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2013年8月の46件の記事

2013年8月31日 (土)

【読】なんとか読んでいる、ダワーの新刊

今日もまだ暑い。
気温32度。

分厚くて中味も重厚な本の、ひとつの章を読んだ。
(第1章は読み飛ばして、2章をなんとか読了)
アメリカ人の学者の視点で書かれた 「あの戦争」 の捉え方が、とても興味深く、気づかされることが多い。
この論文集は刺激的で、なんとか他の章も読んでみたい。

太平洋戦争中、アメリカの出版物などで、日本人は不可解な「イエロー・モンキー」「ザ・リトル・メン」として描かれていた。
反対に、わが「大和民族」は、「鬼畜米英」と言っていたのだが。
アメリカ人に限らず日本人もそうだったが、私たちの中にある(あった)根強い人種差別ということを考える。

ジョン・W・ダワー 著/外岡秀俊 訳
 『忘却のしかた、記憶のしかた』

 岩波書店 2013/8/2発行 本文343ページ
 3,000円(税別)

以下、e-honサイトより。
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032960548&Action_id=121&Sza_id=E1

[要旨]
冷戦の終焉、戦後50年という節目において、またイラクやアフガニスタンでの新しい戦争が進行するなかで、日本とアメリカは、アジア太平洋戦争の記憶をどう呼びおこし、何を忘却してきたのか―。ポスターや着物に描かれた戦争宣伝や修辞、ヒロシマ・ナガサキの語られかた、戦後体制のなかで変容する「平和と民主主義」、E.H.ノーマンの再評価など…。過去をひもとき、いまと対置することで「政治化」された歴史に多様性を取りもどす、ダワーの研究のエッセンスが凝縮された、最新の論集。1993年以降に発表したエッセイ・評論に、著者自身による書き下ろしの解題をつける。
[目次]
第1章 E.H.ノーマン、日本、歴史のもちいかた
第2章 二つの文化における人種、言語、戦争―アジアにおける第二次世界大戦
第3章 日本の美しい近代戦
第4章 「愛されない能力」―日本における戦争と記憶
第5章 被爆者―日本人の記憶のなかの広島と長崎
第6章 広島の医師の日記、五〇年後
第7章 真の民主主義は過去をどう祝うべきか
第8章 二つのシステムにおける平和と民主主義―対外政策と国内対立
第9章 惨めさをわらう―敗戦国日本の草の根の諷刺
第10章 戦争直後の日本からの教訓
第11章 日本のもうひとつの占領
[出版社商品紹介]
日本とアメリカは、アジア太平洋戦争をどう記憶し、忘却してきたのか──『敗北を抱きしめて』の著者による渾身の論文集。

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2013年8月30日 (金)

【雑】暑い一日だった

真夏に戻って、暑い一日だった。
夕方の今も、気温は35度。
最高気温は36度だったようだ。

午前と午後、所属する団体の作業と勉強会のため、車で外出。
車内はとんでもない暑さだった。
ペットボトルの飲料を、今日は2本飲んだ。
暑い夏はまだまだ続くのだろう。

読みおえた本を中央図書館の窓口に返却。
手もとに残った一冊は、かなり難しそうな内容。
ざっと斜め読みして返却してしまおうと思う。
なかなか面白そうな本なのだが、私の理解が追いつかない。

他にも読みたい本はたくさんあるし。

ジョン・W・ダワー 著/外岡秀俊 訳
 『忘却のしかた、記憶のしかた』

 岩波書店 2013/8/2発行 本文343ページ
 3,000円(税別)

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2013年8月29日 (木)

【読】読了、「シャクルトンに消された男たち」

図書館から借り、一週間近くかけて、ようやく読了。
翻訳ものによくあることで、人名がややこしくて難儀したが、巻頭の登場人物紹介(写真付)が役立った。

ケリー・テイラー=ルイス 著 奥田祐士 訳
『シャクルトンに消された男たち ―南極横断隊の悲劇』

 文藝春秋 2007/8/30発行 357ページ

イギリスの探検家 アーネスト・シャクルトンが企てて失敗した 「大英帝国南極横断探検隊」 の、本隊とは別の「支援隊」の実話。
ほぼ一世紀前、20世紀初頭のことだ。

第一次世界大戦が勃発した1914年、この探検隊は故国イギリスを出発。
シャクルトン率いる本隊は、南米側から南極大陸に上陸する予定だったが、船(エンデュアランス号)が氷海に閉じ込められて難破、漂流する。
28名の本隊全員が生還できたのは、じつに1916年5月のことだった。

その間、南極大陸の反対側(オーストラリア側のロス海)から上陸し、極点近くまで本隊支援物資の補給地を設営する使命を帯びた10名。
彼らも遭難に近い状況をかいくぐり、与えられた使命を全うしたものの、指揮官以下3名が命を落とした。
救助されたのは1917年1月のことだった。

シャクルトンは、彼ら支援隊を「消した」わけではない。
しかし、シャクルトンたち28人の「奇跡的な全員生還」の陰にかくれて、この支援隊の労苦は、ほとんど知られていなかった。

その意味で、邦題 『シャクルトンに消された男たち』 がつけられたのだろう。
(原題は、"THE LOST MEN")

上陸隊10人の男たちが、極寒の南極大陸で、装備不足、食糧不足に耐えながら、ほぼ人力(徒歩と若干の犬たち)でソリをひき、極点近くの南緯83度まで往復、その走破距離は延べ1330マイル(2460キロメートル)、という凄まじい話。
リーダーの誤った方針、指導力不足と判断ミス、隊員どうしの反目など、探検隊や登山隊にありがちな人間ドラマが生々しく、気が重くなった。

― 以下、Wikipedia アーネスト・シャクルトン より ―
 1902年、ロバート・スコットの第一回南極探検隊に参加した。この探検行で、スコットらと共に南極点到達を目指すが、残り733kmの地点で断念を余儀なくされた。病気によって犬ゾリの引き犬を全て失う、シャクルトン自身も壊血病に倒れるなど、惨憺たる結果に終わった。
 1909年、自ら南極探検隊を組織。ポニーが引くソリで南極点到達を目指すが、食料の欠乏のため、南極点まであと180kmまで迫った地点(南緯88度23分)で引き返している。最後は飢餓で全滅寸前の危機に陥りながらも無事に帰還。この探検行で前人未踏の地点まで到達したことが評価され、帰国後ナイトを叙勲している。
 ロアール・アムンセンが1911年に南極点到達を果したことから、シャクルトンは目標を南極大陸横断に切り替え、1914年エンデュアランス号(英語版)にて南極に向け出航した(帝国南極横断探検隊)。南極大陸まで320kmの点で氷塊に阻まれ、身動きが取れなくなる。10ヶ月ほど氷塊に囲まれたまま漂流を続けたが、氷の圧迫でエンデュアランス号が崩壊を始めたため、船を放棄し、徒歩にて(そして、氷山が溶けてからはボートにて)氷洋上を踏破し、約500km先のエレファント島に上陸した。そこから分遣隊を率いて救命ボートで航海を行い、約1300km先のサウスジョージア島に到達。登山道具も満足に無い状態でさらに山脈を越えて漁業基地に到達し救助を求めた。その後貸与された救助船の損傷や接岸失敗などの困難に見舞われたものの、ついに全隊員の救出に成功した。約1年8ヶ月にわたる漂流にも関わらず、27名の隊員と共に、1人も欠けることなく生還を果している。 当初の探検目的は果たせなかったものの絶望的な状況下において隊員の希望を失わせず、かつ、冷静な判断と決断力で奇跡ともいえる全員帰還を成功させたことで、優れたリーダーとして今でも称えられている(ただし、南極大陸の反対側に派遣したロス海支隊は3名の死者を出している)
 1922年1月5日、新たな南極探検に向かう途上、サウスジョージア島で心臓発作にて急逝した。墓はサウスジョージア・サウスサンドウィッチ諸島のサウスジョージア島最大の停泊地・グリトビケンにある。

あまり知られていないと思われるので、「ロス海支援隊」の上陸メンバー10名を紹介しておきたい。
(本書巻頭紹介による)

生存者7名――
アーネスト・ジョイス 1875-1940 ソリ備品、犬係
 指揮官のマッキントッシュと計画をめぐってはげしく対立
アーネスト・ワイルド 1879-1918 備蓄係
 兄のフランク・ワイルドはシャクルトン率いる本隊にいた
 持ち前の陽気さで隊を和ませていた
ジョン・ラクラン・コープ 1893-1947 医師・生物学者
 学業を中断し、25歳とさばを読んで探検隊に参加
アレクザンダー・スティーヴンス 1886-1965 主任科学者
 ロス海支隊の科学者たちのチーフ
 研究目的で誘われたはずが、肉体労働ばかりで不満を持つ
リチャード・ウォルター・リチャーズ 1893-1985 科学者
 オーストラリア出身、メルボルンの新聞に載った募集広告に応募
 マッキントッシュとジョイスの双方に信頼され、次第に隊への影響力を持つように
アンドルー・キース・ジャック 1885-1966 科学者
 メルボルン大学卒、大学で教えていた
 上位下達で表立った反抗を避けるイギリス式のやり方になじまなかった
アーヴィン・ゲイズ 1889-1978 助手
 スペンサー=スミスの従兄弟、イギリス本土からオーストラリアに移住していた
 オーストラリア人同士ということもあってジャックとの結束は固かった

以下、3名は遭難・死亡――
イーニアス・マッキントッシュ 1879-1916 ロス海支援隊指揮官・オーロラ号船長
 シャクルトンの以前の南極探検に参加、事故で右目を失った
 シャクルトンには忠実だったが、融通が利かず、隊をいたずらに疲弊させた
 ヘイワードと二人、悪天のなかを出発し行方不明に
アーノルド・スペンサー=スミス 1883-1916 従隊牧師
 エジンバラの男子校教師、英国国教会助祭
 未知の土地での教化活動に憧れて、シャクルトン隊に志願
 最初の犠牲者になった
ヴィクター・ヘイワード 1887-1916 助手
 ロンドンの金融会社で事務員をしていた
 2年間の南極暮らしに故郷に残した家族を思う気持ちでマッキントッシュに同調
 最期を共にした

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【歩】スイフヨウ

むし暑さが戻った。

午前中、用があって小平の元気村へ。
スイフヨウ(酔芙蓉)が咲いていた。

芙蓉の八重咲き園芸品種で、花の色が変化する。
朝開いたときは白、昼すぎにピンク、夕方には紅色に変わる。
不思議な花だ。

撮影 2013/8/29(木) 東京都小平市

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2013年8月28日 (水)

【雑】さわやかな朝

ひさしぶりの青空。
夜中も朝方も涼しく、きもちがいい。
今週、夏の暑さもひと休み、といった感じの日が続いている。

今日は33度ぐらいまであがるようだが、湿度が低いため、高原の夏を思わせる。
富士山や、西の山々がよく見える。

撮影 2013/8/28(水) 東京都東大和市

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2013年8月27日 (火)

【読】神国日本…だったんだね

昨日の東京新聞 「こちら特報部」 で読み、ラジオ(TBSラジオ)でも言及されていた、興味ぶかい本。

『黙って働き笑って納税』 里中哲彦 著
 現代書館 2013年8月発行 1,700円(税別)

ずっと思い続けているのだけれど、あの戦争の時代、どうしてあんなことになったんだろう。
「神国日本」――ニッポンをとりもどす!と、威勢のいいことを言い続ける人たちが、いまだにいるけれど、取り戻すって、まさかね。

東京新聞 201/8/26(月) 記事

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こんな本もあったな。
まだ読んでいないけど。

早川タダノリ 著
『神国日本のトンデモ決戦生活 ―広告チラシや雑誌は戦争にどれだけ奉仕したか』

 合同出版 2010年8月発行 1,800円(税別)

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【雑】今年のぶどう

きのう、勝沼「大雅園」で購入したり、頂戴したブドウ。
低農薬なのでざっと水洗いして、いただいている。
甘く、みずみずしくて、おいしい。

今年のブドウは、たしかにおいしい。
粒も大きく、まさに自然の恵み。
異常に暑くてたいへんな夏だが、ブドウの生育にはいいらしい。

これから10月ぐらいまで、さまざまな品種がでるので、楽しみだ。

「シナノスマイル」の上品な甘さが好きだ。
新しい品種の「タイガ」(皮食)も、いいな。

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山梨 勝沼のぶどう 大雅園 珍種の紹介 (大雅園のブログ)
http://blog.goo.ne.jp/taiga-yamanashi

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2013年8月26日 (月)

【遊】ようやく勝沼「大雅園」へ

今シーズンにはいって、なかなか勝沼まで足を伸ばすことができなかったが、ようやく今日。

勝沼 大雅園
 山梨県甲州市勝沼町等々力43

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今年は天候のおかげで、ぶどうの出来がいいそうだ。
また、例年より生育が一週間ほど早いとも。

このぶどう園は、他では見られない品種が多数。
勝沼に行くなら、ここをお薦めしたい。
家庭的な雰囲気で、ぶどう狩りも丁寧に案内していただける。
それだから、ファン(リピーター)も多い。

山梨 ぶどう 勝沼 ぶどう狩り 勝沼産 ワイン販売 山梨県甲州市勝沼「甲進社 大雅園」
http://www.eps4.comlink.ne.jp/~taiga/

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勝沼に着いたのが昼すぎだったので、大雅園に行く前に、近くのほうとう屋さんで昼食。
「慶千庵」という。

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ほうとう料理の写真は、ピンボケだった。
左は「おざら」=ほうとうの「付け麺」タイプ。

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2013年8月25日 (日)

【読】蔵書の苦しみ?

東京新聞日曜版の書評ページを、毎週たのしみにしている。
今日のページに、書評家・岡崎武志さんの新刊が紹介されている。
評者は、川村湊さん。

『蔵書の苦しみ』 岡崎武志 著
 光文社新書 2013/7/17発行 810円

― Amazonより ―
内容紹介
<著者は2万冊を超える蔵書の持ち主。時々まとめて古本屋に引き取ってもらうが、売ったはしから買ってしまうので、一向に減ることはない。そんな、つねに蔵書の山と闘い続けている著者が、煩悶の末に至った蔵書の理想とは?――「本棚は書斎を堕落させる」「血肉化した500冊があればいい」「自分の中で鮮度を失った本は一度手放す」「トランクルームを借りても安心するべからず」など、本といかに付き合う知恵が満載。>
出版社からのコメント
<本は売るべきなのである。スペースやお金の問題だけではない。その時点で、自分に何が必要か、どうしても必要な本かどうかを見極め、新陳代謝をはかる。それが自分を賢くする。蔵書は賢明で健全でなければならない。初版本や美術書など、コレクションとしていいものだけを集め、蔵書を純化させていくやり方もあるだろうが、ほとんどの場合、溜まり過ぎた本は、増えたことで知的生産としての流通が滞り、人間の体で言えば、血の巡りが悪くなる。血液サラサラにするためにも、自分のその時点での鮮度を失った本は、一度手放せばいい。
――と、悟ったようなことを言えるようになったのは、じつは、2011年秋に、身を削るような蔵書の処分をしたからだ。>


東京新聞 2013/8/25(日) 朝刊 9面

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ご自身も「蔵書家」を自認する、評者の川村湊さんいわく。

<……蔵書家とはいかなる人種が? おそらく人一倍執念深く、吝嗇で、偏屈なのに違いない。これは己を顧みればすぐ分かる。人の持たない本を自慢する。本は貸さない。そのくせ見せびらかす。時には妻子を質に入れてでも(古臭い比喩だが)、欲しい本を手に入れたがる。ただし蔵書の大半は読んでいない。>

私は、とてもそこまでいかないが――なんたって川村さんの蔵書も2万冊というから、私とは桁がちがう――、耳の痛いことばかり。

「ただし蔵書の大半は読んでいない」 というところなど、私にもそのままあてはまる。
そのくせ、「蔵書」をさしおいて、図書館から借りて読んだりしている。

まあ、本好きといえば聞こえはいいが、われながら困ったものだ。
私も岡崎さんのように、思いきって整理しようかなあ――「血液サラサラにするためにも」。

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【読】リクエスト本

市の図書館にリクエストした本が、近くの地区館に届いた。
新聞の出版広告で見て、蔵書一覧で検索したところ、まだ入っていない本だった。
図書館のサイトには「未所蔵資料のリクエスト」画面があるので、試しにリクエストしておいたのだ。

東大和市立図書館公式ホームページ
http://www.lib.higashiyamato.tokyo.jp/index.html

さすが、人気の作家だけあって、図書館に入るのも速いとみえる。

ジョン・W・ダワー 著/外岡秀俊 訳
 『忘却のしかた、記憶のしかた』

 岩波書店 2013/8/2発行 本文343ページ
 3,000円(税別)

― Amazonより ―
<冷戦の終焉、戦後五〇年という節目において、またイラクやアフガニスタンでの新しい戦争が進行するなかで、日本とアメリカは、アジア太平洋戦争の記憶をどう呼びおこし、何を忘却してきたのか―。ポスターや着物に描かれた戦争宣伝や修辞、ヒロシマ・ナガサキの語られかた、戦後体制のなかで変容する「平和と民主主義」、E.H.ノーマンの再評価など…。過去をひもとき、いまと対置することで「政治化」された歴史に多様性を取りもどす、ダワーの研究のエッセンスが凝縮された、最新の論集。一九九三年以降に発表したエッセイ・評論に、著者自身による書き下ろしの解題をつける。 >

ジョン・ダワーの本は、これまで何冊か読んで感じるところが多かったので、この新刊も読んでみたいと思ったのだ。
邦題にも惹かれた。
原題もほぼ同じ。
"WAYS OF FORGETTING, WAYS OF REMEMBERING ― Japan in the Modern World"

しかしながら、内容が濃いので、またまた時間がかかりそうだ。
それよりも、いま読みかけの本をいつ読みおえることができるのか、それがモンダイ。

     

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2013年8月24日 (土)

【読】シャクルトンに消された男たち

邦題がちょっとセンセーショナルだが、原題はシンプルなもので
"THE LOST MEN" by KELLY TYLER-LEWIS, 2006

これも近くの図書館から借りた。
シャクルトンものは、これで終わりにしよう。

ケリー・テイラー=ルイス
『シャクルトンに消された男たち ―南極横断隊の悲劇』

 奥田祐士 訳 文藝春秋 2007/8/30刊  357ページ

1914年~1915年、南極大陸横断の試みに失敗し、2年近くの漂流生活に耐えて全員生還した、シャクルトン隊。
その「奇跡の生還」の陰にかくれて、ほとんどとりあげてこられなかった、「ロス海支隊」。

南極大陸の南米側=ウェッデル海から上陸する予定だった本隊(シャクルトン以下28名、エンデュアランス号)のために、糧食の補給所網を反対側(オーストラリア側=ロス海)から築いていく、というのが、彼ら「支隊」(オーロラ号)の任務だった。
本隊とはいっさい連絡がとれない状態で、黙々と自分たちの任務をこなしていった10人の男たち。
彼らも悲劇にみまわれたのだった。

ちょっと分厚いが、読んでみよう。

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【読】すばらしいYA本

YA(ヤング・アダルト)本というのは、これまでほとんど読んだことがなかった。
「若いおとな」、つまり、ティーンエイジャー向けの書籍ジャンル。

もうすぐ読みおえる、このYA本はすばらしい。
昨夜読みはじめて、私にはめずらしく、残すところ40ページほど。

活字がやや大きめ、ルビも振ってあって、読みやすい。
なによりも、読む者に勇気を与えてくれる。

ジェニファー・アームソトロング
 『そして、奇跡は起こった! ―シャクルトン隊全員帰還―』

 灰島かり 訳  評論社 2000年刊

原題
SHIPWRECK AT THE BOTTOM OF THE WORLD
THE EXTRAORDINARY TRUE STORY OF SHACKLETON AND THE ENDUARANCE
by JENNIFAR ARMSTRONG, 1998

訳者の灰島かり さんが、訳者あとがきで、こう書いている。

<この本は、「生きのびたい」人への応援歌だと思う。きつい時間を生きている子どもと大人の両方に、「不屈の忍耐による奇跡」の事実を届けたい。読者を子どもから大人までと考え、新しいノンジャンルの本を目指したため、少々体裁の変わった本作りになった。親から子どもへと、そして子どもから親へと手渡されることがあったら、これほどうれしいことはない。> (本書 P.251)

シャクルトン探検隊の一員でカメラマンのフランク・ハーレーが写した写真が、たくさん掲載されているのも、うれしい。

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2013年8月23日 (金)

【読】シャクルトンのサードマン

いまにも一雨ありそうな空模様。
外気温30度、室内の湿度は70%もあって、朝から不快な天候だ。

図書館から借りていた、サードマンの本をようやく読了。

ジョン・ガイガー 『奇跡の生還へ導く人 ― 極限状況の「サードマン現象」』
 伊豆原 弓 訳 新潮社 2010/9/15 255ページ

さまざまな「サードマン現象」の事例が紹介されている。
それだけでなく、「背後にある人間の精神の働き」が考察されていて、興味が尽きない。

どうやら、私たち人類には、危機に瀕したときに自らを鼓舞し、なんとか生き延びようとするメカニズムがあるようだ。

<このような能力が誰にでもあるとしたらどうだろうか。最も孤独なときに、突然同行者を生み出す脳のメカニズムがあるとしたら、それは、厳密には集合無意識から呼び出された他人というわけではないだろうが、驚異的であることに変わりはない。私たちには、仲間を最も必要としているときにそれを作り出す能力がある。これは感動的なことである。私たちは人間のネットワークと結びついて進化してきた。夢のなかまでも人間でいっぱいである。私たちの内部には、人間を求める回路が組み込まれているのだ!>
 (本書 第13章、P.245)


ところで、図書館から借りてきたもう一冊の本がある。

ジェニファー・アームソトロング
 『そして、奇跡は起こった! ―シャクルトン隊全員帰還―』

 灰島かり 訳  評論社 2000年刊

原題
SHIPWRECK AT THE BOTTOM OF THE WORLD
THE EXTRAORDINARY TRUE STORY OF SHACKLETON AND THE ENDUARANCE
by JENNIFAR ARMSTRONG, 1998

この中に、シャクルトンたちが体験したサードマン(彼らは三人だったから、「四人めの誰か」)のことが、具体的に書かれている。

<奇跡的にサウスジョージア島にたどりついた一行は、未踏の南のアルプスを、ほとんど何の装備もなしで踏破するしかなかった。体力と精神力ぎりぎりの旅のなかで、彼らは神秘的な体験をした。三人が三人とも、そこに四人めの誰かがいると感じていたのだ。……
T・S・エリオットは、シャクルトンのこの体験に刺激を受け、高名な詩集『荒地』のなかの一節を書いたとのこと。…>

<君達の傍にもうひとりの人がいつも歩いているがそれは誰だ?
 僕が数えると君たちと僕だけだ
 あの白い路の先方を見ると
 君達と一緒に歩いている人がいつももう一人いるのだ
 鳶色のマントに身をつつみ
 頭巾をかぶって音もなく歩いている
 男か女かわからないが――
 君達と一緒にいるあの人は誰だ?>


  (T・S・エリオット作 『荒地』より、西脇順三郎訳)  (本書 P.248-249から引用)


※ この記事は、先日書いた内容の続編です。
 よろしければ、下の投稿もご覧ください。

→ 2013年8月19日(月) 【読】The third man factor (サードマン現象)
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/the-third-mann-.html

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【楽】藤圭子さんを偲んで

藤圭子さんのLPレコードが一枚、てもとにある。
ジャケット写真(見開き)の画像があったはずだが、PCに保存していなかったのか、見つからない。
いいアルバムです。

新宿の女  演歌の星/藤 圭子のすべて

収録曲(全12曲)
1. 新宿の女
2. 星の流れに
3. あなたのブルース
4. カスバの女
5. 命かれても 
6. 逢わずに愛して
7. 夢は夜ひらく
8. 柳ヶ瀬ブルース
9. 東京流れもの
10. 花と蝶   
11. 長崎ブルース
12. 生命ぎりぎり

山崎ハコさんが、「圭子の夢は夜ひらく」をカヴァーしている。
これも、おすすめ。

すばらしいカヴァー・アルバムなのに、入手困難なのが残念。

山崎ハコ 「十八番」  1994年

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2013年8月22日 (木)

【雑】なぜ?

どんより曇り空、蒸し暑い日。
ラジオから、藤圭子さんの訃報が。

藤圭子さん、自殺か - 速報:@niftyニュース
(2013年8月22日(木)12時21分配信 共同通信)
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2013082201001097/1.htm

飛び降り自殺らしい。
伊丹十三、中村とうよう、藤圭子。
桂枝雀は自宅で首をつって自死した。

こんなふうに、私の敬愛する人たちが自ら命を絶ってしまうのは悲しい。

藤圭子さんは、私と同い年で、同郷。
(生まれは岩手県一関市だが、北海道旭川市で育った)

淋しい。

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2013年8月21日 (水)

【読】名誉を重んじること

今日の午前中は、所属する団体の定例会議。
午後、小平まで出向き、別の団体の会合に出席した。

小平の会合が終わったとき、一人の会員仲間の方が新聞切り抜きをくださった。
朝日新聞8月6日夕刊文化欄の、池澤夏樹さんの寄稿文だった。

私が池澤夏樹ファンと知って、切り抜いてきてくださったのだった。
ありがたいことである。

思うところあって、朝日新聞の購読をやめ、東京新聞に替えてから、何年もたつ。
こういう記事をみると、朝日も悪くないと思うが、購読する気はない。

朝日新聞 2013/8/6(火) 夕刊 文化面(3面)
終わりと始まり  池澤夏樹
 ― 名誉ある敗北 洗い流せぬ恥と共に ―

記事は、朝日新聞のデジタル・サイトで読める(全文を読むのは有料だが)。
朝日新聞デジタル:(終わりと始まり)名誉ある敗北 池澤夏樹 - カルチャー
http://www.asahi.com/culture/articles/TKY201308060296.html

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さすが、池澤さん。
私が常々ばくぜんと感じ、思っていたことを、ズバリ書いてくれている。

<八月十五日が巡ってくる。
 一般には「終戦記念日」だが、公式の呼びかたは「戦没者を追悼し平和を祈念する日」だそうだ。(中略)
 国民の大半にとってあの日は実感として戦争が終わった日だっただろう。形勢不利になってからも戦争は指導者の隠蔽と糊塗のうちに何年も続いた。爆撃の中を逃げ回った日々がようやく終わった、その安堵感は想像できる。>


<安堵感と共に敗北感もあったのではないか。スポーツでは正々堂々と戦えばいい、勝ち負けは二の次などと言うが、それは欺瞞。誰だって勝ちタイに決まっている。
 負けたことの悔しさ、恥辱の感情を日本人はどう始末したのだろう。…(後略)>


「恥を知れ」という言葉を、ちかごろ聞かないようになった。

あの戦争は、もちろん勝算のうすい無謀な戦(いくさ)だった。
誰も本気で勝てるとは思っていなかっただろう、と私は思う。

原子爆弾を二発も落とされて、とうとう国の指導者たちもギブアップした。
(あれは米国による壮大な「実験」ともいえる、非戦闘員の無差別殺人)

今になって思えば、もっとマシなギブアップの仕方もあったはず。
先の見えない戦(いくさ)に耐えてきた大半の人びとは、ほっとしたことだろう。
と同時に、負けた悔しさと、この後日本はどうなるのだろう、という不安を感じたのではないか。
私はそのように理解している。

池澤さんはこの文章の後半で、興味深い本を紹介している。
まずは、その前段。

<戦争責任を問うことは大事である。どこで誰がどう間違ってあんな結果になったのか、そこに至る判断の一つ一つが検証されなければならない。…(後略)
 その一方、恥辱の思いをどう扱って我々は今に至ったのか、それを考えることも必要ではないか。>


この後、池澤さんがとりあげているのは、白井聡 『永続敗戦論』 (太田出版)という本。

<白井聡は、日本人は「敗戦」をなかったことにして「終戦」だけで歴史を作ってきたと言う。強いアメリカにはひたすら服従、弱い中国と韓国・北朝鮮に対しては強気で押し切る。その姿勢を経済力が支えてきた。彼が言う「永続敗戦」は戦後の歴史をうまく説明している。経済力の支えを失った今、我々はやっと事態を直視できるようになった。>

以上、さしつかえない範囲で、池澤さんの文章を引用・紹介した。

福島第一原発事故(池澤さんは「崩壊」と呼んでいる)についても―― 「東京電力という会社にとって究極の恥であったはずだ。しかし東電はもちろん、一蓮托生でやってきた財界も自民党も恬然として恥じることを知らない――と言ってのける。
爽快だ。
わが意を得たり、といったところ。

なんだか国をあげて、おかしなことをやろうとしているのが、いまのジャパン。
池澤さんのような「良識=コモンセンス」を、私も失わないようにしたい。

コモンセンスとは、こういうことだ。

<…「保つべき名誉」を我々は回避してしまった。アメリカに負けたのは歴然としている。原爆投下はその象徴だった。だが、中国にだって負けたのだ。あれだけ長い間(十五年戦争という呼びかたがあるほど)戦って、最後には追い出された。>

<罪は検証可能だ。古代日本人は罪を汚れ(けがれ)と見なして禊(みそぎ)によって無にできるとした…。しかし恥は洗い流せない。(後略)>

<名誉を重んじるとはやせ我慢をすることである。
 なぜそれができなかったのだろう?>



『永続敗戦論――戦後日本の核心』 白井 聡
 太田出版 atプラス叢書04  2013/3/8

― Amazon 紹介文 ―
1945年以来、われわれはずっと「敗戦」状態にある。
「侮辱のなかに生きる」ことを拒絶せよ。
「永続敗戦」それは戦後日本のレジームの核心的本質であり、「敗戦の否認」を意味する。国内およびアジアに対しては敗北を否認することによって「神州不滅」の神話を維持しながら、自らを容認し支えてくれる米国に対しては盲従を続ける。敗戦を否認するがゆえに敗北が際限なく続く――それが「永続敗戦」という概念の指し示す構造である。今日、この構造は明らかな破綻に瀕している。


もう一冊、池澤さんが翻訳した本。
米国の原爆投下に至る実話が描かれている。

『ヒロシマを壊滅させた男 オッペンハイマー』
 ピーター・グッドチャイルド 著/池澤夏樹 訳
 白水社 新装版 1995年

【追記 2013/9/1】
Web検索でみつけたサイト記事
白井聡『永続敗戦論』書評~池澤夏樹|さぶろうの WORDS OF LOVE
http://ameblo.jp/lovemedo36/entry-11572850479.html

週刊文春2013/7/18号に寄稿されたという池澤夏樹さんの文章が紹介されている。
池澤さんの文章の原文を確認していないが、次の箇所などいかにも池澤さんらしい考え方で、私もおおいに同意する。

<なぜ福島県をボロボロにした東電がああまで居丈高なのか?なぜオスプレイは勝手放題に飛んでいるのか?なぜ自民党が選挙で圧勝するのか?
 どれにも明快な答えが見つからない。それはたぶん我々が時代から充分に距離を取っていないからだ。ぼくなど「戦後」を六十数年も生きてきたから、すべての問題は間近すぎて客観視できない。紋切り型の対応しかしていないと自分でも焦っているのだが。
 もっとカメラを引いて視野を広くし、見逃していたものを取り込まなければならない。例えば白井聡の『永続敗戦論――戦後日本の核心』を読むとかして。>

池澤さんに「気づき」を与えた、この『永続敗戦論』は、読んでみたいと思う。
さらに、池澤夏樹さんの新刊がでていたことを知った。

『終わりと始まり』 池澤夏樹
 朝日新聞出版 2013/7/5発行 1,400円(税別)

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【雑】眠れない夜だった

昨夜のこと。
真夜中に目がさめて、しばらく眠れなかった。

眠っているとわからないのだが、眠れないとなると、家の中がエアコンで冷えすぎている気がする。
室温の調整が難しい。
エアコンを止めて、窓を開け放っても、それほど涼しくない。
熱帯夜だからなあ。

寝床からベランダ越しに、不夜城(古いね)のような団地の灯りがみえる。
月に暈がかかって、はっきりしない空模様だった。

午前2時半頃、撮った写真。
とうとう午前3時頃まで、寝床で悶々としていた。

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2013年8月20日 (火)

【雑】セミのいのち

蝉の成虫の命は一週間だという。
集合住宅の通路や階段に、一週間がんばって鳴き続けたあげく、力尽きた姿を見るようになった。

ひっくり返ったまま、ほとんど身動きしない彼らに触れると、あわてて飛んでいくものもいる。
今日みかけた一匹は、私が触れると、あわてて起きあがり、しばらくバタバタしていたが、そのまま息絶えてしまった。
そっとしておけばよかった……。

なんだか、かわいそうだが、これも自然の摂理なのか。

撮影 2013/8/20(火) 東京都東大和市

201308200002

そろそろ暑さも納まってほしいものだ。

ところで、ネット検索してみたら、こんなサイトがみつかった。
蝉の一生をまとめた映像(米国の動画サイト)が紹介されている。

17年ゼミ:生命の意味を考えさせてくれる傑作動画
http://www.huffingtonpost.jp/2013/06/03/cicada_time_lapse_video_by_samuel_orr_n_3377168.html?utm_hp_ref=japan

7分ほどの動画に蝉の一生が映されていて、感動する。

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2013年8月19日 (月)

【読】The third man factor (サードマン現象)

「サードマン現象」――これは、人間が困難な状況に置かれ、時に命の危険にさらされたときに起きる現象で、その場にいるはずのない “誰か” に助けられる体験を指す。

第三の人(サードマン)という言葉は、T・S・エリオットの英語詩「荒地」で使われたのが、はじまりらしい。
私は原詩を知らないが、今読んでいる本からの孫引き。

 いつもきみのそばを歩いている第三の人は誰だ?
 数えてみると、きみとぼくしかいない
 けれど白い道の先を見ると
 いつもきみのそばを歩くもう一人がいる


  『奇跡の生還へ導く人 ― 極限状況の「サードマン現象」』 伊豆原弓訳・新潮社刊より

昨夜から、この本を読みはじめた。
面白い。

ジョン・ガイガー 著/伊豆原 弓 訳
 『奇跡の生還へ導く人 ― 極限状況の「サードマン現象」』

  新潮社 2010/9/15発行 255ページ 1,800円(税別)
 THE THIRD MAN FACTOR by John Geiger, 2009



Home - The Third Man Factor (英文サイト)
http://thirdmanfactor.igloocommunities.com/

この本は、椎名誠さんの 『ぼくがいま、死について思うこと』 (新潮社、2013年4月刊)で教えてもらった。
海底洞窟、南極大陸、飛行機の操縦席、9・11の世界貿易センタービルなど、さまざまな場面での「サードマン現象」が描かれている。

<それらを神の御業だと言う人もいる。研究者は、孤独、単調な風景、喪失ストレス、低温や低酸素など、外的・内的要因を挙げている。著者は、数多くの体験者の話を聞き、膨大な資料にあたり、その一つ一つをつぶさに検証する。そして結論は、脳科学へと収束していくのだが、それでもなお謎は残る。なぜ<存在>は危機的状況にある人を助け、奇跡の生還へと導くのか――。> (本書 訳者あとがき)

いわゆる「オカルト」的な事象ではなく、私はこのような「サードマン現象」は起こりうると思っている。
ただ、私にはまだ経験がないが……。
訳者あとがきでは、日本人の事例も三つほど紹介されている。

◆1982年 千葉県市川山岳会 松田宏也の、中国ミニヤコンカ遭難時の体験――
パートナーの菅原信を亡くし、一人で奇跡的な生還を果たした。
<両手両足が凍傷にかかった状態で岩場を歩きクレバスを越えた。その間、絶えず幻聴が起きた。(中略)そして、絶壁をおりる方法が見つからず自暴自棄になりかけたときに、その声が聞こえた。/「落ち着け……、落ちつけ……(後略)>
(本書 訳者あとがきより、訳者による引用は、松田宏也 『ミニヤコンカ奇跡の生還』 山と渓谷社、1983年)

◆1992年 ヒマラヤ チョ・オユー単独行での、山野井泰史の体験――
<後ろに気配を感じ、その幻のパートナーが手を貸してくれないことを不思議に思うのだ。/確かに男のクライマーで会話はできないが、意思の疎通は可能なような気がする。今までのソロ・クライミングのときは孤独を紛らわすためにわざと独り言を言ったりしていたが、今回の登攀はまったく話していない。寂しくないのだ。山が私に同伴者を与えてくれているようだ。>
(同上、訳者引用は、山野井泰史 『垂直の記憶――岩と雪の7章』 山と渓谷社、2004年)

◆1992年 グアムへのヨットレースで「たか号」が転覆、27日間漂流した佐野三治の体験――
<仲間がバタバタと亡くなり一人きりで絶望の淵にあったとき、突然、筏ごと百メートル上空に浮き上がり、大音響のベートーベン第九交響曲が聴こえてきたと言う。/幻覚ではなく、本当にああいう状態になったとしか思えないのだ。太平洋のまっ直中で漂う私を、UFOに乗った宇宙人が見つけて、なんとかしてやろうと、持ち上げてくれたのではないだろうか、と。>
(同上、訳者引用は、佐野三治 『たった一人の生還――「たか号」漂流二十七日間の闘い』 新潮文庫、1995年)


第二章 「シャクルトンの天使」 が、私にはことのほか興味ぶかい。
先日読んだ 『エンデュアランス号漂流』 では触れられていない逸話。

シャクルトンら28名の探検隊の乗ったエンデュアランス号は、氷に閉ざされたまま十カ月近く漂流。
やがて船は壊滅、沈没し、彼らは船を脱出して巨大な氷盤に乗り、さらに漂流を続ける。
それから五カ月後、なんとか三艘のボートで氷海から脱出し、エレファント島に上陸。

その島にいても救援隊に発見される見込みのないことが明白だったため、シャクルトン以下6名が、救援を求めて島を脱出し、小さなボートでサウスジョージア島の捕鯨基地を目指す。
残り22名はエレファント島に残り、救援を待つことに。

6名は、ちいさなボートで、「世界で最も荒れる海域」といわれるホーン岬の南の海へ漕ぎ出すという究極の冒険にでた。
その距離、1,100キロメートル!

17日間かけて、6名はサウスジョージア島に命からがら上陸できたものの、そこから先、捕鯨基地のある島の反対側までボートで進むことはできなかった。

最終的に、シャクルトンとワースリー(エンデュアランス号船長)、二等航海士 トム・クリーンの三名が、徒歩で島を横断して、救援を求めることになった。
前人未到の氷河の山越えである。
一本のロープと、大工の手斧一丁だけが、彼らの「装備」だった。

三人が体験したのは、この過酷な山越えの間ずっと、そこにいないはずの何者かの存在を感じ、励まされたということだった。

<シャクルトンは苦労しつつも旅の回想録を書きあげたが、随所に「語れないことがたくさんある」と注意書きをしている。……> (本書 P.45)

<回想録でシャクルトンは、最後にして最悪の苦闘のなか、何か尋常でないものがそばにいる気がしてならなかったとあかしている。>
<あの数日をふり返ってみると、雪原を横断したときだけでなく、エレファント島とサウスジョ-ジア島の上陸地点を隔てる嵐の白い海を渡ったときも、神がわれわれを導かれたにちがいなと思う。サウスジョージアの名もない山々や氷河を越えた三十六時間におよぶ長くつらい行軍のあいだ、ときおりわれわれは三人ではなく四人いるように思われた。>
シャクルトンは他人には何も言わなかったが、三週間後、ワースリーがたずねられもしないのに「隊長、私は歩いていたとき、もう一人一緒にいるような奇妙な感じがしたんです」と言った。のちにクリーンも、同じような奇妙な感覚があったとあかした。三人はそれぞれお互いと関係なく同じ結論に達した。もう一人別の<存在>が一緒だったと。
 (同 P.45-46)

第三章以下の200ページを、これから読むところ。

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【歩】1000円カット

今日も気温は33~34度まであがっている(正午現在)。
南風がはいってきて暑いので、はやくもエアコン使用。

ひと月半ぶりにようやく散髪。

先週末、日帰り温泉の1000円カットが混雑していてあきらめたばかり。
だいぶん伸びて、汗がうっとうしかったが、これですっきりした。

近所の1000円カット。
月曜日なので休みかと思ったら、とんでもない。
カットを待つ客が数人。
繁盛しているようだ。

なぜかiPadが置いてあって、ご自由にお使いください、とあったので、待っているあいだ遊んでみた。
後からきた子どもたち(夏休みなんだな)は、すぐにiPadでゲームを始めていた。
今どきの子どもたちは、すごいね。

男性スタッフが数人、女性スタッフがひとり。
運よく、女性スタッフにあたった。
どうも、今どきの若いお兄さんは苦手。
話しかけられても、世間話の波長がどうにも合わないので困惑する。

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1000円カットはそれなりの内容だが、もう何千円もだして床屋に行く気にならず、何年もこればっかり。
なんといっても、15分ほどで終わるのがいい。
今日行った店は、顔剃りまたは洗髪付きで、1000円。

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2013年8月18日 (日)

【読】読了 「エンデュアランス号漂流」

本を読むのが遅い私にしては珍しく、三日間で一気に読みおえた。
波瀾万丈、手に汗握る、ドラマチックっで感動的な漂流記だった。

17ケ月に及ぶ極限の漂流から、隊員28名全員が生還した奇跡的な実話。
息つくひまもない、というのだろうか。
星野道夫さんは、アラスカのテントの中で、ひとりオーロラの出現を待ちながら、ランタンの灯りの下でこの本の原書を読んだという。
その時の感動はいかばかりか。

― 本書帯より ―
 アムンゼンVSスコットの南極点到達の戦いに続いてイギリス人探検家シャクルトンは南極大陸横断に挑戦した。しかしその途上で船は氷に押し潰され、絶望的な状況での漂流が始まる。食糧不足、極寒、疲労、そして、病気。過酷な試練を乗り越えながら、前向きで陽気な28人の隊員たちは、17ケ月に及ぶ極限の旅を経て、ついに奇跡的な生還を果たす――。その旅の全貌
 「シャクルトンの旅は失敗に終わり、輝かしい南極探検史の中で埋もれてしまった。しかし、このすさまじい生存への脱出行は、読む者に生きる勇気を与えてくれる」  星野道夫

下は文庫版(新潮文庫)

本書表紙裏の地図

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この実話は、2001年に映画化されているようだ。
(Shackleton's Antarctic Adventure 監督 ジョージ・バトラー)
私はこの映画の存在を知らなかった。
映像で見たい気もするが、これまでの経験では、作り物っぽい映像よりも文章から想像する方がいいと思う。
いちおう、参考まで。

シャクルトン奇跡の生還 - 映画作品紹介- CINEMA TOPICS ONLIN
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=3418

Shackleton's Antarctic Adventure (英文サイト)
http://main.wgbh.org/imax/shackleton/

シャクルトン奇跡の生還とは - 映画情報 Weblio辞書
http://www.weblio.jp/content/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3%E5%A5%87%E8%B7%A1%E3%81%AE%E7%94%9F%E9%82%84


【追記】
シャクルトンを隊長とする28名の南極横断探検隊だが、じつは、南極大陸の反対側から事前に食料をデポする任務を与えられた別働隊(ロス海支隊)があった。
そこでも悲劇が起き、犠牲者がでているそうだ。
ちょっと興味がある。

『シャクルトンに消された男たち―南極横断隊の悲劇』
 ケリー・テイラー=ルイス/著 奥田祐士/訳   文藝春秋  2007年8月

― e-honサイトより ―
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031941199&Action_id=121&Sza_id=C0
[要旨]
 本隊の食糧基地設営のため南極を逆から極点にむかった男たちがいた。ロス海支隊―。彼らは任務完遂の後、その帰路で力尽きた。英雄伝説の陰に消えた男たちの極限ドラマ。
[目次]
 安らぎとは無縁な魂―1902年~1913年/大英帝国南極横断隊―1913年12月31日~1914年9月18日/オーロラ号―1914年10月8日~12月23日/南へ―1914年12月24日~1915年1月24日/グレート・バリア―1915年1月25日~3月11日/南緯八〇度―1915年2月11日~3月25日/ハット・ポイント―1915年3月25日~6月2日/置き去り―1915年5月7日~8月31日/再びバリアへ―1915年9月1日~1916年1月1日/ホープ山―1916年1月6日~1月27日/「早く家に帰りたい」1916年1月25日~3月18日/「彼らが遭難しているのは間違いない」1916年3月19日~5月12日/「シャクルトンの行方は?」1916年3月24日~5月31日/ポートチャルマーズ1916年6月1日~12月20日/救出1916年12月20日~1917年2月8日/「はぐれ者」1917年2月9日~1985年5月8日
[出版社商品紹介]
 隊員を1人も死なせなかった──シャクルトンの伝説は本当か。本隊の食料基地設営のために、南極を逆から上陸、遭難していった悲劇。

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【歩】百日紅

今日も気温は35度まであがった。
南風が強い。
湿度60%ほど。

南側ベランダの窓を開け放って扇風機をまわし、寝転んで本を読んでいた。
自転車に乗り、食材を求めて近くのスーパーへ。
アブラゼミの合唱。
暑くてたまらん。

サルスベリが咲いている。
長いあいだ花が咲き続けるので、ヒャクジツコウ(百日紅)と呼ばれるそうだ。
あらためて図鑑を見て知った。

エノコログサ(ネコジャラシ)も、はびこっている。
午後の斜光線を受け、光ってきれいだった。

撮影 2013/8/18(日) 東京都東大和市

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2013年8月17日 (土)

【読】炎暑の下、図書館へ

近くの図書館から、リクエスト図書の準備ができたというメールが届いた。
炎暑の下、歩いて図書館(地区館)へ。

バス通りの両側にはムクゲが花盛り。
サルスベリも満開。
桜の樹には、蝉がとまって鳴いていた。
あの体と翅の色は、保護色だったんだな。
幹にとまっている姿が、なかなか見つけられない。

今日借りてきた本はこれ。
椎名誠さんの著書 『ぼくがいま、死について思うこと』(新潮社・2013年)に紹介されていたもの。

ジョン・ガイガー 『奇跡の生還へ導く人――極限状況の「サードマン現象』
 伊豆原 弓 訳 新潮社 2010年
 255ページ 1,800円(税別)

いま読んでいる 『エンデュアランス号漂流』 の事例、「シャクルトンの天使」 という章もある。
シャクルトン隊長率いる南極横断探検隊の漂流記も、順調に読みすすめている。
面白い。

シャクルトン自身の漂流記も出版されていることを知った。
他にも、この漂流に関する本が、Amazonでたくさんみつかった。

『エンデュアランス号漂流記』 アーネスト・シャクルトン
 中公文庫BIBLO 2003年

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2013年8月16日 (金)

【読】読みたい本がいっぱい

これも、ずいぶん前に古本屋で目にし、帯に魅かれて買った本。

読みたい本がたくさんあって迷うのだが、これを読もうと決めた。

 この一冊が、
 勇気を与えた――。
 オーロラ撮影のため厳冬期のアラスカ山脈で
 一ヶ月に及ぶ単独キャンプ生活を送った星野道夫は、
 携行したこの本によって、困難な状況に
 耐える勇気を与えられた――。

 
 (本書帯より)

Endurance_2

アルフレッド・ランシング 著/山本光伸 訳
 『エンデュアランス号漂流』

 新潮社 1998年10月30日発行 372ページ 2,200円(税別)

下は新潮文庫(2001年刊)

星野さんが読んだのは英文の原著。
"ENDURANCE-Shackleton's Incredible Voyage"
 by Alfred Lansing,  1959

星野さんは、その著書 『アラスカ 光と風』 のなかに、この本を読んだときの感動を綴っている。
本書の邦訳は、星野さんの生前の努力によって実現したという。
巻末に、青木久子さん(フリー編集者)が、そのあたりの事情を書いている。

少し長くなるが、抜粋・引用してみたい。

<“Endurance” を写真家星野道夫さんから手渡されたのは、いまから約十年前のこと。彼がアラスカに住みついて十年ほどたったときだった。以前から星野さんはよくこの本について語り、エッセーにも書いていた。それで、わたしが読みたいと言うと、ある冬、アラスカから持ち帰ってくれたのだった。“Endurance” を手にしたとき、不思議な暖かさを感じた。少し湿っぽい匂いもした。多くの人に読まれた古い本の感触だった。本を開く前に、『アラスカ 光と風』(星野道夫著 六興出版1986年、福音館書店1995年)の中の星野さんの言葉が浮かんだ。それは、1983年に三十歳の星野さんがはじめて厳冬期のアラスカ山脈でオーロラ撮影のために、風邪をひいたり、凍傷になったりしながら、一ヵ月間テント生活をしたときの日記の抜粋である。……>

<“Endurance” を読み終えたとき、わたしは表現し難い感動を覚え、しばらく茫然とした。それから、この本が日本語でも読み継がれるようになればどんなにいいだろう、という思いにとらわれた。……>

<……星野さんの了解を得て、“Endurance” を山本光伸さんに渡した。……何年かたつ間に、日本語版が出ることを願う星野さんの気持ちは、直接編集者に伝わった。……>

<日本語訳が完成したいま、“Endurance” はわたしのもとへかえってきた。星野道夫さんの手に渡せないこの本を、星野直子さんともうすぐ四歳になる元気いっぱいの翔馬くんにお返しする、星野道夫さんへの限りない感謝の念とともに。>

(星野道夫さんと『エンデュアランス号漂流』 青木久子 1998年8月)

 

coyote No.2 「特集 星野道夫の冒険 ぼくはこのような本を読んで旅にでかけた」 (2004年10月)という魅力的なムックに、星野道夫さんが生前愛読した本が紹介されており、本書もとりあげられている。

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― Wikipediaより ―

アーネスト・ヘンリー・シャクルトン(Sir Ernest Henry Shackleton、1874年2月15日 - 1922年1月5日)はアイルランド生まれの探検家である。1914年、南極を目指す航海の途上で氷塊に阻まれ座礁、約1年8ヶ月に渉る漂流の末、生還したことで知られる。
彼の経歴において、探検そのもの以外で非常によく知られているものに、以下に示す南極探検の同志を募るために出した募集広告がある。

MEN WANTED for Hazardous Journey.
Small wages, bitter cold, long months of complete darkness, constant danger, safe return doubtful.
Honor and recognition in case of success.Ernest Shackleton

— 「求む男子。至難の旅。
僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証無し。
成功の暁には名誉と賞賛を得る。アーネスト・シャクルトン」

(中略)

ロアール・アムンセンが1911年に南極点到達を果したことから、シャクルトンは目標を南極大陸横断に切り替え、1914年エンデュアランス号(英語版)にて南極に向け出航した(帝国南極横断探検隊)。南極大陸まで320kmの点で氷塊に阻まれ、身動きが取れなくなる。10ヶ月ほど氷塊に囲まれたまま漂流を続けたが、氷の圧迫でエンデュアランス号が崩壊を始めたため、船を放棄し、徒歩にて(そして、氷山が溶けてからはボートにて)氷洋上を踏破し、約500km先のエレファント島に上陸した。そこから分遣隊を率いて救命ボートで航海を行い、約1300km先のサウスジョージア島に到達。登山道具も満足に無い状態でさらに山脈を越えて漁業基地に到達し救助を求めた。その後貸与された救助船の損傷や接岸失敗などの困難に見舞われたものの、ついに全隊員の救出に成功した。約1年8ヶ月にわたる漂流にも関わらず、27名の隊員と共に、1人も欠けることなく生還を果している。 当初の探検目的は果たせなかったものの絶望的な状況下において隊員の希望を失わせず、かつ、冷静な判断と決断力で奇跡ともいえる全員帰還を成功させたことで、優れたリーダーとして今でも称えられている(ただし、南極大陸の反対側に派遣したロス海支隊は3名の死者を出している)。

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2013年8月15日 (木)

【読】読了 「河北新報のいちばん長い日」

仙台に本社がある地元紙、河北新報社が2011年10月30日に発行した本。
『河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙』 (文藝春秋)を読みおえた。

河北新報社 『河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙』
 文藝春秋 2011/10/30発行 269ページ 1,333円+税

第8章(被災者に寄り添う)以後に、社の報道部全員に実施した社内アンケートのことが書かれている。
報道部次長の発案で、震災後一か月の4月11日から約二週間をかけて集められた。
注目したいのは、このアンケートが実名回答で、アンケート結果を社内全員が閲覧できるようにしたことだ。

「実名だと本音を書かないのではないかとの懸念もあったが、匿名にすることによって疑心暗鬼になるよりは、この際、実名で率直に意見を共有できれば」と考えたからだという。

記者やデスクから寄せられたアンケートには、彼らの生々しい体験と苦しい思いが綴られていて、胸を打った。
甚大な被害を受けながらも、新聞発行、輸送、配達を続けた地元紙ならではの迫力に圧倒される。

地方紙・地元紙は強い。
エールを送りたい。

河北新報ニュース
http://www.kahoku.co.jp/
3.11「絆」手を携え、前に!--
http://flat.kahoku.co.jp/sub/volunteer/index.htm

facebook つむぐ 震災を超えて
https://www.facebook.com/tsumugu.tohoku

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2013年8月14日 (水)

【雑】バナップル

きのう、近所のスーパーで見かけたので買ってみた。
モンキー・バナナかなと思ったのだが、バナップルという珍しい品種だった。

けっして安くはないし、見た目がナンだが、味が濃くておいしい。
たしかにリンゴのような風味。

Banapple_photoBanapple_2
石垣島で食べた島バナナにも似ている。

完熟して真っ黒になった房が100円で売られていた。
ためしに買ってみればよかった。
私が買ったのは6本で398円。

バナップル|バナナ|商品ラインナップ|バナナ・果物はスミフル
http://www.sumifru.co.jp/line_up/banana/banapple.html

バナップル(バナナ):旬の果物百科
http://foodslink.jp/syokuzaihyakka/syun/fruit/Banapple.htm

バナップル - Google 検索
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%90%E3%83%8A%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AB&biw=1098&bih=616&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=BmgLUvGyPMzRkwXRj4GoCQ&sqi=2&ved=0CDEQsAQ

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2013年8月13日 (火)

【読】河北新報のいちばん長い日

これも、買ってからずっと本棚に入れたままだった本。
三分の一ほど読んだところ。
二年前の震災当時の生々しい記述に、何度も涙がでそうになる。

河北新報社 『河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙』
 文藝春秋 2011/10/30発行 269ページ 1,333円+税

― e-honサイトより ―
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032664088&Action_id=121&Sza_id=B0

[要旨]
 それでも新聞をつくり続けた。2011年度新聞協会賞受賞。被災者に寄り添った社員たちの全記録。
[目次]
 第1章 河北新報のいちばん長い日
 第2章 気仙沼から届いた手書きの原稿
 第3章 死者と犠牲者のあいだ
 第4章 配達が大好きだったお父さんへ
 第5章 窮乏するロジスティクス
 第6章 福島原発のトラウマ
 第7章 避難所からの発信
 第8章 被災者に寄り添う
 第9章 地元紙とは、報道とは
[出版社商品紹介]
 肉親を喪いながらも取材を続けた総局長、殉職した販売店主、倒壊した組版システム、被災者から浴びた罵声、避難所から出勤する記者。
[出版社・メーカーからのコメント]
 本社のサーバーが倒壊、多くの販売店員が津波の犠牲になり、支局は壊滅……東北とともに歩んできた河北新報は、まぎれもなく被災者の1人でした。物量や人員では全国紙やキー局にかなわない。販売網はズタズタに切り裂かれ、肉親を喪いながらも取材を続けた記者すらいる。それでも「被災者に寄り添う」をモットーに、地元紙ならではの視点をもって、東北の読者のための紙面づくりを続けます。現場記者たちの葛藤、編集方針をめぐる対立もあり。まさに「クライマーズ・ハイ」のノンフィクション版です。

   

― Wikipediaより ―
株式会社河北新報社(かほくしんぽうしゃ)は、仙台市に本社を置く新聞社であり、東北地方のブロック紙である河北新報を発行している。新聞事業以外にも、スポーツ・文化事業や出版事業も行っている。
「東日本大震災で困難に直面しながら、地元新聞社としての役割と責務を果たした」として、2011年に第59回菊池寛賞を受賞。

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【歩】夏の花

昨日にくらべたら、暑さはいくぶん控えめだが、やはり暑い。
午後2時半の気温は34度。

午後、蝉しぐれを聞きながら、自転車で近くのスーパーへ買い物にでた。

ひさしぶりにデジカメを持って、夏の花を撮ってみた。
フヨウ、ムクゲ、スーパーの前ではゼニアオイ。

撮影 2013/8/13(火) 東京都東大和市

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2013年8月12日 (月)

【読】装丁/南伸坊 (つづきのつづき)

装丁家としての、南伸坊さんの仕事。
たくさんあって、まだ続く。
魅力的な本がたくさんあるなあ。
Amazon画像より。
これでおしまい。

しかし、こうして並べてみると、圧巻。

                                                   

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【読】装丁/南伸坊 (つづき)

今日もムシムシ、不快な天候。
ベランダ側の窓を開け放って扇風機をまわしているが、家の中はちょっとした蒸し風呂状態。

朝から読みはじめた、南伸坊 『装丁』 (フレベル館、2001年)を読みおえた。
どんなに薄い本でも、一冊読みおえると達成感がある。

イラストレータであり、文章も書く南伸坊さんの「装丁」の仕事を集めた本。
装丁を引き受けたいきさつ、著者とのやりとり、装丁の苦労ばなし、どんな本か、といったことが書かれた、いかにもシンボー流の文章も楽しいが、なんといっても実際の装丁写真がいい。

そういうわけで、Amazonから画像のあるものを集めてみた。
すべて、この本で紹介されているシンボーさんの装丁作品だ。

いくつか読んでみたくなった本もある。
私自身のための、おぼえがきとしても。

                           

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【読】装丁/南伸坊

前にも一度とりあげた本。
そういえば、まだ通して読んでいなかったな。
半分は図版なので、一日で読めそうな気がする。

南 伸坊 『装丁』
フレーベル館 2001/3/1発行 231ページ 2,300円(税別)

ずいぶん前に、古本屋でみつけた楽しい本だ。
私はシンボーさんのファンで、この人の文章も好きだ。

<装丁家と名乗ると、ちょっと立派すぎる。おそらく「家」が立派なので、私は単に「装丁」ということにする。こうすれば馬丁、園丁みたいでちょっと職人ぽくていい。/私が装丁になって、かれこれ十数年経ってしまった。最初に装丁した時から数えれば、もっと、二十数年になってしまう。/装丁の仕事をまとめて本にしましょう、と持ちかけられて面喰らった。そりゃちょっとまずいすよ、と私は言いました。「売れませんよ、そんなの出したって」とこれは正直な話。私が南伸坊でないとして南伸坊の装丁の本、買わないもの。……>
 ― 巻頭 「装丁の前口上」 P.4 ―

この本の楽しさは、シンボーさんの文章とセットになった図版(本の装丁写真)にある。
さいわい、Amazonにはたいてい、本の表紙写真があるので、この本で紹介されている彼の「仕事」の一部を紹介してみたい。

Amazonでも、表紙写真のないものは除き、書名・著者名もめんどうなので、いちいち挙げない。
ほんとうは、帯(腰巻ともいう)に味のある本が多いのだが、他人のフンドシを借りているのだから、いたしかたない。
また、単行本刊行後に文庫化され、南伸坊の装丁と思われるものも、一部含む。

こうして並べてみると、本の装丁は美術品だなあ、とつくづく思う。
表紙をながめているだけで、楽しくなる。
本はいいなあ。

                                         

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2013年8月11日 (日)

【読】猛暑の中で本を読む

毎日こんなことばかり書いているが、とにかく猛暑。
外気温は、現在(午後2時半)37度。
午後から、窓を閉めて冷房を入れているが、室内も30度。
これでは熱中症で倒れる人が多いのも無理はない。

勢古浩爾 『定年後のリアル』(草思社文庫)を読み終え、そうだ、あれを読んでみよう。
長いあいだ本棚にしまいこんであった本を取りだして読みはじめた。
この本を買ったのも、勢古さんの著書に影響されたからだった。
いま、ようやく読む気になった。
あれからもう、7年近くたったのか……。

【過去記事】
2006年11月30日(木) 【読】思想なんかいらない
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_1316.html

『エリック・ホッファー自伝 ― 構想された真実』 エリック・ホッファー
 中本義彦 訳 作品社 2002年6月発行
 189ページ 2,200円(税別)

原題は "Truth Imagined" これを「構想された真実」と訳したのには、ちょいとひっかかる。
また、帯の惹句 「感動のロングセラー! かくも波乱に満ちた生涯があろうか」 も、大げさすぎる。
もっともっと 「波乱に満ちた生涯」 を送った人は、他にもたくさんいるだろうに。

――などと文句をつけるつもりはさらさらなく、さすがに名著と言われるだけあって、面白い。
「沖仲士の哲学者」 と呼ばれ、賞賛される人だけあって、その人間観察眼に驚きながら読んでいる。

もう一冊、たぶん同じ頃に買ったのだと思うが、『波止場日記 ― 労働と思索』(みすず書房)の方は、私には難しすぎて読む気になれない。

 

さっきから雲行きが怪しくなってきたと思っていたら、ゴロゴロ雷が鳴りだした。
真夏の暑い午後だ。

きのう考えていた勝沼・塩山行きは中止した。
こんな天気では、正解だったかもしれない。

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2013年8月10日 (土)

【雑】そろそろ葡萄の季節

昼前、家人を車で立川に送り、その足で買い物して帰宅。
朝のうちはまだよかったが、暑さに耐えられず、家の中でも冷房を入れている。
外気温は37~38度までいっているようだ。
PC画面に表示されている気温なので、どこまで正確なのかわからないが。

20130810_temperature_2

家に戻ると、郵便受けに待ち望んでいたハガキが届いていた。
勝沼の葡萄園 「大雅園」 からのダイレクトメール。
近いうちに(できれば明日あたり)、勝沼まで行ってみたい。

山梨 ぶどう 勝沼 ぶどう狩り 勝沼産 ワイン販売 山梨県甲州市勝沼「甲進社 大雅園」
http://www.eps4.comlink.ne.jp/~taiga/
山梨 勝沼のぶどう 大雅園 珍種の紹介 (ブログ)
http://blog.goo.ne.jp/taiga-yamanashi

201308_daigaen


塩山の 「Bun Bun Bear」 も、今年から営業再開しているようなので、二年ぶりに訪れてみたい。
ランチが楽しみ。

ブログもできたようだ。
Bun Bun Bear
http://ameblo.jp/bunbunbear/

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【雑】世界的な猛暑なのか

今日は最高気温の予想が37度。
「猛暑日」というやつだ。
朝から熱気がものすごいが、窓を開けて扇風機をまわしている。
すでに汗だく。

日本だけかと思っていたら、とんでもない。
今朝の東京新聞記事によると、世界各地で記録的猛暑だという。
40度超えがオーストリアで記録され、中国では熱中症による死亡者が相次いでいるそうだ。

東京新聞:世界各地も記録的猛暑 気温40度超、死者相次ぐ:国際(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2013081002000121.html

他紙でも、同様の報道があり、ニュースソースは同一らしい。

世界各地で記録的猛暑 40度超、中国では死者相次ぐ ― スポニチ Sponichi Annex 社会
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2013/08/09/kiji/K20130809006385150.html

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2013年8月 9日 (金)

【楽】MOTEL 9月~10月ライブ予定

8/31(土) 八ヶ岳 編笠山 「青年小屋」

 「夏の終りのコンサート」

JR中央本線 小淵沢駅~(タクシー利用)~登山口観音平
(車利用時 中央高速道路小淵沢I.Cより 観音平まで所要約20分)
登山口より徒歩3~4時間
TEL 0551-36-2251
開演 夕食後開演
料金 1泊2食付 7,800円/素泊 4,800円 (要宿泊予約)
出演 編笠音楽隊/MOTEL(須藤もん&対馬照)

 ※登山装備が必要です

■9/21(土)~23(月) 東北ツアー■

9/21(土) 郡山 「OLD SHEP」

福島県郡山市堂前10-15 カタノビル2F
TEL 024-938-2203
開場 19:00 開演 19:30
LIVE CHARGE  2,500円 (1ドリンク付)
出演 オープニングアクト OMO(郡山)/MOTEL(須藤もん&対馬照)

Motel_201309_pamph

9/22(日) 仙台 「サテンドール2000」

仙台市青葉区立町17-24 アカサカビル B1F
TEL 022-225-1743
開場 19:00 開演 19:30
詳細未定

 ライブハウス仙台市 サテンドール2000【トップ&ニュース】
 http://satindoll2000.com/
 
9/23(月・祝) 山形 「Tarji」

山形県山形市七日町2-7-28 YT二丁目ビル 1F
TEL 023-623-3944
開場 19:00 開演 19:30
LIVE CHARGE  1,500円
出演 少太/MOTEL(須藤もん&対馬照)

 Bar Tarjiトップ
 http://www17.ocn.ne.jp/~tarji/
 
10/12(土) 犬山 「珈琲 ふう」

愛知県犬山市東古券558(魚屋町)
TEL 0568-61-6515
開場 18:30 開演 19:00
LIVE CHARGE  2,500円(1ドリンク付)
出演 MOTEL(須藤もん&対馬照)

10/13(日) 大阪 「Heaven HiLL」

大阪市北区堂山町7-18 伊勢屋ビル3F
TEL 06-6315-7776
開場 18:00 開演 19:00
LIVE CHARGE  1,500円 + BAR CHARGE 300円
出演 MOTEL(須藤もん&対馬照)

 Heaven HiLL~ちっちゃいおっちゃんのショット・バー
 http://www42.tok2.com/home/heavenhill/


最新情報は、須藤もん公式サイトでご確認ください
 http://homepage2.nifty.com/sudomon/
モバイル用サイト
 http://homepage2.nifty.com/sudomon/mobile/

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【読】再読 「定年後のリアル」

今日も34度(午後4時現在)。
昼すぎ、立川の知人の家まで車ででかけた。
外は蒸し風呂状態、車の中も45度あった。
エアコンなしでは乗っていられない。
家の中も、窓を閉め切ってエアコンを入れている。

時間のかかった翻訳ものを読みおえて、すこし軽めの本を読みはじめた。
すぐに読み終えられそう。

勢古浩爾 『定年後のリアル』
 草思社文庫 2013/8/8発行 248ページ 700円(税込)

三年前に単行本が出版されていて、すぐに読んだもの。
読んだ後、手放してしまったのだが、文庫化を機に購入、再読してみようと思ったしだい。

2010年8月19日(木) 【読】勢古浩爾さんの新刊二冊
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-926d.html

この本に書かれている「定年後のリアル」、私はすでに二年間経験している。
だいたい、勢古さん流に「のほほんと」暮らしているわけだが。

現役でバリバリ働いている人には無縁な世界かもしれないけれど……こんな内容の本です。

― Amazonより ―
◆お金、仕事、健康、生きがい……退職したら、どんな毎日が待っている?
不況のいま、いかにして生きていくかという問題がクローズアップされている。とくに定年退職が迫った人に対してメディアは、定年後は「6,000万円の貯えが必要」「孤独死にご用心」など多くの不安を語る。
しかし本書の著者は、さまざまな定年本、定年者たちの生き方を引き合いに出しながら、メディアが煽る「不安」など、実際にはそれほど思いわずらう必要もないことがほとんどだという。いまの日本人は、過剰な情報に振り回され、不必要なほど不安になってしまっているというのだ。
たとえば貯蓄や健康状態の「平均」がどの程度かといった話が盛んに語られ、自らを引き比べて不全感を増している人も多いが、現実には「平均」は自分の生き方とはあまり関係のない情報であり、気にしすぎる意味はない。
またアンチエイジングや若さを保つ方法が日々声高に喧伝されているが、本来、人は年を取ったら取ったなりの自分を認めていくのが自然であり、若さを過度に持ち上げる価値観自体がいびつだともいえる。
◆死ぬまでの「生活資金」なんて、なくたって大丈夫
著者はそうした風潮を批判していきながら、実体のない「20年先」までの不安などに振り回される必要はないと説く。
人は死ぬのが当たり前、年を取ったら衰えるのが当たり前であり、そうした事実を正面から受け入れて、初めて本当の人生に出会える。そのうえで一日一日から得られる人生の喜びを享受して生きていくのが、定年後の理想的な生き方だという。
さまざまな不安の正体を解き明かし、心をほっとラクにしてくれる本書、人生の後半戦をしっかりと地に足をつけて生きていくために必読の1冊。

やがて来る「定年後」。誰もが抱く不安は「お金は、生きがいは、健康は」の三大テーマ。メディアは経済や健康の不安を煽るばかりだが、焦ったところでどうする術もない。誰だって「老人」になるのは初体験。終わりゆく人生、老いゆく体とどう向き合い、一日一日の喜びを感じながら軽やかに生きられるか。その答えはたぶん自分の中にある。もう人生のレールは敷かれていない。人生のレールが消えることで、義務や目標から解放されるときでもある。等身大の自分のリアルを受け入れて、のほほんと生きていくための一冊。

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2013年8月 8日 (木)

【読】ようやく読了

二週間前に図書館から借りてきた本を、今日、ようやく読了。
よくぞ読みおえた。

『幽霊を捕まえようとした科学者たち』
 デボラ・ブラム 著 鈴木恵 訳
 文藝春秋 2007年

(下は文庫版、2010年文春文庫)

今日も35度近い暑さ。
早朝から蝉しぐれ。
翅の透きとおったミンミンゼミが、ベランダにきて、しばらく止まって鳴いていた。

午前中、車で買い物。
午後、車で小平の歯科医へ。
その帰りに、また買い物。
車は、エアコンを入れないと、とてもじゃないが乗っていられない灼熱状態。

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2013年8月 7日 (水)

【雑】猛暑日が戻った

午後4時になっても気温は35度。
最高気温が35度に達すると、猛暑日と呼ぶ。
ここ数年、確実にこの猛暑日は増えていると感じる。
地球はたしかに温暖化している。

昼間、近くのコンビニまで買い物に出たら、ジリジリと照りつける陽射しにめげてしまった。

窓を開け放ち、扇風機をまわして、畳の上に寝転んで本を読んでいたら、睡魔に襲われた。
このところ、毎日のように午睡。
これが気持ちよい。

読みかけの本は、ようやく四分の三まで読みすすんだ。
面白いのだが、内容がなかなか頭にはいってこない。

『幽霊を捕まえようとした科学者たち』
 デボラ・ブラム 著 鈴木恵 訳
 文藝春秋 2007年

科学者たち(ゴーストハンターズ)は証明しようとした……
◎幻像(死の間際のメッセージを受けとる。虫のしらせ)
◎サイコメトリー(物から情報を読みとる)
◎テレパシー(他人の試行や感情を読みとる)
◎テレキネシス(物に力をおよぼす。空中浮揚、ひとりでに鳴る楽器)
◎エクトプラズム(どこからともなく現れる手や閃光。物質化現象)
◎交差通信(「霊媒⇔使者⇔別の霊媒」の間でメッセージを相互に伝達)

 ― 本書カヴァーより ―

19世紀末に、この不思議な現象に取りくんだ科学者たち。
カタカナの人名ががたくさん登場して混乱するが、巻頭に人名紹介があるので助かる。

ゴースト・ハンターズとして15人。
この中には、コナン・ドイル、マーク・トゥエイン、マリー・キュリーの名も。
アンチ・ゴースト・ハンターズとして5人。
マイケル・ファラデー、チャールズ・ダーウィン、トマス・エジソンなど。
霊媒たちが5組。
フォックス姉妹、ダニエル・ダングラス・ヒューム、ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー、レオノーラ・エヴェリーナ・パイパー、エウサピア・パラディーノ。
いずれも魅力的な「霊媒」たちだ。

事例がもっとたくさん紹介されているといいのに……。

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2013年8月 6日 (火)

【雑】八月や六日九日十五日

これといったことのない日々が続いている。

午前中は、用があって車で小平へ。
そのついでに、小平駅南口近くにある、シラヤアートスペースを写真に撮る。
白矢眼科医院が経営するギャラリー。
私が所属する小平図書館友の会の会員が、何度かここで朗読発表会をしている。
私はまだ中に入ったことがないが、面白そうなスペースだ。

201308060001201308060002


今日は、8月6日。
タイトルにあげた 「八月や六日九日十五日」 とは、ラジオで永六輔が紹介していた句(作者不詳)。

昨日、テレビ番組で 「ヒロシマ・ガールズ」 と呼ばれた人たちを紹介する番組を見た。

原爆投下から68年 “ヒロシマ・ガールズ”と呼ばれた女性 - 2013年8月5日 18:15放送 - TVログサーチ
http://www.kuunel.jp/content.html?t=7595168

番組中、街でインタビューしているシーンがあった。
近ごろの若い人たち、8月6日が何の日か知らない人が多いようだ。
愕然とする。


【参考サイト】
ヒロシマ・ガールズ 第1部 カナダに生きて <1>|連載・特集|ヒロシマ平和メディアセンター
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter/article.php?story=20100709115131883_ja
ノーマン・カズンズ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%BA%E3%83%B3%E3%82%BA


【2013/8/10訂正追記】
「八月や六日九日十五日」が正しい。
ブログ記事タイトルも訂正した。
私は「八月
……」と書いていたが、聞きちがいというか思いちがいだった。
この句の作者は、荻原枯石(おぎはら・こせき)という。
あらためてネット検索してみた結果、下記サイトで知った。

【参照したサイト】
八月や六日九日十五日とは - 現代俳句一覧 Weblio辞書

http://www.weblio.jp/content/%E5%85%AB%E6%9C%88%E3%82%84%E5%85%AD%E6%97%A5%E4%B9%9D%E6%97%A5%E5%8D%81%E4%BA%94%E6%97%A5
萩原枯石先生句碑建立|「鬼怒」に連なる俳人たち
http://ameblo.jp/yahantei/entry-10122298046.html

愛かがやき第5号2012年10月 新老人の会愛媛支部会報 1/4
http://shinrojin-ehime.com/bulletin/roujinnokai2012-05/index.html?highlightwords=%E8%8D%BB%E5%8E%9F%E6%9E%AF%E7%9F%B3#page=1
リンク切れのため削除(2014/8/5)

【2014/8/5リンク追加】
俳句人-Haikubito-

 http://prod.haikubito.jp/sakushas/1451

荻原枯石とは - 現代俳句人名事典 Weblio辞書
 http://www.weblio.jp/content/%E8%8D%BB%E5%8E%9F%E6%9E%AF%E7%9F%B3
考える人 (新潮社メールマガジン) より
 http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/mailmag/355.html

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2013年8月 5日 (月)

【雑】むし暑い夜

午後10時の外気温は27度。
ここ数日、エアコンを使わずに窓を開け放って扇風機だけで過ごしてきたのだが。
今夜はむし暑い。
窓を閉めて、エアコンを入れ、なんとか湿度55%になったものの、室温は28度。
じっとしていても、汗ばむ。

終日、パソコンに向かってひと仕事。
所属している小平図書館友の会の会報づくり(会報の一部)。
秋に発行するものだが、手間のかかりそうな部分をさっさと作ってしまいたい。
好きでやっていることなので、苦にはならないが、さすがに疲れた。

今日も、本は一行も読めず。
活字といえば、日課になっている新聞連載小説(五木寛之『親鸞 完結篇』)を読んだぐらい。

寝る前のコーヒーを飲みながら、日課のブログを書いている。
そろそろ寝ようか。

明日からまた、暑い日が続きそうだ。
August heat !

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2013年8月 4日 (日)

【雑】今日の訪問者

ベランダの壁面にとまって、ひとしきり鳴いたあと、じっとしがみついたままのキミ。
疲れたのかい?

撮影 2013/8/4(日) 昼

201308040002

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【雑】朝のひと仕事

住んでいる集合棟の定例行事。
朝7時から一時間ほど、住棟の人たちが集合して一斉に草取りをした。
早朝の涼しいうちでよかった。

長袖Tシャツとゴム長靴で武装していったが、あっという間に顔をやぶ蚊に襲撃された。
Tシャツの上から背中まで刺された。
やぶ蚊、恐るべし。

汗だくになって帰宅。
シャワーで汗を流してすっきりした。

うす曇り、気温24度。
朝から蝉しぐれ。
今日も暑い一日になりそうだ。

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2013年8月 3日 (土)

【雑】あれから一年

東北、北陸地方も、ようやく梅雨明けだそうな。
関東は一か月前に梅雨明けとみなされ、その後、暑い日が続いたかと思えば梅雨の戻りのような天候が続いたりと、なんだか季節の歯車がちぐはぐな今年の夏。

8月。
一年前の今頃は、毎週、北海道に通っていた。
思い返せば、長いトンネルのような一年だった。

過去記事を見ると、昨年8月の投稿記事は、わずかに5件。

2012年8月の5件の記事
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/index.html

今年になってから、毎日必ずブログに書いてきて、なんとか七か月が過ぎた。
毎日写真を撮っているわけでもないので、ネタに困る日も多い。

読みかけの本も、なかなか進まず、まだ三分の一しか読んでいない。
本など読まなくても生きていけると思う一方、読書は生活習慣のようなものだ。
読めない日は、なんとなくやり残したことがあるような気分になって、落ちつかない。

読書の時間がとれないくせに、またまた本屋で二冊ほど仕入れてしまった。
勢古さんの本は単行本ですでに読み、手放してしまったもの。
文庫版がでたので、再読してみたくなった。

大江健三郎『沖縄ノート』は、ずっと気になっていた本。
古本屋で探し続けていたが見つからず、今日、たまたま本屋の新書コーナーでみつけた。

 

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2013年8月 2日 (金)

【雑】くわばら、くわばら

私の実体験。

おもにWindowsマシーン用のフリーソフト。
Mac用もあるが、レジストリ操作はWindows独特のものだろう。

CCleanerというソフトをGoogle検索して、検索結果の上位にでてくるサイトに入ると、こんな画面が。
上部にでかでかと目をひくボタン。

注意 OKをクリックして、すぐにクリーンアップしてください。

うっかりOKボタンをクリックすると、別の怪しいソフトのサイトに誘導される。
その先には、とんでもないソフトを勧めるサイトが待つ。
似たような機能を持つソフトのようだが、やり口が汚い。
詐欺まがいである。

Soft_download_2


こんなサイトがまかり通っているのが、ネットの世界の現状。
お気をつけあそばせ。

CCleanerの正式ダウンロードサイトは、別にある。
(正規の作成会社、URLは、上のサイトとはまったくちがう)


【参考記事サイト】
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Yoyo/6130/notes/regclean-pro.htm

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【雑】ブルーベリー

きのう、車で小平へ行く用があった。
帰り道、農園に寄ってブルーベリーを買った。

島村ブルーベリー園
http://s-blueberry.blogspot.jp/


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ひとパック400グラムで1,000円。
ジャム用のものなので、少し品質は落ちるが、じゅうぶんそのまま食べられる。
生食用は、ひとパック1,500円だった。

今年も、ブルーベリーがおいしい季節になった。
つまみながら、本でも読んでいたい。
蝉しぐれを聴きながら。

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2013年8月 1日 (木)

【雑】早朝の火災警報

先月、不具合で基盤交換してもらった警報装置付インターホン。
今日の早朝、大音量の警報音に続いて 「火事です、火事です、避難してください」 と怒鳴りだした。
見ると、赤い警報ランプも点滅している。
なんだなんだ、びっくりするじゃないか。

停止ボタンを押しても、5分ほどたつと、また同じことを繰り返す。
三度まで我慢したが、気がヘンになりそうなので、大元の電源(ブレーカー)を落とした。
玄関先のインターホンが不通になってしまうが、しかたがない。
仏の顔も三度まで、だ。

午前9時になるのを待って、お客さま相談室に電話。
前回と同じ業者が来てくれる手筈に。
たぶん、室内数か所にある火災検知器の不具合だろう。
業者さんも、その可能性を言っていたので。

火のないところに煙はたたないが、火災警報が鳴ることはある。
連日の暑さが関係しているのだろうか。
やれやれ。

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