カテゴリー「【読】読書日誌」の586件の記事

2009年12月16日 (水)

【読】この対談集はいいぞ

まだ読みはじめたばかりだが、とてもいい対談集なので紹介しておきたい。

Sekino_taidan_2『関野吉晴対談集』
  ― グレートジャーニー 1993~2007 ―
 東海大学出版会 2007/6/21発行
 270ページ 2400円(税別)

船戸与一、池澤夏樹、西木正明、萱野茂、河合雅雄、石毛直道、赤坂憲雄、島田雅彦、椎名誠、春風亭昇太、瀧村仁、といった著名人との対談が満載。
サブタイトルが示すように、1993年から2007年にかけての対談で、未発表のものがたくさんある。

1998年の、萱野茂さんとの対談(未発表)には、とくに感銘をうけた。
他の人との対談では、話がかみあわなかったり、一方的なインタビューのような内容もあるが、萱野さんとのこれは、対話がはずんで、興味深い。
まるで、上質のデュオの即興演奏を聴くように。

萱野さんもたくさん発言しているけれど、ここでは、二人の共通認識ともいえる関野さんの次のことばをひいておこう。

関野 <グレートジャーニー>の旅を通じて、たくさんの先住民と接触しました。気候が違う、環境が違う。狩猟民族がいれば牧畜民もいる。農民もいる。それだけ違うのに、どこか共通するものがあるんです。自然と対する姿勢とでもいうのでしょうか。自然に溶け込んでいる。自分たちも自然の一部である。そういう発想なんですね。みんな自然との調和を考えている。自然との調和だけじゃなくて、人間同士の調和も考えている。西欧的な合理主義、自然は打ち負かして利用するものだという発想とはまったく違う。昔はアイヌも、それから日本人もそうだったと思います。…(後略)…  (本書 P.95)


萱野茂さんは2006年5月に亡くなったが、大きな人だったなと、あらためて思う。
そうえいば、萱野さんの本で読んでいないものが手もとにたくさんあるな。
ひさしぶりに読んでみたいきもちになった。

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2009年12月13日 (日)

【読】2009年 こんな本を読んだ

まだ半月ほど残っているけれど、今年の 「こんな本を読んだ」 の総集編。
今年のはじめ、年間100冊を目標にしてみた。
今のところ、80冊ほどしか読んでいない。
途中で読むのをやめた本も何冊かある。
何日もかかった本、数時間で読みおえた本、いろいろあったな。

持っている本の量や読んだ本の数を、ついつい自慢したくなるのが人情だけれど、そこにたいせつな意味があるはずもない。
読書体験の中味がたいせつなのだ、と自戒しつつ、この一年、濃厚な読書体験をさせてくれた本をふりかえってみたい。


Mizuki_rabaul水木しげるの本を何冊か読んだ(コミックを含む)。
『水木しげるのラバウル戦記』 (ちくま文庫)が印象に残っている。
『コミック昭和史』 (講談社文庫)は、最初の巻しか読めなかった。

白土三平の 『カムイ伝』 とともに、年末年始の休みにでもゆっくり読んでみたいと思う。






Funado_manshu5 船戸与一 『満州国演義』 (新潮社)をまとめて5冊、1月から2月にかけて読んだ。
4巻目までは、再読。
5巻目『灰塵の暦』が1月に出版されたのを機に、通して読んでみた。
続巻はまだ出ていない。
船戸さんに関して、健康面で悪い噂を耳にしているので心配だ。
全8巻の予定と聞いているが、未完のままおわってしまうのだろうか。






Funado_kahan_ni_shirubenaku船戸与一さんの著作で、まだ読んでいなかったものをいくつか読んだ。
これからも読みつづけたいと思う。
『河畔に標なく』 (集英社2006年)
『蝶舞う館』 (講談社2005年)
『三都物語』 (新潮社2003年)
対談集 『諸士乱想』 (徳間文庫1998年)
『流沙の塔』 (新潮文庫2002年)

そこから派生して、高野秀行さんという人を知ったことは、今年の収穫だった。
教えてくださった、こまっちゃんに感謝。


高野秀行さんの本を立て続けに乱読した。
ハマった、と言っていい。

Takano_ahen_oukoku『アヘン王国潜入記』 (集英社文庫)
『世界のシワに夢を見ろ!』 (小学館文庫)
『ワセダ三畳青春期』 (集英社文庫)
『幻獣ムベンベを追え』 (集英社文庫)
『メモリークエスト』 (幻冬舎)
『異国トーキョー漂流記』 (集英社文庫)
『怪しいシンドバッド』 (集英社文庫)
『巨流アマゾンを遡れ!』 (集英社文庫)
『西南シルクロードは密林に消える』 (講談社)
『神に頼って走れ!』 (集英社文庫)
『怪魚ウモッカ格闘記』 (集英社文庫)
『辺境の旅はゾウにかぎる』 (本の雑誌社)
『怪獣記』 (講談社2007年)
どの本もおもしろかった。

さらに、高野さんの著作から、内澤旬子さんや服部文祥さんといった、魅力ある人たちを知った。

Uchizawa_sekai_tochiku_kikou斉藤政喜/内澤旬子(イラスト) 『東方見便録』 (小学館1998年)
 『東京見便録』 (小学館2009年)
内澤旬子 『世界屠畜紀行』 (解放出版社2007年)

どれも「目から鱗が落ちる」思いをさせられた内容だった。







Hattori_survival_climber服部文祥
『サバイバル!』 (ちくま新書2008年)
 『サバイバル登山家』 (みすず書房2006年)

この二冊も、魅力的な本だった。
服部さんのサバイバル登山というワイルドな登山スタイルを知ったちょうどその頃、北海道の大雪山系 トムラウシ山で、いたましい集団遭難事故があったので、なおさら強く印象に残った本だ。





先の戦争に関する本を、今年も読んだ。

Sawachi_manshuu上笙一郎(かみ・しょういちろう) 『満蒙開拓青少年義勇軍』 (中公新書)
朝日新聞山形支局 『聞き書き ある憲兵の記録』 (朝日文庫)
澤地久枝 『もうひとつの満州』 (文藝春秋社)
 『わたしが生きた昭和』 (岩波現代文庫)
赤塚不二夫 『これでいいのだ 赤塚不二夫自叙伝』 (文春文庫)
森史朗 『松本清張への召集令状』 (文春新書)
川嶋康男 『永訣の朝 樺太に散った九人の逓信乙女』 河出文庫(2008年)

読みたい本は、まだたくさんあったが、いつのまにか興味が別の方向にいってしまった年だった。


Hiraoka_ishihara_kanji平岡正明 『日本人は中国で何をしたか』 (潮文庫)
 『石原莞爾試論』 (白川書院)
平岡さんは、今年、惜しくも亡くなってしまった。
私の兄貴分にあたる年代の人がいなくなるのは、さびしい。







その他、たくさんの魅力的な人たちに、本の世界で出会えた年だった。
充実していた、とい言っていいだろう。
ことに、関野吉晴さんと長倉洋海さんを知ったことが、うれしい。

金関寿夫 『魔法としての言葉 アメリカ・インディアンの詩』 (思潮社1988年)
ナンシー・ウッド/フランク・ハウウェル(画)/金関寿夫訳
  『今日は死ぬのにもってこいの日』
(めるくーまーる1995年)
長倉洋海・関野吉晴 『幸福論』 (東海大学出版会2003年)
関野吉晴 『グレート・ジャーニー①南米~アラスカ篇』 (ちくま新書2003年)
 『グレート・ジャーニー②ユーラシア~アフリカ篇』 (ちくま新書2005年)
長倉洋海 『ヘスースとフランシスコ』 (福音館書店2002年)

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2009年12月11日 (金)

【読】写真のちから

長倉洋海さんの 『ヘスースとフランシスコ』 (福音館書店/2002年) を読んで、「写真のちから」ということを考えさせられた。

Jesusu_francisco_1中米の小国、エル・サルバドル(El Salvador スペイン語で「救世主=イエス・キリスト」を意味するという)を何度も訪れ、現地の人たちと仲よくなっていく話は、とても胸にしみる。
乾いたこころを潤してくれるエピソードがたくさんあって、いい本だと思う。

この人のすごいところは、現地の人たちの中にはいって行き、とけこんでいきながら写真を撮り続けることだ。
はじめ警戒していた子どもたちも、彼になついて写真を撮ってくれとねだる。
長倉さんは、子どもたちの写真を次に訪れたときにプレゼントする。

<すぐに子どもたちが集まってきた。顔を覚えている子も大勢いる。前に撮った写真をわたすと大喜びだ。わいわいやっているうちに、子どもたちの数はどんどんふえ、口々に「ぼくを撮って」「私も」とせがまれる。> (「エル・サルバドル再び 1984~85」 P.44)

<気がつくと、すごい数の子どもたちがぼくたちを取り囲んでいる。おとなが追いはらっても、またすぐに集まってくる。目くばせで「写真を撮って」と合図を送ってくる子。ベルトを引っぱったり、手を握って放さないヨチヨチ歩きの子。髪の毛はバサバサ、衣類もボロボロだけど、どの子も人なつっこくてかわいい。ヘスースのいちばん下の妹マルタは、おみやげのチョコレートをほおばっては口からまた出して、ぼくに食べさせようとする。ここにいると楽しくて、なつかしい家族のもとに帰ったようだ。> (「内戦の終結 1995,1997」 P.83)

写真がもつ、すばらしいちからを感じさせられる。


いっぽう、写真を撮るという行為が、撮られる側にとっては暴力となることがある。
ある種の信頼関係がないと、写される側の人たちは、暴力を感じて撮影を拒絶する。
長倉さんも、はじめの頃は何度もそんな経験をしている。
拒絶されるのは、撮影する側の姿勢に問題がある。
人間を「被写体」としてしかとらえない姿勢に。
そういった体験が、このまえ読んだ 『フォト・ジャーナリストの眼』(岩波新書/1992年)に、たくさん語られていた。


私にも苦いおもいでがある。

もうずっと昔のことだが、尾瀬の木道を、写真を撮りながら歩いていた時。
私が木道でひと休みしていると、後方から、何メートルもある背の高い独特の背負子(しょいこ)を背負った、二人のボッカさんがゆっくり近づいてきた。
尾瀬にはボッカ(山小屋への荷物の運搬)を職業としている人がいる。
湿原に続く木道と、そこを歩くボッカさんの姿は、「絵になる」すばらしい光景だ。

私は、恰好の被写体に出会ったことに喜び、木道とボッカさんの風景を撮ろうと三脚にのせたカメラのシャッターを切った。
その時――。
先を歩いていた男性のボッカさんが私に気づき、「撮るな!撮るな!」と叫びながら手で顔を覆いながら近づいてきた。
私は、とっさにじぶんの行為の間違いに気づき、あわててカメラを片づけた。

二人は私のところまで来ると、背負子をおろし、隣りに座った。
一服するらしい。
近くで見ると、どうやらご夫婦のボッカさんらしい。

私は、ばつが悪くなり、頭をさげてあやまった。
「すみません」と。
それ以上の言葉を持ちあわせていなかった。

男性の方は私に目もくれない。
奥さんと思われる女性は、何も言わず、険悪な雰囲気をとりなすような、あるいは、とがめるような視線で私を見ていた。
私は、ふたたび「すみません」とあやまってから、その場を去った。
木道を一人とぼとぼ歩きながら、私の胸は苦い思いでいっぱいだった。
あの時ほど、じぶんの迂闊さを恥じたことはない。

この本を読んで、ひさしぶりにそんな体験をおもいだしていた。

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2009年12月 9日 (水)

【読】五木寛之の『親鸞』

東京新聞他に連載していた、五木寛之さんの 『親鸞』 が、いよいよ出版されるらしい。
今日、ネット注文の受けとりでよく利用している武蔵小金井駅前の書店に寄ったところ、予約ちらしが置いてあった。
前評判というか、前宣伝が派手だ。

私は、とっくにネットで予約した。
新聞連載は途中からしか読めなかったが(東京新聞に変えたときには、すでに連載がはじまっていた)、あらためて単行本で読んでみたいという気持ちは、それほどなかった。
ある時期からの五木小説に「説教臭さ」を感じはじめて、好きじゃなくなってきたせいもある。

それでも予約してしまうのが、長年のファンの業ではあるが……。

画は、新聞連載と同じ、山口晃画伯。
今月下旬に出るらしい。

Itsuki_shinran_pamph

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【読】ヘスースとフランシスコ

図書館に予約していた本が届いたので、借りてきた。

好ましい感じの本だ。
本文の漢字にはルビがふってあり、この本が青少年を対象に書かれたことがわかる。
子どもたちに、こういう本を読ませたいと私も思う。

そういえば、写真家の星野道夫さん(故人)も、子ども向けの写真と文章の本を何冊も残している。
二人とも、人間が好きで、子どもが大好きなんだ、きっと。


Jesusu_francisco_1Jesusu_francisco_2『ヘスースとフランシスコ』
  ― エル・サルバドル内戦を生きぬいて ―
 長倉洋海  福音館書店
 2002/9/25初版発行 230ページ
 1600円(税別)

<中米の、そのまた真ん中の小国、エル・サルバドル。1982年、内戦の続いていたこの国に、ひとりの若い写真家が、自身の転機を求めて飛びこみます。難民キャンプで目を留め、フィルムに収めた三歳の少女の姿――結局彼はその後二十年にわたって、少女の成長と人々の暮らし、それを取り巻く社会の変貌を、幾度にもわたる訪問で追い続けることになりました。……ページをめくるごとに、"想い"にあふれた写真と文章とが熱く響きあいながら語りかけてきます。>  (本書カバー裏 より)

(左の画像) カバー写真 段ボールの仕切壁からのぞくヘスース、84年
(右の画像) カバー写真 結婚式の日


― 本書 「プロローグ――トウモロコシ畑で」 より ―

<ヘスースが、赤ん坊のジャクリーンを抱き上げ、空に高く差し上げた。ヘスースは十七歳、若い、若いお母さんだ。山間の小さな畑に風がわたり、ふたりの頬をなでていく。青空に掲げられたジャクリーンは、顔をクシャクシャにして笑っている。見つめるヘスースの顔も喜びであふれている。>

<一歳から十七歳までの十六年間を難民キャンプですごしたヘスースが、いまトウモロコシの畑で汗を流している。「緑の中で働くのが好きなの」と、うれしそうに話す。>

<キャンプを出て、農園で新しい生活を始めたヘスース。彼女のかたわらにはジャクリーンと夫のフランシスコがいる。農作業を終え、ジャクリーンを肩車したフランシスコと、鎌と弁当箱の入った籠を下げたヘスースが、山の路をたどる。トウモロコシ畑にはさまれた小路を上り下りしていく幸せそうな後ろ姿に、ぼくはシャッターを切った。>

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2009年12月 8日 (火)

【読】長倉洋海さんの好著

図書館から借りて、今日から読みはじめたこの本。
いい内容だ。

Nagakura_photo_journalist_3長倉洋海 (ながくら・ひろみ)
 『フォト・ジャーナリストの眼』
 岩波新書 新赤版223 1992/4/20 第1刷発行
 244ページ 602円(税別)

<「右眼でファインダーを、左眼でそこには映らない世界を」 戦乱のエル・サルバドールでは一人の少女を10年間撮り続け、またアフガンの戦士と250日間生活を共にするなど、世界を駆け巡るなかで、彼の「眼」はどう変化していったか。 国内外で同時代の鼓動を撮り続ける気鋭のカメラマンが、情報過多社会における舗道写真のあり方を熱っぽく語る。> (本書カバー裏)

第一章はエル・サルバドルが舞台。
今日読んだところで、とてもいいエピソードがあった。
「難民キャンプの少女ヘスース」 という文章だ。
長倉さんには、『ヘスースとフランシスコ エル・サルバドル内戦を生きぬいて』(福音館書店/2002年)という児童向けの本もあるらしい。
新本では入手不可能なので、図書館から借りて読んでみたい。

『ヘスースとフランシスコ エル・サルバドル内戦を生きぬいて』 長倉洋海
e-honサイト
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031029428&Action_id=121&Sza_id=F2
Amazon
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4834018857


ところで、本書で私が感銘を受けた箇所。
長倉さんの文章も、てらいがなく、好感がもてる。

以下、本書34-36ページより。

<…(略)…四年ぶりのキャンプの中はガランとしている。はずれにある一軒の家の戸口に立った。女の子が顔を出す。背が伸びて体も大きくなったけれど、ヘスースに間違いない。突然の訪問にきょとんとしているヘスースに、彼女が写っている写真を見せる。「わぁー、私だ。お母さん、見てよ」と写真をもったまま家の中に駆けこむ。以前、日本から送った写真は届いていなかったのだろう。>

<ヘスースはいま十歳。髪を長くして大人っぽくなたが、最初(82年)に見たときは、まだほんの子どもだった。家の前でだだをこね、お母さんに怒られて泣いていた。キャンプに来たばかりで、まだ環境になじんでいなかったのだろう。>


ヘスースが3歳のときの写真「母に叱られ泣き出した3歳のヘスース(サンタ・テクラ難民キャンプ,1982年)」が掲載されている。
この本の写真はモノクロ印刷だが、先日読んだ『幸福論』(東海大学出版局、関野吉晴さんとの対談)には、カラー写真が載っていた。

長倉さんの、子どもたちに対する優しいきもちがにじみでている、いい写真だ。
『幸福論』には、おなじヘスースの10歳のときの写真(1990年)と、若い母親になって娘を抱きあげている17歳の写真(1997年)が並べて掲載されている。
中米の一人の少女とこれだけ長いあいだつきあい続けたところに、長倉さんの、一本筋の通った生き方を感じる。


<84年にエル・サルバドルを訪れた時は、クリスマス・シーズンだった。町では子どもたちがアメやお菓子を買ってもらい、教会の前で着飾って記念撮影する光景があった。キャンプにも、慈善団体の人たちがプレゼントをもってやってきた。きれいに着飾った女の子が木からつるしたぬいぐるみを棒で割り、中からこぼれ落ちたキャンディを、キャンプの子どもたちに拾わせた。その奪い合いに入って行けずに、遠巻きに眺める子どもたちの一人に、ヘスースがいた。/苦しい生活なのに、彼女の表情には人を魅きつける明るさがあった。>

<ヘスースはいま週に数日、学校に行っているという。84年と違って、キャンプの外にも出られるようになった。…(中略)…ヘスースの将来の夢は「秘書になること」だ。隣りでパンを作っていた母親が、「まだ字も書けないくせに」というとヘスースは恥ずかしそうに下を向いた。>

<エル・サルバドルを離れてしばらくしてから、一通の手紙が届いた。キャンプを訪ねた友人からのものだった。便箋の中に、「Jesus(ヘスース)」とサインが書かれてあった。よれよれの曲がりくねった字……。ヘスースだ。字が書けるようになったのだ。キャンプを訪れると、駆け寄って来て、手を引っ張っては他の子のところに連れて行き、「私の写真と同じように、きれいに撮ってあげてよ」と私に頼みこむヘスースの表情を思い出していた。>

引用が長くなったが、心あたたまる、とてもいいエピソードだったので紹介した。

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2009年12月 6日 (日)

【読】関野吉晴さんの対談集

地域の図書館には置いていないようなので、ネット注文で購入した。
対談相手の面々が魅力的。

対談集の類いが好きで、こういう本は長く手もとに置いておきたいと思う。


Sekino_taidan_2『関野吉晴対談集』
  ― グレートジャーニー 1993~2007 ―
 東海大学出版局 2007/6/21刊
 270ページ 2400円(税別)

船戸与一さんとの対談は、『諸士乱想』に収録されていて、すでに読んだ。
池澤夏樹、萱野茂、赤坂憲雄、椎名誠、といった、私の好きな人たちの名前が並んでいる。
たのしみな本だ。

読みおえた 『幸福論』 (長倉洋海さんとの対談)は図書館に返却したのだが、入れ替えに新本を買ってしまった。
それほど魅力的な本だ。
図書館の本には帯がなかったが、「作家・船戸与一氏激賞!」というキャッチがうれしい。

もう一冊、長倉洋海さんの本を図書館から借りてきた。
『フォト・ジャーナリストの眼』 (長倉洋海/岩波新書/1992年刊)

Sekino_nagakura_kofukuron2_2Nagakura_photo_journalist

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2009年12月 3日 (木)

【読】グレートジャーニー

さっそく読みはじめた関野吉晴さんの新書。
これが、とてもいい。

Sekino_great_journey_1関野吉晴
 『グレートジャーニー ①中南米~アラスカ篇』
  ちくま新書390 2003年刊
  188ページ 950円(税別)

120点のカラー写真が美しい。
足かけ十年にわたる「人力」の旅のエッセンスという感じで、駆け足ではあるが、旅の途中での現地の人たちとのふれあいが、この人らしい。
あたたかさを感じる。

<1990年、私は「私のグレートジャーニー」を計画した。人類拡散の「グレートジャーニー」を逆ルートで、自分の脚力と腕力だけで辿ろうというものだ。/南米最南端パタゴニア・ナバリーノ島からビーグル水道をカヤックで漕ぎ出したのは、1993年12月5日のことだった。ここを出発点として、アメリカ大陸を北上、ベーリング海を渡り、ユーラシア大陸を横断して、人類誕生の地であるタンザニア・ラエトリに到達したのが、2002年2月10日。足かけ10年の旅となった。> (「グレートジャーニーとは」 本書P.9)

<われわれの周囲を見渡してみよう。金属、プラスチック、化学繊維、合成樹脂だけでなく、それが何でできているか素材のわからない物がほとんどだ。私たちと自然のあいだには、しっかりと障壁が作られている。自分たちが自然の一部であるということも忘れてしまう。> (「シンプル」 本書P.83)


星野道夫さんや池澤夏樹さんの志向に似たものを感じる。
ついこのあいだまで、この人のことを知らなかったのだが、いい人に(書物の世界で)出会えたことがうれしい。

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2009年12月 2日 (水)

【読】しあわせって、なんだっけ なんだっけ

かつて、こんなCMソングがあったな。
明石家さんま。
キッコーマン ポン酢しょうゆのあのCMは、好きだった。

まだ10ページほど残っているけど、二日間で読むことができた。
世界の「辺境地帯」(いい言葉ではない)を股にかけて活躍している行動的な二人の対談には、納得できることが多かった。
いつかまた読みかえしてみたい。そんなきもちになる本だった。

Sekino_nagakura_kofukuron『幸福論』 長倉洋海・関野吉晴
 東海大学出版会 2003年刊
 227ページ 2300円(税別)

関野 人間にとって幸福とはなにか。とっても大きなテーマなんだけれど、ぼくはスピードについてよく考えるんです。アマゾンにしてもヒマラヤにしても、あるいはエチオピアにしても、ぼくが出会った先住民たち、動くスピードってほとんど時速五キロくらい。……それにしてもぼくらの世界は時速八〇キロくらいで動いているでしょう。……

長倉 飛行機でいろんな国に行って、ときどきふっと思うのは、人間がこんな楽していいんだろうかってことなんです。だから、なんだか考えが古いのかもしれないけど、人間にとっては歩く速度が自然で、新幹線とか飛行機とか、ああいう速いものに乗ると不自然な疲れを感じます。……

♪ かぎりないもの それが欲望 ♪ (井上陽水)

♪ つみあげすぎた世の中は 生きてることがみえないよ ♪
  (山崎ハコ/工藤順子)


関野吉晴さんの 「グレートジャーニー」 シリーズは、児童書もふくめ多数出版されているけれど、手頃なところから新書を二冊手にいれた。

Sekino_great_journey_1_2Sekino_great_journey_2関野吉晴
 『グレートジャーニー ――地球を這う』

 ①南米~アラスカ篇
   ちくま新書(カラー新書) 390
   2003/3/10 第一刷発行
   188ページ 950円(税別)
 ②ユーラシア~アフリカ篇
   ちくま新書(カラー新書) 568
   2005/11/10 第一刷発行
   206ページ 950円(税別)

関野さんは、こどもを写真に撮るのが好きだと言っている。
カバーのこどもの顔、なんともいえない、いい写真だ。


【参考まで】
グレートジャーニー  ― Wikipedia ―
『グレートジャーニー』は、フジテレビジョン系で不定期に放送されるドキュメンタリー番組。人類の足跡を南アメリカ・チリナバリーノ島からタンザニアまで(北ルート)逆ルートから遡って行く旅の過程を、探検家・関野吉晴が歩く。最近は「地球デイプロジェクト」(2008年3月21日放送分)の一環として、ヒマラヤから日本までの南ルートを、日本人が日本に到達するまでを歩いた。

【さらに補足】
人類は、四百万年前、東アフリカに誕生したと言われ、百数十万年前、アフリカを飛び出してアジアに広がり、やがて極北の地を経て、ついには南米大陸の最南端、パタゴニアに達した。
この人類拡散の長大な旅を、イギリス生まれの考古学者 ブライアン・M・フェイガンは「グレートジャーニー」と呼んだ。 (関野吉晴 『グレートジャーニー ①』 ちくま新書 より要約)

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2009年12月 1日 (火)

【読】関野吉晴さんの写真集

『幸福論』(関野吉晴・長倉洋海/東海大学出版局 2003年版) といっしょに図書館から借りてきた、大判の写真集。

Sekino_amazon『アマゾン源流 インカの旅 未知の流れ』
 関野吉晴
 日本テレビ放送網株式会社
 1985/3/30刊 32cm 159ページ
 3900円
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000J6WFYE

関野吉晴さんは医師であり、写真家としての腕もそうとうなものだ。
今日から読みはじめた長倉洋海さんとの対談 『幸福論』 にも、ところどころ、関野さんと長倉さんのカラー写真が載っている。
どれも、大自然のなかで生きる人々のすばらしい表情をとらえた写真で、眺めているとほっとするものばかりだ。

この写真集も、大判ならではの迫力がある。

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