« 【読】原発推進者の無念 | トップページ | 【読】原発推進者の無念 (続々) »

2012年1月17日 (火)

【読】原発推進者の無念 (続)

北村俊郎さんが書いた
 『原発推進者の無念――避難所生活で考え直したこと』 (平凡社新書)
を読みながら、気になったり感心した個所に付箋を貼っている。

そんな中から、いくつか書いてみたい。

原発への賛否
避難所(郡山市「ビッグパレットふくしま」)にいる人たちの、原発への思い。
「原発事故のおかげで家に戻れない、いつ戻れるかもわからない」
「ほかの被災地の人は後片づけや復興をはじめているのに、自分たちはなすすべもない」

これは、そうとうきついと思う。

<原発があるおかげで仕事が確保される、施設が整備されるなどいろいろな恩恵はあったが、それにしても原発誘致の結果がこんなかたちで報われるとは思ってもみなかった。原発は安全だと聞かされていたが、やはりそうではなかったのだ。どんな大きな地震や津波があったとしても、それで壊れるようではやはり安全とはいえない。> (P.38 第一部第一章 4月5日)

<第一原発については事故に至らなかった5、6号機も含めて廃炉は当然という声が多い。だが、NHKが当初、避難所で100人に聞いたところ、原発の必要性については半数の人が支持した結果となり、時事通信社などが全国でアンケートした結果とほとんど同じとなっているのは興味深い。地元では原子力関係で収入を得ている人が多いことも影響しているようだ。しかし、事故がなかなか収束しないために、家に戻れる目途が立たず、しだいに原発に対する感情が悪化しているように思われる。原発に頼らず、新たな産業により町を復興しなければという声もある。> (P.39 第一部第一章 同上)

福島以外の原発立地地域の問題も、ここにあると思う。
「脱原発」は、現実にはなかなか難しいのだろうということは、容易に推測できる。
北海道の泊村で、原発維持派の町長が無投票当選したのも、原発に依存せざるを得ない(そのようにさせられた)過疎地選挙民の苦渋の選択とも思える。

金の問題
着の身着のまま家を離れた人たちは、とうぜん現金不足に悩まされている。
本来、加害者である東電や国が、避難にかかる費用を全額負担すべき、という思いは当然だろう。
同じ避難者でありながら、避難所にいる人たちと、ホテルや旅館、住宅にいる人たちとの間の不公平も、大きな不満の種だった。
郡山の避難所(ビッグパレットふくしま)では、4月21日なってはじめてコンビニ弁当(それも冷たい弁当で電子レンジもないので温められない)が配られた。
それまでは、毎日、菓子パンとおにぎりばかりだった。
どうして、給食施設が作られないのか、著者だけでなく私も不思議に思う。
国や地方自治体(主に福島県)の不手際だと思う。
いくら混乱していたとはいえ、一か月以上も食事が改善されなかったのは、ひどい。

<避難所にいる人々は、避難生活をしなければならないのは東電や国のせいであり、自分たちが金を出すのはおかしい、県や町がやってくれることも元をただせば自分たちが支払った税金。被害者が自ら払った税金を使われてはかなわないという気持ちがある。事故に関係なく、日常生活には食費などが必ずかかり、それは自己負担と考えられるが、避難した人にとっては、これも承服しかねるというところだ。……避難所の人々は相変わらず、財布と相談しながらの生活が続いている。> (P.57-58 第一部第一章 4月10日)

飯館村のこと
原発から距離的に遠い飯館村の放射能汚染がひどかったことはよく知られるようになった。
しかし、緊急避難地域から郡山に避難した(させられた)人々にとっては、飯館村の方が(準備期間があるだけ)うらやましいという著者の思い。

<政府が飯館村の計画避難を決めた。テレビを見ていると、飯館村では村長が住民集会を各集落で開いて説明し、住民の意見を聞いている。村民は移転条件として補償や移転先などについて要望を述べていた。さまざまな意見が出ていたが、すでに避難所にいる人たちにとっては、あの時間的余裕はうらやましいと思える。富岡町や川内村の人たちは、補償も移転先の話もなしに、いきなりその場で強制的に移転させられた。一か月の余裕があれば、どれほどの物が持ち出せるだろう。集落も散りぢりにならずにすむだろう。> (P.61 第一部第一章 4月11日)

ちょっとおかしい
今回の避難は、政府の迷走が原因で無茶苦茶(行きあたりばったり)だった。
なによりも、情報公開を怠った(情報を隠した)ことに大きな原因があるように、私は思う。
この本の体験談を読んで、あらためて痛感した。

<郡山市に住んでいた人が、放射能が怖くていち早く新潟に逃げたとか、郡山の不動産店に勤めている若い人が、「自分たちも避難しなくてはならなくなるかもしれない」といっているという話を聞くと驚いてしまう。避難区域でもないところに住んでいた家族が、事故発生直後に遠くまで逃げ、県や避難先の自治体の負担でリゾートホテル暮らしをしているという情報がある。今日は、群馬県片品村で一日一人2500円を福島から避難して来た人に支援している、あるいは旅館に入った南相馬市(屋内退避地区)の人は避難先で、宿泊費はもちろん食事も提供してもらっている、とのニュースもNHKテレビで知った。
 今もビッグパレットに暮らしている避難者からすると、なんでそんな不公平がまかり通っているのかと、疑問というより怒りに近い感情がこみ上げてくる。優先的に支援されてもよい富岡町や川内村の住民がなぜ後回しになっているのか。町役場や県に聞いてみても何も答えてはくれず、いま進めていますというばかりだ。二次避難の計画や達成目標日も示されていないので、県や町をまったくあてにできなくなっている。>
 (P.64-65 第一部第一章 4月13日)

まだまだ紹介したい話がたくさんあるのだが、今回はこれぐらいで。

|

« 【読】原発推進者の無念 | トップページ | 【読】原発推進者の無念 (続々) »

【読】読書日誌」カテゴリの記事

【震】震災日誌」カテゴリの記事

こんな本を読んだ」カテゴリの記事

コメント

よく読みこんでいただいて感謝します。
 最近、出版された民間事故調の報告書にも寄稿とコメントをしております。よかったらご覧ください。

 いまだに避難生活をしておりますが、書いたり話したりしなければならないことが山積しています。

投稿: 北村 俊郎 | 2012年3月16日 (金) 20時59分

>北村俊郎 様
ごていねいにコメントをお寄せくださって、ありがとうございます。恐縮です。
私事でバタバタしているため、新聞すら読めない毎日ですが、原発の動向は常に気にかけています。
避難生活、たいへんなこととお察しします。
これからも「書いたり話したり」を、どうか続けてください。
遠くから応援しています。
とり急ぎ、お礼まで。

投稿: やまおじさん | 2012年3月16日 (金) 22時03分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/139344/53758583

この記事へのトラックバック一覧です: 【読】原発推進者の無念 (続):

« 【読】原発推進者の無念 | トップページ | 【読】原発推進者の無念 (続々) »