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2016年3月の25件の記事

2016年3月30日 (水)

【遊】小金井公園へ桜を見にいく

午前中、自転車で小平まで往復。
ちょっとした花見サイクリングだった。

いったん家に帰ってから、午後、あらためて車で小金井公園に向かった。

途中、小平団地の近くに車をとめて、桜並木やシモクレンの写真を撮ってきた。

撮影 2016/3/30(水) 東京都小平市

警察学校北のソメイヨシノの桜並木

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小平団地東側のシモクレン

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撮影 2016/3/30(水) 都立小金井公園

小金井公園は、春休みのせいか、平日にもかかわらず花見客で混雑していた。

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カンヒザクラ (寒緋桜)

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いい一日だった。

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【遊】花見サイクリング

うすぐもりだが、暖かい。
予想最高気温は20度。

桜が咲きはじめたので、自転車に乗って近隣の花見に行ってみた。

多摩湖自転車道で小金井公園を目指したのだが、途中、小平駅前のだんご屋でおはぎと道明寺を買って引き返した。

それでも約2時間の、きもちのいいプチ・サイクリングだった。

撮影 2016/3/30(水) 東京都東大和市、東村山市、小平市

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桜だけでなく、春の草花がいっせいに花開いていて、きれいだった。

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帰りがけ、小平中央図書館・公民館近くのケーキ屋に寄り、シュークリームを購入。
先日、古本市の会場に友人が差し入れてくれた、おいしいシュークリームだ。

いつも、この店の前を車で通っていたけれど、はじめて入ってみた。

東京都小平市のこだわりのケーキとスイーツのお店 かしの木
http://www.kashinoki-kodaira.com/

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住んでいる団地のソメイヨシノも、だいぶん咲いてきた。
今日の陽気で、いっきに咲きそうだ。

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2016年3月29日 (火)

【遊】ひと月ぶり、「おふろの王様」へ

ようやく桜が開きはじめた。

夕方、車で小平の日帰り温泉「おふろの王様 花小金井店」へ。
月に一度のペースで通い、館内の千円カットを利用している。

花小金井店 | おふろの王様
http://www.ousama2603.com/shop/hanakoganei/

小平団地周辺の桜並木がみごとだった。
車窓から、ちょっとした花見。

明日は、自転車で小金井公園まで行ってみよう。

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2016年3月28日 (月)

【読】読書再開

先週水曜日から五日間続いた古本市が終わり、ようやく本を読む時間ができた。

図書館から借りている古山高麗雄の『龍陵会戦』(1985年・文藝春秋)の続きを読む。

 

単行本も文庫版も、すでに絶版。
図書館にあったのは、多くの人に読まれた痕跡のある単行本。
シミや書き込みもあるが、貴重な本だ。

この小説の戦闘描写は、やたらと現地の地名・陣地名、それに人名(ほとんどが無名戦士)が出てきて、読むのに苦労している。
が、ところどころ、作者の戦争観が述べられているのが興味ぶかい。
この作家の作風なのだろう。

例によって、覚え書きとして転載しておきたい箇所がある。

<日本男子の面目、だの、大和魂、だの。人は振り返って、その言葉の使われ方を批判するが、その思い自体は、今もなお、多くの日本人に好かれているし、往時が語られる場合、とかくその思いに包装されて紋切型になりがちである。紋切型の美化は、紋切型の反戦と同じように、欺瞞ではなく、好悪であろう。そして、紋切型の美化を欺瞞と感じ憎むのも、やはりその人の好悪であろう。>

<美化だの欺瞞だのということいついて考え始めると、私は、底なし沼にはまり込んだような気持になる。結局、わからなくなってしまうのである。日本男子の面目や大和魂を大事にしている人がいた。今もいる。そういう人たちの美化や欺瞞とはどういうことなのか。日本人のそのころの傾向や趨勢を語ることも無意味ではないだろうが、それはそれだけのことである。>

<戦争指導者と呼ばれる人々、トップを目ざしていたエリート軍人たちに限らず、多くの人々が、考えとしては、大君のへにこそ死なめ、と思っていたのではないか。国民がそのように導かれたことは確かだろう。しかし、鰯の頭を信心する者には、鰯の頭は尊い。美化でも欺瞞でもない。信心していない者には、信心を強制されるのはたまったものではないが、彼我の是非などを論じる気持は、私にはない。>

(以上、P.235-236)

この後、著者が“敬愛して付き合っていた”吉田満の書いたものに触れているが、省略。

古山高麗雄が、その著作群のなかで、繰り返し語っている戦争感に、私は同意できるようになった。

<紋切型の美化は、紋切型の反戦と同じように、欺瞞ではなく、好悪であろう。そして、紋切型の美化を欺瞞と感じ憎むのも、やはりその人の好悪であろう。>

古山高麗雄は、この「紋切型」とは対極の考え方をする人だった。
一等兵として戦地を経験した彼は、いつも醒めた目で戦争を見ていたが、戦地で命を落とした人たちへの思いを引きずり、奇跡的に復員した、かつての戦友たちとの交流を死ぬまで続けた。

信頼できる人だと思う。

まだ、100ページ以上残っているが、頑張って読み通したい。

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【読】古本市での収穫

昨日まで開かれていた小平の古本市で、何冊か手に入れた。

新書6冊。
中には絶版もあるようだ。

山野井さんのヤマケイ新書は、うれしい。

         

新書以外にも、単行本とムック、図録を購入。

中島みゆき論が面白そうだったので、ついつい買ってしまった。

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香月泰男展の図録も、うれしい。

新潮社の「考える人」というムックは知らなかった。
5月の読書会で、村上春樹をやるので、参考までに買ってみた。

そして、桂枝雀の評伝。
じつは、持っていたのを古本屋に売ってしまった。
古本市に出ているのを見て、やはり手元に置いておきたくなった。
私には思い入れの深い本。

手放したり、再び手に入れたり。
こういうことも、私にはよくある。

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2016年3月27日 (日)

【遊】第18回チャリティ古本市 無事終了

今年のチャリティ古本市(小平図書館友の会主催)が、無事、終了。

販売二日目の今日は、午前10時から午後3時までの販売。
初日の昨日とちがい、開場前の行列もなく、整理券を配布するまでもなかった。
これは例年どおり。

昨日いらしたお客様が今日も見えていて、「整理券を配らないのですか?」と聞かれたが、開場前に集まったお客様は10人ほどか。

毎年、二日目は来客数も売り上げも初日に較べるとぐっと少ないのだが、今年は、けっこう売れたように思う。
二日間の売り上げは、これまでの最高レベルだった。

今朝、あわてて家を出たため、デジカメを持つのを忘れてしまった。
今日の写真は、すべてスマホで撮ったもの。

2016/3/27(日) 昼頃の会場の様子(入口から)
 小平市立中央公民館 ギャラリー

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午後3時、蛍の光を流して閉店。
それから、残った本の片付けと、会場の撤収。

これが、毎年の力仕事だ。

残本は、一部を来年のために繰り越し、あとは町田市の福祉施設に寄贈する。
福祉施設へ寄贈する本の積み込み作業が、下の写真。

多少、本の扱いが乱暴になるが、なにしろ時間との勝負なのだ。

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最後に、会場内に配置していた折り畳みテーブル等の什器・備品、貼紙等の撤収。

お借りしていた公民館のギャラリーには何もなくなった。
きれいに清掃し、お茶とお菓子で「お疲れ様」のひととき。

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事故やクレームもなく、無事に終了したことが、なによりありがたい。

来月のはじめに、古本市にボランティアで参加した友の会のメンバーが集まり、反省会を開く。

会期中、本を寄付してくださった方々と、お買い上げくださった沢山のお客様に、お礼を申しあげます。

今年も、たくさんの本に囲まれて、しあわせな五日間だった。
また、来年……。

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2016年3月26日 (土)

【遊】第18回チャリティ古本市 販売初日

年に一度のイベント。
小平図書館友の会主催「チャリティ古本市」、今日が販売初日。

会場の小平中央公民館が開く午前9時と同時に、常連のお客様が館内へ。
私たちもそれを追うように、館内にはいって、会場の準備。

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例年、廊下に長い待ち行列ができるため、今年は入場整理券を配ることにした。
120番ぐらいまで準備しておいたのだが、100人以上のお客さまが、開場の10時前には集まってくださった。

午前10時の開場と同時に、整理券の番号順に入場していただいた。
あっというまに、会場はお客様でいっぱいになった。
「立錐の余地もない」とは、このことだ。

10時から一時間半ほどは、古本をめぐっての争奪戦の様相。
大量にお買い求めのお客さまが続き、会計前には長い行列ができた。

下の写真は、開場から一時間ほど過ぎた頃、多少、混雑が緩和された会場内の様子。

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午後になると、こんなに空いていた。

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おかげさまで、昨年同様、たくさんの本が売れた。
お買いあげくださったお客様に、お礼申しあげます。

明日は、午前10時~午後3時まで販売し、後片付け。
このイベント最後の力仕事が待っている。

そうそう、午後になってから、思いがけず友人がひとり、会場を訪ねて来てくれた。
長年、このイベントに参加してきたが、友人が来てくれたのは初めてだったので、うれしかった。
友人から差し入れでシュークリームをいただいた。


小平中央公民館の南側に、ちょっとした桜並木がある。
下枝が切られているため、見えにくいが、帰り際に見ると花が開きはじめていた。
満開にはまだ遠いが、春らしくなった。

撮影 2016/3/26(土) 夕刻 東京都小平市

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2016年3月25日 (金)

【遊】第18回チャリティ古本市 準備三日目

ソメイヨシノが開きはじめた。
コブシは満開。

今日も一日、小平の中央公民館で、小平図書館友の会のチャリティ古本市の準備。
去年からの繰越に加えて、この三日間でそうとうな数の古本が集まった。
本を寄付してくださった市民の皆さまに感謝。

準備は整った。
いよいよ、明日、あさっての二日間が販売日。
初日の明日、開場前から行列ができることだろう。

撮影 2016//25(金) 小平市中央公民館ギャラリー

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2016年3月24日 (木)

【遊】第18回チャリティ古本市 準備二日目

今日も朝から夕方まで、小平でチャリティ古本市の準備。

続々と運び込まれる寄付本を受け付け、整理・陳列して売り場の設営。

大部分は30円(文庫・新書・雑誌)、50円(単行本・辞典類)という廉価販売なのだが、高価な美術書や稀覯本、立派な図録、大判の事典などには、特別価格(100円~数百円)をつけている。
その値付けも始めた。

今日もまた、寄付本がたくさん集まり、ありがたいことだ。

明日は、いよいよ準備期間の最終日。

撮影 2016/3/24(木) 小平市中央公民館ギャラリー

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2016年3月23日 (水)

【遊】第18回チャリティ古本市 準備初日

小平図書館友の会主催 チャリティ古本市。

準備初日の今日は、会場設営と昨年からの繰越本の運び込み。
そして、寄付本受付の初日だった。

受付開始の10時前から、次々と、寄付本をお持ちくださる方が続いた。
ありがたいことだ。

今日は、友の会会員が十数人集まって、作業した。
明日、あさっても、寄付本受付と会場準備。

撮影 2016/3/23(水) 小平市中央公民館ギャラリー

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2016年3月22日 (火)

【雑】いよいよ明日からチャリティ古本市

ソメイヨシノが咲きはじめて、春らしくなった。

毎年、3月末のこの時期は、小平図書館友の会主催のチャリティ古本市で忙しい。

私がこのイベントに本格的に参加しはじめたのは、震災のあった2011年から。
3月に震災があったため、その年は7月はじめに開催されたのだった。

【写真】 2011年7月 第13回チャリティ古本市(準備期間の会場前)

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ちょうど私も、6月末付で定年退職(出勤は5月末まで、その後有休消化)し、自由な時間があった。

この古本市は、準備(寄付本受付、会場設営)に三日間、その後の土曜・日曜日が販売日だ。

早いもので、私が本格的に参加するようになってから6年目。
さて、今年も明日から会期に突入する。

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会場の小平市立中央公民館ギャラリーにテーブルを並べ、昨年から繰り越した本と、その後に集まった古本を、軽トラックで会場に運び込む。

そのあいだも、市民からの寄付本が次々と持ち込まれる。
それらを並べる。
例年、1万5千から2万冊の古本が陳列される。
この作業に三日間。

そして、二日間の販売日を迎える。
販売初日には、開場の午前10時の前から行列ができるほどの賑わい。
この初日の午前中が、もっとも忙しい。

最終日(販売は午後3時まで)、残った本の整理と、会場の片付け。
借りているギャラリーを返却するため、時間との勝負だ。

これらは、すべて、小平図書館友の会会員と、お手伝いの方々によるボランティア作業。


忙しくも楽しい五日間が、今年もはじまる。

公民館わきのソメイヨシノも、そろそろ花開くだろう。

詳しくは、小平図書館友の会ブログをご覧いただきたい。

小平図書館友の会ブログ
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/kltomonokai/

 小平図書館友の会ブログ: チャリティ古本市
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/kltomonokai/cat23474245/index.html

会場 小平市立中央公民館

 第18回 チャリティ古本市

2016年
 3月26日(土) 午前10 時 ~ 午後 5 時
 3月27日(日) 午前10 時 ~ 午後 3 時

 会場 小平市中央公民館 1階 ギャラリー
   小平市小川町2-1325
   西武多摩湖線 青梅街道駅 または 一橋学園駅から 徒歩5分

 主催 小平図書館友の会
 後援 小平市教育委員会

◆小平図書館友の会主催 「チャリティ古本市」 は
 市民から寄付していただいた不要本(古本)を
 再び活用していただくために廉価販売する催しです。

 小平市立図書館が定期的に行なっている「ブックリサイクル」で
 無料配布された、いわゆる「リサイクル本」は販売対象としていません。

◆純益金は、小平市立図書館へ備品の寄贈等に役立てます。
 また、2011年からは、東日本大震災被災地の復興支援活動をしている
 「一般社団法人みんなのとしょかん」 へ純益金の一部を寄付しています。

みんなのとしょかんプロジェクト | としょかんから始まるコミュニティづくり
http://www.mintosho.org/

== あなたの読みおえた本を寄付してください ==

  単行本、新書、文庫、児童書、辞書、全集、雑誌等。
  何冊でもけっこうです。

  お手数ですが、下記の期間中に受付場所へご持参ください。
  ただし、週刊誌類、古い百科事典、CD、カセットテープはお受けできません。

  また、小平市立図書館が定期的に行なっている「ブックリサイクル」で
  無料配布された「リサイクル本」もお受けできません。
  ご了解のうえ、ご協力をお願いします。

 寄付本 受付期間
  3月23日(水)~25日(金) 午前10 時~午後 4 時

 寄付本 受付場所
  
小平市中央公民館 1階 ギャラリー

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2016年3月21日 (月)

【歩】空堀川の河津桜

今年は少し時期が遅かったかな、と思いながら、家人とふたりで近くの空堀川まで散歩。

河津桜の並木は、葉桜になっていた。

道々、春の花をデジカメで撮りながらの散歩だった。
風が少しあり、暑くもなく、散歩には最適の天気。

ハクモクレンは、もう散りはじめている。
ソメイヨシノは、まだまだ蕾。

けれど、もう春だ。

撮影 2016/3/21(月) 東京都東大和市、東村山市(空堀川)

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【楽】星ノ飛ブ夜 中目黒「楽屋」

きのうの夜は、中目黒の「楽屋」(らくや)へ。

西川郷子さんのユニット 「星ノ飛ブ夜」 (西川さん、ギターの小沢あきさん、パーカッションの関根真理さん) のライブだった。

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めずらしく共演グループがあって、厚みのあるライブになった。

西川さんのユニットが、はじめに一時間ほど演奏。
いつものように、小沢さんのギターと関根さんのパーカッションに支えられた郷子さんの歌声に、うっとり聴き入った。

休憩をはさんで、後半、「山猫合奏団」 という四人グループのパフォーマンス。
語り(二人)と、ピアノ、チェロの伴奏。
朗読劇(音楽劇)というのだろうか、宮澤賢治の 「どんぐりと山猫」 をみごとに演じた。

山猫合奏団
http://ensemble.lince.jp/

【参考】 宮沢賢治 「どんぐりと山猫」 (青空文庫)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/43752_17657.html

最後に、郷子さんのユニットに、山猫合奏団のピアノ(白石さん)とチェロ(大島さん)が加わり、五人で ”世界初演曲” を演奏。

山之口貘の「猫」という詩に、白石さんが曲をつけた楽曲だった。
いい試みだと思う。
やはり、楽器が加わると、いつものユニットのサウンドが、さらに厚みを増すものだ。

山之口獏の、この短い詩を選んだのが憎い。

【参考】 山之口貘 「猫」 (http://www.akara.net/ より)
http://www.akara.net/cat.htm

アンコールにこたえて、一曲、おなじメンバーで郷子さんの持ち歌を演奏し、終演。

午後6時開演、午後8時過ぎ終演。
いつもの郷子さんのライブより早く終わり、電車とバスを乗り継いで、午後10時過ぎには帰宅できた。

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2016年3月19日 (土)

【歩】春がきた

バス停をふたつ歩いて、春のようすをスマホで撮った。

そのあと、バスに乗り、映画を観に立川へ。

撮影 2016/3/19(土) 東京都東大和市

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【遊】映画館へ足を運ぶ

気温があがり、春らしくなったが、小雨降る曇り空。

バスで立川にでて、映画を観てきた。

映画『エヴェレスト 神々の山嶺』公式サイト 岡田准一主演。世界的大ベストセラー映画化!
http://everest-movie.jp/

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夢枕獏の小説 『神々の山嶺(いただき)』 が原作。
ドラマ仕立てには期待していなかったが、ヒマラヤの映像が見たかった。

夢枕 獏 『エヴェレスト 神々の山嶺』 角川文庫

ずいぶん前に原作を読んでいたが、これを映画化するのは難しいだろうと思っていた。

今日観た映画も、山岳シーン(クライミング・シーン)に多少の嘘っぽさを感じたが、現地ロケのヒマラヤの映像には圧倒された。
まあ、観てよかったと思う。

脇役陣がよかった。
ピエール瀧が準主役で、いい演技をしていた。
エンドロールに外波山文明、林家彦いち、の名前があったが、役どころは不明。

シェルパのアン・ツェリン役は、本物のシェルパらしい。
いい顔をしていて、存在感があった。

この映画は、今年4月25日のネパール大地震の前に、現地ロケを終えていたという。
→ 映画公式サイト プロダクションノート
 http://everest-movie.jp/about/production.html

※ 蛇足だが、以前つくっていた個人サイト(ずっと更新が途絶えている)に、原作の小説『神々の山嶺』のことを書いている。

→ 晴れときどき曇りのち温泉
  http://yamaoji.web.fc2.com/
 この一冊 「夢枕獏 神々の山嶺」
  http://yamaoji.web.fc2.com/b_baku_kamigami.html


じつは、一昨日も、おなじ立川のシネコンで別の映画を観た。
このときは、家人も同行。

山田洋次監督作品『家族はつらいよ』公式サイト
http://kazoku-tsuraiyo.jp/

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こちらは、予備知識なしで観た。
さすがに山田洋次、手練の技でうまくまとめられていた。
こんな家族、よくありそうだなあ、と、身につまされた。


めったに映画館へ行かない私だが、今年は、これで3本。
くせになりそう。

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2016年3月15日 (火)

【読】「断作戦」覚え書き

古山高麗雄の『断作戦』(1982年/文藝春秋)を図書館から借りて読んでいる。

 

終盤にかかった。
単行本の残りは70ページほど。
ちょと気になった個所があったので、覚え書きとして残しておこうと思う。

先の戦争(大東亜戦争/アジア・太平洋戦争)の末期、昭和19年頃、ビルマ(現在のミャンマー)北部から中国の雲南地方に侵攻した旧日本陸軍。

騰越城でほぼ全滅した部隊の奇跡的な生き残りである二人の兵士の、戦後の回想の形をとった長篇小説だ。

主人公のひとり、落合一政の回想から(P.250-P.251)。

<咽喉もと過ぎれば熱さを忘れる、ということか。人はみんな、そうなのではないだろうか。戦争では、普通では考えられないような残虐が行なわれる。戦場でも殺し合いだけならまだしも、ナチスがユダヤ人にしたようなことを、あれほど大規模ではないが、日本もしたし、また、されもしたのである。

 帝国陸軍はシンガポールで、何千人もの市民を虐殺したし、帝国海軍はマニラで、やはり何千人もの市民を虐殺した。シンガポールでは、同市に在住する華僑の十八歳から五十歳までの男子を指定の場所に集めた。約二十万人を集めて、その中から、日本側の戦後の発表では六千人、華僑側の発表では四万人の処刑者を選んで、海岸に掘らせた穴に切ったり突いたりして殺した死体を蹴り込み、あるいはそれでは手間がかかるので、船に積んで沖に出て、数珠つなぎにしたまま海に突き落とした。抗日分子を粛清するという名目で、無愛想な者や姓名をアルファベットで書く者などを殺したのだそうである。日本軍はシンガポールでは、同市を占領した直後にそれをしたが、マニラでは玉砕寸前の守備隊が、女子供まで虐殺し、強姦もした。アメリカの発表では、殺された市民の数は八千人である。これには名目などない、狂乱の所行である。>

犠牲者の数は、南京虐殺でもそうだが、被害国側の発表数字が大きすぎる気もする。
だが、それが問題ではない。
中国大陸でも、フィリピンでも、ビルマでも、旧日本軍はそういうことをしたのである。
弁解の余地はないはずだ。

昭和20年、日本の敗戦が必至になった時期の、あの沖縄戦も、これに負けず劣らず悲惨だった。
あれは、日本軍が、味方であるはずの沖縄の人たちを見殺しにした戦闘と言えるだろう。


慰安婦についても、知るところがあった。
作者の古山高麗雄が見聞した事実であろう。

これも落合一政の回想(P.256-257)。

<あのころは、騰越城の大半が占領されて、いたるところで死闘が展開されていた。そんな城内から食料が届いた。握り飯一個とカンパン一袋とをもらった。握り飯は、慰安婦たちが弾雨の中で作ってくれたのだと聞かされて感激した。あのころはもう炊き出しなどのできる状態ではなかったのである。あれは、彼女たちが、身を死の危険にさらして握ってくれた握り飯だったのである。>

<同夜、一政たち飲馬水陣地の守兵は、城内からの脱出を援護した。十三日も雨であった。敵は照明弾を打ち上げ、東南角陣地から激しく脱出部隊に銃撃した。その弾雨を潜って、慰安婦たちも脱出した。その被害の程度はわからないが、脱出者たちは、破壊孔から躍り出ると一政たちが待機していた林の中に飛び込んで来た。慰安婦たちも軍服を着て鉄帽をかぶっていた。暗い林の中だから、人数はよくはわからなかったが、二十人か三十人ぐらいいたのではなかったか。>

こんな激しい戦闘が繰り広げられていた戦場にも従軍慰安婦がいたことに、私は衝撃を受けた。

この少し後の記述で、主人公たちが籠っていた騰越城にいた慰安婦たちがどこから来て、その後どうなったかも書かれている。

落合一政が、もうひとりの主人公である白石芳太郎と、戦場を回想する場面(P.260-261)。

<「白石さんは、騰越で慰安婦が作ってくれた握り飯のこつば、憶えとらるるかね」
 …(中略)…
 一政が、握り飯のことを言うと、芳太郎は、
 「憶えとるとも。一生、あの握り飯の味は忘れんたい」
 と言った。

 「あの慰安婦たちとは、キャンプで出会うたが、その後、どぎゃんなこつになったじゃろうかね」

 「キャンプで出会うたもんたちは、朝鮮に送り返されたわけじゃろうが、キャンプに収容される前に、雲南の山ん中で死んでしもうたもんもおろうし、戦後、病気で死んだもんもおるじゃろう。あのころ、二十ぐらいだったもんも、今はもう還暦に近い年配になっとるわけじゃ。 …(略)…」

 「慰安婦たちは、挺身隊じゃと言うて、強制連行されたというこつじゃが、ひどい目に遭うたな。今になってみれば、九月十三日の晩、城内から慰安婦たちが逃げ出して来て、一緒に連れて行ってくれち言うたが、そうしてやればよかったち思わるる。と言って、一等兵のわしにそんなこつはできまいし、あんときは捕虜になるとは考えておらんじゃったもんな……」>


古山高麗雄は、この戦闘には参加していないが、体験者への取材をたんねんに重ねて、この小説を書きあげたという。
上にあげた状況は、ほぼ事実だったと思う。

あの戦争では、いたるところで、これに似た戦闘が繰り広げられ、おびただしい数の敵味方の将兵が命を落としたのだ。
戦闘だけでなく、それ以上に、疾病や飢え、でも。

その事実から目をそらさないことだ。
そして、日本兵は勇敢だったとか、よく戦ったなどと、美化しないことだ。
(ネットを調べていると、体験者のそのような言説を目にすることがあるが……)

古山高麗雄は、軍の指導者や指揮官ばかりでなく、その頂点にいた昭和天皇にも怨嗟のまなざしを向けている。
一兵卒のまなざしである。

ほとんどの帰還兵が、戦後、沈黙を守ったのだろう。
戦場での体験を語りたくない、その気持ちもよくわかる。
だが、ほんとうのことを知りたい。

戦後生まれの私は、無数の無名兵士たちの声に耳をすますつもりで、あれこれ読んだり調べたりして、あの戦争の実態を知りたいと思い続けている。

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【雑】胃カメラ

ひさしぶりに晴れたものの、北風が強い日。

朝食抜きで立川の病院へ。
車の運転は不可とのことだったので、バスと徒歩で行った。

先日、腹部CTスキャンで食道あたりに異常があるようだ、との診断を受けていたため、胃カメラで診てもらうことになったのだ。

人生何度目かの胃カメラ。
前回は二年ほど前だったか。
ようやく、咽(むせ)ずに飲み込むコツを会得したのだったが、今日も、すこしだけ咽ただけですんなり終了。

検査後、まったく異常なし、という検査医の診断を聞き、ひと安心。
おおげさかもしれないが、命拾いしたようなきもちで帰ってきた。

バスの窓から、ハナニラの薄紫の花が咲いているのを見た。
春なのだ。

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2016年3月14日 (月)

【読】古山高麗雄 『断作戦』

このところ、古山高麗雄という作家に、はまっている。

この作家に関するブログ記事も増えたので、カテゴリーに「古山高麗雄」を追加。

きのうから、『断作戦』 という長編小説を読んでいる。
(「文學界」198年4月号~1982年7月号連載/1982年11月、文藝春秋から刊行)

『龍陵会戦』 『フーコン戦記』 と並ぶ、彼の「戦争長篇小説三部作」の最初の作品だ。

「断作戦」 などという名前は、よほどの戦記マニアか、あの戦争でビルマ(現在のミャンマー)の戦闘にかかわった人しか知らないだろう。
もちろん、私もつい最近まで知らなかった。

― Wikipedia 「断作戦」 より ―
 断作戦とはイギリス軍と中国軍の攻勢によってビルマ北部を失った後も、中国国民党への物資援助ルート(ビルマ・ルート)を遮断し続けることを目的とした日本陸軍の作戦。
 作戦案は大本営の作戦班長や支那総軍の課長参謀を歴任した辻政信陸軍大佐(辻は1944年(昭和19年)7月3日に第33軍参謀に補職)。当初はミイトキーナ線を重要視していたが、辻の案で雲南周辺に戦力を集結することに決まったのである。
 具体的には第33軍がビルマと中国国境のバーモ及びナンカンを攻撃し、中国雲南省を目指す計画であった。だが、アメリカ、イギリスはすでに空路をつかって援助物資を国民党に送り込んでいた。地上における遮断作戦はあまり意味をなさなかったが、西から進撃し続けるイギリス・インド軍と、北で反撃に転じた雲南遠征軍両方から圧迫を受けていた。そのため、目的が変わり、攻勢からビルマ北部を持久戦によって戦線を支えた。

いわゆる「援蒋ルート」を遮断する目的から、「断作戦」と名づけられたのだろうが、日本軍はほぼ全滅という悲惨な戦闘だった。

ビルマの戦闘といえば、「インパール作戦」が有名だが、ビルマ北部から中国(雲南)にかけての戦闘も忘れてはいけないだろう。


古山高麗雄は、エッセイ集 『反時代的、反教養的、反叙情的』 (2001年/KKベストセラーズ刊 ベスト新書)で、この小説について次のように書いている。

<私は、中国雲南省で全滅した騰越(とうえつ)守備隊を扱ったものを「断作戦」と題して「第一部とし、同じ雲南省の龍陵(りゅうりょう)の攻防を書いた「龍陵会戦」を第二部としたが、「断作戦」と「龍陵会戦」とは、連載を始めてから完結するまで、合わせて四年半ぐらいしかかかっていない。ところが、第三部の「フーコン戦記」を書き終えるのに、それから十三年半かかった。/私は、雲南地区の戦いには参加しているので、二部までは書きやすかったのであろう……(後略)>

<ビルマの戦い、というと、インパールばかりが大きく報じられているが、昭和十九年、日本軍はそれだけの戦力もないのに、インパールの占領を夢想し、米英支連合軍は、インパールでは日本軍の自滅を予見し、援蒋ルート確保のために、雲南、フーコンをビルマ反攻の主戦場とした。日本軍には戦力もない上に、その連合軍の意図に対応する知恵もなかった。>

 ― 上掲書 P.198-199 より ―


ところで、図書館から借りている単行本の『断作戦』は、困ったことに、表紙見返しの地図がカバーのそでに隠れて見えないのだ。
この小説には、一般的な地図には載っていない当時の地名が頻出するため、地図の全体が見えないのはつらい。


この小説について書かれたブログを発見した。
上手にまとめられている。

『断作戦』古山高麗雄 - うちゅうてきなとりで
http://the-cosmological-fort.hatenablog.com/entry/2015/05/05/065527
 うちゅうてきなとりで
 http://the-cosmological-fort.hatenablog.com/ 内

この小説、323ページのうち、ようやく三分の一まで読んだが、地名の関係が複雑でなかなか頭にはいってこないのが、ちとつらい。

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2016年3月13日 (日)

【読】読書会、図書館、新刊書店

肌寒い曇り空の一日だった。

午後、小平図書館友の会の読書会に参加。
今日の参加者は8人。
主宰者のO(オー)さんの博識ぶりを傾聴。

課題本の『文系学部解体』(室井尚 著)について、談論する。
私の関心の薄い分野だったが、人それぞれ抱いた感想がちがい、それなりに勉強になったかな、と思う。

読書会の会場へ車で向かう途中、図書館に寄って読み終えた本を返却。
その前に、近くの新刊書店で、ネット注文してあった本を受け取る。
単行本、新書あわせて4冊購入。

図書館から借りていた玉居古精宏さんの『戦争小説家 古山高麗雄伝』(平凡社)が、とてもいい本で手元に置いておきたいと思い、購入した。

『戦争小説家 古山高麗雄伝』
 玉居子精宏 (たまいこ・あきひろ)
 平凡社 2015/8/5発行 279ページ 1,800円(税別)

同じく、玉居古さんの新書も購入。

『大川周明 アジア独立の夢 ―志を継いだ青年たちの物語』
 玉居子精宏 (たまいこ・あきひろ)
 平凡社新書 651 2012/8/10発行 305ページ 880円(税別)

他に新書を二冊。
気になっていた本も購入。

 

そして、いよいよ古山高麗雄の戦争三部作の第一弾、『断作戦』を読みはじめた。
図書館から借りているこの本(1982年発行)は、多くの人に読まれた本らしく、かなり傷んでいる。
古山高麗雄の読者が多いのだろう。

読みたい本はたくさんある。
「いつも読みたい本ばかり」(渡辺一技)。

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2016年3月12日 (土)

【読】三月十日という日

3.11の前日(1945年3月10日)のことなので、東京大空襲のことは、忘れられがちだ。

もちろん、あの空襲を体験した人たち、その遺族、年配の戦争体験者には忘れられない日だ。
今年も、この日の新聞、テレビ、ラジオなどで特集があった。


先日、図書館の新着図書コーナーでみつけて借りてきた本を、読んでいる。

和賀正樹 『これが「帝国日本」の戦争だ』
 現代書館 2015/11/30発行 127ページ 1,200円(税別)

戦禍のショッキングな写真満載だが、いろいろ新しい発見があった。

東京大空襲のあとの、たくさんの黒焦げ焼死体の写真も、掲載されている。
撮影者は石川光陽とのキャプションがある。

当時、報道機関などによる写真撮影は禁じられていて、新聞にも正確な被災状況は発表されていない。
石川光陽は、撮影を許可(命令)された数少ない人だった。

石川光陽とは――
1904-1989 昭和時代の写真家。
明治37年7月5日生まれ。東京九段下の蜂谷写真館で修業。昭和2年警察官となり,6年から警視庁警務部企画課に勤務し,雑誌「自警」に管内のスナップ写真を連載。17年から空襲による被害を撮影しつづけ,「東京大空襲の全記録」をのこした。平成元年12月26日死去。85歳。福井県出身。本名は武雄。写真集に「痛恨の昭和」など。

 ― デジタル版 日本人名大辞典+Plusより ―

地元の図書館に、この人の著作があったので、そのうちの一冊を借りてみようと思う。

石川光陽 『グラフィック・レポート 痛恨の昭和』
 岩波書店 1988年発行

<カメラと日記で綴る歴史の証言。「皇軍の赴くところ敵なし、大日本帝国が大東亜に君臨する日も間近かである。警視庁のやっている防空演習は、失礼ながらまことに無駄なことと申し上げたい…」太平洋戦争に突入して戦局の良かったころ、陸軍報道部の将校が警視庁を訪れて講演をした。この速記録を警視庁のカメラマンだった石川光陽さんは、いまでも怒りを込めて保存している。> ― Amazon ―


今読んでいる 『これが「帝国日本」の戦争だ』 には、私が知らなかったり誤認していたことが、他にもあった。

東京大空襲の八日後(3月18日)に、天皇(当時の昭和天皇)が被災地を視察したという。

<中世から<聖なる天皇>は、死や地や産などの穢れからもっとも遠いところに存在してきた。/臨戦下とはいえ、腐乱死体、焼死体を「玉体」である陛下の視界に入れてよいものか。/視察の内定以来、夜を日に継ぎ、順路の死体の処理清掃を急いだ。(中略) 空き地、寺院、グラウンドに陸軍が大きな穴を堀り、身元不明の遺体を百単位で投げ込み、合葬していく。……> (本書 P.98 「ご巡幸」・・・天皇は焼死体を見たか)

天皇は、わずか一時間、車で「ご巡幸」しただけだったという。
とうぜん、焼死体など目にしなかったことだろう。

もうひとつ。
これは、敗戦直前の空襲、原爆投下にまつわる話。

京都が原爆投下の第一候補だったことを、迂闊にも私は知らなかった。
アメリカが、はじめから、文化遺産の多い京都の空襲を除外していた、という通説は間違っているようだ。
スチムソン陸軍長官が京都への投下に強く反対した結果、京都が除外されたということはあったようだが……このあたり、ネット情報はまちまちで、何を信用していいのか、まだわからない。

いずれにしても、少なくとも当初は、京都、広島、横浜、小倉などが原爆投下の候補地だったらしい。

「あの戦争」について、まだまだ勉強し、調べなければ、と思う。

それにしても――
あの戦争での米軍の冷酷さ(日本本土への無差別空爆、原爆投下、沖縄戦)は、なんとしたものか。
これに対して、日本人が戦後、米国を強く非難してこなかったのは、なぜだろう。

よくよく考えなければいけない。

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2016年3月11日 (金)

【震】あの日も肌寒かった

日中、薄日が射したものの、気温があがらず小雨の一日。

5年前のあの日。
錦糸町の職場で大地震に遭遇し、社員全員が近くの公園に避難した。
肌寒い曇り空だった。
ときおり電線が大きく揺れるのを見ていた。

深夜、なんとか帰宅して、翌日(土曜日で会社は休みだった)、ブログに体験を書いている。

2011年3月12日(土)
【震】恐ろしい地震体験: やまおじさんの流されゆく日々
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-5cfd.html

その日(3/12)の朝刊の写真も掲載している。

201103120001

あの後、計画停電という名の無計画な停電が続いたっけ。

2011年3月16日(水)
【震】はじめての停電: やまおじさんの流されゆく日々
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-f43e.html

201103160002

5年たっても、あの体験は忘れられない。

「あの日を忘れない(忘れるな)」 と言われなくても、忘れようがない。

地震の恐怖、この先いつ起きるかわからないという不安も、まだ消えない。

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2016年3月10日 (木)

【読】古山高麗雄が、いい

作家との出会いというのも、おもしろいもので。

たまたま別の本を読んでいて知った、古山高麗雄という作家。
名前だけは知っていたが、読んだことがなかった。

古山は大正9年(1920年)生まれというから、私の父(すでに故人)よりも少しだけ年長。
父は、師範学校在学中に召集された。
繰上げ卒業だったらしい。
海軍少尉の階級で、飛行機に乗ることもなく敗戦を迎えた。

わずかな年齢の差が、古山高麗雄と私の父の運命を分けた。
そう思うと感慨ひとしおだ。

父から戦争の話を聞くこともなく、36年前に54歳で早逝してしまった。
そうか、生きていれば90歳になっていたのだ。
いま思えば、父からはもっといろいろ聞いてみたかった。


何冊か古山高麗雄の本を読んだあと、こんな評伝が出版されていることを知り、図書館から借りてきた。

『戦争小説家 古山高麗雄伝』
 玉居子精宏 (たまいこ・あきひろ)
 平凡社 2015/8/5発行 279ページ 1,800円(税別)

― e-honサイトより ―
[要旨]
安岡章太郎ら「悪い仲間」との出会い、戦う気もない兵隊として過ごした戦争、鬱屈した編集者時代、そして旧友との別れ―「人生、しょせん運不運」と嘯いた作家の生涯。
[目次]
第1章 「悪い仲間」たち
第2章 「兵隊蟻」の戦争
第3章 「万年一等兵」の下積み
第4章 「悪い仲間」との決別
第5章 「戦争三部作」への執念
第6章 文士の“戦死”
終章 落葉、風を恨まず

表紙は、兵隊時代の古山高麗雄だろう。

これから読みはじめるところだが、本文より先に「あとがき」をちらっと読んでみた。
古山高麗雄という作家の魅力が、うまくまとめられていて、「そうだ、そうだ」と膝を打った。

少し長いが、あとがきから引用してみる。

<開き直りと切実さを感じさせる言葉の連なり。古山高麗雄の作品を読むと、そんなことを感じる。例えばデビュー作「墓地で」の中で、上官に「役に立たない兵隊」と罵られる「私」がこう思う――。

彼らが、八紘だの玉砕だのと翼賛語を使ったら、私は嘲笑することにしていたのだった。なにがギョクだ。大君のへにこそ死なめ。なにが、へにこそ、だと思う。私には思う自由、というものがある。これだけは、誰も束縛することができない。

 「思う自由」あるいは「思うだけの自由」。それは圧倒的に自由に見える戦後を生きる私にとってたとえようもなく重いものに思える。
 私は古山の言葉に新鮮さを覚えながら、作品を読んできた。それまでに読んだ「戦争文学」に感じていた深刻さをあまり感じないのが不思議でもあった。
 古山が戦場で無数の死に接したことを思えば、開き直りと切実な思いを抱えて戦後を生き、書いたことは当然だろうと思う。(後略)>
  ― 本書 P.273 ―

著者は1976年生まれのノンフィクションライター。
若い!

楽しみな本である。

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【歩】図書館に足を運ぶ

曇り空。
きのうより少しだけ暖かいものの、最高気温8ほどで肌寒い。

車で買い物と図書館へ。
市内の図書館へ行き、借りていた本を返却。

新着コーナーに、興味深い本があったので借りてきた。
私の知らなかった本だ(2015年11月発行)。

やはり、図書館には足を運ぶべきだと、あらためて思った。

買い物の帰りに隣りの市の図書館にも行き、予約しておいた古山高麗雄の評伝を借りてきた。

20160310_books

書影をブログに掲載することが、著作権の点からどうなのかわからないが、上の二冊。

 


車を走らせている途中、ハクモクレンの開花しているのをみかけた。

駐車場に車をとめてから住棟のまわりをみると、ユキヤナギ、ジンチョウゲ、ハクモクレンが開きはじめていた。

肌寒い曇り空だが、少しだけ春を感じる。

撮影 2016/3/10 東京都東大和市

20160310105845

20160310105901

20160310105931

20160310110053

さて、これから車で小平へ。

小平図書館友の会の定例役員会に出席する。

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2016年3月 9日 (水)

【雑】春がすぐ近くまで

今日は一日、雨。
暖かかったり寒くなったり、この時期の天気はめまぐるしく変わる。

Weatherreport_20160309_1

Weatherreport_20160309_2

家人の話だと、雪柳の白い花が開きはじめているという。
ここ数日、私は車で出歩くことが多く、近隣の春の兆しを見ていない。

白木蓮の蕾がふくらんでいる。
河津桜が咲くのも近いのだろう。
この近くの空堀川の岸に、河津桜の並木があるのだ。

去年の今頃、3月17日のブログ記事を見て、期待が高まる。

2015年3月17日 (火)
【歩】春の陽気にさそわれて: やまおじさんの流されゆく日々
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-dfd8.html

【写真 2015/3/17】 空堀川 (東京都東村山市)201503170007

そういえば、このところ写真を撮っていない。

明日もあさっても天気が悪そうだが、来週中ごろ、春らしい陽気になりそうなので、近所を歩いてみよう。

今日は、まる一日、仕事で外出。
明日は午後から小平で会議の予定。

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2016年3月 2日 (水)

【読】あっというまに三月

二月は逃げる、と、今はもういない祖母がよく言っていたという。
亡くなった母から聞いた話だ。

三月も二日目、今日は晴れておだやかな天気だった。
花粉が飛びかっているようで、青空駐車場に置いている車が、黄色い埃にまみれている。

午前中、二時間ほど、ちょっとした仕事。
午後は、自宅で資料作りやら下調べやら。

新聞も本も読まない一日だった。

今月は、なんとなく予定がたてこんでいる。

月末には、毎年恒例の小平図書館友の会のチャリティ古本市。

2016年 第18回 チャリティ古本市 開催案内: 小平図書館友の会ブログ
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/kltomonokai/2016/02/2016-18-24eb.html

2016huruhonichi

中旬の日曜日(3/13)は、やはり小平図書館友の会の、二か月に一度の読書会。
テキスト(課題本)は200ページほどの新書なのだが、そろそろ読んでおかなくては。

読書サークル・小平 2016年3月開催案内: 小平図書館友の会ブログ
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/kltomonokai/2016/02/20163-46d3.html

図書館から借りている古山高麗雄の長編小説など数冊には、なかなかとりかかれない。


今夜は、なでしこジャパンのアジア最終予選(リオデジャネイロオリンピック2016)第二戦(対韓国戦)。
初戦(対オーストラリア)は、まったくいいところがなく、3対1の大敗だっただけに、今日の試合の行方が気になる。

明日は、ひなまつり。
わが家でも、ちいさな瀬戸物の内裏雛を飾っている。

20160226110633

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