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2011年8月の30件の記事

2011年8月31日 (水)

【遊】ひさしぶりに奥多摩へ

雨模様だったが、車で奥多摩へ。
お目当ての蕎麦屋(とちより亭)が定休日だったので、前から気になっていた店に入ってみた。

森のカフェ アースガーデン
 東京都西多摩郡奥多摩町白丸361-1
 http://www.okutama-earthgarden.com/

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青梅街道(国道411号)の白丸駅(JR青梅線)近く。
国道沿いの駐車場に車を駐め、多摩川にかかる橋(数馬峡橋)を歩いて右岸に渡る。
看板がなければ気づかないような、ひっそりとした場所にある。
(右下写真:数馬峡橋から)

たしか、以前は「鴨足草(ゆきのした)」という店があった場所だと思う。
 http://www.okutamas.co.jp/yukisita/index_yu.html

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洒落たメニュー内容で、食事もおいしそうだったが、昼までには時間があったのでデザートを注文。
豆腐クリームプリンと酒粕ヨーグルトという、珍しいものだった。
カメラのストロボが反射して、写真はうまく撮れなかったが、おいしかった。

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店内は落ちついた雰囲気。
眼下に多摩川の渓谷が見渡せる。
いろんな地産品も売っている。
あわびたけ(一袋300円)を購入。
帰宅後、炒めて食べてみたがおいしかった。

こんどは、ゆっくり食事をしに行ってみたい。

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店を出て、青梅街道をさらに奥へ。
ひさしぶりに小菅の湯(日帰り温泉)に行った。

山梨県小菅村 大地からの素晴らしい贈り物 多摩源流温泉  小菅の湯
 http://www.kosugenoyu.jp/

ここは高原のせいか、もう、コスモスが咲いていた。
ゆっくり昼食をとり、温泉につかってきた。

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2011年8月30日 (火)

【雑】夏もおわる

どうしてなんだか。
網戸に貼りついて、ひとしきり鳴くセミ。
しばらくじっとしていたが、どこかに消えた。
これで二匹目。

夜になれば、秋の虫が鳴く。
夏の盛りも過ぎたのか。

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2011年8月28日 (日)

【歩】団地夏まつり(二日目)

こども山車、よさこい踊り(小平九小、小平鈴木小)。
私は韓国料理の夜店に並ぶ。

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2011年8月27日 (土)

【歩】団地夏まつり

今日と明日は、こどもたちの天下だな。
おとなの私は、焼きそば、焼き鳥、枝豆を買う。

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2011年8月25日 (木)

【楽】昭和初期の面白外人歌手

ふとしたことで知り、ふとした偶然で手に入れたCD。

知人が、面白い音源(ダビング編集物)を聴かせてくれたことがあった。
ずいぶん前のことだ。
知人は、一年中ツアーで全国をまわっているミュージシャンなのだが、あるライブハウスの店主からもらったCDだという。
ダビングされたCDにはまったく説明がなく、演奏者も不明。
その時は、何の予備知識もなく聴いたのだが、片言の日本語で歌う変な外人の音楽だった。

その後、ネット検索を駆使して元のCDをつきとめた。
「バートン・クレーン作品集」というもの。

つい先ごろ、立川の中古CD店で、まったく偶然にそのCDを発見。
不思議な因縁で、私の手元に。

バートン・クレーン作品集 ~今甦るコミック・ソングの元祖~
 Neach Records NEACH-0123 \2,000

 企画立案:石川茂樹
 音源提供:コロムビアミュージックエンタテイメント(株)
  瀬川昌久、古河悟史、佐藤栄司、前沢健哉、石川茂樹
 ピクチャー・レコード提供:中村とうよう
 復刻:郡修彦 …
 発売・販売:バートン・クレーン発行委員会
 ご注文/お問い合わせ:(株)ブリッジ
 TEL:03-3710-8049 FAX:03-3710-3125

おっ、ここにも中村とうようさんの名前が……。

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今日、通して聴いてみた。
面白いだけでなく、音楽的にスゴイものだと思った。

【収録曲】 全25曲
酒がのみたい/家へかえりたい/ニッポン娘さん/おいおいのぶ子さん/人生はかない/かわいそう/月を眺めよ/コンスタンチノーブル/威張って歩け/夜中の銀ブラ/仕方がない/モダーン百万パーセント/天の岩戸/雪ちゃんは魔物だ/酒場の唄/ジョッキビール/よういわんわ/恋人に失恋した/誰方がやるじゃろう/女の天下/金の世の中/のんきなパパさん/のんきなママさん/アイ・ラヴ・ユー/バナナは如何

バートン・クレーン Barton Crane という人については、Wikipediaに詳しく紹介されている。
こんな人がいたということに驚く。
昭和初期、面白い時代だったんだなあ。


― 以下、Wikipedia 「バートン・クレーン」 より一部抜粋 -

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%B3

 バートン・クレーン(Burton Crane, 1901年1月23日 - 1963年2月3日)は、昭和初期に活躍したアメリカ出身の歌手、ジャーナリストである。

 ニューヨーク州バッファローで牧師の家に生まれる。1922年プリンストン大学を卒業後、経済関係のジャーナリストを志し、新聞界に入る。ニュージャージー州エリザベスのエリザベス・タイムズ紙、アソシエイテッド・プレスのフィラデルフィア支局を経て、1925年(大正15年)秋、ジャパン・アドバタイザー紙の記者兼ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナルの東京特派員として来日した。

 クレーンは宴席の余興で故国の歌をカタコトの日本語で唄っていたことがコロムビアレコードのL・A・ホワイト社長にスカウトされる。コロムビア社は、1927年(昭和2年)、蓄音器輸入販売会社の日本蓄音器商会を買収したアメリカの外資系会社で、ライバルのビクターともども、当時の最新式技術である電気吹き込みによる良い音質を売り物にした国産レコードの販売を進め、1928年(昭和3年)、二村定一・天野喜久代による『あほ空』(My Blue Heaven)の発売で、アメリカのジャズ音楽を日本に普及させていた。そんな状況の中、販売体制の強化を目指して来日したホワイトはクレーンの才能を見出したのである。……

 日本滞在中のクレーンは、六本木に家族と住み、暇さえあれば浅草に出てカフェーで酒を飲み、榎本健一などの芸人たちと交流をもった。記者としてはまじめで厳格な仕事ぶりであったが「非常に洒脱な一面があり」「なかなか立派な日本語であった。」(榎本健一談)ということである。……

 2006年秋、レコードコレクターの尽力でCD『バートン・クレーン作品集』(Neach Records, 品番:NEACH-0123)が出版され再評価の動きが出ている。


【参考サイト】 Google検索による
内田樹の研究室: 出ました。バートン・クレーン作品集
 http://blog.tatsuru.com/archives/001528.php
ISHIKAWA'S HOME PAGE (趣味趣味音楽中年探偵団)
 http://www.jah.ne.jp/~ishikawa/index.html

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2011年8月24日 (水)

【楽】MOTELライブ(西荻窪CLOP CLOP)

昨夜は、西荻窪南口の「CLOP CLOP」というライブハウスへ。

http://www.clopclop.jp/

 ずっと疑問に思っていたのだが、「CLOP」は馬の蹄のパカパカという
 擬音語だと知った。カタカナで書くなら、「クラップ」という発音が近いようだ。

JR中央線の西荻窪駅南口を降り立つと、目の前が飲み屋街だった。
吉祥寺の南口を縮小した感じで、路上に縁台が並び、さまざまな飲食店・飲み屋が、平日の夜だというのに賑わっていた。
なにやら、ホッとする一角だ。
「CLOP CLOP」は、そんな飲み屋街のはずれ、雑居ビルの地下だった。
開店してから20年になるという老舗のライブハウス。

店の中は、私に、その昔よく通ったジャズ喫茶を思いださせた。
細長い店で、椅子に座るときもちが落ち着く。

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MOTEL(須藤もん&対馬照)と、山形からいらした「少太」さんのライブ。
前半、MOTEL。
休憩をはさんで、少太さんのステージ。

少太さんのライブは、私にとって初めてだったが、ブルージーで素敵なギター弾き語りだった。
最新アルバム「眠りのワルツ」を購入。サインをいただいた。

9/9~9/11、MOTELの二人は、少太さんといっしょに、仙台、郡山、山形とライブ・ツアーを予定している。
山形の「Tarji」は少太さんのお店だ。

9/9 (金) 仙台 「VORZ BAR」
 仙台市青葉区国分町1-6-1 ルナパーク一番町ビル3F
 TEL 022-224-0312
 出演  少太  MOTEL(須藤もん&対馬照)
 21:00 開演  投げ銭+ドリンク

  VORZ BAR
   http://www.vorzmusic.com/vorzbartop.html

9/10 (土) 郡山 「OLD SHEP」
 福島県郡山市堂前10-15 カタノビル2F
 TEL 024-938-2203
 出演  少太  MOTEL(須藤もん&対馬照)
 19:30 開演  料金 2,000円 (1ドリンク付)

9/11 (日) 山形 「Tarji」
 山形県山形市七日町2-7-28 YT二丁目ビル 1F
 TEL 023-623-3944
 出演  少太  MOTEL(須藤もん&対馬照)
 20:00 開演  料金 1,500円+ドリンク

  Bar Tarji
   http://www17.ocn.ne.jp/~tarji/

少太さんのブログ
 http://www17.ocn.ne.jp/~tarji/shota.html


【写真】
 2011/8/23(火) 西荻窪 CLOP CLOP で
 MOTEL (須藤もん&対馬照)

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2011年8月21日 (日)

【遊】勝沼「大雅園」へ

今シーズンはじめての訪問。
きのう、勝沼のぶどう園「大雅園」と、塩山のすもも・太陽の「高野農園」へ。

昨年暮れにこわれてしまった四駆にはETCを付けていなかったが、今度の車はETC登載車なので、高速道路を使って行ってみた。
休日の高速料金は、ETC割引で半額。
八王子~勝沼なら1800円のところ900円なので、考えようによっては上限1000円の頃よりもお得。
私は、国立府中ICからはいったので、プラス400円。
青梅街道を柳沢峠越えで走るよりも、ずいぶん楽だった。
(それでも、帰りは上り渋滞にはまったけれど)

勝沼 ぶどう 「大雅園」
 http://www.eps4.comlink.ne.jp/~taiga/
ブログ
 http://blog.goo.ne.jp/taiga-yamanashi

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そろそろ葡萄の種類が増えてくる時期。
今年は、ニューナイがよくできているそうだ。
(去年、この品種は、病気にやられてだめだったとか)

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ぶどう狩りはしなかったけれど、大雅園の皆さんとたくさんお話してきた。
お嬢さんのマユコさんも元気いっぱい。
嬉しい報告も聞かせてもらった。

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昼食がまだだったので、マユコさんに教わったいくつかのお店のひとつ、ほうとう屋さんへ。

勝沼 ほうとう 「一味家(かずみや)」
 http://www.kazumiya.net/

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さすがに、地元の人が薦めてくださった店だけあって、おいしかった。
ボリュームがあると聞いていたので、二人で一人前を注文。
ほんとうに具が多く、満腹。

昼食の前に、塩山まで足をのばして、すもも「太陽」の高野さんへ。
「太陽」はちょうど出始めといったところで、8月末ぐらいまでがピークだとか。

塩山 すもも 「太陽」 「高野農園」
 甲州市塩山千野3680 (塩山高校近く)

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写真の3Lサイズを二箱購入。
直径6センチぐらいあるが、もっと大きな4Lサイズというのもあった。
近頃、すもも「貴陽」(太陽の改良種)が人気だが、「太陽」の4Lサイズは「貴陽」に負けない大きさだった。

今回、塩山の「BUN BUN Bear」さんは臨時休業だったのが残念(事前に確認済み)。
次回は、「ぶどう・すもも・きまぐれランチ」の三点セットコースになるといいなあ。


今回のコース
自宅→中央道国立府中IC→勝沼IC→大雅園(ぶどう)→四季祭トマト館(トマト)→高野農園(すもも太陽)→一味家(昼食・ほうとう)→大雅園(ぶどう)→勝沼IC→国立府中IC→自宅

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2011年8月17日 (水)

【震】高橋知事よ、あなたもか

北海道電力泊原発3号機が、定期検査で調整運転中の状態から、なし崩し的に営業運転再開になりそうだ。
高橋はるみ北海道知事が再開を認めた、と報道されている。
私にしてみれば、知事が勝手に、と言いたいところだ。


東京新聞 2011/8/17(水) 朝刊 22-23面
 「こちら特報部」

<北海道電力泊原発3号機は営業運転再開の流れだが、最終判断をした高橋はるみ北海道知事の、北海道電力との蜜月ぶりには驚かされる。同社幹部からの政治献金は毎年の恒例。北電元会長が資金管理団体の会長も務める。「全機停止」の事態を避けたかった経済産業省にとって、これほどの〝人材〟はなかったはずだ。 (小国智宏、篠ケ瀬祐司)>

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高橋はるみ北海道知事の経歴(上掲記事より)。

<富山県出身。祖父の高辻武邦氏は富山県知事を二期務めた。父親は経産省と関係が深い地元のガス会社の元社長。弟は現社長だ。
 一橋大学を卒業後、旧通産省に入省。中小企業庁課長などを経て、2001年、経産省北海道経済産業局長に就いた。これが、北海道との縁になった。
 旧通産省で先輩に当たる北海道選出の町村信孝衆院議員に誘われ、03年の知事選に自民党推薦で出馬し初当選。町村氏の父親で衆院議員や北海道知事を務めた町村金吾氏は、高橋知事の祖父の高辻氏と旧内務省で同期という間柄だった。……>

泊原発のある場所は、地震が心配だ。
津波ばかりが言われるが、大きな地震が起きたとき、激しい揺れに耐えられるのか?
日本列島が「大地動乱の時代」にはいったという、地震学者たちの警告をどう考えているのだろうか。

― 東京新聞 5月5日 「こちら特報部」 記事より ―
<東洋大の渡辺満久教授(変動地形学)が09年、「泊原発の10~15キロ沖合にこれまで確認されていなかった活断層がある」と指摘した。……これに対して、北電は、ボーリング調査などの結果、段丘に隆起傾向などがみられないとして、「付近に活断層はなく、耐震安全性に問題はない」とする調査結果を、経済産業省原子力安全・保安院に提出した。>

3号機は、プルサーマル発電の導入も検討されている、モンダイの原子炉だ。
プルサーマルは、使用済み核燃料から取り出したプルトニウムとウランでつくるMOX燃料を使用する。
制御が困難で危険性が高いものだ。

北海道は私の生まれ故郷。
とても心配だ。


【関連Web記事】
東京新聞 TOKYO WEB 【特報】
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/
道知事が再開容認を正式表明 泊3号機、営業運転へ-北海道新聞[政治]
 http://www.hokkaido-np.co.jp/news/politics/312306.html
北海道新聞 号外 (道新ニュース速報) 8月17日
  「泊3号機 営業運転再開」
 http://www5.hokkaido-np.co.jp/pdf/20110817_1.pdf
泊原発の安全性 再考求める 東洋大・渡辺教授が札幌で講演-北海道新聞[動画News ニュース]
 http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/video/?c=news&v=1099820833001

  

地震列島=日本列島に林立する原子力発電所が、どれほどアブナイものか。
最近読んだ 『原発を終わらせる』 (岩波新書/高橋克彦 編) にも、ていねいに述べられている。

 II 原発の何が問題か――科学・技術的側面から
  4 地震列島の原発 石橋克彦  より
<「原発と地震」の問題を考えるさいには、つぎの四点をあらためて肝に銘じる必要がある。
 (1) 原発の安全性は、莫大な放射性物質を内蔵することから、ほかの施設よりも格段に高くなければならない。
 (2) ところが原発は完成された技術ではない。
 (3) いっぽう、地震というものは、最大級の様相を呈すると本当におそろしい。
 (4) しかし人間の地震現象に関する理解はまだきわめて不十分で、予測のできないことがたくさんある。
 これら四点を虚心に受けとめれば、地震列島の海岸に54基もの大型原子炉を並べることがどんなに危ういことか、人としての理性と感性があればわかるはずだ。……> (P.125-)

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2011年8月16日 (火)

【歩】アメリカフヨウとランタナ

今日も暑い一日だった。
炎天下の日中、麦わら帽子をかぶり、近所まで買物に。
外気温は35℃ぐらいの感じだった。
暑くても、デジタルカメラをしっかり持って、花の写真を撮ってきた。

撮影 2011/8/16(火) 東京都小平市

アメリカフヨウ
 葉の形が、フヨウとは大きくちがう
 花が驚くほど大輪だった

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フヨウ

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ランタナ Lantana camara クマツヅラ科ランタナ属
 (熱帯アメリカ原産の常緑低木、花期7~10月)
 団地の植え込みにあった
 ここの住人で花好きの方が育てているもの
 別名 シチヘンゲ(七変化)
 花の色が淡黄色→オレンジ色→紅色と変化する

精巧につくられた飾りもののようで、美しい。

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花の名前は知らないが、熱心に蜜を吸っていて、カメラを近づけても逃げなかった。
少し風があったので、上の写真と同様、ピントが甘くなってしまった。

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2011年8月15日 (月)

【観】フヨウが咲いた

数日前から気づいていたが、住まいの前に植えられているフヨウの花が咲いた。
盛夏の花だ。

撮影 2011/8/15(月) 小平市(小平団地)

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下の写真の樹は、「ルリヤナギ」か?
きれいな花だった。
花の形からナス科のような気がするので、図鑑にあたってみると「ルリヤナギ」の写真に似ている。
(どなたか、教えてください)

⇒樹木検索サイト 「このきなんのき」 という投稿サイト
http://www.ne.jp/asahi/blue/woods/
に投稿、質問してみたところ、「ツルハナナス(蔓花茄子)」というナス科の常緑樹と判明。
http://bbs8.as.wakwak.ne.jp/bbs.cgi?id=10170&code=26341&action=edit&pid=&pline=0

ツルハナナス (蔓花茄子) 別名 ソケイモドキ
 ナス科 花期:6~9月
 つるの長さ:5~6m
南アメリカ原産の常緑樹。香りのよい星形の小花を夏の間、次々と咲かせる。関東南部以西の暖地むき。
(主婦と生活社 『「花と木の名前」1200がよくわかる図鑑』 より)

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このセミは力尽きたか。
かすかに動いていたが、近づいても逃げようとしなかった。

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【震】映画「GATE」上映会へ

昨夜、西国分寺駅前にある「国分寺市立いずみホール」で開催された、映画「GATE」の上映会へ行ってきた。
主催は、山本コヲジ(山本浩司)さんのオフィス・カレイド。

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 オフィス・カレイド【Office Kaleido】公式サイト
  http://www.office-kaleido.com/

 GATE 公式サイト
  http://www.gate-movie.jp/
  ※各地の上映予定情報はここで


広島の原爆で起きた火(原爆の火)を、世界で最初の原爆実験の地、トリニティ・サイトに返す、僧侶(長崎の禅宗の僧侶)たちの行脚のドキュメンタリー。

 海雲山 晧臺寺(こうたいじ)【曹洞宗 長崎市】公式ページ
  http://kotaiji.net/
  ※この禅寺の僧侶たちが中心になった

映画の背景として、若干の知識が必要かもしれない。
(私もこれまで知らなかったことだが)

「原爆の火」
福岡県八女郡星野村(現在は八女市星野)にある「平和の塔」で燃やし続けられている火。
原爆が投下された広島で燃えていた火を、星野村の山本達夫さんという人が持ち帰った。

 平和の塔【八女市公式ホームページ】
  http://www.city.yame.fukuoka.jp/kankou/hosino/heiwanotou.html

― Wikipedia 星野村 より ―
<平和の塔:日本各地で点火されている原爆の火の元火は星野村にある。
星野村出身の人物が原子爆弾投下後の広島へ入市し、親戚の本屋でくすぶっていた火を懐炉に入れて持ち帰ったことが起源とされる。>

絵本 『原爆の火』 (岩崎京子 文/毛利まさみち 絵、新日本出版社) が図書館にあった。
以下、その一部。

<山本さんが入隊したのは、「暁2940隊 大乗駐屯地」でした。そこから毎日汽車に乗って、広島の司令部に行って、伝達をもらってくるのが任務でした。/広島には本屋をしているおじさんがいます。早く父親を亡くした山本さんにとって、親がわりのやさしいおじさんで、ちょっと寄って顔を見るのが楽しみでした。
  (中略)
 「あしたみかん酒が入るけんね。のみに来んね」
 「ええ」
 それは平和な広島の最後の日でした。……>

<約束の日です。/あと四、五分で広島というあたりで、突然ぴかっとまぶしい光りがさし、目がくらみました。同時に大きな音がし、はげしい爆風で列車が横だおしになり、満員の乗客は床にたたきつけられました。……>

<そして八月十五日。/戦争は終わりました。/山本さんは故郷の福岡県星野村に帰る前に、おじさんを探すことにしました。お店のあったあたりはまだ片づけてなくて、くずれた壁土、れんが、かわら、柱とか板、窓のわくなどが散乱していました。第一、本屋がどこだったのか、見当もつきません。……>

<やっと入り口を探し、地下におりていくと本はそのまま灰になっていました。空気が動いたためか、ちいさなおき火がぱっと炎をあげました。
 「これがおじさんを焼いた火だ」
  (中略)
 「こん火ば持って村へ帰ろう。おじさんのうらみと怒りの形見ばい」
 火を運ぶには、ちょうどよいものがあるのを思い出しました。
 出征する時、ばあちゃんがわたしてくれた懐炉です。使わないまま、ずっと持っていました。……>


「トリニティ・サイト」
1945年7月16日に行なわれた人類最初の核実験「トリニティ実験」が行なわれた場所。

― Wikipedia トリニティ実験 より ―
<この実験はアメリカ・ニューメキシコ州ソコロの南東48km(北緯33.675度、西経106.475度)の地点で行なわれた。実験場は現在ではアラモゴードに本部を持つアメリカ陸軍ホワイトサンズ・ミサイル実験場の一部となっている。トリニティ実験は爆縮型プルトニウム原子爆弾の爆発実験で、同型の爆弾が後に日本の長崎県長崎市に投下された。この実験による核爆発は約20ktのTNTの爆発と同規模のもので、この核実験を以ってしばしば「核の時代」の幕開けとされる。>

この実験に付けられたトリニティ (Trinity:キリスト教における三位一体説) という名称の正確な由来は不明だという。(Wikipedia)
ここは一般人の立入禁止地帯になっている。
この映画では、「原爆の火」を持った僧侶たちが目指す地点。
これまで、反核団体や反戦団体などさまざまな人々が入場を求めてきたが、ゲートが開かれたことはなかった……。


映画 「GATE」 上映会
上映に先だって、主催者の山本さんのお話があった。
昨年8月にもこのホールで上映したことがあり、その時に映画を観て感動した人のリクエストで、今年の上映を決めたということだ。
上映をリクエストされた女性も紹介され、お話されたが、いいお話だった。

上映後、監督のマット・テイラー(Mat Taylor)さんがステージに招かれ、しばらくお話された。
英語ではなく流暢な日本語で、映画の制作背景や、トリニティのゲートがどのようにして開かれたか、など、興味ぶかい話が続いた。

核兵器解体基金 (GNDFund)
私はこの映画を観て、いろいろと感じ、考えるところがあったが、何よりもすばらしいと思ったことがある。
それは、この映画の上映活動が、核兵器解体運動に(具体的に)つながっていることだった。

興味のある方は、下記のサイトをじっくりご覧いただきたい。

 核兵器解体基金 Global Nuclear Disarmament Fund
  http://gndfund.org/jp/
 ※略称 GNDFund

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Gndfund_pamph2

この活動の成果として、ロシアから原子力潜水艦の解体金属が長崎に到着し、溶解されたことも報告され、溶解金属を卵形に成形したものが、この日、ロビーで公開された。
重さ20kgほどの、きれいに磨きこまれた銀色のかたまり。
実際に手に触れ、持たせてくれていた。
(行列ができていたので、私は触れず、写真に撮らせてもらった)

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廃棄された核兵器(核ミサイルや原子力潜水艦)の金属を溶解し、アクセサリーにして販売する。
その売り上げで、また別の廃棄物の処理をする、という市民運動のアイディアはすばらしいと思う。

心配なのは、核物質(プルトニウム)の処理だが、マット・テイラー氏は、まず、ウラン採掘をやめさせるために、核兵器に使われていたプルトニウムを原子力発電に使うという方向で考えていたそうだ。
ただし、これまでは、核兵器廃絶運動と原発の問題を切り分けて活動してきたのだが、3月11日の日本の原発事故後、考えを変え始めたということだった。

このGNDFundの活動に、私は賛同する。
できる範囲で、何かやっていきたいとも思う。


会場で販売されていた絵本 「ランタンとつる」 \2,000 を購入。
(売り上げはGNDFundの活動に使われる)

Gate_book

<その火はアメリカの“トリニティ”と/いうところで生まれたそうです。/このトリニティで生まれた火は22日後、/広島に移り燃えました。そしてその3日後…火は長崎というもうひとつの町に移り燃え続けました。この火によって、ふたつの町は/大きな悲しみに包まれました。/そしてそれは世界中に恐怖さえあたえました。>

<お坊さんたちは、火がこれ以上、/ほかの町へ行かないよう、/長崎でその火を捕まえなければ/いけないと気がつきました。/そうして日本のお坊さんたちは60年もの間、/この火を真っ赤なランタンの中に/閉じこめておきました。>

<世の中の事は、輪で動いているという事を信じている/お坊さんたちは、わかっていました。/いつかこの火は、生まれたアメリカに/戻らなければならないと…/でもその火がアメリカに戻る前に、多くの町、/そして世界中が悲しみにおおわれる事を恐れていました。/そこで、生まれ故郷のトリニティに持って行き、/永遠に火を消すことにしました。/もう二度とほかの場所で燃えることがないように。>

 ― 『The Lantern and the Crane ランタンとつる』 (story by Matthew L, Taylor) より ―

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2011年8月13日 (土)

【震】明日は映画「GATE」を観に行こう

二か月ほど前、西国分寺駅前のホールで、「地球交響曲」という映画をみてきた。
その時の主催者 「オフィス・カレイド」 から、「GATE」 という映画の上映案内が来ていた。
どうしようか迷っていたが、明日の夜、行くことにした。

― オフィス・カレイドからの案内メールより ―

■2011/7/28

『GATE』シネマダイアログ
8月14日(日)
19:00~@国分寺いずみホール
予約1000円(当日1500円)
http://www.office-kaleido.com/gate2/
【GATEとは】
広島の原爆で起きた火を、60年もの間、絶やすことなく燃やし続けていたその火を原爆が生まれた場所である アメリカの “トリニティーサイト” へ戻し、そこで消し去ることで、この世に同じ悲劇が繰り返されることのないようにと祈る僧侶たちの物語です。
僧侶たちの静かなる行脚、決して揺らぐことのない思いの強さに、勇気と日本人であることの誇りを持てるようなドキュメンタリー映画です。

■2011/8/6

先日、世界核兵器解体基金のヴィクトリアさんからお知らせがありました。
長崎港にロシアから核潜水艦の解体金属およそ10tが無事到着したそうです。
上映会を通じて目指していることがカタチになっていくことは間接的な関わりですが、嬉しいことです。

--お知らせ内容--

2011年7月。長崎港にロシアから核潜水艦の解体金属およそ10tが、無事到着致しました事をご報告させて頂きます。

これは、これまで本当にたくさんのボランティアの方達のご協力、ご支援あっての成果でありマット・テイラー監督はじめ事務局スタッフ一同皆さまに対して大変感謝致しております。

ご存知のとおり、この核潜水艦のGNDF解体費用はすべてこれまで皆さまにご協力頂きました映画「GATE」上映会、公式グッズからのドネーション(ご寄付金)収益から捻出しており、今後、この金属を人気デザイナー等と共同で様々な商品として流通させ、その収益を新たな解体資金とする新たな解体サイクルを構築し、今後も、ご支援下さる皆様へ目に見える形で核兵器の解体作業を継続して参りますので、引き続き変わらぬご支援を頂きますようよろしくお願い申し上げます。

現在、東日本大震災を受け、原子力発電に関する様々な問題が浮き彫りとなってきております。このような状況だからこそ映画「GATE」の自主上映会の輪はさらに広がっております。

その中でも特に原子力発電所の問題を受け、私たち市民の力で核兵器の解体だけではなく、原子力発電からクリーンエネルギーへの速やかな転換促し安全なクリーンエネルギー社会の構築をGNDFundは、推奨しております。

映画「GATE」のメッセージが、今後も人々の心に響き、1人1人の行動が積み重なり、より良い社会を次世代に残していけるよう是非皆様と共に活動を続けたいと思っております。

最後に近日中には、 大阪、福岡, 東京にも上映会がございますので、是非皆様のコミュニティーの中でまだ映画「GATE」を鑑賞されていないご家族、ご友人、同僚の方々にご紹介頂ければ幸いに存じます。
(※GND FUND 世界核兵器解体基金映画事務局より)

■2011/8/13

明日『GATE』の上映会を行うのですが、昨日マットテイラー監督から連絡があり、急遽、明日の上映会に来てくれることになりました。
しかも核潜水艦を解体して作られた卵型のオブジェも持参してくれるそうです。

【卵型のオブジェ】

映画「GATE」上映会、
公式グッズからのドネーション(ご寄付金)収益

核潜水艦の解体

デザイナーズアクセサリーや様々なグッズ

流通・収益

新たな核兵器解体サイクル

という循環から初めて生まれました。

関連記事・動画
『核兵器溶かせば「平和の卵」 長崎の鋳物会社、美術品に』
(asahiコム2011年8月7日)
http://www.asahi.com/national/update/0805/SEB201108050015.html

『核兵器の解体金属、長崎に到着』
http://www.youtube.com/watch?v=Si7CmRebsXg

今回、監督が持参してくれる卵型のオブジェ。
そのものを見れることに私も嬉しいですし、
ご来場のみなさまにも何かを感じる機会になれば幸いです。


― 案内ちらし ―

20110814_gate

今日の昼間、国分寺にある「Light House」という、うどんカフェに寄った。
「うどんカフェ」という呼び方が正しいかどうかわからないが、私のお気に入りの店だ。
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/light_house/index.html
冷たい棒々鶏うどん、おいしかったなあ。

店主の仁田さんから、この映画のちらしをいただいた。
仁田さんは、オフィス・カレイドの山本さんと懇意にしているそうで、私とは不思議な縁(えにし)である。
ちらしをいただいたことと、主催の山本さんからのメールで、観に行こうと決めた。

映画の感想は、明日にでも。

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【楽】MOTEL 最新ライブ情報

MOTEL(須藤もん&対馬照)の、最新ライブ情報です。

京都 「まほろば」 は2年ぶり。
上野水上音楽堂 「アコースティックボイス」 出演は、毎年恒例。
新所沢 「TORA'S CAFE」 は、6年ぶりです。
山形 「Tarji」 ライブの料金が変更になりました。

下に掲載した内容は、変更になることもあります。
最新情報を、須藤もん公式サイトでご確認ください。
 須藤もん公式サイト
  http://homepage2.nifty.com/sudomon/

また、おでかけの際は、念のためライブ会場・主催者にご確認ください。


8/23 (火) 西荻窪 「CLOP CLOP」
 JR西荻窪駅 南口 3分
 杉並区松庵3-39-11-B1
 TEL 03-5370-2381
 出演  少太(from山形)   MOTEL(須藤もん&対馬照)
 20:00 開演  料金 2,000円+ドリンク

  CLOP CLOP
   http://www.clopclop.jp/

8/27 (土) 八ヶ岳 編笠山 「青年小屋」
   「夏の終わりのコンサート」
 JR中央本線 小淵沢駅~(タクシー利用)~登山口観音平
 車利用時 中央高速道路小淵沢I.Cより 観音平まで所要約20分
 登山口より徒歩3~4時間
 TEL 0551-36-2251
 料金 1泊2食付 7,800円 / 素泊 4,800円 (要宿泊予約)
 出演  編笠音楽隊  MOTEL(須藤もん&対馬照)

 ※登山装備が必要です

9/9 (金) 仙台 「VORZ BAR」
 仙台市青葉区国分町1-6-1 ルナパーク一番町ビル3F
 TEL 022-224-0312
 出演  少太  MOTEL(須藤もん&対馬照)
 21:00 開演  投げ銭+ドリンク

  VORZ BAR
   http://www.vorzmusic.com/vorzbartop.html

9/10 (土) 郡山 「OLD SHEP」
 福島県郡山市堂前10-15 カタノビル2F
 TEL 024-938-2203
 出演  少太  MOTEL(須藤もん&対馬照)
 19:30 開演  料金 2,000円 (1ドリンク付)

9/11 (日) 山形 「Tarji」
 山形県山形市七日町2-7-28 YT二丁目ビル 1F
 TEL 023-623-3944
 出演  少太  MOTEL(須藤もん&対馬照)
 20:00 開演  料金 1,500円+ドリンク

  Bar Tarji
   http://www17.ocn.ne.jp/~tarji/

9/24 (土) 京都 「まほろば」
 京都市左京区高野西開町15
 TEL 075-712-4191
 出演  MOTEL(須藤もん+対馬照)
 19:30 開演  料金 1,500円+ドリンク

10/1 (土) 上野恩賜公園野外ステージ (水上音楽堂)
  井上ともやす主催 「アコースティックボイス vol.24」
 12:30 開演  料金 1,000円
 出演  井上ともやす  きんばらしげゆき  さとうもとき  MINAMI
     いわさききょうこ  マジマロ♪  kouhei
     MOTEL(須藤もん&対馬照)
     HALUKAユニット  Ho-you!  佐藤ひろこ  玉城まさゆき
 スペシャルゲスト 遠藤賢司

  ACOUSTIC VOICE official web site 2011
   http://acovo.fc2web.com/top1.htm

10/16 (日) 新所沢 「TORA'S CAFE」
 西武新宿線 新所沢駅下車 東口1分
 所沢市松葉町3-1 前島ビル3階
 TEL 090-1707-2666 (店主携帯)
 出演  井上としなり(from豊橋)  MOTEL(須藤もん&対馬照)
 19:00 開演  料金 1,500円+ドリンク


MOTEL 最新アルバム 「檸月 Lemon Moon」 好評発売中
お求めは、須藤もん公式サイトの「Album」ページから
 http://homepage2.nifty.com/sudomon/album.htm

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2011年8月12日 (金)

【震】原発輸出

今日(2011/8/12)の東京新聞朝刊、24面 「こちら特報部 ニュースの追跡」 にあった記事。
ネットで検索してみると、他紙でも報道されているようだが、東京新聞では、すでに4月13日に報道していた。
(4月13日午後の衆議院外務委員会で採決予定だったが、延期されていた)

― 東京新聞 2011/8/12(金) ―
 ヨルダンとの「原発輸出協定」 首相退陣 駆け込み採決?

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<ヨルダンへの原発プラントの輸出が可能になる原子力平和利用協定の審議が、衆院外務委員会で再び始まった。福島第一原発の事故を受けて、原発の安全性が問題になり、審議が延期になっていた。この時期の審議再開に、「菅直人首相の退陣間際のどさくさに採決するつもりでは」と警戒する声が出ている。 (小国智宏)>

<日本とヨルダンの原子力平和利用協定は、2010年6月から交渉が始まり、同年9月にアンマンで署名が交わされた。参院で今年3月31日に賛成多数で可決され、衆院でも可決すれば、発効手続きを経て、正式に締結されることになる。>

<ヨルダンへの原発輸出問題は「こちら特報部」で指摘。衆院外務委員会では4月13日に採決がある予定だったが、前日の12日に福島第一原発事故が国際評価尺度で最悪のレベル7であることが公表され、「さすがに、きょう採決するのはまずい」という声が出て、延期となった経緯がある。>


― 以下、4月13日 東京新聞 「こちら特報部 話題の追跡」 より ―

<同協定は、原子力利用は平和目的に限るとたがをはめている。同時に日本企業が原発関連の資料や核物質、原子力技術を与えたり、売ったりできる根拠でもある。
 日本企業の売り込みは進行中だ。ヨルダンが19年までに導入を目指す原発2基のうち1基を、フランス企業と協力して受注しようとしている。
 民主党政権はこれを積極的に後押しする。>

<官民一帯の原発売り込みは、対ヨルダンにとどまらない。10年10月にベトナムでの受注が決まったほか、トルコやインドとも交渉中だ。>


なんとも、はや。
知っている人は知っているのだろうが、大多数の国民が知らない(知らされない)ところで、とんでもないことが進んでいる。
私自身の勉強不足を恥じつつも、追いかけていこうと思う。

「核」の技術は、もともと軍事目的で開発されたものであり、原子炉での発電などはオマケのようなものだ。
使用済み核燃料から取り出されたプルトニウムは、原爆=プルトニウム型核爆弾(長崎に落とされたのと同じ種類)へ、容易に利用可能。
そもそも、原子炉が生みだす放射性廃棄物や使用済核燃料は、人類(ニンゲン)が未来永劫、始末できない厄介なものだ。

「安全確認」 → 「輸出OK」 という流れには、根本的にノーと言いたい。
日本のなかでも持て余している「原発」を、よその国に売ろうとするのは、兵器輸出よりもタチが悪い。
「平和利用」などという言葉に惑わされないようにしたい。


【参考サイト】
原子力資料情報室(CNIC)
 http://www.cnic.jp/ 内
原子力資料情報室 : 2011年、混迷からぬけ出よう
投稿者: 原子力資料情報室 投稿日時: 2011/1/1 1:00:00
 http://www.cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=972

<国内でゆきづまった原発ビジネスが、当然のようにして、海外へ舞台を移そうと動きだした。業界と政府は一体となって、ベトナムへの原発輸出を目論んでいるが、おおいに問題である。インドとの原子力協力問題は核拡散のおそれにつながる。武器輸出三原則の見直しの是非がとりざたされる中のことでもあり、ゆるがせにすることはできない。>

<ドキュメンタリー映画の「祝の島」と「ミツバチの羽音と地球の回転」は昨年、各地で上映された。今年も上映されるだろう。この二つの映画は、静かに、しかも底知れぬ深い問いを私たちに投げかける。文明とは何だろうか、と。生物多様性条約は自然界の希少な遺伝子資源を守るために意味を持つのではない。その遺伝子資源を経済性の視点で論じていては、瀬戸内の自然を理解することはできない。
 映画には、中国電力が計画した137.3万キロワットのABWR型原発2基の建設に28年間反対してきた祝島の人たちの生きざまが、明るく描かれている。自然とともに、さまざまな生き物とともに、先祖代々引き継がれてきた生き方がゆったりと流れる時間のなかで語られる。ヒトという生きものは高度工業化社会になじむだろうかと思う。アジアで経済成長のために原発で電気エネルギーが必要だという主張は分らないではないが、たちどころに原発輸出ビジネスで応じようという姿勢には疑いを抱かせる。>

<……半世紀前に、熱に浮かされたかのように、政治主導で始められた夢の原子力の〈平和利用〉は、すくなくとも数万年の期間の安全性を確保しなければならない高レベルの放射性廃棄物を生んだ。……>

― 以上、上記サイトより 転載 ―

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2011年8月11日 (木)

【雑】いよいよ葡萄のシーズン

勝沼の「大雅園」から、案内はがきが届いた。
いよいよ、ぶどうのシーズン到来。

塩山には、すもも「太陽」を毎年買いに行く果樹農家あるので、電話して聞いたみたところ、20日頃がいいということなので、来週土曜日に行こうと思う。

「大雅園」 → きまぐれランチ 「BUN BUN Bear」 (ここで昼食) → 「高野農園」 (すもも太陽) → 「大雅園」
というコースになるかな。

【2011/8/13追記】
BUN BUN Bearの高橋さんに電話して確かめたところ、8/20(土)・21(日)は、お店はお休みとのこと。
きまぐれランチは、またの機会にしよう。

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山梨 ぶどう 勝沼 ぶどう狩り 勝沼産 ワイン販売 山梨県甲州市勝沼「甲進社 大雅園」
 http://www.eps4.comlink.ne.jp/~taiga/

大雅園のお嬢さん「マユコ」さんのブログ
 http://blog.goo.ne.jp/taiga-yamanashi


家族的であたたかい雰囲気の葡萄園です。
勝沼インターから塩山方向に下ってすぐのところ(旧甲州街道沿い)。
勝沼の葡萄園なら、私は、ここをおすすめします。
私は、毎年、何回か行っています。

珍しい品種が多く、葡萄狩りもできます。
(親切丁寧に案内してもらえます)
ワイン店舗も併設(こちらは年中営業)。
駐車スペースあり。

とにかく、一度行ってみれば、この葡萄園のよさがわかるはず。

写真は、昨年9月
大雅園店舗(左)、大雅園のマユコさんと(右)

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すもも「太陽」 (2010年8月)

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【震】赤坂憲雄×津島佑子 対談(3)

今日は、午前中、立川の病院へ。
眼科、形成外科ともに、大きな異常はナシ。
視野検査の結果、視神経にわずかな異常があると指摘されたが、経過観察ということで。
帰りに、ハローワークに寄る。

立川駅からの往復の道は、直射日光をまともに受けて、きつかった。
病院のロビーも、むっとする暑さだった。

家に帰って、昼飯を食べ終わった頃、ぐっと蒸し暑くなり、突然の雷鳴と豪雨。
すぐに止んだが、あいかわらずの猛暑。
蝉がずーっと鳴き続けている。

201108110001

NHKテレビ(総合)をつけると、高校野球ではなく、国会の参議院予算委員会の中継。
しどろもどろに答弁する首相も情けないが、首相を追求している(つもり)の野党の発言も情けない。
(自民党議員が、何やら菅サンの献金問題をしつこく追及していたようだが、何をいまさら)
この国の国会の議論は、あんなレベルか。

すぐにテレビを消して、横になって本を読んでいるうちに眠ってしまった。
最近、昼寝することが多くなった。

昼間も、冷房をいれないときびしい。

――と、まあ、たまには、日記風に書いてみました。


東京新聞夕刊の対談記事は、今日が最後。
私の胸に響いた部分を書き出しておこうかな。

2011/8/11(木) 東京新聞 夕刊 5面
 「選択の夏 ポスト3.11を生きる」 <下>
  対談 赤坂憲雄(民俗学者)×津島佑子(作家)

津島 四月にオーストラリアのアボリジニの人たちが国連事務総長に手紙を送った。彼らの土地で採掘されたウランが日本に輸出されていて「フクシマの事故の原因の一部になって悲しい。もうウランは採らせない」という内容です。そして巨額の採掘権で得られるお金を返上して、土地を守りたいと。かたや、日本は自然資源がないという言うが、これは変な言い方です。日本列島は自然資源に恵まれた風土なのに。

赤坂 私は、3・11まで原発を語ったことはないし、自然エネルギーにも興味はなかった。いまは日本社会のグランドデザインとして原発から自然エネルギーへの転換を選択するしかないんだと考えています。目の前の現実がいや応なしにその方向に目を向けさせた。そして、委員をしている政府の復興構想会議で福島県を自然エネルギー特区にと提案した。周囲は「そうなればいいね」「でも難しいだろうね」という空気だった。しかし日本人の世論は劇的に転換しました。

津島 台湾の知人が六月に来日したとき、書店に並ぶ原発関連本に驚いていた。自ら勉強するしかないという姿勢の反映じゃないか、と言っていました。思えば、それはとても自然なこと。まずは勉強する、それがこの流れになったのではないでしょうか。


ふたりの対談、三回の連載は、今日でおしまい。

あの地震と津波から、今日で5ヵ月。
いまだに行方不明、つまり、遺体のみつからない人が4700人にものぼるという。
私がもし、たいせつな人を亡くして生き延びた立場だったら、と想像すると、胸が痛む。

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2011年8月10日 (水)

【震】赤坂憲雄×津島佑子 対談 (2)

東京新聞夕刊に掲載されている、赤坂憲雄さんと津島佑子さんの対談。
第2回より。

2011/8/10(水) 東京新聞 夕刊 5面
 「選択の夏 ポスト3.11を生きる」 <中>
  対談 赤坂憲雄(民俗学者)×津島佑子(作家)

津島 大震災の後、言葉の力を信じるみたいな言い方が出てきたけれど、それは逆だろうって思うんですね。こういう時は信じない方がいいよって。「日本は負けない」とか、「日本人はすばらしい」とか。言葉ってある種、暴力になりうる。言葉で語り得ないものを表し、伝えるにはどうしたらいいか。その意味で、文学を担ってきた人間たちが今、問われているし、責任も重い。
赤坂 原発被災地の人たちの思いも、若者、女性、老人…と、村に戻りたいという気持ちではばらばらです。その思いをわかることが簡単にできるはずがない。でも、近づく、近づこうとする努力は大切だと思います。若い人には行って見てほしいと言っている。見てどうなるものでもないけれど、少なくとも映像を通したものとは違う現実があることを知った方がいい。……


赤坂 地域からみると、原発の周りって地場産業がない。巨大な原発のプラントは東京の大企業しか作れない。地元の人たちは孫請けの下請けみたいなところで働いている。一万人の雇用が生まれていると言っても、原発の敷地の中です。電気を含めほとんど東京に還流する構造になっており、中央集権的なシステム、まさに都市と地方の関係の凝縮された形だった。東京に全部電気が送られていることを知らなかった。うかつでした。
津島 意識していなかったという自責の念はありますね。ほとんどの人がそう言っているので、わからないようにされていたのかなと、思うようにもなったけれど。
赤坂 思考停止になっていたんだと思いますよ。


赤坂さんが言うように、福島第一原発の事故によって、私もまた目がさめたのだった。
東京電力の福島第一、第二原発で作られた電気は、福島県では使われないものだった……。

若者たちに現地を見る方がいい、という赤坂さんの言葉は、もっともだと思う。
実際に、そのように動いている若者が多いことも知っている。
「がんばろう」とか、「負けない」という言葉がメディアから流れるたびに、うんざりする。
けれど、声高に叫ぶことなく、黙々と動いている人たちがいることを、知ろうと思う。

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【歩】炎天

昼前、歩いて近くのCO-OP生協へ。
ふだんは帽子というものをかぶらないのだが、さすがに麦わら帽子をかぶっていった。
猛暑である。
気温は35度ぐらいになっていただろう。

デジタルカメラを持って、夏の花を撮ってきた。

家に戻っても、室温は30度を超えている。
湿度は60%を割っているものの、風が通らないため、むっとする。
首には、クールタオルを濡らして巻いている。
いくらか涼しい。

暑い夏だ。
昭和20年8月15日も、暑い日だったという。
こんな日だったんだろうな。


撮影 2011/8/10 東京都小平市

ムクゲ  いろんな種類の花が盛り

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カワラナデシコ (左)
シモツケ (右)  まだ咲いている

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ヤブツバキの実

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サルスベリ  そろそろ盛りを過ぎている

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ヒマワリ (左)
コキア(ホウキグサ) (右)  秋になると紅葉する

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オオハンゴンソウ (左)
アジサイ (右)

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【読】【震】赤坂憲雄×津島佑子 対談

東京新聞ばかりで恐縮だが。
昨日(8/9)の夕刊記事。

2011/8/9(火) 東京新聞 夕刊 5面
 「選択の夏 ポスト3.11を生きる」 <上>
  対談 赤坂憲雄(民俗学者)×津島佑子(作家)
 三回連続予定

20110809_tokyo_shibun_taidan

赤坂憲雄さんは東京生まれだが、長く「東北学」を提唱し、東北芸術工科大学東北文化研究センター所長を務めた人。
津島佑子さんは、よく知られているように、太宰治の次女である。
東京生まれだが、東北は彼女のルーツだ。

この対談で二人が率直にしゃべっている内容に、私は深く同意したのだった。
メディアがさかんに発する「言葉」は、信用がならない。

津島 東日本大震災では、地方の過疎化、高齢化問題など、先送りにしてきた多くの行きづまりがあぶり出されていますね。東北の人は我慢強い、などと繰り返しメディアで言われると、我慢を強いるニュアンスを感じさせられて不愉快になりました。

赤坂 「がんばろう東北」の呼びかけ、そして宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」が引き合いに出されたのも、嫌でしたよね。

津島 根性論なんですよ。サッカー選手がスポーツの文脈で「オールジャパン」と言ったのに、マスメディアがそれに乗ってしまったのかなと。日本はひとつ、じゃない。いろんな文化が混在することが日本の面白さなんです。もちろん、日本全体で支えようという気持ちはわかるんだけれど。


つい最近、一冊の本を手に入れた。
まだ読んでいないけれど。
(あいかわらず、気になる新刊書は買わずにいられない)

『「東北」再生』
 赤坂憲雄、小熊英二、山内明美
 イースト・プレス 2011/7/15発行
 141ページ 1000円(税別)

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2011年8月 9日 (火)

【楽】真夏の午後に聴く音楽

車で外へ買い物にでると、猛烈な暑さだった。
家に戻ると、ほっとする。
冷房をいれなくても、家のなかは外にくらべると極楽の涼しさだ。

蝉がずっと鳴いている。
ひさしぶりに、レコード盤をターンテーブルにのせて、こんな音楽を聴いていた。

Ry Cooder の「JAZZ」 というアルバムだが、いわゆるモダン・ジャズ風ではない。
アメリカのトラディショナルな音楽の香りが濃厚で、涼しげなのだ。


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LPの片面が20分ほどで、A面5曲、B面6曲。
Earl Hinesが一曲だけピアノで参加している。
Ry Cooderは、ギター、ボトルネック(スライド)ギター、マンドリン、ボーカル、他で全曲参加。
マンドリン、コルネット、トロンボーン、クラリネット、ヴァイブ、等の他に、ツィンバロム(Cymbalum)という楽器が使われている。
これが、いい音なんだなぁ。

【参考サイト】 …こんな楽器です
http://www45.tok2.com/home/tetsunome/mzatugaku/gakki/cymbalum/cymbalum.htm

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【震】村上春樹さんのスピーチ

村上春樹さんが、6月9日にスペインのカタルーニャ賞の授賞式でスピーチしたことは、新聞報道などで知っていたが、今朝の東京新聞にその全文が掲載されていた。
スピーチの題名は 「非現実的な夢想家として」 というものだが、なぜそうしたのかも、これを読んでわかった。

<原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。>
という、これまでの日本の現状。

それでも、
<日本で、このカタルーニャで、あたな方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。……>

2011/8/9(火) 東京新聞 朝刊 11面 (特集) 

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ネットで調べてみると、YouTubuでスピーチの映像が視聴できるのだった。
知らなかったなぁ。
ハルキさんって、こういうスピーチをしたのかぁ。

村上春樹スペインのカタルーニャ国際賞受賞式演説01~04
 http://youtu.be/Fuk4ww_rKl0
 http://youtu.be/kb_YK7KM3DI
 http://youtu.be/PBrfo4AWxds
 http://youtu.be/EZyCxQqNjmI

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2011年8月 8日 (月)

【読】「昭和二十年夏、子供たちが見た日本」

梯久美子(かけはし・くみこ)というノンフィクション作家がいる。
ちょうど今、東京新聞の夕刊で、「百年の手紙――20世紀の日本を生きた人びと」 という連載をしている。
(2011年7月25日から連載中)

2011/8/5(金) 東京新聞 夕刊 6面

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この梯さんの新刊を読んだ。

『昭和二十年夏、子供たちが見た日本』
 角川書店 2011/7/10発行
 314ページ 1700円(税込)

昭和6年(1931年)から11年(1941年)に生まれ、敗戦のときにはまだ子どもだった、10人の著名人にインタビューしたものだ。
この中には、先日亡くなった児玉清さんもいる。

― 本書の帯より ―

<10人の戦争、そして10人の戦後。
疎開先の村で杉並木に向かって歌いかけた角野栄子。進駐軍のジープに憧れた児玉清。空襲で鉄骨だけになったピアノを見た舘野泉。満洲の芸者置屋で育った辻村寿三郎。大阪大空襲の日、火焔ドームの中を逃げ延びた梁石日。バラの鉢植えを持って疎開し、拾った子雀を育てた福原義春。アッツ島、サイパン島、硫黄島に慰問に行った中村メイコ。トルストイやチェーホフを燃やして暖を取った山田洋次。焼け跡の闇市で予科練帰りの青年が殺されるのを見た倉本聡。ピョンヤンからソウルへ、闇のトラックで38度線を越えた五木寛之。>


それぞれに、たいへん興味ぶかい戦争体験を語っている。

角野栄子さんは、『魔女の宅急便』シリーズで知られる作家。
昭和20年8月15日、小学校五年生だった彼女は、千葉県の疎開先で荷車の下から空を見上げていた。

舘野泉さんは、ピアニスト。
父はチェリスト、母はピアニストの音楽一家に生まれ、東京で空襲にあっている。

辻村寿三郎さんは、著名な人形作家。
昭和8年に旧満洲で生まれ、昭和19年に広島に引き揚げている。
原爆が投下される前に広島県の三次に移転したため、被爆をまぬがれたが、広島市で友だちだった「みちゃん」という女の子を探しに、ひとりで広島市を訪ねた。
みっちゃんと、お兄ちゃんに会うことができた。
みっちゃんは死んだ猫を抱いていた。
二人は、一年ぐらいで死んでしまった。
寿三郎さんは、30歳頃に、この兄妹をモデルにした人形を作っている。

梁石日(ヤン・ソギル)さんは、『血と骨』などの作品で知られる作家。
在日朝鮮人二世として大阪で生まれ、戦時中は地方に疎開していた。

福原義春さんは、資生堂の社長、会長を経て、現在は名誉会長。
学童疎開を経験。
あとは、よく知られた人たちだ。

なかでも、倉本聡さんの学童疎開先での体験が強烈だ。
子どもたちは空腹のあまり、絵の具を食べたという。
ヘビ、カエル、トンボ、セミ、バッタまで。
その後、昭和20年4月に、一家で父親の故郷 岡山に疎開。
蜘蛛の巣だらけ、カビだらけ、虫の死骸だらけの廃屋にたどり着いて、そこに暮らした。
インタビュアーの梯さんは、この話を聞いて、ドラマ『北の国から』第一回のタイトル「廃屋」を思いだしたという。

著者の梯さんは、あとがきでこう言っている。

<今年(平成23年)、未曾有の震災が日本を襲った。映像や写真で被災地の子供たちの姿を目にするたびに、かれらの目にいま映っているものが、どのようなかたちで、その心と体に刻みこまれていくのだろうかと考える。>

<きっと子供たちは忘れないだろう。分析したり、言葉で表現したりすることがいまはできなくても、目にした光景は、心の深いところに焼きついて、消えないに違いない。>

<そんなことを考えたのは、去年から今年にかけて、本書に登場する10人にインタビューしたからだ。いずれも戦争の時代を子供として生きた人たちで、太平洋戦争が始まったときの年齢は、5歳から10歳である。>

<戦争について書かれた記録のなかで、子供はつねに脇役である。……しかしかれらは、戦争と言う日常のなかにあって、「見る」という行為を全身で行っていた。>

<10人の方たちの話を聞くと、大人たちが思っているよりもずっと鋭く、そしてこまやかに、子供たちは世の中を見ていたことがわかる。子供とは、時代が下ったとき、思いがけない歴史の証言者となる存在なのである。>


この人の、他の著作も読んでみたいと思う。

   

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【震】映画「祝の島」をみる

昨夜、雷鳴のなか、電車に乗ってJR中央線の武蔵境駅へ(国分寺から三駅目)。

北口駅前にある「武蔵野スイングホール」。
ここで、「第17回 むさしの市民平和のつどい」 という集まりがあったので、参加。

私の目当ては、映画だった。
ネットの公式サイトで上映予定を調べたところ、この集会で上映されることを知り、予約しておいたのだ。
150人ほどはいる小さなホールは、8割方埋まっていた。

第1部 18:55~
 語り 「リュドミーラ・イグナチェンコの話」
  ~ 『チェルノブイリの祈り―未来の物語り―』 より ~
  語り:稲葉純子さん
 音楽 「世界のお母さん」 ほか
  演奏:国分寺エクスプリエンス
第2部 19:35~
 映画 「祝の島」 (ほうりのしま)
  2010年 纐纈あや(はなぶさ・あや)監督
  ポレポレタイムズ制作 105分

 撮影データ(パンフレットより)
  撮影期間 2008年7月21日~2009年12月20日
  撮影日数 131日
  撮影時間 198時間
  撮影機材 SONY HVR-Z1J

 映画 『祝の島』 公式サイト
  http://www.hourinoshima.com/

  コメント(この映画に寄せられたコメント)
   http://www.hourinoshima.com/ > コメント
    池澤夏樹、ピーター・バラカン、坂田明、中川敬、小室等、他

    我々はテクノロジーに振り回されている。
    もっと便利になりますよ、
    と耳元で囁く声にうかうかと乗っている。
    目を覚ますためにはこの映画を見るのがいい。
    おっとりとした日々の記録の中に
    とても大事なことが隠されているのに気づいた時、
    あなたは慄然とするだろう。
    老人たちの顔に過去ではなく未来を読み取るだろう。
      池澤夏樹(作家)

 祝島ホームページ
  http://www.iwaishima.jp/


【映画 「祝の島」 パンフレット】 絵:西村繁男

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瀬戸内海に浮かぶ「祝島」(いわいしま、山口県熊毛郡上関町祝島)に暮らす人々を描いた、ドキュメンタリー映画。
この島の対岸4km先 「田の浦」 に、「上関(かみのせき)原子力発電所」の建設予定地がある。


大きな地図で見る

― Wikipedia 「上関原子力発電所」 より ―
 <上関原子力発電所(かみのせきげんしりょくはつでんしょ)は、中国電力が、瀬戸内海に面する山口県熊毛郡上関町大字長島に建設計画中の原子力発電所である。長島西端の田ノ浦の山林を切り開いて14万平方メートルの海面を埋め立て、改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)2基の建設が計画されている。稼働後に発電される電力は、50万ボルト送電線で同県周南市まで引かれ、既存の高圧線を経て主に広島・関西方面に供給されるものと見られている。
2009年に建設に向けた諸準備(公有水面埋立作業など)が進められているが、長年にわたって町内を二分するほどの根強い反対運動が繰り広げられており、事業としては現在小康状態にある。>

― Wikipedia 「祝島」 より ―
 <室津半島の東端である四代地区(上関原発の予定地でもある)から西に約4キロ、上関港から16キロ離れた海域にある。属島として島の西側約200mの海域に小島、同じく西側約1kmの海域に小祝島(祝島現地では「こいよう」あるいは「こいおう」と読む)がある。
島の周囲は12キロで、面積は7.67平方キロメートル。島を東側の対岸・上関町四代上空からみるとハート型にみえる。海岸線付近は急峻な傾斜地が多いものの、島の中央部はなだらかで全域が台地状の丘陵地帯となっており、遠くから見るとスープ皿を伏せたような地形となっている。>
 <戦後の最盛期には人口は5000人いたとされるが、現在は500人(2010年6月末現在)で、65歳以上が69%以上を占めるいわゆる高齢化がすすむ過疎地域となっている。>

祝島は、上掲画像の映画パンフレットに素晴らしい絵で描かれているように、豊かな自然に恵まれた美しい島だ。
島の人びと(老人が多い)の暮らし、地道な原発反対運動、美しい自然、四年に一度の「神舞」(かんまい)という神事。
そういったものが、気負いなく描かれた、いい映画だった。

― Wikipedia 「祝島」 より (続き) ―
神舞神事 神舞(かんまい)は、祝島に古くから伝承される神事である。4年毎の閏年に旧暦の7月1日から5日にかけて、三隻の御座船あるいは神様船とも呼ばれる神船を、大漁旗で飾った百余隻に及ぶ奉迎船が出迎えて祝島で行われる。入船神事、祈願神楽(岩戸神楽、夜戸神楽)、参拝(お宮参り)、出船神事などの催しを全島を挙げ、手作りで行なう祭祀である。島外で生活する祝島出身者がこの日に帰島して参加するため、神事期間中の人口はふだんの数倍に膨れ上がるとされている。
20人が櫂で漕ぐ櫂伝馬船(かいてんません)や大漁旗をたなびかせた100隻以上の漁船など、出迎えの護衛船を従えた神船が、大分県国東半島の最北端にある伊美別宮八幡社から国東市国見町伊美港を出発。いわゆる御神体とともに乗り込んだ二十余名の神職、里神楽師、伊美の郷の氏子代表や漁師を祝島に迎え、三十三種類の神楽舞が、新しいカヤで編んだ苫を小屋掛けした仮神殿で奉納。祝島を斎場として神恩に感謝する行事である。山口県は、県の無形文化財に指定。2005年2月には農林水産省の外郭団体である都市農山漁村交流活性化機構が主催する第4回むらの伝統文化顕彰で、「小屋掛けから神舞までを一体として伝承し、また、祭り前の海岸のゴミ拾いなど住民一人一人が一役を担い、共同作業で信仰と郷土芸能を支えている」ことが評価され、農林水産大臣賞を受賞している。
2007年5月にハワイの航海カヌー「ホクレア」が日本を訪問した際には、祝島島民の強い要望を受けて急遽、この島に立ち寄り、島民は櫂伝馬船でこれを迎えた。 >
練り壁 石積みに土を詰め漆喰で固めたの練り塀が今も残る。周辺はおろか瀬戸内海でもこの練り壁は見ることはできないが、韓国の済州島では今も残っている。>


原発は、豊かな自然のなかで暮らす島の人びとの生活を、一気に破壊するものだ。
原発の温排水は海をダメにする。
北は北海道の泊原発から、南は鹿児島の川内原発まで、日本の原子力発電所は人口の少ない僻地を選んで建設されている。
その理由は、明らかだ。
原発のまわりでは、まともな生活ができないのだ。
とくに、原発周辺の海は漁場として使えなくなる。
それだから、多額の「補償金」と引き換えに、地元の「合意」を強引に得ようとする。

本土(上関町)の推進派は、島を捨てて本土に移住すればいい、と言う。
こう言ってはなんだが、利権や、目先の利益、「恩恵」に目がくらんでいる。
今度の福島の原発事故で、目がさめるといいのだが……。

映画に描かれた祝島は、すばらしい島だった。
春、山の上から見おろす風景。満開の桜、海、まわりの島々。
山の斜面を巧みに利用した、棚田。
豊かな漁場。
元気な、島のおばあちゃんたち。
訪ねてみたくなる。


上掲パンフレットには、作家の池澤夏樹さんと、渡辺一枝さんが寄稿している。

 「老人たちの未来の顔」 池澤夏樹(作家)
 「島人の言葉に思いを重ねたい」 渡辺一枝(作家)

渡辺一枝さんは、この島の特産品のひとつである、枇杷の葉茶とひじきを 『祝島市場』 から取り寄せて、愛好しているという。
また、池澤夏樹さんはこう書いて、映画を絶賛している。

<この『祝の島』を見て、これこそゆっくりとした考えのお手本であると思った。/祝島では毎日を暮らすことがそのまま古代から未来へ向かう時の流れに乗っている。その一方で今の日本の問題が全部出ている。どういうからくりでそんなことができるのか、手品を見ているような思いで映画を見た。>

監督を含む制作者側と島の人たちとの交流が目に見えるようだ。
自然で気負いのない映像だった。

監督の纐纈さんの文章(上掲パンフレットより)。

<祝島は決して人が住むのに恵まれた自然環境とはいえない。掘っても掘っても出てくる岩を切りだし、台風が直撃する度に家を直し、海に漕ぎ出すときは、いつだって命懸けだった。自然の中においては、厳しいということと豊かであるということは同じ意味を持っていた。自然の前では、人の力で得られるものなど、たかが知れていた。>

<……対岸に建設されようとしている原発が、人間の分を見誤った文明の、いかに浅はかで愚かな産物であるかを思わずにはいられない。>

<古代、瀬戸内海を航行する船が危難に瀕したとき、祝島に向かって一心に祈ると、島は霊光を発し行く先を照らしたという。自然の中でつましく暮らし、様々な痛みを抱えながら28年もの間、原発建設反対を訴え続けてきた島の人々は、力強く、温かく、潔い。混迷する現代社会において、祝島とそこに暮らす人々の存在は、よりいっそう輝きを増し、私たちが進む方向を照らし出すまさに灯台となるだろう。その光に導かれ、本作は完成した。
 天と地と海とをつなぐ祝島に、今日も彼らは暮らしを紡いでいる。>


【蛇足】
なぜ「ほうりのしま」というタイトルなのか、気になっていた。
古語辞典に行きついて、私なりに納得。
この島の起源伝承に因んだ呼び方か。

― 岩波古語辞典 補訂版 (1990年) より ―
はぶり 【祝】

≪ハブリ(放)と同根。罪・けがれを放る人の意≫ 神主・禰宜(ねぎ)に次いで、神に仕える人。また、広く神職。(以下、略)

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2011年8月 6日 (土)

【楽】国立「地球屋」ライブ

昨夜(8/5)、国立南口のライブハウス「地球屋」へ。

トンコリ奏者 OKIさんが出演するライブを聴いてきた。
OKIさんの音楽は、これまでCDでしか聴いたことがなかったので、トンコリの演奏をこの目で見たかったのだ。

国立 地球屋
 http://www.chikyuya.info/


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「地球屋」へは、ずいぶん前に須藤もんさんが出演するライブで行ったことがあった。
国立駅南口の大学通りの東側、商店街が切れて一橋大学の敷地にさしかかる手前にある。
階段を降りた地下にある、さほど広くもないライブハウスだ。

開場予定の午後7時半前に着いたが、まだリハーサル中だった。
OKIさんのトンコリの音が聴こえていた。
午後8時前に開場。
開演は8時をまわっていた。


TAM TAM 楽団  (最初のステージ) 
これが素晴らしくノリのいい、アフロバンドだった。

店に入った時受付にいた、いやに派手な恰好のお姉さんが、なんとこのバンドのボーカルだった。
キーボード、ギター、ベース、ドラムス、それにサックスが一本。
さらに、アフリカの楽器(小脇にかかえる太鼓と、丸い胴の珍しいアフリカ弦楽器)を演奏するお兄さん。
(楽器の名前が紹介されたが、忘れてしまった)
ボーカル・パーカッションを加え、全部で7人の編成。
歌詞はほとんどアフリカの言葉。

編成はちがうが、こんな音楽だ。
 You Tube 「tam tam 楽団 @晴れたら空に豆巻いて」
  http://youtu.be/Nf3GBmtm644

もともとは、ジャンベなどの打楽器中心の活動をしているという。
サックスのお兄さんが、ちょっととぼけた表情で、間近で見ていて飽きなかった。


OKI (ソロ)  (二番目のステージ)

トンコリと歌の演奏。
二種類のトンコリを使っていた。
ムックリも用意していたが、最後まで使わなかった。

私がこれまで勝手にイメージしていたOKIさんとは、ずいぶん感じがちがう。
寡黙でとっつきにくい人かと思っていたのだが、饒舌だった。
つい最近まで行っていたモンゴルでのエピソードなど、面白かった。

私はステージの目の前(最前席)で、開演前の準備からずっと見ていた。
(私の足元に大音響のスピーカーがあったので、音響的には厳しい場所で聴いていたが……)
エフェクターというのだろうか、かなり音を加工して流す演奏スタイルなので、トンコリの素朴な音が聴けず、私としてはちょっと残念。

それでも、私の目の前1メートルぐらいで演奏する姿に、釘づけになっていた。
5弦の素朴な楽器を、開放弦のまま両手でつまびくトンコリ演奏。
樺太アイヌの伝統楽器を現代に蘇らせた、不思議な世界だ。

ステージにあがる時、直前の「TAM TAM 楽団」へ、「Very Badな演奏だった!」と言っていたが、これはほめ言葉だそうで。
Badは、今風の「ヤバイ」。
とっても「ヤバイ」演奏だったという賛辞を、OKIさんは贈ったのだ。


REGGAELATION INDEPENDANCE  (最後のステージ) 

このバンドがまた大編成で、狭いステージにあがり切れないほどの8人編成。
キーボードはなく、ギター、ベース、ドラムスと、パーカッションが二人。
フロントに三管(トランペット、トロンボーン、サックス)。
セッティングに時間がかかる。

スピーカーを通した大音響が炸裂する演奏だったが、上出来の音楽。
ノリのいい、アフロバンド。

こんな感じの音楽だ。
(昨夜のメンバー、編成は若干ちがうが、サックスとトロンボーンはこの二人だった)

 You Tube
 「REGGAELATION INDEPENDANCE Live@Cozmoscafe 2010.6.19」
  http://youtu.be/aF4GCht4Yn8
 「Reggaelation Independance」
  http://youtu.be/iE_x87oarYg


いちばん最後に、OKIさんがギターとボーカルでゲスト参加して2曲。
たぶんOKIさんのアイヌ語の曲だと思う。
写真は遠慮していたが、最後の盛り上がりだけ撮らせてもらった。
(左がOKIさん)

ぶっつけ本番に近いジャム・セッションだったらしく、このバンドの演奏前に、かなり細かい打ち合わせをしていた。
セッションはちょっと無理があったようにも感じたが、管楽器が巧みにバックアップして、これはこれで聴きごたえがあった。

OKIさんが最後にいわく、「バンドに入れてください」。
もちろん冗談だが、それほどこのバンドの演奏は上質ですばらしいものだった。


201108050006


すべてのステージが終わったときには、午前零時をまわっていた。
かろうじて国立から中央線上り電車に乗り、国分寺下車、タクシーで帰宅した。

ひさしぶりに、ライブの興奮と楽しさを味わったなあ。
大音響に耳がおかしくなったけど、狭いライブハウスではいたしかたない。


CHIKAR STUDIO (OKIの公式サイト)
 http://www.tonkori.com/
 スケジュール
  http://www.tonkori.com/schedule

  

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2011年8月 4日 (木)

【震】映画「祝の島」

映画 「祝の島」 (ほうりのしま)
 纐纈あや (はなぶさ・あや) 監督作品 2010年

『脱原発社会を創る30人の提言』(コモンズ)という本に、監督の纐纈あやさんの文章が掲載されているのを読み、知った映画。

<祝島(いわいしま)は、瀬戸内海有数の漁場とされる周防灘と、伊予灘の境界に位置する山口県熊毛郡上関町の島である。瀬戸内海の海上交通の要衝に位置し、万葉集にも登場、古代から栄えた歴史を持つが、高度経済成長期から人口が流出。現在は漁業と有機農業で生計を立てる過疎地域。対岸・上関町四代田ノ浦に建設が予定されている上関原子力発電所(上関原発)に反対する島民がいる。> ― Wikipedia ―

映画 『祝の島』 公式サイト
 http://www.hourinoshima.com/


『脱原発社会を創る30人の提言』  2011年7月 コモンズ 刊

「いのちのつながりに連なる」 纐纈あや (上掲書 P.267- より)

 纐纈(はなぶさ)あや
  1974年、東京都生まれ。自由学園卒業後、2001年ポレポレタイムス社に入社し、
  映画 『アレクセイと泉』 の製作・配給・宣伝に携わる。
  映画 『ナミイと唄えば』(2006年)のプロデュースを経て、フリーに。
  『祝の島』(2010年)は監督としての最初の作品。
   ― 上掲書 執筆者紹介 より ―

<私は地震があったまさに3月11日の午後から、自作のドキュメンタリー映画 『祝の島』 (2010年)の上映会で山梨県の数カ所回る予定にしていた。上映が行えるかどうか定かではなかったが、とにかく大混乱する都心から車で現地に向かった。道はまるで民族大移動のように一斉に郊外へと歩く人びとであふれ、ガソリンスタンドには長蛇の列が続き、ところどころに現れる自転車屋には人が殺到していた。その光景は、以前ニュースで見た9・11直後のニューヨークの光景を思い起こさせた。……>

<山口県上関町祝島。瀬戸内海に浮かぶこの小さな島と出会ったのは、今から8年前のことだ。当時、写真家で映画監督の本橋成一の下で仕事をしていた私は、彼の2作目となる映画 『アレクセイと泉』 の上映会をするために島を訪問することになったのだ。>

<1982年、祝島の対岸4km先に上関原発建設計画が持ち上がった。上関町では原発推進派が優勢のなか、祝島では住民の9割が反対を表明。「海はわたしたらのいのち。金で海は売れん」と約11億円の漁業補償金の受け取りを拒否し、長きにわたる反対運動を続けていた。「原発反対の島」と聞き、勝手にも戦闘的で悲壮感漂う人びとの姿を想像し、ひどく緊張していた私を出迎えてくれたのは、意外にもとびっきり明るくて元気いっぱいのおじいちゃんやおばあちゃんたちだった。私はその姿に一気に引き込まれた。東京生まれの私が、なぜか故郷に帰ってきたような懐かしい感覚をおぼえた。……>

<福島第一原子力発電所が大事故を起こした今、あらためて思う。放射能の怖さは、時間に対する想像力と目には見えないものに対する想像力がなければ、感じ取ることができないということを。>

<現代社会は、一分一秒をどう短縮するか、いかに目に見えるもので豊かさを計るかを追求してきた。その現代人がもっとも苦手とする百年、千年、万年単位の時間に思いを馳せ、目には見えないものに対する想像力をもってしなければ、原子力、核の恐ろしさは感知できないのではないだろうか。>


YouTube 映画「祝(ほうり)の島」監督挨拶

<2010年9月12日に神戸新開地・アートビレッジセンターで行われた映画上映の際に行われた、上映前と上映後の監督の纐纈(はなぶさ) あや さんからの挨拶です。舞台となった祝島や上関原発の現状、そして映画をつくった監督の思いが語られていました。>

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2011年8月 3日 (水)

【雑】週末のイベント

今週は、各種イベントが目白押し。
さて、どうしようか。

近場では、小平グリーンロードの「灯りまつり」と、江戸東京たてもの園の「下町夕涼み」。

■小平グリーンロード 「灯りまつり」
 2011/8/6(土) 18:30~21:00
Kodaira_news_20110720
Kodaira_akari_matsuri_2
 小平市公式サイト
  http://www.city.kodaira.tokyo.jp/
 第6回小平グリーンロード灯りまつり
  http://www.city.kodaira.tokyo.jp/oshirase/021/021687.html


■江戸東京たてもの園 「下町夕涼み」
 2011/8/6(土)~7(日) 14:00~20:30

20110806_07_tatemonoen
 江戸東京たてもの園
  http://www.tatemonoen.jp/
 イベントスケジュール
  http://www.tatemonoen.jp/event/info/2011/08.html


芸能山城組の「ケチャまつり」にも、ひさしぶりに行ってみたい気がする。
20年以上前に、一度だけ見にいったことがあるが、面白かったな。

■芸能山城組 「第36回 芸能山城組 ケチャまつり」
 2011/8/4(木)宵宮~8/7(日)
 新宿三井ビルディング 55HIROBA(東京都新宿区)
 入場無料、雨天決行

 芸能山城組
  http://www.yamashirogumi.gr.jp/
 イベント情報
  http://www.yamashirogumi.gr.jp/event/event.html


もうひとつは、OKI(オキ)のライブ。
トンコリ奏者 OKIのライブは、まだ見たことがない。
国立「地球屋」なら近いので、願ってもないチャンスだ。
(限定60人だというから、今からチケットがとれるかな?)

■2011/8/5(金)  国立 地球屋
 地球屋レゲエ BASSEMENT JAMMIN' 74
 http://www.chikyuya.info/

 CHIKAR STUDIO (OKIの公式サイト)
  http://www.tonkori.com/
 スケジュール
  http://www.tonkori.com/schedule

日本を代表するダブバンドDUB AINU BANDを率いるトンコリ奏者OKIライブ決定!地球屋サイズの小箱でのライブはレアなのでおみのがしなく!
迎え撃つは地球屋オススメのアフロバンド,REGGAELATION INDEPENDANCEとTAM TAM楽団!
バンドとのセッションなんてあるかも!

OKI (DUB AINU BAND)
TAM TAM 楽団
REGGAELATION INDEPENDENCE

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2011年8月 2日 (火)

【震】東京新聞連載「新日本原発紀行」

東京新聞朝刊の特集ページ、「こちら特報部」がおもしろい。
興味のある記事を切り抜いて保存していたものを、整理してみた。

東京新聞特報部では、今年(2011年)の4月30日から、「新日本原発紀行」と題して、日本各地の原発周辺を取材している。
(毎回、記名記事で、多数の記者がかかわっていると思われる)
連載は、8月1日の「浜岡原発」で、いちおう終了したようだ。
いずれ、まとめられて出版されるといいのに、と思う。

 ※この連載の5月までのぶんは、『3.11の衝撃 震災・原発――特報部は伝えた』
  (東京新聞発行、2011/6/26)に掲載されている。

<原発事故は福島第一だけの惨事とは限らない。この狭い日本列島には、ほかにも五十基近くの商業炉が立っている。残念でも恐ろしくても、それが現在の日本の姿だ。暴走すれば地域社会を滅ぼし、子々孫々に禍根を残す危険な装置は、なぜ増殖したのか。二度と悲惨な事故を繰り返さないための手だてはあるか。答えを探して全国を巡った。>
 (東京新聞 2011/4/30 「こちら特報部 新日本原発紀行 伊方(愛媛)編」)


「二度と悲惨な事故を繰り返さないための手だて」――
すべての原発を即刻停止し廃炉にもっていくこと。
計画中、着工中の原発もすべてチャラにすること。
乱暴な意見かもしれないが、まずは、そう決めること(大筋の合意をとること)。
いま、大きく舵を切らなければ、いつまでも混迷を続けるだけだろう、と思うのだが……。
これから先、気の遠くなるような、長い時間がかかるのだろうな。

それはさておき、この連載では、各地の原発が抱えている現実の問題がかなり鋭く取材され、報告されている。

参考までに、連載内容(概略)を列挙しておこう。
日付は掲載日。
原子炉の活動状況は、記事掲載時点(記事中に記載)。
「停止中」には、定期点検のための停止が含まれる。

どこも、カネのばらまきで、強引につくったものばかりだ。

 ※以下、新聞記事のポイントを私の考えで要約したものなので、文責は私にある。
  【デスクメモ】は、毎回、囲みで記者のコメントが添えられているもの。
  その一部を引用、または要約した。

■2011/4/30 伊方(愛媛)編
 (運転中2基、停止中1基)
 南海日日新聞という地方紙で、斉間満さん(2006年死去)が繰り広げた反原発活動
■2011/5/1 柏崎刈羽(新潟)編
 (運転中4基、停止中3基)
 推進派と目されている泉田裕彦 県知事と、反原発派の「原発小屋」
■2011/5/2 島根編
 (運転中1基、停止中1基、建設中1基)
 県庁所在地(松江市内)にある唯一の原発
 当時の鹿島町に圧力をかけたのは、自民党の故桜内義雄衆議院議員
 彼の兄(乾雄)は中国電力の会長まで務めた人物
 【デスクメモ】
 桜内兄弟が生みだした島根原発。
 父・幸雄氏は中国電力前身の出雲電気社長などを務め
 戦中、大蔵相など歴任した実力者だ。…
■2011/5/4 高浜(福井)編
 (運転中3基、停止中1基)
 若狭湾に面したこの原発の想定津波高は、わずか0.74~1.34メートル
 震災後に2.3メートルに引き上げられたが…
 (地震学者は4メートル超を予測)
 【デスクメモ】
 札ビラで地域の反対勢力を切り崩す「原発」の手法は、「基地」とよく似ている。
 日本の電力会社で沖縄電力だけが原発を持たないのは、この点と無縁ではないだろう。
 基地だらけで原発が入り込む余地がないのだ。
 その沖縄も小型原子炉導入を検討中といわれる。…
■2011/5/5 泊(北海道)編
 (運転中1基、調整運転中1基、停止中1基)
 北海道内唯一の原発
 地元で30年以上も海水温を測り続け、「脱原発」を訴えている斉藤武一さん
 「やっと原発を止めることのできる時が来た」
 沖合には未知の活断層も
■2011/5/8 川内(鹿児島)編
 (運転中2基)
 保守系が強い県議会の改選で、反原発を掲げる革新系新人が当選
 3号機増設は凍結
 福島の事故後、外国人観光客が激減という「風評被害」
■2011/5/9 志賀(石川)編
 (停止中2基)
 1、2号機ともにトラブル続きで停止中
 1999年6月、制御棒3本が折れ、一時臨界状態となった
 (この事故の三ヵ月後に東海村でJCO臨界事故が発生)
■2011/6/5 敦賀(福井)編
 (停止中2基)
 浜岡に次ぐ「危ない原発」の筆頭格(1号機、1970年運転開始)
 【デスクメモ】
 原発を受け入れれば電力会社からいくらでもタカれる。
 五十年、百年後に障害児が生まれるかもしれない。
 それでも、いまは受け入れた方がよい―。
 1983年の敦賀市長(当時)による講演だ。
 実際の言葉には差別語もあったが、参加住民は拍手したという。…
■2011/6/6 大間(青森)編
 (建設中1基)
 6/5開票の青森県知事選では、原子力施設の建設を進めてきた現職が三選
 東日本大震災以来、建設は中断
 対岸の函館にも不安が広がり、差し止めを求める訴訟も(大間原発訴訟の会)
■2011/6/12 玄海(佐賀)編
 (運転中2基、停止中2基)
 2、3号機の運転再開が、福島原発事故で延期
 国や玄海町などが再開に前向き
 3号機はプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を使うプルサーマル発電
 周辺住民が九州電力を相手に同燃料の使用差し止めを求めて係争中
 (原告団長は佐賀市内の石丸さん、ごく普通の主婦だった)
■2011/6/19 女川(宮城)編
 (停止中3基)
 大震災で浸水などの被害を受けたが、辛うじて深刻な事故を免れ、自動停止した
 早くも運転再開の動きが出ている
 【デスクメモ】
 原子力開発の夢に燃えて東北大で学び始めた。
 だがその選択が間違いだと知る。
 東北電力は仙台ではなく、なぜ60キロ以上離れた場所に原発を造るのか。…
 「隠される原子力・核の真実」で京都大原子炉実験所の小出裕章氏の原点が
 女川だと知った。
■2011/6/20 大飯(福井)編
 (運転中2基、調整運転中1基、停止中1基)
 関西電力だけで三つの原発がある福井県
 名田庄町(現おおい町)に家族で移り住んだフォーク歌手の高石ともや
 作家の水上勉が、「高石さん、いいとこ来なさったな」と訪ねてきた
 しかし、そこに原発ができた…
 高石ともやは、次々に原発ができていく福井県で
 ♪原子の炎が燃える日は、どこにいればいいんだろう と歌った
■2011/6/27 上関(山口)編
 (計画中2基)
 原発建設予定地の海面埋め立てに必要な免許の起源を延長するかどうか
 免許交付の権限を持つ二井関成知事が、6月定例県議会で
 その判断を表明すると明言
 反対派の抗議活動や福島第一原発事故の影響で工事はほとんど進んでいない
 上関町議会は、上関原発計画白紙撤回の動議を賛成3、反対8で否決
 傍聴人から「座っている議員、恥ずかしくないのか」の怒号
■2011/7/3 美浜(福井)編
 (運転中1基、停止中2基)
 3基の老朽原子炉が立ち並ぶ
 同世代の東京電力福島第一原発と競うように、日本の原子力年表に刻まれる
 事故やトラブルをたびたび起こしてきた
■2011/7/4 もんじゅ(福井)編
 〝夢の原子炉〟のはずが、稼働すらできない高速増殖炉
 命名の由来は文殊菩薩
 「危険な施設に、御仏の名を使うとは」と、長年反対運動を続けてきた地元の住職
 (福井県小浜市の古刹、明通寺の中島哲演住職)
 「仏教者として受け入れ難い。まさにそうした人間のおごりを、ブッダの知恵と慈悲で
 克服しようとしているのに」
■2011/7/9 東海(茨城)編
 (廃炉中1基、停止中1基)
 東海村は3月の東日本大震災で震度6弱の大きな揺れに見舞われ、
 今も道路に陥没が残る
 原子力関連施設も大きな被害を受けた
 同村の西側を走る国道6号沿いには、核燃料関連事業所などが集まっている
 JCO東海事業所もそのひとつで、99年に臨界事故を起こし、操業再開を断念
 ドラム缶8千本分の低レベル放射性廃棄物や施設の管理を続けている
■2011/7/18 東通(青森)編
 東北電力(停止中1基、計画中1基)/東京電力(建設中1基、計画中1基)
 東北電力1号機は、大震災発生時に定期検査中だったが現在も再開できていない
 東京電力1号機(建設中)も工事を中断
 東通村は最果ての貧しい村だった
 村議会が地域振興の名の下に原発誘致を決議したのは、1965年
 その後、実際に原発計画が動きだしたのは、当時の竹内俊吉知事が70年に
 「原発20基を誘致する」とぶち上げたのがきっかけだった
 この頃、六ケ所村を中心とした巨大国家プロジェクトの臨海工業開発
 「むつ小川原開発」が始動したが、漁業関係者を中心に反対運動が起きる
■2011/7/31 浜岡(静岡)編(上) 8/1 浜岡(静岡)編(下)
 (廃炉中2基、停止中3基)
 菅直人首相が全面停止させてから2カ月半
 現地では「危険な街」という「風評」を懸念
 静岡県内の首長で唯一、「脱原発」を明言している湖西市長(三上元)は
 浜岡原発の地震対策の不十分さを指摘
 直下に巨大活断層が存在する可能性を指摘されているが
 中部電力は存在を認めていない

以上。
福島第二原発については、連載にとりあげられなかった。
(私の見落とし、切り抜き漏れがなければ)


2011/6/27(月) 東京新聞 朝刊 22・23面

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【読】【震】いやな感じの地震

昨夜半、零時頃。
地震で目がさめた。

ちょうど枕元にトランジスタラジオがあったので、スイッチをいれて地震速報を聞くと、伊豆あたりだという。
(震源地は駿河湾だった)
私の住まいのあたりは、震度3ぐらいだったか。

気象庁|地震情報 サイト
 http://www.jma.go.jp/jp/quake/20110802000902391-012358.html

 平成23年08月02日00時09分 気象庁発表
 01日23時58分頃地震がありました。
 震源地は駿河湾 ( 北緯34.7度、東経138.6度)で震源の
 深さは約20km、地震の規模(マグニチュード)は6.1と推定されます。
 各地の震度は次の通りです。
 なお、*印は気象庁以外の震度観測点についての情報です。
 静岡県  震度5弱 東伊豆町奈良本* 焼津市本町* 静岡駿河区曲金
      震度4  下田市加増野 東伊豆町稲取* 河津町田中*
 (以下略)

いやな感じだ。
「東海地震」という言葉が頭をよぎる。
(今すぐ東海地震には結びつかないのだろうが、不気味だ)

地震:静岡で震度5弱 「東海」との関係否定 13人けが、27棟損壊 - 毎日jp(毎日新聞)
 http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110802dde041040075000c.html


昨夜は、寝る前に二冊のムックをパラパラとみていた。
「Newton」という科学雑誌の別冊で、値の張るものだったが、気になる内容だったので手に入れたのだ。

さすがに「Newton」だけあって、情報の質は高い。
(原発特集の方は、執筆陣に原発擁護派の北大大学院教授・原子力安全委員会専門委員の名前があったりして、気に食わないが)

 

3月11日の大きな地震を、この身で体験した。
私の地震体験など、たいしたものではないのだろうが、それでも、ある種の「トラウマ」になっているのだろうと思う。

ほんとうは、地震のことも原発のことも忘れて、のんきに暮らしたい。
なのに、毎日、いろんな情報がはいってくる。
よせばいいのに、本を買い漁って読んだりしている。
いろんなことがわかったところで、どうなるものでもない、という思いもある。

2011年という年は、私にとって大きな転機になりそうだ。
定年退職をむかえて、生活も大きく変わりつつある。
震災前には、定年後たっぷり時間があるから、読みたい本がいくらでも読めるような気がしていた。
(生活のために稼ぎ続けなければいけないことは、承知のうえだが)

それが、なにやら先行きが見えない状況になってきた。

福島第一原発で「毎時1万ミリシーベルト超検出」という、いやなニュースもはいってきた。
1万ミリ=10シーベルト/時を越える、とんでもない数値。
線量計の針が振り切れて、測定できないほどの値だったという。
計測した作業員の被曝量は、4ミリシーベルトと報じられている。
3メートルほど離れた場所から、棒の先に線量計を付けて測定した、という報道にもぞっとする。


……と、まあ、日帰り温泉でしばし「のんびりタイム」を過ごした後、こんなことをぼんやり考えていた。
どんよりと曇って、蒸し暑い夕方。
ひと雨きそうな気配。
いやな気分だ。


― 『知っておきたい放射能の基礎知識』 ソフトバンク クリエイティブ 刊 より ―
被曝放射線の合計量(ミリシーベルト)とその影響
 150  軽度のむかつき
 1000 リンパ球が減る
 5000 下痢や出血、一時的な脱毛
 1万  意識障害
 5万  全身障害、48時間以内に死亡

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【震】木の屋石巻水産の缶詰

ひさしぶりに、花小金井にある日帰り温泉に行ってきた。

おふろの王様 花小金井店
 小平市花小金井南町3-9-10
http://www.ousama2603.com/shop/hanakoganei/index.html

前から気になっていたものが、ロビーにあった。
3月の大津波で被害を受けた、石巻の「木の屋石巻水産」の缶詰。
たしか、5月頃に、おふろの王様花小金井店にテレビ取材などもはいって話題になったはず。(私はその番組を見ていないが、おふろの王様のサイトで告知していた)


― Wikipedia 「木の屋石巻水産」 ―
<株式会社木の屋石巻水産(きのや いしのまきすいさん)は、宮城県石巻市に本社のある水産加工品メーカー。代表商品は鯨肉加工品で、本社隣接地には鯨大和煮の缶詰を模した大型魚油タンクがある。東日本大震災で工場が全壊する被害を受けたが、再建を目指している。>

株式会社 木の屋石巻水産
 http://kinoya.co.jp/
木の屋スタッフBlog 木の屋ブログ
 http://ameblo.jp/kinoya-blog/
Twitter
 http://twitter.com/#!/yuya_kimura

大津波で工場が流され、跡形もなくなったが、ヘドロの下から缶詰がみつかったという。
「希望の缶詰」と名づけられている。

上記のブログに、震災直後のレポート(2011/3/29)があり、社屋が流された後の写真も掲載されている。
 http://ameblo.jp/kinoya-blog/page-5.html#main


「おふろの王様 花小金井店」では、この「希望の缶詰」を販売している。
販売されるようになった経緯の説明書きも掲示されていた。
これまで何度か、温泉にはいった時に見ていたのだが、今日、ゆっくりと読んでみた。

一個400円。
さばみそ煮、さば水煮、さんまみそ甘辛煮の三種があったので、ひと缶ずつ購入。
老舗の缶詰は美味しそうだし、私なりの応援のきもちをこめて。

201108020001

缶は、ゆがみやへこみがあり、津波の恐ろしさを感じる。
洗浄した後、簡易ラベルを貼ったようすがうかがえる。

「生産者直売のれん会」というサイトがあり、木の屋石巻水産(「希望の缶詰」取扱店舗)の情報が掲載されている。

催事情報/生産者直売のれん会
 http://www.noren-kai.com/saiji/

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2011年8月 1日 (月)

【読】世界記憶遺産 山本作兵衛

炭鉱記録画家 山本作兵衛(1892~1984)の絵画や日記が、ユネスコの「世界記憶遺産」に登録された。
今年の五月のことだった。
日本からは、初の登録。

記憶遺産は1992年に始まった事業で、これまでに、フランスの手書き版「人権宣言」やアンネの日記など76カ国193件が登録されているそうだ。
私には、富士山の世界遺産登録問題などよりも、よほど興味ぶかく、うれしいできごとだ。

このニュースはだいぶん前の新聞報道で知っていたが、7月末に、山本作兵衛さんがかつて出版していた本が復刊された。
今日、国分寺にでる用があったので、駅ビルの紀伊國屋書店で入手。
こういう本が図書館にはいるまでには時間がかかるし、なによりも手元に置いておきたい本だから。

復刊されたのは、1967年に刊行されていた画文集 『炭鉱(ヤマ)に生きる 地の底の人生記録』。
東京新聞の記事で知った。
装丁が南伸坊というのも、うれしい。


東京新聞 2011/7/29(金) 夕刊 8面記事
 筑豊炭鉱画文集 装い新たに復刊
   記憶遺産の山本作兵衛作品

20110729_tokyo_shinbun_2


『新装版 画文集 炭鉱(ヤマ)に生きる――地の底の人生記録』
 講談社 2011/7/28発行
 214ページ 1700円(税別) 

山本作兵衛について、私はこれまで、まったく知らなかった。
じつに、味のある絵なのだ。

本書の著者紹介から、一部を転載しておく。

山本作兵衛 (やまもと さくべえ)
明治25(1892)年福岡県嘉穂郡生まれ。七歳のころから坑内に入り、以来五十余年、働くヤマが閉じられるまでひとすじに筑豊のヤマに生き抜いてきた。これだけでもすでに偉とするに足る記録だが、真価はむしろそれ以後、昭和33年に「ヤマの姿を記録して孫たちに残しておこう」と絵筆をにぎり、明治・大正・昭和三代のヤマの姿を丹念にうつしはじめてから発揮される。
とうに六十はすぎていたが、その記憶力は抜群で、独学ながら精緻丹念な仕事ぶりは一日も休むことなくつづけられ、九年間で数百枚の絵と六冊の大学ノートびっしりに貴重な記録がものされた。
昭和59(1984)年、老衰により、惜しまれつつ逝去。…


【参考サイト】
■asahi.com 2011/5/25
筑豊の炭鉱画、国内初の「記憶遺産」に 山本作兵衛作
 http://www.asahi.com/culture/update/0525/SEB201105250050.html
■東京新聞:記憶遺産 炭坑の絵探る:なるほどランド:教育(TOKYO Web)
2011/7/12
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/education/naruhodo/CK2011071202000094.html
■山本作兵衛の作品集ギャラリー【世界記憶遺産】 - NAVER まとめ
 http://matome.naver.jp/odai/2130637277428160801
■YouTube
ユネスコ世界記憶遺産登録 山本作兵衛炭坑記録画・記録文書展
 http://www.youtube.com/watch?v=y7DMqIafyp0

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