カテゴリー「沢木耕太郎」の14件の記事

2012年11月28日 (水)

【読】沢木耕太郎の「無名」を読む

9年前に出版された、沢木耕太郎の 『無名』 を、近くの図書館から借りてきて読んだ。
この春まで、古本屋で手に入れたこの本が私の手元にあったのだが、読まないまま3月の古本市にだしてしまった。
なぜ、今になって読んでみようという気もちになったのだろう。
それはたぶん、この夏、私自身が母を亡くしたからだろう。

沢木耕太郎 『無名』
 幻冬舎 2003年9月15日発行
 
 254ページ 1,500円(税別)

 文庫版 幻冬舎文庫 2006年8月 560円(税込)

 

89歳で亡くなった父親を綴ったこの本は、私自身の体験と重なるところもあって、強い感銘を受けた。
何度か目頭が熱くなった。

もちろん、沢木さんの体験と私の体験は大きくちがっている。
片や父親、片や母親。
死に至る経緯や、肉親の死に向きあう姿勢、等々。

それでも、老齢の肉親を見送る悲しみが伝わってきて、印象深い読書となった。


<一合の酒と一冊の本があれば、それが最高の贅沢。そんな父が、ある夏の終わりに脳の出血のため入院した。混濁してゆく意識、肺炎の併発、抗生物質の投与、そして在宅看護。病床の父を見守りながら、息子は無数の記憶を掘り起こし、その無名の人生の軌跡を辿る―。生きて死ぬことの厳粛な営みを、静謐な筆致で描ききった沢木作品の到達点。>  ― Amazonサイトより ―

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年11月 1日 (木)

【読】沢木耕太郎 「ポーカー・フェース」

昨年11月に、沢木耕太郎さんのこんな本が出ていたことを知った。
さっそく近くの図書館から借りてきて読んでいる。

沢木耕太郎 『ポーカー・フェース』
 新潮社 2011年11月発行
 296ページ 1600円(税別)

沢木耕太郎さんの書いたものが好きで、一時期、ずいぶん読んだものだ。
この本に似た味わいのエッセイ集である、『バーボン・ストリート』、『チェーン・スモーキング』も私の愛読書だった。
もう、手もとにはないけれど。

本のタイトルが、なぜ「ポーカー・フェイス」ではなく、「ポーカー・フェース」なのか。
そのワケはあとがきに書かれていて、いかにも沢木さんらしい、と、ニヤリ。

全部で13話、味わいぶかいエッセイがつまっているのだが、私は、まんなかあたりの「恐怖の報酬」をまっ先に読んだ。
というのは、そこに、私が敬愛するクライマー、山野井泰史・妙子夫妻の逸話が書かれていたから。
(この本を知ったのも、山野井さんに関するネット記事からだった)

以前(二年ほど前)、このブログにも書いたのだが、沢木さんは『凍』というノンフィクションで山野井夫妻を描いていて、これにはずいぶんと感銘を受けたのだった。


2010年6月2日(水) 【山】【読】沢木耕太郎 「凍」
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-f010.html

2010年6月3日 (木) 【山】【読】沢木耕太郎 「凍」 (文庫版)
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-1aad.html

2010年6月4日 (金) 【山】【読】沢木耕太郎 「凍」 読了
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-c039.html

それはさておき、沢木さんのエッセイは、とてもいい。
私の感覚では、まるで美味しい葡萄を食べた後のように、さわやかな充足感がある。

なぜ「葡萄」なのかといえば、私は下戸なので。
人によっては美味しいワインのような、という形容がいいのかもしれない。

『ポーカー・フェース』は読みやすい本なので、明日にでも読み終えてしまいそうだ。
読書の秋というけれど、たしかに秋は本が読める―― 気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月19日 (土)

【山】【読】読了 「いのち五分五分」

山野井孝有(やまのい・たかゆき) 著
 『いのち五分五分』 山と渓谷社(2011年7月発行)

本日読了。
クライマー 山野井泰史さん、妙子さん夫妻と二人をとりまく人びとが描かれている。
著者は、山野井泰史さんのお父さん。
1932年生まれ、13歳で軍需工場に動員され、グライダー特攻訓練を受けた、戦中世代。
毎日新聞の労組で本部書記長を務めた経歴もある。

孤高のクライマーと呼びたいような泰史さんと、よきパートナーである妙子さん(旧姓・長尾妙子)を見守るあたたかい気持ちが伝わってくる。

とくに印象に残った一節がある。
山野井夫妻の、つつましく、モノを大切にする生活ぶりを象徴するエピソードだ。

 <泰史と妙子の奥多摩の家の電気製品のほとんどが友人の廃品だ。テレビもビデオデッキも、電気釜も。…(略)…
 泰史、妙子の車はワンボックス4WD7人乗りのマニュアル車だ。山に行くときにはこれで寝泊まりをしてきた。…(略)…ようやくオートマチック、走行距離10万キロ、価格は5万円の「古車」に買い替えた。今は19万キロだ。2010年4月に奥多摩に行くと、泰史がこの車の屋根にパテを埋め込んでいた。雨漏りがするという。昨年、泰史たちと伊豆旅行した時には屋根にガムテープを貼っていたのを思い出す。
 妙子は言う。
「『エコ減税だ』『エコ補助金だ』と言って、新車、薄型テレビ、冷蔵庫を売りつけているが、新製品を作るのに必要な鉄など大量の材料を作るために二酸化炭素を出す。電池に使うリチウムは貴重な資源だ。エコカーを作る時と中古車を破棄する時、どちらも二酸化炭素を出すのだ。さらに、エコ商品を購入できる人たちは恵まれた人たちだ。この恵まれた人たちに『税金』を使うのは納得できない。年収200万円以下の人たちはまったく無縁なのだ」>

 <さらに妙子はこんなことも話してくれた。先日、信号待ちで止まっていると横に車が止まった。いきなり「今はエコだぞ、その車はなんだ!」と怒鳴られたという。燃費の悪い二人の「古車」とエコカーと、どちらが最終的に環境に配慮しているのだろうか。>

 (第4章 泰史のパートナー・妙子 P.103-105 「妙子とエコロジー」 より)

二人は、奥多摩の古い家を借り、自給自足的な生活を続けながら、自分たちが納得できるクライミングを続けている。
「定職を持たない」「登山のために企業から支援を受けない」――これが二人の基本姿勢だという。
その生き方は一途で、「山」を最優先させるものだが、けっして人づき合いを避けることはない。
二人の他人を思いやる心は、この本の随所に描かれている。
まったく、頭がさがる。

山野井泰史・妙子夫妻を描いた『凍』の著者・沢木耕太郎さんが、二人と深い交際を結んでいるのもうなずける。
毎年、12月上旬には、奥多摩の家で「餅つき望年会」が行なわれる。
沢木さんや、夫妻と関係の深い人たちが集まるその会では、山野井夫妻の畑でとれた野菜や手作りのこんにゃくが振る舞われ、鍋を囲んで参加者全員がその年の反省と翌年の抱負を語り合うという。
うらやましい。

これから先、私の身の上につらいことがあったら、こういう人たちのいることを思い出そう。
きっと、勇気づけられることだろう。


【山野井泰史・妙子夫妻を描いた本】

沢木耕太郎 著 『凍』

丸山直樹 著 『ソロ―単独登攀者・山野井泰史』

【山野井泰史さんの著作】
 山野井泰史 著 『垂直の記憶―岩と雪の7章』

【参考サイト】
 山野井通信 (株式会社エバニューのサイト内)
  http://www.evernew.co.jp/outdoor/yasushi/yasushi1.htm
  最新号
   http://www.evernew.co.jp/outdoor/yasushi/yasushi4.htm
 Facebook内 山野井泰史ファンページ
  https://www.facebook.com/pages/%E5%B1%B1%E9%87%8E%E4%BA%95%E6%B3%B0%E5%8F%B2Yasushi-Yamanoi/193753620643484?sk=wall&filter=2


蛇足で、個人的なことだが……
山野井(長尾)妙子さんといっしょに、グランドジョラス北壁ウォーカー稜を冬期初登(女性)した笠松美和子さんを、正月の南アルプスの山小屋で(と記憶しているが)、お見かけしたことがある(冬山ガイドをされていた)。
その後、中央アルプス宝剣岳で遭難死している。
笠松さんの死後、妙子さんと友人の寺沢玲子さんが、笠松さんのお母さんを誘って北海道旅行をしたというエピソードも、この本に書かれていた。

Wikipedia 登山家一覧 (笠松美和子さんが載っていた)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BB%E5%B1%B1%E5%AE%B6%E4%B8%80%E8%A6%A7

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月21日 (火)

【読】2010年 こんな本を読んだ

西暦2010年も残すところ10日ばかりとなった。
今年もまた 「こんな本を読んだ」 の総集編を書いてみよう。

毎年、年間100冊は読みたいと思い続けて幾星霜。
今年は今のところ88冊目。
なかなか100冊は読めないなあ。

あいかわらず、乱読と言えば言えるし、傾向が偏っているとも言える。

■人類のルーツをめぐって

Lucy_no_hiza年始から、なぜかこんな本を集中して読んでいた。
『ルーシーの膝』 が面白かった。

・ニコラス・ウェイド 『5万年前』 イースト・プレス(2007年)
・馬場悠男 『ホモ・サピエンスはどこから来たか』 KAWADE夢新書(2000年)
・イヴ・コパン/馬場悠男・奈良貴史訳 『ルーシーの膝』 紀伊國屋書店(2002年)
・崎谷満 『DNAでたどる日本人10万年の旅』 昭和堂(2008年)

「われわれは、何処から来たのか? 何であるか、そして何処へ行くのか?」 (ゴーギャン)
ヒトという生き物は、なんと面白いものか。


Goodall_reason_for_home_23月。
星野道夫 『アフリカ旅日記 ゴンベの森へ』 メディアファクトリー(1999年) を再読したことがきっかけで、星野さんと親交のあったジェーン・グドールの本に出会い、感動した。

・ジェーン・グドール 『森の旅人』 角川書店(2000年)
・三井誠 『人類進化の700万年』 講談社現代新書(2005年)
・ブライアン・サイクス 『イヴの七人の娘たち』 ソニー・マガジンズ(2001年)

このテーマへの興味は尽きない。
これからも、いろいろ知りたいと思う。


■船戸与一ワールド

Funado_ugetsu_1今年読んだ船戸与一さんの小説は、6作(8冊)。
意外と少なかったが、読み落としていた近作を読むことができてよかった。

最新作 『新・雨月』 と、二年前の 『藪枯らし純次』 が読みごたえあり。
今は、初期の船戸小説を読みかえしたい気分だ。
『満州国演義』 の続編は、はたして出版されるのだろうか。
気になるところだ。

『降臨の群れ』 集英社(2004年) 年をまたいで読んだ
『新・雨月 戊申戦役朧夜話』 上/下 徳間書店(2010年)
『緋色の時代』 上/下 小学館(2002年)
『藪枯らし純次』 徳間書店(2008年)
『金門島流離譚』 毎日新聞社(2004年)
『夜来香海峡』 講談社(2009年)


■「あの戦争」 をめぐって

このテーマは、たぶん、これから先もずっと私につきまとうだろう。
フィクション、ノンフィクションをまじえて、今年もたくさん読み、思うところが多かった。
浅田次郎の小説に出会えたことも、今年の収穫。

Asada_manchurian_report ・加藤陽子 『戦争の近現代史』 講談社現代新書(2002年)
・三國一朗 『戦中用語集』 岩波新書(1985年)
・西牟田靖 『僕の見た「大日本帝国」』 情報センター出版局(2005年)
・岸本葉子 『禁じられた島へ 国後・色丹の旅』 凱風社(1992年)
・西牟田靖 『写真で読む 僕の見た「大日本帝国』 情報センター出版局(2006年)
・西牟田靖 『誰も国境を知らない』 情報センター出版局(2008年)
・安島太佳由/吉田裕 『歩いてみた太平洋戦争の島々』 岩波ジュニア新書(2010年)
・安島太佳由 『日本の戦跡を見る』 岩波ジュニア新書(2003年)
・早川タダノリ 『神国日本のトンデモ決戦生活』 合同出版(2010年)
・畑谷史代 『シベリア抑留とは何だったのか―詩人・石原吉郎のみちのり―』 岩波ジュニア新書(2009年)
・澤地久枝 『昭和・遠い日 近いひと』 文春文庫(2000年)
・多田茂治 『石原吉郎「昭和」の旅』 作品社(2000年)
・水島吉隆 『写真で読む昭和史 太平洋戦争』 日本経済新聞社 日経プレミアムシリーズ(2010年)
・松本健一 『畏るべき昭和天皇』 毎日新聞社(2007年)
・松本健一 『日本のナショナリズム』 ちくま新書(2010年)
・武田知弘 『教科書には載っていない! 戦前の日本』 彩国社(2009年)
・浅田次郎 『終わらざる夏』 上/下 集英社(2010年)
・浅田次郎 『マンチュリアン・レポート』 講談社(2010年)
・浅田次郎 『中原の虹』 全四巻 講談社(2006年/2007年)


■勢古浩爾ワールド

Seko_miyuki 勢古浩爾さんの本は、これで、あらかた読み尽くした。
ちょっとマンネリ化してきたように感じるが、あと何冊か読んでいない本をどうしようか。
手に入りにくい初期の著作(中島みゆき論)を入手して読めたのが、よかった。
『定年後のリアル』 は身につまされた。

『負けない』 ちくまプリマー新書(2009年)
『自分に酔う人、酔わない人』 PHP新書(2007年)
『日本を滅ぼす「自分バカ」』 PHP新書(2009年)
『中島みゆき・あらかじめ喪われた愛』 宝島社(1994年)
『定年後のリアル』 草思社(2010年)
『ビジネス書大バカ事典』 三五館(2010年)


■関野吉晴と長倉洋海

すっかりファンになってしまったこの二人の本。
長倉洋海さんの本は、まだ読んでいないものが手もとに何冊かある。
『グレートジャーニー』 シリーズも、ぶ厚い本がまだ二冊。
長倉さんの写真集(下の画像)は、高価なので(4800円)、図書館から借りた。

Nagakura_chi_o_kakeru・長倉洋海 『地を駆ける』 平凡社(2009/10/8初版)
・関野吉晴 『グレートジャーニー 人類5万キロの旅13 チベットの聖なる山へ』
 
小峰書店(2003年)
・関野吉晴 『インカの末裔と暮らす アンデス・ケロ村物語』 文英堂(2003年)
・関野吉晴 『新グレートジャーニー 日本人の来た道1 北方ルート シベリアの旅』 小峰書店(2006年)
・関野吉晴 『新グレートジャーニー 日本人の来た道2 北方ルート サハリンの旅』 小峰書店(2006年)
・関野吉晴 『グレートジャーニー 人類5万キロの旅』 全5巻 角川文庫(2010年)


■山野井泰史さんとの出会い

今年いちばんのヒットは、これかもしれない。
山好きの私なのに、去年までほとんど知らない人だったのだから。
山野井さんの本(下の画像)は、はじめ図書館から借りて読み、その後、じぶんで買って再読した。

Yamanoi_iwatoyuki_1・山野井泰史 『垂直の記憶 岩と雪の7章』 山と渓谷社(2004年)
・沢木耕太郎 『凍』 新潮社(2005年)
・丸山直樹 『ソロ 単独登攀者 山野井泰史』 山と渓谷社(1998年)

東京新聞(夕刊)連載の、山野井さんのエッセイ風読み物 「この道」 もよかった。
新聞連載といえば、池澤夏樹さんの連載小説 『氷山の南』 を読み通すことができたのも、私にしては珍しいことだった。




20100506_tokyo_shinbun_2

Ikezawa_rensai_020

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月 9日 (水)

【山】【読】再読、山野井泰史さん

一週間前にいちど読んだのだけれど、図書館に返す日まで間があるので、もう一度読んでいる。
こんなことははじめてだ。

一度目にはわからなかったことが、二度目のいま、よくわかる。
沢木耕太郎さんの 『凍』、丸山直樹さんの 『ソロ』 と、たて続けに二冊、山野井夫妻を描いた本を読んだせいもあるのだろう。

Yamanoi_iwatoyuki_1山野井泰史 『垂直の記憶 岩と雪の7章』
 山と渓谷社 2004年刊
 244ページ 1500円(税別)

いっそ買ってしまおうか。
おそらく、この先、何度読みかえしてもあらたな感銘を受けるだろう。
躍動感があり、すーっとはいってくる文章が、とてもいい(編集者の力量もあるのだろう)。

あらためて、この本に記されている七つの登攀を、章題とともにあげておこう。
(本書目次、巻末 「山野井泰史 年譜」 を参考にした)
もちろん、年譜には、この他にも数多くの登攀経歴が載っている。

第1章 八000メートルの教訓 ―― ブロード・ピーク
  1991年 26歳 パキスタン、ブロード・ピーク(8047m)登頂
      キャシードラル南壁、敗退  
第2章 ソロ・クライミングの蘇生
―― メラ・ピーク西壁とアマ・ダブラム西壁
  1992年 27歳 ネパール、メラ・ピーク西壁ダイレクトルート単独、敗退
      冬季アマ・ダブラム西壁新ルートより単独初登
  1993年 28歳 パキスタン、ガッシャブルム4峰(7925m)東壁に単独、敗退
      パキスタン、ガッシャブルム2峰(8034m)登頂
第3章 ソロの新境地 ―― チョ・オユー南西壁
  1994年 29歳 マッターホルン北壁登頂
      チベット、チョ・オユー(8201m)南西壁新ルートより単独初登
第4章 ビッグウォール ―― レディーズ・フィンガー南壁
  1995年 30歳 パキスタン、レディーズ・フィンガー(5.10c A3+)南壁初登
第5章 死の恐怖 ―― マカルー西壁とマナスル北西壁
  1996年 31歳 ネパール、マカルー(8463m)西壁単独、敗退
  1997年 32歳 チベット、ガウリシャンカール(7134m)北東稜、敗退
  1998年 33歳 ネパール、クスム・カングル(6367m、80度、5.9)
      東壁新ルートより単独初登
      ネパール、マナスル(8163m)北西壁、敗退
第6章 夢の実現 ―― K2南南東リブ
  2000年 35歳 パキスタン、K2(8611m)南南東リブから単独初登
第7章 生還 ―― ギャチュン・カン北壁
  2002年 37歳 チベット、ギャチュン・カン(7952m)北壁第2登


各章のうしろに、「コラム」があり、本文の厳しい登攀記録とは対照的に、両親や夫人のこと、山に対する考え方など、ほんわかとした内容のエッセイが掲載されている。
いい話がたくさんあるのだが、それはまたあらためて紹介しようかと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月 5日 (土)

【山】【読】山野井泰史さんを描いたもうひとつのノンフィクション

世界的なクライマー 山野井泰史さんを描いたノンフィクション。
近くの図書館にあったので、今日借りてきた。

Maruyama_solo丸山直樹 『ソロ 単独登攀者 山野井泰史』
 山と渓谷社 1998年
 286ページ 1500円(税別)

著者の丸山直樹さんは、大学山岳部で山登りを経験しているフリーランスの記者(本書執筆当時)。
山野井さんが書いた 『垂直の記憶 岩と雪の7章』(山と渓谷社)にも名前がでてきて、山野井さんとも親しいらしい。

沢木耕太郎さんの本を読んだ後では、この人の文章はすこし読みにくい感じがするのだが(私も他人のことは言えない)、おもしろそうだ。

タイトルの「ソロ」は、山野井さんの単独登攀スタイル(アルパイン・スタイルによるソロ)に焦点をあてていることによる。

<山野井泰史――言うまでもなく現時点における日本最強のアルパイン・クライマーである。「日本」と限定するよりは、「世界最強のソロ・クライマー」と言っても過言ではないだろう。小学校五年生のとき、偶然テレビで見た劇映画『モンブランへの挑戦』がきっかけで岩登りに取り憑かれ、以来二十年近く、とりわけ高校卒業後の十三年間を、すべてクライミングに費やしてきた。定職はない。富士山頂測候所への冬季歩荷(ぼっか)(徒歩による物資の荷揚げ)である強力(ごうりき)で主な生活費を稼ぎ出し、東京都・奥多摩の山間に建つ、築六十年の借家に妻とともに住む。妻の妙子(旧姓長尾)もまた、ヒマラヤを数多く登っている屈指の女性クライマーである。>
(本書 プロローグ「自分という極限」 P.9-)

アルパイン・スタイルとは、ヨーロッパ・アルプスでおこなわれてきた単独または少人数による登山スタイル。できるだけ短い日数で一気に登る。
日本で我々が一般ルートをたどて山に登るスタイルがそうだ。

これに対して、ヒマラヤのような巨大で難しい山の場合、これまではポーラー・メソッド(極地法)、あるいはシージ・タクティス(包囲法)と呼ばれるスタイルが一般的だった。
ベース・キャンプを築き、大量の物資を運んで、そこからいくつも前進キャンプをつくって荷物をデポし、隊員の高度順化をはかりながら、最後のアタック・キャンプからコンディションのいい隊員だけが頂上をアタックする。
ルートにはロープをフィックスして、できるだけ安全に必要な物資を上にあげられるようにする。
ルートもできるだけ難しいところを避ける。ノーマル・ルートと呼ばれ、稜線をたどることが多い。
金と時間のかかる、いわば物量作戦だが、そうでもしなければ登頂が困難だったのだ。

この方法で世界のおもだった高峰が登り尽くされたあと、より難しいルートが開拓され、さらには無酸素・短期日でいっきに登ることが始められた。
強靭な肉体と体力、トレーニングによって、重い酸素ボンベなど使わずに速く登ることができれば、このアルパイン・スタイルの方が効率がいいにきまっている。

山野井さんの登攀は、そのアルパイン・スタイルの究極にあるもので、もちろん酸素ボンベなど持たず、一人かせいぜい三人ぐらいでヒマラヤの岩壁をよじ登って山頂を目指すのだ。
高度七千メートルを超えると、酸素濃度は平地の三分の一になるという。
そんな危険なところで困難な岩壁を登ることなど、私たち一般の登山者には考えられないことだが……。
岩壁に魅かれる気持ちはわかるような気がする。
ただ、登ってみたいと思ってもとうてい無理なだけだ。


この本、山野井泰史さんのことを知るのには、うってつけのようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月 4日 (金)

【山】【読】沢木耕太郎 「凍」 読了

読みおえたあと、これほど充足感をおぼえる本はひさしぶりのことだ。

Sawaki_tou沢木耕太郎 『凍』  新潮社 2005年

よほどの信頼関係がなければ、ここまで書けないだろうなと思っていたら、文庫版 池澤夏樹さんの解説にこう書いてあった。
(文中の「三人」とは、山野井泰史・妙子夫妻と沢木耕太郎。)

<この三人はどれほどの時間をかけて細部を思い出すという共同作業をしたのだろう? そこでは沢木の人柄がどういう力を発揮したのだろう? この話の最後の方に山野井夫妻が再びギャチュンカンの麓まで行くエピソードがある。「登山経験のまったくない男性」と自称する沢木を伴って、かつて残したゴミを回収するためにベースキャンプまで登る。そういうことができる仲を沢木は山野井夫妻との間に構築した。ただ親密なだけでなく、理解者としての沢木を泰史と妙子は受け入れた。> (『凍』 新潮文庫解説 池澤夏樹)

この本は感動的なドキュメンタリーだった。

いいエピソードがたくさんあるが、次の話は微笑ましい。
ギャチュンカンから奇跡的な生還を遂げて帰国後、夫妻は凍傷にかかった手足の指を日本の病院で切断することになった。
その時の話。
(文中の「父親」は山野井泰史さんの父親。)

<山野井の父親が手術室の外で待っていると、まずストレッチャーに乗せられて山野井が出てきた。さすがに顔は蒼白で、体は小刻みに震えていた。
 ところがそれから一時間ほどして出てきた妙子は、女性の看護師と談笑している。山野井とは違って切ったのは片手の指だけだとしても、その様子は驚くべきもののように思えた。さすがに妙子は慣れている、と父親は妙な感心の仕方をしてしまった。>

<父親は妙子に関してこんな話を聞いたことがあった。マカルーから帰って入院しているとき、同じ病院で小指を詰めた暴力団員が入院していた。あまり痛い、痛いと大騒ぎをするので、看護師が言ったという。
「小指の一本ぐらいでなんです。女性病棟には手足十八本の指を詰めても泣き言を言わない人がいますよ」
 しばらくしてその暴力団員が妙子の病室に菓子折りを持って訪ねてきた、という。>

(本書 第十章 喪失と獲得 P.275)


妙子さん(旧姓 長尾妙子)は、山野井泰史さんと知りあった頃の1991年、8481メートルのマカルーに登頂後、下降の途中で重度の凍傷を負い、その結果、手の指を第二関節から十本、足の指も二本を残して八本すべて失い、しかも鼻の頭まで失っている。
(鼻は移植手術によって一部復元。)

ギャチュンカンでの過酷なビバークによって、さらに残っていた第二関節から残っていた手指も切断したのだ。
泰史さんの父親が「さすがに妙子は慣れている」と感じたのには、そういう背景がある。

山野井夫妻は、このギャチュンカンからの生還(2002年)の後も、徐々にリハビリを続けて、とうとうクライミング(岩登り)を再開し、現在に至っている。
ギャチュンカンから五年後の2007年には、グリーンランドで標高差1300メートルの岸壁に挑戦し、十七日かけて登頂に成功している。


「あきらめない」――そのことの大切さを学んだような気がする。
そして、ふたりの「自由な生き方」に感動した。

池澤夏樹さんがこう書いている。

<……人間の身体の力としてこれは驚嘆すべき偉業である。/だが、それだけならば、この記録にこれほど心動かされることはないだろう。感動するのは、彼らが真の意味で自由であるからだ。……泰史と妙子は自由なのだ。すべてを自分たちだけで決められるように生活を、人生を、設計している。あることをするのに、他人が提示する条件を容れた方がずっと楽という場合でも、苦労を承知で自分たちだけでやる方を選ぶ。それは本当に徹底している。その姿勢をぼくは自由と呼びたい。>

<彼らが確保している自由の中で大事なのは名声からの自由である。つまり名声を求めないこと。そういうものに振り回されないこと。> (文庫版解説 池澤夏樹)


新潮文庫の池澤さんの解説は、それだけでじゅうぶんひとつの読み物のように、おもしろい。
どうせ読むのなら、文庫版をおすすめしたい。

Sawaki_tou_bunko沢木耕太郎 『凍』
 新潮文庫 2008年刊
 366ページ 552円(税別)
 解説 池澤夏樹
 巻頭にギャチュンカン峰周辺の地勢図

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年6月 3日 (木)

【山】【読】沢木耕太郎 「凍」 (文庫版)

沢木耕太郎 『凍』 の文庫版(新潮文庫)を、職場の近くのBOOK OFFで手にいれた。
定価の7割ほどの価格で売られており、とてもきれいな状態の本だ。
おそらく一度も読まれることなく売られたのだろう。

Sawaki_tou_bunko沢木耕太郎 『凍』  新潮文庫 2008年刊
 366ページ 552円(税別)

うれしいことに、巻頭にギャチュンカン付近の地形の略図がつけられている。
ギャチュンカン(山野井さんはギャチュン・カンと表記している)は、ネパールとチベットの国境線上、マカルー、ローツェ、エヴェレスト(チョモランマ)と並ぶ八千メートル峰群の西北に位置する。
その西には、これも8201メートルのチョ・オユーがある。

八千メートル前後の山々がずらりと連なるヒマラヤ山脈の核心部である。

<ヒマラヤ山脈(Himalayan Range、中国語で喜马拉雅山脉)は、アジアの山脈であり、パキスタン・インド・チベット(中華人民共和国領)・ネパール・ブータンの国境付近に位置する。西端はアフガニスタンのヒンドゥークシュ山脈へとつながる。 ヒマーラヤ हिमालय は、サンスクリット語で、hima「雪」+alaya「すみか」から「雪の住みか」の意。エベレスト (8850m) 、K2 (8611m) 、カンチェンジュンガ (8598m) をはじめ、世界でも標高の高い山が数多く属している。> ―Wikipediaより―


この文庫には、さらにうれしいことに、池澤夏樹さんの解説がついている。
まだ本文を読みおえていないので解説は読まないほうがいいのだが、ちらっとみたところ、いかにも池澤さんらしい文章を発見。

<あまりにおもしろい本なので、読後の興奮のままに山野井夫妻のことを書きつらねたが、そのおもしろさを成立させているのはもっぱらノンフィクションを書いてきた作家としての沢木の伎倆(ぎりょう)であり思想である。>
(『凍』 文庫版解説 池澤夏樹)

池澤夏樹さんをしてここまで言わせた、沢木耕太郎という作家の技量に脱帽。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月 2日 (水)

【山】【読】沢木耕太郎 「凍」

今日の東京新聞夕刊には大きな活字が躍り、そのとばっちりをうけて、山野井さんの連載は三面に追いやられてしまった。
一面のニュースについて、私の感想は「いいよなあ」というものだ。
あの人たちは、辞めりゃ済むけど、俺たちはそうそう簡単に辞められないもの。

それはさておき。

Sawaki_tou沢木耕太郎 『凍』  新潮社 2005年刊

期待をはるかに超えるおもしろさだ。
山野井泰史・妙子夫妻がよく描かれている。
さすがに沢木耕太郎の筆はすごい。

YouTubeでちょっとだけ見た夫妻の姿によって、妙子さんも凍傷で手足の指を失っていることは知っていたが、手の指は第二関節から十本すべて、足の指は二本を残して八本すべて、とは驚いた。
そんなことがあっても、あたらしい目標をつくって登攀を続けるのは、根っから山が好きだから、ただそれだけだという。

泰史さんは、いわゆるピークハンターではないから、ヒマラヤの八千メートル峰というだけで登攀するのではなく、じぶんが登りたい山(岩壁)だけに挑戦し続けている人だ。

沢木さんのこの本を読んでいると、夫妻の出会い、結婚にいたる経緯なども詳しく描かれていて興味ぶかい。
つくづく、いい夫婦だな、と思う。
奥多摩での質素な生活ぶり知るにつけ、この夫妻にますます好感をもつようになった。

この本で唯一残念なのは、ギャチュン・カンの地図が掲載されていないため、地理的な位置関係がイメージしにくいことだ。
ギャチュン・カン峰は、エヴェレスト(別名サガルマータ、チョモランマ)のすぐ近くにある。
標高7952メートルで8000メートルにわずかに足りないことと、アプローチの難しさから、登頂しようとする登山家はほとんどいないらしい。
しかし、山野井泰史さんは、この山に魅せられてその北東壁の単独登攀に挑む。
結果的には、北東壁では敗退し、北壁に切り替えて夫婦二人で登るのだが……。


<……日本において山野井は、一般的にはほとんど無名と言ってよかった。山岳関係の雑誌に登山の記録を載せることはあっても、積極的にテレビや週刊誌に出ることはなかった。それは……登山の費用のすべてを自分で賄っているため、名前を売ってスポンサーを見つける必要がなかったからでもある。ただ、自分の好きな山を好きに登ることができさえすればよかったのだ。>

<そうした山野井にとって、八千メートルという高さはヒマラヤ登山に必須のものではなかった。八千メートル以下でも、素晴らしい壁があり、そこに美しいラインを描いて登れるなら、その方がはるかにいいという思いがあった。>

(本書 第一章 ギャチュンカン P.24-25)


中身の濃い本で(活字もぎっしり詰まっている)、まだ三分の一までしか読みすすんでいないが、いい本だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月 1日 (火)

【山】【読】山野井泰史さんの本を読む

平日には新聞をほとんど読まない(開くことすらめったにない)。
だが、毎日欠かさず読んでいるのが、東京新聞朝刊最終面の「氷山の南」(池澤夏樹さんの連載小説、今日で267回)と、夕刊一面に連載されはじめた山野井泰史さんの「この道」(今日で23回)の二つだ。

池澤夏樹さんの小説は、いよいよ佳境にはいって面白い。
主人公の青年(アイヌ民族の末裔という設定)が、南極から巨大な氷山を曳航する船からおりて、いまちょうどオーストラリア大陸で先住民「アボリジニ」の青年、老人と交流しているところだ。

山野井泰史さんの連載エッセイ(インタビューによる聞き書きかもしれない)の方も、山登りが好きな私には、たまらない内容。
山野井さんのことはほとんど知らなかったが、卓越したクライミングを続けている人だ。
1965年生まれ。
十代なかばから、社会人山岳会にはいって尖鋭的なクライミングを続けている「世界的な」クライマー。
夫人の妙子さんも一流クライマーだ。

山野井さん自身が書いた本があり、市の図書館に置いてあったので、日曜日に借りてきた。
私にしてはハイ・スピードの二日とちょっとで、今日読みおえた。

Yamanoi_iwatoyuki_1山野井泰史 『垂直の記憶 岩と雪の7章』
 山と渓谷社 2004年刊
 244ページ 1500円(税別)

図書館から借りてきた――予約して待つのもまだるっこしく、すぐに読みたかったのもあって、少し距離のある分室まで出向いた――この本には「寄贈本」のゴム印が押されていたが、まったく読まれた形跡がなかった。
しおり紐が折られたまま、まんなかあたりのページに挟まれていたから、たぶん誰も借りたことがないようなのだ。
まるで買ったばかりの新本を読むようで、気分がよかった。

巻頭のカラー写真がきれいだ。
七つの山行記録だが、その苛酷なクライミングに驚いた。
誰もやったことのない登攀に常に挑戦しながら、これ見よがしなところがいっさいなく、謙虚で、人間的にも好きになれそうな印象をうけた。
最終章(第7章) 「生還 ギャチュン・カン北壁」 に圧倒される。
妙子夫人とふたりで、2002年にチベットのギャチュン・カン(7952メートル)北壁に挑んだ登攀記。
下山途中で雪崩にあい、夫人ともども九死に一生を得るものの、ひどい凍傷にかかって手足の指を何本も切断することになる。


もう一冊、この山野井さんのギャチュン・カン登攀をテーマにしたノンフィクションが、やはり図書館にあると知ったので(これはすぐ近くの地域館=喜平図書館)、やはり日曜日に借りてきた。
明日から読みはじめよう。

Sawaki_tou沢木耕太郎 『凍(とう)』
 新潮社 2005年刊
 300ページ 1600円(税別)

こちらの本は、これまでたくさんの人に読まれているようで、さすが、人気作家の本だ。
沢木耕太郎さんらしい題名がつけられている。
この本は、「新潮」2005年8月号掲載の「百の谷、雪の嶺」を改題したもの。
「あとがき」で、沢木さんはこう書いている。

<私には珍しく、この作品は雑誌に掲載する直前までタイトルに悩んだ。「百の谷、雪の嶺」にするか、「凍」にするか。迷った末に、ギャチュンカンそのものを意味する「百の谷、雪の嶺」を選んだ。/しかし、それを書き終えた直後、ポタラ峰北壁に再度挑戦している山野井泰史に会うため、炎熱下の中国をバスで移動しつづけているうちに、あれはやはり「凍」だったのではないかと思うようになった。あの世界を構成しているのは、ギャチュンカンという山と、その北壁に挑んだ山野井泰史と妙子の両者であり、その全体を包み込む言葉としては「凍」以上のものはないのではないか。「凍」と書いて「とう」と読ませるのはかなり強引だが、……>

楽しみな本だ。
沢木耕太郎さんの本は、若い頃、夢中になって読んだ時期があったが、その後しばらく遠ざかっていた。
この人の書く文章(文体)は、とても好きなのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

【山】山日誌 | 【楽】音楽日誌 | 【歩】散歩日誌 | 【演】演芸日誌 | 【観】観察日誌 | 【読】読書日誌 | 【遊】おでかけ日誌 | 【雑】きまぐれ日誌 | 【震】震災日誌 | あの戦争 | こんな本を手に入れた | こんな本を読んだ | こんな音楽を聴いた | ちょっと遠くへ | アイヌ民族・アイヌ語 | サイボク・まきばの湯 | トムラウシ山遭難事故 | 上々颱風 | 中島みゆき | 五十一 | 五木寛之 | 今尾恵介 | 内村剛介 | 内澤旬子 | 内田樹 | 加藤登紀子 | 勝沼大雅園 | 勢古浩爾 | 南方熊楠 | 古山高麗雄 | 古本 | 吉本隆明 | 吉村昭 | 呉智英 | 四季 冬 | 四季 夏 | 四季 春 | 四季 秋 | 図書館 | 国分寺 light house | 国分寺界隈 | 塩山 BUN BUN Bear | 塩見鮮一郎 | 多摩 | 夢枕獏 | 宮本常一 | 宮沢賢治 | 宮部みゆき | 小平図書館友の会 | 小平界隈 | 小熊英二 | 小金井公園 | 小金井界隈 | 山崎ハコ | 山田風太郎 | 山野井泰史 | 岡崎武志 | 岸本完司 | 平岡正明 | 府中 郷土の森 | 日帰り温泉 | 星野道夫 | 服部文祥 | 杏's cafe | 村上春樹 | 東大和界隈 | 松岡正剛 | 松浦武四郎 | 柳田国男 | 桂枝雀 | | 椎名誠 | 江戸東京たてもの園 | 江戸東京博物館 | 池澤夏樹 | 沖浦和光 | 沖縄 | 沢木耕太郎 | 浅川マキ | 浅田次郎 | 浅草弾左衛門 | 渋・辰野館 | 満州 | 澤地久枝 | 狭山公園 | 田中優子 | 白崎映美 | 百名山 | 知里幸恵・真志保 | 石光真清 | 石原吉郎 | 石川英輔 | 美瑛 | 船戸与一 | 菅江真澄 | 萱野茂 | 西川郷子 | 西牟田靖 | 赤坂憲雄 | 長倉洋海 | 間宮林蔵 | 関野吉晴 | 阿部謹也 | 青梅・奥多摩・五日市 | 静かな大地 | 須藤もん | 高田渡 | 高野秀行 | 鳥の歌 | 鶴見和子