【読】こころにしみる言葉
二週間ほど前、町田の古書店「高原書店」で入手した本(図録)。
入手のいきさつは、すでに書いた。
2014年5月10日(土)
【読】町田の「高原書店」を訪問: やまおじさんの流されゆく日々
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-97fe.html
図録 『星野道夫の世界』 朝日新聞社 1998年
巻頭にあった池澤夏樹さんの解説文がこころに沁みた。
星野道夫さんの生き方も素晴らしいものだったが、それをみつめる池澤夏樹さんのまなざしと、言葉も素晴らしい。
長くなるが、その一部を転載してみよう。
<今から二十数年前、十八歳の青年が一枚の写真に魅せられた。
それはあるアラスカの海岸の村を飛行機から撮った、どちらかというと地味な写真だった。……
(中略)
彼はその年の夏、シシュマレフ村で三か月を過ごし、アザラシやシロイルカ、カリブーなどの肉を村の人々と一緒になって食べ、……たくさん写真を撮った。そして、自覚した以上の大きなものを得て、日本に帰った。
数年後、彼はふたたびアラスカに渡り、住み着いて、野生動物の写真を撮るようになった。それから二十年近くの間、彼はアラスカで人跡未踏の荒野に踏み込み、キャンプで暮らし、動物たちを撮りつづけた。アラスカと写真が彼の人生を決めた。こんな風に人生を展開できる者は幸運である。彼、すなわち星野道夫がこういう生き方を選ぶについて一度も迷わなかったわけではないだろう。しかし彼は間違いなく自分の一生を満たす仕事を見つけたし、それに邁進した。撮るべきものは目の前に次々に現れ、それを彼は次々に撮った。その幸福感が彼の写真にはあふれている。
見かたを変えよう。問題は彼一人ではない。ぼくたちは今、彼がアラスカの荒野で見たものを写真という形で共有している。彼はぼくたちが荒野に放った斥候であり、選んで送った代表である。ぼくたちの中に、カリブーやムース、ホッキョクグマ、シロフクロウなどを見たいという強い欲求がある。星野をアラスカに移住させて、人の住むところを遠く離れて、雪と厳しい寒さの中で、あれだけの写真を撮らせたのと同じ力がぼくたちにも、もっとずっと弱いものながら、働いている。
今、ぼくたちは都会に暮らして、食べるもののほとんどをお金と交換に得ている。しかし、わずか十数世代前、ぼくたちの祖先は荒野に出て、食べるものは自分の才覚で手に入れ、それを妻子のもとに運んでいたのだ。木の実がみのる時、サケが川に上る時、山菜が育つ時、ウサギが肥ってうまい時、クマが冬眠から目覚める時、ぼくやきみの親の親の親の親たちはそういうことを詳しく知っていた。体験的な知識に合わせて一年ごとの生活を設計してきた。それをぼくたちは代々伝えられてきた記憶の底の方にちゃんと残している。プラスチックとシリコンの新しすぎる生活になじめないと感じた時、ぼくたちはそれを思い出す。
誰でもそうだとは言わないが、心のどこかにアラスカを持っていないとうまく生きていけない人がいる。……>
池澤夏樹 (作家・詩人)
「彼はぼくたちが荒野に放った斥候であり、選んで送った代表である」―― 作家の言葉らしく、みごとな表現だ。
そうなんだよなあ、と、私はこの文章を読んで深くうなずいたのだった。
感銘をうけたので、書いておくことにした。
【参考】 Wikipediaより
星野 道夫(ほしの みちお、1952年9月27日 - 1996年8月8日)は、写真家、探検家、詩人。千葉県市川市出身。
池澤 夏樹(いけざわ なつき、1945年7月7日 - )は、日本の小説家、詩人。翻訳、書評も手がける。日本芸術院会員。文明や日本についての考察を基調にした小説や評論を発表している。翻訳は、ギリシア現代詩からアメリカ現代小説など幅広く手がけている。 各地へ旅をしたことが大学時代に専攻した物理学と併せて、池澤の作品の特徴となる。また、詩が小説に先行していることも、その文章に大きな影響を与えている。声優の池澤春菜は娘。
星野道夫の写真集、著作 その一部を紹介
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