【読】沢木耕太郎『天路の旅人』を読む
自分で買わず、図書館に予約しておいた本。
発売から半年たって、ようやく読むことができた。
三日間、家と乗り物のなかで集中して読み切った。
以下は、所属する図書館友の会の「交流紙」向け原稿(初稿)に手を入れたもの。
交流紙に掲載してもらう原稿は、もっと短くした。
沢木耕太郎『天路の旅人』
新潮社 2022年10月27日発行
574ページ 2,640円(税込)
第74回 読売文学賞 随筆・紀行賞受賞
発売直後に読んだという友人の紹介で知り、図書館の10人を超す予約待ち「行列」に並んで待つこと4か月。
ようやく読むことができた。
沢木耕太郎の9年ぶりの長編ノンフィクション。
概要を新潮社のサイトから引用。
<第二次大戦末期、敵国の中国大陸の奥深くまで「密偵」として潜入した若者・西川一三。敗戦後もラマ僧に扮したまま、幾度も死線をさまよいながらも、未知なる世界への歩みを止められなかった。その果てしない旅と人生を、彼の著作と一年間の徹底的なインタビューをもとに描き出す。著者史上最長にして、新たな「旅文学」の金字塔。>
この西川一三という人がじつに魅力的。
「こんなにすごい人がいたのか!」と、深い感銘を受けた。
1943年、25歳でモンゴル(蒙古)の「興亜義塾」を卒業。
「密偵」としてラマ僧に扮し、ラクダを引いて中国の奥地へ。
さらに鎖国中だったチベット(西蔵)に潜入、ブータン、ネパール、ヒマラヤ山脈の高地を超えてインドまで――これが彼のおおまかな足跡。
ヒマラヤの峠(標高4500メートルほどだったらしい)を超えて、インド~チベット間を何度も往復している。
蒙古を発ってから帰国までの8年にも及ぶ「旅」は、常人にはとうてい真似のできない過酷なもの。
チベットで日本の敗戦を聞き、インドでそれが本当だったと知るが、その後5年の「旅」が、またすごい。
敗戦を知るまでの「密偵」としての旅もさることながら、敗戦後、ラマ教の僧院に滞在して下働きをしたり、インドでは鉄道建設隊で苦力頭として働いたりと、行く先々で現地の人々の中に入りこみ、言葉を覚え、最も下層の生活に身を浸す姿が立派で、沢木さんが言うように「かっこいい」のだ。
1950年に帰国(強制送還に近い)、GHQの取り調べを受ける。
その後、コツコツと自らの体験を書き綴り(なんと原稿用紙3000枚超)、『秘境西域八年の潜行』(芙蓉書房/上・下・別巻/1972年)として不完全ながら出版され、一時、有名になった。
この著作は、その後、再編集され中公文庫から3巻で出版されている(1990年)。
地元の図書館にもあったが、沢木さんの著作の影響か、貸出中。
この原稿を清書してくれた女性と縁があって結婚、盛岡に移住。
2008年に89歳で亡くなったが、病を得る85歳まで、盛岡で、ひっそりと、淡々と、理美容材卸業を営み、元旦以外は休まず働き続けたという。
その生き方にも好感が持てる。
沢木さんは一年かけて盛岡まで何度も足を運び、仕事を終えた彼と酒を酌み交わしながら取材を続けたそうだ。
本書冒頭に取材の経緯が書かれている。
また、出版後のインタビューで次のようにも語っている(要約)。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73471 より(記事4ページ目)
<西川一三のドラマチックな「旅」と帰国後の何もなさ過ぎる日々との落差。その落差を生み出すキーになるのは、彼が「自己認証」を必要としなかった人だったからではないか。周りからすごい人間だと思われたいという欲求をほとんど持っていなかった。まるでラマ僧の修行のような生活。日々の同じことの繰り返しがそんなに嫌いではなかったんじゃないか。その点で『凍』(沢木作品)の主人公・山野井泰史と共通するものがある。山野井もクライマーとしてすごいことをやりながら、基本的に目立つことを好まずひっそり生きている人。自分の能力や生き方をみんなにアピールしようとは思っていない。自分が好きな山や崖に登れればそれでいいと。>
【もう一冊】
江本嘉伸 『新編 西蔵漂泊 チベットに潜入した十人の日本人』
(山と渓谷社 ヤマケイ文庫/2017年)
沢木さんの本でも参照されている。川口慧海をはじめとする明治から大正、太平洋戦争前後にかけてチベットに潜入した十人の日本人を追うノンフィクション。この中に西川一三や、同じような境涯を送った木村肥佐生(西川とも行動を共にしたが、帰国後は大学教授を勤めたりして対照的な後半生を送った)も登場。
【2023/4/16追記】
新潮社の「波」という広報誌(というのだろうか、書店で無料配布している月刊の冊子)に、沢木さんの「刊行記念特別エッセイ 空と天」が掲載されている。
図書館から借りて読んでみたが、その内容がネット記事にそのまま掲載されていた。
「天路の旅人」という書名を選んだ経緯が書かれていて、興味深い。
沢木耕太郎 『天路の旅人』 | 新潮社
→ インタビュー/対談/エッセイ 空と天
https://www.shinchosha.co.jp/book/327523/
<去年の秋のことだった。
夕方、神楽坂で人と会う約束があり、少し時間に余裕があったので、飯田橋駅に近い書店に立ち寄った。
(中略)
この日は、久しぶりだったが、やはり、特に何か本を買おうというより、時間を潰すことが目的という、書店にはあまりありがたくない客だったかもしれない。
かつてと同じく正面から入ると、のんびり右側の奥に位置する文芸書の新刊のある棚に向かった。
だが、平台に並んでいる本に眼を落としながら歩いていた私は、あるところで、思わず「あっ!」と声を出しそうになるほど驚いて、足を留めた。
そこには『天路』というタイトルの本が置かれていたのだ。
(以下、略)>
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