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2011年3月 1日 (火)

【読】偽満州国

読みにくい本だったが、なんとか最後まで読むことができたので、書いておこう。
途中、何度投げ出そうと思ったことか。
けれど、ムキになって読み終えた今では、あんがい面白い本だったと思う。

Takeda_gi_manshu武田 徹(たけだ・とおる) 『偽満州国論』
 中公文庫 2005年発行
 (親本 1995年11月 河出書房新社刊)
 293ページ 857円(税別)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122045428

「満洲国」というのは、現代中国では「なかった」ことになっている。
だから「偽満州国」と呼び、その遺物にはすべて「偽」の文字が冠せられている。
中国の人は懐が大きいというのか、旧日本軍が遺した建造物を破壊せずに再利用している(神社仏閣の類いは別)。
中国の観光地図には、偽国務院、偽皇居、偽法務院、といった「旧満州国」(偽満州国)の建物が「偽」の文字を冠して記載されているという。
すべて「なかった」ことにする徹底ぶりは、著者が書いているように「執念の強さ」と言っていいだろう。

そういうわけで「偽満州国論」なのだが、この本のカバーに印刷されているキャッチコピーによると
<共同幻想の産物としての満州国をテキストに、多角的な視野と柔軟な方法論、冒険的な手法で「国家」を読み解く>
一種の「国家論」というものらしい。

興味ぶかかったのは、「共同幻想再論」と名づけられた一章。
一世を風靡した、吉本隆明の『共同幻想論』を批判的に論じている。

『共同幻想論』は最後まで読みとおせたかどうか、まるで憶えていないが、たしかに私の胸を震わせるものがあった。
でも、吉本氏が言いたいことが、私にはよくわからなかった。
著者は、田川建三という人の『思想の危険について』に拠りながら、次のように書いている。

<国家など幻想のものに過ぎない、そうしたメッセージを言外にまといつつ『共同幻想論』は読まれた。そこでもっとも問題なのは、そうした語感の機能が理論云々とは別次元で働き得るということだ。> (本書 P.146)

<たしかに『共同幻想論』は反体制的な、あるいはそこまでいかなくともリベラルを自称する人が担っている価値観に沿う概念の構図を、散文的で分析的な表現ではなく、イメージを豊かに膨らます詩のような表現で綴ることが多い。> (P.147)

この一章だけでも、興味深かった。
ただ……読みにくかったな。


【参考】
田川建三 『思想の危険について―吉本隆明のたどった軌跡』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4755401453

Tagawa_yoshimoto_3

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