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2014年11月26日 (水)

【読】「糞便の起源」読了

あまりにも肌寒いので、きのうの夕方、とうとう灯油ストーブを出して使い始めた。
やはり、火の気はありがたい。
今日も朝から冷たい雨が降り続き、冬の天気。


二週間前から少しずつ読み続けていた本を、昨夜、ようやく読了。
明日が図書館の貸出期限だったが、なんとか延長せずに返却できる。

『排泄物と文明 ―フンコロガシから有機農業、香水の発明、パンデミックまで』
 デイビッド・ウォルトナー=テーブズ/片岡夏実訳
 築地書館 2014/5/20発行 222ページ 2,200円(税別)

原題は “The Origin of Faces” (糞便の起源)で、ダーウィンの 『種の起源 “The Origin of Species”』 をもじったものらしい(訳者あとがき)。

訳者は名前から想像すると女性らしいが、あとがきでこんなことを書いていて、思わず笑ってしまった。

<著者はまず、専門家と一般市民の間で、排泄物を指す共通の言語がないことを取り上げ、それが問題解決が難しくなる原因の一つだと述べる。それを意味するさまざまな語を語源や歴史的経緯にまで遡って検討した上で、本書の中で排泄物を指す言葉としてもっとも多く使われているのが「シット(Shit)」という俗語だ。排泄物そのものを意味するだけでなく、罵倒語や強調語として使われるところなどは、日本語の「クソ」にかなり近いが、より下品でタブーとされる語だ。「クソ」と訳してしまうと、排泄物の生々しさが伝わりにくいように思われたため、訳文では主に「ウンコ」としている(訳者がこんなに「ウンコ」を連発したのは小学生のとき以来かもしれない)。> (P.221 訳者あとがき)

まさに、「ウンコ」が連発されている本だが、内容は私には理解しにくい学術的な記述が多かった。
訳文の悪さではなく、原文じたいが難しいのだと思う。

最後の第9章(糞を知る――その先にあるもの)だけは、これから先の世界的な環境問題として、身につまされるものがあった。


この本を知ったのは、松岡正剛さんのウェブ・サイト 「千夜千冊」 の記事だった。

1562夜 『排泄物と文明』 デイビッド・ウォルトナー=テーブズ | 松岡正剛の千夜千冊
http://1000ya.isis.ne.jp/1562.html

― 上記サイトより ―
<もともとバクテリアや菌類や糞虫や寄生虫のような微小生物にとっては、排泄物などという段階がない。土壌・草木・腐食・朽木はかれらと同態の環境であり、かれらの生き方そのものなのである。かれらこそが食物連鎖の断点や隙間をていねいに補ってくれているのだ。
 われわれの文明は糞尿と悪臭を生活の眼前から消し去って、なんとか下水道に流し、あとは済まし顔でいるけれど、これは自然と生き物の循環サイクルの片方だけを断ち切った対処だった。本書は、この片割れの文明、片肺飛行の文明に、いつしか排泄物が反撃を加えるだろうと予告する。>

私には、松岡さんほど読み込むことができなかったが、面白い本ではあった。

ふだん、何も考えずに水で流している「ウンコ」の行先を知りたいと思う。
小平にある「ふれあい下水道館」に、また行ってみようかな。

ふれあい下水道館/東京都小平市
http://www.city.kodaira.tokyo.jp/static/gesui_fureai/gesui_index.html

下水道の文化にまつわる講話|東京都小平市
http://www.city.kodaira.tokyo.jp/kurashi/020/020949.html


こんな面白い本もあったっけ。

 

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