カテゴリー「石原吉郎」の8件の記事

2013年6月26日 (水)

【読】勢古浩爾さんの新刊、もう一冊

勢古浩爾さん、という人がいる。
肩書は、評論家・エッセイストということになっている。

<勢古 浩爾(せこ こうじ、1947年 - )は、日本の評論家、エッセイスト。
大分県生まれ。明治大学政治経済学部卒、明治大学大学院政治学修士課程修了。橋川文三に師事。大学院修了後、洋書輸入会社に勤務。「石原吉郎論」で開高健賞候補。その後文筆活動に入り、『まれに見るバカ』がベストセラーとなる。2006年退社し文筆に専念。新書による人生論が多かったが、2009年本格評論『大和よ武蔵よ』を刊行。>
 ― Wikipedia ―

この人の著作の大半を読んできたが、また一冊、あたらしい本が出たので手に入れた。

『不孝者の父母考――親が死んではじめてきづいたこと』 (ふこうもののちちははこう)
 勢古浩爾 著
 2013/4/23発行 三五館 229ページ 1,400円(税別)

タイトルに惹かれた。
私も、若い頃に父を亡くし、昨年、母を亡くした。
来月、一周忌をむかえる。
私もまた「不孝者」だ。
ひとごとではないのである。

この本の表紙の写真は、勢古さんが乳児の頃、お姉さんと撮ったものだという。
五木さんの『旅の幻燈』の表紙写真を思いおこさせる。
(これまた衝撃的な本だった)

五木寛之 『旅の幻燈』 (講談社文庫)
<「私は初めておずおずと自分の過去や肉親の記憶をたどりながら、エッセイ風の自伝小説に筆をそめることになった…」 禁じられた性の目覚めに震える少年の日の記憶。亡き母への清冽な思慕。学生時代に出逢った女たちの淡い回想。白いアカシアの花影に、五木文学の原点をなす“詩と真実”が揺れる長編。>
 
 ― Amazonより ―

Tabinogentou

男子にとって母親や姉妹は、やはり特別な存在なのだろうか。

<12年前に母親(享年76歳)を、7年前に父親(享年89歳)を失った著者による、両親を失って初めて気づいた「父母考」。 誰にとっても一度きりの強烈な体験である「親の死」をテーマに、“親とは誰か?” “親の死とは何だったか?” を真剣に考え直す。
 (1)親の死はただ悲しいだけの出来事ではない。
 (2)親が死んで、子どもが後悔するのは当たり前である。
 (3)一般的な死などなく、だれにとっても死は、一人一人の個別的な出来事である。
 (4)子どもはいつまでも父と母の子である。
“すべての子どもは不孝者である” と考える著者による、親が健在な方にも、すでにどちらか一方(あるいは両方)がお亡くなりになった方にもお読みいただきたい「親の死」論。>
<親を失ってはじめて、親はほんとうの親として蘇る。すべての子どもへ贈る、切なく、温かい、「親の死」「自分の死」論。>

 ― Amazonより ―

読みたい本が、またこうして溜まっていく……。

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2013年6月21日 (金)

【読】勢古浩爾さんの処女作

ネット通販サイト(e-hon)の新刊ニュースで、勢古浩爾さんの「幻の処女作」が本になって出版されたことを知った。

勢古さんご自身が、何度か著書のなかで触れていたもので、読んでみたいと思っていたところだ。
詩人・石原吉郎論である。
さっそく注文して手に入れた。

勢古浩爾 『石原吉郎――寂滅の人』
 言視舎 2013/6/30発行 249ページ 1,900円(税別)

<壮絶な体験とは、人に何を強いるものなのか? ラーゲリ(ソ連強制収容所)で八年間、過酷な労働を強いられ、人間として、体験すべきことではないことを体験し、帰国後の生を、いまだ解放されざる囚人のように生きつづけた詩人・石原吉郎の苛烈な生と死。「忘れられた」詩人を再発見し、生きることの意味、倫理のあり方を正面から問い直した、著者「幻の処女作」ついに刊行! ★『望郷と海』を読んだのは二十代の後半だった。…「ここにおれとおなじような人間がいる」と思ったのだった。むろん時代がちがう。年齢がちがう。体験の質と量がちがう。が、孤独が似、自己愛と自己嫌悪が似、人間への反感が似、痛々しさが似ている、と思われたのだ……『まえがき」より >
― Amazon ―

以下、本書あとがきの勢古さんのことば。
<まさかこの原稿が本になるとは思わなかった。そのまま埋没し、消失してしまうことがこの原稿の宿命だったのだと思えば、感慨もひとしおである。
 本書はわたしが一番最初に書いた原稿である。かっこよくいえば、“幻の処女作”ということになるのだろうが、純文学の大家じゃあるまいし、そんなものは“幻”のままにしとけよ、といわれかねず、まあただの処女作である。……>


開高健賞に応募し、最終選考三篇に残ったものの受賞できず、出版もされなかった。
そのかわり、『中島みゆき・あらかじめ喪われた愛』(宝島社)を1994年に上梓している。
私はなんとか手に入れて読んでみたが、面白い中島みゆき論だった。

Seko_miyuki_2

ブログの過去記事で恐縮だが……。

2010年5月28日(金) 【楽】【読】勢古浩爾さんの中島みゆき論
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-c0bf.html
2010年5月28日(金) 【楽】【読】勢古浩爾さんの中島みゆき論(続)
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-3325.html
2010年5月30日(日) 【楽】【読】勢古浩爾さんの中島みゆき論(続々)
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-16fb.html


詩人・石原吉郎については、6年前に読んだこの本もよかった。
石原吉郎――ずっと気になっている人ではある。

多田茂治 『石原吉郎「昭和」の旅』
 作品社 2000/2/5発行 281ページ 2,000円(税別)

2007年2月28日(水) 【読】詩人 石原吉郎
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_76d9.html

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2010年12月21日 (火)

【読】2010年 こんな本を読んだ

西暦2010年も残すところ10日ばかりとなった。
今年もまた 「こんな本を読んだ」 の総集編を書いてみよう。

毎年、年間100冊は読みたいと思い続けて幾星霜。
今年は今のところ88冊目。
なかなか100冊は読めないなあ。

あいかわらず、乱読と言えば言えるし、傾向が偏っているとも言える。

■人類のルーツをめぐって

Lucy_no_hiza年始から、なぜかこんな本を集中して読んでいた。
『ルーシーの膝』 が面白かった。

・ニコラス・ウェイド 『5万年前』 イースト・プレス(2007年)
・馬場悠男 『ホモ・サピエンスはどこから来たか』 KAWADE夢新書(2000年)
・イヴ・コパン/馬場悠男・奈良貴史訳 『ルーシーの膝』 紀伊國屋書店(2002年)
・崎谷満 『DNAでたどる日本人10万年の旅』 昭和堂(2008年)

「われわれは、何処から来たのか? 何であるか、そして何処へ行くのか?」 (ゴーギャン)
ヒトという生き物は、なんと面白いものか。


Goodall_reason_for_home_23月。
星野道夫 『アフリカ旅日記 ゴンベの森へ』 メディアファクトリー(1999年) を再読したことがきっかけで、星野さんと親交のあったジェーン・グドールの本に出会い、感動した。

・ジェーン・グドール 『森の旅人』 角川書店(2000年)
・三井誠 『人類進化の700万年』 講談社現代新書(2005年)
・ブライアン・サイクス 『イヴの七人の娘たち』 ソニー・マガジンズ(2001年)

このテーマへの興味は尽きない。
これからも、いろいろ知りたいと思う。


■船戸与一ワールド

Funado_ugetsu_1今年読んだ船戸与一さんの小説は、6作(8冊)。
意外と少なかったが、読み落としていた近作を読むことができてよかった。

最新作 『新・雨月』 と、二年前の 『藪枯らし純次』 が読みごたえあり。
今は、初期の船戸小説を読みかえしたい気分だ。
『満州国演義』 の続編は、はたして出版されるのだろうか。
気になるところだ。

『降臨の群れ』 集英社(2004年) 年をまたいで読んだ
『新・雨月 戊申戦役朧夜話』 上/下 徳間書店(2010年)
『緋色の時代』 上/下 小学館(2002年)
『藪枯らし純次』 徳間書店(2008年)
『金門島流離譚』 毎日新聞社(2004年)
『夜来香海峡』 講談社(2009年)


■「あの戦争」 をめぐって

このテーマは、たぶん、これから先もずっと私につきまとうだろう。
フィクション、ノンフィクションをまじえて、今年もたくさん読み、思うところが多かった。
浅田次郎の小説に出会えたことも、今年の収穫。

Asada_manchurian_report ・加藤陽子 『戦争の近現代史』 講談社現代新書(2002年)
・三國一朗 『戦中用語集』 岩波新書(1985年)
・西牟田靖 『僕の見た「大日本帝国」』 情報センター出版局(2005年)
・岸本葉子 『禁じられた島へ 国後・色丹の旅』 凱風社(1992年)
・西牟田靖 『写真で読む 僕の見た「大日本帝国』 情報センター出版局(2006年)
・西牟田靖 『誰も国境を知らない』 情報センター出版局(2008年)
・安島太佳由/吉田裕 『歩いてみた太平洋戦争の島々』 岩波ジュニア新書(2010年)
・安島太佳由 『日本の戦跡を見る』 岩波ジュニア新書(2003年)
・早川タダノリ 『神国日本のトンデモ決戦生活』 合同出版(2010年)
・畑谷史代 『シベリア抑留とは何だったのか―詩人・石原吉郎のみちのり―』 岩波ジュニア新書(2009年)
・澤地久枝 『昭和・遠い日 近いひと』 文春文庫(2000年)
・多田茂治 『石原吉郎「昭和」の旅』 作品社(2000年)
・水島吉隆 『写真で読む昭和史 太平洋戦争』 日本経済新聞社 日経プレミアムシリーズ(2010年)
・松本健一 『畏るべき昭和天皇』 毎日新聞社(2007年)
・松本健一 『日本のナショナリズム』 ちくま新書(2010年)
・武田知弘 『教科書には載っていない! 戦前の日本』 彩国社(2009年)
・浅田次郎 『終わらざる夏』 上/下 集英社(2010年)
・浅田次郎 『マンチュリアン・レポート』 講談社(2010年)
・浅田次郎 『中原の虹』 全四巻 講談社(2006年/2007年)


■勢古浩爾ワールド

Seko_miyuki 勢古浩爾さんの本は、これで、あらかた読み尽くした。
ちょっとマンネリ化してきたように感じるが、あと何冊か読んでいない本をどうしようか。
手に入りにくい初期の著作(中島みゆき論)を入手して読めたのが、よかった。
『定年後のリアル』 は身につまされた。

『負けない』 ちくまプリマー新書(2009年)
『自分に酔う人、酔わない人』 PHP新書(2007年)
『日本を滅ぼす「自分バカ」』 PHP新書(2009年)
『中島みゆき・あらかじめ喪われた愛』 宝島社(1994年)
『定年後のリアル』 草思社(2010年)
『ビジネス書大バカ事典』 三五館(2010年)


■関野吉晴と長倉洋海

すっかりファンになってしまったこの二人の本。
長倉洋海さんの本は、まだ読んでいないものが手もとに何冊かある。
『グレートジャーニー』 シリーズも、ぶ厚い本がまだ二冊。
長倉さんの写真集(下の画像)は、高価なので(4800円)、図書館から借りた。

Nagakura_chi_o_kakeru・長倉洋海 『地を駆ける』 平凡社(2009/10/8初版)
・関野吉晴 『グレートジャーニー 人類5万キロの旅13 チベットの聖なる山へ』
 
小峰書店(2003年)
・関野吉晴 『インカの末裔と暮らす アンデス・ケロ村物語』 文英堂(2003年)
・関野吉晴 『新グレートジャーニー 日本人の来た道1 北方ルート シベリアの旅』 小峰書店(2006年)
・関野吉晴 『新グレートジャーニー 日本人の来た道2 北方ルート サハリンの旅』 小峰書店(2006年)
・関野吉晴 『グレートジャーニー 人類5万キロの旅』 全5巻 角川文庫(2010年)


■山野井泰史さんとの出会い

今年いちばんのヒットは、これかもしれない。
山好きの私なのに、去年までほとんど知らない人だったのだから。
山野井さんの本(下の画像)は、はじめ図書館から借りて読み、その後、じぶんで買って再読した。

Yamanoi_iwatoyuki_1・山野井泰史 『垂直の記憶 岩と雪の7章』 山と渓谷社(2004年)
・沢木耕太郎 『凍』 新潮社(2005年)
・丸山直樹 『ソロ 単独登攀者 山野井泰史』 山と渓谷社(1998年)

東京新聞(夕刊)連載の、山野井さんのエッセイ風読み物 「この道」 もよかった。
新聞連載といえば、池澤夏樹さんの連載小説 『氷山の南』 を読み通すことができたのも、私にしては珍しいことだった。




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2010年11月10日 (水)

【読】戦争を知りたがらない子供たち

タイトルはもちろん、有名なあのヒット曲にひっかけたもの。

「戦争を知らない子供たち」(せんそうをしらないこどもたち)は、1970年に発表された、ジローズ(第二次)のヒット曲。作詞は北山修、作曲は杉田二郎。  ― Wikipedia ―

北山修という人を私はひそかに敬愛している。
なにしろ、浅川マキの名曲「赤い橋」の作詞者でもあることだし。
しかし、この歌はいただけない。
懐かしの歌という触れこみでテレビ番組では今でもよく歌われているが、聴くたびに"ケッ"と思うのだ。

「あの戦争」のことを、もっと知ろうよ。
というわけで、サンフランシスコ講和条約調印の年に生まれた戦後世代の私ではあるが、戦争ものを読み続けている。

Ishihara_showa多田茂治 『石原吉郎「昭和」の旅』
 作品社 2000年発行
 279ページ 2000円(税別)

何年か前に読んで感銘を受けたはずなのに、読みかえしてみると驚くほど内容を憶えていなかった。
石原吉郎という人の生き方に、あらためて頭がさがる。

ずっと気になっていた 『望郷と海』 も、図書館から借りて読んでみた。
(この本は、残念なことに現在入手困難)
ただし、後半の 「ノート」 の部分は、読むのがつらくて投げ出した。
非常に抽象的な日記のような文章が、私には読解できなかった。


Ishihara_boukyou_to_umi石原吉郎 『望郷と海』
 ちくま文庫 1990年
 329ページ 670円(税別)

[目次]
確認されない死のなかで;ある〈共生〉の経験から;ペシミストの勇気について;オギーダ;沈黙と失語;強制された日常から;終りの未知;望郷と海;弱者の正義;沈黙するための言葉;不思議な場面で立ちどまること;『邂逅』について;棒をのんだ話;肉親へあてた手紙;1956年から1958年までのノートから;1959年から1962年までのノートから;1963年以後のノートから
― e-honサイトより ―


書店で興味ぶかい本を見つけたので、さっそく買ってきて読んだ。

Mizushima_taiheiyou_sensou水島吉隆 『写真で読む昭和史 太平洋戦争』
 日本経済新聞社 日経プレミアムシリーズ 071
 2010年3月発行 221ページ 870円(税別)

著者は1969年生まれで、私などよりずっと若い。
1931年の「満州事変」から1945年の敗戦まで、太平洋戦争の経緯をたどったものだが、写真が豊富なせいか、リアリティーがある。

日本軍の戦略的な失敗についても冷静に指摘しているところが、私には新鮮だった。
日中戦争の泥沼から、日米開戦、緒戦のはなばなしい勝利とその後の敗退。
あの「十五年戦争」の時代、軍部だけでなく、日本全体が迷走していたとしか思えない。
もちろん、今思えば、のハナシである。
どうしてあんなことになったんだろう、というのが私がずっと思い続けていることだ。

ずっと本棚で温めていたこの本を読んでみようと思う。
なかなか手ごわそうな本ではあるが。

Matsumoto_shouwa_tennou1Matsumoto_shouwa_tennou2_2松本健一 『畏るべき昭和天皇』
 毎日新聞社 2007年12月発行
 315ページ 1600円(税別)

昭和天皇の戦争責任、ということを私も考えている。

[目次]
記憶の王;“御聖断”とは、何か;もう一つの“御聖断”;大東亜戦争と国際法;「カゴの鳥」からの脱却;天皇の「私の心」;立憲君主の激怒;「統帥権干犯」問題;天皇の戦争責任その一 近衛との確執;天皇の戦争責任その二 常なる心(コモンセンス);天皇の戦争責任その三 陸軍を迎える最後のチャンス;「天皇の国家」という意識;天皇制下の民主主義その一 敗戦前後;天皇制下の民主主義その二 外の文明を受け入れつつ;天皇制下の民主主義その三 マッカーサーを押し返す;権力の彼方へ
― e-honサイトより ―

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2010年10月29日 (金)

【読】澤地久枝 「昭和・遠い日 近いひと」

図書館から借りた岩波ジュニア新書を読んでいた。

Iwanami_j_siberia畑谷史代(はたや・ふみよ) 『シベリア抑留とは何だったのか』
 ― 詩人・石原吉郎のみちのり ―
 岩波ジュニア新書 618
 2009年3月発行
 201ページ 740円(税別)

著者は1968年生まれというから、まだ四十代で若い。
信濃毎日新聞社の報道部、文化部を経て、論説委員(本書出版当時)。
詩人 石原吉郎を軸にシベリア抑留者たちの戦後を丹念に追った評伝で、印象深い内容だった。
戦中の満州、シベリア抑留を経て復員まで、石原吉郎と近しかった鹿野武一(かの・ぶいち※)という人がいる。

barbaroi!
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/index.html 内
「鹿野武一」関連資料集
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/yaziuma/kano/kanobuichi.html

澤地久枝の『昭和・遠い日 近いひと』に、鹿野武一とりあげられることも、この本で知った。
(※澤地さんのこの本では、「武一」を「たけかず」と読むことが書かれている)

Sawachi_shouwa_tooihii澤地久枝 『昭和・遠い日 近いひと』
 文春文庫 2000年12月発行
  (親本 文藝春秋社 1997年7月)
 331ページ 524円(税別)

ずいぶん前、古本屋でみつけて、いつか読もうと思い買っておいた本だった。
九話からなるこのノンフィクションも、丹念な取材に裏打ちされたもので、感銘をうけた。

治安維持法下の愛と死 (井田凜一)
「父いづこ」という環 (新井紀一)
反戦川柳作家 鶴彬
「太田伍長の陣中日記」以後
アッツ島玉砕者のたより (矢敷喜作)
占領下の花 鈴木しづ子
廣津和郎 男としての誠実
山村農家の母の自死 (木村セン)
シベリア抑留八年 夫と妻 (鹿野武一)

以上が、九話の章題。括弧内に主人公の名前を補った。
よく知られた人もいれば、まったくの無名人もいる。
「山村農家の母の自死」は、せつない話だ。
働いて、働いて、働きぬいて、いよいよ動けなくなった64歳の農婦、木村センさん(骨折して歩けなくなり、自死を選んだ)の遺書は、胸にしみる。

<四十五ねんかんのあいた わがまヽおゆてすミませんでした/みんなにだいちにしてもらてきのどくになりました/じぶんのあしがすこしもいごかないので よくよくやになりました ゆるして下い/……>
 ―澤地久枝 『昭和・遠い日 近い人』 文春文庫 P.242- より―

私は「無名人」と書いたが、ほんとうは、この世に「無名」な人なんか一人もいない。
世間的に知られていない人であっても、その肉親、周囲の親しい人たちにとっては、呼ぶべき名前のある、かけがえのない人だったはずだ。

<死者は一人ひとりねんごろに、その固有の名を呼んで弔われるべきであり、この人たちを「名もなき兵士」「無名戦士」などと虚飾して、人類史の襞に埋め戻す非礼は決して許されることではありません。(中略)この死者たち一人ひとりの前に立ちどまり、その名を呼びその声に聞き入ってほしい>
 ―畑谷史代 『シベリア抑留とは何だったのか』 岩波ジュニア新書 P.164 より―

これは、シベリアのハバロフスクに四年間抑留された新潟県糸魚川市の元中学校教諭 村山常雄さんが自費出版した『ソ連抑留中死亡者名簿』の「はしがき」に記された文章だという。

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2007年2月28日 (水)

【読】詩人 石原吉郎

今週読んでいる本。
Ishihara_showa多田茂治 著 『石原吉郎 「昭和」の旅』
 作品社 2000.2.5
ずいぶん前に、デパートの古本市でみつけて買ってあったもの。 ようやく読みはじめた。
石原吉郎の詩といえば、すぐに思いうかぶのが、高田渡さんが曲をつけて歌っていた 「さびしいと いま」 だ。
 さびしいと いま / いったろう ひげだらけの
 その土塀にぴったり / おしつけた その背の
 その すぐうしろで
(高田渡 『渡』 1993年 TOKUMA JAPAN)

Ishihara_shibun石原吉郎 (いしはら・よしろう)
 1915.11.11~1977.11.14 詩人
静岡県生まれ。 東京外語卒。
1939年、応召。 翌年、北方情報要員として露語教育隊へ分遣。 41年、関東軍のハルビン特務機関へ配属。 敗戦後、ソ連の収容所に。 49年2月、反ソ・スパイ行為の罪で、重労働25年の判決。 スターリン死去後の特赦で、53年12月、帰国。
(講談社文芸文庫 『石原吉郎詩文集』 より)

ちょっと想像を絶するシベリア抑留、強制収容所体験に、圧倒される。

 海が見たい、と私は切実に思った。 私には、わたるべき海があった。
 そして、その海の最初の渚と私を、三千キロにわたる草原と凍土がへだてていた。
 (石原吉郎 「望郷と海」 より)

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2007年1月13日 (土)

【読】勢古浩爾さんの三冊目

ひさびさの読書日誌。
長ったらしいので、興味のない方は読み流していただきたい。

年があけて最初に読みおえた本がこれ。
Seko_kouji2_1勢古浩爾 『自分をつくるための読書術』
 ちくま新書 134 1997.11 \680(税別)
― カバーから ―
<「自分」をつくるということは、割合しんどいことである。 そんな思いまでして、しかもどんな保証もないのに、なぜ「自分」をつくらなければならないのか。 いったいなんの得があるのか。 理由は簡単だ。 「自分」をつくらないで生きていくことは、もっとしんどいからである。>

このての読書案内が好きなので、おもしろそうだなと思って読みはじめた。
なかなか刺激的な内容である。
冒頭、<はじめに ――「自分」をつくるとはどういうことか>から、意表をつくようなことが書いてあり、うなってしまった。
<人間の気質や性格(人間性)は、そのほとんどが三歳までにできあがってしまうから、それ以降どんなに変えようとしても無駄である、という考えがある。 悪あがきはやめなさい、というわけでもあるまいが、この三歳決定論に関しては、わたしも基本的には信じるほかないという気がする。 しかし、だから自己形成へのあらゆる意思や試みは無効であるという諦観にわたしは同意しない。 もしも自分で「自分」をつくることができないのなら、そんな「自分」にひとは責任をとる必然性がまったくないからである。
(太字は原文のまま)

全6章のタイトルをあげておく。
この章題に勢古さんの考え方がよくあらわれていると思うのだ。
各章の末尾に、ブックリストがあり、勢古さんの推薦書があげられている。
そのなかで、ぼくが興味をもった本も書いておこう。
(読んだことのある本も、いくらかあるが、もういちど読んでみようかと思う)

第1章 「世間」を生きぬくための読書 ~あらゆる形式を疑え~
阿部謹也さんの「世間」論からはじまるところが、ぼくにはうれしかった。
■ブックリストから■
『無名人名語録』(永六輔/講談社文庫)
『アイルトン・セナ日本伝説』(松本洋二/新潮文庫)
『この国のかたち(四)』(司馬遼太郎/文春文庫)

第2章 「弱さ」を鍛えるための読書 ~一冊の本は決定的に発火する~
<学生時代、『共同幻想論』という本が薄暗い生協の本棚に平積みにされていたのを思い出す。ベストセラーだという噂は知っていたが、なにがキョードーゲンソーロンだとわたしは無視した。吉本隆明氏が何者かはまったく知らなかった。自慢じゃないが相当無知であった。・・・大学卒業後のある日、友人のNが「おまえなんか吉本があうんじゃないかなぁ」といった。かれの真意はわからなかったが、わたしはその日、はじめて吉本氏の本を買った。> という、勢古さんが出会った「衝撃的かつ決定的な一冊」は、吉本隆明さんの『情況』(河出書房新社)。
■ブックリストから■
『共同幻想論』(吉本隆明/河出書房新社、角川文庫)
『犠牲』(柳田邦男/文藝春秋)
『夜と霧』(V・E・フランクル/みすず書房)

第3章 「論理」の力をつけるための読書 ~読むなら考えよ考えぬなら読むな~
論理(論理的な考え方)はたいせつである。しかし、論理の限界点には<理不尽>がある。・・・と勢古さんは言う。
<「自分」をつくるうえで論理の重要性はいくら強調してもしすぎることはない。だが論理だけでひとを感動させることはできない、というのもまた事実である。論理がその力をもつためには、論理に根性がはいっていなければならない。>
この章で引用されている、吉本隆明さんの次のことば(『カール・マルクス』から)は、ぼくも好きだ。
<市井の片隅に生まれ、そだち、子を生み、生活し、老いて死ぬといった生涯をくりかえした無数の人物は、千年に一度しかあらわれない人物(註:カール・マルクスのこと)の価値とまったくおなじである。>
■ブックリストから■
『重力と恩寵』(シモーヌ・ヴェイユ/ちくま学芸文庫)
『敗北の構造』(吉本隆明/弓立社)
『ぼくならこう考える』(吉本隆明/青春出版社)

第4章 「理不尽」を生きるための読書 ~すべての本を軽蔑せよ~
■ブックリストから■
『悲しみの家族』(宮城賢/春秋社)
『岸辺のアルバム』(山田太一/角川文庫)
『冷い夏、熱い夏』(吉村昭/新潮文庫)
『人間の土地』『夜間飛行』(サン=テグジュペリ/新潮文庫)

第5章 「覚悟」を決めるための読書 ~わたしがルールブックである~
この本を通して、<自分さがし>などするな、ということが繰り返し言われている。
同様に<自分らしさ><人間らしさ>などという、口あたりのいい、それでいて何の意味もない言葉を痛烈に批判する。読んでいて爽快。
■ブックリストから■
『単純な生活』(阿部昭/講談社文芸文庫)
『神聖喜劇(全5冊)』(大西巨人/ちくま文庫)
『鹽壷(しおつぼ)の匙』(車谷長吉/新潮文庫)

第6章 「自分」をゆさぶるための読書 ~自分に関係のない本などない~
著者・勢古浩爾さんは、若い頃(およそ30年前)、ほぼ一年をかけてヨーロッパ、中近東、アジアを旅し、そのときに持っていた本は、サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(ペーパーバックの原書)一冊だけだったという。
■ブックリストから■
『昭和精神史』(桶谷秀昭/文春文庫)
『ねむれ巴里』(金子光晴/中公文庫)
『東南アジアを知る』(鶴見良行/岩波新書)
『深夜特急(全6冊)』(沢木耕太郎/新潮文庫)
『望郷と海』(石原吉郎/ちくま学芸文庫)
『広島第二県女二年西組』(関千枝子/ちくま文庫)
『泥まみれの死 「沢田教一写真集」』(沢田サタ編/講談社文庫)
『大地の子(全4冊)』(山崎豊子/文春文庫)
『城下の人』『曠谷の花』『望郷の歌』『誰のために』(石光真清/中公文庫)
『生きることの意味』(高史明/ちくま文庫)

以上です。 ああ、しんど。
もちろん、ぼくには、こんなにたくさん読めやしないが、何冊かは手に入れて読んでみたい、あるいは再読したいと思ったのである。
この新書は、良質のブックガイドであり、骨のある自前の「思想」が語られている一冊。

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2006年12月29日 (金)

【読】勢古浩爾さんの二冊目

『風の王国』 という長編小説を読み終えたので(読後感はさわやか、しかし、後味が軽い)、目先のかわったものを読んでみようかな、ということで。

Seko_kouji3勢古浩爾 『こういう男になりたい』 (ちくま新書)
すこし前に読んだ 『思想なんかいらない生活』 (ちくま新書)も面白かったが、この本も痛快。
タイトルは男性論のようだが(実際、そうなのだが)、そこいらの軽薄でなんの役にもたたない駄本とはちがう。
なかなか骨のある人なのだ。
ずばずばと気に入らないものを切っていく文章は小気味がいい。

各章の扉に、なぜか石川啄木の詩歌の一節が引用されていて、啄木もいいな、という気にさせられる。
<男とうまれ男と交り 負けてをり かるがゆゑにや秋が身に沁む>
<誰が見てもとりどころなき男来て 威張りて帰りぬ かなしくもあるか>
<こころよく 人を讃めてみたくなりにけり 利己の心に倦めるさびしさ>
<何となく自分をえらい人のやうに 思ひてゐたりき。 こどもなりしかな。>
<大いなる水晶の玉を ひとつ欲し それにむかひて物を思はむ>
<放たれし女のごときかなしみを よわき男の 感ずる日なり>
<あたらしき心もとめて 名も知らぬ 街など今日もさまよひて来ぬ>

ブックガイドとして読んでも、おもしろい本だ。
ちなみに、啄木歌集については――
 久保田正文編 『新編 啄木歌集』 (岩波文庫)
 啄木に意外と「男」に関する歌が多いのを発見した。
 啄木のひたむきさと卑小さを描いた傑作に関川夏央原作、谷口ジロー漫画
 『「坊ちゃん」の時代』(双葉社)の第三部『かの蒼空に』がある。
と紹介されていたり。

著者の勢古さんは、若い頃(といっても、三十代後半)に、石原吉郎論を書いたというのも、なにやら好感がもてる。
<大学をでて宙ぶらりんの気分の時期に、自分みたいなおもしろくもなんともない男は、一生女から好かれないだろうな、とおもった。 (略) ジャーナリストになる希望もついえた。 どうしようかと途方にくれた。 とにかく仕事がしたいと思った。 ぼちぼち本を読むことを覚え、わら半紙にすこしずつ埒もない文章を書くようになった。 本を出したいという気持ちはこれっぽちもなかった。 夢でさえありえなかった。 三十代後半に四百枚の孤独な「石原吉郎」論を書きおえたとき、世間ではなんの役にも立たない自信らしきものがすこしついただけであった。 もう「夢」がなければ、自分のいまいる「一所」で「懸命」にやることだけが残された。> (P.128~129)

勢古浩爾(せこ・こうじ)
1947年大分県生まれ。明治大学政治経済学部卒。
現在、洋書輸入会社に勤務。1988年、第7回毎日21世紀賞受賞。
市井の一般人として「自分」が生きていくということの意味を問い、独自の思考を、まさに「ふつうの人」の立脚点から展開し続けている。
著書に『中島みゆき・あらかじめ喪われた愛』(宝島社)、『自分をつくるための読書術』(ちくま新書)。
  ― 『こういう男になりたい』 (ちくま新書/2000年5月) 著者紹介から転載 ―

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