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2011年5月 4日 (水)

【読】【震】原発を知ること

福島第一原発の事故発生後、原発のことをもっと知ろうと思った。
いつのまにか、日本中、原発だらけになっているのに、私は何も知らなかったから。
事故はまだ進行中。
やみくもに不安になったり、忘れようとしても、しょうがないからね。
「がんばろう」とか、「希望を忘れずに」とか、「だいじょうぶ」なんて言葉も、むなしく響くだけだし。

今は、こんな本を読んでいる。

鎌田 慧 (かまた・さとし)
 『日本の原発危険地帯』 青志社 1000円(税別)
   2011年4月17日 第一刷
   2011年5月5日 第二刷

 2006年 新風舎 『日本の原発地帯』 として刊行されたものを改題、加筆

 『日本の原発地帯』は、1982年 潮出版社から刊行
 1988年7月 河出文庫
 1996年11月 岩波書店より 『新版 日本の原発地帯』 と改題、刊行
 2006年 新風舎文庫

日本全国の原発地帯を訪ね歩いたルポルタージュ。
「過疎」と呼ばれた土地に、どのようにして原発が建てられていったのかが、よくわかる。
「カネ」と、地元への「利益誘導」。
つまり、「カネ」や「仕事」(原発施設への就職)をばらまいて強引に建設を進めてきたのが、原発だったと言える。

建設に直接かかった費用の他に、土地の買収費用、補償費用など膨大なコストがかかっている。
運転開始後も、「交付金」と呼ばれるカネ(補助金)を、現地(地方公共団体)に払い続ける。
しかし、これも、原発が老朽化して廃炉になれば、なくなる。
原発にかけられる固定資産税も同様。
原発は減価償却対象だから、税収も年々減っていく。

私の書き方は大雑把だが、そういうカラクリらしい。
たとえば、関西電力美浜原発がある福井県三方郡美浜町の例。
(本書 「Ⅰ原発先進地の当惑―福井」 P.33-34)

この本が執筆された1982年当時のはなしだが、今も、基本的な枠組みはそれほど変わっていないと思う。

<この町では、地方税のうち、関電からの大規模償却資産税、家屋資産税、法人、個人町民税などで12億7800万円、77.9パーセントを占めている(79年度実績)。これは77年の14億9200万円、83.8パーセントとくらべて漸減の傾向にある。しかし、それでも地方税収入の80パーセント前後が原発によって占められていることは、そのまま、この地域での原発の力を物語っていることになる。/といって、税収入がふえれば、その分だけ地方交付税が減る関係にある。それも償却資産は15年定率で減っていくから、いつまでも安泰ということにはならない。>

<……政府は、行きづまってきた原発立地のために、いまさまざまな交付金を創設し、札ビラを切って突進しようとしている。しかし、その弊害はすでにさまざまな面で現れている。/たとえば、電源三法による交付金は地方財政のなかで「投資的経営」にだけ使われ、人件費などの一般財源には使えないように枠をはめられている。原発地帯において、道路とか、学校とか、体育館などが、「身分」不相応にデラックスなのはこのためである。つまり、局部にだけの過剰投資となるのである。>

原発は、建設時に地元に多大な利益(カネ)をもたらす。
反対派だった人も、いちどカネを受けとってしまうと、もう反対できなくなる。

そんな、やむにやまれぬ事情も知ることができた。


AERA 臨時増刊 『原発と日本人 100人の証言』 にも、現地の人々の生の声が寄せられている。
私のように、遠くから「原発反対」と唱えるだけでは、この現状をなんとかすることはできないのだろう。

「100人の証言」のなかのひとつ。

<俺はずっと原発は危険だと思ってた。チェルノブイリでもスリーマイルでも起きたことが、どうして日本で起きないと言えるのか。俺は奥歯にものが挟まったような言い方が大嫌いだから、町民の集まりの場でも、率直に自分の考えを言ってきたよ。/原発が安全だというのなら、どうして東京につくらないのか。原発があればいつか事故が起きて、東京なら1万人死ぬところを、田舎なら10人で済むからだと言ったこともある。……/息子に畳屋を継がせたくて、高校生のときから技術を仕込んだ。高校を卒業してからも一緒に店で仕事をやってくれてうれしかったよ。/でも4年ほどたって、畳屋にはならずに原発の下請け会社に就職すると言い出した。猛反対したよ。原発は危ないと思っていたからね。でも、息子は全然言うことを聞かない。安定した仕事がよかったんだろうね。結局こっちが諦めたよ。/地震で息子は津波に車ごとのみ込まれた。でもたまたま堀に車がはまって流されずにすんだ。……まさに九死に一生を得たんだ。/その息子は近く新潟の柏崎刈羽原発に仕事に行く。下請け会社に勤めていたおかげで、仕事もあり、生活の基盤は何とか保たれたようだ。もし、俺の希望通りに畳屋を継いでいたら大変だっただろうね。町に誰も住めなくなったんだから、商売なんてできるわけないからね。/息子が期待を裏切り、俺が危険だとずっと言ってきた原発で働くことを選んだから、なんとか生活できる。皮肉なことだし、すごく複雑な気持ちがするね。>
― AERA臨時増刊№22 『原発と日本人 100人の証言』 2011.5.15号 P.12より
 「原発で生活できる息子」 佐藤真さん(64) 福島県大熊町→会津若松市避難所)

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