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2013年6月の35件の記事

2013年6月30日 (日)

【読】赤坂憲雄 「岡本太郎の見た日本」

きのう、図書館から借りてきた本。
吉祥寺のMOTELライブに向かう乗り物のなかで、読みはじめた。

赤坂憲雄 『岡本太郎の見た日本』
 岩波書店 2007/6/26発行 375ページ 2,300円(税別)

民俗学者・赤坂憲雄さんが岡本太郎を論じる、ということが私には意外だった。
この本が出たことを知ってから、ずっと、読んでみたいと思っていた。

まえがき、あとがきを先に読む。
こういう構えた本は、全体の構成を頭に入れてから読まないと、途中でいやになってしまうから。

次に、気になっていた、例の「久高島の事件」に触れている箇所を読んでみた。

第四章 沖縄、ひとつの恋のように (P.211~290)

<それから七年が過ぎて、1966年12月26日から五日間、久高島ではイザイホーの神事が執りおこなわれた。太郎はそのとき、島を再訪し、前回の旅では触れることができなかった、信仰の感動が強烈にもりあがる祭りの情景を見ることができた。その紀行は「神々の島 久高島」と題して、『沖縄文化論――忘れられた日本』の増補版に収録されている。(後略)>

<ところで、この久高島再訪は、のちに忌まわしい事件として語り継がれることになる。イザイホーという神聖なる神ごとがおこなわれているさなかに、太郎が島の風葬の場所に立ち入っていたことが発覚して、避難を浴びたのである。そのために、『沖縄文化論――忘れられた日本』という著書そのものが、ある負の烙印を押されて、沖縄の人びとから忌避されてきたのかもしれない。いまでは、その非難もやわらいだようだが、できるならばわたしはこの『沖縄文化論――忘れられた日本』に突き刺さったトゲを抜いておきたい、と願う。>
(以上、本書 P.270)

こう前置きして、岡本太郎の著作の該当箇所を引用したあと、赤坂さんは太郎のとった行動を次のように捉えている。

<イザイホーとは、十二年に一度おこなわれる、久高島でもっとも大切な聖なる祭りである。沖縄の祭りはケガレとの接触を忌み嫌う。イザイホーのかたわらで、よそ者が風葬の地に足を踏み入れるなどということは、あってはならないことだった。太郎はそれと知らずに、地元の新聞記者の誘いに乗せられるかたちで、あきらかに最大のタブーを侵したのである。それは民俗学者としても、最低限の作法に反する行為であったはずだ。>
(P.271~272)

岡本太郎が『沖縄文化論』で書いていることからわかるように、
<沖縄には穢れのタブーが強いかたちで存在することを、知識としては十分に知っていた>
はずだが、彼が意識していたのは
<よそ者は島の後生(グソー)に入ってはいけない、というもうひとつの禁忌であり、祭りの庭に死の穢れを持ち込んではならない、という禁忌ではなかったらしい。それが不幸をもたらした。沖縄のがわに、手引きする者がいなければ、この踏み外しがありえなかったこともまた、あきらかだ。>
(P.272)

私が読んだ印象では、岡本太郎が「後生」に足を踏み入れたのは、地元の記者の誘いによるものだが、あきらかに「やってはいけないこと」という意識があってのことだと思う。
いわば、確信犯である。

ただ、文庫版の『沖縄文化論』(中公文庫)に掲載されていた(同書 P.240)写真 「後生で撮影中の著者」 の彼の表情は真剣で、まるで風葬されている人骨に魅入られているかのような凄みがある。
難しい問題かもしれない――「研究する側、写真を撮る側」の問題としては。

でもなあ、やっぱり岡本太郎にも欠けていたのは、「研究される側、写真を撮られる側」がどう感じ、受け取るか、ということへの想像力ではなかっただろうか。
――なんてことを考えながら、赤坂さんの結語を読んでいた。

<それにしても、太郎は幸福であったかもしれない。長いあいだ秘密の状態にとり残されてきた、原始的な葬制としての風葬、そして洗骨のフォークロアに、触れることができた。その残酷でありながら、どこまでも浄らかな世界は、やはり強烈だった。そのとき、そこでの、太郎の関心のありようや、感動の質といったものには、卑しさがかけらもないことに、あらためて注意を促しておきたい。その姿はどこまでも厳粛であり、敬虔なものだ。まるで免罪符とはならないが、この人の好奇心が子どものように、あるいは獣のように純粋だったことは、否定すべくもない。>
(P.273)

ちょっと、赤坂さん、贔屓のしすぎでは?――と私は思うが、まあ、岡本太郎という巨人(怪人)は、こういう人だったのだろう。
分厚くて、硬くて、最期まで読みきれるかどうかわからない本だが、もう少し読んでみようか。

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【楽】6/29 MOTEL 「のろ」ライブ

昨夜、吉祥寺北口 「のろ」 へ。
私には石垣島いらいの、MOTEL(須藤もん&対馬照)ライブ。

こぢんまりしたお店で、到着したときにはほぼ満席。
といっても、10人ぐらい。
和気藹々のムードで、マイクを使わない生の演奏を楽しんできた。

撮影 2013/6/29(土) 吉祥寺 「のろ」
http://www.paw.hi-ho.ne.jp/noro/

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2013年6月29日 (土)

【楽】きょうの一枚 Miles Davis FOUR AND MORE

ひさしぶりにアナログ・レコードなんぞ。

Miles Davis 1964年のライヴ盤。

“FOUR” AND MORE
 MILES DAVIS RECORDED LIVE IN CONCERT
Miles Davis, tp / George Coleman, ts
Herbie Hancock, p / Ron Carter, b / Tony Wiliams, ds

SO WHAT / WALKI'N / JOSHUA=GO-GO
FOUR / SEVEN STEPS TO HEAVEN
THERE IS NO GREATER LOVE=GO-GO

1964.2.12 ニューヨーク
リンカーン・センター フィルハーモニック・ホール

村上春樹氏推薦の “WALKI'N” が圧巻。
村上春樹・和田誠 編集のオムニバス・アルバム「ポートレイト・イン・ジャズ」に収録されている演奏だ。

たたきつけるようなトランペットとドラムスのかけあいがスリリング。
ベース、ピアノ、テナーサックスの三人もいいぞ。

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【歩】近くの図書館まで

歩いて5分ほど、すぐ近くの図書館まで歩いて行った。

道々、初夏の花が咲いている。
ムクゲは、私の好きな夏の花だ。

撮影 2013/6/29(土) 東京都東大和市

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シモツケも、あちこちで見かける。

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つい先日、名前を憶えたばかりのタケニグサ、空き地にたくさん生えている。

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ハシドイ?

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図書館で、こんな本を借りてきた。

赤坂憲雄 『岡本太郎の見た日本』
 岩波書店 2007/6/26発行 375ページ 2,300円(税別)

前から気になっていた赤坂さんの本。
岡本太郎つながりで、きのう予約したら、さっそく中央館から近くの地区館に届いた。

もう一冊。
この地区館の書棚を見ていたら、きのう読みおえた、岡本太郎 『沖縄文化論』 の新版(2002年)があった。
初版や文庫版で問題になっていた久高島の「風葬」の場所「後生(グソー)」を撮ったゾッとする写真が、きれいに抹消されている。
やはり、問題になった写真とみえる。
親族にとって神聖な墓を暴くような行為は、責められてもしかたがないだろう。
琉球には「洗骨」という風習があるが、研究者や学者といえど、墓所に立ち入ることは遠慮すべきなのだ。

北海道のアイヌ墓地でも、研究のためと称する学者によって遺骨が盗まれたことがあったはず。
ひどい話だ。

この新版は、文庫版に比べて写真がたくさん掲載されているので借りてみた。

岡本太郎 『新版 沖縄文化論 忘れられた日本』
 中央公論社 中公叢書
 2002/7/25発行 203ページ 1,800円(税別)

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2013年6月28日 (金)

【読】岡本太郎の「沖縄文化論」を読む

今月上旬、石垣島旅行に持っていったものの、ほとんど読まないまま持ち帰った文庫本。
岡本太郎の『沖縄文化論』(中公文庫)を読んだ。

岡本太郎 『沖縄文化論――忘れられた日本』
 中公文庫 1996/6/18発行 261ページ 720円(税込)

『中央公論』誌上で1960年3月号から12月号まで連載されたもので、親本は1972年10月、中央公論社から出版されている。
岡本太郎が沖縄を旅したのは、1959年11月から12月にかけて。
「本土復帰」のずっと前のことだ。

彼は、那覇まで飛行機で飛び、沖縄本島をまわって、船で八重山(石垣島)まで足を延ばしている。
今から半世紀前の沖縄の様子がわかり、興味深いものがあった。

戦禍で破壊された首里城はまだ廃墟で、守礼門だけが再建されていた(1958年再建)。

<霊御殿の正面入口はびっしりと石でふさがれていた。案内する人のあとをついて、わきの崩れた石垣をよじのぼっていく。五、六メートルもある外壁の高みに立つと、そこには風が爽やかに吹いていて、明るく晴れ渡った首里一帯がながめわたせる。この丘陵は、沖縄破壊のあとをまだそのままにとどめて、白っぽく崩れたひろがりの中に、再建された守礼の門だけが、あざやかに陽をてりかえしていた。>
(P.207 「結語」)

― 目次 ―
沖縄の肌ざわり/「何もないこと」の眩暈(めまい)/八重山の悲歌/踊る島/神と木と石/ちゅらかさの伝統/結語/あとがき
増補 神々の島 久高島/本土復帰にあたって
解説 「一つの恋」の証言者として 岡本敏子

「ちゅらかさ」とは、「美(ちゅ)ら瘡(かさ)」。
天然痘を、かつて沖縄ではこう呼んだという。
災いとか伝染病を美称で呼ぶことに触れ、岡本太郎は独特の沖縄の文化論をくりひろげる。

<災いとか伝染病を美称でよぶのは、なるほど、ひどく矛盾のようだが、しかしかつての島の人には切実な意味があったに違いない。複雑な心情である。/外からくるものはいつも力としてやってきて、このモノトニーの世界に爪あとをのこす。それはよし悪しを抜きにして「貴重」なのである。だから畏れ敬って一おう無条件にむかえる。/だが何といっても、これは天然痘なのだ。決して好ましい客ではない。この凶悪に対し、彼らは無防備なのである。卑しめたり、粗末に扱えばタタリがひどいだろう。なだめすかして、なるべくおとなしく引き取ってもらわなければならない。>

<強烈に反撥し、対決してうち勝つなんていう危険な方法よりも、うやまい、奉り、巧みに価値転換して敬遠して行く。無防備な生活者の知恵であった。/私は現代沖縄の運命について考える。占領され、全島が基地化されている。ここはもはや沖縄であって沖縄ではない。当然それは民族にとっての言いようのない苦しみである。それは天然痘――もっと厄介である。……>


岡本太郎のことを、私はほとんど知らなかった。
例の「芸術は爆発だ!」「何だ、これは」で一世を風靡した風変わりな芸術家(あれは愉快だったが)、という程度の私の持っていたイメージを、払拭させられた一冊だった。


【追記】
「増補 神々の島 久高島」には、1966年に久高島(沖縄本島の南端東5.3キロ)に渡り、イザイホーという祭りを見学したことが書かれている。
Wikipediaに、ちょっと気になる記載があったので、ここにとりあげておく。

<1966年のイザイホーの際に取材に来た芸術家の岡本太郎は祭りの最中に男子禁制のクボー御嶽に入り、風葬の地に入って墓を写真にとるばかりか、棺を開けてふたを破って死者の写真まで撮り、撮影した死者の写真を中央公論に掲載した。これを見た死者の遺族には精神に異常をきたした人もいる。以後、久高島では風葬は行われなくなったとのことである(『葬と供養』 五来重 著  東方出版 (1992/04))。
岡本太郎の著書『沖縄文化論 - 忘れられた日本』(中央公論社刊 1972/10)によると、岡本は久高ノロの子息に案内されて1959年に大御嶽を訪れており「ここもかつては男子禁制だった。」と書いている。1966年の再訪の際は御嶽には行かず「那覇から来ている新聞記者」の案内で後生(ぐそう)を訪れ、ここで風葬を撮影した。>

― Wikipedia 久高島 ―

書かれたもの(本書)だけではわからないこともあるのだなあ、と感じた次第。
ためしにネット検索してみると、こんな記事も。
(「久高島 岡本太郎」でGoogle検索)

久高島民族資料室で見たものは : 沖縄・離島の旅
http://omoidenotabi.blog41.fc2.com/blog-entry-327.html
晴徨雨読: 魂の島久高島 2/28
http://seikouudokuzin.blogzine.jp/ohara/2007/03/post_6a73.html
岡本太郎 『沖縄文化論 忘れられた日本』 - 屈折率
http://d.hatena.ne.jp/entre-sol/20121212/1355322131

できれば、自分の足で一度訪れてみたい島だ。

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2013年6月27日 (木)

【遊】府中郷土の森、あじさいまつり

朝から晴れて、そよ風が吹いて湿気もない一日。

ひさしぶりに、府中郷土の森まで車ででかけた。
二年ぶりだった。
自宅から片道13キロほど。

6月8日から一か月間、あじさいまつりが開催されている。

府中市郷土の森博物館[府中文化Net]
http://www.fuchu-cpf.or.jp/museum/

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撮影 2013/6/27(木) 東京都府中市(府中郷土の森)

しばらく行かないあいだに、入り口前に観光物産館ができていた。
野菜や果物、たまご、ジャムなど地場物産が安かったので、買い物。
ついでに、食堂で食事。
(中の蕎麦屋が土日だけの営業で、今日は開いていなかったため)

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プロマイドの「マルベル堂」が運営している食堂 「古都見カフェ」。
壁面やテーブルに、なつかしいプロマイド写真が。

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メニューも手頃な価格でおいしかった。
私が食べたプレートは600円。

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入場料200円を払って敷地にはいる。
小学生が見学にきていた。

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色とりどりのアジサイが咲いていた。
「やすらぎの池」というちいさな池には、睡蓮が。

二年ぶりにかみさんと歩いた「あじさいの小経」、きもちがよかったな。

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睡蓮 (やすらぎの池)
鯉や亀が泳いでいた。

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2013年6月26日 (水)

【読】勢古浩爾さんの新刊、もう一冊

勢古浩爾さん、という人がいる。
肩書は、評論家・エッセイストということになっている。

<勢古 浩爾(せこ こうじ、1947年 - )は、日本の評論家、エッセイスト。
大分県生まれ。明治大学政治経済学部卒、明治大学大学院政治学修士課程修了。橋川文三に師事。大学院修了後、洋書輸入会社に勤務。「石原吉郎論」で開高健賞候補。その後文筆活動に入り、『まれに見るバカ』がベストセラーとなる。2006年退社し文筆に専念。新書による人生論が多かったが、2009年本格評論『大和よ武蔵よ』を刊行。>
 ― Wikipedia ―

この人の著作の大半を読んできたが、また一冊、あたらしい本が出たので手に入れた。

『不孝者の父母考――親が死んではじめてきづいたこと』 (ふこうもののちちははこう)
 勢古浩爾 著
 2013/4/23発行 三五館 229ページ 1,400円(税別)

タイトルに惹かれた。
私も、若い頃に父を亡くし、昨年、母を亡くした。
来月、一周忌をむかえる。
私もまた「不孝者」だ。
ひとごとではないのである。

この本の表紙の写真は、勢古さんが乳児の頃、お姉さんと撮ったものだという。
五木さんの『旅の幻燈』の表紙写真を思いおこさせる。
(これまた衝撃的な本だった)

五木寛之 『旅の幻燈』 (講談社文庫)
<「私は初めておずおずと自分の過去や肉親の記憶をたどりながら、エッセイ風の自伝小説に筆をそめることになった…」 禁じられた性の目覚めに震える少年の日の記憶。亡き母への清冽な思慕。学生時代に出逢った女たちの淡い回想。白いアカシアの花影に、五木文学の原点をなす“詩と真実”が揺れる長編。>
 
 ― Amazonより ―

Tabinogentou

男子にとって母親や姉妹は、やはり特別な存在なのだろうか。

<12年前に母親(享年76歳)を、7年前に父親(享年89歳)を失った著者による、両親を失って初めて気づいた「父母考」。 誰にとっても一度きりの強烈な体験である「親の死」をテーマに、“親とは誰か?” “親の死とは何だったか?” を真剣に考え直す。
 (1)親の死はただ悲しいだけの出来事ではない。
 (2)親が死んで、子どもが後悔するのは当たり前である。
 (3)一般的な死などなく、だれにとっても死は、一人一人の個別的な出来事である。
 (4)子どもはいつまでも父と母の子である。
“すべての子どもは不孝者である” と考える著者による、親が健在な方にも、すでにどちらか一方(あるいは両方)がお亡くなりになった方にもお読みいただきたい「親の死」論。>
<親を失ってはじめて、親はほんとうの親として蘇る。すべての子どもへ贈る、切なく、温かい、「親の死」「自分の死」論。>

 ― Amazonより ―

読みたい本が、またこうして溜まっていく……。

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2013年6月25日 (火)

【楽】サマータイム・ブルース

今日の東京新聞一面記事。

犠牲の灯り 第5部 「サマータイム・ブルース」

東京新聞:<第5部「サマータイム・ブルース」> 1・清志郎通り(上)怒りLOVEに乗せ:犠牲の灯り:東日本大震災(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/tohokujisin/akari/list/CK2013062502000161.html

<「暑い夏がそこまで来てる…♪」。独特のかすれた声。四年前、五十八歳で亡くなったロックミュージシャン、忌野清志郎(いまわのきよしろう)が日本語の歌詞を付けて歌う米ヒット曲「サマータイム・ブルース」だ。
 脱原発を訴える金曜日ごとの「官邸前デモ」で、平川健夫(57)=東京都大田区=が清志郎の歌を流すようになって一年近くになる。>

「原子力は要らねぇ、あぶねぇ、欲しくない…♪」

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【雑】曇りのち豪雨のち晴れ

今日は、午前中曇り。
ときどき晴れ間がでていたが、昼ごろ車ででかけている最中に豪雨になった。
そして夕刻、また晴れ間が。
気温24度。
風がでてきて、涼しくなった。

はやく梅雨が明けないかなあ……。

ベランダに小鳥の訪問。
土鳩はごめんこうむるが、スズメなら歓迎。


撮影 2013/6/25(火) 東京都東大和市

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2013年6月24日 (月)

【歩】梅雨空

きのう投開票された都議選の開票結果に驚く。
自公圧勝、民主凋落、共産躍進。
参院選はどうなるのだろうか。

昼前、ポストに投函がてら、近くのコンビニまでの道すがら、写真を撮ってきた。

撮影 2013/6/24(月) 東京都東大和市

クチナシが咲いていた。
きれいなクリーム色で好きな花だが、すぐに茶色くなってしまうのが惜しい。

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このあたりのアジサイは、あまりパッとしない。
なぜだろう。
土地のせいか、日当たりの加減か。

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どこかで見たことがある花だなあ、と思ったが、ナス科の花だった。
ワルナスビ
北アメリカ原産の帰化植物。
黄色い実がなるそうだ。

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下の写真は、このあたりの空き地のあちこちで見かける。
昨日はよくわからなかったが、アオギリの幼木なのだろうか。
私は成木を見慣れていたので、これはちょっと不思議。
たくさん花をつけている。

【2013/6/25追記】
まったく自信がなかったので、これまで何度か質問投稿している「このきなんのき掲示板」
http://www.ne.jp/asahi/blue/woods/
に投稿し、ご回答いただいた。
これは、タケニグサという草本植物(アオギリは木本)ということを教えていただいた。
  ↓
このきなんのき掲示板 (私の質問投稿と、それに対する回答のスレッド)
http://www.photobb.net/bbs.cgi?id=10170&code=31653&action=edit&pid=&pline=0
またひとつ、植物の名前を知った。


タケニグサ  竹似草
 ケシ科タケニグサ属
日当たりのよい荒れ地や道ばたなっどに多い大形の多年草。全体に粉をかぶったように青白く、高さ1~2メートルになる。茎は中空で、切ると有毒の黄色い乳液をだす。葉は互生し、長さ10~30センチで、なかほどまで大きく切れ込み、裏面は白い。7~8月、茎の上部に白い小さな花を多数つける。花には花弁はなく、萼片2個も開花してすぐに落ち、糸状の雄しべが目立つ。チャンバギクとも呼ばれる。分布:本州~九州
― 山と渓谷社 「山渓ポケット図鑑2 夏の花」 ―


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近くから撮った写真は、2日前、6月23日のブログ記事に載せているので、ご覧いただきたい。
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-ef1b.html

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2013年6月23日 (日)

【歩】都議選投票

朝のうちは晴れ間がでていたが、昼ごろから梅雨空にもどった。
気温27度。

近くの小学校まで都議選の投票にいった。
あまりぱっとしない選挙だが、妻とそれぞれ一票を投じてきた。

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その足でスーパーまで買い物に。
道すがら、季節の花を撮ってきた。

撮影 2013年6月23日(日) 東京都東大和市

ガクアジサイ
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ハルシャギク (春車菊、波斯菊) 別名 ジャノメソウ
 キク科ハルシャギク属
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タチアオイ (立葵)
 アオイ科タチアオイ属
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グロリオサ・デージー
 アラゲハンゴンソウ (粗毛反魂草) の改良品種
 キク科オオハンゴンソウ属
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ビワ (枇杷)
 小鳥が蝕みにきていた
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ヒメジョン (姫女苑)
 キク科ムカシヨモギ属
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アオギリ?
【2013/6/25追記】
タケニグサ という草本植物と判明。
→http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-d919.html
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2013年6月22日 (土)

【雑】晴れた

ひさしぶりに青空。
外気温24度、室温27度ほど。
昨日までの梅雨空から、ひととき解放されて気持ちがいい。

富士山が見えた。
山頂付近にまだ雪が残っているものの、すっかり夏山の姿だ。

今日は私の誕生日。

撮影 2013/6/22(土) 東京都東大和市

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2013年6月21日 (金)

【読】本を売る

本棚がいつのまにかいっぱいになった。
「いつのまにか」と書いたが、じつは、原因は私じしんにあることを承知している。

十年以上も本棚に並べたままで読んでいないシリーズものを、えっちらおっちら車で運んだ。
「ちくま文学の森」と「ちくま哲学の森」の二種類。

B●●K ●FFと並ぶ大手チェーン店に持っていった。
(ほとんど伏字の意味がないけど)

「ブックセンターい●う」という。
B●●K ●FFとはだいぶんカラーのちがうチェーン店で、珍しい本も多く、私が贔屓にしているところだ。

しかし、悲しいことに、背ヤケやシミを指摘されて、せっかくのシリーズ揃い本が二束三文だった。
手にしたのは600円ちょっと。
一冊10円(背ヤケ、シミあり)、せいぜい50円(美本)だという。
えーっ、と思ったが、持ち帰るのも業腹なので、置いてきた。

まあ、珍しい本でもなかったので、さほどの値はつかないと予想していたが、それでも、揃っているのだから、まとめていくら、という値札をつけて売れるだろうに。

こんなことなら、どこかに寄付すればよかった。
大手の古書(新古書)チェーン店にとって、本はただの「商品」なのだな、と再認識した日だった。
悲しい……。

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【読】勢古浩爾さんの処女作

ネット通販サイト(e-hon)の新刊ニュースで、勢古浩爾さんの「幻の処女作」が本になって出版されたことを知った。

勢古さんご自身が、何度か著書のなかで触れていたもので、読んでみたいと思っていたところだ。
詩人・石原吉郎論である。
さっそく注文して手に入れた。

勢古浩爾 『石原吉郎――寂滅の人』
 言視舎 2013/6/30発行 249ページ 1,900円(税別)

<壮絶な体験とは、人に何を強いるものなのか? ラーゲリ(ソ連強制収容所)で八年間、過酷な労働を強いられ、人間として、体験すべきことではないことを体験し、帰国後の生を、いまだ解放されざる囚人のように生きつづけた詩人・石原吉郎の苛烈な生と死。「忘れられた」詩人を再発見し、生きることの意味、倫理のあり方を正面から問い直した、著者「幻の処女作」ついに刊行! ★『望郷と海』を読んだのは二十代の後半だった。…「ここにおれとおなじような人間がいる」と思ったのだった。むろん時代がちがう。年齢がちがう。体験の質と量がちがう。が、孤独が似、自己愛と自己嫌悪が似、人間への反感が似、痛々しさが似ている、と思われたのだ……『まえがき」より >
― Amazon ―

以下、本書あとがきの勢古さんのことば。
<まさかこの原稿が本になるとは思わなかった。そのまま埋没し、消失してしまうことがこの原稿の宿命だったのだと思えば、感慨もひとしおである。
 本書はわたしが一番最初に書いた原稿である。かっこよくいえば、“幻の処女作”ということになるのだろうが、純文学の大家じゃあるまいし、そんなものは“幻”のままにしとけよ、といわれかねず、まあただの処女作である。……>


開高健賞に応募し、最終選考三篇に残ったものの受賞できず、出版もされなかった。
そのかわり、『中島みゆき・あらかじめ喪われた愛』(宝島社)を1994年に上梓している。
私はなんとか手に入れて読んでみたが、面白い中島みゆき論だった。

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ブログの過去記事で恐縮だが……。

2010年5月28日(金) 【楽】【読】勢古浩爾さんの中島みゆき論
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-c0bf.html
2010年5月28日(金) 【楽】【読】勢古浩爾さんの中島みゆき論(続)
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-3325.html
2010年5月30日(日) 【楽】【読】勢古浩爾さんの中島みゆき論(続々)
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-16fb.html


詩人・石原吉郎については、6年前に読んだこの本もよかった。
石原吉郎――ずっと気になっている人ではある。

多田茂治 『石原吉郎「昭和」の旅』
 作品社 2000/2/5発行 281ページ 2,000円(税別)

2007年2月28日(水) 【読】詩人 石原吉郎
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_76d9.html

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2013年6月20日 (木)

【遊】石垣島旅行 (10) 最終日

2013年6月7日から10日まで、三泊四日の石垣島旅行。
天候に恵まれ、いい旅だった。

撮影 2013年6月9日(日)・10日(月)

6月9日、竹富島から石垣島に戻りホテルで汗を流した後、夕食をとりに外にでた。
730交差点近くの店にはいり、「んぶしゃー定食」を注文した。
ずっと気になっていた島料理なのだ。

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「んぶしー」とも呼び、豚肉と野菜を煮込んだもの。
沖縄風おでん、という説明を見たこともあるが、煮込みと言ったほうがいいだろう。
くどくなく――たいていの沖縄料理は見た目ほどくどくない――、おいしかった。

明けて6月10日(月)。
ホテルで朝食を済ませ、ターミナル8時45分発バスに乗って新石垣空港へ。
空港までは45分ほどかかった。料金は520円。
旧石垣空港までの距離と比べると、2倍になった。

新石垣空港
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私が乗るJTA(日本トランスオーシャン航空)のボーイング機が見えていた。

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空港ビル屋上から。
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羽田行きの便に乗りこんでから窓外を見ると、RAC(琉球エアーコミューター)のかわいらしいプロペラ機が見えた。
離島に向かう便だろう。
いつか乗ってみたい。

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離陸後の機窓から。
どこの島かは不明。
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(おしまい)

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2013年6月19日 (水)

【遊】石垣島旅行 (9) 竹富島彷徨

6月9日(日)、朝から午後にかけて、竹富島を貸自転車でまわった。
竹富島散策、と言いたいところだが、さまよい続けたというのが実態。
太陽が中天にかかっていたため方角もわからなくなり、見当をつけて走りまわっていた。
強烈な陽射しが暑かった。

撮影 2013年6月9日(日) 竹富島

観光水牛車
今回も乗らずに眺めていただけ。
いつか乗ってみたい。
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御嶽 (うたき、おん)
島内にたくさんある聖地。
鳥居のあるものが多いが、御神体にあたるものはなく、空間じたいが聖地になっている。
とても興味ぶかいが、無暗に立ち入ることがためらわれる。
島の人にとってはたいせつな場所。
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この建造物の奥(陰)に聖なる空間がある。
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なごみの塔
コンクリート造りの展望階段。竹富の赤瓦の民家群が展望できる。
階段は狭く、かなり急で危険。
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自転車の利点は、島内の道のある場所ならどこへでも自由に行けること。
西岸のコンドイビーチとカイジ浜まで足をのばした。

コンドイ浜 (コンドイビーチ)
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カイジ浜 (皆治浜)
星の砂で名高い海岸。
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美崎御嶽・親泊御嶽
北海岸にあり、竹富東港と石垣島がよく見える。
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ビジターセンター ゆがし館
竹富東港(フェリー乗り場)のすぐ近くにある。
ここで、さんざん迷ったあげく、面白そうな本を一冊購入。

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『八重山を読む』 シリーズ八重山に立つ No.2
 三木 健 著
 南山舎 200/10/15発行 本文423ページ
 3,900円(税込)

南山舎~日本最南端の出版社~ - やいまねっと
http://jaima.net/modules/guide6/content/index.php?id=1

沖縄は「出版王国」として名高い。
全国的にみても郷土に関する出版物が多い土地柄だという。
この本には、八重山に関する書籍が581点、ジャンル別に紹介されている。
分類ジャンルは、歴史・地誌(八重山一般、石垣島、竹富島、小浜島、西表島、鳩間島、新城島、黒島、波照間島、与那国島、尖閣列島)、民俗・文化、産業・社会、芸能・文学、教育・スポーツ、自然・科学、戦記(演奏・平和)、伝記・エッセイ。

この本を手がかりに、読んでみたい本が探せる。
例えば、古典的な 『南島探検』 (笹森儀助)が筆頭に載っている。
地元の図書館サイトで検索すると、『南嶋探検1・2』(平凡社・東洋文庫)を所蔵していた。

パラパラめくっていると、石原慎太郎 『秘祭』 なんていう書物(小説だろう)も紹介されている(芸能・文学の項)。
映画化もされているという。
私は知らなかった。

索引(巻末52ページ)も充実していて、役に立ちそうな書誌だ。

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この日、竹富島での昼食。
麩チャンプルー。おいしかった。

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(つづく)

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2013年6月18日 (火)

【遊】石垣島旅行 (8) 竹富島へ

MOTELライブの翌日、一日時間があったので、竹富島に渡った。
MOTELの二人は、この日の午前の便で帰京。

私は9時半のフェリーで竹富島へ。
竹富まではわずか10分ほど、だいたい一時間に2便。
片道670円、往復1,280円だ。

撮影 2013年6月9日(日) 石垣島、竹富島

石垣港離島ターミナル
ここから、竹富島をはじめとして、小浜島、黒島、西表島、鳩間島などへフェリーが出ている。

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船内と竹富港
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竹富港には、送迎のマイクロバスが待ち受けている。
前回は竹富集落まで歩いて行ったのだが、今回は貸自転車の送迎バスに乗せてもらった。
貸自転車店はたくさんある。
そこで自転車を借りて、島内巡りをするつもりだ。
(1時間300円、4時間以上は一日料金1,200円)

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午後3時近くまで、自転車には4時間ほど乗って島内をまわった。
前回は歩きだったので浜辺まで行けなかったが、自転車だと自由自在だ。
島内観光バス(マイクロバス)もあるようだ(50分、1,000円)

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(つづく)

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2013年6月17日 (月)

【遊】石垣島旅行 (7) MOTELライブ

6月8日(土)の夜、いよいよMOTEL(須藤もん&対馬照)のライブ。
場所は、石垣市内の「たかしの店」(石垣市新栄町22-24)。
私たちのホテルから、歩いて10分ほどの近さだ。

開演前の午後6時頃、リハーサルのため店にはいる。

撮影 2013年6月8日(土) 石垣市「たかしの店」

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リハーサル風景
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午後7時半、開店。
心配していたお客さまの入りも、まずまず。
ライブは、お客さまの入り待ちで、8時半頃から始まった。

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前日からの強い陽射しで、すっかり日焼けした対馬照さん。
須藤もんさんは、さすがに日焼け対策を施していた。

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途中休憩をはさみ10時半頃まで、楽しいライブが続いた。
名曲「ハモニカ」「めし」もさることながら、この夜、私は初めて聴いた「シング(sing?)」というコミカルな新曲がよかった。

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そして、終演後の打ち上げ。
深夜2時近くまで、マスター(石垣隆さん)の手料理をさかなに、「しま(島酒)」に酔い、歌を歌って楽しい時間が過ぎた。

打ち上げ風景
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たかしさんはじめ、お店の皆さん、ライブを聴いてくださったお客さま、ありがとうございました!
また来年も、このお店でライブができることを願っています。

 

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2013年6月16日 (日)

【遊】石垣島旅行 (6) 石垣市街

6月7日~10日、石垣市街を歩いて撮った、なにげない街の風景。
いかにも南国らしい土産物屋などの建物は、何度見ても面白い。

撮影 2013年6月7日(金)~10日(月) 石垣島

石垣市ではただ一種類のコンビニ、ココストア
去年はじめて石垣島へ行ったときに、至るところ、ピンクの派手な看板があることに驚いた。

あらためて調べてみると――
<ココストア (Cocostore) は、日本のコンビニエンスストアチェーン。中部地方及び近畿地方を中心に展開する株式会社ココストア(本部)、関東地方や南東北、及び沖縄県に展開する株式会社ココストアイースト、そして九州地方に展開する株式会社ココストアウエストの3社によるコンビニエンスストアチェーンである> ― Wikipedia ―
ということだ。
私の住む近く(東京都東村山市)でも、先日、一軒みかけた。

石垣市のCocoストア
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ココストアには、たいてい「泡盛ゼリー」がレジ横に置いてある。
下戸の私は、あいにくまだ食べていないが、いつも気になっている。

石垣島ねっと - ショッピング - 泡盛ゼリー - 石垣島泡盛ゼリー本舗
http://www.isigakizima.net/s3/awamorizerry/index.php?pubid=1153&dvsid=3&area1id=&cate1id=3&cate2id=145&p=1&p_ref=
石垣島泡盛ゼリー本舗 - 八重山旅行で特産品(飲食関係) - やいまねっと
http://jaima.net/modules/mxdirectory/singlelink.php?cid=51&lid=2388

泡盛といえば、この島ではビール(オリオンビール)よりも泡盛が飲まれているのではないだろうか。
水で割って氷を浮かべ、大きなグラスでぐびぐび飲んでいる――というのが、「たかしの店」で見た光景。
地元の人は、泡盛を単に「しま」と呼ぶ。島酒。

酒屋のショーウィンドウにも、泡盛のガラス瓶がずらり並ぶ。
高そうな古酒もあるが、島の人がふだん飲むのはポピュラーな銘柄だ。
こういう瓶も、泡盛ならではか?
色とりどりのラベルが、なんとも楽しい。

201306100425

下の画像は、Google画像検索で拾ってきたもの。

Awamori

港近くの繁華街で、目につくまま撮った光景。
最終日(10日)の朝食前に撮った写真では、まだ開いていない店が多い。

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朝の730交差点付近。
土産物屋と飲食店が並ぶ。
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730交差点付近の三線の店と、その並びのアイスクリーム屋。
BLUE SEALのアイスクリームがおいしかった。
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石垣市立図書館。
立派な図書館だ。
201306080144

JAマーケット ゆらてぃく市場
JAおきなわやえやまファーマーズマーケット ゆらてぃく市場 | 沖縄 観光スポット - 石垣島観光情報
http://ishigaki-info.okitour.net/spot/spot_detail.aspx?SPOT_ID=204486

ここで島ラッキョウをお土産に買った。一袋200円也。
島野菜やパイナップルが大量に売られている。安い。

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(つづく)

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2013年6月15日 (土)

【遊】石垣島旅行 (5) 南嶋民俗資料館

6月7日から10日まで、三泊四日の石垣島・竹富島旅行の二日目。
6月8日(土)の昼間の散策。

八重山博物館を後にしたのは午前10時半頃、紫外線たっぷりの陽射しがきつい。
帽子か日傘があるとよかった。
730交差点まで戻り、ふと思い直して公設市場に向かった。

撮影 2013年6月8日(土) 石垣島

730交差点
ナナサンマルこうさてん、と読む。
<石垣市街の中心地にある主要交差点のこと。
戦前の沖縄県は日本国内の他の地域と同じく自動車は左側通行であったが、沖縄戦終了直後の1945年6月24日に、沖縄を占領下に置いたアメリカ軍により右側通行に変更されていた。「730」の名称は、1972年の沖縄返還後、1978年7月30日をもって県内全域で日本本土同様の左側通行に戻したことに由来する。>

― Wikipedia ―

730記念碑
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公設市場で島バナナを探したら、あった。
いちど食べてみたかったのだ。
モンキーバナナほどの小ぶりで、でっぷりしている。
やや酸味があるが、甘くておいしかった。
一房400円也。

公設市場
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バナナの下に置いた冊子は、JTAの機内誌「Coralway」。
21センチ×25センチほどで、56ページの小冊子だが、JALの機内誌よりもずっといい。
沖縄色一色のローカルな記事だけ。
池澤夏樹さんが、このユニークな機内誌を絶賛している。

ホテルに戻り、シャワーで汗を流す。
バナナの写真を撮り、試食したあと昼時になったので、もういちどでかけた。
どこに入ろうか迷ったが、やはり、島そば。

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東京では食べたいと思わない島そば(沖縄そば、八重山そば)が、沖縄に来るとなぜか食べたくなる。
すっかり大好きになった島料理のひとつだ。
この店のカウンターで、そばができるのを待っていたら、後ろから声をかけられた。
振り向くと、MOTELの二人。
ガイドブックを見て、この店に来たそうで、私と同じことを考えていた。
二人には、この夜、ライブ会場の「たかしの店」で再開することにし、いっしょにそばを食べて店を出る。

前回行けなかった「南嶋民俗資料館」を探して、北へ。
路地を通り越して「宮良殿内」まで行ってしまい、少し戻る。

「宮良殿内」(みやらどぅんち)の内部は、前回来たときに見学しているので、今回はパス。

南嶋民俗資料館
 石垣市大川188
http://www.museum-okinawa.jp/54nanto/index.html

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角に「南嶋民芸」という面白い土産物店があり、路地を入った並びに「南嶋民俗資料館」があった。
門扉が閉まっていて、見学希望者は隣の土産物店へ、とあった。
土産物店も入口のガラス戸に鍵がかかっていた。
さて、どうしようと思ったら、ご用の方は携帯電話へ、と張り紙が。
電話すると、二階からすぐに降りてきてくれた。

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入館料350円を払って、門扉を開けてもらい、見学した。
ここは、宮良殿内の分家筋にあたる家で、膨大な民俗資料が所狭しと並べてあった。
冷房などなく、蚊がブンブン飛びまわるので、案内してくださった土産物店の女性が蚊取り線香をつけてくれた。

ここも写真は原則NGなのだが、聞いてみるとスナップ写真程度なら、ということで撮影させてもらった。
よくもまあ、これだけ集めたものだ、と感心するほどの雑多なモノや、本、カセット、写真が未整理のまま展示されている。

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案内してくださった女性に、いろいろとお話をうかがった。
あまり宣伝・広告をしていないそうで、訪れる人は少ないとか。
私はこういう資料館が好きなので、何度も訪れてみたい。

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帰りに隣の「南嶋民芸」をのぞいて、ミルクとオホホのストラップ、ペンダントを買う。
このお店にも、また行ってみたい。
他の土産物店にはない、面白いものがたくさんあった。

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(つづく)

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2013年6月14日 (金)

【遊】石垣島旅行 (4) 八重山博物館

桃林寺から港の方角に戻り、石垣市立八重山博物館へ。
ここは、前回、昨年11月にも訪れているが、何度行っても飽きないのだ。

ジリジリと真夏の陽射しの下、汗だくになりながら歩いていると、舗道に面白いタイルを発見。
これまで気づかなかったが、これがなかなか綺麗なものだった。

撮影 2013年6月8日(土) 石垣島

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八重山島蔵元跡 (やえやまじまくらもとあと)
【参考サイト】 石垣島の碑文
http://www.zephyr.justhpbs.jp/ishigaki_hibun.html
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ほんとうに跡地で、空き地になっている。

道路元標 (どうろげんぴょう)
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この後行った八重山博物館に、古い元標が展示されていた(下の写真)。

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石垣市立八重山博物館
http://www.city.ishigaki.okinawa.jp/400000/410000/410500/top.html
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この博物館、展示物の撮影禁止表示はないが、ネットで利用する場合には利用申請が必要らしい。
まあ、スナップ風写真ならいいだろう、と解釈。

冠婚葬祭(とくに、祭り、婚礼、葬儀、埋葬)で使われる民具もたくさん展示されていて、面白い。
個々の写真はたくさん撮ったものの、ここには掲載しない。

祭りで使われるミロク面や獅子、葬列で使う輿(遺体を運ぶ)、立派な焼き物の骨壺、等々。
石垣島に行くことがあれば、ぜひ訪れていただきたいスポットだ。
入館料は大人200円、中学生以上の学生が100円、小学生以下は無料。


大きな地図で見る

(つづく)

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2013年6月13日 (木)

【遊】石垣島旅行 (3) 桃林寺

石垣島旅行の二日目(6月8日)。
朝から市街を散策し、まず、桃林寺に向かった。

八重山諸島(石垣島、竹富島、西表島、など)には、御嶽(うたき、現地では「おん」と呼ばれる)が数多くあるが、仏教寺院は珍しい。

禅宗のお寺ではあるが、琉球風建築で見応えがあった。

石垣島・桃林寺
http://www.okinawainfo.net/yaima/tourin.html
桃林寺・権現堂 | 沖縄 観光スポット - 石垣島観光情報
http://ishigaki-info.okitour.net/spot/spot_detail.aspx?SPOT_ID=200280

撮影 2013年6月8日(土) 石垣島

桃林寺 (とうりんじ) 本堂
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山門の仁王像は、残念ながら格子がじゃまをして撮影困難だった。

権現堂
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今回も旅の友として持っていった本がこれ。
現地を訪れ、読み直すたびに味わいが増してくる。

『沖縄いろいろ事典』 とんぼの本(新潮社/1992年)

(つづく)

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2013年6月12日 (水)

【遊】石垣島旅行 (2) 石垣市内散策

明けて6月8日(土)。
MOTEL(須藤もん&対馬照)のライブの日だが、夜までたっぷり時間があるので、石垣市街を歩きまわってみた。
前日からいい天気が続いていた。

撮影 2013年6月8日(土) 石垣島

(ホテルの窓から) 石垣市立図書館の琉球瓦
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石垣市民会館
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ホテルの朝食 (630円也)
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新栄公園 (巨大なシーサーの遊具=すべり台)
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まだ午前9時前だというのに、陽射しがジリジリときびしかった。
とくにあてもなかったが、前回見られなかった桃林寺(石垣市石垣285/「730交差点」から徒歩約15分)を目指して歩いてみた。

石垣島・桃林寺
http://www.okinawainfo.net/yaima/tourin.html
桃林寺・権現堂 | 沖縄 観光スポット - 石垣島観光情報
http://ishigaki-info.okitour.net/spot/spot_detail.aspx?SPOT_ID=200280

(つづく)

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2013年6月11日 (火)

【遊】石垣島旅行 (1) 石垣島へ

6月7日から10日まで、石垣島へ行っていた。
昨年11月にはじめて石垣島へ行き、島の魅力にとりつかれた。
今回も、友人の「めおとデュオ」 MOTEL(須藤もん&対馬照)の石垣島ライブの追っかけ。

竹富島にも再び訪れることができた。
それにしても、連日、晴れて暑い日が続いた。
最低気温27度、最高気温30度超、陽射しが強く蒸し暑かった。
真っ黒に日焼けして帰ってきた。

写真をたくさん撮ったので、ぼちぼちアップしていこうと思う。

撮影 2013年6月7日(金) 石垣島

上空からの石垣島
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新石垣空港 愛称「南ぬ島(ぱいぬしま)石垣空港」
http://www.ishigaki-airport.co.jp/
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バス乗り場へ向かうMOTELの二人
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広々した空港前(バスの車窓から)
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石垣島夕景(ホテルの窓から)
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翌日のライブ会場「たかしの店」へ挨拶に
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ライブのポスター
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たかしの店の島料理 (とても美味しいのだ)
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(つづく) 

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2013年6月10日 (月)

【遊】石垣から羽田へ

【遊】石垣から羽田へ
東京が涼しく感じる。

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2013年6月 9日 (日)

【遊】竹富島へ

【遊】竹富島へ
今日も晴れて暑かった。夜中から明け方にかけても気温はほとんどさがらない。梅雨が明けたような天気がつづいている石垣島だ。
今日は、フェリーで竹富島に渡り、貸し自転車で島をまわった。日焼けで真っ赤になった。

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2013年6月 8日 (土)

【楽】MOTEL石垣島ライブ

【楽】MOTEL石垣島ライブ
石垣島「たかしの店」

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2013年6月 7日 (金)

【遊】石垣島到着

石垣島到着
晴れていて蒸し暑い。

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2013年6月 6日 (木)

【読】いよいよ明日から南島へ

梅雨らしく、どんよりした空模様。
今日は27度まで気温があがった。
雨が降らない。
梅雨入り宣言が早すぎたのだろう。

明日午後の便で石垣島へ向かう。
三泊四日の南島旅行だ。
前回同様、竹富島にフェリーで渡ってみようと思う。
西表島にも行ってみたいが、石垣島からの往復に時間がかかるので、またの機会にしよう。

一夜漬けというか、付け焼刃というか。
八重山諸島のガイドブックや、書物を引っぱりだして眺めている。
図書館から借りてきた本も、二冊ほど。

帰ってきたら、あらためてゆっくり読んでみたい本がたくさんある。

       

荷物にならない文庫本を一冊、持っていこうかな。
たぶん、それほど読めないと思うけれど。

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2013年6月 5日 (水)

【山】「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか」を読む

つい先日、大雪山を舞台にした紀行番組の録画を見た。
その中で、トムラウシ山の周辺が紹介されていた。
すばらしい光景だった。

「天空の方舟」 2013年2月17日(日)午後3時30分~:HBC北海道放送制作-TBSテレビ系12局ネット
http://www.hbc.co.jp/tv/info/tenku/indexpc.html

私は、旭川の高校山岳部に所属していた頃、大雪山には登っていたが、トムラウシは奥深く、とうとう登らずじまいだった。
いまでも憧れの山のひとつだ。

このトムラウシ山(標高2141m)の山域で、4年前の2009年7月16日、18人のツアー登山者(ガイド3人を含む)のうち8人が死亡するという、痛ましい遭難事故が起きた。
当時のメディアの騒ぎはたいへんなもので、私も連日、新聞やテレビの報道に釘づけになっていた。
このブログにも、この遭難事故のことをたくさん書いた。

さて、メディアの騒ぎもおさまった2010.年8月に山と渓谷社から出版されたのが、この本だ。
単行本も持っていたが読んでおらず、文庫版が2012年8月に出版され、このたびようやく読むことができた。
私にしては珍しく、昨夜から今日にかけて一気に読んだ。

『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか―低体温症と事故の教訓』
 羽根田治・飯田肇・金田正樹・山本正嘉
 山と渓谷社(ヤマケイ文庫) 2012/8/5発行
 365ページ 950円(税別)

<真夏でも発症する低体温症のメカニズムが明らかにされ、世間を騒然とさせたトムラウシ山遭難の真相に迫る。/2009年7月16日、北海道のトムラウシ山で15人のツアー登山パーティのうち8人が死亡するという夏山登山史上最悪の遭難事故が起きた。/2010年には事故調査委員会による最終報告書が出され、今回の事故がガイドによる判断ミスと低体温症によるものと結論づけられた。/1年の時を経て、同行ガイドの1人が初めて事故の概要を証言。/世間を騒然とさせたトムラウシ山事故の詳細に迫り、検証したノンフィクションである。/また「気象遭難」「低体温症」「運動生理学」は、それぞれの分野の専門家が執筆にあたり、多方面から事故を分析・検証している。/事故調査委員会の見解を入れ、巻末には解説も新たに挿入。> - Amazon ―

<2009年7月16日、大雪山系・トムラウシ山で18人のツアー登山者のうち8人が死亡するという夏山登山史上最悪の遭難事故が起きた。暴風雨に打たれ、力尽きて次々と倒れていく登山者、統制がとれず必死の下山を試みる登山者で、現場は修羅の様相を呈していた。1年の時を経て、同行ガイドの1人が初めて事故について証言。夏山でも発症する低体温症の恐怖が明らかにされ、世間を騒然とさせたトムラウシ山遭難の真相に迫る。
[目次]
第1章 大量遭難(十五人の参加者と三人のガイド;ツアー初日;差が出た濡れ対策;出発の判断;異変の徴候;足並みの乱れ;一気に進んだ低体温症;介抱か下山か;決死の下山;遅すぎた救助要請;喜びのない生還);第2章 証言(面識のなかった三人のガイド;なぜ出発を強行したのか;聞けなかった「引き返そう」のひとこと;支えてくれた人たちのありがたさ);第3章 気象遭難(遭難時の気象状況;トムラウシ山周辺の気象状況;遭難時の気象の特異性;気象から見たトムラウシ山遭難の問題点);第4章 低体温症(低体温症との接点;低体温症の基礎;トムラウシ山パーティの低体温症;他パーティの低体温症;低体温症の医学的考察;多様な病態を示す低体温症);第5章 運動生理学(気象的な問題;身体特性の問題;体力の問題;エネルギーの消費量と摂取量の問題;事故防止に向けた提言);第6章 ツアー登山(ツアー会社は山のリスクを認識していたか;安全配慮義務と旅程保証義務;ガイドの資格問題;商品に反映されるツアー客のレベル;それでもツアー登山に参加するワケ;ツアー登山は自己責任か)>
 ― e-hon ―

じっくり時間をかけて関係者を取材したもので、事故当時のメディア報道がずいぶん間違っていたことがわかった。
また、当時、私が疑問に思っていたいくつかの点について、合点がいった。

ひとつはウェアの問題。
この遭難事故で亡くなった8人の死因は、いずれも低体温症
雨と強風の中、無理な行動をとったために疲労も重なって、急激に体温を奪われ、意識を失って亡くなっている。
遭難当時の稜線は、気温10度ほど、最大風速20メートルという悪天で、雨が吹きつけていた。
まともに立って歩けないほどだった。
ゴアテックスなどの透湿防水雨具を着用してはいたが、薄着の人が多かったと、当時は報道されていた。

しかし、その後の聞き取りでは、それぞれフリースやダウンなどの防寒衣類は持っていたという。
ただ、雨具の下にそれを着た人と薄着のままの人がいて、そのあたりも生死を分けた一因だったようだ。
3人いたガイドからツアー客に対して、重ね着をするなど防寒についてのアドバイスはなかった。
その点、ガイドが責められてもしかたがないだろう。

もう一点は、なぜ、小屋に停滞するか途中で引き返す、最悪でもビバークする、という選択ができなかったのか。
私にはずっと疑問だった。

このパーティーは、初日、旭岳温泉を出発、ロープウェイを使って旭岳に登頂して白雲岳避難小屋に宿泊。
二日目はヒサゴ沼避難小屋まで16kmという長距離を歩いている。
小雨の中を9時間も歩き続け、おまけに登山道が川のようになっている個所もあり、かなりの悪路。
着衣や登山靴を濡らし、ヒサゴ沼避難小屋でそれを十分に乾かすことができていない。

三日目。
天候の回復見込みのないまま、はっきりした方針もなく、行けるところまで行ってみて様子を見る、といった感じで小屋を出発している。
台風のような天候だったという。
なぜ、この小屋で停滞しなかったのだろうか。
あるいは、ヒサゴ沼から雪渓を抜けて稜線に出るまでの間で、すでにツアー客の一部に行動できそうもない人が出始めた時点で、小屋に引き返さなかったのか。
私には、ガイドたちの判断力のなさ(検討すらしなかった?)が不思議でならなかった。

この本を読んでわかったのは、ツアー登山のガイドの立場では、予定通りの日程で下山しなければ、というプレッシャーが強かったようなのだ。

予備日?
そんなものは、ツアー登山では最初から考慮されないらしい。

本文から引用する。
(第6章 「ツアー登山」 羽根田治 より)

<この事故のあと、計画に予備日を設定していなかったことがマスコミに叩かれていたが、それはお門違いだと思う。プライベートな山行であれば、万一のアクシデントに備えて予備日を設けることは珍しくないが、ツアー登山は「登山」であると同時に「ツアー」でもある。予備日を設けているツアー旅行なんて聞いたことがないように、一部の厳しいツアー登山を除いて、原則的に予備日を設けない。> (P.324)

また、こういう事情も。

<さて、ツアー登山はツアー会社とツアー参加者の間で結ばれた旅行契約に従って実施されるが、この契約には「安全配慮義務」と「旅程保証義務」が盛り込まれている。つまり、「参加者の安全に配慮しながら計画どおりの旅程でツアーを行ないなさい」というわけである。> (P.320 強調部分は引用者)

<もちろん、常識的に考えれば旅程保証義務よりも安全配慮義務を優先すべきであり、誰も「ツアー客の安全は二の次にしてもかまわないから、なにがなんでも計画どおり行動しろ」とは言ったりしないはずである。しかし、計画の変更に伴う割増金の発生やキャンセル料の支払いは、ツアー会社としてはできるだけ避けたいところで、なるべくだったら計画どおり登山を遂行したいと考えている。そうした指示が具体的になされているのか、あるいは暗黙の了解なのかはわからないが、最終的な判断を下すことになる現場のスタッフ(添乗員やガイド)にとって大きなプレッシャーになっていることは想像に難くない。> (P.321)

この時のツアーガイドは3名。
他に1名のポーターがヒサゴ沼避難小屋まで同行しているが、遭難当日は最初の雪渓登行をサポートした後、小屋に引き返し次のツアー客を待っており、同行していない。
なお、この本では、ガイド、ツアー客すべてが仮名になっているが、そのまま引用する。
(第1章 「大量遭難」 羽根田治 より)

<三人のガイドのうち、リーダー兼旅程管理者(いわゆる添乗員)だったのが西原ガイドで、瀬戸がメインガイド、山崎がサブガイドという役割だった。全国的なガイド組織である日本山岳ガイド協会の資格を持っているのは、西原ガイドだけだった。三人のガイド同士はまったく面識がなかったそうだ。> (P.21)

西原ガイドは広島空港から、山崎ガイドは中部空港から、それぞれツアー客を引率して千歳空港で集合。
唯一、いちばん若い瀬戸ガイド(32歳)だけが、地元札幌在住で、この山域を熟知していた。
西原、山崎の両ガイドは、この山域をほとんど知らなかった。

言ってみれば登山客の命を預かる立場のガイドがこういう人たちで、しかも、山行中の意思疎通ができていなかったことが、かろうじて生還した山崎ガイドの証言(第2章)から、はっきり窺える。


4年前の事故当時、私はこのブログに書いたのだが、こういうツアー登山は天候に恵まれた順調な山行ならば事故は起きないだろうが、きわめて危ういものだ。

ただ、それを利用したいというニーズが広くあるようで、そのあたりの登山者(ツアー登山客)の意識にも問題があると思う。

羽根田治氏は、ヨーロッパ諸国やカナダ、ニュージーランドなどのガイド登山と比較して、次のように書いている。
確かに、皆が皆ではないが、こういう登山者(登山客)は多いと感じる。

<一方、日本の場合、ツアー登山やガイド登山を利用しようとする人は、「連れていってもらう」という意識が非常に強い。ブームに乗っかって登山を始めた彼らは、技術や知識のバックボーンを持たないまま、日本百名山という目標に向かって突っ走りはじめる。それを手っ取り早く実現するために飛びついたのがツアー登山だった。彼らが目標達成のための手段としたツアー登山は、準備段階のスベテをツアー会社に丸投げでき、あとはガイドのうしろにくっついて歩いていくだけの、100パーセント依存型の登山形態である。彼ら自身が山のリスクマネジメントについて考える必要はまったくなく、現場では常にガイドの指示に従っていればいい。かくして“自立しない登山者”が急増することになっていく。> (P.334~335)

かなり手厳しいが、私も同感だ。
この遭難事故を教訓として、その後、「ツアー登山」 は改善されたのだろうか?

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2013年6月 4日 (火)

【楽】いよいよ今週末、石垣島へ

今週の土曜日(6/8)、石垣島でMOTEL(須藤もん&対馬照)のライブがある。
早くから航空券をとり、宿も予約した。
ただ、現地は梅雨の真っ最中。
雨を覚悟で行くしかないな。

須藤もん公式サイト
http://homepage2.nifty.com/sudomon/
ライブ情報
http://homepage2.nifty.com/sudomon/live2013.htm

6/8 (土) 石垣島 「たかしの店」
石垣市新栄町22-24
TEL 090-1945-0353(店主携帯)
開場 19:00 開演 20:00
LIVE CHARGE 前売 2,500円(1ドリンク付)/ 当日 3,000円
出演 MOTEL(須藤もん&対馬照)

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2013年6月 3日 (月)

【歩】小平 「あじさい公園」

梅雨にはいってすぐだというのに、もう中休みか?
今日も陽射しが暑い。
気温26度。

午後、自転車で多摩湖自転車道を小平まで。
片道5kmほど。

小平駅の先に小平市立あじさい公園がある。
一面のアジサイなのだが、ようやく咲きはじめたところだった。

あじさい開花しました!|東京都小平市
http://www.city.kodaira.tokyo.jp/oshirase/007/007519.html

小平グリーンロード ホームページ / 一周21Km 美しい日本の歩きたくなるみち500選
http://kodairagreenroad.com/


撮影 2013/6/3(月) 東京都小平市

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2013年6月 2日 (日)

【読】「親鸞 完結篇」7月から新聞連載

五木寛之の「親鸞 完結篇」が、来月から新聞に連載されるそうだ。
きのうの東京新聞に特集記事があった。

地方紙(東京新聞、北海道新聞、中日新聞、他)に同時連載。
新聞社によって紹介記事が微妙にちがうのが面白い。
(五木さんのインタビュー記事抜粋があったり、なかったり)

東京新聞:「親鸞 完結篇」7月1日から連載 五木 寛之、画/山口 晃:お知らせ(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/release/CK2013051002000110.html

<親鸞 完結篇> 7月1日スタート:Doshin web(北海道新聞)
http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/shinran_kannketsu/

中日新聞:「親鸞 完結篇」7月から連載 五木寛之作 山口晃画:中日新聞からのお知らせ(CHUNICHI Web)
http://www.chunichi.co.jp/article/release/CK2013051002000260.html

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親鸞三部作の最後となる。

第一部 「親鸞」 2008/9/1~2009/8/31 連載
第二部 「親鸞 激動篇」 2011/1/1~12/31 連載

第一部、第二部は、すでに文庫化されている。
さらに、第一部は五木さんの希望で、無料ネット公開(一か月間限定、上巻の全文)して話題になった。

「親鸞」上巻、ネットで無料公開 五木寛之さんの長編小説 - 47NEWS(よんななニュース)
http://www.47news.jp/CN/201005/CN2010051101000783.html

出版元(講談社)のサイト
http://shin-ran.jp/

    

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2013年6月 1日 (土)

【遊】北山公園菖蒲園、再訪

午後、自転車に乗って片道3kmほどのところにある、北山公園へ。
菖蒲がだいぶん咲いている頃だと思って。

はじめて西武線の線路を渡り、都立八国山緑地(はちこくやまりょくち)に足を踏みいれてみた。

撮影 2013/6/1(土) 東京都東村山市

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埼玉県所沢市と境を接する、狭山丘陵の一画。
土曜日とあって、散歩する人がちらほら。

線路の南側にある、「八国山たいけんの里」にも立ち寄ってみた。
ここに入るのは、これで二度目か三度目。
こどもたちが中で遊んでいた。
なかなかいい施設だ。

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ここには、近くの「下宅部遺跡」(しもやけべいせき)の出土品の収蔵・展示室がある。
気分は縄文人。

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そして、北山公園の菖蒲園へ。
前回、5月16日に来たときは、ほとんど咲いていなかったが、半月たった今日、ちらほら咲いていた。
6月8日から23日まで、東村山菖蒲まつりが開かれる。
その頃がいちばんの見ごろだろう。

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業者の人が、いっしょうけんめい養生していた。

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園内の一画に、遠目からでもよく目立つ大きな樹があった。
ハナキササゲ(ノウゼンカズラ科)という、珍しいものらしい。
きれいな花だ。

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【歩】きょうから6月

とうとう6月。
今日は夏の暑さ。気温25度。
朝のうち晴れていたが、うす雲がひろがってきた。
雨は降らないようだ。

近くのスーパーまで歩いて買い物に。
黄色い花が目につく季節。

撮影 2013/6/1(土) 東京都東大和市

キンシバイ (金糸梅)
 オトギリソウ科オトギリソウ属

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アラゲハンゴウソウ (粗毛反魂草) (ルドビキア)
 キク科オオハンゴンソウ属

【2013/6/6訂正】
ハルシャギク (春車菊) (別名 ジャノメソウ)
 キク科ハルシャギク属


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ヒルザキツキミソウ と ドクダミ

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