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2011年2月18日 (金)

【読】「満洲」の証言、体験記

このところ、「満洲」がらみの本読みが続いている。
興味ぶかい本を二冊読んだ。

Shouwashi_mokugekisha_3『目撃者が語る昭和史 3 満州事変』
 新人物往来社 1989年発行
 299ページ 2600円(税込)

近くの図書館にあったシリーズ本。
執筆陣がすごい。
小日向白朗(元華北普安協会会長)、平野零兒(河本大作大佐義弟)、田中隆吉(元陸軍少将)、片倉衷(元関東軍参謀・少将)、橋本登美三郎(元朝日新聞記者・代議士)、楠山義太郎(元朝日新聞特派員)、松本益雄(元満州国国務総理秘書)、石原六郎(石原莞爾実弟)、等々。
あの戦争中に「満洲国」の大物だった人物たちによる証言、というか体験記というか。
生々しさはあるが、どうも、偉い人たちが書くものはどこか嘘っぽい――これが私の感想。


こちらのほうが、好感がもてる。

Bokuno_manshu_1『ボクの満州 漫画家たちの満州体験』
 中国引揚げ漫画家の会 編
 (赤塚不二夫・上田トシコ・北見けんいち・高井研一郎・ちばてつや・古谷三敏・森田拳次・山内ジョージ・横山孝雄・石子順)
 亜紀書房 1995年発行
 243ページ 1550円(税込)

これも市内の図書館にあったので、借りて読んだ。
上田トシコさんだけが成人で満州体験をしているが、他の人たちは、大陸で生まれたり、生後すぐ大陸に渡って幼年時代を過ごしている。

<ここに、森田拳次発案によるマンガ家たちによる、マンガ家たちの〝満州〟、中国引揚げ体験記を世に送り出します。(中略)九人のマンガ家たちは戦後五十年という大きな節目を迎えるなかで、はじめて五十年前の体験を語り、文章を書き、漫画を描きました。文章にも漫画にも五十年目の思いがこもっています。生きぬいてきた切なさが脈打っています。> (石子 順・あとがきにかえて)

<子ども時代、ぼくらは満州や中国で暮らしたわけなんだけど、そういうことをまったく絵で描いた本がない。こういう本を出したいなと思ったのは、残留孤児という離ればなれになった人がこの本で一人でも親子の対面ができたらいいなと思ったからです。(中略)戦後も五十年になって、いまのうちにぼくらが描いておかないと、全然知られないままに体験がどこかに消えていってしまうと思った。> (この本の発案者 森田拳次・座談会より)


それぞれ、命からがら引き揚げてきたり、敗戦後に父親が抑留されて亡くなったりしているのに、深刻ぶらず、ユーモラスな語り口は、漫画家という資質からくるものだろうか。

赤塚不二夫が、いかにも彼らしく、あっけらかんとしていて、いい。

<それよりもさ、マンガ家だけじゃない、芸能界とかにも満州育ちって多いじゃない。山田洋次、小澤征爾……いろんな連中がいるじゃない。向こうで育った連中はどこかおおらかでしょ。こういう職業を選んだというのも不思議だし、なぜかってそこを追求したいね。> (赤塚・座談会より)

彼らが共通して語っていることで、なるほどと思ったことがある。
それは、敗戦後にやってきたソ連兵の暴虐ぶりと、中国人が親身になって助けてくれた、ということだ。

<中国人というのは大きいと思うの。戦争で日本人にさんざんいじめられたのに、いじめたほうを助ける民族がどこにいます? 中国人はちゃんとそれをやったよ。それを日本人とかドイツ人とかはみんな、敵のやつらを虐殺するじゃない。中国の連中は、残留孤児も含めてちゃんと面倒をみて育ててくれた。これはすごいと思わないか。> (赤塚・座談会より)


執筆者たちの経歴 (巻末「執筆者紹介」より)

上田トシコ (本名・上田俊子)
 大正6年(1917年)東京生まれ。
 生後40日目からハルピンで育つ。ハルピン小学校、東京の頌栄高女(現頌栄女学院)卒。
 満州日日新聞社ハルピン支局に勤務しているときに28歳で終戦。
 21年に引き揚げる。

赤塚不二夫 (本名・赤塚藤雄)
 昭和10年(1935年)中国古北口生まれ。
 憲兵の父親に連れられて僻地を転々とし、父親が奉天鉄西区の消防署長をしていたときに終戦。
 21年6月に引き揚げる。

古谷三敏 (本名同じ)
 昭和11年(1936年)中国う奉天(現瀋陽市)生まれ。
 父親は奉天・千日仲見世通りで「新橋寿司」または「一点張り」という店を経営。
 その後、北京、北載河で暮らす。
 北載河で終戦をむかえ、20年12月、天津から引き揚げる。

ちばてつや (本名・千葉徹弥)
 昭和14年(1939年)東京生まれ。
 生後間もなく朝鮮に渡り、その後奉天に移る。
 父親は鉄西区の新大陸印刷に勤務。
 敗戦後の生活を 『屋根うらの絵本かき』 として漫画化している。
 21年6月博多に引き揚げる。

森田拳次 (本名・森田繁)
 昭和14年(1939年)東京生まれ。
 3歳から奉天で育つ。
 父親は協和街で鞄工場を経営。
 敗戦後、21年舞鶴に引き揚げる。

北見けんいち (本名・北見健一)
 昭和15年(1940年)中国新京(現長春市)生まれ。
 父親は印刷会社に勤務。
 母親は児玉公園近くで「伊勢丹」という食堂を経営。
 21年葫蘆島から引き揚げる。

山内ジョージ (本名・山内紀之)
 昭和15年(1940年)中国大連生まれ。
 父親は警察官だった。
 敗戦後、収容所を転々としたのち、22年佐世保に引き揚げ。
 父親の郷里・宮城県で青少年期を過ごす。

横山孝雄 (本名同じ)
 昭和12年(1937年)中国北京生まれ。
 領事館警察官だった父の転勤で、おもに長江下流域の中小都市で幼年期を過ごす。
 21年佐世保で母国に上陸。
 両親の故郷・相馬で高校卒業まで生活。

高井研一郎 (本名同じ)
 昭和12年(1937年)佐世保生まれ。
 1歳から上海で育つ。
 父親は魯迅に憧れて海寧路で、「上海書店」を経営。
 19年10月に帰国。佐世保で空襲を体験する。

石子 順 (本名・石河 糺)
 昭和10年(1935年)京都生まれ。
 新聞記者の父親について、承徳、奉天、新京などを転々としたのち、新京で敗戦を迎える。
 父親が日本語新聞制作に留用となり、昭和28年帰国。
 日本社会事業大学講師のかたわら漫画評論家、映画評論家として活躍中。


石子順さんの「あとがきにかえて」が、読ませる内容だ。
この人の父親は、小説なども書いていたらしいが、敗戦後も中国に抑留されて、病死。
お姉さんは中国人と結婚して残留。
母親と弟たちとで帰国している。

いい本だと思う。

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