちなのだ ♪


「上々颱風11 あったりまえだ。」 より
 当たり前だ節
(作詞・作曲/白崎映美)

いつも笑顔を絶やさずにいたい。
そんな思いから、この一曲。
辛い時も面白くないときも腹が立つときも、眉間にしわを寄せないで、柳に風と受け流しながら、人にはできるだけ優しくしたい。
性格的なものもあるので、私には難しいことだけれど。

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【歩】初詣(熊野宮)

北海道から帰り、今日、近くの熊野宮へ初詣に行ってきた。
さすがに正月三日ともなると、人出は昨年ほどではなかった。
「一年安鯛」のおみくじがなくて、残念。
ふつうのおみくじを引いてみたところ、夫婦揃って大吉だったが、いいのか悪いのか。
末吉あたりの方がいい、という説もあるので。

今年は健康第一でいきたい。
これがあんがいと難しいのだが。


2011/1/3 小平 熊野宮

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【遊】美瑛、冬

年末30日から正月2日まで、美瑛に帰っていた。
遊びに行ったわけではないので、あまり出歩くことはなかった。

この年末年始、おだやかな天候が続き、雪も少なく冷えこみも弱くて助かった。

1101020111_22011/1/2 夕方
旭川空港

夕方でも氷点下数度。
夜も氷点下10度にまでならず、暖かかった。
滞在中、雪かきをしなくて済んだ。
今年は今のところ平年よりも雪が少ないそうだ。
これから降るのだろうけれど。


10123000092010/12/30 午後
旭川駅

見慣れた改札口がなくなって、どうしたのかと思ったら、連絡通路の先に新しい改札ができていた。
新ホームがいつのまにか完成していて、とうとうリニューアルしたのかと思うと、ちょっとばかり淋しい気もする。
この駅舎には、私が北海道を離れた二十歳頃までの、なつかしい思い出がつまっているから。

富良野線ホームが近くなった(1番線ホーム:写真右)。

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美瑛 冬景色
 2010/12/31~2011/1/2

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(写真 上から)
美瑛川堤防
美瑛川にかかる丸山橋付近から(大雪・十勝連峰)
美瑛川
美瑛神社(元日)と美瑛駅
道の駅「丘のくら」
美瑛町役場庁舎と美瑛駅構内(連絡通路から)

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