カテゴリー「アイヌ民族・アイヌ語」の70件の記事

2008年7月 2日 (水)

【読】星野道夫さんの本棚

これも先日読んだ 『星野道夫 永遠のまなざし』 (小坂洋右・大山卓悠、山と渓谷社) に書かれていて、気になっていた本だ。
ネット販売で入手できた。

Kosaka_yousuke_toubou『流亡 日露に追われた北千島アイヌ』
 小坂洋右 北海道新聞社(道新選書) 1992.7

著者の小坂洋右(こさか・ようすけ)さんは、星野道夫さんと親しくしていた人。
『星野道夫 永遠のまなざし』 に書かれていたことだが、小坂さんはこの本を星野さんに渡していた。

「Coyote」 №2(2004年、スイッチ・パブリッシング) 「特集 星野道夫の冒険」 に、アラスカ フェアバンクスの星野さんのログ・ハウスに残された、彼の本棚が紹介されている。
その本棚のリストには、たしかにこの本もあった。

小坂さんは、星野さんがカムチャッカ半島で事故で亡くなった後、『逃亡 日露に追われた北千島アイヌ』 を星野さんに渡したことを、後悔したという。

カムチャッカ南部はこの本の舞台の一つになっていて、「本を読んだ星野道夫は、カムチャッカ南部がヒグマの一大生息地であると同時に、悲劇を生んだ人類史の一舞台であったことも知っていたはず」 だと思ったのだ。

アイヌ民族と星野道夫――このつながりは、それほど突拍子もないことではなさそうだ。
星野さんの著作に、クリンギットインディアンのエスター・ジェイという女性の言葉が記されている。

エスターは、星野道夫に一冊の本を示し、あるページの写真を見せて 「この人々は一体誰なのか」 と尋ねたという。

<それは日本のアイヌの人々の写真だった。 エスターは自分たちの祖先とその写真を結びつけていたわけではないだろう。 ハイイログマのクラン(家系)に属するエスターは、なぜ同じような信仰を持つ人々が遥かなアジアの世界に存在しているのかという不思議さを感じたのかもしれない。>
 ― 星野道夫 『森と氷河と鯨』 ―

すぐには読めないが、この小坂さんの本は、私にはとても興味ぶかい。


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2008年6月20日 (金)

【読】星野道夫さんとクマ

めずらしく四日間で読みきった本。
それほど、引き込まれる内容だった。

Anezaki_kuma『クマにあったらどうするか』
  ― アイヌ民族最後の狩人 姉崎等 ―
 聞き書き 片山龍峯 / 語り手 姉崎等
 木楽舎 2002年

最終章(第八章 クマの生きている意味) 、とつぜん星野道夫さん(写真家、故人)の文章が引用されていて、はっとした。

以下、引用と孫引きばかりでちょっと気がひけるが。
(原文の漢数字はアラビア数字に置き換えた)

<本書 315ページより>
 姉崎さんは、2001年6月に、長い間持っていた銃を手放した。 (中略)
 12歳から77歳まで65年間にわたって狩人として生きてきた姉崎さんは、鉄砲を手放した今、ヒグマをどのように思っているのだろうか。 そして、ヒグマが生きている意味をどう考えるのだろうか。 アラスカでクマをはじめ野生動物と自然を撮ってきた写真家の故星野道夫氏は、クマの生きている意味について次のように述べている。
「もしもアラスカ中にクマが一頭もいなかったら、ぼくは安心して山を歩き回ることができる。 何の心配もなく野営できる。 でもそうなったら、アラスカは何てつまらないところになるだろう」
「人間は常に自然を飼いならし、支配しようと考えてきた。 けれども、クマが自由に歩きまわるわずかに残った野性の地を訪れると、ぼくたちは本能的な恐怖をいまだに感じることができる。 それはなんと貴重な感覚だろう。 これらの場所、これらのクマはなんと貴重なものたちだろう」
(『ベア・アタックス』) と。 この文章を読んだとき、姉崎さんならば、クマが生きている意味をどのように考えるのだろうか、無性に聞いてみたくなった。


星野道夫さんが書いたか、語ったものの中で、私の記憶に強く残っているエピソードがある。
正確ではないかもしれないが、星野さんが高校生の頃、電車のつり革につかまって、ぼんやりと北海道のヒグマのことを思っていたという、そのような話だ。
都会の電車の中で、じぶんは今こうしているけれど、同じときに、北海道の広大な山中をヒグマがゆっくりと自由に歩きまわっている……。

このイメージが、私には鮮烈だった。
星野さんはそういう少年だったから、アラスカの広大な自然を、じぶんのフィールドに決めたのだと思う。

姉崎等さんという、和人を父に、アイヌ女性を母にもった根っからの猟師は、生き方こそちがっているが、星野道夫さんの考え方に通じるものをもっている。


もう一箇所、この本のあとがきで、星野道夫さんの文章が引用されている。


<本書 338ページより>
 私たちヒトは望むと望まざるにかかわらず、これからも野生の生きものたちの性格を変えてしまうほどの重大な影響を及ぼしながら進化の道を歩むことになる。 そのことを考えると、私たちヒトは、他の生きものたちから生き方を問われているのだと思い知るのである。
 一方、私たちヒトもクマがこの世界に存在することで大きな影響を受けている。 写真家の星野道夫は、
「アラスカの自然を旅していると、たとえ出合わなくても、いつもどこかにクマの存在を意識する。 (中略) クマの存在が、人間が忘れている生物としての緊張感を呼び起こしてくれる」 (『星野道夫の仕事 第3巻』) と延べている。


思わぬところで、星野道夫さんの世界とつながった本だった。
ひさしぶりに、星野さんが残した美しい文章に触れたくなった。

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2008年6月17日 (火)

【読】クマにあったらどうするか(続)

昨日、この本のタイトルをまちがえて書いてしまった。
クエスチョンマークは、いらなかった。

Anezaki_kuma『クマにあったらどうするか』
 ― アイヌ民族最後の狩人 姉崎等 ―
 木楽舎 2002年

今日から読みはじめたのだが、とても面白い本だ。
「クマに会ったら……」 というのは、この本の章題のひとつだが、内容はもっと幅広い。
根っからの狩人が、インタビューに答えるかたちで、山歩きのこと、クマや山の動物たちのことを語る。

こういう生き方もあるのだな、と感心する。
猟のための山歩きを長年続けた人だが、学ぶところが多い。

姉崎さんは、山を歩くときに余分なものを持たない。
米、塩、飯盒、ナイフ、ナタ、ノコギリ、細引き、かんじき、マッチ、小さなリュック、それに 「エキムネクワ」 という木の杖、それぐらいだ。
衣類も、いたって素朴なものだ。
着更えも持たないというし、手袋は軍手一足だけ。

とうぜん、山の中では簡単な小屋がけをするか、野宿。
マッチだけで火をおこし、山の中でとったものを食べる。
焚き火のやり方だけでも、そのあたりのヤワな 「サバイバル書」 より、よほど役に立つノウハウが満載。
山は、本来、こういうふうに歩くものなのだな。

毎日、都会の喧騒の中で生活していると、この人のような素朴な山歩きが懐かしくおもわれる。
読んでいて、元気がでてくる本だ。


第一章 こうしてクマ撃ちになった
第二章 狩人の知恵、クマの知恵
第三章 本当のクマの姿
第四章 アイヌ民族とクマ
第五章 クマに会ったらどうするか
第六章 クマは人を見てタマげてる
第七章 クマと共存するために
第八章 クマの生きている意味


ちなみに、インタビュアーの片山龍峯さんは、3枚組CD 『アイヌ神謡集をうたう』 の監修者。

【参考】
 2007年9月11日の記事
 【読】アイヌ神謡集
  http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_3d54.html

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2008年6月16日 (月)

【読】クマにあったらどうするか

タイトルは、これから読んでみようとしている本の題名。

Anezaki_kuma『クマにあったらどうするか』
  ― アイヌ民族最後の狩人 姉崎 等 ―
   語り手 姉崎 等
   聞き書き 片山龍峯
 木楽舎(きらくしゃ)
 2002年4月5日 初版第一刷
 2002年5月8日 第二刷

 ジュンク堂書店のサイトより
  http://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0102301307

だいぶんまえに BOOK OFF でみつけて、面白そうだと思い、買ってあった本だ。

砂沢クラさんの 『ク スクッ オルシペ』 (徳間文庫)を、長い日数をかけてようやく読みおえた。
クラさんの伴侶、砂沢友太郎さんは、生涯に百数十頭のクマを獲ったという。
友太郎さんは昭和42年(1967年)に亡くなっているから、私が子どもだった頃、まだ熊猟がおこなわれていたのだ。
ちょっと驚きである。
山中で、きちんとクマ送りをしていたことにも驚いた。

これから読もうとしている本の、姉崎等さんは、こういう人らしい。
(本書巻末より)

語り手 姉崎 等 (あねざき・ひとし)
1923年(大正12年)北海道生まれ。
アイヌ民族最後のクマ撃ち猟師。 3歳のときに鵡川から千歳に移り、母方のアイヌ民族の集落で暮らしながら猟を覚える。 12歳から村田銃で狩猟を始める。 22歳からクマ撃ちを単独で始め、25年間で40頭、集団猟を入れると60頭を獲る。 1990年、春グマの狩猟禁止とともにクマ猟をやめ、以後、ヒグマ防除隊の相談役、ついで副隊長を務める。 その間、北海道によるヒグマのテレメトリー調査に協力。 2001年6月、銃を手放し、65年間に及ぶ狩猟人生に区切りをつける。

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2008年6月11日 (水)

【読】胸にしみる本

数日前にこのブログで紹介した本を読み続けている。

Sunazawa_kura砂沢クラ 『ク スクッ オルシペ』
  ― 私の一代の話  ―
 福武文庫 1990.2

明治30年(1897)、北海道旭川市近文のコタンに生まれた砂沢クラさんが、みずからの生い立ちを綴ったもの。
明治末から大正にかけて、北の大地で生活していたアイヌの人々の暮らしぶりがよくわかる。
写真・図版(クラさん自身の手になるスケッチ)が多数収録されていて、とてもいい本だ。

クラさんの文章が自然体で、ひとつひとつのエピソード(苦労話が多い)が胸にしみる。

目次から抜粋。

第1部 神々と共に
 初めて山のクマを見た/山で生まれ、山で育つ/……アイヌ語で賛美歌を歌う……
 和人の小学校に入学/日露戦争、ウタリの苦しみ/和人に土地を追われる
第2部 旧土人と呼ばれて
 マサ小屋で次々死ぬ/父、士別の山で死ぬ/……アイヌ学校へ通う……
 精華女学校で裁縫を習う/金成マツさんとユーカラ/知里幸恵さんのこと……
第3部 伏古コタンの日々
 ウェンモシリの伝説/オクスツウンクルの血統/……草小屋で長男生まれる……
 コタン消滅する
第4部 安らぎのトチを求めて
 奈井江の山に入る/夫呪われ、クマ送りする/チャランケの血統と言われる……
 真志保さんにアイヌ語を教える……添牛内から安住の地、芦別へ
第5部 文化伝承の日々
 家を建て、孫を呼ぶ/川岸・四季の暮らし/……白金温泉でユーカラ演ずる……
 幸せな暮らしに涙

本文 348ページ。
巻末に、年譜(クラさんの暮らしと同時代史)、系図(記録に登場する親族の系図)、クラさんの歩いた道(北海道の絵地図)、あとがき(北海道新聞社社会部 深尾勝子)、文庫のためのあとがき(同左)、がある。

親本(単行本)は、昭和58年(1983) 北海道新聞社から刊行されている。

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2008年6月 5日 (木)

【読】ク スクップ オルシペ

アイヌ語の発音にできるだけ近いカナ表記では、ク スク オルペ。
本の表題もこれに近い。

萱野茂 『アイヌ語辞典』 によると、ku(私) sukup(成長する、育つ、若い) or-us-pe(噂話) というほどの意味らしい。

「私の一代の話」 という日本語の副題がついている。

Sunazawa_kura砂沢クラ 『ク スクッ オルシペ 私の一代の話』
 福武文庫 1990.2.20  365ページ
 (親本 1983.10 北海道新聞社)

砂沢クラさん(明治30年/1897~平成3年/1990)が、87歳のときに、それまで二冊のノートに書きためてあった文章が北海道新聞に連載され、その後、本になったもの。

今日から読みはじめた。
一話一話がほどよい長さで、読みやすい。
クラさんの描いたたくさんの挿絵も、親しみやすくて、いい。
明治末の北海道のアイヌの人々の生活ぶりがよくわかって、私には、ひとつひとつのエピソードがとても興味深い。

この本の中に 「知里幸恵さんのこと」 という文章がある。
知里幸恵さんは、クラさんより五つ、六つ年少で、「小柄でしたが、お父さんの高吉さんに似て、とてもかわいい顔をしていました。 頭がよく勉強家で、本をたくさん持っていて、小説を読むのが上手」 だったという。

当時、知里幸恵さんは、伯母の金成マツさんの養女として、旭川(近文)で暮らしていた。
のちに、幸恵さんの弟の真志保さんも、同居することになる。

「真志保さんにアイヌ語を教える」 という文章もある。
そういった興味ぶかいはなしが、この本にはぎっしりつまっていて、先が楽しみだ。

ちなみに、絶版。
私はネット販売で古本を購入した。

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2008年6月 4日 (水)

【読】読了

このごろ、本を読む速度がでないので、一週間以上かかってようやく読了。

Kitamichi_ainugo_chimei北道邦彦 著 『アイヌ語地名で旅する北海道』
 朝日新書 103  2008.3.20

いつか、北海道をゆっくり旅すること日が来たなら、その時は、この本と地図を片手にまわろうと思う。
新書サイズながら、驚くほど中身は濃い。
アイヌ語地名研究者は数多いが、知里真志保や山田秀三らの業績を引き継いで、綿密な考察を続ける、この本の著者はすごいと思う。
この人が編集した知里幸恵さんの遺稿が手もとにあるので、いつか読んでみたい。
(ずいぶん前に書店でみつけて、衝動的に買ったものだ)

さて、明日からどんな本を読もうかな。

(左から)
『注解 アイヌ神謡集』
 知里幸惠 著訳 / 北道邦彦 編注
『知里幸惠の神謡 ケソラの神・丹頂鶴の神』
 北道邦彦 編訳
『知里幸惠の ウウェペケ(昔話)』
 知里幸惠 著訳 / 北道邦彦 編注・補訳
いずれも、北海道出版企画センター

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2008年5月28日 (水)

【読】アイヌ語地名で旅する北海道

三週間ほど前に入手した本を、ようやく読みはじめた。

Kitamichi_ainugo_chimei北道邦彦 著 『アイヌ語地名で旅する北海道』
 朝日新書 2008.3.30

こういう本を読むと、北海道に帰りたくなる。
毎日、アスファルトの上をはいずりまわる生活をしていると、土の大地がなつかしい。
北海道も高速道路が増えて、さまがわりしてきたのかもしれないが、古くからのアイヌ語地名には長い歴史が刻まれているのだ。

いつの日か、北海道をゆっくりまわってみることができるのだろうか。


北海道の山名がたくさんとりあげられているのがうれしい本だ。

この本についての過去記事

【読】きょうの収穫(アイヌ語地名の本)  2008.5.4(日)
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_9bb4.html

【読】この本はすごい  2008.5.5(月)
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_6ef7.html

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2008年5月21日 (水)

【読】「アイヌ歳時記」再読

瀬川拓郎さんの 『アイヌの歴史 海と宝のノマド』 (講談社選書メチエ) をようやく読みおえた。

Segawa_ainu_rekishiこれは、ほんとうにいい本だと思った。
新聞書評で、本の題名 「アイヌの歴史」 というのがよろしくない、というものがあったが、副題 「海と宝のノマド」 がいい。
エキゾチックな響きがある。

著者は、あとがきの中で、知里真志保のつぎのことばを引用している。

<従来アイヌ及びアイヌ文化は、時代による変遷と地方による差異とを無視して、あまりにも単純に考えられすぎていた嫌いがあります。……アイヌ及びアイヌ文化の内容が今まで考えられていたよりも遥かに複雑であり、抱負であり……そこから北海道の先史時代の人と生活を明らかにする鍵をいくらでも掴み出してくることができるのだという印象を皆さんに持っていただくことができましたなら、私の目的は達せられたのであります。>
(知里真志保 「ユーカラの人々とその生活」)

そして、こういうことばでこの本をしめくくっている。

<単一民族・単一文化という同一化の「虚構」が圧倒的な力で支配するなか、勇気をもって差異という「本質」を誇り高く生きてゆこうとする人びと。 だが、それは叶えられているか。 私たちが考えなければならないのは、このことだろう。>
(『アイヌの歴史 海と宝のノマド』 あとがきより)

ところで、私の友人で北海道旭川市に住む「玄柊」さんが、ごじぶんのサイトに、旭川アイヌの墓標の写真を掲載していた。
ひさしぶりに、萱野茂さんの本を開き、イラストで男女の墓標のちがいを確認。
そして、この本を、通勤の友としてそのまま鞄にいれて持ち歩き、読みはじめた。
何年か前に読んだきりだが、けっこう内容をおぼえている。

ここ数年のあいだに私のアイヌ理解もそれなりに深まっているので、今回の再読では、これまで気づかなかったこともわかって、興味ぶかいものがある。

Ainu_saijiki萱野茂 (かやの しげる)
 『アイヌ歳時記 二風谷のくらしと心』
 平凡社新書 2000.8.21 700円(税別)

― 目次 ―
序章 二風谷に生まれて/第一章 四季のくらし/第二章 神々とともに生きて/第三章 動物たちとアイヌ/第四章 生きることと死ぬこと/第五章 アイヌの心をつづる/あとがき

イラスト、写真も多く、萱野さんの文章もごく自然体で、とてもいい本だ。
アイヌ文化・生活・歴史の入門書としても、おすすめ。
萱野さんご自身の体験に根ざす、さまざまなエピソードが語られている。

【参考サイト】
平凡社 http://www.heibonsha.co.jp/
 → 全点検索 →「アイヌ歳時記」で検索

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2008年5月19日 (月)

【読】砂沢クラさんの自伝

ネット販売で注文しておいた中古本が届いた。
こんないい本が絶版になっているのは惜しい。

Sunazawa_kura砂沢クラ
 『ク スクッ オルシペ 私の一代の話』
 福武文庫 1990.2.30

[要旨]
自然のなかに神を見、神を敬い、共存してきた日本の先住民族アイヌ。荒地に追われ、言葉を奪われ、貧窮の暮らしを余儀なくされながらも民族の精神と文化を守り通したアイヌのシ カッケマッ(淑女)の半生が、豊富なイラスト、資料写真を交え綴られる。現代の人間のあり方も問う、心優しい告発の書。
[目次]
第1部 神々と共に;第2部 旧土人と呼ばれて;第3部 伏古コタンの日々;第4部 安らぎの地を求めて;第5部 文化伝承の日々
(以上、e-honサイト http://www.e-hon.ne.jp/bec/EB/Top より転載)

[著者紹介]
明治30年(1897年)、北海道旭川市近文のコタンコロクル(村おさ)の家系―川村家に生まれる。 旧土人学校―豊栄尋常小学校、精華女学校を卒業後、雨竜コタンの砂沢友太郎と結婚。 夫と共に、アイヌ民族伝統の狩猟生活を基本に北海道の山々を踏破。 明治、大正、昭和の三代を生き抜く。 この間、アイヌ民族口承文学―ユーカラ、トゥイタッを継承、記録。 詳細な生活記録も書き続けた。 また民族の伝統手工芸も引き継ぎ、数多くの作品を製作。 言語学者、民俗学者の研究に貢献した。 87年3月、「砂沢クラ媼卒寿記念作品展」を札幌市で開催。 北海道文化財保護功労者。 苫小牧市在住。
(本書カバーの著者紹介)


巻末、「記録に登場する親族の系図」 によると、クラさんの夫 砂沢友太郎さんは、砂沢ビッキの伯父にあたる。
この文庫本のカバー木版画は、砂沢ビッキの作品。
クラさんの手になる、本文の挿絵もいい。

こういう本を読みたかったのだ。



【参考サイト】

福武文庫
http://homepage1.nifty.com/ta/fuku/bunko.htm

日本の古本屋 - 日本最大の古本検索サイト
https://www.kosho.or.jp/servlet/top
※amazonよりも私はここを利用することが多い

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2008年5月14日 (水)

【読】二冊の本

ネットで注文した二冊の本が届いた。
どちらも、いい本だ。
うれしい。

中古本ながら状態はいい。
たぶん、持ち主は読まずに手放したのだろう。

便利な時代になったのはいいが、たまには古本屋街をゆっくり歩いてみたいものだ。
時間がとれない・・・。

Kosaka_ainu_ikiru_2小坂 洋右 著  写真/林 直光
『アイヌを生きる 文化を継ぐ 母キナフチと娘京子の物語』

 大村書店   1994.4.20

萱野茂さんによる序文で、こう紹介されている。
<……読みすすんでおどろきました。/杉村京子さんの一代記などという生易しいものではなく、旭川アイヌの苦難の歴史、アイヌ民族の苦難の足跡がぎっしりと詰め込まれ、一気に読み終えてしまいました。……>



Keira_ainu_sekai計良 光範 著
『アイヌの世界 ―ヤイユーカラの森から』

 明石書店  1995.8.31

計良智子さんの 『アイヌの四季 フチの伝えるこころ』 (明石書店) を、ずいぶん前に図書館から借りて読んだことがある。
装幀がよく似ていて、たぶん内容も計良智子さんの本と同様に、親しみやすいものだと思う。

「ヤイユーカラの森」 とは (本書巻末から転載)
「和人の研究者・学者に奪われたアイヌ文化の研究を、我々自身の手に取り戻そう」 と、1973年に創設された 「ヤイユーカラ民族学会」 の活動を、より日常的・継続的に発展させるために1992年1月に創設された。/アイヌ文化を、博物館から私たちの日常の場に取り返し、現代の自然や暮らしの中、人びとの心の中に息づかせようという趣旨に賛同するアイヌや和人の会員によって構成されている。/「ヤイユーカラ」 とは 「自ら・行動する」 の意味で使われ、参加者が身体を使って行動する中から、アイヌの精神を自らのものにする活動をおこなっている。 (代表 秋辺得平)


いま読みすすめている、この本も、とてもいい。

Segawa_ainu_rekishiくわしくは、数日前の記事をごらんいただきたい。

瀬川 拓郎 著 『アイヌの歴史 海と宝のノマド』
講談社選書メチエ

<宝を求め、サハリン・アムール川流域に進出する戦うアイヌ。
激しい格差、サケ漁をめぐる内部対立。
「日本」との交渉――社会の矛盾に悩むアイヌ。
北の縄文から近世まで、常識を覆すダイナミックな「進化と変容」>
(カバーより)

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2008年5月12日 (月)

【読】海と宝のノマド(続)

瀬川拓郎 著 『アイヌの歴史 海と宝のノマド』 (講談社選書メチエ) を読みはじめた。

これがとても面白い。
視野がぐんとひろがる本だ。

「第二章 格差社会の誕生――宝と不平等」 に、有名な知里幸恵の 『アイヌ神謡集』 の序文が引用されている。

<その昔この広い北海道は、私たちの先祖の自由な天地でありました。 天真爛漫な稚児の様に、美しい大自然に抱擁されてのんびりと生活していた彼等は、真に自然の寵児、なんという幸福な人たちであったでしょう。 ……>

とても美しい文章だが、現実のアイヌ社会は早い時期から社会内部に 「格差」 があり、富める者と貧しい者が厳然と存在していた。

『アイヌ神謡集』 の第一話 「銀の滴降る降るまわりに」 は、<かつては有数の宝もちで、人間的な徳もありながら、いまは落ちぶれ、貧乏ゆえに村中から差別と迫害を受けている人物が、村の守護神であるフクロウの神から宝を与えられ、その宝をもとに首長になる話> である。

著者の瀬川氏は、こう言う。

<この話では、アイヌ社会の二つの現実が示されている。/ひとつは、神からのほどこしがなければ、貧乏人はついに貧乏人で終わるしかないという現実であり、もうひとつは、宝さえあれば首長になることもできるという現実だ。/前者は、強く固定化した階層化社会の現実、そして後者は、「成功」のチャンスは誰にでも開かれているという、競合の自由が平等の理念となっている、まるで現代のどこかの国のような現実といえるだろう。>

<アイヌ語では貧乏人のことを 「ウェン・クル」 という。 「ウェン」 は悪い、「クル」 は人という意味だ。 悪人と貧乏人は同義なのだ。>

<フクロウの神は、なぜ村人全員から宝を奪いとることで皆を平等にしなかったのか。 あるいはなぜ皆が同じだけ所有するように宝を再配分しなかったのか。 そうしなかったのは、格差社会が当然のものとして皆に受け入れられていたからだろう。>


興味深い論考であり、考古学の成果をベースにしているだけあって説得力がある。

しかし、だからといって、知里幸恵が残した 『アイヌ神謡集』 の価値は、いささかも損なわれない。

著者は、こうも言う。
<大自然に抱擁された稚児、歌い暮らす天真爛漫な日々――私たちは、自然と一体になったアイヌの姿に、みずからの幸福な幼年期を重ねあわせるのだろう。 多感な少女であった幸恵にとってもまた、あるべきアイヌの姿は、「文明」 という汚れた大人になることを拒否した 「自然」 の側にある幼年期としてのアイヌだったにちがいない。>

(引用部分はすべて、本書第二章 P.54~56)


Segawa_ainu_rekishiAinu_shinyou 

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2008年5月11日 (日)

【読】海と宝のノマド

きのう、駅ビルの本屋をのぞいてみたら、店頭にこんな本があった。

Segawa_ainu_rekishi瀬川拓郎 著 『アイヌの歴史 海と宝のノマド』
 講談社選書メチエ 401  1600円(税別)
 2007.11.10 第一刷/2008.3.5 第四刷

出版されてから間もない本だが、気づかずにいると手に入れるのが難しくなるのがこういう本だが、すでに四刷まで版を重ねているのは好評ということか。
出合ったときが買い時。 迷わず購入。

「はじめに」と「あとがき」を読んでみた。
私にはとても興味ぶかい内容。
偶然みつけて手に入れることができて、よかった。

著者は、1958年生まれ、岡山大学史学科考古学専攻卒業。
現在、旭川市博物館の学芸員(本書の著者略歴)。

「はじめに」 に、著者の考え方が示されている。
アイヌの歴史・文化に関心を持ちつづけてきた私が、ずっとひっかかりを感じていたことが、これを読んで少しすっきりした。

ややもすれば硬直化しがちな 「アイヌ民族観」 が私にもあったようだ。
狩猟採集民、縄文人の末裔、自然との共生、……等々。
だが、アイヌの人々は、縄文文化であゆみを止めてしまったわけではない。
さまざまな 「宝」 (日本の刀や漆器、中国製の錦、ワシ・タカ羽、クロテンの毛皮、など) を得るために、幅広く交易をしていくなかで、その社会の内部に大きな格差が生まれていた。
「宝」を持つ者は名誉と威信を持ち、それが「首長」の条件ともなっていた。
また、アイヌ社会内部でサケ漁業権をめぐる対立・抗争があったこともよく知られている。

著者が言う 「リアルなアイヌの歴史」 をもっと知りたいと私は思う。

「はじめに――海と宝のノマド」
  考古学からみたリアルなアイヌの歴史 (P.4) より

<アイヌという人びとについて、私たちはどんなイメージをもっているだろうか。/なんとなく縄文人のイメージを重ねている読者が多いかもしれない。 (中略)/私の手もとに、北海道が作成した 『アイヌ民族を理解するために』 というアイヌの歴史や文化、現状を紹介した小冊子がある。 そのなかに繰り返し登場する言葉があることに気がつく。/いわく、「自然」の恵み・自由な「大自然」・「自然」の材料だけで・「平和」な暮らし・「平和」な生活・「秩序」ある暮らし・「秩序」正しい社会――。>

<かつての伝統的なアイヌ社会のイメージは、自然と共生するエコロジカルな社会、対立も格差もない穏やかで秩序正しい社会、といったもののようだ。 ジャン=ジャック・ルソーが説く自然人のような、この「公的」なアイヌのイメージは、さまざまなアイヌ文化の解説書の底流をなしているといえるかもしれない。/だが、アイヌ社会はほんとうに「自然との共生」「平等」「平和」の社会だったのだろうか。/かならずしもそうではなかった、と私にはおもわれる。>

巻末 「おわりに――進化する社会」 のなかで、二冊の本が紹介されている。

砂沢クラ 『ク スクップ オルシペ――私の一代の話』
<砂沢クラさんは、私が暮らしている旭川で生まれ育ち、明治から平成を生きたアイヌ女性だ。 上川に和人が集団入植して数年後に首長の娘として生まれ、伝統的な文化を継承しながら、貧窮と迫害のなかを生きてきた。 その彼女の自伝である……>

杉村京子 『半生を語る――近文メノコ物語』
<同じ上川アイヌの女性・杉村京子さんの自伝……も、強く心に残る>

読んでみたくなった。
砂沢クラさんの本(福武文庫)と杉村京子さんの別の本が、ネット販売の中古書でみつかったので、注文した。

「ノマド nomad」 とは、遊牧民、放浪者という意味のことばである。
(そういえば、元ちとせに、『ノマド・ソウル』 という、いいアルバムがあった)



【参考サイト】

(著者インタビュー) ※とても参考になる
北海道新聞旭川支社  ヒューマン いんたびゅー
http://asahikawa.hokkaido-np.co.jp/human/20080406.html

(書評)
中日新聞・東京新聞 書評『 アイヌの歴史』 瀬川 拓郎 リアルな社会像大胆に提起
http://www.tokyo-np.co.jp/book/shohyo/shohyo2007121604.html

(書評)
今週の本棚・新刊:『アイヌの歴史--海と宝のノマド』=瀬川拓郎・著
  - 毎日jp(毎日新聞)http://mainichi.jp/enta/book/hondana/archive/news/2007/11/20071118ddm015070011000c.html

(著者のセミナー録)
アイヌ文化振興・研究推進機構
http://www.frpac.or.jp/
 平成17年度普及啓発セミナー報告集
  http://www.frpac.or.jp/rst/sem/sem17.html
  (11) 瀬川拓郎氏 アイヌ・エコシステムと縄文エコシステム
   ―自然利用からみたアイヌ社会のなりたち― (PDF)

旭川市博物館
http://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/files/museum/index.html

(Wikipedia) アイヌ文化
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E3%81%AE%E6%96%87%E5%8C%96%E3%81%A8%E7%94%9F%E6%B4%BB

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2008年5月 5日 (月)

【読】この本はすごい

きのう、このブログで紹介したばかりだが、この本はすごい。

Kitamichi_ainugo_chimei北道邦彦 著 『アイヌ語地名で旅する北海道』
 朝日新書 103  2008.3.30発行 740円(税別)

ネットで検索してみたが、この本や著者について、記事がすくない。
そこで、本書の前書き(はじめに)から、すこし引用したい。
著者の人となりがわかると思う。

<埼玉県の高校の教員を退職後、私は北海道で生まれたのにアイヌ語を知らない自分を省み、一念発起してアイヌ語の勉強をはじめた。 せっかく学ぶならと、第一人者の田村すゞ子先生のいらっしゃった早稲田大学語学教育研究所で受講することにした。>

著者略歴によると、この人が退職したのは1994年。
北海道に戻ってアイヌ語の研究を始め、その後、97年から4年間、早稲田大学で上記のアイヌ語講座を受講し、勉強したという。
1935年生まれだから、62歳頃から 「勉強」 をはじめたことになる。
これだけでも、すごいと思う。
まったく、頭がさがる。

この本をざっとながめてみると、内容の深さに驚く。
とても新書とは思えない。

目次を紹介しておこう。

はじめに
序章 アイヌ語地名の特色
第1章 山のいろいろ
第 2章 輝く白雪の山なみ
 Ⅰ 日高山脈
 Ⅱ 石狩山地
 Ⅲ 知床半島
第3章 岬めぐり
第4章 札幌
終章 アイヌ語の特色
おわりに
主な参考文献
索引

259ページの本だが、内容が濃い。
過去の先達の業績、研究をベースに、よく調べ、深く考察しているのだ。

アイヌ語地名研究の先達として、本書の序章にあげられているのは、次のとおり。
(各人の生没年は、北道氏の記述による)

秦檍麻呂 『東蝦夷地名考』 1808年
上原熊次郎 『藻汐草』 1792年、『蝦夷地名考并里程記』 1824年
松浦武四郎(1818~1889) 『初航・再航・三航蝦夷日誌』
  『廻浦日記』、『丁巳日誌』、『戊午日誌』など
B・H・チェンバレン 『アイヌ語地名の命名法』 1887年
永田方正 『北海道蝦夷語地名解』 1891年
金田一京助(1882~1971) 『北奥地名考』 1932年
知里真志保(1909~1961) 『アイヌ語入門――とくに地名研究者のために』
  『地名アイヌ語小辞典』 ともに1956年
高倉新一郎、更科源蔵、知里真志保 『北海道駅名の起源』
山田秀三(1899~1992) 『アイヌ語地名の研究 1~4』 1995年

この他、菅江真澄(1754~1829) 『えみしのさえき』 他
……など、著者は、これらの文献に目を通していると思われる。
すごいことだ。


この本の魅力は、綿密なアイヌ語地名解はもちろんのことだが、随所に掲載されているコラム(あるいは、コラム的に記載された補足)の内容の幅広さだ。

こんなコラムがある。

・知里幸恵 『アイヌ神謡集』 にふれたもの (第1章、第2章)
・知里幸恵の生涯にふれたもの (第1章、第2章)
・金成マツ・金田一京助の 『アイヌ叙事詩 ユーカラ集』 にふれたもの (第2章)
・日高山脈の氷河地形 (第2章)
・松浦武四郎のこと (第2章)
・多義語 sir シ (第2章)
・ハマナス (第2章)
・知床横断道路 (第2章)
・アイヌの蜂起と悲劇の歴史 (第2章) ……これは8ページにわたる
・松浦武四郎の生涯 (第3章) ……これも4ページにわたる

……等々。

北海道に生れた人、住む人、北海道を訪ねる人で、多少なりともアイヌ語、アイヌ文化に関心をもつ人にとって、これほど有益な本はすくないと思う。

持ち歩きできる新書、というのもうれしい。
地名索引も充実している。
いい本に出会ったと思う。

うーん。
ひさしぶりに、力のはいった紹介になった。

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2008年5月 4日 (日)

【読】きょうの収穫(アイヌ語地名の本)

こういうこともあるんだな。

自転車でこのあたりをぐるっとまわって、その帰り道、いわゆる郊外型書店 「文教堂書店」 に立ち寄った。
新書コーナーでめぼしい本はないかと見ていたら、こんな本をみつけた。
題名だけで迷わず購入。

Kitamichi_ainugo_chimei『アイヌ語地名で旅する北海道』
 北道邦彦 著 朝日新書
 2008.3.30 740円(税別)

帰ってきて、著者略歴を読んでみた。

北道邦彦(きたみち・くにひこ)
1936年北海道生まれ。 62年茨城大学文理学部卒。
94年埼玉県の県立高等学校教諭を退職後、北海道に戻り、アイヌ文学の研究を始める。
97年より4年間、早稲田大学語学教育研究所でアイヌ語講座を受講。
編著書に 『注解 アイヌ神謡集』 『知里幸惠のウウェペケ(昔話)』 『知里幸惠の神謡 ケソラの神・丹頂鶴の神』 など。

あれ?
この三冊、ずっと前に買っているぞ。
北海道出版企画センターという出版社が出している本。
東京ではあまりみかけないものなので、新宿の大きな書店でみつけたとき、思いきって買ったのだった。
もうずいぶん前のことだ。

そうか。 この人の仕事だったんだ。
そう思って、本棚の奥にたいせつにしまってあったのを、ひっぱりだしてみた。
手に入れたことで安心して、まったく読んでいなかった。

また、この著者と直接関係ないが、知里真志保の 『地名アイヌ語小辞典』 という、おなじ北海道出版企画センターから出ている新書サイズの本も持っている。
いつ、どこで買ったのかさえ憶えていないが、今ほどアイヌ語に強い関心を持っていなかった頃、買った本だ。
これは、アイヌ語地名を調べるために、ときどき開いている。
名著である。

気になる本は、みつけたときに思いきって買っておくものだな。

Kitamichi_ainu_shinyouKitamichi_uwepekere_2Kitamichi_kesorappu_2Chiri_mashiho_chimei_ainugo      

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2008年4月19日 (土)

【読】この本がほしい

ネットで調べると、古書でたくさんでまわっている。
けれど、高くて手がでない。
手元に置きたい本だ。

図書館から借りてきて、拾い読みしてみる。
いつか手に入れたいな。

Chiri_mashio_ainugo『知里真志保著作集』 平凡社 1975-76
 別巻 Ⅰ 分類アイヌ語辞典  植物編・動物編
 別巻 Ⅱ 分類アイヌ語辞典  人間編

知里真志保の未完の遺作だ。
1953-54年に刊行されたものの復刻。



― 出典:Wikipedia―

知里 真志保(ちり ましほ、1909年2月24日 - 1961年6月9日)は、北海道幌別町字登別町(現在の登別市)出身の、アイヌの言語学者。専攻はアイヌ語学。姉は、『アイヌ神謡集』の著者・知里幸恵。大学での指導教授は、金田一京助。

アイヌ民族の視点からアイヌ語を理論的に研究し、『分類アイヌ語辞典』で朝日文化賞を受賞。その他にも、アイヌ語地名研究者の山田秀三とも共同しながら、アイヌ語学的に厳密な解釈を徹底させたアイヌ語地名の研究を進め、数々の論文や『地名アイヌ語小辞典』などを刊行し、北海道の地名研究を深化させた。また、言語学者・服部四郎との共同で北海道・樺太各地のアイヌ語諸方言の研究を行いアイヌ語の方言学の基礎を築いた。その業績はもはや「アイヌ学」という一つの学問を築き上げている。

真志保は京助を敬愛していたが、アイヌとしての自意識もあり、感情的な部分も含めて、学問的な批判は京助に対しても容赦しなかった。 また、先駆者であったジョン・バチェラーはもとより、研究仲間だった河野広道や更科源蔵、高倉新一郎らの著述における問題についても辛辣な批判を繰り広げた。

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2008年4月18日 (金)

【読】今年読んだ本のベストワンかも

日数がかかったけれど、昨日、ようやく読み終えた。
いい本だった。
さわやかな読後感を味わったのはひさしぶりだ。

今年にはいってから、手帳に、読んだ本のタイトルをメモしてきた。
この本が20冊目。
読書量として、けっして多いほうではないだろう。

Watanae_ichie_sakura_2渡辺一枝 『桜を恋う人 ―二つの祖国に生きて―』
 集英社文庫 1995.9.25
 (単行本 情報センター出版局 1990.10)

著者の渡辺一枝(いちえ)さんは、椎名誠夫人として知られているが、エッセイストとしてすばらしい仕事をなさっている。
若い頃から「チベット」というあだ名で呼ばれ、モンゴルやチベットを何度も旅し、写真集も出版している。
椎名誠氏の著作に彼女の性格が描かれていたことを思いだすのだが、激情家であり、心やさしい女性というイメージを、私はもっている。
こういう女性が好きだ。

今から20年近く前に出版された本。
いつか読んでみようと思いつづけていた。
読んでよかった、と思う。

一枝さんは、1945年、ハルビン生まれ。
彼女の父親は、彼の地で行方不明のままだという。
そんな背景を知ると、主人公の岩間典夫さん(中国名 莫宝清)に寄せる、彼女の思いがよくわかる。

本の内容については、不親切かもしれないが、ここに詳しく書かない。
興味を持たれた方は、図書館などでご覧いただきたいと思う。

わずか20冊の中からだが、私にとって、今年読んだ本の現時点での 「ベストワン」 と言える。

ところで、今日から読みはじめたのが、この本。
図書館にあったので借りてみた。

Umi_no_wajinden大友幸男 『海の倭人伝 ―海路史で解く邪馬台国―』
 三一書房 1998.6.15

特別、邪馬台国に関心があるわけではない。
この著者の本(*)をすこし前に読んで、どういう人か知りたくなったのだ。

(*)大友幸男 『日本のアイヌ語地名 ―東北から沖縄まで―』
関連記事
 → http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_2b8e.html
 → http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_7f23.html


<従来の倭人伝論の空白が、主として「海路史」の部分にみられるという発想から、とくに「短里法」という問題を切り口として、新しい視点に立った謎解きに挑戦してみました> (はじめに)
というのが、この本のテーマらしい。

『魏志倭人伝』 に出てくる、「水行・陸行」 何里、というあのモンダイである。
著者は、古代の航海者が用いていたはずの、独特の「海里」をキーにして、倭人伝の謎に挑戦しているようだ。

読みはじめたばかりだが、最後まで読み通せるかな?
あまり興味のない分野なので。
まあ、ゆっくり楽しんでみようか、と思っている。

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2008年4月 8日 (火)

【読】アイヌ語地名をめぐって(続)

Nihon_ainugo_chimeiようやく読了。

大友幸男 著
 『日本のアイヌ語地名 ―東北から沖縄まで―』
 三一新書 1174 1997.10.31 900円(税別)

おおいに刺激をうけた。
これまで、なんとなく違和感のあった地名も、漢字表記に惑わされずに音(おん)に着目してみる。
すると、アイヌ語地名と驚くほど通じるものがある。
古代語――アイヌ語のつながりを、いろいろと想像してみる。

<目次より>
入門編(上)――「川」と「沢」/「泉」と「谷」/「山」と「野」/「海」と「岬角(こうかく)地名」 他
入門編(下)――アイヌ語と「五十音」/アイヌ語音節表/地名の分類法/「双子地名」の話 他
理論編――「白河境界説」の疑問/「縄文人=古モンゴロイド」説 他
歴史・民族編――「三内丸山」とアイヌ語/「巨木遺構」と「鳥居」/発見された「土屋根の家」/「梟神」と「遮光器土偶」 他
東日本編
西日本編

地名に関心のある方、アイヌ語やアイヌの伝統文化に興味のある方に、ぜひおすすめしたい。


<カバーより>
全国各地にアイヌ語を訪ねる旅――
地名はいつ、どういう意味でつけられたのか。
「大和語」では意味が通じにくい各地の方言の由来は。
関東以西にもアイヌ語地名は存在する――。
弥生時代の人々が使った古代語の名残りであるアイヌ語地名をたどる。

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2008年4月 3日 (木)

【読】アイヌ語地名をめぐって

図書館から借りてきて、ちょっとだけ読み始めたら、これが、とてもいい本だった。
さっそくネット販売で入手。

渡辺一枝さんの本(『桜を恋う人』)は、いっとき脇において、読み進めているところ。

Nihon_ainugo_chimei大友幸男 著
 『日本のアイヌ語地名 ―東北から沖縄まで―』
 三一新書 1997.10.31 900円(税別)

新書ながら、内容は濃い。
このての本にありがちな、こじつけがない。

北海道の地名は、そのほとんどがアイヌ語地名にむりやり漢字をあてたものだ。
「内地」(今でも北海道の住民は、道外を指してこう呼ぶ)の人には読めない地名ばかり。
これは、無理に漢字をあてたからだ。

東北地方にアイヌ語地名が多く残っていることも、よく知られているが、もっと南の地方にもアイヌ語地名と思われるものの多いことが、この本でわかった。

アイヌ語が、日本の古語――弥生時代の後に形成された「大和ことば」よりも前にあった言葉――とつながりがありそうだ、ということもわかってきた。

漢字の地名の字面に、いかに私たちが惑わされているか。
地名を音(おん)で感じ、名前をつけた人たちの気持ちになってみる。
太古、この列島に住んでいた人たちのイメージがひろがる。

アイヌ語地名に関心のある人に、この本はオススメだ。

著者について、私は何も知らない。

大友 幸男 (おおとも ゆきお)
著者経歴には、岩手県陸前高田市出身、岩手日報学芸部長を経て文筆業(筆名大正十三造)、としか書かれていない。
著書は、『南部盛岡藩史略』、『北斗太平記』、『岩手の古地名物語』、『不来方の賦』、『盛岡商人伝』、『もりおかの地名』(編著)、『江釣子古墳群の謎』、『史料解読 奥羽南北朝史』、『日本縦断アイヌ語地名散歩』、『アイヌ語 古朝鮮語 日本の地名散歩』、ほか。

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2008年3月21日 (金)

【読】これはいい本だ

Yokoyama_takao_shosuminzoku_2今日から読みはじめた、この本が、とてもいい。

横山孝雄 『少数民族の旅へ』 新潮社 1984.8.25

文字通り、世界の少数民族を訪ねる旅。
といっても、まなじり決して少数民族を擁護するような態度ではなく、自然体であるところがいい。
文章が自然で、じつに上手い。
文は人なり、と言うが、こういう文章を書く人は信用できる、と、私は思う。

知里むつみさんと結婚したいきさつも、書かれている。
(「ヌプルペツ アイヌ女性との結婚私記」 本書 P.124)

知里むつみさんは、知里幸恵・真志保姉弟にはさまれた、知里高央(ちり・たかなか)さんの娘さん。
つまり、知里幸恵さんの姪御さんにあたる。

こういういい本が、すでに絶版で、新刊では手に入らなくなっている。
(ネット検索したら中古ではたくさん出ていたので、注文したが)

日本の出版界は、ちょっとおかしい。



― 『少数民族の旅へ』 「アンデス」 P.25- から ―

 峠を越えた列車が、ゆっくりとアンデス高原へ降り始めると、乗客も生気を取り戻してくる。 その頃になると相席の幼女も私の髭面に馴れたようなので、小さなプレゼントを渡した。 五円玉と五十円玉に紅白の紐を通して小鈴を付けたものだ。 女の子は目を丸くしてしばし鈴の鳴る手もとをじっと見つめたが、気おくれしてか手を出せないでいる。 かわりにお爺さんが受け取ってくれた。 お爺さんとお婆さんが得意そうにその事を周囲に告げると、どっとみんなが集まってきた。 長旅に退屈しきっていた人たちだったが、それまでは私にはまるで関心のないような素振りだった。 本当は、好奇心をインディオ独特の無表情さの下に隠していたようである。
 (中略)
 人の善いインディオたちに会って、すっかり嬉しくなった。 それまで私が接していたのは外人に対して悪ズレのしたタクシー運転手とか土産売りばかりだったから、土地の人を見るとつい身構えていたことを、この人たちが反省させてくれた。 (後略)

 

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2008年3月18日 (火)

【読】【楽】トンコリ

Shizukana_daichi_bunko_2まだ読んでいる。
花崎皋平 『静かな大地』 (岩波現代文庫)

トンコリがでてきた。
松浦武四郎 、四十一歳のとき、最後の蝦夷地の旅(安政五年)。
箱館から日本海まわりで銭函までの海岸を除き、蝦夷地の全海岸と、十勝、阿寒など道北、道東の内陸部を縦横に踏みわたり、さらに、日高沿岸の川筋をひとつひとつ遡行する、という徹底した探索行である。
1月2日(陽暦3月7日)から、8月21日(陽暦9月27日)まで、203日間の旅。

彼は、旧暦五月の中頃、トコロ(常呂)川上流のプトイチャンナイという土地で、宿泊先でトンコリの演奏を聴く。

Tonkori<その夜、老人は五弦琴(トンコリまたはトンクル)でチカフノホウエ(鳥の鳴声の曲)を弾いてくれる。 これは、春の日に沢山の鳥がさえずるさまをうつしたものでいかにもおもしろく、五弦でよくさまざまな鳥の鳴声を弾きわけられるものだとふしぎな気がした。>
 ― 『静かな大地』 第7章 シャリ・アバシリの惨状 ―

このエカシ(老爺)は、武四郎一行が帰路に立ち寄って、残った米やタバコを贈ると、そのお礼にトンコリをくれると言いだした。
武四郎は、一