カテゴリー「呉智英」の9件の記事

2014年12月29日 (月)

【読】2014年総集編(こんな本と出会った)

今年もたくさん本を読むことができた。
10月末にあつらえた近々両用眼鏡のおかげで、読書が楽になった。
目は大切にしよう。

今年は、昨日までに99冊読んだ。
(中断したり一部だけ読んだものは除く)
あと一冊で100冊。
私にとっては大台だが、数十ページの短い本もまじっているので、冊数だけでは測れない。

さいわい、「読書メーター」という便利なサイトがある。
読んだ本を登録しておけば、自動的に総ページ数がわかるのだ。
23,923ページとなっている。

 読書メーター - あなたの読書量をグラフで記録・管理
 http://bookmeter.com/

七割方の本は、図書館から借りたもの。
じぶんでもたくさん買っているのだが、買ってしまうと安心して読まないものだ。

膨大なリストになるが、せっかくメモ帳ソフトで記録をとっているので、月別に羅列しておきたい。括弧内は出版日付。

何かしら参考になれば、さいわいです。
これは、という印象深かった本は、太字にしてAmazonのリンクも貼っておきます。

■1月■
・門田隆将 『死の淵を見た男 ―吉田昌郎と福島第一原発の五百日』 PHP研究所 (2012/12/4)
・野口邦和 監修/新美景子 文 『カラー図解 ストップ原発 1 大震災と原発事故』 青木書店 (2011/12/9)
・野口邦和 監修/新美景子 文 『カラー図解 ストップ原発 2 放射能汚染と人体』 青木書店(2012/1/20)
・飯田哲也 監修/新美景子 文 『カラー図解 ストップ原発 3 電力と自然エネルギー』 青木書店 (2012/2/20)
・辻信一 監修/高橋真樹 文/水野あきら 絵 『カラー図解 ストップ原発 4 原発と私たちの選択』 青木書店 (2012/3/26)
・恩田勝亘 『福島原発現場監督の遺言』 講談社 (2012/2/20)
・大鹿靖明 『ドキュメント福島第一原発事故』 講談社 (2012/1/27)
・松岡正剛 『千夜千冊番外編 3・11を読む』 平凡社 (2012/7/11)
・赤坂憲雄 『北のはやり歌』 筑摩選書 0077 (2013/10/15)
・堤 未果 『ルポ 貧困大国アメリカ』 岩波新書 新赤版1112 (2008/1/22)
・堀江邦夫・文/水木しげる・絵 『福島原発の闇 ―原発下請け労働者の現実』 朝日新聞出版 (2011/8/30)
・堤 未果 『アメリカは変われるか? ―立ち上がる市民たち!』 大月書店 (2009/3/31)
・呉智英 『吉本隆明という「共同幻想」』 筑摩書房 (2012/12/10)

■2月■
・池上 彰 『そうだったのか!アメリカ』 集英社文庫 (2009/6/30)
・呉智英 『言葉の常備薬』 双葉社 (2004/10/30)
・呉智英 『言葉の煎じ薬』 双葉社 (2010/6/20)
・塩見鮮一郎 『江戸から見た原発事故 ―あの時こうしていたら……の近代日本史』 現代書館 (2014/1/30)
・呉智英 『言葉につける薬』 双葉社 (1994/9/10)
・北海道新聞社編 『原子力 負の遺産 ―核のごみから放射能汚染まで―』 北海道新聞社 (2013/8/28)
・長谷川集平 『およぐひと』 解放出版社 (2013/4/20)
・キャロル・オフ 著/北村陽子 訳 『チョコレートの真実』 英治出版 (2007/9/1)
・東京柳句会編 『友ありてこそ、五・七・五』 岩波書店 (2013/12/17) 入船亭船橋・永六輔・大西信行・桂米朝・加藤武・柳家小三治・矢野誠一
■3月■
・岡崎武志 『あなたより貧乏な人』 メディアファクトリー (2009/10/16)
・星川淳 『タマサイ 魂彩』 南方新社(2013/11/11)

・古市憲寿 『誰も戦争を教えてくれなかった』 講談社 (2013/8/6)
■4月■
・星川淳 『ベーリンジアの記憶』 幻冬舎文庫 (1997/9/11)

・石川明人 『戦争は人間的な営みである ―戦争文化試論』 並木書房 (2012/11/5)
■5月■
・内田樹 『街場のメディア論』 光文社新書  (2010/8/20)
・広瀬洋一 『西荻窪の古本屋さん ―音羽館の日々と仕事』 本の雑誌社 (2013/9/20)

・内田樹 『街場の憂国論』 晶文社 (2013/10/10)
・藻谷浩介・NHK広島取材班 『里山資本主義 ―日本経済は「安心の原理」で動く』 角川oneテーマ21 (2013/7/13)
・内田樹 編 『街場の憂国会議』 小田嶋隆・想田和弘・高橋源一郎・中島岳志・中野晃一・平川克美・孫崎享・鷲田清一 晶文社 (2014/5/10)
・伊藤痴遊 『明治裏面史 (上)』 国書刊行会 (2013/4/25)
■6月■
・伊藤痴遊 『明治裏面史 (下)』 国書刊行会 (2013/4/25)
・塩見鮮一郎 『探偵イザベラ・バード 明治開化殺人事件』 河出書房新社
・岡崎武志 『上京する文學 漱石から春樹まで』 新日本出版社 (2012/10/25)
・前川恒雄 『移動図書館ひまわり号』 筑摩書房 (1988/4/15)
・猪谷千香 『つながる図書館 ―コミュニティの核をめざす試み』 ちくま新書 (2014/1/10)
・内田樹 『日本辺境論』 新潮選書 (2009/11/20)
・夏堀正元 『明治の北海道 ―シリーズ日本近代史5』 岩波ブックレット (1992/3/19)
■7月■
・内田樹/小田嶋隆/平川克美/町山智浩 『9条どうでしょう』 毎日新聞社 (2006/3/10)
・内田樹/小田嶋隆/平川克美 『街場の五輪論』 朝日新聞出版 (2014/2/28)
・川本三郎 『マイ・バック・ページ ―ある60年代の物語』 平凡社 (2010/11/25)
・内田樹 『私家版・ユダヤ文化論』 文春新書 519 (2006/7/20)
・塩見鮮一郎 『解放令の明治維新 ―賤称廃止をめぐって』 河出ブックス (2011/6/20)
・柳田邦男 『「想定外」の罠 ―大震災と原発』 文春文庫 (2014/3/10)
・大森洋平 『考証要集』 文春文庫 (2013/12/10)
・笠井潔・白井聡 『日本劣化論』 ちくま新書 (2014/7/10)
・高野秀行 『謎の独立国家ソマリランド ―そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』 本の雑誌社 (2013/2/20)
・高野秀行 『未来国家ブータン』 集英社 (2012/3/30)

 

■8月■
・高野秀行 『イスラム飲酒紀行』 講談社文庫 (2014/7/15)
・池上彰 『おとなの教養』 NHK出版新書 (2014/4/10)
・池上彰 『そうだったのか!現代史』 (2007/3/25)
・辻信一/田中優子 『降りる思想』 大月書店 (2012/10/19)
・田中優子 『カムイ伝講義』 小学館 (2008/10/6) 339ページ ちくま文庫 (2014/5/10)
・白井聡 『永続敗戦論 ―戦後日本の核心』 大田出版(atプラス叢書 04) (2013/3/27)
・笠井潔・白井聡 『日本劣化論』 ちくま新書 (2014/7/10)
・豊下楢彦 『「尖閣問題」とは何か』 岩波現代文庫(学術273) (2012/11/16)
・水野和夫 『世界経済の大潮流 ―経済学の常識をくつがえす資本主義の大転換』 大田出版 (2012/5/17)
・ヘレナ・ノーバーグ・ホッジ 『ラダック ―輝かしい未来』 山と渓谷社 (2003/7/10)
・下重暁子・黒田夏子 『群れない 媚びない こうやって生きてきた』 海竜社 (2014/6/10)
■9月■
・山本高樹 『ラダックの風息 ―空の果てで暮らした日々』 ブルース・インターアクションズ(スペースシャワーネットワーク) (2009/3/10)
・笠井潔 『8・15と3・11 ―戦後史の死角』 NHK出版新書388 (2012/9/10)
・保阪正康 『昭和史、二つの日 ―語り継ぐ十二月八日と八月十五日』 山川出版社 (2012/7/25)
・五十嵐惠邦 (いがらし・よしくに) 『敗戦と戦後のあいだで ―遅れて帰りし者たち』 筑摩書房(筑摩選書0050) (2012/9/15)
・勢古浩爾 『大和よ武蔵よ ―吉田満と渡部清』 洋泉社 (2009/7/17)

・水野剛也 『「自由の国」の報道統制 ―大戦下の日系ジャーナリズム』 吉川弘文館 (2014/7/1)
・五十嵐惠邦 『敗戦の記憶 ―身体・文化・物語 1945~1970』 中央公論新社 (2007/12/20)
・小林英夫 『シリーズ昭和史No.7 大東亜共栄圏』 岩波ブックレット (1988/8/3)
■10月■
・徳山喜雄 『安倍官邸と新聞 ―「二極化する報道」の危機』 集英社新書 (2014/8/17)
・内田樹 『憲法の「空語」を充たすために』 かもがわ出版 (2014/8/15)
・内田樹 『街場の共同体論』 潮出版社 (2014/6/20)

・豊下楢彦・小関彰一 『集団的自衛権と安全保障』 岩波新書 新赤版1491 (2014/7/18)
・豊下楢彦 『集団的自衛権とは何か』 岩波新書 新赤版1081 (2007/7/20)
・高野秀行・角幡唯介 『地図のない場所で眠りたい』 講談社 (2014/4/24)

・池澤夏樹 『終わりと始まり』 朝日新聞出版 (2013/7/30)

・佐原真・小林達雄 『対論 世界史のなかの縄文』 新書館 (2001/1/5)
■11月■
・礫川全次 『異端の民俗学 ―差別と境界をめぐって』 河出書房新社 (2006/4/20)
・礫川全次 『戦後ニッポン犯罪史』 批評社 (2000/6/10) 332ページ
・礫川全次 『日本人はいつから働きすぎになったのか ―<勤勉>の誕生』 平凡社新書744 (2014/8/12)
・デイビッド・ウォルトナー=テーブズ/片岡夏実訳 『排泄物と文明 ―フンコロガシから有機農業、香水の発明、パンデミックまで』 築地書館 (2014/5/20)
・勢古浩爾 『定年後7年目のリアル』 草思社文庫 (2014/8/8)
・井上ひさし 『二つの憲法 ―大日本帝国憲法と日本国憲法』 岩波ブックレット 812 (2011/6/7)
・森英樹 『憲法のこころに耳をすます』 かもがわブックレット 101 (1997/5/3)
・小西豊治 『憲法「押しつけ」論の幻』 講談社現代新書 1850 (2006/7/20)
・伊藤始・杉田秀子・望月武人 『五日市憲法草案をつくった男・千葉卓三郎』 くもん出版 (2014/9/21)
・半田滋 『日本は戦争をするのか ―集団的自衛権と自衛隊』 岩波新書 新赤版1483 (2014/5/20)
・長倉洋海 『ぼくが見てきた戦争と平和』 バジリコ (2007/5/15)
・佐藤優 『創価学会と平和主義』 朝日新書 481 (2014/10/30)
・池上彰・佐藤優 『新・戦争論 ―僕らのインテリジェンスの磨き方』 文春新書 1000 (2014/11/20)

・池上彰 『池上彰教授の東工大講義 学校では教えない「社会人のための現代史」』 文藝春秋 (2013/10/15)
・池上彰 『池上彰教授の東工大講義 この日本で生きる君が知っておくべき「戦後の学び方」』 文藝春秋 (2013/3/30)
■12月■
・杉浦康平 『文字の靈力 ―杉浦康平デザインの言葉』 工作舎 (2014/9/20)
・依田彦三郎 『ゴミは、どこへ行く? ―自動車、原発、アルミ缶、汚水の授業』 太郎次郎社 (1993/7/20)
・『レイチェル・カーソン ―「沈黙の春」で環境問題を訴えた生物学者』 筑摩書房 ちくま評伝シリーズ<ポルトレ> (2014/10/25)
・倉澤治雄 『原発ゴミはどこへ行く?』 リベルタ出版 (2014/11/7)
・松田哲夫 『縁もたけなわ ―ぼくが編集者人生で出会った愉快な人たち』 小学館 (2014/9/3)
・角幡唯介 『アグルーカの行方 ―129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』 集英社文庫 (2014/9/25)

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2014年2月 5日 (水)

【読】呉智英 「正しい日本語」シリーズ(続)

2月3日に書いた
 【読】呉智英 「正しい日本語」シリーズ: やまおじさんの流されゆく日々
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-b5cf.html
の続きを書いておきたい。

図書館から、呉智英(くれ・ともふさ) 「正しい日本語シリーズ」 の近刊――といっても四年近く前の出版――を借りてきた。

<大好評を得た前作『言葉の常備薬』からますますパワーアップしてお届けする、「正しい日本語」シリーズの最終章です。インテリが偉そうな顔をして使っている間違った言葉をバッサバッサと斬りまくる、読んでなっとく、あなたの日本語力をのばす格好のエッセイ。就寝前に一章ずつ、言葉の病気を治します。>
― 出版社のサイトより ―

呉 智英 『言葉の煎じ薬』
 双葉社 2010/6/20発行 215ページ 1,300円(税別)

軽い読み物なので、読むのが遅い私でも一、二日で読むことができる。

まえがきを読んでいたら、例の「すべからく」問題に触れている箇所があったので、原文を紹介しておきたい。

以前、私が読んだのは別の著作だったと思うが、呉さんはこの問題をしつこく何度も書いている。
その理由も、下の文章から推察できる。

<「すべからく」を「すべて」のつもりで得意気に誤用する風潮は1970年代に始まった。この言葉を誤用するのは、しばしば日本語の乱れを指摘される無知無教養なヤンキー青年やコギャルたちではない。彼らは無知無教養であるからこそそんな小難しい言葉は知らないし、従って誤用のしようもないのである。中途半端な知識人、丸山真男なら「亜インテリ」と呼ぶような連中が、一般民衆を威嚇するために、自分でも意味を知らない言葉を得意気に誤用している。>
― 本書 『言葉の煎じ薬』 まえがき P.11 ―

Amazonのレビューを見ていたら、呉智英氏を「粘着質」と評する人がいた。
粘着質――「粘り強い性格」と褒めているのではなく、「しつこい性格」ということだろう。

私も、性格的には「粘着質」かもしれない。
だからなのか、呉さんの書くものが嫌いではない。

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2014年2月 3日 (月)

【読】呉智英 「正しい日本語」シリーズ

今日は穏やかに晴れて、暖かい。
気温も15度まであがり、なによりも風のないのがありがたい。


一日一冊のペースで、呉智英(くれ・ともふさ)さんの軽い読み物を二冊読んだ。
雑誌等に掲載された短い文章が集められたもので、一話が四ページほど。
すらすら読める。

私が読んだのは図書館から借りてきた単行本だが、文庫版(双葉文庫)もでている。
ところどころに、中野豪によるイラスト(ひとこま漫画風)が添えられていて、笑いを誘う。

呉智英 (くれ・ともふさ)
 『ロゴスの名はロゴス』
  メディアファクトリー 1999/1/15発行 221ページ
  双葉文庫 2001年 219ページ
 『言葉の常備薬』
  双葉社 2004/10/30発行 221ページ
  双葉文庫 2007年 217ページ

 

双葉文庫では 「正しい日本語シリーズ」 と銘打って、もう一冊でているようだ。
単行本(1994年発行)が図書館にあったので、予約しておいた。

 『言葉につける薬』
  双葉文庫 1998年 219ページ

呉さんいわく、「言葉(ロゴス)は論理(ロゴス)」である、と。

さまざまな日本語の誤用をとりあげて、鋭く突いている。
大新聞や大雑誌に堂々と掲載されていた文章もやり玉にあげられていて、痛快である。
もちろん、ご自身の思い違いの例もあげて、謙虚に反省している。

そのいっぽうで、呉さんは、流行語や軽薄語(若者言葉)などには寛容である。
流行り言葉はいずれ淘汰されるからだ。
いいおとな(大学者、大記者等)が得意そうに難しい言葉を使いながら、その実、使い方が間違っている場合には手厳しい。

そこが痛快だ。


「すべからく」 問題

これは呉さんが別の本でとりあげていたのだが、「すべからく」の間違った用法を見かけることがある。
ふつう使わない難しい言葉なのだが、これを、「すべて」「おしなべて」の意味で使う人がいる。

辞書をひけばすぐにわかるが、「すべからく」(須らく・須く)は、「すべからく~すべし」という文脈で使うもの。
私は使ったことがない、こんな難しい言葉なんて。
それを言うなら、「ぜひとも~しなければならない」だろう。

呉さんが指摘していた「すべからく」の誤用が誰のものだったかは忘れた。


私も何度か、著名な文筆家の文章で誤用を「発見」したことがある。

ひとりは、あの村上春樹氏。
6年ほど前、このブログに書いたことがある。

<たとえそれがどのような種類のアンソロジーであれ、アンソロジーというものはすべからくその寄って立つべきコンセプトを有している。>
― 『and Other Stories とっておきのアメリカ小説12篇』 村上春樹・柴田元幸・畑中佳樹・斎藤英治・川本三郎 訳 文藝春秋 1988年 巻頭 ―

この春樹さんの例は、ひょっとしたら

<たとえそれがどのような種類のアンソロジーであれ、アンソロジーというものはすべからくその寄って立つべきコンセプトを有すべきである。>

と言いたかったのかもしれないが、それでも収まりが悪い。
やはり、こう書くべきだろう。
「寄って立つ」も、「拠って立つ」だろう(編集経験のある、私の友人が指摘してくれた)。

<たとえそれがどのような種類のアンソロジーであれ、アンソロジーというものはすべてその拠って立つべきコンセプトを有している。>

もうひとり、最近読んだ松岡正剛氏も間違えて使っていた(『3・11を読む』)。
一冊の本で何度も見たので、そのたびに、ひかかったことを憶えている。
私は、村上春樹氏も松岡正剛氏も敬愛しているが、これはいただけない。

どちらも、「すべからく~である」 の文脈で使っているが、これは明らかな誤解・誤用。
「すべて」「おしなべて」「おおむね」と言えばよい。


難しい言葉を使わなくても、他にわかりやすい言い方があるのになあ……。
恰好つけようとするから、そんな間違いが起こる、という呉さんの意見に私も賛成。

そんなに目くじら立てて間違いをあげつらわず、笑って見過ごせばいいんじゃないか、という意見もある。
しかし、難しそうな言葉を使えば文章に箔がつく、という(無意識の)姿勢がいやだ。
これを「知ったかぶり」と呼ぶ。
プロの文筆家に対して失礼ではあるが。

……などと書きながら、私も、あまり人のことは言えない。
呉さんが言うように、辞書をまめに引いて確かめるようにしよう。

【参考サイト】
株式会社双葉社 | 書誌インデックス 「呉智英」
http://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookfind/?type=t&word=%E5%91%89%E6%99%BA%E8%8B%B1&btnG=%E6%A4%9C%E7%B4%A2

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2014年1月30日 (木)

【読】ジグザグ天気と読書

今日は、強い南風が吹いたかと思うと、晴れ間がでたり雨が降ったり、という一日。
テレビの気象情報では 「ジグザグ天気」 と呼んでいる。
なるほど。

午前中、地元の所属団体の仕事。
午後は、小平の歯科医院。
歯の掃除も明日一日で終わる。
やれやれ。


きのうから、呉智英さんの 『吉本隆明という「共同幻想」』(筑摩書房・2012年)を読んでいる。
呉さんは、この本で吉本隆明氏の難解な著作を、丹念に、批判的に読み解いている。

呉さんが言うように、たしかに吉本氏の文章には意味不明なものが多い。
日本語として意味をなさず、読む者は理解に苦しむ――私もその一人だ。
なのに、なぜこれほど吉本氏の「人気」が高かったのか。
「よくわからないけど(よくわからないから)、すごい」 と思われていたのではないか。

―― というようなことが、丁寧に、理路整然と説かれている。
面白い。

呉 智英 『吉本隆明という「共同幻想」』
 筑摩書房 2012/12/10発行 222ページ 1,400円(税別)

<一体、吉本隆明って、どこが偉いんだろう。吉本が戦後最大の思想家だって、本当だろうか。本当かもしれない。本当だとすれば、吉本がその住人の一人である戦後思想界がどの程度のものであるか、逆にはっきりと見えてくるだろう。
 
大思想家の条件は、第一に、常人にはよく分からないことを書くことであるらしい。花田清輝もそうだし、小林秀雄もそうだ。よく分からないことを書けば、読者は必死になって読んでくれる。読んでいる途中で挫折することもあるだろうが、結果は同じである。さすがに大思想家だ、俺には読み通せないと思ってくれる。……>

<私は学生時代から二十冊近い吉本隆明の著作を読んでいる。同時代の教養、すなわち共通知識として読んできた。……しかし、吉本の著作で感銘を受けたものは一冊もない。むしろ、根本的なところで違和感を覚えていた。このことは、三十年前から自分の著作で述べていたのだけれど、なぜか共鳴者は現れなかった。
 
2012年3月の吉本隆明死去に際し、新聞や雑誌で寄稿やコメントを求められた。私は、死者への礼を失しない限りで、吉本に批判的な文章を書いたり、語ったりした。追慕、讃美の声が並ぶ中で、孤立する少数派であった。その現実に私は以外の感があった。
 
吉本隆明って、どこが偉いんだろう。本当にみんな吉本は偉いと思っているのだろうか。>

(終章 「吉本隆明って、どこが偉いんですか?」 P.217- より)

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2014年1月29日 (水)

【読】吉本隆明という「共同幻想」

このところ、読書日誌といいながら、どうということのない日常記録が続く。
今日の最高気温は12度。

今日も晴れて、弱い北風が吹いた一日。
午前中、車で小平と東大和市街地へ用足しに。
夕方近く、小平の歯科医院へ歯の掃除に。
まだ二回、通わなければいけない。


用足しついでに、近くの図書館へ行って本を返却。
「アメリカを知る本」 のたぐいを数冊返却し、予約していた本を受けとってきた。

呉智英さんの近作。
タイトルにも魅かれた。
歯科医院の待ち時間に冒頭部分を読んでみたが、面白そうだ。

呉 智英 『吉本隆明という「共同幻想」』
 筑摩書房 2012/12/10発行 222ページ 1,400円(税別)

― e-honサイトより ―
[要旨]
 吉本隆明。戦後最大の思想家?本当だろうか?「学生反乱の時代」には、多くの熱狂的な読者を獲得し、少なからぬ言論人や小説家が多大な影響を受けた。だが、その文章は「正しく」読み取れていたのだろうか。その思想は「正しく」理解されていたのだろうか。難解な吉本思想とその特異な読まれ方について、明快な筆致でずばりと論じ切った書き下ろし評論。
[目次]
 序章 「吉本隆明って、そんなに偉いんですか?」/第1章 評論という行為/第2章 転向論/第3章 「大衆の原像」論/第4章 『言語にとって美とはなにか』/第5章 『共同幻想論』/第6章 迷走する吉本、老醜の吉本/終章 「吉本隆明って、どこが偉いんですか?」

ズバリ、「吉本隆明って、そんなに偉いんですか?」 (序章タイトル) という著者の「明解な筆致」が爽快。
私も、吉本隆明の難解な著作を理解しようとしてギブアップした組だ。
(何冊か読んだが)

また、本書の序章にも書かれているが、亡くなる二か月ほど前、週刊新潮に寄せた原発に関するコメントには、首をかしげたものだ。
「反原発で文明は猿のレベルまで退化する」 という趣旨の発言だった。

 → 2012年3月17日 【雑】吉本隆明さん、逝く: やまおじさんの流されゆく日々
  http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-41d8.html


もう一冊、勢古浩爾さんにこんな著書がある。
発売後すぐに購入したものの、まだ読んでいない。

勢古さんは、上の呉さんとは対照的に、吉本隆明に深く傾倒している。
この二冊、ともに筑摩書房から出版されているところが、面白い。

勢古浩爾 『最後の吉本隆明』
 筑摩選書 2011/4/15発行 366ページ 1,800円(税別)

 

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2014年1月27日 (月)

【読】呉智英さんの新聞連載 「名著の衝撃」

東京新聞夕刊で、すこし前から連關されている記事が面白い。

呉智英(くれ・ともふさ)さんの 「名著の衝撃」 というもの。
一般にはあまり知られていない人だが、私は関心を持ち続けている。

東京新聞 2014/1/27(月) 夕刊 5面

Tokyo_shinbun_20140127_2 

これまでの連載で紹介されていた本。
呉さんらしい選択だ。
ほとんど私の知らなかった本ばかりだが、読んでみたいと思うものも多い。
太字にしてみた。

第1回(2014/1/6) 足立巻一 『やちまた』
第2回 高杉一郎 『極光のかげに シベリア俘虜記』
第3回 遠藤誉 『中国建国の残火 卡子(チャーズ)』
第4回 楳図かずお 『わたしは真悟』
第5回 業田良家 『自虐の詩』
第6回 斉藤光政 『偽書 「東日流外三郡誌」 事件』
第7回 藤巻一保 『吾輩は天皇なり ―熊沢天皇事件』
第8回 藤子・F・不二雄 『ミネタウロスの皿』
第9回 ちばてつや 『餓鬼』
第10回 山本譲司 『累犯障害者』
第11回 渡辺一史 『こんな夜更けにバナナかよ』
第12回 高山文彦 『火花 北条民雄の生涯』
第13回 パコ・ロカ 『皺』
第14回 水木しげる 貸本版 『河童の三平』

      

今日(1/27)の記事(上の画像)で紹介されている本も、興味深い。
現在、販売されていないが、隣接市の図書館にあるので借りてみようと思う。

『なぜかれらは天才的能力を示すのか サヴァン症候群の驚異』
 ダロルド・A・トレッファート/著 高橋健次/訳
 草思社  1990年10月発行

呉智英氏についてWikipediaから転載するが、どこまで正確な情報かはわからない。
なにしろ、こんな注釈が付いているぐらいだから。

<1946年生まれは確かだが、個人データを勝手に占いに使われるのを嫌い、著作の人物紹介欄などでは複数の生まれた月日を公表している。9月19日生まれのほか、10月21日生まれ、10月19日生まれとなっているものがある。また自著で何度か自らが乙女座生まれであると語っている。血液型は公表していない。>

以下、Wikipediaより。
長い引用で恐縮。

<呉 智英(くれ ともふさ、またはご・ちえい、1946年9月19日 - )は、日本の評論家、漫画評論家。愛知県西枇杷島町(現・清須市)出身。京都精華大学マンガ学部客員教授、日本マンガ学会会長。「儒者」「封建主義者」を自称し、民主主義信奉者や人権思想を批判している。大学で論語の講座を持っていたこともある。
本名は新崎 智(しんざき さとし)。ペンネームは「水滸伝」の百八星の中での随一のインテリである軍師役「呉用」に由来する。

経歴
 愛知県西枇杷島町(現・清須市)生まれ。東海高校を経て1971年に早稲田大学法学部を卒業。高校時代に日本教職員組合の教師から共産主義の教えを受け、学生運動では日本共産党にも既存の新左翼の組織にも所属せず、無党派の活動家として全共闘運動に参加。大衆迎合主義や日本共産党の党派性を批判した。早稲田大学の学費値上げなどを巡るストライキを防衛しようと、スト破りをしようとする運動部の学生と乱闘して逮捕、起訴。1969年に執行猶予つきの有罪判決を受けた。

 友人の始めたコンピュータ会社などの勤務を経て(一時、夜勤の守衛もやっていた)、文筆業に入る。
 1981年に初の単著となる『封建主義、その論理と情熱』(改題で『封建主義者かく語りき』)を情報センター出版局から刊行。これは当時一般に信じられていた民主主義や人権論の矛盾を追究し、脱却する道として封建主義(主に、孔子の唱えた儒教)を提唱する内容だった。

 上記の思想から、長年に渡って主に、「進歩主義的」な左翼勢力の批判(「朝日新聞」や、新左翼がさらに思想的に袋小路に入った『珍左翼』(呉の命名)など)を主に行ってきた。だが、近年の左翼思想の退潮から、右翼側の「産経新聞」の批判的研究などをはじめ、「産経新聞」にしばしばトンデモ系のオカルト記事が掲載されることなどを、批判している。(俗流オカルト思想には一貫して批判的である)

 また、呉ら全共闘世代の新左翼の間で、カリスマ的存在であった吉本隆明についても初期から批判的で、吉本の重要な思想的基盤である「大衆の原像」の抽象性を批判。また、吉本が花田清輝ら左翼陣営内の論争で無敵だったのは、彼が「神学者のふりをした神学者」(マルクス主義を信じない左翼)であったせいだと、している。ただし、吉本の「転向論」については評価している。

 漫画にも造詣が深く、石子順造、山根貞男、梶井純、権藤晋が、1967年に創刊していた、漫画評論同人誌「漫画主義」に、つげ義春、白土三平、ジョージ秋山についての評論を発表。また、水木しげるの資料整理のアルバイトを1970年から10年ほどしていた。1973年に『ガロ』誌上で「劇画列仙傳」の連載を開始。1986年には漫画研究の集大成として情報センター出版局から『現代マンガの全体像』を刊行した。現在は、出版情報誌『ダ・ヴィンチ』(メディアファクトリー)に「マンガ狂につける薬」を連載中。

 論語や聖書を愛読し、これらから近代批判の思想を読み取っている。1988年に都内で論語を講義する公開講座「以費塾」を、呉に私淑する評論家浅羽通明の手配で開始。月2回、第2、4金曜日に講義がおこなわれ(但し、8月は大学生の夏休みを考慮し休講)、23回前後で論語を通読する内容。2005年9月9日より始まった第14期が最終講義となり、2006年12月22日、終了した。2003年に刊行した『現代人の論語』(文藝春秋)にて、その講義内容の一端を読むことができる。また、2008年から2年間、現在の居住地に近い名古屋で「月イチ論語塾」(主催:なごや博学本舗)を行った。

 思想・政治・文化など様々な分野へユニークな提言を続け、自身も再三重要性を訴える通りの教養人・知識人であるが、その文章は一貫してユーモア溢れるくだけた文体を遵守しており(ちょうど政治的視座において対照的な左翼言説とは正反対のスタンス)、明確な論旨と相俟ってその表現は非常に平易である。

 西池袋に長く住んだが、1999年、父親の介護のため、愛知県に転居した。その父親は、2006年1月に亡くなったが、現在も同所に居住中である。

 呉の民主主義批判の影響は大きく、40代の評論家に最も尊敬されている知識人とされ、その思想的影響を受けたものとして浅羽通明、大月隆寛、宮崎哲弥などがいる。小谷野敦も呉を尊敬していると公言している。>

この新聞連載でも、マンガの紹介が多い。

この人の著作の一部をAmazonから。
私も、ひと頃、何冊か続けて読んだ時期がある。

『読書家の新技術』 という読書ガイドからは、多大な影響を受けた。

             

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2009年7月 1日 (水)

【読】勢古さんの中島みゆき論

勢古浩爾さんの本はずいぶん読んだけれど、この本はなかなか手に入らず、ずっと気になっていた。
Amazonで入手。
楽しみな本が、また一冊増えた。

Seko_miyuki_2『中島みゆき・あらかじめ喪われた愛』
 勢古浩爾  宝島社 1994/2/15発行
 219ページ 1700円(税込) 絶版

― 帯より ―
<中島みゆきの「歌」の強さは、喪愛における哀しみが、あたかも暗闇のなかに閃光を放って世界を一瞬の白光のもとに照らしだすかのように、有頂天で無邪気な愛以上に「愛」の意味と強さを逆説的に明示していることにある。 そのとき同時に鮮やかな陰影のもとに浮き彫りにされるのは、その世界のなかに投企した「ひとりの女」の立ち姿である。>

うーん。
このような持って回った文章は好きではないが、それでも興味津津なのは、勢古さんが中島みゆきをどのように論じているかという一点。
上に引用した部分は勢古さんらしからぬ文章ではあるが、中島みゆきに対する思い入れの強さは伝わってくる。

いろんな人たちが、この偉大な歌い手を論じている。
たとえば、呉智英(くれ・ともふさ)さんは、『バカにつける薬』(双葉文庫)という強烈なタイトルの本のなかで、「中島みゆきは中山みきである」と言いきって、中島みゆきを熱く語っている。
呉さんもまた、中島みゆきの熱烈なファンのひとりである。
「中山みき」とは、あの天理教の教祖。

その冒頭部分。
<中島みゆきは中山みきである! これが私の中島みゆき論だ。 中島みゆきには、時代思潮の転換期にあって新興宗教天理教を成立させた中山みきを想起させる。 時代に屹立した精神がある。 しかし、一般には、中島みゆきという類いまれな才能は、完全な無理解や誤解の中にある。……>

たしかに、中島みゆきは熱烈なファンにとって教祖的な存在と言えるし、実際に「教祖」と(なかば冗談で)呼ぶファンもいるらしい。

私もまた、中島みゆきを敬愛し、同時代の歌い手として注目を続けてきた。
私にとっての中島みゆきの魅力をひとことで言うと、「強さ」だ。

音楽は論じるものではない、という意見もあるだろうが、私はそうは思わない。
どんな事象でも、論理的にとらえることは大切だと思うのだ。
ただし、すぐれた音楽は、ちゃちな音楽論をはるかに超えた次元にあることもたしかだ。

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2007年1月23日 (火)

【読】乗り過ごす

ひさしぶりに、やってしまった。
通勤電車で座席に座って本を読んでいて、乗り過ごしてしまったのだ。
朝の中央線快速電車。 お茶の水で乗り換えるはずが、気がつけば神田駅を発車するところだったので、終点の東京駅まで乗ってしまった。
山手線で秋葉原まで戻り、総武線に乗り換え、遅刻せずに始業時刻にはまにあったが。
やれやれ。

Seko_marebaka原因はこの本。
勢古浩爾 『まれに見るバカ』 (洋泉社)
人をバカよばわりすることは、著者も言っているように 「普段の生活のなかで」「めったにあることではない」。
新明解国語辞典にも 「人をののしる時に最も普通に使うが、公の席で使うと刺激が強すぎることが有る」 と書かれている(と、勢古さんが書いている)。
本の題名をみただけで読むのをためらう人もいるだろうが、ぼくはこういう本が好きなのである。
痛快だし、著者によれば 「本書を通読されたあと、もしかしたらあなたに、なぜだかわからないが、生きる勇気みたいなものが湧いてくるかもしれない。 心もポカポカしたりして。」 という本らしい。
赤坂憲雄さんの、いささかかた苦しい内容の本(『山の精神史』)を読んだあとなので、気楽に読めて、いい。

この本で、勢古さんがとりあげている本。

Kure_bakakusuri呉智英(くれ・ともふさ) 『バカにつける薬』 (双葉文庫)も、ずっと前に読んだことがある。 おもしろかったなぁ。
呉智英さんの本は、一時期、熱心に読んだことがある。
勢古さんによれば、「どの本もほのぼのとしている。文章がくどくないから、読後感がいい。」
たしかにそうかもしれない。
勢古さんは、呉さんに対しては好意的なように思う。
呉さんは中島みゆきの熱心なファンだし、二人には共通点があるのかもしれない。

 

Yoro_bakanokabe評判になった、こんな本もあったっけ。
養老孟司 『バカの壁』 (新潮新書)
こまったことに、この本を読んだかどうか、記憶にない。
読んだ形跡はあるし、パラパラとめくってみると、かすかに読んだおぼえがある。
だが、読後の印象が思いだせないのだ。
それほど感じるところがなかったのか。 いまとなっては不明。
これよりも、同じ養老さんの本では、『からだを読む』 (ちくま新書) がおもしろかった。
これまた、内容をあまり憶えていないけれど、この人の本では、説教くさくない科学的な(解剖学的な)ことを書いたものの方がいいと思う。

 

 

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2006年1月14日 (土)

【読】漢字の辞典

漢字の辞典でユニークなのは、白川静さんの『常用字解』(平凡社)だ。

060110jiten2白川静(しらかわ・しずか)
 『常用字解』 平凡社
 2003年12月

白川静さんは、1910年(明治43)生まれの中国文学者、漢字研究者。
たくさんの労作があるが、長いあいだ注目されていなかったと聞く。
近年、その仕事が評価され、著作集も出たようだ。
ぼくは、この人のことを、ずいぶん前だが呉智英(くれ・ともふさ)さんの本で知った。

 

kanjikanjihyakuwa日ごろ何気なく使っている漢字にこめられた、呪術的な意味を教えてくれた本。
その一例。
「道」という字は、「首」と「ちゃく=しんにゅう」から成る。
この字はどのようにして生まれたか。
『常用字解』によると・・・
 「会意」(漢字の構成部分のそれぞれが意味を持つ)
 首とちゃく(パソコンでは出ないが、しんにゅうのこと)を組み合わせた形。
 ちゃくには、歩く、行くの意味がある。
 古い時代には、他の氏族のいる土地は、その氏族の霊や邪霊がいて
 災いをもたらすと考えられたので、異族の人の首を手に持ち、その呪力(呪いの力)で邪霊を祓い清めて 進んだ。 ・・・とある。と

怖いはなしだが、漢字が生まれた時代背景に、そういう精神世界があったのだろう、ということは納得できる。

上に写真を掲げた、『漢字』(岩波新書)『漢字百話』(中央公論新書)には、そういった漢字の生い立ちに関する興味ぶかい話が載っている。
いわゆる「目から鱗」体験を、ぼくにもたらした本だ。

なお、呉智英さんの本は、これだ。 この本も、「目から鱗」だった。

kuretomohusa呉 智英 『読書家の新技術』 朝日文庫 1987年
 呉 智英 (くれ・ともふさ) 1946年(昭和21)生まれ。評論家。
 『封建主義、その論理と情熱』『大衆食堂の人々』
 『現代マンガの全体像』などの著作がある。
この人も、ちょっとユニークな物書きである。

 

 

   

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