2006年1月12日 (木)

【演】たっぷり!

このタイトルだけだと、何?と思われそうだが、「たっぷり!」は掛け声である。

先月、亀戸のホールで浪曲師の国本武春のステージを見たことを、このブログに書いた。
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/12/post_9a9b.html

国本武春という人は、観客(聴衆)をひきつけるのがうまく、まずは、この掛け声のかけかたをお客に説明する、というオープニングだった。
「待ってました!」「たっぷり!」というのは、歌舞伎や浪曲の舞台への掛け声だが、タイミングが難しい。
どういうタイミングで掛けるのがいいのか、という講釈だったが、何度も繰り返して実演してくれたので(まるで掛け声の練習)、お客は大受けだった。

ところで、なんでこんなことを書き始めたのかというと、おととい(きのうはブログ投稿を休んでしまった)書いた、面白い辞典
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_ef78.html
に、この「たっぷり」を英語でどう言うのかが、書いてあったのだ。

『日英語表現辞典』(最所フミ 編 ちくま学芸文庫)の「和英の部」、568ページ。
 tappuri たっぷり  Pour it on !
 これは英米でも見物人が、とくに意に適った演技などに、
 激励の意を表するときに使う言葉で、歌舞伎の見世場で、
 「ようご両人、たっぷり」などとひいきの役者にかける声と同種のものである。

どうです。 面白い辞典でしょ?

ちなみに、国本武春さんの公式サイトにも、いろいろと(たっぷり!)書いてあるはず。
「うなるカリスマ!! 国本武春」
http://homepage2.nifty.com/ts-sonic/
関心のある方は、ご覧いただきたい。

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2006年1月 9日 (月)

【演】枝雀落語

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枝雀の音源を聞きなおしている。
落語のテープがほしい、という身内からのリクエストにこたえて、カセットテープをダビングしながら、「延陽伯」「鷺とり」「宿替え」「愛宕山」「青菜」「饅頭こわい」「始末の極意」「千両みかん」と、聞き続けて、笑いころげている。

聞いている音源は、昭和58年(1983)4月10日から、毎週TBSテレビで放映された「笑いころげて たっぷり枝雀」という公開番組(大阪・毎日放送)。
当時、ビデオデッキを持っていなかったため、映像を録画できなかったが、カセットテープに録音してあった。
ときどき、聞いているが、映像がなくても十分たのしめる。

枝雀落語の魅力は何だろう、と考えていたが、音源を聞きなおして感じたのは、その人情味だ。
枝雀は、べったりした濃厚な人情表現に照れるところがあって、こと人情に関しては抑え気味なのである。
もちろん、噺の展開はダイナミック、というかオーバーアクションと言ってもいいのだが、その奥に感じられる暖かさ、というか・・・。

枝雀落語の面白さは、ぼくの文章力では表現しきれないので、その替りというわけでもないが、レコードジャケットを掲載してみた。
枝雀の頭部の変遷がわかる写真、というのは冗談。

昭和48年(1973)10月、枝雀襲名当時の「日和ちがい/鷺とり」が上段左端。
上段右へ、昭和49年「ふたなり/あくびの稽古」、昭和50年「寝床/親子酒」。
中段、昭和51年「八五郎坊主/風邪うどん」、昭和51年「青菜/天神山」、昭和52年「花筏/ちしゃ医者」。
下段、昭和53年「七度狐/崇徳院」、昭和54年「つぼ算/延陽伯」、昭和54年「鴻池の犬/饅頭こわい」の9枚。
6年のあいだに風格がそなわってきたのが見てとれる、と思うのだが。


※桂枝雀に関して、面白いファンサイトがあった。
「松本留五郎の部屋」
http://www11.ocn.ne.jp/~tomegoro/
松本留五郎というのは、「代書屋」という演目の主人公である、破天荒なおっさん。

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2005年12月17日 (土)

【演】国本武春

いやぁ、面白かった。
亀戸「カメリアホール」での国本武春のステージ。

 国本武春の大忠臣蔵 ~雪の巻~
news-04二部構成。
休憩をはさんで約2時間。
一部 弾き語り ザ・忠臣蔵 「吉良邸討ち入り」
二部 古典浪曲 「赤垣源蔵徳利の別れ」


一部は、三味線の弾き語り。
浪曲をベースにしたライブといった感じ。
ボトルネックを指にはめてのスライド・ギターならぬ「スライド三味線」あり、ハーモニカあり、カポを三味線に付けての演奏あり。 楽しませてくれる。
客席とのやりとりが実に上手で、「ペッパー警部」のメロディーに合わせて、赤穂浪士の合図「あっこーろーし」なんて〝フリ〟を客にやらせるペースに、すっかり乗せられてしまった。

二部は、うってかわって正統派浪曲。
一部のステージを見て、ちょっと色物すぎるんじゃない?と心配したが、なんとなんと、古典浪曲スタイルでもたいしたものだ。
そうとうな実力の持ち主と見た。

とにかく、楽しませていただいたライブだった。
CDを買って、サイン会に並んでしまったのである。

今日の公演のちらしはなかったが、これからの予定公演のちらしを2枚、紹介しておこう。
ちなみに、今日の衣装は、一部二部ともに正統的な紋付袴姿だった。

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2005年12月15日 (木)

【演】うなるカリスマ(予告編)

国本武春というユニークな浪曲師のことが、ずっと気になっていた。
だいぶ前にラジオで知り、彼のサイトを見て、いつか聴いてみたいと思っていた。

先週土曜日、永六輔のラジオ番組に出演していたのを、また聴いた。
それでまあ、ライブというのか、公演を生で聴いてみようということにしたのだ。
忠臣蔵である。
今週土曜日、場所は亀戸「カメリアホール」。
かつて、山崎ハコさんもライブをしたホールだが、その時ぼくは行かれなかった。

あさっての夜が楽しみだ。
(昼の部と夜の部があるのだが、夜の部だけにした。予算の関係もあって)
公演会場でCDかDVDを買ってしまいそうな予感・・・。


どんな人なのか、彼のサイトを見てもらうのがいちばん早そうだ。

「うなるカリスマ!! 国本武春」
http://homepage2.nifty.com/ts-sonic/

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2005年12月 9日 (金)

【演】かぜうどん

週末なので、じっくりと季節の落語ネタを。
桂枝雀の「かぜうどん」という、寒い季節にぴったりの演目。
この噺も、ぼくは大好きだ。

kazeudon桂枝雀 『八五郎坊主・風邪うどん』
昭和51年(1976)2月14日収録 大阪朝日生命ホール
(東芝EMI) 桂枝雀 上方落語傑作集

小米(こよね)から、二代目桂枝雀を襲名したのが昭和48年10月。
それからさほど経っていない時期の録音。
小米時代の、声が裏返ってしまうような〝ハイ〟な状態から脱却して、風格さえ感じさせる。

「風邪うどん」とあるが、「かぜうどん」の方がいい。
枝雀の著書 『まるく笑って 落語DE枝雀』(PHP研究所/1983年)でも、ひらがなで表記している。

物売りの呼び声のあれこれをおもしろおかしく紹介するマクラから、聞く者をひきつける。
さすがである。
話の筋は簡単だが、めんどうなので省略。
聞きどころは、うどん屋と酔っ払ったお客とのやりとりだ。

サゲは、演題の「風邪うどん」にからんでいるので、ネタばらしをしてしまうのも不粋だからやめておこう。
枝雀理論の「サゲの四分類」によれば、この演目のサゲは「ドンデン」、つまりどんでん返しの面白さにある。

shijaku桂枝雀 著 『まるく笑って 落語DE枝雀』
PHP研究所 1983.6.3

枝雀ファン、上方落語ファンにおすすめの一冊。
枝雀落語の魅力がよくわかる。
この本で、「サゲの四分類」を展開している。
真面目な内容でありながら軽妙。楽しく読める。

枝雀による「サゲの四分類」
ドンデン、謎解き、へん、合わせ。
詳しく紹介するとたいへんなので、これも省略。

省略ばかりで、ドーモスイマセン。 あっ、これは三平か。
では、枝雀流に。 「スビバセンネー」

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2005年11月22日 (火)

【演】高津の富

年末ジャンボ宝くじの季節がやってきた。
いつも一攫千金を夢見て10枚か20枚、買ってみるのだが、これまでの最高当選額は1万円。
宝くじを山の上まで持っていって、山の神さんに一等賞をお願いしたこともあったが、やはりというか、そんな欲深な願いは聞きいれてもらえなかった。

上方落語に 「高津の富」 (こうづのとみ)という演目がある。
江戸(東京)落語では 「宿屋の富」 という。
大阪の高津神社で売られていた富くじ(いまの宝くじ)のはなし。

ぼくは、桂枝雀のマクラが好きだ。

どんな内容かというと、金は天下の回りものというけれど、どこにでもまわってくるかというとそうではなく、まわる道、ルートが決まっているんだそうだ。
そのルートのニア・バイにいる人にはまわってくるけれど、ファラ・ウェイにいる人には生涯まわってこない。

大体、お金というものは寂しがりやなんであって、お札の王様の一万円札でも一人立ちはできない。 一枚では立てない。 それが証拠に、たとえ三枚、五枚ぐらいあっても、もっと大勢の仲間たちのところへ飛んでいこう、飛んでいこうとする。・・・

宝くじはいいもんである。
庶民の夢というか、当たるといいなぁ~と思っているだけで、心が暖まるものだ。

最後に、枝雀の語り口を借りると
「こないだうちから、この宝くじの存在をばあてにしているのでございますが、三日前でございましたか、ちょっと不吉な話を耳にしたのでございます。 ・・・それは、その宝くじというものは、あの券を買った人の中から当たりくじが出るのやそうでございます。 ・・・可能性は薄いなぁ、と・・・」

この噺、ストーリーは単純だが、なかなかホロリとしてしまう内容である。
高津神社(たかつじんじゃ、というのが正式な名前らしい)の境内の抽選会場で、欲にかられた人たちが、自分に当たりますように、とワイワイガヤガヤやるところが聞かせどころ。

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2005年11月15日 (火)

【演】千両みかん

みかんといえば、上方落語のこの演目。
みかん一個が千両、という話。

船場の大店(おおだな)の若旦那が臥せってしまう。病名がわからない。
恋わずらいか、と心配した大旦那が番頭を使って若旦那の気持ちを聞くと・・・なんと、みかんが食べたい一心で寝付いてしまったという。
「みかんなんぞお安い御用」と、うっかり安請け合いした番頭。
夏の盛りのことである。いまとちがって、真夏にみかんなんぞあるわけがない。

大旦那に、「あると言ったみかんがなければ、倅はがっかりして死んでしまう。主殺しは火あぶりの刑」と脅され、大阪中をさがしまわる番頭がこっけいでもあり、可哀相でもある。

どこへ行っても「そんなもん、おまへん」と言われて、そのうち磔(はりつけ)台が目にちらつき、わけがわからなくなった頃、「天満のあかもん市場に行きなはれ」と言われる。
〝あかもん市場〟とは、〝赤物〟すなわち果物専門の市場。
〝あおもん〟は、野菜だそうだ。
天満には、一年中みかんを商う問屋があったのだ。
もちろん、みかんの季節に仕入れて蔵に保存しておく。
ところが、暑い盛りのこととて、その店の蔵にも満足な形のみかんは、たった一つしか残っていない。

果物問屋は事情を聞くと、代金はいらないから一刻も早く持っていきなはれ、と言ってくれたのに、番頭が「そうはいかない、金に糸目はつけないから売ってくれ」と口をすべらしたばっかりに、果物問屋の方が意地になり、みかん一個に千両の値段が付いてしまうのである。

可哀相な番頭、すごすごと自分の店に戻って大旦那に報告すると、「それは安い!千両で倅の命が助かるのなら」ということに。
めでたく千両で貴重なみかん一個を手に入れ、若旦那の病気も治る。

十袋あったみかんの房の三袋だけ残して、「おとっつあんと、おっかはんと、おまえとで一房ずつ食べておくれ」。
これを手にした番頭。
これだけでも三百両の値打ちがあるのかと考えて、おかしくなってしまう。

「これが三百両!十三の歳から奉公して、来年は別家させてもらうが、その時にもらえる金がせいぜい五十両。ここにあるのが三百両・・・」
番頭、みかん三袋持ってどっかへ行ってしまいよった、というサゲである。


この噺、ぼくは桂枝雀が演じていたテレビ番組(関西系)を録音してあり、何度も聞いた。
何度聞いてもホロリとしてしまう。番頭の気持ちがよくわかるから。
・・・いい話である。

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2005年10月22日 (土)

【演】葛根湯

すこし風邪気味である。ふだん、薬というものを飲まないのだが、こんな時は葛根湯を飲むとたいてい治ってしまう。
胃の調子が悪ければ漢方胃腸薬、便秘気味なら「いけだや通じ丸」という富山の丸薬。薬を飲むのはこれぐらい。いずれも生薬である。西洋の薬はなんとなく恐いので、医者から薬をもらってもあまり飲まないようにしている。

葛根湯といえば、またまた落語ネタだが、「葛根湯医者」というのを思い出す。
どんな病気にも葛根湯を処方する医者をこう呼ぶ。
「先生、わたし頭が痛いんです」「いけませんなァ。葛根湯を飲みなさい」
「お腹が痛いんです」「いけませんなァ。葛根湯を飲みなさい」
「先生、わたしあの男について来たんですが」「いけませんなァ。ご退屈でしょう。葛根湯・・・」

ことほどさように、葛根湯はなんにでも効くのである。
丹沢の山小屋に泊まったとき、風邪が悪くなって困ったことがある。咳がとまらなくて同宿の登山者に気をつかいながら、なかなか眠れなかったが、これも寝る前に飲んだ葛根湯が効いたのか、翌朝には抜けてしまった。ほんとうの話である。

ところで「葛根湯医者」の続きだが、「寿命医者」(患者が亡くなったら〝ご寿命です〟)、「手遅れ医者」(なんでもっと早く連れてこんのじゃ。バカァ。こりゃ手遅れですなァ)、「雀医者」(藪へ飛んで行こう、飛んで行こうとしている、つまりこれからヤブ医者になろうとしている医者)など、落語の世界にはいろんな医者がいるそうだ。

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2005年10月16日 (日)

【演】桂枝雀

日付がかわってしまったが、今夜はニ連発。
引越しの荷物を整理していたら、桂枝雀のレコードがたくさん出てきた。
一時期、枝雀落語にはまっていて、TVにもさかんに出演していた時期だったので、ビデオも山ほどとってある。
ぼくが最も好きな噺のひとつが「壺算」である。
水壺を買いにいくはなしで、ネタばらしになってしまうが、いちばん面白いところを書いてしまおう。

落語によく出てくる頼りない人物と、その友だちの徳さんの二人が瀬戸物町へ水壺を買いに行く。
ある瀬戸物屋で3円50銭の一荷(いっか)入りの壺を3円まで値引きさせて買い、二人で担って店を出る。
ところが欲しかったのはニ荷(にか)入りの壺。それを言うと、徳さんは落ち着き払って、これがニ荷入りの壺に変わるという。二人で元の瀬戸物屋へ。
さっき買ったばかりの一荷入りの壺を、ニ荷入りに買い替えたいと言って、値段は倍の6円ということに交渉成立。
不要になった一荷入りの壺を、3円で引き取ってもらうことになり、「さいぜん現金で3円渡してある。壺の3円と銭の3円、あわせて6円で、この壺(ニ荷入り)もろて去ぬわ」・・・店のオヤジがこれに騙されて、なんとなく計算がおかしいと思いながらも、いったんは承諾する。が、やっぱりおかしいと気づいて、呼び止める。
このあたりのやりとり、文章で説明してもちっとも面白くないなぁ。

やっぱり音源で聞いてください。ビデオやCDで出ているので。
おやすみなさい。

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2005年10月15日 (土)

【演】お天気

今夜は、雨。めずらしく予報通りである。
秋の天気は変わりやすく、予想しにくい。俗に言うところの、○○○ゴコロと秋の空・・・いや、やめておこう。

天気予報の話である。
天気予報は、〝ハズレ〟るのではなくて〝ズレ〟るのだ、という屁理屈を聞いたことがある。
これには一理あって、おおまかな天気の移り変わりは予想できるが、その変化の速度が予想と微妙にズレていくので、ハズレたように見えるだけなのだという。そのズレが、あんがい早くくるのが問題だけれど・・・。

天気といえば、上方落語の故・桂枝雀がよく使ったマクラが好きだ。
枝雀さん独特の語り口を伝えたいので、本から引用する。
『まるく笑って落語DE枝雀』(PHP研究所)

お天気と申しますものは、なかなか当たらないものやそうでございます。これはもう、戦後すぐも、色々科学技術を使っております今日もほぼその的中率というものは変わりがないものやそうでして、ほぼ六割やそうでございますねェ。これがおかしゅうございます。・・・毎日、『晴』『晴』『晴』『晴』『晴』・・・言うてましても、五割は当たる勘定でございます。それをでございますねェ、『晴やァ』『雨やァ』『ちょっと曇りやァ』・・・てなことを言いながら、じょうずにはずしているわけでございます。(略)
なぜこのように当たらないかというと、何と申しましても人間よりお天気のほうが歴史が長いのでございます。我々人間というものは、偉そうな顔してますが、人間になりましたのはほんこないだからです。

・・・とまあ、こんな調子で、この後に単細胞生物から人類への進化の長い歴史を、おもしろおかしく語るのである。つまり、人類が誕生するまでにはたいへんな苦労があった、と。いっぽう、お天気の方はというと、その間、ずーっとお天気を続けていたわけで、しょせん年季が違う、というのだ。
お天気の歴史は何十億年、人間の歴史は「ほんこないだ(ほんのこのあいだ、の大阪風言いまわしですな)」というのが、ぼくは好きだ。
「気象庁のソフトボール大会が、雨で延期されたそうでございます・・・」なんてクスグリもあって、このマクラは何度聞いても可笑しい。

うーん、オチがつかないけど・・・おあとがよろしいようで。

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2005年9月21日 (水)

【演】宿替え

生まれてこのかた、引越しの数なら他人に引けをとらない。
そんなことは自慢にもならないが・・・。

またまた引越しである。
さすがにこのトシになると億劫になるが、そこで思い出したのが「宿替え」という言葉。古典落語の演目として有名なこの言葉には、「引越し」よりも気楽な響きがある。(桂枝雀の大ファンなので、上方落語の「宿替え」の軽さが好きだ。)

♪家なんて はじめから 仮の宿♪ という歌(山崎ハコ)もあった。
な~に、宿をちょっと替えるだけさ、と自分に言い聞かせながら、ただいま宿替えの準備中。
落語のように、家財道具を風呂敷一枚に包んで、よっこらせと歩いて行くだけではすまないけれど・・・。

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