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2011年3月の23件の記事

2011年3月31日 (木)

【読】読了、吉村昭 「関東大震災」

計画停電も実施されない日が続く。
気持ちもようやく落ちついてきたので、すこしは本が読めるようになった。

吉村昭さんの『関東大震災』を読みおえた。
これまで私がなんとなく想像していたよりも、ずっとすごい事態だったと知った。

本所被服廠跡では避難してきた群衆を猛火が襲い、三万数千人が焼死した。
Wikipediaには、焼死体が累々と積み重なっている写真が掲載されているが、とても正視できない悲惨なものだ。

「朝鮮人が来襲する」というデマも、最初は風説だったものがまたたく間に拡がり、ついには警察当局や新聞社までが事実であるかのように発表、報道した。
当局はそのような事実がないことを確認し、あわてて否定したのだが、いったん広まった噂はとどまることはなく、人々は自警団を結成して、いわゆる「朝鮮人狩り」が続発した。
震災下で、みんな頭に血がのぼっていたのだが、その陰には朝鮮人に対する根強い差別意識があった。

そんな中での、憲兵隊大尉 甘粕正彦とその部下による、大杉栄、伊藤野枝、甥 橘宗一の三名の殺害事件についても、詳しく描かれている。

とにかく、今では信じられないことが次々と起きていた。
すべて史実である。


関東大震災から72年後の1995年に阪神淡路大震災を、そして、その後20年もたたないうちに、また大きな震災を経験した私たち。
この時期に、こういう書物を読んでみるのもいいと思う。

この先、そう遠くない時期に、また大きな地震がくると思う。
考えたくはないが、この地震国では、そうなっても不思議ではない。

目先の繁栄に目がくらんでいた私たちは、ここらで、じっくり地に足をつけた生き方を考え直したいと思うのだ。

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2011年3月29日 (火)

【震】今日のうれしかったこと

憂鬱なことの多い毎日だけれど。
五木寛之さんをまねて、せめて、今日の「うれしかったこと」を書いてみよう。

国分寺駅ビルのパン屋と地下食品街が、私の帰宅時刻でもまだ開いていた。
このところ計画停電が全地域で実施されないことが多くなった。
そのせいだろう。
パンと総菜を買うことができた。
うれしかった。

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団地周辺のスーパーを二軒、のぞいてみたが、ヨーグルトが売り切れのままだった。
ヨーグルトのコーナーが空っぽなのが、不気味だ。

帰宅してから、ひさしぶりにテレビでサッカーの試合を観た。
ふだん、Jリーグの試合を観ることがほとんどないので、久しぶりに日本代表以外の選手を見たのだった。
カズ(三浦知良)が元気で、後半得点した。
こういうのを見るとうれしくなる。

あいかわらず小さな地震が、東京でも続いている。
憂鬱な毎日だけれど、ちいさな「うれしいこと」をみつけていこう。

桜も、もうすぐ咲くだろう。

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2011年3月28日 (月)

【震】しばらく停電がない・・・

先週の水曜日(3/23)から今日まで、六日間連続で停電がない。
明日もこの地域(3-B)では停電を回避できるそうだ。
節電効果がでてきたのだろうか。

いっぽう、これから夏にかけて消費電力のピークをむかえる頃、いよいよ電力不足になるという。
これまで「聖域」だった都内二十三区でも、制限されるのだと。
職場でも、不意の大規模停電に備えて対策を講じ始めた。

おそらく、日本中で、暮らし方を変えていかないといけないのだろう。
いろいろと考えさせられるのである。

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2011年3月27日 (日)

【歩】みんな咲いたんだね

昼間は風もなく、暖かな一日だった。
カメラを持って、ぶらっとひとまわりしてきた。

桜はまだ蕾だけれど、春の花がこんなに咲いていたのだった。
うれしかったなあ。


撮影 2011/3/27(日) 東京都小平市

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コブシ (辛夷)
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ハクモクレン (白木蓮)
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モクレン (木蓮)
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ボケ (木瓜)
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レンギョウ (連翹)
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ヒュウガミズキ (日向水木)
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ユキヤナギ (雪柳)
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カンヒザクラ (寒緋桜)
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ショカツサイ (諸葛菜)
 別名 オオアラセイトウ、ムラサキハナナ、シキンソウ、ハナダイコン
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アセビ (馬酔木)
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ヒメオドリコソウ (姫踊り子草)
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スイセン (水仙)
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ジンチョウゲ (沈丁花)
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ナノハナ (菜の花)
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ハナニラ (花韮)
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2011年3月26日 (土)

【読】【震】物流、原発

今日、近くのスーパーに行ったところ、米やラーメン類は復活していた。
あれだけ騒がれたトイレットペーパーもたくさんあった。
水のペットボトルは全くない。
自動販売機でもすべて売り切れ。
無理もない。

ガソリンスタンドも通常営業に戻っている。
かなり高騰していて、リッター150円ぐらいするが。

生協(パルシステム)に注文してあった米が届いていた。
「あきたこまち」の無洗米のはずが、精米工場の燃料不足のために普通精米で届いた。
「無洗米」の袋に断り書きのシールが貼ってあった。


これまで、私の住む地域の計画停電は4回実施されたが、ここ四日間は無事。
明日までの計画停電は回避されるようだ。
その一方で原発の動向が心配なのだが、原子力発電のことが、どうもよくわからない。

今日、立ち寄った新刊書店の店頭に、原発関係の本が並べられていた。
『原子力発電がよくわかる本』 (オーム社、2009年3月発行) 。
中をみると、よくわかりそうな本だったし、今回の原発騒動を機にキワモノ的に出版されたものでもなく、しっかりした内容だったので、購入。
もう一冊、『世界一の電気はこうしてつくられる!』 (オーム社、2009年11月発行)という本も並んでいたので、あわせて購入した。

原発を認めるにも反対するにも、それがどういうものなのかをよく知っておく必要があると思ったのだ。

話は変わるが、今夜は、「横浜にぎわい座」で上々颱風のコンサートがあったはず。
行きたかったのだが、諸事情から断念。
きっと、いいライブだったことだろう。

 Shang Shang A Go Go ! 上々颱風の最新情報
 http://mandi.blog.ocn.ne.jp/shangshang/

このブログの3月18日の記事に、今回の震災について白崎映美さんのコメントが掲載されている。
エミちゃんらしい暖か味あふれるコメントだ。
こういう時だからこそ歌のちからを信じたい、と私も思う。

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2011年3月25日 (金)

【読】吉村昭の「関東大震災」

吉村昭の 『三陸海岸大津波』 という小説を知ったのは、ラジオ番組に出演した、スポーツジャーナリスト 生島淳さんの話からだった。
お兄さんの生島ヒロシさんとともに、気仙沼市の出身。
淳さんのお姉さん(ヒロシさんの妹さん)は、いまだに行方不明ということだ。
生島淳さんは、今度の震災後にこの小説を読んだと話していた。

 生島 淳さんのブログ 眼鏡堂通信
 http://blog.livedoor.jp/j_ikushima/

 生島ヒロシオフィシャルブログ「生島ヒロシのJeanとくる話」by Ameba
 http://ameblo.jp/ikushima-hiroshi/


『三陸海岸大津波』 は持っていないが、おなじ著者の 『関東大震災』 が手元にあった。
今日から読みはじめている。
吉村昭さんらしく、綿密な調査にもとづいた緻密な描写が続く。

関東大震災 (Wikipediaより)
大正12年(1923年)9月1日(土曜日)午前11時58分32秒(以下日本時間)、神奈川県相模湾北西沖80km(北緯35.1度、東経139.5度)を震源として発生したマグニチュード7.9、海溝型の大地震(関東地震)による災害。……
190万人が被災、14万人余が死亡あるいは行方不明になったとされる……。

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2011年3月24日 (木)

【震】今日、明日も停電回避(第3グループ)

今日の計画停電(午後)は、回避。
明日(午前の予定)も、とりあえずわが町の停電は回避できるようだ。
どうも、夕方から夜にかけて、危ないようだ。

こんな調子で、いつまで続くのか。
慣れてしまえば、(一般家庭では)なんとかなるとはいうものの、ストレスが溜まっていくような気がする。
そして、なによりも夏場の電力不足が心配。

スーパーは、あいかわらず品薄。
帰りに、24時間営業のスーパーを覗いてみたら、米、インスタントラーメン、カップめん、水のペットボトルなど、みごとに商品がない。
暮らしに困っているわけではなく、なんとかなるのだが、さしあたり、わが家では米がなくなりそうだ。
週末、生協に頼んである米が届く。
やれやれ。

国分寺駅ビルのデパートやパン屋は、どうやら午後6時半頃には閉店しているようだ。
どうりで、毎日、私が帰る頃にシャッターが降りているわけだ。
やれやれ。

 マルイ|丸井各店の営業についてのご案内
 http://www.0101.co.jp/topics/announce/index.html

 VIE DE FRANCE - Official Homepage (よく利用するパン屋)
 http://www.viedefrance.co.jp/index.shtml

やれやれ、の毎日が続く。


吉村昭のこんな本が売れているらしく、新本、古本ともに入手困難。
読もうと思ったのに、残念。
図書館も休みだし……。

こういう時にAmazonで買うのもばからしいから(足元を見て価格がつりあがっているのだ)、図書館に予約しておこう。
(下に貼りつけたのは、単に本を紹介したい意図からです)

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2011年3月23日 (水)

【震】今日の計画停電は回避

寒い一日だった。
桜の開花、今年は遅くなりそうだ。
それでも、錦糸町の駅前通りでは、ハクモクレンが満開だった。

わが町、第3グループは、さいわい停電がなかった。
いっぽう、国分寺界隈では、節電のためか、駅ビルのデパートが早々とシャッターをおろしていて、さびしかった。

同じグループでも、実施するところとしないところがあるのだろうか。
ややこしい。
この先、25のエリアに細分化するという。

 YAHOO! 節電サイト
 http://setsuden.yahoo.co.jp/

今日も、軽い揺れが何度かあった。
こうも地震が続くと、揺れてもいないのに揺れを感じる、妙な感覚が体にしみついてしまった。
「地震酔い」というものらしい。

 asahi.com
 http://www.asahi.com/health/news/TKY201103170099.html


事態はいっこうに良くならず、先が見えない。

放射能汚染の報道が、追い打ちをかけるように、毎日続いている。
原発の最悪の危機は回避できたようだが、あとがたいへんだ。
東京の水道水も、安心して飲めなくなってきた。
いやだなあ。

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2011年3月22日 (火)

【震】今日も揺れたな

私のこのブログも、地震関係の記事が多くなったので、カテゴリとして 【震】震災日誌 をつくってみた。

今日も、わりと大きな揺れがあった。
この先、まだまだ続くだろう。
被災地や原発関連の「復興」を考えると、長期戦になることはまちがいない。
そろそろ、この先どのように「復興」していくのか、長期のビジョンが必要だと思うのだが……。
どうも、「世間」はそのように動いていないようだ。

「世間」のことは、私にはどうしようもないところもあるので、せめて、自分自身のビジョンを描いていきたいと思っている。
つまり、どこで、どのように暮らしていこうかと。
(もうすぐ定年退職だし)


今日は、職場の空調(暖房)が制限されると聞いていたので、その対策をたてて出勤した。
まず、東京にいるときはめったにはかないズボン下(股引、タイツ、とも言う)を着用。
それに、フリースのジャケットを持っていった。

職場は思っていたほど寒くなかったので、いつものように背広の上着で過ごしていたが、だんだん肌寒くなってきた。
そこで、上着を脱ぎ、ワイシャツの上にフリースを着て、さらにその上からジャンパー(会社のロゴのはいった作業着)を重ね着した。
暖かくなった。

昼休みになった。
コートを羽織って、着膨れ状態で食事に出た。
雨が降って寒かったので、それでもちょうどよかった。

駅前の天丼屋(てんや)のカウンターで天丼ができるのを待っている時、携帯電話のバイブレーターが鳴った。
緊急地震速報のエリアメールだった。
私のまわりのお客さんも、いっせいに携帯電話を取り出している。

揺れが来るのかな、と思う間もなく、来た。
カウンターの前、というか上にぶらさげてある値札が、ゆらゆら揺れる。
東京は震度3ぐらいか(震源地は千葉県南部、震度4だったらしい)。
気持ちの悪い揺れ方だった。

 気象庁|地震情報
 http://www.jma.go.jp/jp/quake/

定時きっかりに職場を出た。
錦糸町駅前のパン屋でパンを買おうと思ったが、行列ができていたのでやめにした。
JR中央線の西荻窪だったか吉祥寺だったか忘れたが、ちょうど駅に停車しているとき、また揺れがきた。
電車に乗っていて揺れを感じたのは、はじめての体験だ。
線路の方向に沿って、ゆらゆら揺れる。
気持ちが悪い。
ホームでも、何かがガタガタ鳴っている音が聞こえた。
それでも発車したのが不思議だった。
そういうものなのか。

  ……なんて書いている今、また、揺れはじめた。
  今日は多いな。
  船に乗っているようで、気持ちが悪い揺れ方だ。

国分寺の駅ビルは、計画停電に備えて、18時30分で閉店。
おかげで何も買えなかった。
団地に着いたら、バス停そばの24時間営業のスーパーは、計画停電が終了したばかりで再開店準備中。
わが町、第3ブロックも、今日はしっかり停電したが、私の帰宅直前に復旧していた。

テレビやラジオでひっきりなしに流れる「ACジャパン」のCMにも、そろそろうんざりしてきた。
金子みすゞも悪くないけど、ああまで繰り返されると……。
なんとかならないのだろうか。

やれやれ、の毎日である。
今日はボヤキがはいってしまった。

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2011年3月21日 (月)

【震】小平市のメルマガ

小平市の市報「市報 こだいら」災害対策臨時号(2011年3月号外)で、市のメルマガ(メールマガジン)を携帯電話に配信してもらえることを知った。
昨日、さっそくメンバー登録手続きをした。

東京都小平市ホームページ
http://www.city.kodaira.tokyo.jp/

東京都小平市携帯サイト
http://www.city.kodaira.tokyo.jp/m/
 ※携帯電話で緊急災害情報も見ることができる


昨夜、最初のメール、防災情報が配信されてきた。

「防災緊急情報 計画停電について(第24報)」
それによると、今日、3/21の小平市の計画停電について、午後4時20分頃までには明らかになるという(東京電力からの情報に基づく)。

その後のマスコミ報道だと、今日の昼頃には、実施の有無が東京電力から発表されるそうだ。
私の住んでいる地域では、これまでに三回実施された。
この三連休の二日間は回避されたが、連休最終日の今日はどうなることやら。

明日から出勤するつもりだが、節電のために職場の空調は止めているそうだ。
肌寒いときにはコートを着て仕事をすることになりそうだ。
やれやれ。

朝から小雨が降っていて、気温もあがらない。
ゴミを出しに行くのに、ふだんなら傘をささない程度の雨なのだが、なんとなくいやな気がして傘をさした。
雨に濡れないに越したことはない。

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2011年3月20日 (日)

【歩】春だなあ

今日も、計画停電は実施されない。
近くのスーパーに買物に行ったら、店内は薄暗く、客も少なかった。
陳列棚からなくなっている商品が多い。

団地の中を、少し歩いてみた。
今のところ晴れていて暖かい。
夕方から天気は下り坂という予報。

団地の広場でも、コブシが咲きはじめていた。
(コブシとハナミズキがきれいに咲く広場だ)
菜の花、沈丁花も見かけた。
いよいよ春なのだ。

きのう写真に撮ったコブシの樹は、さらに開いて満開状態。
スーパーの裏手の宅地に、ハクモクレンが咲いているのが見えた。


2011/3/20(日) 東京都小平市(小平団地とその周辺)

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小平市の図書館は、きのうから今月いっぱい、節電のために休館。

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2011年3月19日 (土)

【歩】咲いたね

午後、自転車に乗って歯医者へ向かう。
今日まで気づかなかった。
団地のコブシが咲いていた。
この樹は、毎年早くから花をつける。
待ちに待った春だ。

2011/3/19(土) 東京都小平市(小平団地)

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あかしあ通りの歩道には、早咲きの桜が一本ある。
五日前に咲きはじめているのを見た。
今日は暖かくなったせいか、たくさん開いていた。
うれしいな。

2011/3/19(土) 東京都小平市(小平団地)

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歯医者からの帰り道、ガソリンスタンドに寄ると、灯油はあるという。
ガソリンを買う車の行列ができていた。
ガソリンは予約券が必要らしい。

家に戻って、ポリタンクを車に積み、スタンドに向かう。
隣りの山田うどんの駐車場をお借りして車をとめ、灯油を10リッターだけ買う。
この時期、たくさん買うと残ってしまって翌年まで持ち越しになるので、いつもこの量をこまめに買っている。
これで、とりあえず、朝夕の暖房もだいじょうぶだ。

背負子にポリタンクをのせて、灯油を買いに来ている人がいた。
「ああ、よかった。他のスタンドは閉まっていたんですよ」という。
こころのなかで、「お互い、がんばりましょうや」と、私はつぶやいた。 

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【震】今日の「計画停電」

今日の「計画停電」は、どうやら回避されたようだ。

昨日とはうって変わって晴れて暖かくなったのだが、家の中はまだ肌寒い。
灯油のストックがなくなったので、しかたがなく、エアコンの暖房をときどき入れて、ラジオを聞いている。

昨日の夕方、いつも行くガソリンスタンドまで行ってみようと、車に乗って団地西側の「あかしあ通り」に出た。
小平駅方向に車がずらっと並んで、大渋滞。
ほとんど動いていない。

小平駅(西武新宿線)の方まで連なっている車の行列の右側をゆっくり走り、青梅街道の先で右折し、ぐるっと回って青梅街道に出た。
仲町の交差点を過ぎたところに、いつも利用しているガソリンスタンドがある。
ロープが張ってあり、営業していないことはわかったが、なぜか、中古車販売店のように車がたくさんとめられていた。

どういう状況なのかわからないまま、すぐ先にある「山田うどん」の広い駐車場に車をとめさせてもらい(無断駐車で気がひけたが、がらがらだったので)、ポリタンクを持ってスタンドまで戻ってみたら……。
やはり、閉店していた。
たくさんとめてあった車は、なんだったんだろう。
給油待ちの予約車なのか。
もちろん灯油も売り切れだった。

しばらくは、灯油もがまんしようと思う。
買物も、不要不急のものは買わないですませよう。
おとなしく、家でゆっくり過ごそうかな。

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2011年3月18日 (金)

【震】「計画停電」が日常化してきた

今日は、用ができたので会社を休んだ。
朝、7時半頃のバスで国分寺へ向かったが、駅の近くで大渋滞にぶつかり、バスはまったく進まなくなった。
早稲田実業前のバス停(国分寺駅南口のひとつ手前)近くで降ろしてもらい、駅まで歩く。

JRは混雑していなかった。
立川に向かう電車の窓から、丹沢の山並みと雪をかぶった富士山が見えた。
富士山を見るのはひさしぶりだった。

立川の公共施設(病院等)は、暖房を止めていて肌寒かった。
午後2時過ぎ、用を済ませて帰宅の途についた。
立川駅ビルのデパートは、停電に備えてシャッターを下ろしていたが、駅の人出はふだんと変わらない。

国分寺に着くと、間もなく停電ということで、駅ビル地下の食糧品売り場は閑散としていて、弁当などは売り切れの店もあった。
明日の土曜日、ここは停電のため営業停止するということだ。

「計画停電」が計画通り実施されることが多くなり、すっかりあたりまえのことになってしまった。
こう停電が多いと、小売業は商売にならないだろうし、事業所もたいへんなことだろう。

駅近くにあるガソリンスタンドで、今日は何台か給油している(らしい)のを見た。
たしか、きのうあたりまで閉店していたはず。
国分寺界隈で停電が始まったらしく、団地までの道路の信号機は、いくつかを残して消えていた。

15時過ぎ、自宅に着いたら、まだ電気が止まっていた。
今日の停電予定(第3ブロック)は、12時20分から16時まで。
水道が出ないので、ポリタンクにためていた水で手と顔を洗う。

おそまきながらブレーカーを落とした。
15時半頃、そろそろ復旧しただろうと思って、ためしに水道の蛇口をひねると水が出た。
ブレーカーを切ってしまうと、停電から復旧したことがわからない。
水道も同時に止まるので、水が出るかどうかで判断している。
だんだん要領がわかってきた。

暖かくなってきたので、もう必要ないだろうと、灯油を買っておかなかったのが響いている。
わが家の灯油のストックは、ほとんどなくなった。
灯油ストーブをできるだけ使わないで、悪いとは思いながら、エアコンの暖房を使っている。
週末、ガソリンスタンドで灯油が手にはいるだろうか。

団地自治会ニュースに、この先一週間の停電予定が載っていた。
一日に二回(予備を含めて)停電予定のある日も。
この先が思いやられる。

これを書いている今、また地震で揺れている。

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2011年3月17日 (木)

【震】今日もあたらしい事態が

今日は、冷える。
そのせいだろうか、電力不足が深刻になり、夕方、「大規模停電」の警告がでた。
職場は、ひと騒動だった。

いきなり電気が止まると、会社は困る。
PCはもちろん、FAX機、サーバー機などの電源をすべて落とすことになった。
5時に帰宅命令がでた。

電車の本数も減らされ、錦糸町駅では改札口の前で入場制限にあう。
ホームに出ても、電車がなかなか来ない。
下り方向の電車は超満員で、乗り切れない人もいた。
まるで朝のラッシュアワーだ。

やっと来た総武線上り電車はさほど混んでおらず、途中の秋葉原でたくさん降りたので、座ることができた。
御茶ノ水で降りずに、そのまま終点の三鷹まで座って帰ることにした。
三鷹で中央線に乗り換え、武蔵小金井で降りて、バスで帰ってきた。

武蔵小金井駅前の大型スーパーで買物をした。
パンがあったのがありがたかった。

夕方(15時半頃~18時半頃にかけて)、私の住まいのある地域でも、「計画停電」が実施されたという。
昨夜に続いて、二度目の停電だ。
要領がつかめてきたとはいえ、停電は心細かった、と家人は言う。

さっきも、震度4、震度3程度の地震が続けてあった。
多少の揺れには、もう驚かない。

明日はどうなるのだろうか。


テレビでは、ようやく娯楽番組を放映するようになった(民放)。
地震の報道番組ばかり、どの局も同じような内容なので、いささか気が滅入ってきたところだ。
欽ちゃんの「仮装大賞」の特番(日本テレビ)をみて、ほっとする。

コブシの蕾がふくらんできた。
月曜日、電車が動かず会社に行けなかった日、歩いて買物に行ったときに、早咲きの桜にであった。
うれしかったな。

(写真)
2011/3/14(月) 東京都小平市で
 携帯電話のカメラで撮ったので写りは悪い

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2011年3月16日 (水)

【震】はじめての停電

今日は、午後から家に帰ってきた。
国分寺駅ビルのパン屋の店頭に、ほとんどパンが残っていなかったが、少し買って帰った。

はやめに風呂にはいり、夕食もすませた。

停電予定時刻の午後6時20分を過ぎても、電気はついていた。
すっかり油断して、「今日はきっと停電しないね」と話しあっていた矢先……。
6時40分頃だっただろうか、突然、電気が消えた。
ちょうど、エアコンの暖房を入れ、テレビを見ている最中のことだった。

あわてて懐中電灯を点灯。
用意してあったガスのランタン(キャンプで使っているもの)をつけると、部屋の中が薄明るくなった。
念のため、玄関にある電気の大元のブレーカーは切っておく。

共同階段の非常灯だけは点灯していたが、外は真っ暗闇だ。
確かめなかったが、近くの信号機も消えたていたことだろう。
ときおり、車が通り過ぎ、ヘッドライトのあかりがまぶしい。

201103160003停電と同時に水道も止まってしまった。
携帯電話も通じない。
家の固定電話も電気が必要なタイプなので、通じない。
電気がないということは、これほど不便なことなのだな。

しばらくトランジスタラジオを聞いていたが、他にすることもないので早々とふとんに入った。
ラジオを聞きながらうとうとしているうち、いつの間にか眠ってしまったらしい。

21時半頃、目覚まし時計で目がさめた。
終了予定時刻よりも30分ほど早めにセットしておいたのだ。
停電が終わっているのかどうか、さっぱりわからない。
ためしにブレーカーを入れてみると、部屋の明かりがついて電話機(FAX兼用)が起動する音がした。
予告されていたとはいえ、まったく、いきなりの停電開始と復旧。

「計画停電」がはじまってから三日目にして、初めての、この地区の停電だった。

明日からこれが日常的になるのだろうか……。
まあ、そのうち慣れるだろう。

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2011年3月15日 (火)

【震】「計画停電」二日目

被災地の方々の苦労を思えば、私の体験など何ほどのものでもないのだが、記録として書き残しておこう。

今日も、私の地域(第3グループ)の停電はなかった。
明日は、はじめて、夜18時20分から22時の予定にはいっているので、家人が不安がっている。
停電予定時間より早めに帰ってこようかと思う。

今朝、いつもよりひとつ早いバスで駅に向かった。
国分寺駅は、きのうの混雑ぶりが嘘のように、いつもの状態に戻っていたが、電車の本数は少なかった。
混雑ぐあいは、平常とさほど変わらない。
御茶ノ水で乗り換え。
総武線の電車がなかなか来なかった。

職場には、いつもと同じ時刻に到着。
きのうは出勤率がかなり低かったようだが、今日は、遅れてくる人がいたものの、ほぼ全員出勤できたようだ。

昼休みに、錦糸町駅ビルのヨドバシカメラに行った。
単四の乾電池(携帯ラジオ用予備)を買うことができた。
単一、単二は売り切れ。
単三がかろうじて残っていた。
用途が限られている単四は、少しだけ残っていた。
懐中電灯やカセットコンロ類は売り切れ、との貼り紙があった。

駅ビルの書店をのぞいてみたら、店内の照明がずいぶんと消されていて、薄暗い感じがした。
考えてみれば、ひと昔前の商店やデパートは、今ほど明るくなかった。
コンビニもそうだ。
防犯目的もあるとは思うが、あそこまで明るくしなくてもと、かねがね思っていた。
そのコンビニも、看板の照明を消したりして、節電に協力しているようだ。
なんとなく、街全体が暗くなったような気がするが、かえって気分が落ち着く。

夕方、定時に職場を出た。
錦糸町からの総武線も混んでいたが、御茶ノ水で乗り換えた中央線は、まるで朝のラッシュアワーのような混雑ぶりだった。
いつもなら、帰宅時刻時は人によってばらつきがあり、電車に乗る人が分散されるのでさほど混まないのだが……。
ひさしぶりに、ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗り、冬のコートのためか、汗までかいてしまった。
これから先、しばらくこんな状態が続くのかと思うと、うんざりする。

国分寺駅ビルで買物をしようと思っていたのに、いつも寄るパン屋は早々とシャッターをおろしていた。
地下のパン屋も売り切れ。
食料品売り場で、惣菜を買った。
駅ビルも、今日は19時で閉店するという。
閉店時刻ぎりぎりだったのだ。

団地のバス停近くにある24時間営業のスーパーは営業していたが、ここも店頭の照明を消して薄暗くなっていた。
外からのぞいてみると、入口の果物の陳列棚がからっぽだった。
昼間、ここで買物をしたという家人の話によると、野菜類もなくなってきているという。

そろそろ、物流に影響が出始めているような気がして、心配だ。

「計画停電」といっても、電力の需給バランスが崩れなければ、停電する必要はないらしい。
余った電気をためておくことは難しいのだという。
それでも、停電にして需要が減った分、発電量を少なくすれば節約になるのではないかと思うのは、素人考えなのだろうか。
よくわからない。

これまで、電気を湯水のように使って、街中を照明でぎんぎらぎんにしてきた、そんな生活のツケがまわってきているのだろう。
いかに原発に頼ってきたか、ということも、今回の事故でよくわかった。

水も、電気も、ガスも、これまであたりまえのように使っていたものが、実はきわどいバランスの上に立っていたんだなあ、と痛感している。

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2011年3月14日 (月)

【震】「計画停電」初日

土曜、日曜と、新聞、ラジオ、テレビの報道に釘付けになっていた。
次々と明らかになってくる東北地方の惨状に胸が痛む。

避難している方々を、なんとか支援できないものだろうか。
いま私にできるのは、支援募金に協力することぐらいか。
そう考えて、今日、実行した(私にとって無理のない金額で)。

週明け月曜日の今朝。
バスは動いていたので最寄り駅(JR中央線国分寺駅)まで行った。
駅の改札から延々と長蛇の列ができていた。
ホームの混雑を避けるため、入場規制をしているのだった。
行列に並んでも、いつになるかわからない。
電車の本数も極端に少ない。
新宿まで行けたとしても、そこから先、都営地下鉄新宿線に乗れるかどうか。
そんなこんなで、またバスに乗って引き返してきた。

私の住んでいる団地では、12時40分から15時40分まで停電になる予定、というアナウンスがあった。
(東京電力のサイトも混乱しているようで、サイト情報だと12時20分から16時までとなっていた)
停電になると水道も止まるという。
キャンプ用のポリタンクに水をため、電気を使う洗濯、掃除を午前中に済ませ、昼食後の食器洗いも早めに終わらせて待機。

結局、今日、私の住む地域では停電が実施されず、ほっとした。
今朝の電車の混乱も、この「計画停電」予告にあわせて鉄道各社がダイヤを組み直したためだったという。
明日はどうなるのだろうか。
早めに家を出ようと思う。

この先、また大きな地震の可能性もあるという。
東京でも、サバイバルの様相を呈してきた。

さいわい、懐中電灯や乾電池、カセットコンロなどは常備しているし、水をためるポリタンクもある。
食糧も、一週間ぐらいならなんとかなりそうだ。

最悪の事態(職場から徒歩の帰宅)も考え、明日からの通勤にはデイパックを使うことにした。
デイパックの底にはスニーカーを入れ、登山用のヘッドランプと、トランジスタラジオ、ペットボトルも持ち歩くことにした。
職場のある錦糸町から、自宅のある小平まで、いったい何キロ歩けばいいのかわからないが、用心に越したことはない。

「震災時帰宅支援マップ」も持ち歩こう。
新宿から小平まで20kmとある。
錦糸町から新宿までの「帰宅支援ルート」も研究しておこう(距離感がわからない)。

新聞によると、近隣の各国から、日本の冷静な対応を称賛する声が届いているという。
たしかに、大きな暴動やパニックにはなっていない。
(スーパーに殺到して食料品を買い占める、私の近隣で見られる動向には、ちょっと首をかしげたくなるが)

私たちがこの危機を乗り越えて行くのは、ひとりひとりの自覚と頑張りにかかっているのだと思う。

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2011年3月12日 (土)

【震】恐ろしい地震体験

昨夜、遅くなってからようやく動きはじめた電車を乗り継いで、午前1時半過ぎになんとか帰宅。
一夜明けた今日の朝刊。

東京新聞 2011/3/12(土) 朝刊 11版S

東北・関東大地震 仙台で10メートル津波
 M8.8 国内最大
 死者多数、各地で火災・停電

201103120001

昨日(3/11)、錦糸町近く(東京都江東区)の職場で仕事をしていたら、14時46分頃、揺れがはじまった。
あ、地震だ、と騒いでいるうちに、これまで体験したことのない大きな揺れになった。
まるで、船が大波に翻弄されるような横揺れだった。

一時、職場では避難指令がでて、近くの大きな公園(広域災害避難指定場所)へ全員で避難。
職場に戻っても仕事どころではなく、そのうち二回目の大きな揺れもあって、PCのネット情報やテレビを見続けていた。

首都圏交通機関が全面的にマヒし、通勤で使っているJRの運行再開が見こめないことを知った時点で、職場で夜を明かす覚悟をきめた。
外に出て、近くのコンビニに買物に行ったところ、おにぎりや弁当、パン類は売り切れ。
バスは早くから動き始めたため、駅前のバスターミナルが人でごったがえしていた。
JR錦糸町駅は、半分下ろされたシャッターの前に、運転再開を待つ人たちがたくさんいた。

夜遅くなってから(10時頃だったか)、地下鉄の運行が一部再開、新宿からの私鉄(西武新宿線)も動きそうだと知り、思いきって職場を出た。
住吉駅から地下鉄都営新宿線で新宿へ。
新宿駅は、動き始めた都営新宿線・京王線に乗ろうとする人でごったがえし、南口から西口まで、地下街に行列が続いていた。

西武新宿駅で入場制限の待ち行列(行列というより大集団)に並び、ようやく西武新宿線に乗って小平駅に着いたときは、午前1時をまわっていた。
タクシー乗り場の行列を横目に、約30分歩いて自宅のある団地まで。

途中、暴動にもあわず、怪我をすることもなく帰宅できたのは幸いだった。
あんがいと、みんな落ち着いて行動していたようだ。

家に帰ると、本棚に無理に積んでいた本が散乱していたぐらいで、大きな被害もなく、ほっとした。
家人はよほど恐ろしかったらしい。
なんとか通じた電話(携帯電話はまったく通じず、公衆電話から)で、安否を確かめた。

首都圏のJRが災害に弱いこと、携帯電話がいざという時には役に立たないことを痛感。

東北地方の被害、原発の状況が気になる。

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2011年3月 5日 (土)

【遊】ひさしぶりに 杏's cafe

花小金井の杏仁豆腐専門店 「杏's cafe」 へ行き、昼ごはんを食べ、杏仁豆腐を買ってきた。
ずいぶん久しぶりのような気がして、自分のブログで調べてみたら、約一年ぶりだった。

店主のNさん(今日はじめてお名前を知った)が、あいかわらず優しい感じで迎えてくださった。
うれしいね。
数種類のメニューがあるランチは550円(スープ、サラダ付)、焼麺類は500円(同)と手頃な価格。
しかも、おいしい。
ボリュームもそこそこで、女性向きかもしれない(私にもちょうどいい量)。
杏仁豆腐は単品だと各種300円だが、ランチといっしょにいただくと150円、というのもうれしい。

よもやま話でプライベートなことにまで立ち入ってお聞きしても、気さくに答えてくれる、Nさんの人がらが好きだ。
また訪ねてみようという気になる。


東京限定スイーツ 取寄せもできる東京都小平市にある
 こだわり杏仁豆腐のお店 杏's cafe[アンズカフェ]

http://www.ans-cafe.com/

 東京都小平市花小金井南町2-17-5
 営業時間 10:30~19:00
 (ランチ・タイム 11:30~)
 電話・FAX 042-450-3141

看板が立派になったような気がした。
お店の紹介記事が掲載された雑誌が店内に何冊も置いてある。
ぱらぱらと見ていたら、このお店の歴史と店主の経歴が紹介されていた。
お名前はこの雑誌で知った。
元はたこ焼き屋だった店舗を借り、今のお店を始めてから五年になるという。

いつか二階の個室を借り、友人夫妻を誘ってささやかなパーティーをしたいと思いながら、いまだに果たせない。

今日は、お土産に「極(きわみ)杏仁豆腐」を四個、購入。
プレーン・タイプのこれが、いちばん好きだ。
詳しくは、上記のURL(このお店のブログ)をご覧ください。


2011030511502920110305123752


【2011/3/6 追記】
いただきました。おいしかったな。

極(きわみ) 杏仁豆腐
 左(黒ラベル) 濃厚かため仕立て
 右(白ラベル) 口どけやわらか仕立て

201103060001201103060002 

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2011年3月 2日 (水)

【楽】山崎ハコさんのネット記事

山崎ハコさんのファンの集まり(メーリングリスト)にはいっていたのだが、いつの頃からか、何かの手違いで配信されなくなった。
(たぶん、メールアドレス変更の手続きを私がまちがったためだろう)
その代わりに、ある方が、こまめにニュースを配信してくだっているので助かっている。

今日届いたニュース。
ハコさんのネット記事だ。

YOMIURI ONLINE yorimo
 https://yorimo.yomiuri.co.jp/

久しぶりのシングルCD「あなたの声」を発表した山崎ハコさんのインタビュー
https://yorimo.yomiuri.co.jp/csa/Yrm0402_C/1221768035969

ハコさんの活躍ぶりを読むのは、うれしい。
彼女が出演している話題の映画 「ヘブンズストーリー」 も、機会をつくってぜひ見たいものだ。

【上のネット記事中のリンク】
映画初挑戦!4時間38分の大作「ヘヴンズストーリー」に出演したシンガーの山崎ハコさんのインタビュー
https://yorimo.yomiuri.co.jp/csa/Yrm0402_C/1221755926044


デビューから36年になるのか……。
私も、ほぼ35年間、彼女の活動を見守ってきたことになる。
まだまだ活躍してもらわなきゃ。


Hako_anatano_koe_2山崎ハコ 「あなたの声」

テイチクエンタテインメント
TECA-12273 1200円(税込)
2011/1/19発売






こちらもご覧ください。

山崎ハコ 公認ウェブサイト 「山崎ハコの世界」
http://www31.ocn.ne.jp/~hako/index.html

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2011年3月 1日 (火)

【楽】【読】何日君再来

夜も更けてきたので、簡単に。
今日から読みはじめたばかりだけれど、これは面白い。
やっぱり、小難しい本より、こういう軽い読み物がいいな。

Nakazono_henjunzailai中薗英助 (なかぞの・えいすけ)
 『何日君再来(いつのひきみまたかえる/ホーリーチュンツァイライ)物語』
 河出文庫 1993年発行
 (親本 1988年2月 河出書房新社刊)
 333ページ 750円(税込)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309403751

この本は、私の親しい友人が読んでいたのを見て、面白そうだなと思って手に入れた。
「何日君再来」は戦中に大流行した歌だが、今でも歌われている。
その友人、MOTEL(須藤もん&対馬照)の二人も、アルバムにこそ入れていないが、ライブでよく歌っている。

<戦火に揺れる激動の1930年代に流行し、いまも日中両国民に愛唱される名歌謡曲が秘めるミステリアスな謎と悲劇の運命とは? 李香蘭(山口淑子)など一世を風靡した歌手たち関係者や、文献資料の綿密な調査から明らかにされる作詞者と作曲家の真実……それは日中関係史の再発見であり、現代中国の暗部を照らす鏡でもあった。八年の歳月をかけた傑作ドキュメント> (本社カバーより)


この本を読んでいると、「何日君再来」の、あの憂いを含んだメロディーが耳によみがえってしかたがない。
著者は、横浜中華街を歩いていて、たまたまレコード店から流れていた、テレサ・テンのカセット・テープを手に入れた。
そこから、この物語がはじまる。


テレサ・テン(鄧麗君/テン・リューチン)の歌唱は、私も好きだ。

テレサ・テン
 ベスト+ベスト 日本語&中国語ヒット曲聴き比べ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00164POUA

Teresa_teng_best_1Teresa_teng_best_2_2  

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【読】偽満州国

読みにくい本だったが、なんとか最後まで読むことができたので、書いておこう。
途中、何度投げ出そうと思ったことか。
けれど、ムキになって読み終えた今では、あんがい面白い本だったと思う。

Takeda_gi_manshu武田 徹(たけだ・とおる) 『偽満州国論』
 中公文庫 2005年発行
 (親本 1995年11月 河出書房新社刊)
 293ページ 857円(税別)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122045428

「満洲国」というのは、現代中国では「なかった」ことになっている。
だから「偽満州国」と呼び、その遺物にはすべて「偽」の文字が冠せられている。
中国の人は懐が大きいというのか、旧日本軍が遺した建造物を破壊せずに再利用している(神社仏閣の類いは別)。
中国の観光地図には、偽国務院、偽皇居、偽法務院、といった「旧満州国」(偽満州国)の建物が「偽」の文字を冠して記載されているという。
すべて「なかった」ことにする徹底ぶりは、著者が書いているように「執念の強さ」と言っていいだろう。

そういうわけで「偽満州国論」なのだが、この本のカバーに印刷されているキャッチコピーによると
<共同幻想の産物としての満州国をテキストに、多角的な視野と柔軟な方法論、冒険的な手法で「国家」を読み解く>
一種の「国家論」というものらしい。

興味ぶかかったのは、「共同幻想再論」と名づけられた一章。
一世を風靡した、吉本隆明の『共同幻想論』を批判的に論じている。

『共同幻想論』は最後まで読みとおせたかどうか、まるで憶えていないが、たしかに私の胸を震わせるものがあった。
でも、吉本氏が言いたいことが、私にはよくわからなかった。
著者は、田川建三という人の『思想の危険について』に拠りながら、次のように書いている。

<国家など幻想のものに過ぎない、そうしたメッセージを言外にまといつつ『共同幻想論』は読まれた。そこでもっとも問題なのは、そうした語感の機能が理論云々とは別次元で働き得るということだ。> (本書 P.146)

<たしかに『共同幻想論』は反体制的な、あるいはそこまでいかなくともリベラルを自称する人が担っている価値観に沿う概念の構図を、散文的で分析的な表現ではなく、イメージを豊かに膨らます詩のような表現で綴ることが多い。> (P.147)

この一章だけでも、興味深かった。
ただ……読みにくかったな。


【参考】
田川建三 『思想の危険について―吉本隆明のたどった軌跡』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4755401453

Tagawa_yoshimoto_3

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