カテゴリー「【演】演芸日誌」の36件の記事

2009年8月30日 (日)

【演】小米時代の音源

縁あって、ある方から小米(こよね)時代の音源をいただいた。
私が枝雀の落語を聴き始めたのは、1980年代にはいってからだった。

米朝の一番弟子だった十代目 桂小米が、二代目 桂枝雀を襲名したのが1973年(昭和48年)。
私は遅れてきたファンだから、後追いで小米時代の雰囲気を想像するしかなかった。
(初期の枝雀落語には、小米時代の雰囲気が残っていたと聞く)

今回いただいたMD二枚には、1968年(昭和43年)から72年(昭和47年)にかけての音源が七話はいっている。
「青菜」「寝床」「饅頭こわい」「夏の医者」「延陽伯」「代書屋」「軒づけ」。
どれも、枝雀が終生演じ続けた演目である。

まず、「青菜」(昭和44年7月27日)を聴く。
枝雀時代になっても早口だったが、それに輪をかけて早口である。
テンポがいい、とも言えるが、収録時間の関係からか急いで語っているようにも思える。
それと、声がかん高く、ときどき裏返るのは、小米時代の特徴。
この特徴は初期枝雀の頃まで続いたが、演じ方の研究を深めて、だんだんと落ち着いてきたのだろう、と私は考えている。

「青菜」は、ばかばかしい噺ではあるが、随所にクスグリがたくさんあるので聴衆のノリ具合がよくわかる。
とにかく、一言一言が、どっと受けるのだ。
ポンポンポン、とはなしを進めて客をひきつける技は、さすが。
人気者だったことがよくわかるし、後の枝雀の芸風につながる「秘密」を垣間見る気がする。

円熟期の枝雀の音源とくらべてみると、なかなかおもしろい。
貴重な音源を送ってくださったUさんへ、この場からあらためてお礼申しあげます。


写真は、1976年(昭和51年)10月1日、大阪サンケイホールで収録された音源。
東芝EMI TY-40064 「青菜、天神山」

Shijaku5

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2009年8月15日 (土)

【演】喜平橋落語の会(第三回)

盛夏の昼さがり、友人夫妻が訪ねてきてくれた。

お昼をいっしょに食べたあと、恒例の「喜平橋落語の会」を開催。
落語の会、といっても桂枝雀のDVD観賞会なのだが。

Shijaku_dvd_06_2『枝雀落語大全 第六集』
 高津の富/不動坊
 EMIミュージック・ジャパン GSB-1206

高津の富
 昭和63年(1988年)6月13日放送
 TBS 『落語特選会』
 (東京国立劇場)より収録
不動坊
 平成4年(1992年)2月14日放送
 ABC 『枝雀寄席』
 (ABCホール)より収録

「高津(こうづ)の富」は、私の大好きな噺のひとつ。
もともと上方の落語で、東京にはいってきて「宿屋の富」という演題になっている。
高津神社の境内で抽選がおこなわれていた「富くじ」、今でいうところの宝くじの噺だ。

枝雀の得意ネタのひとつで、これまでさまざまな演出のものを見たり聴いたりしてきた。
今回観たものは、演出が若干ちがっていた。
高津神社で富くじのあたり番号をたしかめる場面での、「一文なしのからっけつおやじ」の反応が、私の馴染んできたものとちがうが、これはこれで面白かった。
(どちらかというと、「ねーの、ねーの」と繰り返すバージョンのほうが好きなんだが)

同じDVDに収録されている「枝雀散歩道」で、弟子の桂九雀は、枝雀がこの噺をホールで演じたときの客席の反応を語っている。
枝雀の高座がはじまると客席の反応ががらりと変わり、ぐいぐいと舞台に引きつけられていく様子を、弟子入り前の九雀はホールの後ろの方の席から見ていたという。
枝雀の英語落語のことも話していて、外国人が英語落語に引きこまれていく様子も話している。
枝雀の一面を垣間見る思いがした。

「不動坊」は、どんな噺だったか忘れていたが、途中で思いだした。
ストーリーじたいは他愛のないものだが、枝雀の演出はさすが。
おおいに笑った。

さて、四回目の「落語会」はいつになるだろうか。

 

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2009年5月 5日 (火)

【演】喜平橋落語の会(第二回)

午後、雨の中を友人夫妻が訪ねてきてくれたので、第二回の落語鑑賞会を開催。

「喜平橋落語の会(第二回)」
上方落語 桂枝雀のDVDを一枚、四人で鑑賞。

Shijaku_dvd_06『枝雀落語大全 第二集』
 くしゃみ講釈/鷺とり
 EMIミュージック・ジャパン GSB-1202

くしゃみ講釈
 昭和54年(1979年)11月25日放送
 ABC 『枝雀寄席』
 (ABCホール)より収録

枝雀が若いころから得意としていた噺。
同じDVDに収録されている「枝雀散歩道」(枝雀の思いでを関係者が語るもの)で、弟弟子の桂ざこば(ざこば襲名前は桂朝丸)が、枝雀の「くしゃみ講釈」がお客に大受けした時の体験談を語っている。
枝雀・朝丸の「兄弟会」、後に「二人会」をやっていた頃のこと。
あまりに大受けしたので、その後、朝丸がとてもやりにくかったことを、なかば恨みをこめて、しかし、兄弟子への哀惜が感じられる語り口でしゃべっている。

鷺とり
 昭和58年(1983年)1月30日放送
 ABC 『枝雀寄席』
 (ABCホール)より収録

これも若い頃からの得意ネタ。
私は、この「鷺とり」と「壺算」をレコードで聞いてから、すっかり枝雀落語のとりこになった。


今日も友人夫妻に、枝雀の死亡記事の新聞切り抜き(注)をあらためて読んでもらったのだが、枝雀が亡くなったのが1999年(平成11年)、五十九歳のときだ。
そうすると、このDVDに収録された高座は、枝雀がまだ三十代おわりから四十代はじめの頃のものだ。
絶頂期といっていい。

やはり、枝雀落語は映像でアクションを見ることで魅力が伝わってくる。
まさに枝雀落語の醍醐味を、たっぷり味わった。

手慣れたネタをトントンと語っていく進行はみごとなもの。
ときおり、くすぐりの部分を忘れてしまい、思いだそうとする、それもまた芸にしてしまう余裕が感じられる。

今回、「鷺とり」でも、例の「にわか」のところでそんな場面もあったが、安心して見ていられた。
もうひとつ気づいたのだ、鷺が腰帯にはさまれたまま目をさます場面(鷺が、風邪をひいたんだろうかと自問するところ)、ちょうど客席で誰かが大きなくしゃみをしたのだろう。
すかさず、それもギャグに取り入れてしまう芸の余裕。

やはりすごい人だった。


【注】
1999年(平成11年)4月20日の朝日新聞朝刊に、死亡記事が掲載された。
枝雀師が亡くなったのは、10年前の4月19日のことだった。


Shijaku18ban_2枝雀十八番
 昭和56年(1981年)10月1日~7日
 大阪サンケイホール
 六日間連続独演会のライブ録音
 (東芝EMI TYX-90098~106)
 9枚組LP

宿替え/寝床/蛇含草/代書屋/天神山/くっしゃみ講釈/延陽伯/高津の富/鴻池の犬/壺算/仔猫/夏の医者/鷺とり/口入屋/八五郎坊主/くやみ/愛宕山/親子酒

何度も聞いたレコードだ。
この独演会も、すごい評判を呼んだものだったらしい。


【参考】
最近発売された「枝雀十八番」という名演集のCD/DVDセットは、なぜかこの時の演目と同じものを集めているが、まったく別物である。
 Amazon 枝雀十八番(おはこ) [DVD]
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001P3SASA

また、昭和60年(1985年)9月30日~10月5日にも、同じ大阪サンケイホールで二度目の六日間連続独演会をおこない、ライブ盤レコードとして発売された。

Shijaku_18ban_1985枝雀十八番
 昭和60年(1985年)9月30日~10月5日
 サンケイホール(大阪)
 六日間連続独演会のライブ録音
 (東芝EMI TY-60063~71)
 9枚組LP

子ほめ/饅頭こわい/親子茶屋/煮売屋/船弁慶/雨乞い源兵衛/兵庫船/崇徳院/蔵丁稚/ちしゃ医者/こぶ弁慶/貧乏神/道具屋/質屋蔵/かぜうどん/つる/胴乱の幸助/茶漬えんま

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2009年2月13日 (金)

【演】喜平橋落語の会(第一回)

いや、まあ、落語の会といってもDVDの鑑賞会だったのだけれど。

水曜日、三鷹から友人夫妻が訪ねてきてくれた。
MOTELというユニットで活躍している、あのお二人。
正月に、三鷹の「野崎庵」と称するご自宅を訪ねてお会いしていらい、約一ヵ月ぶりだ。

わが家で四人一緒に食事をして、楽しいひとときを過ごした。
こんなDVDを買ったんだよと、桂枝雀のDVDをお見せしたところ、ぜひみてみたいというので急遽DVD鑑賞会となった。
名づけて「喜平橋落語の会」、その第一回。
(次回開催日は未定)

もんさんのリクエストで、「夏の医者」と、もうひとつ、大ネタ 「地獄八景亡者戯」(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)の二つをみた。

Shijaku_dvd_01『枝雀落語大全 第七集』
 三十石 夢の通い路/夏の医者
 EMIミュージック・ジャパン GSB-1207

夏の医者
 平成5年(1993年)8月24日放送
 関西テレビ 『やる気タイム10』
 (大阪サンケイホール)より収録

単純なストーリーの短い噺だが、枝雀の得意ネタ。
夕食前、四人で大笑いする。


夕食後、じっくり腰をおちつけて。

Shijaku_dvd_10_4『枝雀落語大全 第十集』
 地獄八景亡者戯 (前編)(後編)
 EMIミュージック・ジャパン GSB-1210

 昭和58年(1983年)9月25日放送
 ABC 『枝雀寄席』 (ABCホール)より収録

この噺は、1982年の初演(レコードになっている)いらい、枝雀がなんども演じている大ネタ。
長いので、途中休憩をはさんで演じられる。

要所要所のクスグリ(ギャグ)は、当初からほとんで変わっていないようだ。
たとえば、閻魔大王の前で一芸を演じる亡者の、「曲芸」ならぬ「曲屁(きょくべい)」に出てくる「松田聖子をひりだしてみせます」「ぶり~」。
松田聖子=ぶりっこ、なんて今の人たちは知らないだろうなあ。

トチリも多いのだけれど、さすがは枝雀である。
トチリやど忘れも芸に変えて、とっさに切り抜けてしまう。
みている方は、はらはらするのだけれど、しらけることがない。

「勉強をしなおしてまいります」 と、高座をおりてそのまま引退してしまった文楽(八代目、黒門町)とは対照的だ。


この「地獄八景」の終盤、閻魔大王の裁きで地獄行きとなる四人の亡者の名前が、どうしても三人しか出てこない。
そこをうまく切り抜けるところは、さすがだ。
四人の亡者とは、山伏、軽業師、医者、歯抜師。
地獄の釜、針の山、人呑鬼(じんどんき)といったお決まりの地獄の責苦を、四人の得意技でもって切り抜けていくのである。

「地獄」というと、とても落語で笑える世界と思われないかもしれないが、この噺の地獄はあくまでもジョーク。
ブラック・ジョークなどではない。
暗さがみじんもない。
はじめからしまいまで、笑いっぱなしの世界だ。


あらためて感じたことがある。

枝雀の落語は、どこか痛々しいところがある。
枝雀本人も語っていたことだが、枝雀じしんはきわめて真面目な人で、「笑いの仮面」をつけているうちに、いつかそれがじぶんの素顔になるというのだ。
あの笑顔、オーバーなアクションは仮面で、その陰に、うつ病の素顔があったのだろうか。

それでも笑わせてくれるのは、「緊張と緩和」の笑いの理論にもみられる研究熱心さと(理屈っぽさともいえるが)、並はずれた修練(稽古好きだった)のたまものだろう。
生きていてほしかった、と、しみじみ思う。



私の 「地獄八景」 二席。

(左)
昭和59年(1984年)3月28日
 東京 「歌舞伎座」 桂枝雀独演会

 「地獄八景亡者戯」「かぜうどん」

上のDVDでも、この独演会の盛況ぶりが紹介されていた。
歴史的と言ってもよい高座を生でみることができたしあわせ。

(右)
昭和57年(1982年)年10月4日~7日
 サンケイホール (大阪)
 サンケイホール開館30周年記念
 桂枝雀独演会 (収録は10月6日か)
 東芝EMI TY-60038・39

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2009年1月 3日 (土)

【演】枝雀落語大全DVD(第三集)

桂枝雀のDVDを今夜も観た。

Shijaku_dvd_03_3枝雀 落語大全 第三集
 「宿替え」 「池田の猪買い(ししかい)」
 東芝EMI GSB1203

どちらも若い頃からの得意ネタというだけあって、安心して観ていられる。
とくに 「宿替え」 は、十八番中の十八番だから、細かい演出、クスグリが随所にちりばめられていて面白い。
レコードやカセット・テープ、テレビ番組の録画などで、私もずいぶん聴いたものだ。

「池田の猪買い」 は、ストーリー性のある旅の話で、ぐいぐい引き込まれる。


昨日、あらためて気づいたのだが、このDVDシリーズには字幕だけの「演目解説」が付いており、噺の背景が細かく解説されていて、興味ぶかい。


この巻の「枝雀散歩道」は、枝雀の弟子の桂雀三郎。
枝雀がまだ小米(こよね)だった時代に、桂べかこ(現 桂南光)に続いて弟子入りした人である。
小米、べかこ、雀三郎の三人で、落語の稽古をしていた頃のエピソードが面白かった。

酔っ払いを演じるコツを、雀三郎が枝雀から教わったときの再現シーンには笑ってしまった。
枝雀の酔っ払いの演技はピカイチである。

枝雀は稽古熱心というより、稽古が好きでたまらない人だったようだ。
第二集の桂ざこば(米朝の弟子、つまり枝雀の弟弟子で、当時は桂長丸)もそうだったが、枝雀に稽古をつけてもらった人たちは多い。
もちろん、枝雀自身も稽古をずいぶんやったそうで、道を歩きながら、あるいは電車の中で「ネタ繰り」をしていて、周りからへんな目で見られていたというエピソードも有名だ。


「宿替え」
 昭和59年10月9日放送 ABC『枝雀寄席』(ABCホール)より収録
「池田の猪買い」
 昭和55年12月28日放送 ABC『枝雀寄席』(ABCホール)より収録

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【演】初代 桂枝雀

1999年(平成11年)4月19日に亡くなった桂枝雀は二代目である。
初代桂枝雀は、明治から大正にかけて活躍した噺家。
二代目枝雀によると、爆笑落語だったというが、当然のことながら音源はほとんど残されていない。

私の手もとに、一本のカセット・テープがある。
20年前に発売されたものだ。

Yumeno_meijinyose1Yumeno_meijinyose2『明治大正 夢の名人寄席』
 コロンビア CTY-9158
 1987年10月発売 3000円

歴史的録音というやつで、ノイズまみれの音源だが、快楽亭ブラック、初代三遊亭円遊、曽呂利新左衛門、初代柳家こせん、初代桂春団治、四代目古今亭志ん生、四代目笑福亭松鶴、などの名前が並んでいる。

その中に、初代桂枝雀の音源がある。
「芋の地獄」という、三分ほどの短い録音。
ノイズだらけだし、内容もよくわからないが、こういう話芸だったのかという程度のことはわかる。

― カセット・テープの解説より ―
初代 桂枝雀
本名澤木勘次郎。二代目桂文枝門人で枝雀。そして終生名を変えなかった。音曲を得意とし、昭和三年十一月二十三日、六十六才で亡くなっている。没年から逆算すれば文久三年頃の生まれ。
この一篇は明治四十二年以降の明治の録音でいわゆる滑稽説教というもの。


Wikipedeiaには、もっと詳しい紹介がある。

― Wikipedia 初代 桂枝雀 ―
初代 桂枝雀(1862年 - 1928年11月22日)は、本名: 入江清吉。享年66。
大阪の足袋商「古滿屋」の子として生まれ、家業を継ぐ傍ら、地歌や舞踊の稽古に通う。後、友人の勧めで、上町にあった素人落語の「緑連」に加わり、喜代丸を名乗る。1884年11月、2代目桂文枝(後の桂文左衛門)に入門し、枝雀を名乗り、生涯変えなかった。
桂派が凋落の一途をたどる中、桂仁左衛門(2代目桂南光)、3代目桂文三らと共に同派を良く支える。仁左衛門の死後は、1912年に4代目笑福亭松鶴らと共に自身の名にちなんで寿々女会を組織するも、本人は出演せず。間もなく当時の元号にちなみ大正派を立ち上げ、平野町第一此花館を本拠とするが、1916年に解散。その後すぐ新桂派を結成するが、2年と持たなかった。その後、反対派に加入。1926年頃に引退。
痩躯にあばた面、片目が不自由といった風体だったが、笑いの多い愛嬌ある高座で、桂派でも一番の人気者だった。三友派の2代目桂米喬と共に、初代桂春團治出現以前の爆笑王として名を馳せた。十八番は『尻餅』『借家怪談』『野崎参り』『稽古屋』など。音曲も独特なもので、一席終えた後、「フェー」といった奇声を発してから、大津絵節などを聴かせたという。
引退後は東大阪市の布施に住み、平穏な余生を過ごした。同業者との連絡は一切絶っていたため、死期も分からず仕舞だったという。
弟子には2代目桂小文枝、3代目桂萬光、2代目桂談枝らがいる。
出典 『古今東西落語家事典』(平凡社、1989年)

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【演】枝雀落語を観るヨロコビ

正月休みがまだ続いているので、夜更けではあるが、枝雀落語のDVDを観ていた。

Shijaku_dvd_02枝雀落語大全 第二集
 「くしゃみ講釈」 「鷺とり」
 東芝EMI GSB1202

「くしゃみ講釈」
 昭和54年11月25日収録 ABC「枝雀寄席」(ABCホール)
「鷺とり」
 昭和58年1月30日収録 ABC「枝雀寄席」(ABCホール)


昭和54年の映像では頭にうっすらと髪の毛が残っていて、小米時代の名残りを感じさせるところがおかしい。
昭和58年の映像では、髪の毛がなくなっている。

そんなことはともかく、どちらの演目も私がレコードやカセットテープで聴いていたのとほぼ同じ話の運びで、この頃すでに枝雀一流の演出が完成されていたと思われる。


「鷺とり」は、私にとって思い入れのあるものだ。

桂枝雀というおもろい上方の噺家がいることを教えてくれたのは、私が勤めていた会社の後輩である神戸出身の女性だった。
その人が、枝雀の「鷺とり」や「壺算」のことをじつに懐かしそうに話してくれたのだった。
(神戸や大阪で、生の枝雀落語を体験していた人だった)

演目の内容までは教えてもらえなかったが、「枝雀さん」と呼ぶその人の嬉しそうな話しぶりだけで、私も聴いてみたいと思うようになったのが、枝雀落語にはまりこむきっかけだった。

今日観た映像では、いくつかのトチリはあるものの、聴衆をしらけさせるどころか、失敗までも芸に変えてしまう上手さに、あらためて感心した。

音源を耳で聴くだけではわからなかった身ぶり手ぶりの面白さも体験できて、枝雀落語を「観る」ことのヨロコビをあらためて感じることができた。


また、このシリーズには、どの巻にも「枝雀散歩道」と題して、愛弟子や兄弟弟子が故枝雀のエピソードを語る映像が収録されている。

桂ざこば(桂朝丸=枝雀の弟弟子)が語る思い出話がとてもよかった。
小米(枝雀襲名前の芸名)時代から細かい演出に気を配っていたという兄弟子「枝雀にいちゃん」の芸風を語りながら、当時を思いだしてしばし言葉に詰まるざこばを見ていると、こちらまでじーんときてしまう。


いいDVDを手に入れたと、あらためて思う。

Dvdset枝雀落語大全 第一期(第一集~第十集)
 DVD10枚組:38,000円(税込)
 東芝EMI

http://www.emimusic.jp/st/rakugo/sijaku/dvd/part1.htm






【参考】 Wikipedia 「二代目桂枝雀」 より
2代目枝雀襲名
1973年(昭和48年)10月に大阪道頓堀の角座で「2代目桂枝雀」を襲名。(笑福亭枝鶴、桂福團治とのトリプル襲名であった。)これを機にそれまでの落語を大きく変える。高座では笑顔を絶やさず、時にはオーバーリアクションを用い、それまでの落語スタイルの概念を大きく飛躍させ、どんな客も大爆笑させる落語であった。それまでの小米ファンには戸惑うものもいたが、客の受けは非常によく、枝雀の評判はどんどん上がっていき、米朝と時期を分けて独演会を行うようになっていった。

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2008年12月21日 (日)

【演】枝雀さんのDVD

一週間前のことだが、桂枝雀(1999年4月没)のライブDVDを手に入れ、その一巻目を観た。
ライブ映像は、いいなあ。

『枝雀落語大全 第一集』
  寝床/代書
 EMIミュージック・ジャパン GSB1201
 3800円(税込)
 http://www.emimusic.jp/st/rakugo/sijaku/dvd/part1.htm

Shijaku_dvd_01寝床
 昭和61年10月13日放送
 TBS「落語特選会」(東京国立劇場)より収録
代書
 平成4年8月14日放送
 関西テレビ「トナリnoとなり(米朝一門会)」より収録


「寝床」
いろんなバージョンの音源や放送録画を聴いたり観たりしてきたが、これはちょいと危うさを感じるような口演。
もう少し完成度の高いものもあったはずなのにと、残念に思ったりもするが、これもライブの面白さなのだな。
やはり映像のちからは大きいものだ。
枝雀一流のアクションによって、浄瑠璃好きの旦那の心理の動きが表現されている。
会場を爆笑のうずに巻き込む演技はさすが。

「代書」 (「代書屋」とも呼ばれる演目)
これもいろんなバージョンがあって、ちょっと間抜けな主人公(代書屋に履歴書を書いてもらいにくる)の描き方がそれぞれ微妙にちがう。
私が聴いてきたものは、履歴書を「ゲレキショ」と言ったり、「あんたの本当の職業は何です?」という代書屋の問いに「ガタロー!」と答えるもので、私は好きだったが、この口演の「ポンでーす!」も爆笑もの。
「ガタロー」は、どぶ掃除の仕事。
「ポン」は、「ポン菓子」屋。私がちいさな頃にもまわってきたこの職業、「ドン」と読んでいたが、正式にはなんと呼ぶのだろう。
米やとうもろこしを持っていくと、釜に入れてポップコーンにしてくれる。
代書屋の、「ポンて何ですかあ?」と途方にくれる様子が、おかしくてたまらない。
名演である。


まあ、よけいな講釈はおいといて、二度と観ることができなくなった枝雀師の落語を楽しめる幸せに感謝している。
このシリーズ、全40巻という厖大なものだが、10巻ずつセットになっているので、少しずつ買い求めていこうと思う。


【おすすめサイト】
松本留五郎の部屋

http://www11.ocn.ne.jp/~tomegoro/

※松本留五郎……「代書」の主人公の名前

 

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2008年12月11日 (木)

【読】今年読んだ本 (上方落語)

年末近くになって、上方落語家が書いた本を二冊読んだ。
いずれも、桂枝雀の弟子が書いた本である。

半月ほど前に書いた内容と一部重複するが、あらためて書いておきたい。
→ 【演】【読】枝雀の弟子たち
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-13ab.html


Jakujaku_hisshi桂 雀々 『必死のパッチ』
 幻冬舎 2008/10/25発行
 1300円(税別)

なかなか感動的な内容だった。

雀々自身のこんな公式サイトがある。

落語家・桂雀々の必死のパッチ - ほ~む -
http://www.jak2.net/


もう一冊は、まじめな落語の歴史の本である。

Bunga_rakugo_tsuu桂 文我  『落語「通」入門』
 集英社文庫 2006/10発行
 735円(税込)

枝雀のもとで桂雀司として修業していた頃、師匠の枝雀にこう言われたことがきっかけで、演芸関係の資料を収集し、研究するようになったという。

「最近は米朝師匠(枝雀の師匠)のように、落語の資料を集めながら、落語の歴史も熟知した上で本を著せるようなタイプの噺家がいないから、米朝師匠の万分の一でもいいから、そのジャンルを押さえなさい」

また、枝雀師に言われたこんなことばが忘れられないとも。

「アイデアに頼り過ぎると、知的には面白いかも知れんが、ハートに響いてこない。 見た目も普通のスタイルで、〝知恵のある声〟が出る噺家を目指しなさい」

枝雀らしい、温かみの感じられることばだと思う。
いい弟子をたくさん残した桂枝雀は、やはり偉大な落語家だった。



ところで、今日、ようやく待望の本を手に入れた。
はじめて見かけたのが、御茶ノ水の「丸善」だった。
気にはなったが買わずにいたら、次に寄ったときには売れていた。
その後、浜松町(モノレール乗り場近く)の書店に平積みされていたのを見たときも、迷った末、買わなかった。
ネットで注文したら、到着までずいぶん日数がかかった。

気になった本は、見かけたその場で買うべきものだなあ。


Komigata_engei_taizen『上方演芸大全』
 大阪府立上方演芸資料館(ワッハ上方)編
 創元社  2008/11/20発行
 535ページ  2800円(税別)

この分厚さで(35mmもある)この価格は、むちゃくちゃに安い。
内容も充実している。

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032165028&Action_id=121&Sza_id=G1

[要旨]
漫才、落語、喜劇、浪曲、講談、諸芸、メディア、作家・裏方、劇場・寄席―。上方演芸の総覧としてその歴史と魅力を集大成。笑いの芸、その源流から現在まで、そして未来をも展望する。 
[目次]
第1章 漫才;第2章 落語;第3章 喜劇;第4章 浪曲;第5章 講談;第6章 諸芸;第7章 上方演芸とメディア;第8章 作家・裏方;第9章 劇場・寄席・小屋;資料編 
[出版社商品紹介] 
上方演芸の歴史と魅力を集大成した初の書。10章立てで、その全容と細部に迫った貴重な記録。図版、資料多数。 

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2008年12月10日 (水)

【演】今年聴いた落語

この数年、落語会や寄席はもちろんのこと、テレビ、ラジオでも落語を聴くことがなくなった。
もっぱら、過去に撮り溜めたビデオや、レコードなどの音源で聴いている。

Shijaku_jigoku_bakkei今年は、故 桂枝雀の音源をいくつか聴いた。
同じ音源を何度聴いても楽しめるのは、落語が「知」ではなく「情」の部分に働きかける芸だからだと思う。
これは、枝雀が言っていたことでもある。

「知」とは、理屈で理解する部分。
あれが、ああなって、こうなる、と理屈で理解している領域は、何度もおなじことを繰り返すと、もうわかっているという気持になり、飽きてしまうものだ。
いっぽう、「情」の部分に働きかけられると、そのたびに反応するのが人間というものらしい。

音楽もそうだが、同じ音源を何度聴いてもその都度あらたな感動があるのは、人間に「情」というありがたいものがそなわっているからなんだろう。
枝雀の口癖ではないが、「ありがたいことでございます」。


ところで、枝雀の落語の映像が、全40巻のDVDで発売されている。

SoundTown / 落語 桂枝雀
 東芝EMIによる桂枝雀の「枝雀落語大全」「THE 枝雀」紹介 収録作品一覧
http://www.emimusic.jp/st/rakugo/sijaku/dvd/index_j.htm

さすがに全巻まとめて買うことはできないが、このたび、第一期(第一集~第十集)を東芝EMIの通販で購入した。
これだけでも、まとまった金額になったが、これから年に二回(夏・冬)、十巻ずつ買っていこうかな、なんて思っている。


枝雀落語大全 第一期(第一集~第十集)
 DVD10枚組:38,000円(税込)
枝雀落語大全第一期(第一集~第十集)のDVD10枚組
字幕映像…落語のビデオとしては初めての字幕スーパーを収録
演目解説…演目解説を収録画面で分かりやすく説明
購入者には特典DVDをプレゼント!

各巻に、「枝雀散歩道」と題する映像が入っているらしく、この第一期には枝雀の弟子たちが案内人で勢ぞろいしている。
楽しみだな。

http://www.emimusic.jp/st/rakugo/sijaku/dvd/part1.htm


Dvdset_3第一集  寝床/代書
  枝雀散歩道:案内人 桂 南光
第二集  くしゃみ講釈/鷺とり
  枝雀散歩道:案内人 桂 ざこば
第三集  宿替え/池田の猪買い
  枝雀散歩道:案内人 桂 雀三郎
第四集  饅頭こわい/替り目
  枝雀散歩道:案内人 桂 雀松
第五集  住吉駕籠/八五郎坊主
  枝雀散歩道:案内人 桂 雀々
第六集  高津の富/不動坊
  枝雀散歩道:案内 桂 九雀
第七集  三十石 夢の通い路/夏の医者
  枝雀散歩道:案内人 桂 文我
第八集  愛宕山/貧乏神
  枝雀散歩道:案内人 桂 む雀
第九集  舟弁慶/かぜうどん
  枝雀散歩道:案内人 桂 紅雀
第十集  地獄八景亡者戯(前編・後編)
  枝雀散歩道:案内人 桂 南光

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2008年12月 4日 (木)

【演】【読】必死のパッチ(桂雀々)

先月末、北海道に帰ったとき、羽田空港の本屋で手に入れて北海道滞在中に読みおえてしまった。
いい本だった。

Jakujaku_hisshi_4桂 雀々 『必死のパッチ』
  幻冬舎  2008/10/25 発行
  194ページ  1300円(税別)

「必死のパッチ」とは、大阪弁で「必死のさらに上」、「必死」と「死に物狂い」を足して、さらに「がむしゃら」を掛けたようなもの、だそうだ。

小学六年生のときに、ギャンブル狂いの夫にあいそをつかして、母親がとつぜん家出。
(第一章「まずは一人いなくなった」)

その後、父親と二人暮らしになったものの、父親はほとんど仕事をせず(屋台のうどん屋だった)、ギャンブルに明け暮れる。
家には、ヤクザまがいの借金取りがしつこく押しかける。
(第二章「オトンという名の欠陥人間」)

あげくのはて、ある夜、父親から無理心中をせまられ、危うく殺されそうになる。
(第三章「人生で一番長い夜」)

そして、父親も家を出て行ってしまい、電器、ガスも止められるという市営住宅での一人暮らしを続けながら、中学三年間をのりきる。
(第四章「ひとりぼっちのサバイバル」)

話題になった 『ホームレス中学生』 (田村裕)にも負けないような過酷な体験には、驚くばかりだ。


身寄りのない孤独感をまぎらすため、松本貢一少年(雀々の本名)は、学校でモノマネなどをしてみんなを笑わせ、学校の人気者になったものの、やがてそんな自分にいやけがさしてくる。
ある日、級友に誘われてテレビの素人参加型バラエティー番組に出場し、好評を博す。
それでまた、一躍、学校の人気者になるのだが、孤独感は癒されない。
(第五章「孤独の出口」)

またある日、ラジオで聞いた落語に惹かれ、「狸の賽」という噺を演じられるように猛練習して、これをテレビの視聴者参加番組で演じたところ、審査員(藤本義一、香川登志緒、笑福亭松鶴)に認められる。
ここから、彼の落語家への道がはじまる。
(第六章「スタートライン」)

この本の最後は、師匠 桂枝雀との出会いでしめくくられる。


<そんな落語漬けの毎日を送るなかで、ボクはある落語家さんに興味を持った。 興味を持ったというよりも大好きになった。 ラジオから流れてくる独特の高い声、その人の落語に出てくる登場人物は、常に生き生きしていた。 一生懸命に今を生きている感じがした。>

<中入り前の一席。 ボクが会いたい人の出番だった。 『昼飯(ひるまま)』という出囃子に乗って登場し、高座に上がって頭を下げたその人を見た瞬間……。

 ――この人やったら、ボクにごはん食べさせてくれるんちゃうやろか。――

 またしてもボクの本能がそう囁いた。
 その人の落語を見に、聞きに行ったはずなのに、それどころではなかった。 ボクはただボーッとしたまま、落語だけではなく、その人が醸し出す大らかさ、優しさ、あどけなさ……そんな魅力に心を奪われてしまっていた。
 初めて落語に触れた時以上の衝撃だった。
 その人は「桂枝雀」という落語家さんだった。>


いい話だな、と思う。
枝雀さんの人がらがよく伝わってくる。


Shijaku_itimon_2枝雀一門
『笑いころげてたっぷり枝雀』 (レオ出版 1983年)
カバー裏写真

(左から)
む雀、雀司、雀三郎、べかこ、枝雀、雀松、雀々、九雀

べかこは、現・桂南光(三代目)
雀司は、現・桂文我(四代目)

この他に、紅雀(1995年入門)がいる
また、桂音也(1970年入門、故人、実質的な一番弟子)がいた

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2008年11月27日 (木)

【演】【読】枝雀の弟子たち

故 桂枝雀の弟子たちが活躍しているようだ。
上方落語の動静にうとくなり、生の高座も聞かなくなって久しいが、書店でこんな本をみつけた。


Bunga_rakugo_tsuu桂 文我 『落語「通」入門』
 集英社新書 0362  2006/10
 735円(税込)

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031783124&Action_id=121&Sza_id=B0#tyosya

枝雀の弟子、桂雀司が四代目・桂文我を襲名していたことは噂に聞いていた。
先代の文我を、レコードの音源で聞いたことがあり、その人となりについても読んでいたが、興味ぶかい噺家ではあった。

雀司あらため四代目・文我のこの本は、錦糸町駅ビルの書店でひらかれていた落語フェアでみかけて、買おうか買うまいか迷ったあげく買わなかった。
その後、気になっていたので、同じ書店に行ったら、すでにフェアは終了していて、残念に思っていた。
ところが、今日、仕事の帰りにその店の落語コーナーで発見。
即座に購入した。

枝雀の弟子たちは、いずれもユニークな個性の持ち主ばかりだが、この人はなかなかの研究家のようだ。
音源もたくさん出ているようで、聞いてみたいと思うし、機会があれば高座も見てみたいと思うのだ。


もう一冊。
これは、御茶ノ水駅前の丸善で見かけて、やはり買わなかった本。
いま、ネットで検索したら、大ヒットして、話題になっているようだ。
いずれ手に入れたいと思う。

Jyakujyaku桂 雀々 『必死のパッチ』
 幻冬舎  2008/10
 1365円(税込)

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032149520&Action_id=121&Sza_id=Z1

大ベストセラーになった 『ホームレス中学生』 (これも読んでみたい気はする) を思わせる内容。

雀々も、雀司も、枝雀一門の落語会やテレビ番組でよく見ていたし、生の高座も聞いたことがあるが、さすがに枝雀の弟子。
才能の片鱗をを感じていた。
この本には、ちょっと驚いた。


― e-honサイト掲載の著者紹介より ―

桂 文我 (カツラ ブンガ)        
1960年、三重県松阪生まれ。79年、桂枝雀に入門。芸名は雀司。83年にABC落語新人コンクール審査員奨励賞受賞。95年、国立演芸場花形演芸大賞受賞。同年、四代目・桂文我を襲名。2004年、芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。全国で「桂文我の会」、子ども向けの落語会「おやこ寄席」をもち、公演活動もつづけている。

桂 雀々 (カツラ ジャクジャク)        
落語家。本名、松本貢一。1960年8月9日、大阪市住吉区に生まれる。十一歳で母親が蒸発、その後、父親も家を出て行ったため、市営住宅に一人で暮らしながら、中学三年間を乗り切る。1977年6月1日に上方落語の桂枝雀に入門。同年10月に名古屋・雲竜ホール(現フレックスホール)の枝雀独演会にて「浮世根問」で初舞台を踏む。2007年には落語家生活三十周年を記念した六日間連続独演会「雀々十八番」を東京・大阪で開催。テレビやラジオ番組、映画に出演するなど、タレント、俳優としても活躍中。

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2008年10月15日 (水)

【演】【読】なぜか葛根湯

カテゴリーがむちゃくちゃだけれど、メインは演芸日誌ということにしておこう。

ここ二週間ほど、いや、もっと長くなるか。
ずっと風邪気味。
なんとなく、風邪をひきそうな、でも風邪ともいえないような状態が続いている。
勤め先でも、周囲は風邪ひきさんばかりだから、無理もない。

私は、めったに風邪薬を飲まないが、この葛根湯はよく飲む。
効き目のゆるい漢方薬だから、いくら飲んでも平気な気がして。

葛根湯といえば、もう何度も書いたことだが、私は桂枝雀の落語のくすぐりをおもいだす。
江戸時代の医者は、免許もいらないので、誰でも勝手に名乗ることができた。

こういう医者がたくさんいた。
やぶ医者、すずめ医者、たけのこ医者。
すずめ医者は、これからやぶへ飛んでいこうとしている医者。
たけのこ医者は、これからやぶ(竹やぶ)になろうとしている医者。

やぶ医者は、藪医者と書くが、語源は「野巫医者」だという説がある。
医師免許などない時代、呪術でもって病気を治す(という医術)があったのだ。

西洋医学の薬は、私にはどうも信用できない。
漢方がいいのだ。

Kakkontou今日の収穫。
(葛根湯は除く)

勤め先近くのBOOK OFFで、昼休みに購入。








『流れる星は生きている』

 藤原てい 中公文庫 定価648円(税別)
『日中戦争見聞記 1939年のアジア』
 コリン・ロス 金森誠也/安藤勉 訳
 講談社学術文庫 定価1050円(税別)

いずれも、読まれた形跡なし。
BOOK OFFでの中古価格は、定価の5~6割程度。
中公文庫や講談社学術文庫は、古本でもやや高め。

このところ、このての本が目についてしかたがない。
なかなか読めないことがわかっていながら、ついつい買ってしまうのだ。

(こんな “病気” に効く薬はないものか)

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2008年6月28日 (土)

【演】花筏(桂枝雀)

今日は、桂枝雀の音源をいくつか聴いてすごしている。
こんな変ったカセットテープがあった。
枝雀の演ずる 「花筏」(はないかだ)を聴く。

Shijaku_hanaikada1Shijaku_hanaikada2四代目 桂 米団治 三十三回忌追善
●四代目 桂米団治 親子茶屋
●桂 米次郎 かきわり盗人
●桂 枝雀 花筏
●桂 米之助 仔猫
●桂 米朝 代書
昭和58(1983)年4月24日収録
京都府立文化芸術会館
(米団治の演目のみ昭和26年収録)

桂米団治(四代目)は、桂米朝の師匠。
米次郎、米之助も、米団治の弟子。

枝雀の演じる 「花筏」 は、何度聴いてもみごとな出来だと思う。
脂がのっていた時期なのだろう。
枝雀なりに工夫した噺の展開が新鮮だし、随所にちりばめられた「くすぐり」にも、うまいなあと唸らせられる。
この噺には、「人の情」というものがこめられていて、おかしな噺なのに、ほろりとさせられる。
そこが好きだ。

花筏 (相羽秋夫 『現代上方落語便利事典』より)
大関花筏が病気になった。 しかし播州での十日間興行が決まっている。 考えあぐねた親方は、提灯屋の徳さんを花筏に仕立て上げて連れていくことにした。いっても土俵へ上がれぬ病気だと称して、ぶらぶらしておればいいといわれ、多額の報酬に負けて徳さんは行きうけた。 ところが、酒は飲むは飯は食べるはで、土地の人が病気でないと見破ってしまった。 そこで地元の素人相撲千鳥ヶ浜と千秋楽に一番とることになってしまった。……

提灯屋の徳さんが、調子にのって 「宿屋のおなごし」 のところへ夜這いに行ったのが知れて、そんな元気があるならと、相撲をとらされるはめになるところが、おかしくてたまらない。

最後の、千鳥ヶ浜とニセ花筏(徳さん)が土俵のうえで仕切りをするところの両者の心理描写が、圧巻。
詳しくは書かないけれど。
サゲ(オチ)も、すっきりしていていい。


ところで――
このテープにはいっている、米朝演じる 「代書」 は、四代目米団治が作った噺。
「代書屋」 とも呼ばれる。
(昭和13年頃、米之助時代に、自ら代書屋をしていた経験をもとに作ったもの)
この時の口演は、米団治の演じ方を再現したものだと、米朝はいう。

桂枝雀の爆笑版とはずいぶんちがう味わいだが、なるほど、元の噺はこうだったのだなと思う。
主人公の名前も、松本留五郎ではなく、タナカヒコジロウ。

<差別的表現があるとの配慮から、今日では途中で切られる>(相羽秋夫 『現代上方落語便利事典』) という噺だが、この米朝の口演では最後のサゲまで演じられている。
貴重な録音かもしれない。
 

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【演】地獄八景(桂枝雀)

ひさしぶりに、レコードを聴きなおしている。

Shijaku_jigoku_bakkei地獄八景亡者戯
 じごくばっけいもうじゃのたわむれ
 桂 枝雀

昭和57(1982)年10月4日~7日
 サンケイホール (大阪)
サンケイホール開館30周年記念
「桂枝雀独演会」 (収録は10月6日か)
東芝EMI TY-60038・39


「地獄」 ということばに抵抗があるかもしれないが、爆笑の連続である。
枝雀も、はじめにことわっている。

「あの世を舞台にいたしましたお噺でございます。 舞台はあの世でございますが、別にこの深刻な噺ではございませんので、きっかけを見つけて笑っていただきたいのでございます。 すべて冗談事でございます。 こんな噺で笑っては不謹慎じゃないかなんて思わないようにしていただきたいのでございます。」

『現代上方落語便利事典』(相羽秋夫)によると、
<「東の旅」シリーズの「軽業」から続く場合は綱の上の軽業師が落ちて死んで地獄へいくという設定である。 戦後桂米朝が今日のように整理し、彼の得意ネタの一つになった。 きっちりやれば一時間はゆうにかかる。>
とある。

このレコードでも、二枚組の三面にわたる大ネタだ。

枝雀の落語は早口で、大阪弁になじみがないと聞き取りにくいといわれるが、このテンポのよさがたまらない。

Shijaku_kabukiza19840328このレコードの1982年が桂枝雀の初演だが、二年後の1984年3月28日、歌舞伎座(東京)の舞台でも演じた。
私は、家人とふたりでそれを聞きにいった。
(これは、前にも書いた)

すばらしい高座(舞台)だった。
当時の新聞記事を切り抜いていあったので、掲載しておく。




Shijaku_kabukiza_19840328

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【演】さくらんぼ

Sakuranbo_3さくらんぼが手にはいった。
形に難があるのか、手頃な値段。
おいしい。

さくらんぼ、といえば、故 桂枝雀 の演目があったのを思い出す。
たしか音源があったはず。
ビデオ、カセットを探しまわって、ようやく見つけた。




― 相羽秋夫 『現代上方落語便利事典』 少年社 より ―
 桜ん坊 さくらんぼ  改作
 小佐田定雄作、桂枝雀口演

東京では「あたま山」と呼ばれ、ポピュラーな作品。
上方でもこの「あたま山」が存在していたが、最近ではやる人がなかった。
そこで小佐田定雄がはめもののきっかけ帳などをたよりに、昭和54年につくりあげた。
枝雀はこの年の3月28日に三枝との二人会で初演以来、何度か上演し、昭和56年1月15日NHKテレビでも放送した。

Shijaku_sakuranbo_1_21983(昭和58)年7月24日(日) 放映
フジテレビ 花王名人劇場
東京・国立劇場演芸場からの中継録画
(立川談志との初共演)

当時、ビデオデッキというものがわが家になく、このようにカセットテープに録音していたものとみえる。
ひさしぶりに聞いてみると、絶頂期の枝雀の姿が目にうかぶ。
あのアクションが見えないのが残念だが、じゅうぶんに想像できる。
上方落語特有の、はめもの(お囃子)はにぎやかでいい。



【参考サイト】

松本留五郎の部屋
 http://www11.ocn.ne.jp/~tomegoro/
 演目一覧 さ行
  http://www11.ocn.ne.jp/~tomegoro/sa.htm

米朝事務所
 http://www.beicho.co.jp/

Shijaku_cd_video_3Shijaku_dvd_4

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2007年12月18日 (火)

【演】【読】富籤

難しい字を使ってしまった(手書きじゃ、ぜったい書けない)。
今風に言えば宝くじ。
この季節になると思いだし、これまで何度も書いたことが、上方落語の演目 「高津の富」 (江戸落語では 「宿屋の富」)。

Shijaku_cd01桂枝雀の名演には、聴くたびに笑わされ、ホロリとさせられる。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005GK4A

ふところのさびしいオヤジが、金持ちのふりをして宿屋に泊まり、宿屋のあるじから富くじを買わされる。
宿屋のあるじが、富札の販売もしていたようだ。
一番(一等)の賞金が千両。
富札一枚の値段は一分(いちぶ)だった。

この金額が、現代の貨幣価値でどれくらいに相当するのか、ずっと謎だった。
(それほどのことでもないのだが、どう調べればいいのかわからなかった)

Kanamori_isemoude今読んでいる(まだ読みおえていない)この本で、疑問が解消。

金森敦子 『伊勢詣と江戸の旅』 (文春新書) P.33 ―
<お金の単位と相場>
 1両=4分=16朱
 1両=変動するが、おおよそ6貫500文前後
 (1貫=1000文)
<文政2年の柏崎の大工・左官などの日当>
 12日=1分=4朱
 3日=1朱
 1両=6830文 1朱=427文

なかなか難しいのだが、1両は現代の6万円に相当するという(金森さんは米の値段から換算)。
そうすると、千両はいまの6000万円ほどか。
高津の富籤は、ジャンボ宝くじのようなものだったのだな、と納得。
富札一枚が一分(1万5000円)もしたというのは、ちょっと驚きだ。


― 桂枝雀 「高津の富」 (こうづのとみ) から ―

「アハン、うん、なンじゃちいなさんのじゃえ」
「富札でござりますが、富でございます」
「ハーハ、富というのは、どのようなものじゃえ」
「旦さん、富ご存知やござりませんので。 いえ、エー、なんでござります、明日、突きますのでございます。高津神社、高津のお宮さんに、これと同じ番号を書いた札がございまして、明日、それを突きますのでございます。今も申しましたように、一番に当たりましたら千両、二番なら五百両、また三番なら三百両という、こうゆうことになっておりますのでございます」
「ハー、おもしろいことしますのじゃね、アー、そうかえ。な、なにかいな、その一番ちゅうやつに、ヒョッと当たっても、千両さえ出しゃ、それで堪忍してもらえるのかえ」
「アハハハハハ、何をおっしゃいます。偉いことが間違うとおります。千両というのは向こうからくれますのでございま」
 (中略)
「旦さん方にとりましては、目くされ金かも存じませんが、手前ども生涯かかって、見ることの出来ン大金でございます。エー、どうでございまっしゃろ、旦さん、一つお遊びにでもお買いになり」
「なンじゃちなさった。エー、おもしろいこと言いなさったじゃないかエ。遊びに買いますかい。運だめし、てんごに。ダハハハおもしろかろう、なンぼあげたらええのじゃ」
「一分でござります。手前ども一分と申しますと、もう大金でござりまするが、旦さん方、一分なぞ」
「ア、なンじゃちいなさる。一分、ちゃなどんなもんじゃエ、エ、どのような、わたしゃ、小判より他、使こたことがありませんでな。ア、アーア、アノ、なにかい、ちょいちょい乞食にやったりなんぞする、あんなんかエー。小さな額が、ア、そう。いや、賽銭にしなされちゅうてな、ハア番頭どんが持たしてくれた、あの余り、一つや二つ残ってたのと違うかえ。エヘヘヘヘ、アー、こんなもンと違うかえ」

・・・とまあ、こんなふうに、このおやっさんは、なけなしの一分を富札に替えてしまって、後悔するのだった。
たしかに、一分は大きな金額だったのだ。

以下、宿屋のあるじが退出したあと、このオヤジの独り言。
<・・・ハァ、いてしもた。ハァ、こわ、イヤー、やまこもええかげんにはっとかないかん。あの親爺、何言うても本気にするもんやさかい、あたしゃ調子に乗ってしゃべってた。大事にしてた虎の子の一分をば、ハァ取られてしもた。・・・>


レコードに付いていた口演録から書き写したので、ほんらいの語りのおもしろさが十分に伝わらないかもしれないが、とにかくおもしろいので、興味をもたれた方は、ぜひ実際の音源でおたのしみいただきたい。

ところで、年末ジャンボ宝くじ、今年はどうしようかなぁ・・・。

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2007年11月25日 (日)

【演】桂枝雀(8年前の新聞記事)

ブログのカテゴリー整理をしていて、桂枝雀(上方落語家、故人)について書いたことを読み返していた。
そうだ、枝雀さんの死亡記事があったんだ、と思いだした。
つらい記事だけれど。

Shijaku199904201999年4月20日
 朝日新聞朝刊 社会面(35面)

上方の爆笑王・英語落語
 桂枝雀さん死去

<自宅で自殺を図り、大阪府吹田市内の病院に入院中の桂枝雀(かつら・しじゃく、本名前田達=まえだ・とおる)さんが、19日午前3時1分、心不全のため死去した。59歳だった。・・・>

この少し前、3月25日の朝日新聞記事に、自殺を図って入院した記事もあった。
当時、しばらく噂を聞かないなと思っていた矢先の自殺未遂の記事にびっくりしたことをおぼえている。

あれからもう8年(まだ8年とも思える)。
枝雀さんが残した膨大な映像が、DVDで発売されている。
なかなか買えないが(DVDは高いので)、わたしの手元にはビデオ録画がたくさんある。

東芝EMIによる桂枝雀の「枝雀落語大全」紹介 収録作品一覧
http://www.emimusic.jp/st/rakugo/sijaku/

いちばん脂の乗っていた時期(と、私は思っている)、東京で落語会があれば、何度も足を運んだ。
いまでは伝説となった感のある歌舞伎座公演(「地獄八景」を演じた)も見たし、鈴本演芸場でひらかれた一門会(米朝一門会、枝雀一門会)にも行った。
さすがに、関西まで 「おっかけ」 はしなかったが。

Shijaku_kabukiza19840328_2桂枝雀独演会
 1984年3月28日 歌舞伎座
 開演 午後6時
主催 松竹株式会社/歌舞伎座
協賛 東芝EMI株式会社/講談社
協力 米朝事務所/ベルエポック事業部

演目
 桂枝雀
  地獄八景亡者戯
   (じごくばっけいもうじゃのたわむれ)
  かぜうどん
 桂べかこ  野崎まいり
 桂雀々  動物園



桂枝雀というおもろい落語家がいる、ということを知ったのは、いつ頃だったろうか。
当時勤めていた会社に、神戸出身の女性がいて、その面白さを教えてもらったのだった。
その時に、こんな本がある、と貸していただいたのが(後日、購入)、廓正子(かまえ・まさこ)さんが書いた 『まるく、まぁーるく 桂枝雀』 (サンケイ出版 1981年)という本だった。
いまから20年以上も前の話だが、今日はそんなことを思いだしている。

Shijaku_maruku_2Shijaku_rakugodeShijaku_61Shijaku_ikeike_2

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2007年7月15日 (日)

【歩】【演】台風のち晴れ

颱風、いや、台風がどうやら東の海上にそれたようだ。
予想進路よりずいぶん南寄りのコースだったなぁ。
今回の台風、大型で強い勢力、というだけあって被害も大きかった。

07150002東京あたりは、こんな感じで、それほどひどくはなかったけれど。
せっかくの連休、足止めをくった人や客商売の人たちにとっては、大きな痛手。
天気だけはなぁ・・・。

<お天気と申しますものは、なかなか当たらないものやそうでございます。
これはもう、戦後すぐも、色々科学技術を使っております今日もほぼその的中率というものは変わりがないものやそうでして、ほぼ六割やそうでございますねェ。
これがおかしゅうございます、少うしは。
お天気というものは、大別いたしますと「晴」か「雨」でございますから、毎日「晴」「晴」「晴」「晴」「晴」・・・言うてましても、五割は当たる勘定でございます。
ですから、それをでございますねェ、「晴やァ」「雨やァ」「ちょっと曇りやァ」・・・てなことを言いながら、じょうずにはずしているわけでございます。> (桂枝雀 「雨乞い源兵衛」 小佐田定雄作 より)

なんて、枝雀お得意のマクラのクスグリを思いだしたりして。
そして、夕方には晴れた。

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2007年6月23日 (土)

【雑】【演】すももの時期

スモモ。
漢字では、酢桃、李という字らしい。
ひらがなで書くか、カタカナで書くかで、ずいぶん印象がちがうものだ。

きょう、スーパーマーケットでみつけたものは「プラム」と表記されていた。
ごくありふれた、すももである。
山梨の桃の里である塩山に行くと、桃を売る農家で、プラムやソルダムなどのすもも類も売りに出されている。

0706230001こどもの頃の話ばかりで恐縮だが、すももの類いはよく食べた気がする。
桃は高級品で、風邪をひいて寝こんだたときに、缶詰をあけてもらって食べるものだった。
夏の果物では、西瓜、瓜(うり)、トマト(これらはみな野菜か)などが、田舎に住んでいたので買わずに食べられた。 畑があったから。
メロンなんて、超高級品で、口に入る機会はほとんどなかったなぁ。

ところで、野菜と果物の区別はどうなんだろ、という疑問がわいた。
ひさしぶりにWikipediaで検索してみたら、こんなふうに書かれていた。
まあ、妥当な説明かと思う。


――野菜(やさい)とは、一般には水分が多い草本性で食用となる植物を指す。青物ともいう。食用となる植物で、主に葉や根、茎(地下茎)、甘くない実を食べるものを野菜ということが多い。同様な部分を食べるもので、野生のものを利用する場合、山菜という。農業・園芸の分野では野菜になる作物のことを蔬菜(そさい)という。蔬菜には、利用目的上は果物であるイチゴ、スイカ、メロンも含んでいる。果物は、「果樹」に実るものを指し、また、スイカやメロンは同じウリ科のキュウリやカボチャに、トマトはナス科のナスやピーマンに近縁の植物で、性質や栽培法などがほぼ同じなためである。―― Wikipedea

そういえば、桂枝雀演じる「千両みかん」という落語の中で、大阪の「赤物(あかもん)市場」、「青物(あおもん)市場」という名称の意味あいが語られていた。
赤物(果物)と青物(野菜)を扱う店が、はっきりと分かれていたそうだ。

すももを買ったスーパーで、ピーマン、にんじんなどの青物(野菜)を補給、家にあった野菜とあわせて、スープカレーをたっぷり作った。 鶏肉入り。
いつもは適当にカレー粉を使って作っていたのだが、スープカレーのルー(セット)が売られているのを見つけたので、使ってみた。 やはりスパイスが決め手か。
きょうも暑いが、暑い日にはカレーがいいね。

0706230003 











暑い日に音楽を聴くなら琉球系がいいな。
きょうは、こんなアルバムを聴いている。

Ryuukyuu_teki_aika1Ryuukyuu_teki_aika2 

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2007年2月26日 (月)

【演】阿国

きのうの朝、民放のテレビを見ていたら、木の実ナナさんが出ていた。
「いつみても波瀾万丈」 という日本テレビの番組。
http://www.ntv.co.jp/haran/

4年前に、木の実ナナさん主演のミュージカル 「阿国」 を見た。
Okuni2003左がそのときのちらし。
原作 皆川博子 『二人阿国』 (新潮社)
歌舞伎のルーツといわれる「かぶき踊り」の創始者、出雲の阿国をえがいた小説だ。
ミュージカルは、その原作の骨格を生かし、上々颱風の音楽を得て、現代風な味つけをしたもので、なかなかみごとな舞台だった。
今年また、このミュージカルが上演される。
http://eplus.jp/sys/main.jsp?prm=U=88:P0=GGWB01:P10=1:P2=006592:P5=0001:P6=001
新橋演舞場で3/3から3/29までの公演。
http://www.shochiku.co.jp/play/enbujyo/
4/3から4/15、京都の南座でも。
前回同様、池畑慎之介が共演し、上條恒彦、上々颱風らも共演する。
行きたいけれど、ちと高いし、どうしようか迷っている。

出雲の阿国をあつかった小説では、有吉佐和子の 『出雲の阿国』 (中央公論社)もおもしろかった。
皆川博子のものとちがって、こちらはかなり史実を追った内容で、よみごたえがあった。

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2006年11月22日 (水)

【演】始末とケチ

きのうの続きで、桂枝雀さんのTV放映(1983年・大阪毎日放送=TBS)から。
大阪ことばで「始末」とは、「倹約家」「節約家」というニュアンス。
東京だと「ケチ」という露骨な表現になるが、上方ことばはさすがに奥床しい。

Kamigata_rakugo_jiten「始末の極意」という噺。
『現代上方落語便利事典』 (相羽秋夫著/少年社/1987年) という、文字どおり便利な事典をひもといてみると、枝雀さんの師匠の桂米朝さんの録音があるらしいが、ぼくは聞いていない。
「始末屋」と呼ばれる男に、そのコツ(始末の極意)を教わりにいったアホの話だ。
ストーリーはいたって単純。 ほかの噺でもよく使われるクスグリの連続。
爆笑ネタといえる。

それはそうと、この音源(83.7.17)のマクラでしゃべっている、枝雀さんじしんのこどもの頃のエピソードが、ホロリとくるいい話で好きだ。
戦後、物資の乏しい時期、前田達少年(枝雀さんの本名)とお姉さん、おかあさんの三人で、ひとつの小さな饅頭をわけあって食べた。 ちいさな饅頭のかけらをかじって、飲み込んでしまうとそれでオシマイだから、口の中でいつまでもローレローレ、ローレローレと転がす・・・。
笑わせながら、「情」のあたたかさを感じさせる手腕はさすが。

この噺のサゲは単純なだけに、ここでばらしてしまうのは気がひけるが、ちょっとだけヨ。
始末の極意を伝授するために、庭につれていかれるアホ。
庭の木の枝にかけた梯子をつたって、枝に両手でぶらさがりなはれ。 はい。
梯子をはずされて、全体重を両手にあずけるかっこう。
これから始末の極意を伝授する。
まず、左手を離しなはれ。 ハナチマシタ(離しました)。
こんどは、右手の小指を離しなはれ。 ハナチマシタ。
つぎは薬指を・・・。 く、薬指ですか、ハナチマシタ。
たかたか指(中指)を。 ハナチマシタ。
・・・と、さいごに親指と人差し指だけで枝にぶらさがるアホに向かって、こんどは人さし指を離しなはれ。
そ、そればっかりは。 できないか。 できまへん。
よう離さんか。 これっばりは離せまへん。 ・・・

勘のいい方なら、これでオチ(始末の極意)がわかるはず。
ここまでにしておこうかな。

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2006年11月21日 (火)

【演】みかん、おまへんか

ひさびさの演芸日誌だが、いぜん書いたことのあるハナシだから、いわば二番煎じ。
みかんを食べようと思って、くだもの籠から取りだしたものが、ぐじゅぐじゅだった。
そこで、ふと思いだしたのが、桂枝雀が演じた「千両みかん」という噺。

Shijyaku198307tv_1江戸時代、いまとちがって季節ごとの食べ物(季節の味覚)が定まっていたころのこと。
さる大店の若旦那が寝ついてしまった。
なんの病なのか、医者に診てもらっても「気の病」と言われるばかりで、原因がかいもくわからない。
番頭がようやく聞きだしたところによると、この若旦那、夏の暑い盛りにみかんが食べたくて食べたくて、とうとうみかんに恋わずらいしてしまったのである。
かわいそうなのは番頭。
大旦那に命じられて、大阪市中をみかん求めてさまよい歩く。
みかんが見つからなければ若旦那は死んでしまう、いわば主殺し、はりつけの刑だと大旦那に脅迫されて、「みかん、おまへんか? 」 と、歩きまわる番頭があわれだが、妙に可笑しみのある噺だ。
サゲは、番頭が若旦那の食べ残したみかんの残り、三袋(房)持ってドロン。
一個千両という値がついてしまった、みかん。 一個に十袋(房)あったので、三袋でも三百両の値打ち・・・と、この番頭は思ったのだ。 なんとも涙ぐましい。
このあらすじだけでは、ばかばかしいの話ようだが、ここに至るまでの大阪市中での番頭の苦闘(珍道中)、赤物問屋(果物問屋)と番頭のやりとり、みかん三袋のために失踪してしまう番頭の心理・・・こういったものが、枝雀一流の話術で巧みに語られる傑作。
なんど聞いても笑えて泣ける。

ぼくの持っている音源は、1983年4月から9月にかけて、TBSテレビで放映された(制作は大阪毎日放送)、「笑いころげてたっぷり枝雀」というライブ録画番組の音声だけをカセットテープに録ったもの。
当時、わが家にはビデオ・デッキがなかったのだ。
録画できていれば貴重な映像だったのになぁ・・・。

全23回の演目。
1. 83.4.10 延陽伯
2. 83.4.17 鷺とり
3. 83.4.24 宿替え
4. 83.5.1 愛宕山
5. 83.5.8 米揚げ笊(いかき)
6. 83.5.15 崇徳院
7. 83.5.22 くっしゃみ講釈
8. 83.5.29 天神山
9. 83.6.5 ちしゃ医者
10. 83.6.12 軒付け
11. 83.6.19 うなぎや
12. 83.6.26 ふたなり
13. 83.7.3 青菜
14. 83.7.10 饅頭こわい
15. 83.7.17 始末の極意
16. 83.7.24 千両みかん
17. 83.8.7 蛇含草(じゃがんそう)
18. 83.8.14 舟弁慶(ふなべんけい)
19. 83.8.21 皿屋敷
20. 83.8.28 道具屋
21. 83.9.4 貧乏神 (小佐田定雄作)
22. 83.9.11 八五郎坊主
23. 83.9.18 親子茶屋

この枝雀師にしろ、伊丹十三にしろ、才能のある人が自ら命を絶ったのはなぜだろう、と、不思議な気がする。 

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2006年8月 7日 (月)

【演】錦糸町河内音頭大盆踊り

きょう、錦糸町駅前の喫茶店で昼めしを食べて、レジで支払いをするときにみつけた。
今年もやります。
THE KINSHICHO KAWACHIONDO BON DANCIN' FESTIVAL

Kinshicho_kawachiondo錦糸町河内音頭大盆踊り 2006
8/30(水)・8/31(木)
江東区江東橋 堅川親水公演
 (首都高速7号線下)
入場無料 両日とも雨天決行
開場:午後5時 開演:午後5時30分

毎年、暑い盛りの今ごろ、首都高の下でやっている。
いつも盛況である。屋台も出てにぎわう。
今年もまた、玉井さんに会えるかな?

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2006年7月 7日 (金)

【演】子の千三百六十五番

ひさしぶりの演芸日誌にもかかわらず、既出のネタでもうしわけない。
このタイトルだけで、落語好きの方ならニヤリとするはず。

宝くじがまたはずれた。
狙いは一等六千万円。
出資額1600円。
売れ残りの最後の8枚(1枚200円)に賭けたのだが、世の中そう甘くはなかった。
それでも、1000円と200円が当たっていたので、よしとしよう。

「子の千三百六十五番」のハナシだった。
上方落語「高津の富」(こうづのとみ)である。

めんどうなので、あらすじは本から引用しよう。
Kamigata_rakugo相羽秋夫著 『現代上方落語便利事典』
 (少年社・1987年)から引用
高津の富(こうづのとみ) 古典
百万長者とふれこみの男が、宿屋の亭主に高津神社の富くじを買わされ、虎の子の一分までとられてしまう。 大ぼらを吹いた手前、そのくじが当たったら半分は亭主にやると約束。
翌日、高津にやってきて、当たりくじを照合すると、何と一等の千両が当たっているではないか。(以下略)
高津神社は、大阪市南区高津町に現存する。東京では「宿屋の富」と名を変える。
当たりくじを照合するくだりに落語のリアリズムが冴える。

ぼくは、桂枝雀の演ずる音源が好きだ。
何種類かの録音があるが、なんといってもこれだ。
Shijaku18ban桂枝雀 『枝雀十八番』 東芝EMI(TYX-90098-106)
 (桂枝雀 六日間連続独演会)
 昭和56年(1981)10月1日~7日(4日は中入)
 大阪サンケイホール
この噺のクライマックスは、一等千両が当たっているのになかなか気づかない(当たるはずなどないという思い込みから)「一文無しのからっけつおやじ」が、何度も何度もじぶんの富札の番号を確認するくだり。
しかし、その前段の、二等が絶対俺に当たると言い張る別のおやじのひとり芝居(二等の五百両が当たったらこうする・・・)の部分だ。
枝雀のこの録音では、「日頃念ずるビリケンさんの夢のお告げ」で二等はワイに当たる、というクスグリがたまらなく好きだ。

ぼくも、一等六千万円が当たったあかつきのことを夢みていた数日間だったが・・・。
はかない夢。

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2006年1月12日 (木)

【演】たっぷり!

このタイトルだけだと、何?と思われそうだが、「たっぷり!」は掛け声である。

先月、亀戸のホールで浪曲師の国本武春のステージを見たことを、このブログに書いた。
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/12/post_9a9b.html

国本武春という人は、観客(聴衆)をひきつけるのがうまく、まずは、この掛け声のかけかたをお客に説明する、というオープニングだった。
「待ってました!」「たっぷり!」というのは、歌舞伎や浪曲の舞台への掛け声だが、タイミングが難しい。
どういうタイミングで掛けるのがいいのか、という講釈だったが、何度も繰り返して実演してくれたので(まるで掛け声の練習)、お客は大受けだった。

ところで、なんでこんなことを書き始めたのかというと、おととい(きのうはブログ投稿を休んでしまった)書いた、面白い辞典
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_ef78.html
に、この「たっぷり」を英語でどう言うのかが、書いてあったのだ。

『日英語表現辞典』(最所フミ 編 ちくま学芸文庫)の「和英の部」、568ページ。
 tappuri たっぷり  Pour it on !
 これは英米でも見物人が、とくに意に適った演技などに、
 激励の意を表するときに使う言葉で、歌舞伎の見世場で、
 「ようご両人、たっぷり」などとひいきの役者にかける声と同種のものである。

どうです。 面白い辞典でしょ?

ちなみに、国本武春さんの公式サイトにも、いろいろと(たっぷり!)書いてあるはず。
「うなるカリスマ!! 国本武春」
http://homepage2.nifty.com/ts-sonic/
関心のある方は、ご覧いただきたい。

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2006年1月 9日 (月)

【演】枝雀落語

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枝雀の音源を聞きなおしている。
落語のテープがほしい、という身内からのリクエストにこたえて、カセットテープをダビングしながら、「延陽伯」「鷺とり」「宿替え」「愛宕山」「青菜」「饅頭こわい」「始末の極意」「千両みかん」と、聞き続けて、笑いころげている。

聞いている音源は、昭和58年(1983)4月10日から、毎週TBSテレビで放映された「笑いころげて たっぷり枝雀」という公開番組(大阪・毎日放送)。
当時、ビデオデッキを持っていなかったため、映像を録画できなかったが、カセットテープに録音してあった。
ときどき、聞いているが、映像がなくても十分たのしめる。

枝雀落語の魅力は何だろう、と考えていたが、音源を聞きなおして感じたのは、その人情味だ。
枝雀は、べったりした濃厚な人情表現に照れるところがあって、こと人情に関しては抑え気味なのである。
もちろん、噺の展開はダイナミック、というかオーバーアクションと言ってもいいのだが、その奥に感じられる暖かさ、というか・・・。

枝雀落語の面白さは、ぼくの文章力では表現しきれないので、その替りというわけでもないが、レコードジャケットを掲載してみた。
枝雀の頭部の変遷がわかる写真、というのは冗談。

昭和48年(1973)10月、枝雀襲名当時の「日和ちがい/鷺とり」が上段左端。
上段右へ、昭和49年「ふたなり/あくびの稽古」、昭和50年「寝床/親子酒」。
中段、昭和51年「八五郎坊主/風邪うどん」、昭和51年「青菜/天神山」、昭和52年「花筏/ちしゃ医者」。
下段、昭和53年「七度狐/崇徳院」、昭和54年「つぼ算/延陽伯」、昭和54年「鴻池の犬/饅頭こわい」の9枚。
6年のあいだに風格がそなわってきたのが見てとれる、と思うのだが。


※桂枝雀に関して、面白いファンサイトがあった。
「松本留五郎の部屋」
http://www11.ocn.ne.jp/~tomegoro/
松本留五郎というのは、「代書屋」という演目の主人公である、破天荒なおっさん。

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2005年12月17日 (土)

【演】国本武春

いやぁ、面白かった。
亀戸「カメリアホール」での国本武春のステージ。

 国本武春の大忠臣蔵 ~雪の巻~
news-04二部構成。
休憩をはさんで約2時間。
一部 弾き語り ザ・忠臣蔵 「吉良邸討ち入り」
二部 古典浪曲 「赤垣源蔵徳利の別れ」


一部は、三味線の弾き語り。
浪曲をベースにしたライブといった感じ。
ボトルネックを指にはめてのスライド・ギターならぬ「スライド三味線」あり、ハーモニカあり、カポを三味線に付けての演奏あり。 楽しませてくれる。
客席とのやりとりが実に上手で、「ペッパー警部」のメロディーに合わせて、赤穂浪士の合図「あっこーろーし」なんて〝フリ〟を客にやらせるペースに、すっかり乗せられてしまった。

二部は、うってかわって正統派浪曲。
一部のステージを見て、ちょっと色物すぎるんじゃない?と心配したが、なんとなんと、古典浪曲スタイルでもたいしたものだ。
そうとうな実力の持ち主と見た。

とにかく、楽しませていただいたライブだった。
CDを買って、サイン会に並んでしまったのである。

今日の公演のちらしはなかったが、これからの予定公演のちらしを2枚、紹介しておこう。
ちなみに、今日の衣装は、一部二部ともに正統的な紋付袴姿だった。

takeharu1takeharu2

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2005年12月15日 (木)

【演】うなるカリスマ(予告編)

国本武春というユニークな浪曲師のことが、ずっと気になっていた。
だいぶ前にラジオで知り、彼のサイトを見て、いつか聴いてみたいと思っていた。

先週土曜日、永六輔のラジオ番組に出演していたのを、また聴いた。
それでまあ、ライブというのか、公演を生で聴いてみようということにしたのだ。
忠臣蔵である。
今週土曜日、場所は亀戸「カメリアホール」。
かつて、山崎ハコさんもライブをしたホールだが、その時ぼくは行かれなかった。

あさっての夜が楽しみだ。
(昼の部と夜の部があるのだが、夜の部だけにした。予算の関係もあって)
公演会場でCDかDVDを買ってしまいそうな予感・・・。


どんな人なのか、彼のサイトを見てもらうのがいちばん早そうだ。

「うなるカリスマ!! 国本武春」
http://homepage2.nifty.com/ts-sonic/

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2005年12月 9日 (金)

【演】かぜうどん

週末なので、じっくりと季節の落語ネタを。
桂枝雀の「かぜうどん」という、寒い季節にぴったりの演目。
この噺も、ぼくは大好きだ。

kazeudon桂枝雀 『八五郎坊主・風邪うどん』
昭和51年(1976)2月14日収録 大阪朝日生命ホール
(東芝EMI) 桂枝雀 上方落語傑作集

小米(こよね)から、二代目桂枝雀を襲名したのが昭和48年10月。
それからさほど経っていない時期の録音。
小米時代の、声が裏返ってしまうような〝ハイ〟な状態から脱却して、風格さえ感じさせる。

「風邪うどん」とあるが、「かぜうどん」の方がいい。
枝雀の著書 『まるく笑って 落語DE枝雀』(PHP研究所/1983年)でも、ひらがなで表記している。

物売りの呼び声のあれこれをおもしろおかしく紹介するマクラから、聞く者をひきつける。
さすがである。
話の筋は簡単だが、めんどうなので省略。
聞きどころは、うどん屋と酔っ払ったお客とのやりとりだ。

サゲは、演題の「風邪うどん」にからんでいるので、ネタばらしをしてしまうのも不粋だからやめておこう。
枝雀理論の「サゲの四分類」によれば、この演目のサゲは「ドンデン」、つまりどんでん返しの面白さにある。

shijaku桂枝雀 著 『まるく笑って 落語DE枝雀』
PHP研究所 1983.6.3

枝雀ファン、上方落語ファンにおすすめの一冊。
枝雀落語の魅力がよくわかる。
この本で、「サゲの四分類」を展開している。
真面目な内容でありながら軽妙。楽しく読める。

枝雀による「サゲの四分類」
ドンデン、謎解き、へん、合わせ。
詳しく紹介するとたいへんなので、これも省略。

省略ばかりで、ドーモスイマセン。 あっ、これは三平か。
では、枝雀流に。 「スビバセンネー」

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2005年11月22日 (火)

【演】高津の富

年末ジャンボ宝くじの季節がやってきた。
いつも一攫千金を夢見て10枚か20枚、買ってみるのだが、これまでの最高当選額は1万円。
宝くじを山の上まで持っていって、山の神さんに一等賞をお願いしたこともあったが、やはりというか、そんな欲深な願いは聞きいれてもらえなかった。

上方落語に 「高津の富」 (こうづのとみ)という演目がある。
江戸(東京)落語では 「宿屋の富」 という。
大阪の高津神社で売られていた富くじ(いまの宝くじ)のはなし。

ぼくは、桂枝雀のマクラが好きだ。

どんな内容かというと、金は天下の回りものというけれど、どこにでもまわってくるかというとそうではなく、まわる道、ルートが決まっているんだそうだ。
そのルートのニア・バイにいる人にはまわってくるけれど、ファラ・ウェイにいる人には生涯まわってこない。

大体、お金というものは寂しがりやなんであって、お札の王様の一万円札でも一人立ちはできない。 一枚では立てない。 それが証拠に、たとえ三枚、五枚ぐらいあっても、もっと大勢の仲間たちのところへ飛んでいこう、飛んでいこうとする。・・・

宝くじはいいもんである。
庶民の夢というか、当たるといいなぁ~と思っているだけで、心が暖まるものだ。

最後に、枝雀の語り口を借りると
「こないだうちから、この宝くじの存在をばあてにしているのでございますが、三日前でございましたか、ちょっと不吉な話を耳にしたのでございます。 ・・・それは、その宝くじというものは、あの券を買った人の中から当たりくじが出るのやそうでございます。 ・・・可能性は薄いなぁ、と・・・」

この噺、ストーリーは単純だが、なかなかホロリとしてしまう内容である。
高津神社(たかつじんじゃ、というのが正式な名前らしい)の境内の抽選会場で、欲にかられた人たちが、自分に当たりますように、とワイワイガヤガヤやるところが聞かせどころ。

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2005年11月15日 (火)

【演】千両みかん

みかんといえば、上方落語のこの演目。
みかん一個が千両、という話。

船場の大店(おおだな)の若旦那が臥せってしまう。病名がわからない。
恋わずらいか、と心配した大旦那が番頭を使って若旦那の気持ちを聞くと・・・なんと、みかんが食べたい一心で寝付いてしまったという。
「みかんなんぞお安い御用」と、うっかり安請け合いした番頭。
夏の盛りのことである。いまとちがって、真夏にみかんなんぞあるわけがない。

大旦那に、「あると言ったみかんがなければ、倅はがっかりして死んでしまう。主殺しは火あぶりの刑」と脅され、大阪中をさがしまわる番頭がこっけいでもあり、可哀相でもある。

どこへ行っても「そんなもん、おまへん」と言われて、そのうち磔(はりつけ)台が目にちらつき、わけがわからなくなった頃、「天満のあかもん市場に行きなはれ」と言われる。
〝あかもん市場〟とは、〝赤物〟すなわち果物専門の市場。
〝あおもん〟は、野菜だそうだ。
天満には、一年中みかんを商う問屋があったのだ。
もちろん、みかんの季節に仕入れて蔵に保存しておく。
ところが、暑い盛りのこととて、その店の蔵にも満足な形のみかんは、たった一つしか残っていない。

果物問屋は事情を聞くと、代金はいらないから一刻も早く持っていきなはれ、と言ってくれたのに、番頭が「そうはいかない、金に糸目はつけないから売ってくれ」と口をすべらしたばっかりに、果物問屋の方が意地になり、みかん一個に千両の値段が付いてしまうのである。

可哀相な番頭、すごすごと自分の店に戻って大旦那に報告すると、「それは安い!千両で倅の命が助かるのなら」ということに。
めでたく千両で貴重なみかん一個を手に入れ、若旦那の病気も治る。

十袋あったみかんの房の三袋だけ残して、「おとっつあんと、おっかはんと、おまえとで一房ずつ食べておくれ」。
これを手にした番頭。
これだけでも三百両の値打ちがあるのかと考えて、おかしくなってしまう。

「これが三百両!十三の歳から奉公して、来年は別家させてもらうが、その時にもらえる金がせいぜい五十両。ここにあるのが三百両・・・」
番頭、みかん三袋持ってどっかへ行ってしまいよった、というサゲである。


この噺、ぼくは桂枝雀が演じていたテレビ番組(関西系)を録音してあり、何度も聞いた。
何度聞いてもホロリとしてしまう。番頭の気持ちがよくわかるから。
・・・いい話である。

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2005年10月22日 (土)

【演】葛根湯

すこし風邪気味である。ふだん、薬というものを飲まないのだが、こんな時は葛根湯を飲むとたいてい治ってしまう。
胃の調子が悪ければ漢方胃腸薬、便秘気味なら「いけだや通じ丸」という富山の丸薬。薬を飲むのはこれぐらい。いずれも生薬である。西洋の薬はなんとなく恐いので、医者から薬をもらってもあまり飲まないようにしている。

葛根湯といえば、またまた落語ネタだが、「葛根湯医者」というのを思い出す。
どんな病気にも葛根湯を処方する医者をこう呼ぶ。
「先生、わたし頭が痛いんです」「いけませんなァ。葛根湯を飲みなさい」
「お腹が痛いんです」「いけませんなァ。葛根湯を飲みなさい」
「先生、わたしあの男について来たんですが」「いけませんなァ。ご退屈でしょう。葛根湯・・・」

ことほどさように、葛根湯はなんにでも効くのである。
丹沢の山小屋に泊まったとき、風邪が悪くなって困ったことがある。咳がとまらなくて同宿の登山者に気をつかいながら、なかなか眠れなかったが、これも寝る前に飲んだ葛根湯が効いたのか、翌朝には抜けてしまった。ほんとうの話である。

ところで「葛根湯医者」の続きだが、「寿命医者」(患者が亡くなったら〝ご寿命です〟)、「手遅れ医者」(なんでもっと早く連れてこんのじゃ。バカァ。こりゃ手遅れですなァ)、「雀医者」(藪へ飛んで行こう、飛んで行こうとしている、つまりこれからヤブ医者になろうとしている医者)など、落語の世界にはいろんな医者がいるそうだ。

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2005年10月16日 (日)

【演】桂枝雀

日付がかわってしまったが、今夜はニ連発。
引越しの荷物を整理していたら、桂枝雀のレコードがたくさん出てきた。
一時期、枝雀落語にはまっていて、TVにもさかんに出演していた時期だったので、ビデオも山ほどとってある。
ぼくが最も好きな噺のひとつが「壺算」である。
水壺を買いにいくはなしで、ネタばらしになってしまうが、いちばん面白いところを書いてしまおう。

落語によく出てくる頼りない人物と、その友だちの徳さんの二人が瀬戸物町へ水壺を買いに行く。
ある瀬戸物屋で3円50銭の一荷(いっか)入りの壺を3円まで値引きさせて買い、二人で担って店を出る。
ところが欲しかったのはニ荷(にか)入りの壺。それを言うと、徳さんは落ち着き払って、これがニ荷入りの壺に変わるという。二人で元の瀬戸物屋へ。
さっき買ったばかりの一荷入りの壺を、ニ荷入りに買い替えたいと言って、値段は倍の6円ということに交渉成立。
不要になった一荷入りの壺を、3円で引き取ってもらうことになり、「さいぜん現金で3円渡してある。壺の3円と銭の3円、あわせて6円で、この壺(ニ荷入り)もろて去ぬわ」・・・店のオヤジがこれに騙されて、なんとなく計算がおかしいと思いながらも、いったんは承諾する。が、やっぱりおかしいと気づいて、呼び止める。
このあたりのやりとり、文章で説明してもちっとも面白くないなぁ。

やっぱり音源で聞いてください。ビデオやCDで出ているので。
おやすみなさい。

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2005年10月15日 (土)

【演】お天気

今夜は、雨。めずらしく予報通りである。
秋の天気は変わりやすく、予想しにくい。俗に言うところの、○○○ゴコロと秋の空・・・いや、やめておこう。

天気予報の話である。
天気予報は、〝ハズレ〟るのではなくて〝ズレ〟るのだ、という屁理屈を聞いたことがある。
これには一理あって、おおまかな天気の移り変わりは予想できるが、その変化の速度が予想と微妙にズレていくので、ハズレたように見えるだけなのだという。そのズレが、あんがい早くくるのが問題だけれど・・・。

天気といえば、上方落語の故・桂枝雀がよく使ったマクラが好きだ。
枝雀さん独特の語り口を伝えたいので、本から引用する。
『まるく笑って落語DE枝雀』(PHP研究所)

お天気と申しますものは、なかなか当たらないものやそうでございます。これはもう、戦後すぐも、色々科学技術を使っております今日もほぼその的中率というものは変わりがないものやそうでして、ほぼ六割やそうでございますねェ。これがおかしゅうございます。・・・毎日、『晴』『晴』『晴』『晴』『晴』・・・言うてましても、五割は当たる勘定でございます。それをでございますねェ、『晴やァ』『雨やァ』『ちょっと曇りやァ』・・・てなことを言いながら、じょうずにはずしているわけでございます。(略)
なぜこのように当たらないかというと、何と申しましても人間よりお天気のほうが歴史が長いのでございます。我々人間というものは、偉そうな顔してますが、人間になりましたのはほんこないだからです。

・・・とまあ、こんな調子で、この後に単細胞生物から人類への進化の長い歴史を、おもしろおかしく語るのである。つまり、人類が誕生するまでにはたいへんな苦労があった、と。いっぽう、お天気の方はというと、その間、ずーっとお天気を続けていたわけで、しょせん年季が違う、というのだ。
お天気の歴史は何十億年、人間の歴史は「ほんこないだ(ほんのこのあいだ、の大阪風言いまわしですな)」というのが、ぼくは好きだ。
「気象庁のソフトボール大会が、雨で延期されたそうでございます・・・」なんてクスグリもあって、このマクラは何度聞いても可笑しい。

うーん、オチがつかないけど・・・おあとがよろしいようで。

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2005年9月21日 (水)

【演】宿替え

生まれてこのかた、引越しの数なら他人に引けをとらない。
そんなことは自慢にもならないが・・・。

またまた引越しである。
さすがにこのトシになると億劫になるが、そこで思い出したのが「宿替え」という言葉。古典落語の演目として有名なこの言葉には、「引越し」よりも気楽な響きがある。(桂枝雀の大ファンなので、上方落語の「宿替え」の軽さが好きだ。)

♪家なんて はじめから 仮の宿♪ という歌(山崎ハコ)もあった。
な~に、宿をちょっと替えるだけさ、と自分に言い聞かせながら、ただいま宿替えの準備中。
落語のように、家財道具を風呂敷一枚に包んで、よっこらせと歩いて行くだけではすまないけれど・・・。

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