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2012年1月の32件の記事

2012年1月31日 (火)

【楽】MOTEL 美濃路・三河路ライブ道中

MOTEL(須藤もん&対馬照)、2月ライブツアーのご案内です。
すばらしいチラシもできました(須藤もんさん自作)。

■2/25 (土) 美濃加茂 「珈琲ワンダーランド」 (丸圭書店)
 
岐阜県美濃加茂市太田町2693-10
TEL 0574-25-2281
 ※ワンダーランドは新店舗に移転しました。旧店舗より南へ200mです。
出演 MOTEL(須藤もん&対馬照)/たけおとしょうご
18:00 開場 19:00 開演 料金 2,500円

■2/26 (日) 豊橋 「アンクルトム」

愛知県豊橋市神明町12番地
TEL 0532-53-5355
出演 MOTEL(須藤もん&対馬照)/日念暮/タクロー
    井上としなり  ※2012/2/9 出演者変更
19:30 開演 料金 1,500円

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2012年1月30日 (月)

【読】手放しがたい本

本の減量作戦を継続中。

きのうの段階からさらに一歩すすんで、処分本は110冊程度まで増えた。
さっそく、チャリティー古本市用書庫へ車で運んだ。
さすがに重かった。

家に戻って、文庫本のうち処分していいものを追加で選び、いったんは紐でくくったのだが……。
思いなおして元に戻した本が二冊ある。
ずいぶん前に読みおえた本だが、いい本なのでとっておこうと思ったのだ。

二冊とも、勢古浩爾さんが著書のなかで推奨していたもの。
勢古さんの選書眼は鋭く、彼の推薦図書リストにはずいぶんお世話になった。

 → 2007年2月17日 (土) 【読】文庫二冊
   http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_543b.html


陽 信孝 著 『八重子のハミング』
 小学館文庫 2005年発行
 221ページ 476円(税別)

アルツハイマー病に罹った妻の介護記。
著者自身も胃がんの摘出手術を受けている。
四千日余に及ぶ「老老介護」の軌跡は、これから先の私にとっても他人事ではない。
著者は短歌を詠む。
本書の随所に、短歌がちりばめられている。

 黄泉の国 求めて行かば 必ずや
  まみえゆることの あらば行きたし


<妻が最後まで口にした言葉は、「ばか」「痛い」「おかあさん」。亡くなる一年ほど前からは、私を見ても「おとうさん」という言葉は出ず、代わりに「おかあさん」と呼びかけられたことが何度かある。
 本書の題名にもなった「ハミング」であるが、夫婦とも大ファンだった谷村新司の「昴」を最後に、亡くなる数か月前から、もうまったく口ずさむことはできなくなっていた。しかし、私が歌い出すと、まるで手拍子を取るように微かに体を揺すって、機嫌良さそうにしていた。>
 (P.209 終章 かあさん、ありがとう)

涙なくして読めない本だった。

もう一冊。
これも感動的な内容。
大学卒業後、会社勤めに挫折して釜ヶ﨑で労務者になり、山谷に流れて来た男性が書いた本。
著者は、この本で第9回開高健賞を受賞した。
畳一畳のベッドハウスに寝泊まりし、現場仕事をし、山谷に生きる人間たちの生活と心根をつぶさに観察して書いたものだ。

この本を読んだとき、まさに「目からウロコが落ちる」思いをした。

大山史朗 『山谷崖っぷち日記』
 角川文庫 2002年発行
 213ページ 495円(税別)

強く感動し、いいと思った本は、やはり手許においておこう。

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【楽】BGMは百恵ちゃん

身辺整理を続けている。
これもまた物入れ(クローゼット)にしまいこんであったレコードのなかに、山口百恵の5枚組LPがあった。

きょうは、百恵ちゃんのレコードでも聴きながら、本の整理の第二弾でもしようか。

百恵伝説 Star Legend / 山口百恵
 1980年 CBS/SONY 00AH 1021~5

Momoe

夢、花、炎、愁、愛、とタイトルがつけられた5枚の箱入りセット。
収録曲は、発表順になっていない。

なんといっても、阿木燿子・宇崎竜童コンビの曲(曲目リストの太字)が圧巻。
私は、この作詞作曲コンビがつくった歌が好きだ。
百恵さんが「横須賀恵」名義で作詞している曲が2曲はいっている(曲目リストの茶色)。

【収録曲】 全60曲
「夢」
A) としごろ/青い果実/禁じられた遊び/春風のいたずら/ひと夏の経験/ちっぽけな感傷
B) 冬の色/湖の決心/夏ひらく青春/ささやかな欲望/白い約束/愛に走って
「花」
A) 夢先案内人鏡の中のある日美・サイレントオレンジブロッサム・ブルース/ただよいの中で/時の扉
B) 謝肉祭/あまりりす/いま目覚めた子供のように/娘たちプレイ・バックPart.2歌い継がれてゆく歌のように
「炎」

A) 横須賀ストーリーロックンロール・ウィドウ木漏れ日/シュルード・フェロー/愛の嵐夜へ・・・
B) イミテーション・ゴールド/デイ・ドリーム/青い羊歯-アジアンタム-/絶体絶命/E=MC2/
DANCIN'IN THE RAIN
「愁」
A) 秋桜/COSMOS(宇宙)/視線上のアリア/最後の頁/霧雨楼/いい日旅立ち
B) I CAME FROM 横須賀/哀愁のコニー・アイランド/パールカラーにゆれて/落葉の里しなやかに歌って/ラスト・ソング
「愛」
A) 乙女座 宮/赤い衝撃/愛染橋/おだやかな構図/碧色の瞳アポカリプス・ラブ
B) 初恋草紙/抱きしめられて/赤い絆-レッド・センセーション-/GAME IS OVER
CRY FOR ME曼珠沙華

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2012年1月29日 (日)

【読】暗礁からの脱出(本の整理、その後)

五日間にわたって奮闘したところ、なんとか本棚に収まった。
といっても、クローゼットにあったカラーボックスが、部屋に出てきただけだが。
しかも、ほぼすべての棚の中身が、前後二列。
後ろにかくれた本の背が見えないけれど、棚卸しをしたことで、どこにどんな本があるかだいたい把握できた。
よしとしよう。

今回の処分(古本市行き)は80冊ほど。
少したってほとぼりが冷めたら、あらたなきもちで、さらなる減量に挑むつもり。
ナンチャッテ。

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思いきったことといえば、勢古浩爾本の一部を残して処分することにしたぐらい。
くたびれたけれど面白かったな、本の整理。

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2012年1月27日 (金)

【読】はやくも暗礁に…

「本をへらす」宣言をしてみたものの、三日目ではやくも暗礁に乗りあげてしまった。

きのうは、40~50冊選別して、チャリティー古本市向け保管庫に置いてきた。
冊数を数えなかったが、だいたいこれぐらいだろう。

きょうは、物入れ(クローゼット)にしまい込んでいた本を、カラーボックスごとすべて引っぱりだした。
文庫本やら山岳関係図書やら。
これまでに、何度も処分しようとしてできなかった、愛着のある本ばかり。

わが家の二部屋を占領している三つの本棚(+細めの本棚ひとつ)は、とっくに満杯状態。
本棚の上にまで積み重ねているものだから、去年の地震のときには、いくつか落下した。

そんなところに、物入れに押し込んであった本が数百冊加わった。

正直、途方に暮れている。
それでも、100冊ほどは処分(古本市への寄付)が決まった。

本棚を買い足す余裕は、空間的に、もうない。
ひとつひとつ見ていると、どれも手放しがたいものばかり。
(まだ読んでいない本が圧倒的に多い)
どうしよう……。

明日、考えよう。
というか、やはり思いきりが必要なんだろうなぁ……。
われながら未練がましいヤツよ。

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【歩】春は遠い

数日前に降った雪が融けて凍り、路面はツルツル。
氷のはったコンクリートの上を歩くと、寒さがこたえる。
午前中、陽がさしていたのに、いまは曇り空だ。
今朝も冷えこんだ。

春は、まだ遠い。

撮影 2012/1/27(金) 午前
 東京都小平市(小平団地)

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2012年1月26日 (木)

【震】あさこはうすゆうびん

12月22日にこのブログで紹介した 「あさこはうす」。

 2011年12月22日 (木) 【震】あさこはうす
  http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-3c33.html

青森県下北郡大間町で建設中の大間原発に反対し、建設地の近くに居住を続けている小笠原厚子さんのログハウスだ。
母親の熊谷あさ子さん(2006年死去)の遺志を受け継いで、がんばっている。

小笠原厚子さんを支援するのが、「あさこはうすゆうびん」。
一枚200円の葉書だが、これにはカンパ(支援金)が含まれている。

この葉書を、「あさこはうす」宛に送ることによって、郵便配達が「あさこはうす」までの道路を利用し、道路の利用実績となる仕組みだ。
(道路の利用調査を始めている、と聞く)
建設を進めようとしている電力会社(電源開発)側は、なんとかこの道路を閉鎖し、土地買収・立ち退きに追い込みたいらしい。

年末に、私も10枚ぶんを振り込んだのだが、今日、葉書が届いた。

原発反対に共感される方の支援を、広く訴えたい。
もちろん、この葉書を使わなくても、何らかの郵便物を「あさこはうす」宛に送ることが、支援になると思う。

〒039-4601
青森県下北郡大間町字小奥戸396
 あさこはうす 小笠原厚子 様


20120126_asako_house_2

送られてきた「あさこはうすゆうびん」の葉書には、こう印刷されている。

あさこはうすゆうびん
あさこはうすにはたくさんの人の出入りが必要だけれど、場所は青森の最北です。
中々簡単には行けないところ。遠くのかたも。もちろん近くのかたも。
はがき一枚で出来る、ちいさな応援をおねがいします。



あさこはうすゆうびん 振込先(郵便振替)
 02760-3-66063 あさこはうすの会

「あさこはうすゆうびん ○○枚購入希望」と書く(1枚200円で、何枚でも)


【参考サイト】
市民ジャーナリストチーム青森のブログ
  大間原発敷地内でひとり土地を守る 小笠原厚子さん単独ロングインタビュー!

http://yori1335.blog89.fc2.com/blog-entry-19.html

大間原子力発電所 (出典:Wikipedia)
大間原子力発電所(おおまげんしりょくはつでんしょ)は青森県下北郡大間町に建設中の電源開発の原子力発電所である。
特徴
 大間原子力発電所は、ウラン燃料だけでなく、MOX燃料を全炉心に装荷できることが特徴であり、1995年8月の原子力委員会決定によると、「中期的な核燃料リサイクルの中核的担い手である軽水炉によるMOX燃料利用計画を拡げるという政策的な位置付けを持つ。」とされている。
反対運動と影響
 大間原子力発電所は、1984年の誘致決議から2008年5月に至るまで着工すら行われていなかった。これは、炉心建設予定地付近の土地を所有する地権者が原子力発電所の建設に反対し、最後まで買収に応じなかったためである。このため、電源開発は2003年2月、ついに用地買収を断念し、建設計画の見直しと原子炉設置許可申請の変更を強いられることとなった。反対運動の影響により原子力発電所の原子炉設置許可申請が変更されたのは非常に特異なケースである。
 なお、この用地買収をめぐっては、買収金に関する不明朗な噂がいくつか飛び交っていたことが報道されている。
 さらに、用地買収に絡み7000万円の自作自演の強盗事件が過去発生している、電源開発側から自作自演の強盗犯である買収工作請負人に1億が渡され、そのうちの7000万円が”あさこはうす”所有者に渡る予定だったものを、急遽強盗と見せかけて奪取した事件である。事件後の調査では、自作自演の強盗犯側は電源開発関係者からの依頼と主張したが、電源開発側は関与否定している(TBS「報道特集」)。


熊谷あさ子さん死去 大間原発建設予定地の地権者
http://www.47news.jp/CN/200605/CN2006052001005816.html

 熊谷あさ子さん(くまがい・あさこ=大間原発建設予定地の地権者)19日午後10時29分、青森県むつ市の病院で死去、68歳。死因は不明。青森県出身。自宅は青森県大間町大間細間10の4。葬儀・告別式は23日午前11時から大間町大間大間98、福蔵寺で。喪主は二男正彦(まさひこ)氏。  「大間にはマグロやコンブがとれる宝の海がある」と、電源開発(東京都)が計画している大間原発に反対。半農半漁の暮らしを続けながら土地買収を拒否し続け、電源開発は炉心の位置をずらすなど異例の対応を迫られた。  電源開発は土地の明け渡しを求め、熊谷さんを提訴。熊谷さんも工事差し止めを求め電源開発を提訴し、訴訟合戦を繰り広げていた。

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2012年1月25日 (水)

【読】本をへらす

たまりにたまった本の処分をはじめた。
古本屋に持っていくのも手間だし、ほとんど値がつかないので、チャリティー古本市に寄付するつもり。

2012年 第14回 チャリティ古本市
  3月24日(土) 午前10時~午後5時
  3月25日(日) 午前10時~午後3時

 場所:小平市中央公民館ギャラリー
   (西武多摩湖線 青梅街道駅下車 徒歩5分)
 寄付本受付
  3月22日(木)~23日(金) 午前10時~午後4時
  場所:小平市中央公民館ギャラリー
 主催:小平図書館友の会 後援:小平市教育委員会


補足(文責:やまおじさん)
小平近辺の方、ご不要になった本の寄付をお願いします。
小平市中央公民館は、小平中央図書館の並びにあります。
曜日の関係で3/22・23にお持ちいただくことが難しい方は、ご相談ください。
(問い合わせ先は、下のチラシに)


2012_book_recycle   

さて、私の本の整理だが……。
これまで何度もトライして挫折しているので、今回は以下の基本方針で整理を断行したい。

・これは面白そう、と思って買ったものの、何年も読まずに置いてある本は処分する。
・読みおえた本は、よほど愛着があるもの、貴重なもの以外は処分する。

今回は、思いきって大量処分するつもりだ。
量的に全体の2~3割は減らしたい。
そうしないと、わが家の収納スペースが足りない。

そうはいっても、手放したくない本ばかり。
私にとっては、断腸の思いなのだが……。

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2012年1月24日 (火)

【雑】雪ふりつむ

昨夜から降り続いた雪。
今朝には数センチ積もっていた。
朝早く、まだ暗いうちから、近所の人が雪かきをしている音が聞こえた。
寝床から起きて、さて、私も外でいっしょにやろうかと思った頃には、あらかた終わっていた。

東京でどか雪が降ったのは、ひさしぶりだ。
住居棟の前の駐車場に置いてある車も、すっぽり雪の帽子をかぶっていた。
路面を除雪してくれたおかげで、歩きやすくはなったが、日蔭なので凍結して、すべりやすい。
昼間、買物に出たときには、恐る恐る歩いたものだ。

団地の芝生の雪は、何日かは融けないだろう。
今日は、写真を撮らなかった。

最初に「雪降り積もる」というタイトルを思いつき、もう少し気のきいた言い方はないだろうかと考えているうちに、ふと思いだした。
三好達治の詩の一節。
詩歌には詳しくないが、この有名なフレーズがすぐに思い浮かんだ。

 太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
 次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。 (三好達治 「雪」)

歌になりそうな、リズム感のあるこのフレーズが好きだ。


ネット検索していたら、面白いブログにぶつかった。
全部は読んでいないが、私自身のブックマークがわりに記しておく。

ブログ俳諧鑑賞: 三好達治の「雪」(その一~その十)
 http://yahantei.blogspot.com/2011/06/blog-post.html

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2012年1月22日 (日)

【読】鯨と原子炉

「鯨と原子炉」 という魅力的なタイトルの本を知り、図書館から借りてきた。

ラングドン・ウィナー 著/吉岡斉・若松征男 訳
 『鯨と原子炉 ―技術の限界を求めて―』
 紀伊國屋書店 2000/2/10発行
 306ページ 2600円(税別)
  Langdon Winner
  THE WHALE AND THE REACTOR
   A Search for Limits in an Age of High Technology
  1986 by The University of Chicago

タイトルから想像した、「エコロジーの観点からのテクノロジー批判」(訳者あとがき) の書ではなかった。
以下、本書カバーより。

<原子炉に代表される暴走するテクノロジーの発展は止めようがないのか。私たちはいかなる技術的世界を想像しようというのか。著者は技術に絶対の信頼を置く「技術的夢遊病」からの脱却を求め、技術文明のあり方についてはさまざまな選択肢があることを問いかけ、その選択決定のための「技術の政治哲学」の構築をはかろうとする。……>

「政治哲学」 とは、これまた難しそうで、序文を読んだところで投げ出そうかと思ったほどだが、本文を読み始めると著者の言いたいことが理解できそうな気がした。
内容は難しいが、訳文が読みやすい。
というわけで、しばらくのあいだ、この本を読んでみようと思う。
正直に言うと、このての翻訳ものは苦手なのだが。


この本を知ったのは、松岡正剛さんのサイトだった。

松岡正剛の千夜一冊
 http://1000ya.isis.ne.jp/
  1448夜『鯨と原子炉』ラングトン・ウィナー|松岡正剛の千夜千冊
   http://1000ya.isis.ne.jp/1448.html

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2012年1月20日 (金)

【雑】雪だ

ずっと雨のない日が続いていたが、今日は雪が降っている。
東京の人は雪を嫌うようだが、雪国で生まれ育った私には、なつかしい。

撮影 2011/1/20(金) 午前 東京都小平市

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気象庁 | 気象警報・注意報 | 小平市
 http://www.jma.go.jp/jp/warn/1321100.html

平成24年 1月20日09時16分 気象庁予報部発表

東京都の注意警戒事項
 伊豆諸島南部では、20日昼過ぎから21日朝まで高波に警戒して下さい。


===================================
小平市 [発表]大雪注意報 
 雪 注意期間 20日夕方まで
   24時間最大降雪量 5センチ
 付加事項 降雪による交通障害

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2012年1月19日 (木)

【遊】ひさしぶりに青梅へ

車で青梅(吉野梅郷)へ。
今年にはいってからは、もちろん初めてだが、青梅まで足を延ばすのは久しぶりだった。
自宅から新青梅街道~吉野街道経由で、片道30km。

梅の季節になるとにぎわう吉野梅郷に 「美よしの園」 という店がある。
梅干しやら、梅をつかったさまざまな食品(ジャム、うどん、ジュース、菓子など多様)の他、陶器も展示・販売している。
店内で飲み物や軽食も飲食でき、民芸調の内装で、落ち着く店。

ここで販売しているお香(梅を練りこんだもの)を愛用しているのだが、切らしてしまったので買いに行ったのだ。

美よしの園
 青梅市梅郷4-702-2 (店舗)
http://oh-ume.com/

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梅の実がとれる時期になると、店の前で梅を干していたりする。
お香を買い、店内でコーヒーと梅カステラをいただいた(セットで550円)。

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帰り道、新青梅街道沿いにある古本屋(ブックセンターいとう)に立ち寄った。
面白そうな本を発見し、購入。
この店舗は古本の在庫が豊富で、けっこう掘り出し物がある。

『朝日新聞100年の記事にみる 2 探検と冒険』
 朝日新聞社 1979年発行
 312ページ 1500円

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こんなシリーズがあったことを知らなかった。
なかなか面白そうなシリーズで、揃えてみたい気になる。
小平市の図書館に置いているようなので、そのうち借りてみようかとも思う。

朝日新聞100年の記事にみる シリーズ (全10巻)
1 恋愛と結婚/2 探検と冒険/3 東京百歳/4 外国人の足跡/5 奇談珍談巷談 明治編/6 奇談珍談巷談 大正昭和編/7 スポーツ人物誌/8 特ダネ名記事/9 追悼録 明治大正編/10 追悼録 昭和編 

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2012年1月17日 (火)

【読】原発推進者の無念 (続々)

北村俊郎さんが書いた
 『原発推進者の無念――避難所生活で考え直したこと』 (平凡社新書)
を読んで感じたことの続き。

郡山市の避難所で配布された食事のひどさには、驚いた。
避難所の周辺は地震の被害も甚大ではなく、また、店舗も多く、物資も比較的豊富だった。
にもかかわらず、避難所にいる人たちには、毎日毎日、菓子パンとおにぎりばかり、というのはどういうことだったのか。

奪われた自由

<寒さも遠のき、ビッグパレットの駐車場にもコブシの花が満開となった。避難も一か月を過ぎると、いつまでこんな状態が続くのかとうんざりすると同時に、避難とはいったいどのようなことかと考えるようになった。福島第一原発の事故の後、生活はどのように変わったのか。何が違うのだろう。>

<毎日、食べて寝てという日が繰り返されていくが、ここは自宅ではない。家財もないので好きなこともできないし、食事も好きなものを食べられるわけではない。まるで合宿をしているような感覚である。だがこの合宿は自分からはじめたものではない。……>

<よくよく考えてみると、今のところ明らかに失ったのは自由だ。自由といえば日本においては憲法で定められた権利で、これを奪われるのは刑務所に入った場合だけだ。政府から健康を守るための避難指示が出たとはいえ、避難している人々は大げさにいえば基本的人権を侵されている。>
 (P.89-90 第一部第一章 4月19日)

著者の北村さんは、配布される食事があまりにもひどいので、まず町の職員に、次に県の対策本部にかけあう。

県とのやりとり

<ビッグパレットでの処遇について町の窓口に要望をいっても、ほとんど実現しない。一つが食事の問題だ。すでにここに来て一か月たつというのにまだ食事はパンと飲み物、おにぎりと飲み物が基本だ。おかずがない。これでは栄養が偏ってしまう。成人はもちろん子供もすでに一か月もこれが続いているのでもう放置できない問題だ。町の担当者にいっても 「それはわかります。県には要望しています」 というだけ。それ以上のことは決していわない。……>

<「君たちはなぜ、町民の健康を守るために動いてくれないのだ。どっちを向いて仕事をしているのか」と怒鳴りたくなるのを、じっと我慢して県に電話した。>

<県の対策本部の電話はほとんどつながらない。このこと自体が問題だ。やっと教えてもらった代表番号以外の電話にかけるとすぐにつながった。>

<「先日から食事の栄養のことで改善を要望している者ですが、避難して一か月たつのに、いつまでパンやおにぎりの食事なのか。学校給食のように温かい食事か、せめてコンビニやスーパーの弁当のようなご飯とおかずに漬物がついたようなものを出せないのか」
 「野菜ジュースなどつけるようにしていますが、給食などは今のところちょっと難しい」
 「予算がないのか」
 「それも理由だが、なかなかそういうかたちにするのは……」
 「旅館やホテルに入っている人には一人一日二食つきで5000円の補助が出ている。これに対して、ビッグパレットは差がありすぎる。せめて400円程度の弁当を夕食だけでよいから出せないか。郡山は都会だから、スーパーなどに発注すれば2000食くらいすぐに調達できるはずだが」
 「格差は確かにわかる。しかし、今すぐにはできない」……>
 (P.90-92 第一部第一章 4月19日)

こういうやりとりの末、北村さんは「検討する」という回答を県の対策本部から引きだし、途中経過を電話連絡してもらうことを約束させた。
その結果、4月21日になって、はじめてコンビニ弁当が配られたのだった。

はじめてのコンビニ弁当

<今日の夕食から初めてコンビニ弁当が配られた。今のところ夕食だけだが、これまでさんざん、おかずのある栄養バランスのよい食事を出すように要求してきたのが、一か月たってようやく改善された。もちろん電子レンジがあるわけではないので、冷たいご飯であることには変わりない。ビッグパレットのように大人数で長期的に避難者が暮らしている場所では、本来は学校給食のように、あるいは旅客船のように厨房設備があり、食堂があり、食事をつくるスタッフがいて、栄養バランスのとれた温かい食事を提供すべきである。……> (P.97 第一部第一章 4月21日)

当時の、国や県の活動状況はよくわからないが、自衛隊が簡易的な「テント風呂」を提供していたぐらいだから、本気で自衛隊を動かせば、筆者が書いているような給食活動は可能だったと思う。

ところで、問題になった管直人総理(当時)の発言について、現場の避難民だった筆者はこう書いている。

菅総理発言

<「当面住めないだろう・10年住めないのか、20年住めないのか……ふたたび住めないということになってくる」 という菅直人総理の発言が、松本健一内閣官房参与から明らかにされて波紋を呼んでいる。官邸はあわてて否定した。この点こそ、避難している人、これから避難せざるを得なくなっている人たちの最大の関心事。それがわからなくて、将来のプランがまったく描けないのだから、総理のこの発言に避難している人が飛びついたのは当然だ。そういう見通しがあるのなら、むしろ正直にいってもらったほうがよい。近々帰れるような期待を持たせ続けて、引っぱられるのはごめんだと思っている。官邸側や東電は、そんなことをいえば、補償問題がとんでもないことになるので隠しているのではないかと疑いを持つ人もいる。> (P.66-67 第一部第一章 4月14日)

筆者の感想は、もっともだと思う。
菅直人・前総理は、正直だったとは思うが、一国の総理としてまったく配慮に欠けた発言だった。
ただし、原発周辺の状況は、今でも菅氏がもらした通りではないだろうか。
ならば、中途半端に「帰宅可能」をちらつかせたりせずに、現状を把握し、公表して、今後の対策に知恵を絞るべきではないか。
もちろん、東電はすべての被災者に対して全額を補償すべきである。
そんなことを考えた。

引用(コピペ)ばかりで恐縮だが、この本は、いろいろなことを教えてくれ、考えさせてくれる。
いい本だと思う(まだ半分しか読んでいないが)。


【参考】

■ 「ビッグパレットふくしま」の避難所は、2011年8月31日をもって閉所した。
 ビッグパレットふくしま
  http://www.big-palette.jp/15news/2011/08/post-45.html
 → 複合コンベンション施設 お知らせ|イベントカレンダー【ビッグパレットふくしま】
   http://www.big-palette.jp/15news/2011/08/post-45.html

2011.08.31
「ビッグパレットふくしま」の避難所閉所について。
 東日本大震災により「ビッグパレットふくしま」にて3月から開所してまいりました避難所は、8月31日をもって閉所いたしました。
 避難所運営中は、県内や全国各地の団体、ボランティアの皆様には多大なるご支援を頂き、ありがとうございました。
 9月からは、「ビッグパレットふくしま」の事業再開へ向けて調査・修繕を進めてまいりますので、ご利用のお客様には当館再開まで引き続きお待ちいただけますよう、お願いいたします。
 なお、平成24年3月31日までは休館いたします。その後の事業再開日程は、改めてお知らせいたします。


■ Facebookに、「【避難所】郡山市 ビッグパレットふくしま(福島県)」のページがあった。
 https://www.facebook.com/hinanjo.bigpallet

■ 東京新聞:原発推進者の無念 北村俊郎さんに聞く:特報(TOKYO Web)
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011111802000055.html
  ※全文が読めるサイト
   Nuclear F.C  : 原発のウソ : 11/19 原発推進者の無念北村俊郎さんに聞く@こちら特報部
   http://blog.livedoor.jp/ryoma307/archives/5380162.html


【2012/1/20追記】
東京新聞 「こちら特報部」 2011/11/18(金) 記事のスクラップがあったので掲載。

東京新聞 2011/11/18(金) 朝刊 28・29面
 こちら特報部 「原発推進者の無念 北村俊郎さんに聞く」
 記名記事(小国智宏、出田阿生)
20111118_tokyo_shinbun220111118_tokyo_shinbun1 

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【読】原発推進者の無念 (続)

北村俊郎さんが書いた
 『原発推進者の無念――避難所生活で考え直したこと』 (平凡社新書)
を読みながら、気になったり感心した個所に付箋を貼っている。

そんな中から、いくつか書いてみたい。

原発への賛否
避難所(郡山市「ビッグパレットふくしま」)にいる人たちの、原発への思い。
「原発事故のおかげで家に戻れない、いつ戻れるかもわからない」
「ほかの被災地の人は後片づけや復興をはじめているのに、自分たちはなすすべもない」

これは、そうとうきついと思う。

<原発があるおかげで仕事が確保される、施設が整備されるなどいろいろな恩恵はあったが、それにしても原発誘致の結果がこんなかたちで報われるとは思ってもみなかった。原発は安全だと聞かされていたが、やはりそうではなかったのだ。どんな大きな地震や津波があったとしても、それで壊れるようではやはり安全とはいえない。> (P.38 第一部第一章 4月5日)

<第一原発については事故に至らなかった5、6号機も含めて廃炉は当然という声が多い。だが、NHKが当初、避難所で100人に聞いたところ、原発の必要性については半数の人が支持した結果となり、時事通信社などが全国でアンケートした結果とほとんど同じとなっているのは興味深い。地元では原子力関係で収入を得ている人が多いことも影響しているようだ。しかし、事故がなかなか収束しないために、家に戻れる目途が立たず、しだいに原発に対する感情が悪化しているように思われる。原発に頼らず、新たな産業により町を復興しなければという声もある。> (P.39 第一部第一章 同上)

福島以外の原発立地地域の問題も、ここにあると思う。
「脱原発」は、現実にはなかなか難しいのだろうということは、容易に推測できる。
北海道の泊村で、原発維持派の町長が無投票当選したのも、原発に依存せざるを得ない(そのようにさせられた)過疎地選挙民の苦渋の選択とも思える。

金の問題
着の身着のまま家を離れた人たちは、とうぜん現金不足に悩まされている。
本来、加害者である東電や国が、避難にかかる費用を全額負担すべき、という思いは当然だろう。
同じ避難者でありながら、避難所にいる人たちと、ホテルや旅館、住宅にいる人たちとの間の不公平も、大きな不満の種だった。
郡山の避難所(ビッグパレットふくしま)では、4月21日なってはじめてコンビニ弁当(それも冷たい弁当で電子レンジもないので温められない)が配られた。
それまでは、毎日、菓子パンとおにぎりばかりだった。
どうして、給食施設が作られないのか、著者だけでなく私も不思議に思う。
国や地方自治体(主に福島県)の不手際だと思う。
いくら混乱していたとはいえ、一か月以上も食事が改善されなかったのは、ひどい。

<避難所にいる人々は、避難生活をしなければならないのは東電や国のせいであり、自分たちが金を出すのはおかしい、県や町がやってくれることも元をただせば自分たちが支払った税金。被害者が自ら払った税金を使われてはかなわないという気持ちがある。事故に関係なく、日常生活には食費などが必ずかかり、それは自己負担と考えられるが、避難した人にとっては、これも承服しかねるというところだ。……避難所の人々は相変わらず、財布と相談しながらの生活が続いている。> (P.57-58 第一部第一章 4月10日)

飯館村のこと
原発から距離的に遠い飯館村の放射能汚染がひどかったことはよく知られるようになった。
しかし、緊急避難地域から郡山に避難した(させられた)人々にとっては、飯館村の方が(準備期間があるだけ)うらやましいという著者の思い。

<政府が飯館村の計画避難を決めた。テレビを見ていると、飯館村では村長が住民集会を各集落で開いて説明し、住民の意見を聞いている。村民は移転条件として補償や移転先などについて要望を述べていた。さまざまな意見が出ていたが、すでに避難所にいる人たちにとっては、あの時間的余裕はうらやましいと思える。富岡町や川内村の人たちは、補償も移転先の話もなしに、いきなりその場で強制的に移転させられた。一か月の余裕があれば、どれほどの物が持ち出せるだろう。集落も散りぢりにならずにすむだろう。> (P.61 第一部第一章 4月11日)

ちょっとおかしい
今回の避難は、政府の迷走が原因で無茶苦茶(行きあたりばったり)だった。
なによりも、情報公開を怠った(情報を隠した)ことに大きな原因があるように、私は思う。
この本の体験談を読んで、あらためて痛感した。

<郡山市に住んでいた人が、放射能が怖くていち早く新潟に逃げたとか、郡山の不動産店に勤めている若い人が、「自分たちも避難しなくてはならなくなるかもしれない」といっているという話を聞くと驚いてしまう。避難区域でもないところに住んでいた家族が、事故発生直後に遠くまで逃げ、県や避難先の自治体の負担でリゾートホテル暮らしをしているという情報がある。今日は、群馬県片品村で一日一人2500円を福島から避難して来た人に支援している、あるいは旅館に入った南相馬市(屋内退避地区)の人は避難先で、宿泊費はもちろん食事も提供してもらっている、とのニュースもNHKテレビで知った。
 今もビッグパレットに暮らしている避難者からすると、なんでそんな不公平がまかり通っているのかと、疑問というより怒りに近い感情がこみ上げてくる。優先的に支援されてもよい富岡町や川内村の住民がなぜ後回しになっているのか。町役場や県に聞いてみても何も答えてはくれず、いま進めていますというばかりだ。二次避難の計画や達成目標日も示されていないので、県や町をまったくあてにできなくなっている。>
 (P.64-65 第一部第一章 4月13日)

まだまだ紹介したい話がたくさんあるのだが、今回はこれぐらいで。

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【読】原発推進者の無念

ずっと気になっていた一冊。
まだ半分しか読んでいないけれど、原発震災によって非難を余儀なくされた体験が綴られていて、勉強になる。
こういう具体的な体験が聞きたかったのだ。

北村俊郎 著 『原発推進者の無念――避難所生活で考えたこと』
 平凡社新書609 2011/10/14発行
 263ページ 780円(税別)

「原発推進者」というのは、著者が原発事業会社(日本原子力発電(株))に勤務していたからだ。
執筆時も、社団法人日本原子力産業協会理事という肩書だ。
日本原子力発電を退職後、福島第二原発のある富岡町に家を建てて暮らしていたが、昨年3月の原発事故で非難を余儀なくされた。
つまり、ある日とつぜん、原発災害の被害者になってしまったのだ。

本書は次のような構成になっている。

はじめに
第一部 原発事故に遭う
 序章 震災、原発から逃げる

  (3月11日の地震発生から、12日の川内村への緊急避難、15日の郡山市「ビッグパレットふくしま」への避難まで)
 第一章 避難所ビッグパレット
  (4月から初夏まで、避難所での体験) ※ここまで読んだ
 第二章 避難所で考えたこと
第二部 原発を考える
 第一章 知られざる原子力の世界
 第二章 原子力と安全
 第三章 致命的なリアルさの不足
 第四章 原子力の本当の怖さ
 第五章 原発の条件
 第六章 原子力関係者の責務
補償問題についての追記
おわりに


淡々とした語り口で、避難所生活の様子を冷静に綴っているが、随所に東電や政府、自治体に対する怒りがこめられている。

<自宅からの突然の避難は過酷なものであり、自ら避難者となることにより、緊急時の避難計画がいかに非現実的なものであったか、原発の事故が地域のコミュニティを一度に破壊すること、放射能の見えない脅威がどれほど悩ましいものであるかなどを私は痛感した。事故現場から7キロの距離にある自宅には当面戻れないので自宅を失ったも同然だが、避難生活で目にしたものはさまざまな人間模様であり、なかなか進まない対応であった。私はこれについて、避難者から見た避難の実態について書いておかねばならないと思った。……> (P.13 はじめに より)

避難所の実態や避難した人々が感じていたこと――私がこれまで知らなかったことが、たくさんあった。
それらについては、また稿をあらためて書きたい。

これから先も、放射線量が下がらない限り、住んでいたところに戻れない人がたくさんいると思うと、たまらない気持ちになる。

第一部第二章のはじめに、著者はこう書いている。

<第一章では、避難行と避難所生活のスケッチをしてきたが、それは原発の事故で避難せざるを得なかった人々の記録であり、過去に自然災害で被災した人々の避難生活とは異なる、わが国ではほとんど経験のないものであった。
 その違いは家が壊されたわけでも家財が流されたわけでもなく、人がたくさん死んだわけでもないのに、ある日突然生活の場を去るように指示され、100キロも離れた避難所でいつ帰れるかわからないままの生活を強いられるという点である。
 この避難行はいうならば、終戦時にソ連軍に追われて命からがら満州や北方領土から帰国した人たち、あるいは噴火により島を脱出した三宅島島民である。>
 (P.117-118)

まったく、そのとおり。
戦争を「人災」とは呼べないが、命からがら故郷を追われた様子は、敗戦時の逃避行を思わせる。
今回の福島原発事故(原発災害)は、まさに「人災」なのだ。
それを忘れないでいたい。

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2012年1月15日 (日)

【震】「原子力の平和的利用における協力」

いわゆる「原発輸出」を、政府はこう呼んでいる。
詳しく知りたいと思い、「原子力の平和的利用における協力」をキーワードに、ネットで「一次情報」を検索してみた。

官報検索! - 官報を全文検索できる無料サービス
というサイトがあった。
 http://kanpoo.jp/
「国の機関紙『官報』を全文検索できる無料官報検索サービス」で、「『官報検索!』は個人の運営する非営利サービスです」とある。

検索ワード欄に「原子力の平和的利用における協力」を入れて検索したところ、16件ヒットした。

原子力の平和的利用における協力 に一致する結果 16件中 1~16 件目

1: 12/01/10 0040頁 (号外) ..平成二十二年九月十日にアンマンで原子力の平和的利用における協力..
2: 12/01/10 0040頁 (号外) ..年九月十日にアンマンで署名された原子力の平和的利用における協力..
3: 12/01/10 0040頁 (号外) ..に記録す本日アンマンで署名された原子力の平和的利用における協力..
4: 12/01/10 0009頁 (号外) ..政府」といい、併せて条約第一号二月原子力の平和的利用における協..
5: 12/01/10 0001頁 (号外) ..ための日本国政府とヨルダン・ハ〇原子力の平和的利用における協力..
6: 12/01/10 0001頁 (号外) ..ための日本国政府とヨルダン・ハ〇原子力の平和的利用における協力..

7: 11/12/28 0069頁 (号外) ..意された議事録本日東京で署名された原子力の平和的利用における協..
8: 11/12/28 0068頁 (号外) ..年十二月二十日に東京で署名された原子力の平和的利用における協力..
9: 11/12/28 0068頁 (号外) ..物平成二十二年十二月二十日に東京で原子力の平和的利用における協..
10: 11/12/28 0012頁 (号外) ..分ン低ト、ト濃裂一e)未〇性縮リ天原子力の平和的利用における協..
11: 11/12/28 0009頁 (号外) ..める条件で、一方第三国政府との間の原子力の平和的利用における協..
12: 11/12/28 0008頁 (号外) ..下「両締約国政府」という。)は、原子力の平和的利用における協力..
13: 11/12/28 0008頁 (号外) ..御璽平成二十三年十二月二十八日条約原子力の平和的利用における協..
14: 11/12/28 0002頁 (号外) ..年四月以降において発生が確認さ◇原子力の平和的利用における協力..
15: 11/12/28 0001頁 (号外) ..政府と大韓民国政府と〔条約〕官〇原子力の平和的利用における協力..
16: 11/12/28 0001頁 (号外) ..の日本国政府とベトナ事録の署名に関する件(同四一七)の間の協定..


この中の、NO.5及び6がヨルダン関係。
「平成24年1月10日 火曜日 官報(号外第5号)」(PDF)から、該当箇所を抜粋してみる(原文は縦書き)。

〔告示〕
〇原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とヨルダン・ハシェミット王国政府との間の協定の効力発生に関する件(外務一)
〇原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とヨルダン・ハシェミット王国政府との間の協定についての合意された議事録の署名に関する件(同二)

本号で公布された法令のあらまし

◇原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とヨルダン・ハシェミット王国政府との間の協定(条約第一号)(外務省)
 この協定は、ヨルダンとの間で原子力の平和的利用における協力を行うことを目的としたものであり、その概要は、次のとおりである。
1 この協定の下での協力は、専門家及び研修生の交換、公開の情報の交換、核物質、資材、設備及び技術の供給、この協定の範囲内の事項に関する役務の提供及び受領等の方法により行うことができる。この協力は、ウラン資源の探鉱及び採掘、軽水炉の設計、建設及び運転、軽水炉の安全及び防護、放射性廃棄物の処理及び処分、放射線防護及び環境監視、放射性同位元素及び放射線の研究及び応用等の分野において行うことができる。ただし、ウランの濃縮、使用済核燃料の再処理、プルトニウムの転換及び資材の生産のための技術及び設備並びにプルトニウムは、この協定の下では移転されない。(第二条関係)
2 1の協力は、この協定及びそれぞれの国において効力を有する法令に従うものとし、かつ、核物質等の供給に係る協力については、それぞれの締約国政府が国際原子力機関の保障措置の適用を受諾していることを必要とする。(第三条関係)
3 この協定の下での協力は、原子力の平和的非爆発目的利用のためにのみ行う。この協定に基づいて移転された核物質等は、いかなる核爆発装置のためにも又はいかなる核爆発装置の研究若しくは開発のためにも使用してはならない。(第四条関係)
4 この協定の適用を受ける核物質は、それぞれの締約国政府と国際原子力機関との間の保障措置協定の適用を受ける。(第五条関係)
5 日本国及びヨルダン・ハシェミット王国は、この協定の実施に当たり、原子力事故の早期通報に関する条約、原子力事故又は放射線緊急事態の場合における援助に関する条約、原子力の安全に関する条約及び使用済燃料管理及び放射性廃棄物管理の安全に関する条約に適合するように行動する。両締約国政府は、この協定の適用を受ける核物質等が置かれ又は用いられる施設の安全性を確保するための措置の実施に関する相互に満足する取極を行うことができる。(第六条関係)
6 この協定の適用を受ける核物質について、両締約国政府は、それぞれの基準(少なくともこの協定の附属書Bに定める水準の防護を実現するものに限る。)に従って防護の措置をとる。この協定の適用を受ける核物質の国際輸送について、日本国及びヨルダン・ハシェミット王国は、核物質の防護に関する条約に適合するように行動する。日本国及びヨルダン・ハシェミット王国は、それぞれ、核によるテロリズムの行為の防止に関する国際条約に従って適切な措置をとる。(第七条関係)
7 この協定に基づいて移転された核物質等は、供給締約国政府の書面による事前の同意が得られる場合を除くほか、受領締約国政府の国の管轄の外(供給締約国政府の国の管轄内を除く。)に移転され、又は再移転されない。(第八条関係)
8 この協定の適用を受ける核物質は、ヨルダン・ハシェミット王国の管轄内において、濃縮され、又は再処理されない。(第九条関係)
9 両国の間において移転される核物質等は、供給締約国政府が受領締約国政府に対して書面により事前に通告した場合に限り、かつ、これらが受領締約国政府の国の管轄に入る時から、この協定の適用を受ける。この協定の適用を受ける核物質等は、この協定の関係する規定に従って受領締約国政府の国の管轄の外に移転された場合等には、この協定の適用を受けないこととなるものとする。(第一〇条関係)
10 この協定の解釈又は適用に関して問題が生じた場合には、相互に協議を行う。この協定の解釈又は適用から生ずる紛争が協議によって解決されない場合には、当該紛争は、いずれか一方の締約国政府の要請により、仲裁裁判所に付託される。仲裁裁判所によって正当になされた裁定は、最終的なものとし、両締約国政府を拘束する。(第一一条関係)
11 日本国政府又はヨルダン・ハシェミット王国政府は、この協定の一定の規定に対する違反をする場合、核爆発装置を爆発させる場合等には、この協定の下でのその後の協力の全部若しくは一部を停止し、又はこの協定を終了させ、並びにこの協定に基づいて移転された核物質等の返還を要求する権利を有する。(第一二条関係)
12 この協定は、両締約国政府の書面による合意によりいつでも改正することができる。(第一四条関係)
13 この協定は、両締約国政府がこの協定の効力発生に必要なそれぞれの国内手続を完了したことを相互に通告する外交上の公文を交換した日の後三〇日目の日に効力を生ずる。この協定は、二〇年間効力を有する。その後は、いずれか一方の締約国政府がこの協定を終了させる意思を通告しない限り、順次それぞれ五年の期間、自動的に延長される。協力の停止又はこの協定の終了後においても、一定の規定は、両締約国政府が別段の合意をする場合を除き、引き続き効力を有する。(第一五条関係)
14 附属書Aは資材及び設備とされるものを、また、附属書Bは協定の適用を受ける核物質について実現すべき防護の水準をそれぞれ定めている。


この第1項にうたわれているように、日本国はヨルダン・ハシェミット王国(これが正式な国名だったのだ)に対して、「専門家及び研修生の交換、公開の情報の交換、核物質、資材、設備及び技術の供給、この協定の範囲内の事項に関する役務の提供及び受領等の方法により」協力できる(協力しましょう)ということだ。

具体的には、
ウラン資源の探鉱及び採掘、軽水炉の設計、建設及び運転、軽水炉の安全及び防護、放射性廃棄物の処理及び処分、放射線防護及び環境監視、放射性同位元素及び放射線の研究及び応用等の分野において」協力しましょう、という。

これが、ヨルダンへの「原発輸出」の内容である。
国会での審議内容は、下記サイトで見ることができた。


※以下、青字部分は衆議院の公式サイトからコピー&ペーストした。
  
http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index.htm
 質疑等の詳しい内容は、記載したリンクからご確認いただきたい。


 【2012/1/16追記】
  「国会会議録検索システム」

   http://kokkai.ndl.go.jp/
  「国立国会図書館」のサイト
   http://www.ndl.go.jp/



衆議院外務委員会の会議録議事情報
 http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kaigiroku.htm

179回(臨時会) 第3号 平成23年11月30日
・原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とロシア連邦政府との間の協定の締結について承認を求めるの件(第百七十七回国会条約第二号)
・原子力の平和的利用における協力のための日本国政府と大韓民国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件(第百七十七回国会条約第三号)
・原子力の開発及び平和的利用における協力のための日本国政府とベトナム社会主義共和国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件(第百七十七回国会条約第四号)
・原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とヨルダン・ハシェミット王国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件(第百七十七回国会条約第一四号、参議院送付)

179回(臨時会) 第4号 平成23年12月2日
・原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とロシア連邦政府との間の協定の締結について承認を求めるの件(第百七十七回国会条約第二号)
・原子力の平和的利用における協力のための日本国政府と大韓民国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件(第百七十七回国会条約第三号)
・原子力の開発及び平和的利用における協力のための日本国政府とベトナム社会主義共和国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件(第百七十七回国会条約第四号)
・原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とヨルダン・ハシェミット王国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件(第百七十七回国会条約第一四号、参議院送付)


本会議の会議録議事情報
 http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index_kaigiroku.htm
179回(臨時会) 第15号 平成23年12月6日
・日程第一 原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とロシア連邦政府との間の協定の締結について承認を求めるの件(第百七十七回国会、内閣提出)
・日程第二 原子力の平和的利用における協力のための日本国政府と大韓民国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件(第百七十七回国会、内閣提出)
・日程第三 原子力の開発及び平和的利用における協力のための日本国政府とベトナム社会主義共和国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件(第百七十七回国会、内閣提出)
・日程第四 原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とヨルダン・ハシェミット王国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件(第百七十七回国会、内閣提出、参議院送付)




詳しく見ていないが、11月30日の外務委員会(田中眞紀子委員長)では、例の「田中聡防衛省沖縄防衛局長の発言」(この前日に報道された)と普天間の問題に議事が費やされていて、ヨルダンとの原子力協定については、公明党の赤松正雄委員と社民党の服部良一委員から、突っ込んだ質問が出ている。

最後は、大きな抵抗なく閉会している。

― 179回(臨時会) 第3号 平成23年11月30日 より ―

○田中委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。

 この際、お諮りいたします。

 第百七十七回国会参議院送付、原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とヨルダン・ハシェミット王国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件につきましては、第百七十七回国会におきまして既に趣旨の説明を聴取しておりますので、これを省略いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

○田中委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

○田中委員長 次回は、来る十二月二日金曜日午前九時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。

    午後二時四十六分散会



続く12月2日の外務委員会
質問にたったのは、次の6名。
(議事録が長大なため、ざっと流し読みしかしていないが)

自由民主党 秋葉賢也
公明党 赤松正雄
日本共産党 笠井亮
社民党 服部良一
自由民主党 小野寺五典
自由民主党 河井克行

「反対討論」は、赤松、笠井、服部の三氏。
玄葉外務大臣、野田総理らの答弁については、いずれゆっくり読んでみたい。
最後は、賛成多数で可決。

煩瑣だが、こういう委員会での採決の様子がわかるので、下に掲載しておく。


― 179回(臨時会) 第4号 平成23年12月2日 より ―


○田中委員長 これより採決に入ります。

 まず、原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とロシア連邦政府との間の協定の締結について承認を求めるの件について採決いたします。

 本件は承認すべきものと決するに賛成の諸君の起立を求めます。

    〔賛成者起立〕

○田中委員長 起立多数。よって、本件は承認すべきものと決しました。

 次に、原子力の平和的利用における協力のための日本国政府と大韓民国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件について採決いたします。

 本件は承認すべきものと決するに賛成の諸君の起立を求めます。

    〔賛成者起立〕

○田中委員長 起立多数。よって、本件は承認すべきものと決しました。

 次に、原子力の開発及び平和的利用における協力のための日本国政府とベトナム社会主義共和国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件について採決いたします。

 本件は承認すべきものと決するに賛成の諸君の起立を求めます。

    〔賛成者起立〕

○田中委員長 起立多数。よって、本件は承認すべきものと決しました。

 次に、原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とヨルダン・ハシェミット王国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件について採決いたします。

 本件は承認すべきものと決するに賛成の諸君の起立を求めます。

    〔賛成者起立〕

○田中委員長 起立多数。よって、本件は承認すべきものと決しました。

 お諮りいたします。

 ただいま議決いたしました各件に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

○田中委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

    ―――――――――――――

    〔報告書は附録に掲載〕

    ―――――――――――――

○田中委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。

    午後零時三十一分散会



12月6日の衆議院本会議では、あっさり可決されたようだ。
その手際のよさに驚く。
議事録の該当部分を、下にコピー&ペーストしておく。


― 179回(臨時会) 第15号 平成23年12月6日 より ―

○議長(横路孝弘君) 日程第一、原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とロシア連邦政府との間の協定の締結について承認を求めるの件、日程第二、原子力の平和的利用における協力のための日本国政府と大韓民国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件、日程第三、原子力の開発及び平和的利用における協力のための日本国政府とベトナム社会主義共和国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件、日程第四、原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とヨルダン・ハシェミット王国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件、右四件を一括して議題といたします。

 委員長の報告を求めます。外務委員長田中眞紀子さん。

    ―――――――――――――

 原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とロシア連邦政府との間の協定の締結について承認を求めるの件及び同報告書

 原子力の平和的利用における協力のための日本国政府と大韓民国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件及び同報告書

 原子力の開発及び平和的利用における協力のための日本国政府とベトナム社会主義共和国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件及び同報告書

 原子力の平和的利用における協力のための日本国政府とヨルダン・ハシェミット王国政府との間の協定の締結について承認を求めるの件及び同報告書

    〔本号末尾に掲載〕

    ―――――――――――――

    〔田中眞紀子君登壇〕

○田中眞紀子君 ただいま議題となりました四件につきまして、外務委員会における審査の経過及び結果を御報告申し上げます。

 日ロ原子力協定は、平成二十一年五月十二日に東京において、日韓原子力協定は、平成二十二年十二月二十日に東京において、日・ベトナム原子力協定は、本年一月二十日にハノイにおいて、日・ヨルダン原子力協定は、平成二十二年九月十日にアンマンにおいて署名されました。

 原子力協定四件はそれぞれ、ロシア、韓国、ベトナム及びヨルダンとの間で、原子力の平和的利用に関する協力のための法的枠組みについて定めるものであります。

 日ロ、日韓及び日・ベトナムの原子力協定三件は、第百七十七回国会に提出され、継続審査となっていたものであり、また、日・ヨルダン原子力協定は、第百七十六回国会で、本院承認後、参議院において審議未了となり、第百七十七回国会に改めて提出されたもので、三月三十一日に参議院から送付され、四月十二日外務委員会に付託され、八月十日松本前外務大臣から提案理由の説明を聴取し、同月二十四日参考人から意見を聴取いたしましたが、その後、継続審査となっていたものであります。

 今国会におきましては、十一月三十日、日ロ、日韓及び日・ベトナムの原子力協定三件について玄葉外務大臣から提案理由の説明を聴取し、日・ヨルダン原子力協定については提案理由の説明の聴取を省略いたしました。次いで、十二月二日、四件について、野田内閣総理大臣の出席のもと、質疑を行いました。質疑終局後、討論を行い、採決を行いました結果、四件はいずれも賛成多数をもって承認すべきものと議決した次第であります。

 以上、御報告申し上げます。(拍手)

    ―――――――――――――

○議長(横路孝弘君) 四件を一括して採決いたします。

 四件を委員長報告のとおり承認するに賛成の諸君の起立を求めます。

    〔賛成者起立〕

○議長(横路孝弘君) 起立多数。よって、四件とも委員長報告のとおり承認することに決まりました。

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【歩】鈴木稲荷もちつき大会

今年も、鈴木稲荷神社のもちつき大会に行ってきた。
もちつきと言っても、こちらは食べる方で、いつものようにお椀と箸を持ってでかけた。

青少対鈴木小地区委員会が主催で、今年で25回目になる。
ふだんは人気のない鈴木稲荷も、この日ばかりはたくさんの人でごったがえしている。
豚汁だけは50円支払うが、餅は食べ放題。
ありがたい催しで、毎年ごちそうになりに行く。

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つきたての餅がおいしい。
具だくさんの豚汁もありがたい。
満腹になって帰宅。

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2012年1月14日 (土)

【震】原発輸出などもってのほか

これも新聞記事。
ネットでは前文しか読めないが。

東京新聞:ヨルダン国会議員に聞く 難問山積「原発いらぬ」 下院議員は8割が反対:特報(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2012011402000062.html

<十三日に改造内閣を発足させた野田佳彦首相。ヨルダンやベトナムに加え、インドやトルコなどへも原発輸出を進めようとしている。首相は「相手の希望がある」と原発輸出の意義を強調しているが、ヨルダンでは国会でも大きく意見が割れている。「原発は不要だ」。そう主張するヨルダンの国会議員らに原発に反対する理由を聞いた。 (小倉貞俊、秦淳哉)>

「輸入反対」ヨルダン国会議員が来日
きょうから脱原発世界会議
難問山積「原発いらぬ」
冷却水…砂漠地帯に建設予定
耐震性…過去に大規模な地震
「日本は福島に学んだのか」
輸出承認を批判
下院議員は8割が反対


……といった見出しが並んでいる。

「脱原発世界会議」は、今日と明日、横浜で開催されている。
ヨルダン議会下院のエネルギー委員長、ジャマール・ガッモー議員が、保健・環境委員長、モオタシム・アワームレ議員、核問題に詳しいムナ・マハメラー弁護士とともに来日し、出席している。

脱原発世界会議
脱原発世界会議は、2012年1月14-15日にパシフィコ横浜で開催される、福島・広島・チェルノブイリなどのに学び、脱原発を目指す、世界会議です。
http://npfree.jp/

 ※会議の模様は、USTREAMで視聴できる。
  http://npfree.jp/tv.html


2012/1/14(土) 東京新聞 朝刊 28・29面
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<日本からの原発輸出を可能にした日本とヨルダンの原子力協定は、昨年12月、日本の国会で承認された。ベトナム、韓国、ロシアとの協定も同時に承認。ヨルダンやベトナムでの受注のチャンスを逃したくない業界が野田政権に沿う気の承認を求めたとされる。野田首相は「諸外国の希望があれば、安全性の高い技術を提供することは意義がある」と強調。インドやトルコなどとも原子力協定の締結に向けた交渉を進める方針だ。>


「安全性の高い技術」だと?
フクシマの惨状を目にしながら、こういうことが言える、この国の首相。
輸出を容認する国会議員たち。
原発輸出でカネを儲けたい原発業界。
クレイジーだ。

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2012年1月12日 (木)

【震】「核燃料サイクル」という幻想

Facebookでは紹介したのだが、ここにも書いておこう。
今日(2012/1/12)の東京新聞朝刊トップ記事。

東京新聞:再処理工場 MOX燃料工場 批判の中 再開着々:社会(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012011290070136.html

<福島第一原発事故を受けた新たなエネルギー政策が決まっていないのに、使用済み核燃料を再利用する「核燃料サイクル」事業の中核的な二施設で、試験運転や建設を再開する動きが出てきた。核燃料サイクルは中止になる可能性があり、そうなれば不要な施設となる。専門家からは批判の声が出ている。>

<核燃料サイクルをめぐっては、本紙の調べで、四十五年間に少なくとも十兆円が投じられたことが判明。電気料金の一部が主な原資となっているが、サイクルが完成するめどは立っていない。今夏をめどに決まる新政策でも、核燃料サイクルの存廃が最大の焦点だ。>


これだもんなあ。
税金の無駄遣いとしか思えない。

あの「事業仕分け」は、いったいどこに行ったのだろう?

同じく東京新聞の昨日(2012/1/11)の記事(こちら特報部)。
ただし、ネットでは記事の前文しか読めない。


東京新聞:原子力ムラを温存し、消費増税はありえない:特報(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2012011102000060.html


<野田佳彦首相が年頭会見であらためて表明した消費税の増税案。公約違反という批判もあるが、有権者の憤りは政権交代の際に約束された官僚の利益構造などの一掃がなされないまま、政権が増税に走りだしたことだ。そうした「むだ遣い」の典型が原子力ムラだ。福島原発事故後、原発推進派の舞台裏として多くの公益法人などがあぶり出されたが、少しは掃除されたのか。検証してみた。 (上田千秋、小坂井文彦)>

以下、記事から抜粋。
「仕分け、仕分け」と騒がれたわりに、たいしたことはしていない。

■2009年11月 仕分け第一弾
・原発の検査などを行う独立行政法人「原子力安全基盤機構」の原子力安全・保安院への統合 → その後、統合に向けた話し合い無し
■2010年4~5月 仕分け第二弾
原子力関連の公益法人の事業で廃止の必要性が指摘されたのは、わずか2件。
ともに根幹にかかわる事業ではない。
・独立行政法人「日本原子力研究開発機構」の「東京・上野事務所によるシステム計算科学センターの運営」
・財団法人「日本原子力文化振興財団」の「核燃料サイクル施設見学会」
※この二つには笑ってしまう。
■2010年10~11月 仕分け第三弾
・エネルギー対策特別会計の電源立地対策費(文科省分)について、「10~20%の予算圧縮」の必要性が指摘された → 2011年度予算で概算要求から減ったのは、2.9%のみ
・電源利用対策費(同)も10%圧縮を求められた → 2.3%減
■2011年11月 政策仕分け
「エネルギー特会制度の存廃も含め、抜本的な見直しに踏み出していくべきである」と指摘しつつも、「関係閣僚間でぎろんする場を設けることを提言する」と、極めて歯切れが悪い

以下、再び引用(というか、記事からコピペ)。

<浪費の象徴と批判されている高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)についても、存廃議論を先送りし、来年度予算案では前年度比2割減の175億円を計上した。主な原子力予算は前年度予算より、わずか1.1%減の4,188億円。今夏の総合的なエネルギー政策の検討後に大ナタを振るうという「釈明」もある。そうであるならば、なぜ消費増税だけを急ぐのか。>

記事には、蓮舫大臣の颯爽たる(?)姿の写真も載っている。
ああ、あれも皆、パフォーマンス(茶番)だったのだな。
私も、あやうくだまされるところだった。

「大ナタ」を振るう気など、民主党政権には、まったくないのだろう。
まあ、自・公もダメだろうけど。

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【震】やればできるはず――自然・再生エネルギー

一昨日の東京新聞。
例によって 「こちら特報部」の「脱原発のココロ」という連載記事。

ソフトバンク社長の孫正義が私財10億円を投じ、昨年9月に設立した「自然エネルギー財団」の理事長、トーマス・コーベリエル氏の談話だ。

2012/1/10(火) 東京新聞 朝刊 22・23面
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<財団の目的は、原子力に代わる風力や太陽光、地熱など再生可能エネルギーを基盤とする社会を目指し、研究や普及促進、提言をしていくとこ。そのかじ取り役として孫からラブコールを送られ迎えられたのが、スウェーデンのエネルギー庁長官の職にあったトーマスだ。昨年8月に任期半ばでの退任を決断し、新天地へ飛び込んだ。>

トーマス氏の話を読んで、日本でも自然エネルギーへの転換は可能だと思った。
本気でやる気があるか、ないか、なのだ。
(今の政権には、本気でやる気がないと見受けられる)

以下、記事から。

<原発に批判的なのは危険性からだけではない。
「経済的ではないからです。損失と利益をてんびんに掛け、理詰めで考えてきた」。原発は、ひとたび事故が起きれば賠償責任と復旧費用は膨大だ。
「事業者はその費用が賄えないからといって、被害者を含む納税者にツケを回してはいけない」>


<原発をめぐり、スウェーデンではスリーマイル島原発事故の翌年の1980年、国民投票でその全廃を決定。12基あるうち、2基は老朽化などで停止した。しかし後に、方針を転換し、老朽化した原発を建て替えれば継続できるようにしたという経緯がある。それでも「脱原発」への方向性は変わってはいない。新設はできず、更新も規制されている。>

<その規制とは「同じ場所なら更新はできるが、政府は補助金を出さない」というもの。「賛成派、反対派の双方に配慮した内容だが、補助金なしでは立ち行かないため、事実上更新はできない」という。更新を希望する事業者には、事故時の全額賠償や事前に払えるかどうかを証明させる仕組みの導入も検討中だ。>


原発に国がカネを出すから、日本の電力会社は原発を作るのだ。
いま、東京電力は、福島第一原発にかけられている1200億円の損害賠償保険(法律で定められている)の更新が危うくなっていて(引受先保険会社が見つからない)、保険に代わる「供託」を検討しているという。
しかも、1200億円の現ナマを工面できそうもなく、一部をほかの資産で供託できないものかと、国に泣きついているそうだ。

→東京新聞:福島第一の保険契約 東電、1200億円供託検討:福島原発事故(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2012011102100004.html


原発が高くつくことは、今度の事故でよくわかったはず。
それでも、いまだに「火力や水力よりも原子力の発電コストが低い」などという屁理屈が通っているのは、どういうことだろう。
だまされてはいけない。

最後に、トーマス氏が言っていることで、われわれ日本人には耳の痛いことだが、至極もっともだと思ったこと。

<……日本人に好印象を持ってはいるが、今回の大震災によって良い面と、足りない面とを感じたという。
 「天災時には驚嘆すべき冷静さ、適切さで対応したが、人災には毅然と向き合っていない。『おかしい』と感じたらすぐに制度を変えようと動く欧州人と違い、日本人は『おかしい』状況だと求めるのをためらう印象がある。>

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2012年1月11日 (水)

【読】「内部被曝の真実」を読んで (ごまめの歯ぎしり的感想)

ずっと気になっていた、児玉龍彦さん(東大アイソトープ総合センター長)の本を読んだ。
児玉教授は、2011年7月27日衆議院厚生労働委員会「放射線の健康への影響」に参考人として呼ばれ、
 「7万人が自宅を離れてさまよっているときに、国会は一体、何をやっているのですか!」
と、「火を吐くような気迫」(2011/8/1東京新聞社説の表現)で意見を申し立てた人だ。

【参考記事】 東京新聞社説 2011/8/1
東京新聞:「七万人が自宅を離れてさまよっている時に国会はいったい何を…:社説・コラム(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2011080102000018.html



気骨があり、良心的で、しかも、自ら現地にでかけて除染活動を支援する行動的な学者だ。
このような人を、私は全面的に信頼する。


児玉龍彦 著 『内部被曝の真実』
 幻冬舎新書 228 2011/9/10発行
 165ページ 720円(税別)

以下、本書カバーより。

<福島原発事故では、広島原爆20個分以上の放射性物質が放出された。放射線による健康被害が科学的に証明されるまでには時間がかかる。安全課危険か議論するより前に、国が「測定と除染」に今すぐ全力を挙げなければ、子どもたちと妊婦を守れない。「民間のノウハウを集め、最先端機器を使って全国の産地で食品検査を」「低線量の膨大な放射性物質を処理するための法律の整備を」――内部被曝研究の第一人者が、政府の対応を厳しく批判しつつ具体的な対策を提言して大きな反響を呼んだ、国会のスピーチを全文採録。>

児玉教授が危惧しているのは、原発事故によって放出された、原爆数十個分に相当する膨大な量の放射性物質が、長期にわたって生みだす問題だ。

<福島原発事故からの放射能汚染の本質は、広島原発20個分以上の膨大な放射性物質が飛散したことにある。そうすると、平均的には低い濃度でも、さまざまなところで濃縮されて被害が起こる。農産物も人体も、牛も同じである。> (本書 P.128)

ひと頃、神奈川県産の茶葉、汚染された稲わらを飼料にしていた牛、さらには女性の母乳からも放射性セシウムが検出され、大騒ぎになったものだが、それも今は忘れ去られようとしているのではないだろうか。

<次の週になり、マスコミが一斉に伝え始めた。稲わらが原因であり農水省の通達に正確にこたえなかった農民に原因があったというのである。
 (中略)
 恐れていたことが、現実になってきた。
 これは想定外ではない。稲わらは、セシウムを含む雨水を吸っては乾燥し、セシウムの濃縮を繰り返していたのだ。どこに放射性セシウムがあるかは、測ってみなければ分からない。> (本書 P.124-125)

<稲わらの問題が広がるにつれ、今まで、福島の一部の問題と思っていた政府やマスコミの認識も急速に変わり始めた。
 だが、そこで行なわれている議論をみると、やはり局所での濃度の問題だけを述べており、福島原発事故の全体像を科学としてとらえることは何もされていない。
 その結果、被害者である農民が、「うそつき」と呼ばれ、「責任感を持て」と書かれている。ある新聞の社説には「残念なのは、この農家が県の指導などを通じて、屋外のわらをえさにしてはいけないと認識していたことだ。原発事故後の混乱でえさが足りなくなり、やむなく与えたようだが、生産者としての責任感を欠いたと言わざるをえない」とあった。こんなひどい話はない。> (本書 P.127)


どの新聞か知らないが(*1)、まったくひどい話だ。
こんな状況に絶望して自殺した農家や酪農家もいたこと(*2)を思いだすと、胸が痛む。

【参考記事】 東京新聞 2011/7/20
東京新聞:肉牛出荷停止 不安募る福島の農家:福島原発事故(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2011072002100009.html


原発事故でばら撒かれたセシウム137は、この先何十年も私たちのまわりに残る。
残るだけでなく、時間がたつにつれて、土壌や食品、人体の中で濃縮されていく。

そういう危険性が、よくわかる本だった。

覚悟を決めて、あきらめずに、やっていくしかないのだ。
やりたがらない奴らの、尻を叩きながら。
――そんなことを考えた。


本書の最後の一節が胸を打つ。

人が汚したものを人がきれいにできないわけがない
 福島原発の除染については、すべてはこれからである。われわれは、祖国の土壌という、先祖から預かり子どもに伝えるかけがえのない財産を汚染してしまった。
 しかし、人が汚したものなら、人がきれいにできないわけがない。
 そのために全力を尽くすのがわれわれ科学者の責任である。
 こう思って話し出したら胸がつまってしまった。もっと理性的にならねばならないと思いつつ、自分の中で、怒りと理性がぶつかって、押さえきれなくなった。
 あまりに感情的になり、申し訳なく思っている。>
(本書 P.136 「おわりに 私はなぜ国会に行ったか」 より)



(*1) このひどい社説を載せたのは、天下の朝日新聞らしい(2011/7/14朝刊の社説)。
 社説記事の原文はみつからなかった(朝日新聞のサイトでは古い社説が見られない)。
 ネット検索で事情がわかった。
 これだから朝日はダメなのだ(以前購読していたが東京新聞に代えた)。

児玉教授を怒らせた「ある新聞」とは? - 話の栞 http://blog.goo.ne.jp/moominwalk/e/57f906ff46c4f3e07929ec02638d5d32
朝日新聞の納得できない社説|mktyk2のブログ
http://ameblo.jp/mktyk2/entry-10957524994.html

(*2) 時期的には少し前(2011年6月11日)のこと。
 福島県相馬市で50代の男性酪農家が自ら命を絶った、という事実を知った。
 東京新聞 「こちら特報部」 特集 「あの被災地を忘れない」 (2011/9/26)の記事が、それだ。

<東日本大震災の発生から3カ月後の6月11日、福島県相馬市で50代の男性酪農家が自ら命を絶っているのが発見された。≪原発さえなければと思ます≫(原文ママ)。借金して建てて間もない堆肥舎のベニヤ板の壁には、悲痛な叫びがチョークで書き付けられていた。……>

2011/9/26(月) 東京新聞 朝刊 24・25面
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2012年1月 9日 (月)

【震】頑張ることの限界

昨日(2012/1/8)の東京新聞朝刊、25面の「こちら特報部」コラム記事。
北海道大学教授という肩書の常連執筆者・山口二郎氏が書いていることに、同意。

私も、年末年始のテレビ番組を見ていて、同じような感想をもっていた。
私がちらっと見た番組の中では、NHKの「紅白」がひどかったし、民放の特番も同様。
「原発事故と放射能汚染は人災。被災者が頑張っていますという話では解決できないことが、山ほどある」のだ。

原子力発電を推進してきたこの国の政治家、官僚、経済界の大物たち、電力会社、学者連中など、どれほど責任を感じているのか。
もちろん、原発を容認してきた私たちも、この際、考え方を変えないといけない。

まずは、福島第一原発の惨状を、なんとかしなければいけない。
いちど出てしまった放射性物質は、「除染」してもそうそう簡単には(短い年月では)消えない。
陸も海も空も。

まだ健在な(運転中、停止中の)原発は、廃炉の方向に踏み出さないとダメ。
「高速増殖炉」などの研究開発も止める。
それでも、課題は山積している。
できてしまった(行き場のない)使用済み核燃料・放射性廃棄物(ゴミ)の処分だ。
福島第一原発も、高濃度放射能の処置が焦点。

カネ(あるいは「お願い」)で無理強いしようとする、今の政治・原発業界の動きは、これからも要チェックだ。
原発はすべて廃止する。
(段階的に、ということになるのだろうが、こんな危ないモノを動かしていてはいけない)
原発輸出などもってのほか。

年頭にあたって、というわけでもないが、私の今の思い、考えを書いてみた。


東京新聞 2012/1/8(日) 朝刊 25面
 本音のコラム 「頑張ることの限界」 山口二郎(北海道大学教授)

<メディアが情報を伝達できる時間、空間は極めて限定されている。その中に何を盛り込むかに、各メディアの見識が現れる。逆境にめげない人々の善意でメディアが埋め尽くされると、それだけ問題を追及するスペースは小さくなる。問題があまりにも巨大なので解決不能であり、ここは善意と精神論で表面を覆うということなのだろうか。/個人の頑張りでは、被災地域の復興はできないし、被災生活も続かない。……>

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2012年1月 8日 (日)

【遊】たてもの園の正月はパラダイス

今日も快晴。
昼前に、自転車で近くの江戸東京たてもの園(小金井公園内)へ。

 江戸東京たてもの園
  http://www.tatemonoen.jp/

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園内の東ゾーンに近づくと、お囃子の笛太鼓が聞こえてきた。
わくわくする。
子宝湯の前で、小金井囃子保存会の皆さんによる、お囃子と獅子舞の最中だった。

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獅子舞が終わると、おかめ、大黒さんと、隣りの「鍵屋」から入れ替わり立ち替わり登場して、見飽きない。

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ただ踊っているだけではなく、何かストーリーがあるらしいが、よくよく見ていないとわからない。
11時からの演目が30分ほどで終わると、獅子と大黒さんが、頭を噛んでくれたり小槌で叩いてくれるサービスがあった。
私もやってもらった。

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車椅子で見物していた人には、獅子と大黒のダブル・サービス。
付添いの人が写メを撮るのに手間取っていたが、微笑ましい光景だった。

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昼時になったので、いつもの休憩棟(東ゾーン下町中通りにある)にある武蔵野うどんの店に入った。
今日は、湯葉うどん(800円)をいただいた。
(私は、たてもの園友の会会員証で100円引き。得した気分)
熱いつゆを一滴残らず飲み干して、満腹。

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西ゾーンをぶらぶら歩いて園を後にしたが、たてもの園の正月は、私にとって、まさにパラダイス。

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はらっぱのあった場所(西ゾーン)に、あたらしく建物を復元中だった。
ラ・ラランデ邸(三島邸)という。
面白い形の邸宅で、来年春公開予定だという。
楽しみだ。

【参考サイト】 ネットで検索してみると、たくさんみつかった。
 ・Tokyo Potterer Bravo! 内
   http://homepage2.nifty.com/mot3/arch/arch42.html
 ・近代建築ホームページ
   http://homepage1.nifty.com/tanboh/ 内
    http://homepage1.nifty.com/tanboh/16465.htm
 ・関根要太郎研究室@はこだて : 建築家:デ・ラランデ(1872~1914)の設計作品
   http://fkaidofudo.exblog.jp/6627663
   


移築・復元といっても、ちゃんと建築基準法にのっとった建築物なのだ。
施主が東京都知事・石原慎太郎、というのがなぜか可笑しい。

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【読】福島原発人災記

昨年3月、東京電力福島第一原子力発電所の大事故発生直後に書かれた本。
一昨日、読みおえた。

川村 湊 著 『福島原発人災記――安全神話を騙った人々』
 現代書館 2011/4/25発行
 220ページ 1600円(税別)

いわゆる「原発推進派」の言動を、おもにネット情報から引用(コピー&ペースト)している。
著者は、できるだけ全文をそのまま引用しているため、読むのに辛抱が必要な部分が多い。
それでも、推進派の公式サイトからの情報だけに、彼らの怖ろしさがよく伝わってくる。

この本の中でやり玉にあげられている組織の一つに、「独立行政法人日本原子力研究開発機構」がある。
理事長は、鈴木篤之という人物。

 独立行政法人日本原子力研究開発機構
  http://www.jaea.go.jp/

昨日(2012/1/7)の東京新聞朝刊2面に、小さな記事があった。
以下、記事全文。

「もんじゅの研究継続を」 原子力機構理事長
 日本原子力研究開発機構の鈴木篤之理事長は6日、福井県庁の西川一誠知事を訪問し、高速増殖原型炉もんじゅ(同県敦賀市)の研究を継続する必要性を訴えた。
 鈴木理事長は「政府がエネルギー政策の見直しを進めているが、もんじゅもそれなりの評価をいただけると思っている。引き続き安全を最優先に確実にやらせてもらいたい」と述べた。
 もんじゅは昨年の「国会版事業仕分け」などで来年度予算の見直しを求められ、文部科学省が来年度の試験運転の見送りを決めた。


推進派の危機感からだろう。
やつらは、死んでも原発を残して、いわゆる「核燃料サイクル」というマッド・サイエンス(上述書での川村湊氏の表現)にしがみついていたいらしい。

もっとはっきりと、「原発、NO!」をつきつけなければ……。


【2012/1/8夜追記】
ネット検索でみつけた、こんな記事もある。鈴木氏の顔写真付き。
いろいろ物議をかもす言動の多い御仁だ。

「ナトリウム漏れ起きないという方がおかしい」 福井・原子力機構理事長が不用意発言
- MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/120106/biz12010614230013-n1.htm

地元・福井新聞のネット版記事。東京新聞よりもやや詳しく報道している。

もんじゅ研究開発の継続に意欲 鈴木理事長が知事と懇談 もんじゅ再開
 福井のニュース :福井新聞
(2012年1月6日午後6時23分)
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/nuclearpowermonjuresume/32385.html

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2012年1月 7日 (土)

【遊】亀ヶ池八幡宮

相模原市に住む親戚の家に行く用があり、その近くの亀ヶ池八幡宮にお参りしてきた。
何年も、いや、何十年もこの界隈に行っていながら、境内にはいるのはこれが初めてだ。

由緒ある神社らしい。
なかなかの賑わいだった。

 亀ヶ池八幡宮
  神奈川県相模原市中央区上溝1678
  http://www.kamegaike.jp/

  亀ヶ池八幡宮の御由緒
   http://www.kamegaike.jp/about/yuisyo.html

  ブログ 言の葉日記
   http://kamegaike.blog.so-net.ne.jp/

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狛犬が、一風かわっている。
足元に亀が……。

― 亀ヶ池八幡宮 公式サイトより ―
大狛犬 平成御大典記念として平成9年に造られる。参拝される人々の邪気を祓い、神前にお参りできるよう皆様をお迎えする。/全国唯一の狛犬で、向かって左は親子亀を手に抱く繁栄の狛犬で、右は翁亀を抱く長寿の狛犬である。


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境内にある「神池」(元々は御本殿の北東の位置にあり、多くの和亀が棲んでいたという。社名も「亀がいる池」から「亀ヶ池」と称せられた…公式サイトより)を見てくればよかった。
今度行ったときには、ゆっくり境内を探索してこよう。

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おみくじコーナーが、とても賑やか。
こんなにたくさんのおみくじがある神社は初めてだ。
ちいさな扇子型のおみくじに心惹かれたが、三度もおみくじを引くのはどうかとためらわれたので、やめた。
(正月になってから、もう二度もおみくじを引いている)

神社の周囲には、たくさんの幟がはためいていた。
家内安全、交通安全、商売繁盛、厄除け……ありとあらゆる願い事を聞いてくださる神社のようだ。

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2012年1月 6日 (金)

【歩】おみくじ

今日は、午前中、自転車で歯医者へ。
帰り道、家電量販店へ。
ちょっとした買い物をしたついでに、近くの鈴木稲荷神社に寄ってきた。


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掃除をしているおじさんの他には、人っ子ひとりいない境内。
ここも、15日には恒例のもちつき大会でにぎわう。

おみくじがあったので、200円を納めて引いてみた。
ビニール袋に入った立派なもので、縁起物のおまけ付き。
今回も大吉だった。
縁起物は、ちいさな達磨だった。

 開運招福お守
  ここに縁起物(熊手と小判・大黒・恵比寿・招き猫・
  小槌・無事かえる・銭亀・だるま・軍配うちわ・六瓢箪・
  お多福・鴬鳥)のうち一体が納められています。
  この縁起物はあなたに幸せをもたらし願いをかなえて
  くれます。財布等の中に入れて常にお持ち下さい。

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第二十番

 いそしみし しるしは
  みえて やたかにも
 黄金 なみよる
  小山田の さと
     ※意味がよくわからない

 運勢 大吉

 する事なすこと幸いの種となって
 心配事なく嬉しい運ですから
 わき目ふらず一心に自分の仕事大事にはげみなさい
 少しでも我儘の気を起こして色や酒に溺れるな


はい。わかりました。
「色や酒に溺れ」ないようにします。

 ○願望(ねがいごと) のぞみのまヽです 人の言葉に迷うな

「望みのまヽです」 と言いきってくれるのが、なんとも心強い。

ところで、御神籤を持ち帰って、こんなふうに公開していいものだろうか?
(よく境内の木の枝などにしばりつける人がいるが、私は持ち帰る)
また、御神籤に著作権はあるのだろうか?
などと、ばかなことを考えてしまった。

今日も、冬晴れ。

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2012年1月 5日 (木)

【読】東京新聞連載が充実している

私が愛読している東京新聞。
その夕刊で今年から始まった、文化面の連載がなかなか充実している。

現代に生きる神話 古事記1300年

 東京新聞 2012/1/5(木) 夕刊 文化面
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「古事記」はいちど読んでみたいと思いながら、なかなか果たせないでいる。
今年こそ、読んでみよう。
この記事で紹介されている 『口語訳 古事記』 (三浦佑之/文春文庫)に、ちょっと惹かれる。

 <なにもなかったのじゃ…、言葉で言いあらわせるものは、なにも。>

もうひとつの連載記事。

主人公たちのカルテ 精神科医が読む文学 (岩波 明)

 東京新聞 2012/1/4(水) 夕刊 文化面
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昨日の第1回には、村上春樹 『ノルウェイの森』 がとりあげられていた(上の画像)。
2回目の今日は、ダスティン・ホフマン主演映画で有名な、リアノー・フライシャー 『レインマン』 だ。

私は、恥ずかしながら、村上春樹の小説も読んでいないし、大ヒットした映画 「レインマン」 も観ていないが、この新聞記事は面白い。

東京新聞は、朝刊の特集が充実していると思っていたが、夕刊も今年は目が離せない。
本を読むまとまった時間はなかなかとれなくても、こういう連載ならさっと読めるのもありがたい。

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【雑】めでたさもちゆうくらゐなりおらが春

去年までなら、今日あたり仕事始めでヒイヒイ言っていたのに。
今年は、のんびり過ごしている。
ありがたいことだ。
よくも悪しくも 「毎日が日曜日」 だもの。

正月気分も消え、「めでたさもちゆうくらゐなりおらが春」 といった心境。
「中くらい」で、いっこうにかまわないのだけれど。

このところ、会社に勤めていた頃の夢を、よく見る。
それも、仕事で窮地におちいっているシーンばかりだ。
なぜなんだろう。

退職から半年過ぎても、あの頃のつらかった毎日の記憶が、どこかに根強く残っているのだろうか。
思い返せば、せいいっぱい仕事をしていたとは思えないなあ。
定年退職までの日を指折り数えていたものなあ。

そんなことをぼんやり考える今日この頃。なんちゃって。

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2012年1月 4日 (水)

【遊】府中大國魂神社へ

午前中、府中の大國魂神社へ行ってきた。
自宅からバスを乗り継いで30分ほど。

正月三が日を過ぎたので、参詣の行列はできていなかったが、参道には出店が並び賑わっていた。
こういう賑わいの場が好きだ。

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神社の手前、デパートの前に人だかり。
猿回しが芸を見せていた。
しばらく見物して、ご祝儀をあげてきた。

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2012年1月 3日 (火)

【読】【震】2012年、一冊目

年末年始は、ほとんど本を読めなかった。
年をまたいで、ようやく読みおえた一冊と、次に読もうとしている本。

川村 湊 著 『原発と原爆――「核」の戦後精神史』
 河出ブックス(河出書房新社) 2011/8/20
 219ページ 1300円(税別)

震災直後に執筆されたもの。
著者あとがきによれば、3月11日以降に書き始め、5月中旬に脱稿。
ただし、3月11日から一か月ほどは、別の書き下ろし(『福島原発人災記』現代書館)に取りかかっていたので、実質的には一か月に満たない間に書き下ろしたものだという。
ただし、本書の前半は著者が十年ほど前に書いた文章に手を入れ、後半の原発に関する部分が書き下ろし、ということだ。

私は、東京新聞2011年8月21日(日)の書評ページに紹介されているのを見て、この本を知った。
すぐに購入したのだが、読み始めたのは昨年の暮れ。
昨夜、ようやく読みおえた。
すこし読みにくいところもあったが(急いで執筆・出版したための文章の乱れか)、刺激的で興味ぶかい内容だった。


東京新聞 2011/8/21(日) 読書欄書評
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― 本書カバー裏のコピーより ―
 戦後の日本が世界中の人々に本当に伝えるべきこと、
 それは、被爆=被曝の体験から生まれた文化、
 原子力による被害の文化である――
 ゴジラと放射能恐怖映画から、鉄腕アトム、広瀬隆『東京に原発を!』、
 吉本隆明『「反核」異論』、黒澤映画『生きものの記録』、
 『はだしのゲン』、『長崎の鐘』、『風の谷のナウシカ』、
 『AKIRA』、「原発文学」の数々まで、
 さまざまな文化現象を世相に重ね合わせながら読み解き、
 原発と原爆(=「核」)をめぐる時代精神を浮き彫りにする。
 3・11の破局にいたるまで、
 私たちはいったい何をしていたのだろうか……



ゴジラや鉄腕アトムなど、私が子どもの頃に親しんでいた「文化」(サブカルチャー)の陰に、原爆や原発の暗い影があったということに、今さらながら気づかされる。
私もまた、「3・11の破局にいたるまで、いったい何をしていたのだろう」と、忸怩たる思いにとらわれる。

筆者は私と同年、1951年生まれ。しかも北海道出身。
Wikipediaをみると網走市生まれとあるが、本書あとがきには、稚内に住んでいた十代の頃の話が書かれている。

― 本書 あとがき より ―
<……福島第一原発の事故のニュースに接して、私のなかに甦ってきたのは、十代の頃の私だった。小学生の高学年だった私は、その頃住んでいた稚内で、ある夜、ヘリコプターがけたたましい音を立てて、何機も飛来するのを目撃した。稚内の裏山には米軍のレーダー基地があり、自衛隊の駐屯基地もあった。それがいつだったか、今では正確にいえる。1962年10月15日の夜である。いわゆるキューバ危機が勃発した日だ。私は11歳だった。戦争が始まるのだ、第三次世界大戦が。広島・長崎に落とされた原爆の何十倍、いや何百倍の原水爆が世界中に降り注ぐのだ。ソ連に近く、だからこそ米軍と自衛隊の基地のある稚内は、真っ先にその犠牲となる……。>


その当時、私は旭川近郊の農村地帯に住んでいた(小学校教員の息子で教員住宅に住んでいた)のだが、ここに書かれた事態の記憶は、ほとんどない。
同年代だった著者と私の、当時の意識には大きな差がある。

著者あとがきの続きを、もう少し引用する。
著者の、ため息のような感慨を、今、私も同じように感じているのだ。
昨年の3月から今日まで、ずっと。

<それでなくても、米ソ英仏中の核実験によって、地球上の大気や海水は放射能に侵されていた。放射能の雨に当たれば、頭がハゲる。今すぐでなくても、遠い将来にそうなる。十代の私は、「放射能」の恐怖を東宝の怪獣映画やSF映画によってしたたかに味わっていた。…(後略)>

<原発爆発、放射能飛散というニュースに接して、そんな十代の自分に立ち戻された気持ちになったのだ。あれから自分は何をしてきたのだろうか。…(後略)>



いつもながら、引用ばかり長くて、恐縮。
次に読もうとしているのは、同じ著者が昨年3月の原発事故後すぐに書いて出版した本。
市立図書館から借りてきた。

川村 湊 著 『福島原発人災記――安全神話を騙った人々』
 現代書館 2011/4/25
 220ページ 1600円(税別)

こちらは、震災・原発事故の直後から、ネット情報を集めて書きあげたもの。
2011年3月11日(金)から3月25日(金)までの日記の体裁をとっている。
著者いわく、「〝怒り〟にまかせて書いたもの」 である。
事故発生から10か月近くたった今読んでも、臨場感がある。

―本書 まえがき より―
<私はあえて反原発派のものをコピペせず(参照は、した)、ネット上にある原発推進派のものをコピペし、それに私の批判、批評、感想を書きつけることにした。2次情報ではなく、1次情報を中心にし、それを部分引用したり、要約したりせずに、全文を引用することにした。…(後略)>
<一夜漬けのにわか勉強をしながら、心底、怒りを感じた。政治家も、実業家も、官僚も、電力会社経営者も社員も、学者も、マスメディアも、みんなが寄ってたかって、こうした事態を引き起こしたのだ。…(後略)>

感想は、読みおえてから、またあらためて。

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2012年1月 1日 (日)

【歩】初詣は熊野宮へ

元日の午後、天気もおだやかだったので、近所の熊野宮まで歩いて行った。
片道30分ほど。

案の定、参詣の行列ができていた。
一時間半ほど並んで、参詣。
今年、私は「後厄」なんだそうだ。
おみくじを引いたら、夫婦そろって大吉だった。
(この神社は大吉が多いような気がする)

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並んで待っているとき、2時半頃、地震を感じた。
携帯電話でTwitterをチェックすると、日本の広範囲で揺れたらしい。
正月早々、いやな感じだ。

 気象庁|地震情報
 http://www.jma.go.jp/jp/quake/20120101143715391-011428.html

<平成24年01月01日14時37分 気象庁発表
 01日14時28分頃地震がありました。
 震源地は鳥島近海 (北緯31.4度、東経138.6度)で震源の
 深さは約370km、地震の規模(マグニチュード)は7.0と推定されます。>

小平は、震度3ぐらいだったか。
震源が太平洋沖で、震源の深いことが気になる。
M7.0というのも大きい。
やはり、大地動乱の時代にはいっているのだろうか。


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御神籤の文句が可笑しい。笑っては不謹慎かもしれないが。

(私)
 家庭 妻は夫を、夫は妻を大切にせよ 幸運が来る
(妻)
 家庭 開運は家庭の団楽にあり 邪恋や麻薬に走るな

「邪恋」「麻薬」とは、穏やかではない(笑)。

(私)
 相場(賭) 利益あれど続かず
(妻)
 相場(賭) 強気に出れば勝ちます

ここはひとつ、カミサンに頑張ってもらおうかな(笑)。

冗談はともかく、今年一年の健康を祈願してきた。


【2012/1/2追記】
ネット検索で昨日の地震のことを検索していて、こんなサイトをみつけました。
地震を、ただ怖がったり、「わからない」と諦めないで、しっかり知りたいと思いました。

 鳥島近海の深発地震: ねーじゅのごった煮記
 http://nomneige.moe-nifty.com/diary/2012/01/post-91c6.html

【2012/1/5追記】
「深発地震」と呼ばれる地震だったらしい。
Wikipediaに、この日の地震が掲載されていた。

 Wikipedia 深発地震
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%B1%E7%99%BA%E5%9C%B0%E9%9C%87

2012年1月1日 : 日本 鳥島近海(M7.0、深さ370km) - 震度分布は東日本の広域で震度3・4である。東北地方太平洋沖地震の余震域以外で発生し、東北・関東地方において震度3以上が観測された地震では最大規模。

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【雑】春よ、来い

ようやく年が明けました。
本年もまた、よろしくお願い申しあげます。

桜咲く春が待ち遠しい、この季節です。
この国にも、ほんとうの「春」が訪れますように。

  2012年(平成24年) 元旦


Nenga2012

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