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2013年10月31日 (木)

【読】池澤夏樹さんの「文明の渚」(岩波ブックレット)

図書館から借りてきて、すぐに読みおえたブックレット。

池澤夏樹 『文明の渚』
 岩波ブックレット No.864 2013/3/6発行
 63ページ 500円(税別)

2012年8月26日、長野県須坂市で行われた「信州岩波講座」における講演と質疑応答に加筆したもの。
質疑応答の聴き手は、畑谷史代(はたや・ふみよ)さん。
1968年長野市生まれ。信濃毎日新聞社報道部、論説委員などを経て、現在、文化部記者。著書に『差別とハンセン病――「柊の垣根」は今も』(平凡社新書)、『シベリア抑留とは何だったのか――詩人・石原吉郎のみちのり)』(岩浪ジュニア文庫)など。

私はこれまで、池澤さんの著作で彼の考え方に触れてきたつもりなだが、この講演で話されていることには、あらためて納得できた。

講演のなかから、いくつか印象に残った話を――。
青字部分は本書から直接引用(改行を加えた)。
黒字部分は池澤さんの発言要旨。

「原発は人間の手におえない」

 ぼくは、原子力は原理的に人間の手に負えないのでやめたほうがいいと思っています。長年にわたって事故がないように原子力を運転していく能力は人間にはない。  (P.26)

20年前、池澤さんが東海村の原子力発電所を見に行ったときの体験。
見学者に配られたパンフレットの中では、原子力の素晴らしさが書いてあったという。
「安全への配慮」という項目では、160文字ほどの短い文章の中に安全を強調する言葉ばかりが並んでいた。


 放射能は、固くて、丈夫な、密封された、頑丈で、気密性の高い、厚い遮蔽の中にある、と書いてあります。これだけ形容詞を並べられると、逆におかしいなと思う。  (P.27)


「閉じた社会は必ず腐る」

大きなシステムを安全に運転するについては、国民ごとの特性があり、向き不向きがある。
民間航空にしても、国ごとに事故率が数字として出ている。
その意味で、日本の技術は非常に優秀。

 だから、原発の運転も上手なのだろうと思ってしまっていた。
もし事故が起こるとしたら機械文明に慣れていない国の原発が危ないと考えていたのですが、それは間違いでした。それは、なぜか。
 
ひとつは、お金になるからです。原発によって潤う立場の人たちがそのためのシステムをつくり、コスト計算を少しずつごまかして、廃炉のことも放射性廃棄物の処理の費用もないことにして、まして大事故の場合の被害など考えもせず、目の前のコストだけを根拠に、政治的なやりかたで計算して運転していた。安全でないという人たちを追い出して、閉じた社会をつくった。

 閉じた社会というのは、必ず腐るのです。学校で子ども達がいじめで自殺しています。それが何年経っても防げないのは、なぜか。学校が閉じているからです。その中にすべて封じ込めてしまっている。スーパーマーケットで暴力を振るえば、おまわりさんが来る。学校の中には来ない。みんなでなかったことにする。閉じられた社会というのは、歪みが生じた時にそれを是正できずに大きくしてしまう。  (P.28-29)

「ブレーキが壊れれば暴走する原子力」

2011年5月6日、原子力安全・保安院のホームページにあった文章。
「福島第一・第二原子力発電所事故を踏まえた九州電力株式会社玄海原子力発電所における緊急安全対策の実施状況に係る評価」というもの。

 この中に、玄海原子力発電所が非常事態に備えてどういう準備をしているかが書いてあります。冷却水が循環しなくなってしまうと原発は危険なことになります。それでいくつもポンプを準備します。その中の一つは、ガソリン・エンジンを使うものです。こう書いてあります。

 「エンジンポンプ(ガソリン使用)については、あらかじめ装置に装荷されている燃料を使用した後(約3時間)は、発電所に近接し、高台にあるガソリンスタンドから燃料を調達できる」と。つまり、バケツを持ってガソリンを買いに行くのだそうです。(笑)

 ……安全のための対策といっても、こんなものです。
 原子力というものは、基本的にアクセルはいりません。放っておいても熱が出てくる。いったん燃料を入れれば、その瞬間から発電が始まる。その出てきた熱を冷却水で次々に運び出して電気を作る。
 アクセルがいらない、言ってみれば坂道に置かれた重たい車なのです。必要なのはブレーキだけです。ブレーキが壊れれば暴走するしかない。そうならないために、ブレーキをたくさん用意していると言います。
 しかし、福島ですべて壊れた。あれが本当に津波で壊れたのだ、それとも、その前に地震そのもので壊れていたのではないかという疑問があるのですが、まだ結論は出ていません。
 しかし、そこまでして、この車を動かさなければいけないのか。  (P.31-32)

「原子力は、もともと爆弾、それで発電するというのは、ダイナマイトでご飯を炊くようなもの」

「なぜ原子力で発電しようとしたのか? それは、爆弾をつくってしまった科学者の後ろめたさからだ」

 なぜ原子力で発電しようという話になったかといえば、これは爆弾をつくってしまった科学者の後ろめたさからです。本当にそんなものができるのかと半信半疑でやってみたら、爆弾ができてしまった。

 多くの人が死んだ。実際にヒロシマ・ナガサキを起こしたのは政治家と軍人の責任だけれど、つくったのは科学者です。だから、彼らは考えこんで、しばらくしてから、「いいことにも使えるのではないか」と発想した。彼らは本当に嬉しかったのです。

 それで原発をつくったけれども、しかしそれは十分に熟成された技術ではなかった。早い話、あれだけの力に耐えうる材料が作れない。その一番いい例が「もんじゅ」で、溶融状態のナトリウムは安全に管理できない。そう考えると、やはり原子力というのは無理なのではないかと思います。  (P.61-62)

  *

前にも紹介したが、池澤夏樹さんには、原子爆弾を開発した科学者たちを扱った訳書がある。
日本語訳は1982年出版、1995年に新装版がでている。

Peter Goodchild
 "J. Robert Oppennheimer=Shatterer of Worlds"
ピーター・グッドチャイルド 著/池澤夏樹 訳
 『ヒロシマを壊滅させた男 オッペンハイマー』 (新装版)
  1995年 白水社 294ページ 2,718円(税込) 

Oppenheimer_3

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