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2014年10月13日 (月)

【読】だまされないために

すこし古い本だが、一週間ほど前から読み続けている。
読むのがしんどくて途中でやめようかと思ったが、なんとか終盤にさしかかった。

書かれていることは、重要。
この国を覆っている、いやなムードは何なのか、私の中ですこしは整理された気がする。

自信満々の首相に率いられた現政権が主張する「集団的自衛権」をめぐる大嘘に、だまされないようにしたい。

<……集団的自衛権という課題の重要性は、それによって安保条約の「片務性」を脱却して「双務性」を実現し、「発言権」を獲得するところにある、とされる。それでは、「発言権」が獲得されたとして、一体何を「発言」しようとするのであろうか。イラク戦争を例にとれば、米国と「肩を並べて」武力行使をなすことが可能となった場合、日本は米国に対し、この戦争について、どのような「発言」をなそうとするのであろうか。これまで通りの「支持」を繰り返すのであろうか。>
 (本書 P.174-175 第6章 日本外交のオルタナティヴを求めて)

<いま安保条約をいかに位置づけるかという問題は、それがグローバルな性格を帯びるほどに、「テロとの戦い」や大量破壊兵器の拡散といった課題について、日米同盟がいかなる国際的な戦略や展望をもっているのか、その評価をめぐる問題である。集団的自衛権の解釈変更と憲法の改正によって、「同盟国」たる米国とともに、イラク戦争のような戦争に〝参戦〟することを通してこの課題の解決をめざすのか、あるいは別の戦略を構想するのか、いずれが世論を獲得できるか、という問題なのである。> (P.175)

豊下楢彦 『集団的自衛権とは何か』
 岩波新書 新赤版1081 2007/7/20発行 240ページ

― e-honサイトより ―
[要旨]
 憲法改正とともに日本の今後を占う最大の焦点に浮上した集団的自衛権。その起源を検証し、戦後の日米関係においてそれがいかなる位置づけにあったのかを歴史的にたどる。そして今日の世界が直面する脅威の性格を冷静に見すえながら、集団的自衛権の行使による日米安保体制の強化という路線に代わる、日本外交のオルタナティヴを提起する。
[目次]
序章 憲法改正と集団的自衛権
第1章 憲章五一条と「ブッシュ・ドクトリン」
第2章 第一次改憲と六〇年安保改定
第3章 政府解釈の形成と限界
第4章 「自立幻想」と日本の防衛
第5章 「脅威の再生産」構造
第6章 日本外交のオルタナティヴを求めて

著者紹介
豊下 楢彦 (トヨシタ ナラヒコ)
1945年兵庫県生まれ。京都大学法学部卒業。関西学院大学法学部教授。専攻、国際政治論、外交史。

同じ著者の近刊も読んだが、まさに今、読むべき本だった。
古本整理のときに手放さなくてよかった。

豊下楢彦・小関彰一 『集団的自衛権と安全保障』
 岩波新書 新赤版1491 2014/7/18発行 237ページ

― e-honサイトより ―

[要旨]
 集団的自衛権の行使は、日本の安全性をほんとうに高めるのか―?現実を見ない机上の論理、現状分析のない提言、国際感覚の欠如が、「他国防衛」のための戦争へと日本を駆り立てている。安全保障と憲法論の第一人者が問いかける、日本の今。安全保障とは、憲法とは、集団的自衛権とは…。必読の一冊。
[目次]
第1部 「集団的自衛権」症候群
 なぜいま「集団的自衛権」なのか
 「歴史問題」と集団的自衛権
 「ミサイル攻撃」論の虚実
 中国の脅威と「尖閣問題」
第2部 憲法改正と安全保障
 憲法改正案の系譜
 「国防軍」の行方
 「国家安全保障」が意味するもの
第3部 日本の果たすべき国際的役割
 「積極的軍事主義」の行方
 「国際社会のルール化」とは何か
 いま、憲法を改正する意味
 「安全保障」認識の転換を

著者紹介
豊下 楢彦 (トヨシタ ナラヒコ)
1945年生。京都大学法学部卒業。元関西学院大学法学部教授。専攻は国際政治論、外交史。
古関 彰一 (コセキ ショウイチ)
1943年生。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了。獨協大学名誉教授。専攻は憲政史。1989年、吉野作造賞受賞。


台風19号が、すでに九州に上陸して西から近づいている。
関東では今夜がピークらしいが、いまのところ小雨。

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