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2013年1月31日 (木)

【楽】リンゴの唄

とつぜん「リンゴの唄」なのだ。

 

ある程度の年代の人なら、だれもが知っているあの歌だ。

<第二次世界大戦敗戦後の日本で戦後映画の第1号『そよかぜ』(1945年〈昭和20年〉10月10日公開、松竹大船)の挿入歌として発表され、日本の戦後のヒット曲第1号となった楽曲。歌詞は日本語。作詞はサトウハチロー。作曲は万城目正。歌唱は並木路子、霧島昇。並木は映画『そよかぜ』の主演であり、霧島昇も『そよかぜ』に出演している。> ―Wikipedia―


ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて 第二次大戦後の日本人』(岩波書店・2004年・増補版)を読んでいたら、「リンゴの唄」について、興味深い考察があった。

タイトルは「明るさ、リンゴ、英語」(P.204-206)。
敗戦後日本の解放感が伝わってくる話だ。

― ジョン・ダワー 『増補版 敗北を抱きしめて』 より引用 ―

<天皇裕仁の戦時動員国家では、風刺はまったく許されなかったし、ふざけて楽しむ余地もほとんどなかった。敗戦後、はじめて人々が大きな安堵と希望を表現したとき、そこには禁断の果実であるリンゴを讃える、まったく他愛のない歌があったが、その理由は、こうした戦時の状況を念頭におくと理解しやすいであろう。>

<このころを回想した多くの記録によると、希望の光が差し込んだ瞬間は、まさに1945年10月11日であった。この日、明るいメロディーの『リンゴの唄』とともに一本の映画が封切られたのである。映画の内容じだいは忘れられてしまっているが、歌はみんなの心をとらえた。歌は次のように、他愛のない歌詞ではじまる。

 赤いリンゴに くちびるよせて
 だまってみている 青い空
 リンゴはなんにも いわないけれど
 リンゴの気持ちは よくわかる

 歌詞は四番まであり、それぞれに「リンゴ可愛や 可愛やリンゴ」というリフレインがついているのだが、注目すべきは、歌詞がますます他愛のないものになっていくことで、最後は次のように終わる。

 歌いましょうか リンゴの歌を
 二人で歌えば なおたのし
 皆で歌えば なおなおうれし
 リンゴの気持ちは 伝えよか
 リンゴ可愛や 可愛やリンゴ
   (サトウ・ハチロー作詞) >


長い引用になるが、これに続く部分の、並木路子の戦争体験は私の知らなかった事実で、ひときわ興味深かった。

<『リンゴの唄』を歌ったのは並木路子という若手の女優で、これによって彼女は歌手としての人生をはじめることになった。並木もまた、彼女のファンと同様、戦争で人生を破壊された一人であった。彼女の母親は1945年3月10日の東京大空襲で亡くなり、並木自身も空襲後、隅田川から助け出された。そして、父と兄は出征して帰らぬままであった。彼女は松竹のニューフェースのひとりで、自分自身も撮影現場で食べたリンゴの味がどうしても忘れられないと述べている。当時、若手女優の月給は100円から300円で、リンゴ一個が5円であった。>

<突然の成功を手にした並木の姿は、苦しい時代からの脱出を象徴するものとなった。彼女は音楽会で歌いながら聴衆にリンゴを投げたが、聴衆はまるで幸福に手を伸ばすかのようにリンゴをつかもうとした。>

<食物が何にもまさる関心事の時代であったから、食べ物について元気に繰り返し歌うことが人々の気分を高めたとしても、とくに驚くにはあたらない。しかしこの歌の場合、リンゴのおいしさを思い出させる以上に、歌詞が軽くて気取りがなく、赤いリンゴと青い空のイメージが、心のなかの灰色の風景に忘れられない鮮やかな色彩を加えてくれたのである。それが人々の心を明るくした理由であった。……>


このように、当時のリンゴの値段を知れば、この歌にこめられた庶民のあこがれや希望が、現実味を帯びて感じられる。

この本からいろんなことを学び、知ったが、こういう発見はうれしい。
(Wikipediaなどには、もう少し詳しいことも書かれてはいるが……)

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