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2011年4月の36件の記事

2011年4月30日 (土)

【震】復興構想会議

「東日本大震災復興構想会議」のメンバーに、赤坂憲雄さんがはいっている。
梅原猛さんも、特別顧問に迎えられた。

asahi.com(朝日新聞社) 2011年4月11日
 復興構想会議設置を閣議決定 議長に五百旗頭氏
http://www.asahi.com/politics/update/0411/TKY201104110301.html

会議の動向が、いまひとつよくわからないが(あいかわらずお役所仕事的な感じがするが)、この二人がはいっていることに期待したい。

梅原さんは、はっきりと原発反対を表明している。
赤坂さんも、やみくもに反対を唱えないが、原発には批判的だ。
東北の歴史を踏まえてしっかりした意見を表明している。

ちなみに、梅原さんは仙台の生まれ。
赤坂さんは東京生まれだが、長く東北にかかわってきた人だ。


【わが復興計画】「“文明災”を乗り越え 慈悲の精神みなぎる国家に」 哲学者・梅原猛
週刊朝日 4月26日(火)17時15分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110426-00000303-sasahi-soci

<息子は「体が持つのか」と心配する一方で、「過激なことを言うんじゃないか」と気を揉んでいます。過激なことを言うつもりはありませんが、何年かかけて、日本は脱原発の国にならねばならぬ、という考えは変わりません。
東日本大震災は天災であり、人災であり、「文明災」だと思っています。>


山形新聞 Yamagata News Online より
 赤坂憲雄さん「新しい東北結束の時」 県ゆかりの著名人・やまがたを思う[10]
 2011/4/16
http://yamagata-np.jp/feature/shinsai/kj_2011041600667.php

<「会議では、原発問題を抱える福島の大地がよみがえり、そこに人々が戻ってきた時が復興の終わりだと発言した。福島では苦しみが続き、宮城や岩手では復興に向け『さあやるぞ』という空気が生まれている。極めてはっきり見えた、この落差や温度差が、とても気になったからだ」>


東日本大震災:復興構想会議 原発除外に異論が噴出 - 毎日jp(毎日新聞)
 毎日新聞 2011年4月14日 21時05分
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110415k0000m010149000c.html

<「原発問題を考えずには、この復興会議は意味がない」
 以前から原発の危険性を唱えてきた梅原氏は会議の終了後、記者団にこう言い切った。首相自ら特別顧問就任を要請した梅原氏だが、東京電力福島第1原発事故の収束する見通しの立たない中、賛否の割れる原発問題に踏み込みたくない首相の意向と会議の間に初会合からずれが生じた。>


この記事の写真に写っている菅首相の妙な視線が気になる。
せっかく日本の「叡智」を結集したのだから、謙虚に委員の意見に耳を傾けてほしい。
頼りない首相だとは思うが、いまさら他の人に交替しても事態は好転しないと思う。
柔軟な姿勢で、ふんばってほしいな。


東日本大震災復興構想会議
 (内閣官房 公式サイト内)
http://www.cas.go.jp/jp/fukkou/

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【読】服部文祥さんの新刊 「百年前の山を旅する」

きのう、神保町をぶらぶら歩いて、三省堂書店(神保町店)にはいってみた。
偶然、こんな本を目にして購入。

服部文祥 『百年前の山を旅する』
 東京新聞 2010年10月23日 初版第一刷発行
        2011年1月27日 三刷発行

ずいぶん前に出版されていたのに、知らなかった。
三省堂書店の上の階からエスカレーターで降りているとき、壁に山の写真がたくさん飾ってあった。
いい写真だった。
よく見ると「服部文祥」「百年前の山を旅する」という文字が。
一階でエスカレーターを降りたところにワゴンが置いてあり、この本が平積みになっていた。
うまい売り方だなあ。

服部さんのファンなので、迷わず一冊手とってにレジに向かった。

― Amazonサイトより ―
<ゴアテックスもヘッドランプも持たず、ハンテン、股引、脚絆にわらじという出で立ちで、100年前の登山を追体験。それは登山と人の本質な関係に迫り、また、行き過ぎた現代文明の恩恵によって忘れていた感情を再発見する旅であった。 山と人の古くて新しい魅力を紀行文で伝える。 当時の格好で追いかけるのは、田部重治やW・ウェストン、江戸時代の加賀藩の杣人足など。 山の専門誌 月刊「岳人」に掲載し、好評を得たものに大幅加筆。最新取材や書き下ろしを含む。>

何よりも、タイトルに惹かれた。
百年前の人々の山登りを想像してみると、なにやらわくわくしてくる。

このところ、地震・災害、原発、そんな本ばかり読んでいたので、気が滅入っていたところだ。
こういう本を読んで気分を変えたいな。

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2011年4月29日 (金)

【歩】藤棚

朝から晴れて、きもちがいい。
図書館に本を返しにいったら、休館だった。
そうか、今日は金曜日だったんだ。

団地の公園の藤棚がきれいだった。
ちいさな子どもたちと、おかあさんたちが、砂場で遊んでいた。
のどかな光景。

カメラを持っていなかったので、ケータイで一枚。


撮影 2011/4/29(金) 東京都小平市(小平団地)

20110429

塩見鮮一郎さんのブログ「こぼし」に、日常のなにげない光景の写真が掲載されている。
毎日、たのしみにしている。
ちょっと、まねしてみました。
私には、塩見さんのように気のきいたコメントは書けませんが。


こぼし:So-netブログ
 作家 塩見鮮一郎 が撮影する日々の写真
http://siosen.blog.so-net.ne.jp/

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2011年4月27日 (水)

【読】【震】忘れていただけなんだね

くよくよしたくはないけれど。
過去の地震のことを調べてみると、この列島は地震災害の連続だったことがわかる。
私が生きている時代にも、たくさん地震があった。
みんな、すぐに忘れてしまうんだね。

20世紀以降のおもな被害地震
(『日本の地震災害』 岩波新書 巻末 年表より抜粋)

1905年6月2日 芸予地震 M7.2 死者 11
 ・
 ・
1933年3月3日 三陸地震津波 M8.1 死者・不明 3,064
1935年7月11日 静岡地震 M6.4 死者 9
1936年2月21日 河内大和地震 M6.4 死者 9
1939年5月1日 男鹿地震 M6.8 死者 27
1943年9月10日 鳥取地震 M7.2 死者 1,083
1944年12月7日 東南海地震 M7.9 死者・不明 1,223
1945年1月13日 三河地震 M6.8 死者 2,306
1946年12月21日 南海地震 M8.0 死者 1,330
1948年6月28日 福井地震 M7.1 死者 3,769
1949年12月26日 今市地震 M6.2 死者 10
1952年3月4日 十勝沖地震 M8.2 死者・不明 33
 ・
 ・
1964年6月16日 新潟地震 M7.2 死者 26
1968年5月16日 十勝沖地震 M7.9 死者 52
1974年5月9日 伊豆半島沖地震 M6.9 死者 30
1978年1月14日 伊豆大島近海地震 M7.0 死者 25
1978年6月12日 宮城県沖地震 M7.4 死者 28
1983年5月26日 日本海中部地震 M7.7 死者 104(うち100人は津波による)
1984年9月14日 長野県西部地震 M6.8 死者 29
1993年1月15日 釧路沖地震 M7.8 死者 2
1993年7月12日 北海道南西沖地震 M7.8 死者・不明 230
            大津波が奥尻島、渡島半島西岸を襲う
1994年10月4日 北海道東方沖地震 M8.2 死者・不明 11
1994年12月28日 三陸はるか沖地震 M7.6 死者 3
1995年1月17日 兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災) M7.3 死者 6,433
 ・
 ・

これぐらいにしておこうか。
地震の規模(マグニチュード)と被害の大きさ(死者数など)が、必ずしも比例しないことに注意。
直下型地震が怖い。
マグニチュード7クラスでも、数千人の死者がでている。

現代の地震が怖いのは、原発という悪魔的なシロモノをわれわれが持ってしまったからだ。
そうでなくても事故続きの原発は、地震にあえばあっけなく壊れるものだということが、はっきりわかった。
それでも、原発は「安全」ですか?

津波の怖さも、今回、あらためて身にしみた。
過去に、同じようなことが何度もあったのに……みんな、忘れてしまっているんだね。

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2011年4月26日 (火)

【読】船戸さんの原発観 「原発に私は否と言う」

すこし前のこと。
今度の震災直後に、古本屋で一冊の本をみつけた。

広瀬隆 編著
 『原発がとまった日 ―1億2000万人のための脱原発読本』
 ダイヤモンド社 1989年4月発行


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この本のなかに、「私は原発に反対です」というコーナーがあり、各界の44人ほどが短文を寄せている。
私の知っている人では、山本コウタロー、C・W・ニコル、久和ひとみ、吉田ルイ子、見城美枝子、友川かずき、松下竜一、志水辰夫、J・K・ガルブレイス、三浦綾子、西丸震也、鎌田慧、松谷みよ子、杉浦明平、景山民夫、……といった名前がみられる。
船戸与一さんも短い文章を寄せている。

いかにも船戸さんらしい文章だが、ちょっと物々しすぎる感じもする。
22年前のものだが、船戸さんが危惧した方向に進まないことを願う。

今回の原発事故を機に、脱・原発の機運がたかまるだろう。
安全神話は完全に崩れたから。
引き返すなら今、という気がするのだが。
それでも、いまだに原発擁護・推進派の妙な発言がちらほら聞こえるのが、私には不思議でならない。
今こそ「否(ノー)」と言いたい。

― 『原発がとまった日』 ダイヤモンド社 1989年 より (P.56) ―

 「俺ハオマエヲ売リ、オマエハ俺ヲ売ル」  船戸与一(作家)

<技術的なことはいざ知らず、原発が主要エネルギーとなった時代の社会的状況は容易に想像できる。安全性を確保するためと称して、国家は社会全体にたいして息の詰まるような監視体制を敷くのだ。危険分子の弁別が急がれる。とっぴなことを考えたがる連中が締めあげられる。そして、やがては個々の暴力はもちろんのこと、他愛もない異議の申し立てさえ完全に封じ込められるだろう。そのやりかたは陰湿を極めるにちがいない。膨大な量の監獄および精神病棟の設置と万人にたいする万人のスパイ化。これが原発国家の社会的未来像だ。すなわち、G・オーウェルの1984年の何層倍もの不快でねばねばとした世のなかにわれわれは暮すことになるだろう。そう、生イ茂ル栗ノ木ノシタデ、俺ハオマエヲ売リ、オマエハ俺ヲ売ルのである。いや、言いなおそう。実験室デ生育シタ観葉植物ノソバデ、俺ハオマエヲ売リ、オマエハ俺ヲ売ルのだ。原発によって分け与えられるエネルギーの代償にわれわれは石のように動かなくなり、貝のように黙りこむしかなくなるにちがいない。魂の衰滅。精神の死。人々のあいだではもういかなる物語も活き活きとは産みだされてはこないのだ。百歩譲ってかりに原発推進派の連中が言うように技術的には原発の安全性が保たれうるとしても、そんな社会で暮したいだろうか?まっぴらだ。当然ながら、原発に私は否と言う。>


「私は原発に反対です」
寄稿文のタイトルだけ、あげておこう。

山本コウタロー「原発いらない」/C・W・ニコル「キノコを食べないで」/久和ひとみ「ささやかな知恵で脱原発」/木村迪夫「ひき裂かれた村」/高木茂男「原子力批判の高まりを」/大川隆一「経営者も原発に反対する」/船戸与一「俺ハオマエヲ売リ、オマエハ俺ヲ売ル」/山田征「ただの主婦にできること」/加藤哲夫「すべては夢想から始まる」/吉田ルイ子「北海道の花たちよ!」/見城美枝子「赤ちゃんよ、永遠に」/中村易世「『広島・長崎』四三年目の現実」/輿石正「『月』と『原発』」/白坂葉子「生命を脅かす原発」/友川かずき「この命、預けられない」/星寛治「有機農業に原発はなじまない」/ジャン・ユンカーマン「『原爆』の神話と『原発』の神話」/松下竜一「悪夢のような原発社会」/加賀善康「親として原発を許せない」/遠藤京子「大気や水の悲鳴が聞こえる」/志水辰夫「『朝シャン』と『原発』」/三輪茂雄「つぎは人間の番ですよ」/大倉陽子「古里の自然を残そう」/山口玲子「子どもたちの安全を守りたい」/志子田悦郎「障害者の立場からの反原発」/J・K・ガルブレイス「武装解除」/三浦綾子「預言『火によって亡ぶ』」/松本俊治「丁半博打はやめてくれ!」/安部富士男「幼稚園の森の動物たち」/舘内尚子「地球のなくなる日まで」/毛利子来「子どもの健康と社会」/西丸震也「10年前の生活にもどって」/渋谷定輔「現代の『惨酷な価値』」/鎌田慧「取り返しのつかない『犯罪』」/トーマス・バニヤッカ「ホビの預言」/松谷みよ子「検知器は明け方にひどく鳴る」/バーニー・リチャーズ「ニュージーランドに核はいらない」/長須祥行「総毛立つような計画を排す」/杉浦明平「浜岡原発が大事故起こせば」/飯沼二郎「政府にあやまちを認めさせる」/寺島アキ子「欲望肥大症的な発想」/山本芳正「『100匹目のサル』獲得まで」/井上良子「スウェーデンの勇気を見習おう」/景山民夫「外科手術と漢方薬でもう一押し」

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【読】ついに刊行、船戸与一「満洲国演義6」

新潮社から「新刊お知らせメール」が届いた。
待望の船戸与一『満州国演義 6』がついに刊行される。
4月28日発売らしいが、e-honサイトで注文受付していたのでさっそく発注した。

第五巻が出版されたのは、2009年1月。
それから二年ぶりである。
船戸さんの健康面でよくない噂を聞いていただけに、うれしい知らせだ。

船戸さんが語ったところによると、全八巻になる予定だという。
ぜひ完成させてほしい、長大な歴史小説である。


新潮社
 http://www.shinchosha.co.jp/ 内
船戸与一『大地の牙―満州国演義6―』|新潮社
 http://www.shinchosha.co.jp/book/462307/

e-honサイトより
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032581695&Action_id=121&Sza_id=G1


船戸与一 『満州国演義』
 第一巻 風の払暁 2007年4月
 第二巻 事変の夜 2007年4月
 第三巻 群狼の舞 2007年12月
 第四巻 炎の回廊 2008年6月
 第五巻 灰塵の暦 2009年1月
 第六巻 大地の牙 2011年4月


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こちらも、おすすめ。

『「満州国演義」に見る中国大陸 (愛知大学東亜同文書院ブックレット 5) 』

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Amazon著者ページ 船戸与一
http://www.amazon.co.jp/gp/search?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&search-alias=books&chooser-format=field-author&field-keywords=%91D%8C%CB%97%5E%88%EA&mysubmitbutton1.x=45&mysubmitbutton1.y=11

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2011年4月25日 (月)

【読】【震】読売新聞特別縮刷版「東日本大震災 1か月の記録」

今日、仕事の帰りに御茶ノ水の丸善でみつけて手に入れた。
これから先、貴重な資料になると思う。
他の新聞社からは出ていないのだろうか。

『東日本大震災1か月の記録
  読売新聞特別縮刷版 カラー版―2011年3月11日~4月11日』


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2011年4月24日 (日)

【読】【震】読了、「大地動乱の時代」

ようやく読みおえた。
いい本なのだから、早く重版してほしいものだ。

石橋克彦 『大地動乱の時代―地震学者は警告する』
 岩波新書 新赤版350
 1994年8月22日 第1刷発行
 234ページ 840円(税込)

<古来、幾多の災害にみまわれてきた日本人のあいだには、「災害がおこったらやり直せばよい、先のことを心配しても始まらない」という運命論的な諦観がある。しかし、世界最大の債権国となり、東京が世界中枢都市だという以上、このような日本的感覚は無責任以外の何物でもないのである。>

<地震対策は、政治の世界ではプラス・イメージが薄く、やり甲斐のない仕事と思われているらしい。一般の人々も、楽しい人生や活力ある社会を築いていこうとしているのに、地震の心配ばかりさせられてはかなわないと感じる向きが多いだろう。これにたいして私は、個人レベルでは必要最低限の身の回りの地震対策を講じたあとはクヨクヨせず、いっぽう政治・行政はじめ社会全体が小手先ではない地震対策に全力をあげるべきだと考えている。そして、小手先ではない地震対策とは、結局、日常レベルでみても地球的視点でみても理想的な国土と社会を追求することだと信ずる。首都圏大震災による世界的混乱の回避を明確な動機として地方分権国家を創造できれば、後世への偉大な贈り物になることは間違いない。

(本書 第6章 大地動乱の時代をどう迎えるか P.230-231)


17年前に出版された本である。
今こそ、この提言を真剣に受けとめ、大きな視野に立って、実現に向け前向きに努力したいものだ。
足の引っ張り合いばかりしている政治家(国政)のみなさんに、それを期待できそうもないのが、なんとも歯がゆい。

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2011年4月23日 (土)

【震】東京新聞記事――首都圏直下型「注意を」

やはりそうなのか。

今日、2011/4/23(土)東京新聞朝刊の記事。
東大地震研究所が発表した見解だ。

東京大学地震研究所
 http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/


■東京新聞:首都圏直下型「注意を」 東大地震研:社会(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011042302000035.html

他紙にも同様の記事が。

■関東にひずみ蓄積、余震長引く可能性 東大地震研  :日本経済新聞 http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819695E0E0E2E4E58DE0E1E2E6E0E2E3E39191E2E2E2E2

■首都圏地盤に力、南関東のM7級誘発も…東大研 : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110422-OYT1T00974.htm


「備えを怠らないでほしい」(東京新聞記事、東大地震研究所の石辺岳男特任研究員)というが、どんな「備え」をすればいいというのか。
マグニチュード7級の首都圏直下型地震がきたら、壊滅的な被害は免れないだろうに。
個人レベルの備えでは、どうにもならないだろう。

もう、東京には住みたくない。
そんな気分になってくる。

今から17年前に出版された、地震学者 石橋克彦氏の著作でも、下のように指摘されている。
いよいよ、地震活動期(大地動乱の時代)にはいってきたようだ。

テレビのCMなどで、「日本は大丈夫」という言葉を耳にするが、その根拠は?と言いたくなる。
(復興に向けての意気込みをどうこう言うつもりはない)
私がへそ曲がりなのかもしれないが、精神論だけでは今後発生するだろう大災害を乗りきれないと思うのだ。

石橋克彦 『大地動乱の時代』 (岩波新書 1994年) P.198
 第六章 大地動乱の時代をどう迎えるか
   一 首都圏大震災の背景 「人類初体験」 より

<……いまから十~二十年のうちに、大地の運動の自然な成り行きとして、日本の心臓部を小田原、東海、首都圏直下の大地震が相ついで襲う可能性が高い。この予測はまだ学説の段階で、地震テクトニクスの研究がもっと進めば具体的なシナリオは修正されるかもしれない。しかし、時間の幅を来世紀半ばまで広げれば、複数の大地震の発生はほとんど確実といってよい。これは大多数の地震学者の共通の見解でもある。>

<江戸・東京は、たび重なる大火・震災・戦災の惨禍をうけながら、そのたびに不死鳥のごとく立ち直り、以前にも増す発展をとげてきた。日本人は、そのことにたいして一種の美意識といってもよいような誇りと自信をもっているのかもしれない。けれども、敗戦後の復興期とそれにつづく高度経済成長~一極集中の時期が関東地方の地震活動静穏期にあたり、しかも人類史上かつてない技術革新の時代に一致したことは、過去と決定的にちがう要因である。そのあいだに首都圏は、実際の大地震に一度も試されることなく野放図に肥大・複雑化して、本質的に地震に弱い体質になってしまった。>


【サイト紹介】
石橋克彦の歴史地震研究のページ
 http://historical.seismology.jp/ishibashi/ 内
石橋克彦 私の考え -2011年東北地方太平洋沖地震による「原発震災」について-
 http://historical.seismology.jp/ishibashi/opinion/2011touhoku.html

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【震】予測できなかった巨大地震

3月11日の巨大地震。
地震関係の本やWikipediaなどによると、マグニチュード7以上を「大地震」、8以上を「巨大地震」と呼ぶようだ。
今回のようなマグニチュード9以上の規模だと、「超巨大地震」となるそうだ。

震災後、地震に関する本(ほとんどが阪神淡路大震災より前に書かれたもの)を探して、読んでいる。
どれも、東海地震や首都圏直下型地震が近いうちに起こる可能性が高いことを警告している。

それなのに、今回のような東北地方での巨大地震の可能性に触れたものはなかった。
16年前の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)を予測した地震学者も、ほとんどいなかったのではないか。

ネット(MSN産経ニュース)に、下のリンク先のような興味ぶかい記事があった。
地震予知の難しさを思う。
それでも、東海沖地震や関東・首都圏直下型の大きな地震がいつ来てもおかしくない状況は変わらない。
いやなことだが、私はそう考える。


【東日本大震災】崩れた地震学、学者ら予測できず 「歴史の空白」盲点に
 - MSN産経ニュース
崩れた地震学、学者ら予測できず 「歴史の空白」盲点に 2011.4.14 17:18
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110414/dst11041417240047-n1.htm

「過去30年の地震学が崩壊した」。東日本大震災の巨大地震に地震学者が打ちひしがれている。史上最大の地震を予測できず、研究を防災に生かせなかったからだ。……マグニチュード(M)9・0の巨大地震は、なぜノーマークだったのか。政府の地震調査委員会で長期予測に携わってきた島崎邦彦東大名誉教授は、まず「歴史の空白」を挙げる。……


― Wikipedia より―

超巨大地震
以下にMw(モーメントマグニチュード。アメリカ地質調査所で使用されている)9以上の地震、もしくはMw9以上と想定される地震の例を挙げる。これらは、複数のMw8クラスの巨大地震が、時に10数分という長時間で、かつ広範囲(=震源域)にわたって同時、または連続して発生していたものが多い。このような地震の場合は個別の地震を特定せず、まとめて1つの超巨大地震として解析するためMwが大きくなっている。要因の1つとして、地震を発震した断層破壊が非常に長距離に及んで進むためと考えられている。

アメリカ北西部カスケード沈み込み帯の地震(カスケード地震)(M8.7 - 9.2、1700年)
アリカ地震(M9.0 - 9.1、1868年)
カムチャツカ地震(Mw9.0、1952年)
チリ地震(Mw9.5、1960年)
アラスカ地震(Mw9.2、1964年)
スマトラ島沖地震(Mw9.1 - 9.3、2004年)
東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)(Mw9.0、2011年)

巨大地震
以下にMw8以上Mw9未満の地震、もしくはMw8以上と想定される地震の例を挙げる。多くは過去から周期的に同規模の地震を繰り返している。単位Mjは「気象庁マグニチュード」(モーメントマグニチュードとは若干相違がある)。

三陸沖地震(多くの場合M8以上、869年の貞観地震はM8.3 - 8.6、1896年の地震はMw8.5、1933年の地震はMw8.4・Mj8.1、1968年の三陸沖北部地震はMw8.3・Mj7.9)
南海地震(多くの場合M8以上、1361年の地震はM8.4、1946年の地震はMw8.1・Mj8.0)
関東地震(M8前後を想定、1703年の元禄大地震はM8.1、1923年の地震〈関東大震災〉はMw7.9)
東海・南海・東南海連動型地震(1707年の宝永地震はM8.4 - 8.7)
東海地震(M8前後を想定、1854年の地震はM8.4)
濃尾地震(Mw8.0、1891年)
喜界島地震(Mj8.0、1911年)
東南海地震(多くの場合M8以上、1944年の地震はMw8.1・Mj7.9)
十勝沖地震(M8前後、1952年の地震はMj8.2、2003年の地震はMw8.3・Mj8.0)
ボリビア巨大深発地震(Mw8.2、1994年)
北海道東方沖地震(M8前後、1994年の地震はMj8.2)
四川大地震(Mw7.9・Ms8.1、2008年)
サモア沖地震(Mw8.1、2009年)
チリ地震(Mw8.8、2010年)

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2011年4月21日 (木)

【読】【震】「大地動乱の時代」なのか

日曜日に近くの図書館で、こういう本をみつけた。
借りてきて読んでいる。
おもしろい。

石橋克彦 著 『大地動乱の時代 ―地震学者は警告する―』
 岩波新書 新赤版350
 1994年8月22日 発行
 234ページ

発行年月に注目。
阪神淡路大震災(1995年1月17日)の5ヵ月前だ。

著者の警告が現実のものになった。
今回の大震災を経験した私たちは、なおさらそう思う。

――と、こんなことを書いている最中、22時37分頃、大きな揺れがあった。
震源は千葉県で、震度5弱だという。

気象庁|地震情報
 http://www.jma.go.jp/jp/quake/20110421223909353-212237.html

ここ、小平も大きく揺れた。
一分ほど続いただろうか。
古い5階建団地の4階に住んでいるので、なおさら揺れが大きく感じられたのかもしれないが。

まったく、毎日、気が許せない。


本の内容を詳しく書こうとしていたところだが、今日はやめにした。

<幕末にはじまった首都圏の大地震活動期は、関東大震災(1923)をもって終わり、その後、東京圏は世界有数の超過密都市に変貌した。しかし、まもなく再び「大地動乱の時代」を迎えることは確実である。小田原地震が七十年ごとに発生することを明らかにした地震学者がその根拠を明快に説き、東京一極集中の大規模開発に警鐘を鳴らす。> (Amazonより)

第一章 幕末――二つの動乱
 序曲/連発巨大地震/安政江戸地震
第二章 大地の破局
 きしむ関東地方/大正関東地震
第三章 大地震の正体と原因
 現代の地震観/震源断層運動をさぐる/
 地震をおこすプレートの運動
第四章 関東・東海地方の大地震発生のしくみ
 フィリピン海プレートの沈み込み/伊豆半島の衝突と小田原地震/
 首都圏直下の大地震
第五章 ふたたぶ迫る動乱の時代
 南関東・東海地方の大地震の長期予測/注目される小田原地震/
 東海巨大地震の問題点
第六章 大地動乱の時代をどう迎えるか
 首都圏大震災の背景/そのとき何がおこるか/
 大地震に耐え抜く分散型国土をつくろう


図表も豊富で、勉強になる内容。
このようないい本は手元に置いておきたいが、あいにく出版社でも品切れ。
Amazonでは、例によって定価よりも高い値がついている。
気長に増刷を待とうと思う。

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2011年4月17日 (日)

【楽】音楽のちから

梅津和時さんの生演奏を体験したのは、6年前、花園神社での上々颱風のライブにゲスト出演されたときだった。
私はこの人の演奏が好きだ。

参加しているSNS(mixi)のマイミクさんの日記で知った。
梅津さんの「東北」という曲。

音楽のちからを感じた。

私は知らなかったが、梅津さんの故郷は仙台だった。

― Wikipediaより ―
梅津 和時(うめづ かずとき、1949年10月17日 - )は、日本のミュージシャン、サックス、クラリネット奏者。フリー・ジャズを中心に、ロックやクレズマー等、幅広い分野で活動。
宮城県仙台市出身。宮城県仙台第三高等学校、国立音楽大学卒。大学在学中にジャズの世界でプロ活動を始め、ニューヨークでフリー・ジャズに目覚める。帰国後は生活向上委員会で活動。……

[site u-shi] 梅津和時・多田葉子・こまっちゃクレズマ公式サイト
http://www.k3.dion.ne.jp/~u-shi/

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【雑】みゆきさん、いいなあ

みゆきさんと言っても、中島さんじゃなく、宮部さんのほうだが。

東京新聞 2011/4/16(土) 夕刊 3面
 「あの人に迫る」 宮部 みゆき 作家


   日常のすべてが 作品にはね返る

<「火車」も「理由」も、お金という切実なものがからんでいます。私は、決して豊かなところで育ったわけではなく、今は経済的に恵まれるようになりましたが、お金が人生の幸せとどう結び付くかは、一つの大きなテーマになりましたね。/よく、お金があるより、人のつながりが大事とか言うけれど、これって比べることじゃないです。……>
(記事より)

宮部みゆきさんを「いいなあ」と思うのは、こういうところだ。

<インタビューの日は東日本大震災の二日前だった。後日、震災への思いを事務所を通じて尋ねたが、「コメントは控えさせてください」との返事だった。/悲しい事件や災害に人一倍心を痛める宮部さん。強いショックを受けていることが伝わってきた。……>
(記事より)


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【歩】春はいいなあ

小平のこの団地に引っ越してきて、今年で6年になる。
敷地は広くないが、樹木が多く、四季折々の花が楽しめるので好きだ。

今日は、暑くなく風もない、春らしい陽気。

ハナミズキの薄紅色が、いい。
イチョウの新緑が、いい。
八重桜が咲いている。
大島桜の若葉が、かすかにいい香りをはなっている。
桜餅の香りだ。
バス通りの山桜も満開。

そういえば、もうすぐ端午の節句だな。


撮影 2011/4/17(日) 東京都小平市(小平団地)

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2011年4月16日 (土)

【歩】ハナミズキ、サイタ

風の強い一日だった。
気温があがって、昼間は半袖一枚でもいいほど。

夕方、歩いて買物に行くついでに、写真を撮ってきた。
団地の小公園のハナミズキが咲いていた。
風が強かったのでアップの写真は無理だったけれど、うれしかった。

オオシマザクラだろうか、きれいだった。
シダレザクラも盛り。
イチョウも若葉がでている。

ハナカイドウ、ハナズオウも満開。
ドウダンツツジも可憐。

撮影 2011/4/16(土) 東京都小平市

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【読】【震】地震と原発

さきほど、大きな揺れがあった。

気象庁|地震情報
http://www.jma.go.jp/jp/quake/20110416113018391-161119.html

平成23年04月16日11時30分 気象庁発表
16日11時19分頃地震がありました。
震源地は栃木県南部 (北緯36.4度、東経140.0度)で震源の
深さは約70km、地震の規模(マグニチュード)は5.9と推定されます。
各地の震度は次の通りです。
なお、*印は気象庁以外の震度観測点についての情報です。
茨城県  震度5強 鉾田市当間*
     震度5弱 笠間市中央* 常陸大宮市野口* 桜川市羽田*
     震度4  水戸市金町 水戸市内原町* 日立市助川小学校*
(後略)

私の住む東京都小平市は震度3となっていたが、もう少し大きく、震度4に近い感じだった。
(東京23区が震度)
揺れの時間は短かった。

3月11日の大震災は、「東日本大震災」という呼び名が定着してきたのだそうだ。
(東京新聞 4月16日朝刊 19面のコラム「コトバ 言葉」)。

余震の範囲が、茨城や栃木まで広がってきている。
「余震」ということばもクセモノで、長野で起こった地震などは「余震」というよりも、誘発地震のように思う。
広い範囲で、地下のプレートが不安定になっているのだろう。
地球は生きものだから。

本屋に行くと、広瀬 隆さんの本 『原子炉時限爆弾 大地震におびえる日本列島』 が平積みになっていた。
私も一昨日から読みはじめている。

今回の震災の前、2010年8月26日に発行され、今年の4月5日に第3刷として増刷されたようだ。
東海地震と浜岡原発の予想被害を警告しているのだが、広瀬さんも予想しなかった三陸沖で、心配していた事態が起きてしまった。

原発の脆弱さは、いまやはっきりした。
福島第一原発については、なんとか被害が拡大しないようにしてくれることを祈るばかりだ。

復興対策と同時に、近い将来起こることがじゅうぶん考えられる巨大地震、その時に発生するであろう原発の損壊についても考えないておかないと、広瀬さんの警告が現実のものになってしまうだろう。

― 本書 帯より ―
<科学的・論理的に考えれば、周期的に到来する東海大地震は間違いなく起こることであり、これを否定する人間は、電力会社にも一人もいない。その時に、浜岡原発が破壊され、取り返しのつかない末期的な大事故が起こる可能性は、ほぼ百パーセントと言ってよい。これは、時限爆弾の爆発を待っている、ということになる。私たちに分らないのは、その時限爆弾が、いつ爆発するようセットされているか、その時刻だけなのである。>

『原子炉時限爆弾 大地震におびえる日本列島』 (ダイヤモンド社) の構成
 序 章 原発震災が日本を襲う
 第一章 浜岡原発を揺るがす東海大地震
 第二章 地震と地球の基礎知識
 第三章 地震列島になぜ原発が林立したか
 第四章 原子力発電の断末魔
 電力会社へのあとがき――畢竟、日本に住むすべての人に対して
 【巻末資料】地震学用語などについての解説


きのう、こういう本もみつけた。

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2011年4月14日 (木)

【歩】新緑

ソメイヨシノが散りはじめて、そろそろ八重桜の季節になった。
新緑がきれいだ。

今朝、団地の中で。
ケヤキの新緑。

撮影 2011/4/14(木) 朝 東京都小平市

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用があって、立川にでかけた。
立川病院横のソメイヨシノ。

撮影 2011/4/14(木) 東京都立川市

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2011年4月13日 (水)

【読】【震】東京に原発を!

広瀬隆さんの本 『東京に原発を!』(集英社文庫・1986年)を、持っていた。
全部読んだかどうか記憶にないが、今は手元にない。

「それほど安全だというなら、東京に建てたらどうなのだ!」という警鐘は、当時、冷やかな眼で見られていたように思う。
今こそ、「東京に原発を!」と言いたい。
誰一人として、賛成する人はいないだろう。

今日、たまたま書店でみつけて購入した、広瀬さんの本。

広瀬 隆 『原子炉時限爆弾 大地震におびえる日本列島』
 ダイヤモンド社
 2010年8月26日 第1刷/2011年4月5日 第3刷

ショッキングなタイトルだが、読んでみようと思う。

事態は重大で深刻である。
政府は今頃になって「レベル7」などと言いだしたが、新聞等で報道されている福島第一原発の写真を見れば、子どもにでもわかるはずだ。
防御壁となるべき「建屋」が、いまや見る影もない。
運転停止したはずの原子炉の中で、核燃料が過熱し続けている。
制御不能になっていて、なんとかして冷やそうとしている。
頑丈なはずの原子炉格納容器が壊れれば、アウトである。

政府も、東電も、隠そう隠そうとしているのはみえみえ。
新聞やテレビ、ラジオの報道も、遠慮気味だ。
週刊誌やタブロイド版の夕刊紙は、恐怖心をあおるばかりで、まともな報道が少ない。

「時限爆弾」――いやな言葉だが、そうとでも呼ぶしかない。

いろんな人が言っていることだが、私も、日本中の原発を一度全部止めて、再点検すべきだと思う。
今すぐ全部やめろ、とまでは言わないが、計画的・段階的に廃止するのがいいと思う。
その前提で、日本全体の電力を考えればいい。
もちろん、これまで電気を湯水のように浪費してきた産業界や、我々の日常生活も、大きく変えなければいけないが。

二日前の東京新聞夕刊に、梅原猛さんが次のように書いていたが、私も同感だ。

― 東京新聞 2011/4/11 夕刊 8面(文化欄) ―
 「思うままに 大震災を考える(一)」 梅原 猛 より

「震災は天災であるとしても、震災によって起こった原発の事故は天災とはいえず、人災といわねばならない。……原発事故はまだ容易にその底がみえない。現在の科学では、原発事故を収束させる手だてが見つからない。事故による被害は徐々に広がり、日本全体を地獄に落とす可能性すら秘めている。」

「私はすでに三十年前から原発について反対してきたが、マスコミの人の語るところによれば、原発に反対してきた文化人は大変少ないという。原発の危険性は子どもにも容易に分かることである。スリーマイル島原発やチェルノブイリ原発の事故が起こったときも、私は原発を段階的に廃止せよと主張したが、それはまったく物狂いの人のたわ言と扱われたのである。そして政府も電力会社も、日本の原発はアメリカやソ連の原発よりはるかに安全だといい続けてきた。……」

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【読】読了、吉村昭「三陸海岸大津波」

吉村昭さんの『三陸海岸大津波』を、今日、読み終えた。

今度の震災直後、一時、入手困難になっていたが、今は書店に平積みされている。
初版は1970年7月、中央公論社から出版された。
(原題 『海の壁――三陸沿岸大津波』)
その後、1984年8月に中公文庫。
2004年3月に文春文庫から。

私が手に入れたのは、文春文庫の第8刷で、2011年4月1日発行となっている。
3月11日の震災の後、急遽増刷されたのだろう。

明治29年の津波、昭和8年の津波、チリ地震津波(昭和35年)、の三章からなる。
三陸海岸を襲った、これら三回の大津波が、事実として淡々と語られている。
吉村さんならではの、緻密な調査に基づいた「記録文学」である。

「記録に徹した吉村氏の筆致の向こうから立ちのぼってくるのは、津波で死んだ人たちの声や、生き残ったとしてもなにも語らぬままこの世を去った人たちの声である」
(作家 高山文彦氏による巻末解説)


明治29年の津波
明治29年6月15日(陰暦5月5日、端午の節句)の大津波は、三陸海岸一帯に甚大な被害をもたらしている。

―Wikipediaより―
明治三陸地震(めいじさんりくじしん)は、1896年(明治29年)6月15日午後7時32分30秒に発生した、岩手県上閉伊郡釜石町(現・釜石市)の東方沖200km(北緯39.5度、東経144度)を震源とする地震。M8.2~8.5という巨大地震であった。
地震後の津波が本州観測史上最高の遡上高である海抜38.2mを記録するなど津波被害が甚大だったこと、および、この津波を機に、明治初年にその名称が成立したあとも、行政地名として使われるのみで一般にはほとんど使われていなかった「三陸」という地名が知られるようになり、また「三陸海岸」という名称が生まれたことで知られる。
人的被害
死者:2万1915名(合計・2万1959名→北海道:6名、青森県:343名、岩手県:1万8158名、宮城県:3452名)
行方不明者:44名 負傷者:4398名
物的被害
家屋流失:9878戸
家屋全壊:1844戸
船舶流失:6930隻
その他:家畜、堤防、橋梁、山林、農作物、道路など流失、損壊

昭和8年の大津波
昭和8年3月3日(この日は奇しくも雛祭り)の大津波も、釜石の東方で起きたマグニチュード8.1の地震がもたらしたもの。
明治の大津波の経験から年月を経ていたこともあり、予想外の事態だった。

「この地震による被害は、死者1522名、行方不明者1542名、負傷者1万2053名、家屋全壊7009戸、流出4885戸、浸水4147戸、焼失294戸に及んだ」 (Wikipediaによる)

チリ地震津波
昭和35年5月24日未明。
この時は、気象庁が、前日に発生した南米チリの大地震を観測し、それによって起きた津波が太平洋上にひろがってハワイにまで達したことを知っていた。
にもかかわらず、日本の太平洋沿岸に来襲することまでは予知できなかった。
三陸沿岸の人たちにとって、突然の大津波の来襲だった。

日本近海の地震が起こした津波とはちがい、それは、ゆっくり大きなうねりでやってきた。
体験者のことばによれば、「のっこのっこ」とやってきた。
まさに、寝耳に水の状態だった。

「この津波は、三陸海岸全域を襲った。各市町村では、……地震をともなわない奇妙な津波に驚かされた。津波に対する防潮堤等の施設のために人命の損失は、明治二十九年、昭和八年の大津波を下廻ったが、それでも大きな被害を各地にあたえた。岩手県下だけでも死者61名、……」
(本書 P.159-160)

平成23年3月11日
過去何度も大津波に襲われた経験から、大きな防潮堤をつくるなど対策をうっていたにもかかわらず……。
今回の大津波の猛威は、これまで誰も想像できなかった規模だろう。
著者の吉村さんでさえ、ここまでの事態は考えていなかったのではないだろうか。

福島の原発事故もそうだが、これまで、ほとんどの人が考えてもみなかった事態が、今起きている。
もっともっと「最悪の事態」を想定しておくこともたいせつだと感じた。
それほど自然の猛威は人知を超えるものだと。

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2011年4月12日 (火)

【歩】今朝の桜

朝、携帯電話のカメラで撮った桜。
ようやく暖かくなり、春が少しずつ歩みをすすめている。

東京でも、毎日、余震が続いて落ちつかない。
けれど、やっぱり自然はありがたい。
うれしかったな。

東北でも桜が咲きはじめたという。


撮影 2011/4/12(火) 朝 東京都小平市

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2011年4月11日 (月)

【震】あれからひと月後の不気味な揺れ

夕方、大きな地震があった。
ちょうどまだ仕事をしている最中。
揺れはじめてすぐわかった。
職場の人たちも、揺れには敏感になっている。

ゆらゆらと大きく揺れた。
ひと月前の、いやな記憶がよみがえるような揺れだったが、すぐにおさまった。

東京23区の震度は4だったというが、もっと大きく感じた。
小平あたりは、震度3だったらしいが、家人によると大きく揺れて不安だったという。
この後も、比較的大きな地震が続いたらしいが、私は乗り物に乗っていたせいか気づかなかった。

ちかごろ、家人は、ひとりでいるときに風呂にはいることをためらうようになった。

被災地の方々のご苦労とは比べるべくもないが、東京に住む人間も不安が続いているのだ。
マグニチュード7クラスの地震が、なんで「余震」なんだ。

だんだん、南の方にさがってきているのが不気味だ。
よほど大きなひずみが、プレートにたまっているのだろう。

静岡あたりの「東海地震」が、近いうちに起きそうな気がしてならない。
(不安をあおっているわけではない。冷静に考え、地震のことを知るほど、そう思うのだ)
もう、東京には住みたくないという気分。
原発にこれ以上の大事故があれば、首都圏もおしまいだろうし。

テレビでは、「がんばりましょう」とか「日本はへこたれない」的なCMが続いて、腹がたつ。
しつこいのだ。
いいかげんにしてほしい。
遠くから、言いたいことを言ってるんじゃない。
被災地の人たちだって、こんなことばかり言われ続けたんじゃ、うんざりだろう。

もっと現実的に、なんとかしようと、ひそかに頑張っている人がたくさんいるはずなのに、新聞もテレビもムードに流れてばかりいる。
政治家の頼りなさ(というより、職業人としての無能さ)は言うまでもない。
国会なんてものも、しょせんは「ムラ政治」なのか。


【気象庁|地震情報】
http://www.jma.go.jp/jp/quake/ より

http://www.jma.go.jp/jp/quake/20110411172016391-111716.html
平成23年04月11日17時20分 気象庁発表
11日17時16分頃地震がありました。
震源地は福島県浜通り ( 北緯36.9度、東経140.7度、いわきの西南西30km付近)で震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は7.1と推定されます。
各地の震度は次の通りです。
なお、*印は気象庁以外の震度観測点についての情報です。

福島県  震度6弱 中島村滑津* 古殿町松川* いわき市錦町*
      震度5強 白河市新白河* 白河市東* 須賀川市岩瀬支所*
            鏡石町不時沼* 天栄村下松本* 棚倉町棚倉中居野
            平田村永田* 浅川町浅川* いわき市小名浜
            いわき市三和町 いわき市平梅本*
      震度5弱 郡山市朝日 郡山市開成* 郡山市湖南町*
 (以下、略)

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2011年4月10日 (日)

【歩】今日の桜美人

今日の「桜美人」たち

撮影 2011/4/10(日) 東京都小平市、小金井市

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【歩】小金井公園の桜

小金井公園は広いので、人だかりを避ければゆっくり桜をみることができた。

ひさしぶりに、江戸東京たてもの園にもはいってみた。
小金井公園もたいへんな人出だったが、たてもの園も、今日は団体客でにぎわっていた。

お昼は、いつものうどん屋「蔵」で、糧うどんを食べた。


春限定メニュー 「桜のあわせ盛りうどん」

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たてもの園の桜

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ムラサキハナナ(オオアラセイトウ、ハナダイコン)の群落
  (江戸東京たてもの園)

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小金井公園 北側の桜

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小金井薄紅桜の古木

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「いこいの広場」で

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江戸彼岸 エドヒガン

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カスミザクラか? オオシマか?

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寒緋桜 カンヒザクラ (そろそろ葉桜)

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八重紅枝垂桜

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【歩】小金井公園 花盛り

晴れて気もちのいい日だった。
自転車に乗って小金井公園へ。

たいへんな人だかりだった。
このところの地震騒ぎで、みんな欲求不満がたまっていたんだろうな。

出発点は、玉川上水に架かる喜平橋。

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玉川上水に沿う遊歩道は桜並木だ。
ヤマザクラ、カスミザクラが多いが、ソメイヨシノもある。

長いあいだ思い違いをしていたのか。
オオシマザクラだと思っていたのは、カスミザクラだったのかもしれない。
大島さんじゃなくて、霞さんだったのか。
いまだに、区別がつかない。


玉川上水遊歩道
 (左) 玉川上水南側
 (右) 玉川上水北側
上水をはさんで、北側と南側に五日市街道が走り、それぞれ遊歩道がある

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ヤマザクラ

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オオシマザクラか?

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小金井公園西門を入ったところ

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「桜の園」と名づけられているあたり

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たてもの園前広場付近のにぎわい

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(続く)

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【雑】都知事選挙

昨日は、ときどき雨がぱらつく、はっきりしない天気だったが、今日はなんとか晴れそうだ。
都知事選挙の投票日。

若い頃、選挙なんかバカにして行かなかったが、今は、投票所に足を運ぶことにしている。
前にも書いたが、白票でもいいから、投票用紙を箱に入れることにしたのだ。
(白票を投じたことはないが)

今回の都知事選挙は、微妙だ。
あの、「天罰」発言をした御仁だけは当選してほしくないが、どうなるのだろう。
対抗馬の人気がいまひとつだから。

投票所がすぐ近くだから、投票して、その後は小金井公園へ自転車に乗って花見に行こうと思う。

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2011年4月 9日 (土)

【遊】ソメイヨシノ満開

ソメイヨシノが満開。
オオシマザクラも、ほぼ満開。


撮影 2011/4/9(土) 朝 東京都小平市

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撮影 2011/4/9(土) 午後 東京都多摩市 (乞田川堤)

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2011年4月 8日 (金)

【楽】いつでも誰かが

このタイトルにピンときた人は上々颱風ファン。

テレビ番組では、被災地応援とかいって、昔の歌ばかり流している。
いささかうんざりしている。

こういう歌にこそ、元気づけられるというものだ。

【情報源】
 上々颱風のブログ Shang Shang A Go Go !
  http://mandi.blog.ocn.ne.jp/shangshang/


You Tube
上々颱風「いつでも誰かが」~がんばろう日本!みんなの応援歌 ♪~

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【雑】ホームにて

このタイトルにピンときた人は、中島みゆきファン。

毎日、通勤で乗っている中央線の車窓から、みごとな桜の見える駅が二つある。
三鷹駅(北側)と、中野駅(やはり北側)だ。
どちらも、線路のすぐ脇に、わりと若い桜の樹があるのだ。
ソメイヨシノだろう。
いまや満開。

今朝、思いきって三鷹駅で途中下車し、電車の去ったホームから携帯電話のカメラで撮ってみた。
写りはよくないけれど。

撮影 2011/4/8(土) 朝 JR三鷹駅ホームにて

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明日は朝から雨の予報だが、あさっては天気も悪くなさそうなので、ひさしぶりに小金井公園へ行ってみよう。
遅咲きの桜が、きっとみごとに咲いていることだろう。

今年の桜は、ちょっとさびしい。


中島みゆき 「あ・り・が・と・う」
 「ホームにて」収録

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【震】昨夜の地震

昨夜(4/7 23時半頃)の地震は、東京でもずいぶん揺れた。
すっかり寝入っていた時刻だが、すぐに目がさめた。
震度3(東京)というが、もっと大きいように感じた。
東京では、3/11の揺れに次ぐ大きさだったようにも思う。

震源に近い宮城県北部、中部では、震度6強だったという。
この震度は、私には経験がない。

停電の被害がひどいようだ。
被災地の方々にとっては、まさに踏んだりけったりだ。

余震とはいっても、こんなに大きな地震がまだ起きるのかと思うと、心配になってきた。

東京電力によって実施されてきた「計画停電」が、今後「原則実施しない」ことになった。

 東京電力ホームページ
 http://www.tepco.co.jp/index-j.html

このところ、すっかり油断していたが、計画停電がなくても急な停電がないとはいえない。
原発を含め、もう、何があっても不思議ではない、という気分だ。

ポリタンクに水を溜めておく習慣を、復活しようと思う。
通勤時に、デイパックに入れていたスニーカーは、さすがに荷物になるのでやめた。
デイパックも、普通の鞄に戻った。
だが、マグライトとアーミーナイフは、いつも鞄にいれている。
ペットボトルに詰めた水道水を持ち歩くことも、いつのまにかやめてしまっていたが、復活しよう。
自動販売機も、停電になれば頼りにならないから。

せっかく桜の季節になったというのに、先行きは不安だ。

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2011年4月 6日 (水)

【雑】聖橋、丸善

JR御茶ノ水駅のホームから、聖橋の橋脚のメガネ越しに桜の木が一本見える。
毎年、この時期になるとデジタルカメラで撮っていたが、今日は携帯電話のカメラで撮ってみた。
まだ咲きはじめのようだ。
地下鉄丸ノ内線の電車が写っていた。
撮影したときは、気づかなかった。

撮影 2011/4/6(水) 朝 JR御茶ノ水駅ホームから

20110406


帰宅時、御茶ノ水駅で乗り換えなので、駅をでて聖橋口にある丸善(書店)に寄った。
毎週買い続けている 「週刊江戸」 の最新号を買うためだった。
(なぜか、昨日でたばかりの号が、あちこちの書店で売り切れだったので)

さすがに丸善は大きな書店だ。
「週刊江戸」が残っていて、めでたく入手。

地震や原発関係の書籍が、たくさん並んでいた。
吉村昭の『関東大震災』『三陸海岸大津波』(ともに文春文庫)も、平積みになっていて、ずいぶん売れているようだった。
文庫・新書サイズのものを、つい、二冊ほど買ってしまった。


『図解・なぜ起こる?いつ起こる? 地震のメカニズム』 (早わかりN文庫)
日本の原子力施設全データ 』 (ブルーバックス)

電車のなかで、ぱらぱらと拾い読みしてみた。
どちらも、今度の震災の前に書かれた本だが、とうぜんのことに、こんなひどい事態を予想していない。

地震について言えば、もっと大きな地震が過去に何度もあった。
(マグニチュードではなく、震度、そして地震の直接の被害の大きかったもののことだが)
けれど、津波の被害としては、今回は、過去最大級のものだったようだ。
明治29年(1896年)の「明治三陸地震」は、マグニチュード8.5。
地震による直接的な被害はほとんどなかったが、大津波によって死者・行方不明者 2万1959人という犠牲者をだした。
今回も似ているが、明治のときより被害は大きい。

原発。
日本に、こんなにたくさん原発があったのか、と驚く。
福島第一原発は、なんと1971年に1号機が運転開始している。
もう40年にもなる、いってみれば「ロートル」の原発だったのだ。
もっと驚いたのは、その建設費用だ。

福島第一原発
 1号機 393億円(1971年)
 2号機 557億円(1974年)
 3号機 635億円(1976年)
 4号機 813億円(1978年)
 5号機 902億円(1978年)
 6号機 1759億円(1979年)
  括弧内は運転開始年

最近の原発では、一基あたり2000~4000億円もかかっているそうだ。
そういうものが、日本中にたくさんあるのだ。

多額のコストをかけて建設し、しかも、いまや誰一人として「絶対安全」なんて言えなくなったのが原発だ。
こんなに危険なものなら、すべての原発を停止してほしい、という気持ちになる。

その代わり、原発を止めたら日本全国の供給電力がどれぐらいになるのか、はっきりさせればいい。
素人考えでも、電力が圧倒的に足りなくなることはわかっている。
それならそれで、日本の産業・生活をどう変えて行けばいいのか――そんなふうに考えていかないと、どうしようもないような気がする。
そこまで覚悟を決めないといけない時期に来てしまったのではないだろうか。
私はそう思う。

今もまた、わりと大きな揺れがあった。
いやだなあ。

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2011年4月 4日 (月)

【歩】さくら、さくら

計画停電も、予定ばかりで実施されなくなった。
それはいいことだけれど、この先どうなるのか。
さっぱりみえない。

桜が、待ちかねていたように、次々と咲きはじめている。
東北の人たちにも、このやさしい色が届くといいな。
もうすぐだね、さくら。


撮影 2011/4/4(月) 東京都小平市

 一段目 喜平町桜通り 染井吉野のトンネル
 三段目 霞桜か?

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2011年4月 3日 (日)

【読】大型古書店で

「ブックセンターいとう」という大型古書店チェーンがある。
「BOOK OFF」よりも、このチェーン店のほうが珍しい本が多い。
あちこちの店舗をよく利用させてもらっている。

http://www.book-center.co.jp/


今日の夕方、国分寺店をのぞいてみた。
ずっと探し続けていた、講談社現代新書『南方熊楠を知る事典』があった。
奇跡的だ。驚いた。
Amazonではとんでもない値段がつけられている絶版本だ。
それが650円。
本の状態はよくないが、迷わず買ってしまった。

すでに一冊持っているのに……。

Kumagusu_jiten2『南方熊楠を知る事典』
 講談社現代新書 1142
 1993年4月20日発行
 653ページ 定価1500円(本体1456円)

消費税が3%の時代に出版された本だ。
発売当時、書店で見かけたおぼえがあるが、当時、私は南方熊楠をよく知らず、関心がなかった。

その後、あることがきっかけで、南方熊楠を読みはじめた頃、図書館でこの本を目にし、手元においておきたくなった。
すでに絶版となっていたので、価格がいくらだったか忘れたが、ネットで手に入れた。
かなり汚れのめだつ古書だったが。

 そのあたりは、私のWebサイトにも書いたことがある。
 http://yamaoji-hp.web.infoseek.co.jp/books.html

今日も、一瞬、「持ってるんだけどなあ……」と躊躇したものの、みつけた嬉しさが先にたち、手にとってレジに向かった。
勘定をすませた後、レジの店員さんに、「この本はめったにない本なんですよ、Amazonでも高い値段がついてる」なんて得意げに言ってしまった。
店員さんは、「そうなんですかあ。絶版なんですか?」と言っていたが、「失敗した(もっと高い値段をつけておけばよかった)」なんて顔は、もちろんしていなかった。
むこうは、あくまでもマニュアル通りにやる商売だから。

本の価値は、やっぱり読む人(コレクターもいるけど)が決めるものなんだなあ。


【参考サイト】
e-honサイト
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000018818146&Action_id=121&Sza_id=F3

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【歩】枝垂桜

車に乗って買物をしてきた。
生協(コープとうきょう)のちかくに、枝垂桜の林がある。
色の強い桜は、あまり好きではないが、やっぱりうれしい。

先週の日曜日は、まったく咲いていなかったのに、春があっというまに来た。

それにしても、今日は曇天で肌寒く、冬に戻ったような天気だ。

撮影 2011/4/3(日) 東京都小平市

201104030002


コープとうきょうの店内は薄暗く、ものさびしい感じだが、これはこれで慣れてしまえばいいのだろう。
あらためて陳列棚を見ると、日常生活にさして必要のない商品のなんと多いことか。

大型古書店(BOOK OFF)で、単行本13冊を売り払ってきた。
もう読むこともない本ばかり。
〆て310円とは、さすがに悲しくなる。
本も、商品として扱われるとこういうことになるのだろう。
まず売れそうにない本ばかり持っていったから、しかたないのか。
本に対する価値観が、がらがらと音をたてて崩れていくような感覚を味わった。
なんて、嘘だけど。

帰りにガソリンスタンドに寄り、灯油を10リッターだけ買う。
前回、地震の直後に買ったときよりも、リッター4円ほど値上がりしていた(93円/リッター)。
ガソリンは、リッター151円になっていた。
スタンドもがらがらで、地震直後のあの騒動はなんだったんだろう、と思う。

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2011年4月 2日 (土)

【歩】携帯カメラで撮った春

夕方、小平駅近くの歯医者へ、自転車で。
その帰り道に、携帯電話のカメラで撮った桜とコブシ。
エドヒガン系だと思う。
ソメイヨシノよりも前から咲きはじめていたが、いまや満開。

デジタルカメラを持っていけばよかった。

撮影 2011/4/2(土) 小平市

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【歩】さくらさいたよ

くもり空だけれど、桜が咲いた。
二、三日前からほころびはじめていた。
ここ数日、暖かい日が続いたから、待ちかねていたように咲いた。
今年はすこし遅いのかなあ。

撮影 2011/4/2(土) 東京都小平市

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ヤマザクラも、もうすぐだね。

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ユキヤナギ、ハナニラ、コブシ。
みんな満開だ。

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【読】88年前のあの震災

今から88年前の関東大震災を中心に、1923年から31年までの世相を扱った、このドキュメンタリーがいい。
吉村昭さんが『関東大震災』の巻末で参考文献としてあげている一冊だ。

文庫本としてはボリュームがあり(この巻は505ページ)、読みごたえがある。
全10巻。すぐれたシリーズだ。

『日本の百年 6 震災にゆらぐ』
 今井清一 編著 ちくま学芸文庫 2008年
 505ページ 1500円(税別)

― カバーより ―
開国以来、日本の歩んできた100年、そこに生きた人々、当時の雰囲気、世相風俗を浮き彫りにした、臨場感あふれる迫真のドキュメント。公式記録や史料、体験談、新聞、雑誌、回想録、流行歌にいたるまで多方面から取材し、時代の種々相を写し出した記録現代史全10巻。復刊を待望された名著の文庫化。
第6巻は、関東大震災から満州事変にいたるまでの時代。1923年9月1日、関東を襲った大地震は一挙に帝都を焼失させ、明治以来つちかってきた資本主義と社会基盤のもろさをも暴露した。……

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