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2012年1月17日 (火)

【読】原発推進者の無念

ずっと気になっていた一冊。
まだ半分しか読んでいないけれど、原発震災によって非難を余儀なくされた体験が綴られていて、勉強になる。
こういう具体的な体験が聞きたかったのだ。

北村俊郎 著 『原発推進者の無念――避難所生活で考えたこと』
 平凡社新書609 2011/10/14発行
 263ページ 780円(税別)

「原発推進者」というのは、著者が原発事業会社(日本原子力発電(株))に勤務していたからだ。
執筆時も、社団法人日本原子力産業協会理事という肩書だ。
日本原子力発電を退職後、福島第二原発のある富岡町に家を建てて暮らしていたが、昨年3月の原発事故で非難を余儀なくされた。
つまり、ある日とつぜん、原発災害の被害者になってしまったのだ。

本書は次のような構成になっている。

はじめに
第一部 原発事故に遭う
 序章 震災、原発から逃げる

  (3月11日の地震発生から、12日の川内村への緊急避難、15日の郡山市「ビッグパレットふくしま」への避難まで)
 第一章 避難所ビッグパレット
  (4月から初夏まで、避難所での体験) ※ここまで読んだ
 第二章 避難所で考えたこと
第二部 原発を考える
 第一章 知られざる原子力の世界
 第二章 原子力と安全
 第三章 致命的なリアルさの不足
 第四章 原子力の本当の怖さ
 第五章 原発の条件
 第六章 原子力関係者の責務
補償問題についての追記
おわりに


淡々とした語り口で、避難所生活の様子を冷静に綴っているが、随所に東電や政府、自治体に対する怒りがこめられている。

<自宅からの突然の避難は過酷なものであり、自ら避難者となることにより、緊急時の避難計画がいかに非現実的なものであったか、原発の事故が地域のコミュニティを一度に破壊すること、放射能の見えない脅威がどれほど悩ましいものであるかなどを私は痛感した。事故現場から7キロの距離にある自宅には当面戻れないので自宅を失ったも同然だが、避難生活で目にしたものはさまざまな人間模様であり、なかなか進まない対応であった。私はこれについて、避難者から見た避難の実態について書いておかねばならないと思った。……> (P.13 はじめに より)

避難所の実態や避難した人々が感じていたこと――私がこれまで知らなかったことが、たくさんあった。
それらについては、また稿をあらためて書きたい。

これから先も、放射線量が下がらない限り、住んでいたところに戻れない人がたくさんいると思うと、たまらない気持ちになる。

第一部第二章のはじめに、著者はこう書いている。

<第一章では、避難行と避難所生活のスケッチをしてきたが、それは原発の事故で避難せざるを得なかった人々の記録であり、過去に自然災害で被災した人々の避難生活とは異なる、わが国ではほとんど経験のないものであった。
 その違いは家が壊されたわけでも家財が流されたわけでもなく、人がたくさん死んだわけでもないのに、ある日突然生活の場を去るように指示され、100キロも離れた避難所でいつ帰れるかわからないままの生活を強いられるという点である。
 この避難行はいうならば、終戦時にソ連軍に追われて命からがら満州や北方領土から帰国した人たち、あるいは噴火により島を脱出した三宅島島民である。>
 (P.117-118)

まったく、そのとおり。
戦争を「人災」とは呼べないが、命からがら故郷を追われた様子は、敗戦時の逃避行を思わせる。
今回の福島原発事故(原発災害)は、まさに「人災」なのだ。
それを忘れないでいたい。

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