カテゴリー「知里幸恵・真志保」の18件の記事

2011年6月12日 (日)

【読】道新ウェブサイト記事

きのう書いた「アイヌ民族の津波伝承」の記事が掲載されているかと思って、探してみた北海道新聞(道新)のウェブサイト。

 Doshin web どうしんウェブ:北海道新聞の速報ニュース
  http://www.hokkaido-np.co.jp/

あいにく、この記事はみつからなかったが、別の興味ぶかい記事をみつけた。
サイト内検索を使い、「アイヌ」で検索した結果である。

 知里幸恵、教科書に復活 登別-北海道新聞[道央]
  http://www.hokkaido-np.co.jp/news/chiiki/295318.html

<【登別】教科書出版の教育出版(東京)が、来年度から使われる中学1年の国語の教科書に、登別出身で「アイヌ神謡集」の著者知里幸恵(1903~22年)の伝記を、11年ぶりに復活させる。地元からは「幸恵の生涯を全国に発信できる」と喜びの声が上がっている。>

<内容は前回掲載時と変わらず、B5判で10ページ。尋常小学校時代、成績優秀で低学年の勉強の相談相手になっていたことや、言語学者金田一京助との出会いと交流などを分かりやすく紹介している。>

<歴史の副読本などで取り上げられることは従来もあったが、国語で幸恵の生涯を詳しく解説しているのは同社の教科書だけのため、「知里幸恵 銀のしずく記念館」(登別本町)の横山むつみ館長は「若い世代の人たちに幸恵さんのことが浸透していくきっかけになる。再掲載は大変うれしい」と話している。>


私が愛読する藤本英夫さんの著作、『銀のしずく降る降るまわりに―知里幸恵の生涯』 が、中学校の国語教科書に使われるという。
うれしいニュースだ。

いい本なので、知里幸恵に関心のある方へおすすめしたい。

もちろん、知里幸恵さんの 『アイヌ神謡集』 は、いまや古典的な名著。
藤本英夫さんの著作には、他にも、知里真志保さんの評伝 『知里真志保の生涯―アイヌ学復権の闘い』、幸恵さんのもう一冊の評伝 『知里幸恵―十七歳のウエペケレ』 といういい本がある。

   

手前味噌だが、私のウェブサイトに、これらの本を紹介したことがある。

晴れときどき曇りのち温泉 > 資料蔵 > アイヌ資料編 > 資料蔵(アイヌ資料 3)
 > 知里幸恵と知里真志保  ― 藤本英夫による四冊の評伝 ―
 http://yamaoji-hp.web.infoseek.co.jp/k_ainu3.html

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2009年8月21日 (金)

【読】暑い夏の読書

毎日暑くて、本もなかなか読めない。
お盆休みのあいだ電車もすいていて、国分寺駅からいきなり座れたりして良かったのだけれど、本を読みはじめてもすぐに眠くなってしまう。
困ったものだ。
こうなると、早く涼しくなってほしいと思う。
勝手なものだ。


ボリュームがあって読むのに一週間かかったが、いい本だった。

Chikappu_moritodaichi『森と大地の言い伝え』
 チカップ美恵子 編著  北海道新聞社
 2005/3/3 初版発行  333ページ
 1800円(税別)

第一部 森に宿る言霊(ことだま)
チカップさんの伯父(母の長兄)にあたる、山本多助さんの『釧路アイヌの昔話と伝説』(第一巻、第二巻)から。
第二部 故郷の記憶
チカップさんの母親、伊賀ふでさんが晩年に執筆した子どもの頃の体験記。

気負わず、淡々と語られる昭和の頃のアイヌの人たちの暮らしぶり。
文章も嫌味がなく、読みやすかった。
以下、目次から章題。

はじめに(チカップ美恵子) 伯父・山本多助の思い出
第一部 釧路アイヌの系図と伝説/釧路川とカムイ・ト(神の湖)/釧路地方のアイヌ遺跡/アイヌ民族の流儀/樺太を旅して
第二部 祖母の思い出/母と歩いた道のり/兄たちとともに/兄・多三郎の葬儀
あとがきにかえて(チカップ美恵子) 心に残る旅探し

巻末に、「山本家先祖の名称と20代目からの系図」が掲載されている。
文字をもたなかったアイヌの人々は、口承で先祖の系図を伝えてきたという。
山本多助・ふで兄妹の代から四代までさかのぼって詳しく書かれた系図に驚く。


アイヌ民族の口承文芸のすばらしさを、もう一冊の本で味わっている。
これは、今日から読みはじめた。
長いあいだ、私の本棚にあったもの。

Yamamoto_tasuke_yukar_3『カムイ・ユーカラ アイヌ・ラックル伝』
 山本多助 著  平凡社ライブラリー
 1993/11/15 初版第1刷 2004/4/26 初版第7刷

山本多助さんが子どもの頃から慣れ親しんだユーカラ 十六篇(日本語訳)がまとめられている。
多助さんも、アイヌの文化遺産を後世に伝えようと努めた人である。

<アイヌ民族は自然の子です。/むかしのアイヌ民族は、狩猟民族として、自然の恵みに感謝しながら、そのおきてに従って、自由に生きていました。>

あとがき(おわりに)の冒頭に記されたこの言葉は、知里幸恵さんの『アイヌ神謡集』序文を思いおこさせる。

巻末、藤村久和さんの「解説――アイヌの語り」がためになる。

<アイヌの人々が伝承してきたものは、その内容も然ることながら、節つきの語り口調か、節なしの口調で演ずるかで物語全体の形式の位置づけが明確になることとなる。節をつけて英雄の一代記を語ったとすれば、それはユーカ、地域によってはハウキ・サコペなどと位置づけるのに、節をつけずに話し口調となれば、ウウェペケレ、イルパイェ、トゥイタ、イソイタッキなどということになるだけでなく、……>

ほんらい、アイヌの口承文芸は耳で聴くものなのだな。
文字にすると抜け落ちてしまうものが、たしかにある。
それは、人の息吹と呼べばいいのか。
魂、言霊(ことだま)と言ってもいい。

(左) 『アイヌ神謡集』 知里幸恵 岩波文庫
(右) CD 『「アイヌ神謡集」をうたう』 片山龍峯(復元)/中本ムツ子(謡) 草風館
 このCDはすばらしい。
 知里幸恵さんが文字で残したユカラを、ほんらいの謡(うたい)に復元しようとした試み。

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2008年10月18日 (土)

【読】知里幸恵をめぐる四冊

テレビ番組の影響は、すごいものだと思った。
一昨日の夜(2008/10/15)、NHK総合テレビ 「その時歴史が動いた」 という番組で、知里幸恵が紹介された。
私も、番組のことを教えていただいて、ビデオにも録り、放送もみた。

Asahi_shinbun_20081016ためしに、ネット検索で 「知里幸恵」 を探してみると、この番組に関する記事がたくさんヒットした。
私のこのブログでも、たちまち検索フレーズランキングの第一位(ここ一週間の集計、10/17現在)になっている。

このブログの別の記事のコメントに書いたことだが、私は、この番組をそれほどいいとは思わなかった。

理由はいろいろあるが、ドラマ仕立ての番組のつくり(それがこの番組のコンセプトのようだが)に、違和感をおぼえたのが一番の理由。

番組に登場した知里幸恵役、金田一京助役の俳優の演技が、私の中のイメージと大きくちがうし、いかにも芝居がかっていたのが、とてもひっかかった。

ただし、貴重な映像(知里幸恵の肉筆ノート)もあったし、幸恵さんの縁続きになる横山むつみさん(旧姓:知里むつみさん)も登場して、それはそれで収穫だったのだが。


知里幸恵さんのことを私が知ったのは、それほど古いことではない。
有名な 『アイヌ神謡集』 (現在でも岩波文庫で販売されている) のことは知っていたのだが、読んでみようという気にはならなかった。
私には遠い世界で、縁がなかったのだ。

Ainu_shinyouそれが、ある時期、何かのきっかけでアイヌの人たちのこと(歴史、風俗、文化、生き方)に関心が向いてから、さまざまな本を夢中になって読んだり、調べたりした。

このあたりの事情は、手前味噌になるが、私のウェッブサイトに三年ほど前に書いた。
「晴れときどき曇りのち温泉」 ― 資料蔵(アイヌ資料編)
 http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/k_ainu.html
 http://yamaoji.web.fc2.com/k_ainu.html

ウェッブサイトで、私が感銘をうけた本を何冊か紹介しているが、それをここに載せておこうと思う。
検索でこのブログに来られた方々へ、情報提供したい気持ちからだ。


以下、いずれも、藤本英夫さんという人の著書。

藤本英夫 (ふじもと・ひでお)
1927年 北海道天塩町生。 北海道大学卒。
静内高校、札幌星園高校、北海道教育委員会、北海道埋蔵文化財センターを経て、現在、北海道文化財研究所に勤務。
日本民族学会会員、日本口承文芸学会会員、主著に 「アイヌの墓」(日経新書)、「銀のしずく降る降る」「知里真志保の生涯」(新潮選書)、「北の墓」(学生社)、「アイヌの国から」(草風館)、「じゅうたんの上の馬」(北海道新聞社)ほか。
― 新潮選書 『金田一京助』 藤本英夫 (1991年) の著者略歴より ―

※藤本氏は、2005年暮れに故人になられたようだ。


Fujimoto_ginnoshizuku_2『銀のしずく降る降るまわりに』
 ― 知里幸恵の生涯 ―
藤本英夫 著  草風館 1991年 2000円(税別)
※ 基版は新潮選書 1973年刊

草風館のサイトより (この本の紹介)
http://www.sofukan.co.jp/books/75.html

知里幸恵さんのことを深く知りたい方に、おすすすめ。



Fujimoto_uepeker_2『知里幸恵 十七歳のウエペケレ』
藤本英夫 著  草風館 2002年 2500円(税別)

草風館のサイトより (この本の紹介)
http://www.sofukan.co.jp/books/128.html

上の本の続編といえる。
知里幸恵については、必要以上に美化したり、まちがった像(イメージ)が伝えられているように思う。

著者の藤本氏も、あとがきでこう書いている。
<(前略) 私が、もう一度、彼女の生涯に挑戦したくなったのは、そのような彼女に対する誤伝、誤った理解を正しておきたかったことと、私自身にもあった、知里幸恵理解の不足を整理したからだった。>


Fujimoto_chiri_mashiho『知里真志保の生涯』
 ― アイヌ学復権の闘い ―
藤本英夫 著  草風館 1994年 2200円(税別)
※ 基版は新潮選書 1982年刊

草風館のサイトより (この本の紹介)
http://www.sofukan.co.jp/books/68.html

知里幸恵の末弟で、アイヌ語学者の知里真志保の伝記。
この人も、差別のなかで、強烈な人生をおくった。
金田一京助の援助で一高(旧制第一高等学校)から東京大学にすすんだが、金田一博士との確執もあったようだ。


Fujimoto_kindaichi『金田一京助』
藤本英夫 著  新潮選書 1991年 971円(税別)

※ 絶版

e-honのサイトより
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000018478003&Action_id=121&Sza_id=F4   

金田一京助の伝記だが、知里幸恵・真志保姉弟との関わりについても、もちろん触れている。
著者は、金田一京助を評して、「これほど天衣無縫で無防備な人はいないのでは」 という。



知里幸恵 『アイヌ神謡集』 に文字として記録されたカムイユカラは、彼女が伯母(金成マツ)や祖母(モナシノウク)など、身のまわりの人たちから伝承したものであったはず。
そのカムイユカラ(神謡)を、いわばオリジナルの姿(謡い)に復元したCDがある。

「アイヌ神謡集」 をうたう
 うた:中本ムツ子  復元:片山龍峯
 草風館 3枚組CD 2003年 3000円(税別)

上にあげたNHKのテレビ番組 「その時歴史が動いた」 で使われていた音源がこれ。

Kamuy_yukar_utau01_2Kamuy_yukar_utau02










【おすすめサイト記事】
美瑛町360日 http://www.biei.info/blog/
「知里幸恵」
http://www.biei.info/blog/?p=390
   

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2008年6月 5日 (木)

【読】ク スクップ オルシペ

アイヌ語の発音にできるだけ近いカナ表記では、ク スク オルペ。
本の表題もこれに近い。

萱野茂 『アイヌ語辞典』 によると、ku(私) sukup(成長する、育つ、若い) or-us-pe(噂話) というほどの意味らしい。

「私の一代の話」 という日本語の副題がついている。

Sunazawa_kura砂沢クラ 『ク スクッ オルシペ 私の一代の話』
 福武文庫 1990.2.20  365ページ
 (親本 1983.10 北海道新聞社)

砂沢クラさん(明治30年/1897~平成3年/1990)が、87歳のときに、それまで二冊のノートに書きためてあった文章が北海道新聞に連載され、その後、本になったもの。

今日から読みはじめた。
一話一話がほどよい長さで、読みやすい。
クラさんの描いたたくさんの挿絵も、親しみやすくて、いい。
明治末の北海道のアイヌの人々の生活ぶりがよくわかって、私には、ひとつひとつのエピソードがとても興味深い。

この本の中に 「知里幸恵さんのこと」 という文章がある。
知里幸恵さんは、クラさんより五つ、六つ年少で、「小柄でしたが、お父さんの高吉さんに似て、とてもかわいい顔をしていました。 頭がよく勉強家で、本をたくさん持っていて、小説を読むのが上手」 だったという。

当時、知里幸恵さんは、伯母の金成マツさんの養女として、旭川(近文)で暮らしていた。
のちに、幸恵さんの弟の真志保さんも、同居することになる。

「真志保さんにアイヌ語を教える」 という文章もある。
そういった興味ぶかいはなしが、この本にはぎっしりつまっていて、先が楽しみだ。

ちなみに、絶版。
私はネット販売で古本を購入した。

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2008年6月 4日 (水)

【読】読了

このごろ、本を読む速度がでないので、一週間以上かかってようやく読了。

Kitamichi_ainugo_chimei北道邦彦 著 『アイヌ語地名で旅する北海道』
 朝日新書 103  2008.3.20

いつか、北海道をゆっくり旅すること日が来たなら、その時は、この本と地図を片手にまわろうと思う。
新書サイズながら、驚くほど中身は濃い。
アイヌ語地名研究者は数多いが、知里真志保や山田秀三らの業績を引き継いで、綿密な考察を続ける、この本の著者はすごいと思う。
この人が編集した知里幸恵さんの遺稿が手もとにあるので、いつか読んでみたい。
(ずいぶん前に書店でみつけて、衝動的に買ったものだ)

さて、明日からどんな本を読もうかな。

(左から)
『注解 アイヌ神謡集』
 知里幸惠 著訳 / 北道邦彦 編注
『知里幸惠の神謡 ケソラの神・丹頂鶴の神』
 北道邦彦 編訳
『知里幸惠の ウウェペケ(昔話)』
 知里幸惠 著訳 / 北道邦彦 編注・補訳
いずれも、北海道出版企画センター

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2008年5月21日 (水)

【読】「アイヌ歳時記」再読

瀬川拓郎さんの 『アイヌの歴史 海と宝のノマド』 (講談社選書メチエ) をようやく読みおえた。

Segawa_ainu_rekishiこれは、ほんとうにいい本だと思った。
新聞書評で、本の題名 「アイヌの歴史」 というのがよろしくない、というものがあったが、副題 「海と宝のノマド」 がいい。
エキゾチックな響きがある。

著者は、あとがきの中で、知里真志保のつぎのことばを引用している。

<従来アイヌ及びアイヌ文化は、時代による変遷と地方による差異とを無視して、あまりにも単純に考えられすぎていた嫌いがあります。……アイヌ及びアイヌ文化の内容が今まで考えられていたよりも遥かに複雑であり、抱負であり……そこから北海道の先史時代の人と生活を明らかにする鍵をいくらでも掴み出してくることができるのだという印象を皆さんに持っていただくことができましたなら、私の目的は達せられたのであります。>
(知里真志保 「ユーカラの人々とその生活」)

そして、こういうことばでこの本をしめくくっている。

<単一民族・単一文化という同一化の「虚構」が圧倒的な力で支配するなか、勇気をもって差異という「本質」を誇り高く生きてゆこうとする人びと。 だが、それは叶えられているか。 私たちが考えなければならないのは、このことだろう。>
(『アイヌの歴史 海と宝のノマド』 あとがきより)

ところで、私の友人で北海道旭川市に住む「玄柊」さんが、ごじぶんのサイトに、旭川アイヌの墓標の写真を掲載していた。
ひさしぶりに、萱野茂さんの本を開き、イラストで男女の墓標のちがいを確認。
そして、この本を、通勤の友としてそのまま鞄にいれて持ち歩き、読みはじめた。
何年か前に読んだきりだが、けっこう内容をおぼえている。

ここ数年のあいだに私のアイヌ理解もそれなりに深まっているので、今回の再読では、これまで気づかなかったこともわかって、興味ぶかいものがある。

Ainu_saijiki萱野茂 (かやの しげる)
 『アイヌ歳時記 二風谷のくらしと心』
 平凡社新書 2000.8.21 700円(税別)

― 目次 ―
序章 二風谷に生まれて/第一章 四季のくらし/第二章 神々とともに生きて/第三章 動物たちとアイヌ/第四章 生きることと死ぬこと/第五章 アイヌの心をつづる/あとがき

イラスト、写真も多く、萱野さんの文章もごく自然体で、とてもいい本だ。
アイヌ文化・生活・歴史の入門書としても、おすすめ。
萱野さんご自身の体験に根ざす、さまざまなエピソードが語られている。

【参考サイト】
平凡社 http://www.heibonsha.co.jp/
 → 全点検索 →「アイヌ歳時記」で検索

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2008年5月12日 (月)

【読】海と宝のノマド(続)

瀬川拓郎 著 『アイヌの歴史 海と宝のノマド』 (講談社選書メチエ) を読みはじめた。

これがとても面白い。
視野がぐんとひろがる本だ。

「第二章 格差社会の誕生――宝と不平等」 に、有名な知里幸恵の 『アイヌ神謡集』 の序文が引用されている。

<その昔この広い北海道は、私たちの先祖の自由な天地でありました。 天真爛漫な稚児の様に、美しい大自然に抱擁されてのんびりと生活していた彼等は、真に自然の寵児、なんという幸福な人たちであったでしょう。 ……>

とても美しい文章だが、現実のアイヌ社会は早い時期から社会内部に 「格差」 があり、富める者と貧しい者が厳然と存在していた。

『アイヌ神謡集』 の第一話 「銀の滴降る降るまわりに」 は、<かつては有数の宝もちで、人間的な徳もありながら、いまは落ちぶれ、貧乏ゆえに村中から差別と迫害を受けている人物が、村の守護神であるフクロウの神から宝を与えられ、その宝をもとに首長になる話> である。

著者の瀬川氏は、こう言う。

<この話では、アイヌ社会の二つの現実が示されている。/ひとつは、神からのほどこしがなければ、貧乏人はついに貧乏人で終わるしかないという現実であり、もうひとつは、宝さえあれば首長になることもできるという現実だ。/前者は、強く固定化した階層化社会の現実、そして後者は、「成功」のチャンスは誰にでも開かれているという、競合の自由が平等の理念となっている、まるで現代のどこかの国のような現実といえるだろう。>

<アイヌ語では貧乏人のことを 「ウェン・クル」 という。 「ウェン」 は悪い、「クル」 は人という意味だ。 悪人と貧乏人は同義なのだ。>

<フクロウの神は、なぜ村人全員から宝を奪いとることで皆を平等にしなかったのか。 あるいはなぜ皆が同じだけ所有するように宝を再配分しなかったのか。 そうしなかったのは、格差社会が当然のものとして皆に受け入れられていたからだろう。>


興味深い論考であり、考古学の成果をベースにしているだけあって説得力がある。

しかし、だからといって、知里幸恵が残した 『アイヌ神謡集』 の価値は、いささかも損なわれない。

著者は、こうも言う。
<大自然に抱擁された稚児、歌い暮らす天真爛漫な日々――私たちは、自然と一体になったアイヌの姿に、みずからの幸福な幼年期を重ねあわせるのだろう。 多感な少女であった幸恵にとってもまた、あるべきアイヌの姿は、「文明」 という汚れた大人になることを拒否した 「自然」 の側にある幼年期としてのアイヌだったにちがいない。>

(引用部分はすべて、本書第二章 P.54~56)


Segawa_ainu_rekishiAinu_shinyou 

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2008年5月 5日 (月)

【読】この本はすごい

きのう、このブログで紹介したばかりだが、この本はすごい。

Kitamichi_ainugo_chimei北道邦彦 著 『アイヌ語地名で旅する北海道』
 朝日新書 103  2008.3.30発行 740円(税別)

ネットで検索してみたが、この本や著者について、記事がすくない。
そこで、本書の前書き(はじめに)から、すこし引用したい。
著者の人となりがわかると思う。

<埼玉県の高校の教員を退職後、私は北海道で生まれたのにアイヌ語を知らない自分を省み、一念発起してアイヌ語の勉強をはじめた。 せっかく学ぶならと、第一人者の田村すゞ子先生のいらっしゃった早稲田大学語学教育研究所で受講することにした。>

著者略歴によると、この人が退職したのは1994年。
北海道に戻ってアイヌ語の研究を始め、その後、97年から4年間、早稲田大学で上記のアイヌ語講座を受講し、勉強したという。
1935年生まれだから、62歳頃から 「勉強」 をはじめたことになる。
これだけでも、すごいと思う。
まったく、頭がさがる。

この本をざっとながめてみると、内容の深さに驚く。
とても新書とは思えない。

目次を紹介しておこう。

はじめに
序章 アイヌ語地名の特色
第1章 山のいろいろ
第 2章 輝く白雪の山なみ
 Ⅰ 日高山脈
 Ⅱ 石狩山地
 Ⅲ 知床半島
第3章 岬めぐり
第4章 札幌
終章 アイヌ語の特色
おわりに
主な参考文献
索引

259ページの本だが、内容が濃い。
過去の先達の業績、研究をベースに、よく調べ、深く考察しているのだ。

アイヌ語地名研究の先達として、本書の序章にあげられているのは、次のとおり。
(各人の生没年は、北道氏の記述による)

秦檍麻呂 『東蝦夷地名考』 1808年
上原熊次郎 『藻汐草』 1792年、『蝦夷地名考并里程記』 1824年
松浦武四郎(1818~1889) 『初航・再航・三航蝦夷日誌』
  『廻浦日記』、『丁巳日誌』、『戊午日誌』など
B・H・チェンバレン 『アイヌ語地名の命名法』 1887年
永田方正 『北海道蝦夷語地名解』 1891年
金田一京助(1882~1971) 『北奥地名考』 1932年
知里真志保(1909~1961) 『アイヌ語入門――とくに地名研究者のために』
  『地名アイヌ語小辞典』 ともに1956年
高倉新一郎、更科源蔵、知里真志保 『北海道駅名の起源』
山田秀三(1899~1992) 『アイヌ語地名の研究 1~4』 1995年

この他、菅江真澄(1754~1829) 『えみしのさえき』 他
……など、著者は、これらの文献に目を通していると思われる。
すごいことだ。


この本の魅力は、綿密なアイヌ語地名解はもちろんのことだが、随所に掲載されているコラム(あるいは、コラム的に記載された補足)の内容の幅広さだ。

こんなコラムがある。

・知里幸恵 『アイヌ神謡集』 にふれたもの (第1章、第2章)
・知里幸恵の生涯にふれたもの (第1章、第2章)
・金成マツ・金田一京助の 『アイヌ叙事詩 ユーカラ集』 にふれたもの (第2章)
・日高山脈の氷河地形 (第2章)
・松浦武四郎のこと (第2章)
・多義語 sir シ (第2章)
・ハマナス (第2章)
・知床横断道路 (第2章)
・アイヌの蜂起と悲劇の歴史 (第2章) ……これは8ページにわたる
・松浦武四郎の生涯 (第3章) ……これも4ページにわたる

……等々。

北海道に生れた人、住む人、北海道を訪ねる人で、多少なりともアイヌ語、アイヌ文化に関心をもつ人にとって、これほど有益な本はすくないと思う。

持ち歩きできる新書、というのもうれしい。
地名索引も充実している。
いい本に出会ったと思う。

うーん。
ひさしぶりに、力のはいった紹介になった。

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2008年5月 4日 (日)

【読】きょうの収穫(アイヌ語地名の本)

こういうこともあるんだな。

自転車でこのあたりをぐるっとまわって、その帰り道、いわゆる郊外型書店 「文教堂書店」 に立ち寄った。
新書コーナーでめぼしい本はないかと見ていたら、こんな本をみつけた。
題名だけで迷わず購入。

Kitamichi_ainugo_chimei『アイヌ語地名で旅する北海道』
 北道邦彦 著 朝日新書
 2008.3.30 740円(税別)

帰ってきて、著者略歴を読んでみた。

北道邦彦(きたみち・くにひこ)
1936年北海道生まれ。 62年茨城大学文理学部卒。
94年埼玉県の県立高等学校教諭を退職後、北海道に戻り、アイヌ文学の研究を始める。
97年より4年間、早稲田大学語学教育研究所でアイヌ語講座を受講。
編著書に 『注解 アイヌ神謡集』 『知里幸惠のウウェペケ(昔話)』 『知里幸惠の神謡 ケソラの神・丹頂鶴の神』 など。

あれ?
この三冊、ずっと前に買っているぞ。
北海道出版企画センターという出版社が出している本。
東京ではあまりみかけないものなので、新宿の大きな書店でみつけたとき、思いきって買ったのだった。
もうずいぶん前のことだ。

そうか。 この人の仕事だったんだ。
そう思って、本棚の奥にたいせつにしまってあったのを、ひっぱりだしてみた。
手に入れたことで安心して、まったく読んでいなかった。

また、この著者と直接関係ないが、知里真志保の 『地名アイヌ語小辞典』 という、おなじ北海道出版企画センターから出ている新書サイズの本も持っている。
いつ、どこで買ったのかさえ憶えていないが、今ほどアイヌ語に強い関心を持っていなかった頃、買った本だ。
これは、アイヌ語地名を調べるために、ときどき開いている。
名著である。

気になる本は、みつけたときに思いきって買っておくものだな。

Kitamichi_ainu_shinyouKitamichi_uwepekere_2Kitamichi_kesorappu_2Chiri_mashiho_chimei_ainugo      

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2008年4月26日 (土)

【読】古本の収穫

絶版になっていてネットの古書販売でもいい値段がついている本を、大型古書店で発見。
ちょっとした収穫。
しかも、安い。
こういうことは嬉しい。

Fujimoto_kindaichi藤本英夫 著 『金田一京助』
 新潮選書 1991.8.20

だいぶん前だが、図書館から借りて読んだことがある。
コンビにでところどころコピーまでした本。

金田一京助をとりまく、柳田國男、石川啄木、金成マツ(知里幸恵の叔母にあたる)や知里幸恵・真志保 姉弟らとの人間くさい関係がていねいに描かれている。

知里姉弟については、『銀のしずく降る降る』、『知里真志保の生涯』の二冊が、同じ新潮選書から出版された。
後に、前者は『銀のしずく降る降るまわりに』と改題され、後者は同じ題名で草風館から出版。
さらに、知里幸恵については、『知里幸恵 十七歳のウエペケレ』(草風館)という力作もある。
私が敬愛する著述家だ。

もう一冊、同じ古書店で少し前に入手した本。
こちらも絶版になって久しい。
古書店の新書コーナーの棚でみつけたときは、まさかこんな店にあるとは思いもしなかったので、びっくりした。

Tsurumi_koukishin鶴見和子 著 『好奇心と日本人』
 講談社現代新書 1972.3.28

発売当時の価格 370円 というのが、時代の古さを物語る。

鶴見和子さんも、私が敬愛する学者さんだ。
1918年生まれだから、まだ五十代前半の頃の著作だ。
鶴見さんは、2006年夏、亡くなった。

藤本さんも、ネットで調べたところでは、すでに故人となられている。
(2005年暮れ、死去)

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