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2013年2月19日 (火)

【読】今尾恵介さん

<今尾 恵介(いまお けいすけ、1959年 - )は、日本の地図学者、地図研究家、フリーライター。日本地図センター客員研究員、関東学院大学地図学非常勤講師、日本国際地図学会評議員。神奈川県横浜市出身。>

これが、Wikipediaの今尾恵介さん紹介文だ。
私は今尾さんファンで、これまで何度かこのブログでも紹介してきた。

→ カテゴリー「今尾恵介」
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/cat22792419/index.html

まだ読んでいなかったのだが、二年前に出版された本を、先日、パラパラ拾い読みしてみた。

今尾恵介 『地図で読む戦争の時代―描かれた日本、描かれなかった日本』
 白水社 2011/3/15発行 1,800円(税別)

この本のテーマは二つ。
 地図で戦争の時代を読む
 戦争の時代の地図を読む (本書「はじめに」より)

ちょうど、私の今の興味、関心事にぴったりの本だ。
この近辺の地図(戦争遺跡)が取り上げられていた。

軍事施設はその後どうなったか
 軍用鉄道の生まれ変わり――新京成電鉄、東急こどもの国線、西武拝島線
 (P.206-215)
このなかの「日立航空機工場専用線のその後」(P.210-213)に、興味ぶかい話があった。

「日立航空機工場専用線」とは、現在の西武拝島線の一部で、当時は玉川上水駅が終点だった。
日立航空機の工場があったためだ。
(この路線は昭和43年、拝島まで延伸された)

また、現在、ブリヂストン東京工場・技術センターがある場所(小平市小川東町3丁目)には、戦争末期の昭和18年に陸軍兵器補給廠小平分廠ができたという。
戦車や自動車の修理をしていたそうだ。
小川駅(現在の西武国分寺線・拝島線)からそこまで、短い引き込み線があった。
その痕跡を示す地図が、今尾さんのこの本(P.212)に掲載されている。
戦後の昭和26年の製図なので、補給廠は跡形もなく荒地記号になっていて、鉄道線路の記号だけが残っている。

なるほど、地図を読む楽しみとは、こういうことなんだなと、あらためて感心した。
ところで、今尾恵介さんの講演会が5月に小平で実現しそうなのだ。
多摩の鉄道に関するお話しが聞けそうだ。
今から楽しみにしている。

【参考サイト】
小平の歴史・文化・市の誕生|東京都小平市
http://www.city.kodaira.tokyo.jp/kurashi/023/023249.html
<昭和15年以降になると傷痍軍人武蔵療養所、東部国民勤労訓練所、陸軍経理学校、陸軍技術研究所、陸軍兵器補給廠小平分廠などの軍用施設が設置され、勤める人の住宅も建てられました。>

地図研究家 今尾恵介さん - インタビュー - 環境goo
http://eco.goo.ne.jp/business/csr/ecologue/ecologue09_01.html

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