カテゴリー「【雑】きまぐれ日誌」の254件の記事

2008年8月 5日 (火)

【雑】赤塚不二夫 逝く

同時代のランナーのひとりだった。
おそ松くんで育った世代だから、赤塚さんの死はさびしい。

【J-CASTニュース】
http://www.j-cast.com/2008/08/04024558.html
「おそ松くん」「天才バカボン」などのギャグ漫画を世に出した漫画家の赤塚不二夫さんが2008年8月2日午後4時55分に肺炎のため東京都文京区の病院で死去した。72歳だった。

【Wikipedia】
『おそ松くん』(おそまつくん)は、赤塚不二夫の漫画である。『天才バカボン』以前に描かれた作品で、赤塚のギャグ漫画家としての確固たる人気を確立した作品である。「週刊少年サンデー」に1962年16号から1967年33号まで連載されていた他、「ボーイズライフ」(1966年4月号から12月号まで)や学年誌にも掲載され、実質1970年「別冊少年サンデー」10月号まで小学館の各雑誌で作品が発表され続けていた。……



こんなネット記事を発見。
横山孝雄さんが、赤塚さんを追悼している。

【北海道新聞のネット記事】
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/chiiki/109341.html
……登別本町の漫画家、横山孝雄さん(71)は、二日に七十二歳で亡くなった漫画家の赤塚不二夫さんのアシスタント第一号だった。東京都豊島区のアパート「トキワ荘」で切磋琢磨(せっさたくま)した青春の日々を振り返り、その死を惜しんでいる。……


青梅にある 「赤塚不二夫会館」 (下の写真)を、また訪ねてみよう。

Akatsuka_fujio_kaikan_2 

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2008年8月 1日 (金)

【楽】ムグンファ

上々颱風ファンなら、この言葉にピンとくるはず。

ムグンファ ※
ムクゲ(槿)の花である。
 ※ 朝鮮語でムクゲを意味する語。大韓民国の国花 (Wikipedia)

いまを盛りと咲いている。

写真は三年前の夏に撮ったもの。
以前住んでいた団地に、たくさん咲いていたっけ。


Mukuge10Mukuge04Mukuge06Mukuge07













ところで、ムグンファといえばこの歌。

Torinouta1Torinouta2_3『鳥の歌』 作詞・作曲:紅龍
 上々颱風 (西川郷子)

いまや、西川郷子さんの十八番となったこの歌。
ちいさな体に大きなチャング(チャンゴ、朝鮮半島の両面太鼓)を肩からぶらさげて演奏しながら歌う。
ライブでこの歌を聴くと、いつも感動する。

アルバム 『ためごま』 収録。
画像はシングルカットされたもので、アルバムと同じバージョン。
ライブで聴くほうがずっといい。

ムグンファはサビの部分で歌われる。

♪ いついつの日も 好きだと言ってた
  ムグンファ飾ろう 風にさざめくように (一番)

♪ いついつの日か あなたの生まれた
  ムグンファゆれてる 丘へ帰ろうきっと (二番)

紅龍氏の良い面がでている、すばらしいラブ・ソングである。
ちょっと照れくさくなるような歌詞だが、さとちゃんが歌うと、これがすばらしくいいのだ。

【参考】
私のサイトだが……
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/m_torinouta.html



さとちゃんも出演する、9日のライブが楽しみだなぁ。
8月9日 恵比寿アートカフェ・フレンズ
 Shang Shang Cafe Vol.1
 白崎映美、西川郷子、猪野陽子

Shangshang_cafe_20080809  

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2008年7月12日 (土)

【楽】こんな日が、いくつもくるんだ

♪ これからも又こんな日が いくつもくるんだ ♪
   山崎ハコ 「何度めかのグッバイ」  アルバム 『茜』 収録

とつぜん、真夏になってしまった。
暑い。

前からほしいと思っていた、ちょっとした装置を買った。
古いLPレコード音源を、これでCDに焼ける。

ちょっと手間がかかるけれど、CDに焼いておけば安心だし、車の中でも聴ける。

Sound Blaster Digital Music SX
http://jp.creative.com/products/product.asp?category=1&subcategory=207&product=14619

Hako_akane01Hako_akane02山崎ハコ 「茜」
 1981.4 キャニオン

夕陽のふるさと
ごめんしてね
小さな星の中で
やすらいで
繰り言
何度めかのグッバイ
命隠すな
母のような子守唄
さらば良き時代
夢のおろろん
(全10曲)

編曲:喜多郎、松井忠重、千野秀一、井上淑彦、福井峻

参考サイト(私のサイト)
http://yamaoji.hp.infoseek.co.jp/k_hako_disc.html#akane 

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2008年7月 8日 (火)

【雑】ウセモノ、ミツカル

失せ物、見つかる。
きわめて個人的で、ささいな出来事だけれど、嬉しい。

土曜日、家人と駅ビルにでかけて、そこで家人がサングラスを失くした。
私は知らなかったが、コンコースの入り口でサングラスをはずし、着ていた服の胸元にひっかけていたという。

私と別れて行動しているうちに、どこかで洋服のいちばん上のボタンがはずれ、その時に落ちたらしい。

本人は、失くしたことにまるで気づいていなかった。
別行動をとっていた私と落ちあったときも気づいておらず、地下の食品街に行って二人で買い物をしている時に、「あっ」と気づいた。

すぐに、それまで家人が歩いたところをくまなく二人で探し、コンコースのパン屋(最初にここでパンを買った)、地下の食品街に至る通路やエスカレーター、あげくのはてに、JRの窓口や駅前の交番まで尋ね歩いたが……なかった。

私は、こういうことにはわりと淡白なので、「あきらめるしかないね」と言いつづけていたのだが、家人は、お気に入りのサングラスをなくして、すっかりふさぎこんでしまった。
ショックが大きかったようだ。

その後も、遺失物が届けられるはずの駅ビルの窓口に電話で問合せてみたが、案の定どこにも届けられていなかった。
きっと誰かが持ち去ったのだろう、と思っていた。


それが、今日、見つかったという。
諦めきれなかったのだろう。
くだんのパン屋へ今日もパンを買いに行ったので、「だめもと」で尋ねてみたら、なんと、届けられていたのだ。
家人からすぐに私の携帯メールに、嬉しそうな報告が届いた。
文字が躍っていて、誤字脱字だらけのメールだったが。


教訓――
 1 諦めが早いのも考えもの  時には粘るべし
 2 世の中には親切な人もいる 人を信ずべし
 3 ダメモトの効用
   上々颱風の歌にもある ♪ だぁめでもともと It's All Right ♪
    (「仏の顔も It's All Right」)

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2008年7月 6日 (日)

【雑】ブルーベリー

小平市は、ブルーベリーの栽培が国内で初めて行われた、日本のブルーベリー発祥の地だという。
(市報こだいら 第1168号 2008/7/5)

この広報紙に、小平市観光農業協会ブルーベリー栽培農家として、17軒の農家が掲載されている。

これから8月下旬にかけてが旬のようだが、農園の一軒にでかけて買ってきた。
野性味があって、おいしい。
少々値が張るけれど、ブルーベリーは夏の楽しみのひとつだ。

080706002008070600010807060003立派なお屋敷の農家。
古くから地元に住んでいらっしゃる農家とみうけられる。
こういう農家が、このあたりにはたくさんある。

1パック1500円。
形の悪い(小さい)ジャム用だと、1パック1000円。
先日、家人がジャムにしたが、おいしかった。




団地の中のあちこちで、夏の花が盛りをむかえている。
クチナシが匂う。

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2008年7月 4日 (金)

【雑】【読】二十歳のころ

いろんなカテゴリーに突っ込んだけれど、思い出ばなしである。

今日は暑かった。
もう七月だから、こんな暑い日があっても不思議ではない。

今頃の暑い日には、二十歳の頃、はじめて上京した日を思い出す。
じりじりと暑い日だった。
私のおぼろげな記憶では、七月の初旬。
二十一歳の誕生日をむかえて、すぐの頃だった。
(記憶に自信はない)
頭陀袋ひとつ背負って、友人を頼っての上京だった。

あの頃、実際には何も希望がなかったけれど、捨て鉢な勇気のようなものは持っていたように思う。
金もなく、住まいもなく(居候生活と住み込み生活がしばらく続いた)、職のあてもなかったが、絶望はしていなかった。

若い頃はよかった、と思うわけではない。
あの頃に戻してやる、といわれても、お断わりである。

だが、なぜか懐かしい思いにかられる。
歳をとったのかな。

Tachibana_hatachinokoro_3『二十歳のころ』 I 1937-1958
 立花 隆 + 東京大学教養学部立花ゼミ
 新潮文庫  2002年1月
 (親本 新潮社 1998年12月)

萱野茂さんの項が読みたくて、ずいぶん前に買った本。
だから、他の人の項は読んでいない。

二十歳前後の大学生が、著名人にインタビューして、その人たちの二十歳の頃の話を聞き、文章にまとめるという、面白い試み。
今、あらためて見ると、興味深い人がたくさんとりあげられているのだった。
それぞれの「二十歳のころ」の時代背景もわかって、なかなかいい本なのだ。
(まともに読んではいないけれど、そう思う)

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2008年7月 3日 (木)

【雑】そろそろ三年

三年という年月が長いのか短いのか、もうわからなくなってしまった。
三年後のじぶん、というのも想像できない。
おそらく、今とそれほど変わっていないのかもしれないが、何か大きく変わっているのかもしれない。

こんなことを思うのは、このブログを始めてからそろそろ三年になるからだ。

サイドバーにあるように、2005年9月19日からブログを始めた。
その前は、ウェブサイトをこしらえて、これまで貯めこんでいたことを書いていたのだが、半年ほどで面倒になった。
今は開店休業状態だ。
その点、ブログは簡単に書けるのがありがたい。

三年前といえば、ブログを始めた翌月の10月、のっぴきならない事情から住むところを変えた。
それが今の団地である。

十数年間住んでいた隣りの市の団地から、同じ市内の団地へ引越し、そこには1年もいられなかった。
団地というのも、気楽なようで案外と近所づきあいがむずかしいものだ。
どうしてもそこに住んでいられない事情が重なって、探しあてたのが今の団地だ。

ここはとても気に入っている。
三年の年月は、あっというまだったように感じるが、その間、やはりいろんなことがあった。
人生は長い旅路だな、なんちゃって。

初期の頃、じぶんがブログに書いていたことを、ときどき読み返すことがある。
あの頃は、純粋だったと思う。
書きたいことがたくさんあって、思いのまま書いていたように思う。
写真なども少なくて、たいしたことも書いていないのだが、それでも、初々しさのようなものがあったと思う。
じぶんで言うのもナンだけど。

初心に帰ろう、なんて思う今日このごろ。

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2008年6月29日 (日)

【雑】身近な自然と遠い自然

「……僕らの周りには二つの大切な自然があるような気がします。 一つは身近な自然です。 つまり生活の中で自分の家の近くの森や川や草花が毎日見ることができる、そういう身近な自然が大切なんですね。 もう一つは、遠い自然も大切だと思うんです。 つまりそこには行けないかも知れないけれど、そこにあるというだけでホッとできる。 ……」
(『魔法のことば』 星野道夫 ―1994年6月11日 東京都渋谷区松濤美術館での講演―)

ほんとうに身近なところで、ガクアジサイがきれいに色づいている。
雨に濡れて、とてもいい。
気持がなごむ。

08062900010806290002













星野道夫さんが言う 「遠い自然」 が、私のこころの中にもある。
それは、まだ行ったことのない地球のどこかの雄大な景色だったり、八ヶ岳の深い森だったり、南アルプスの稜線だったり、北海道の原野だったりする。

「少しだけ遠い自然」 と呼びたいような、日本の中のこれまでに訪れた場所のことを、ときどき思い出す。
思い出すことで、ちょっとだけ元気になれる。
いまこの時、あの風景、あの自然が確実にある、と考えることで元気がでる。
 
 

Hoshino_alaska_kaze『アラスカ 風のような物語』
 星野道夫 小学館文庫 1999年
 (1991年刊行本=下記を再構成した文庫版)

ひししぶりにこの本をとりだして、アラスカの遠い自然と、星野さんのことばを、味わっている。

― 巻末解説 より ―
彼の動物の写真を見ると、撮影者と被写体の動物との間に何か会話があるような気がしてならない。 言葉はなくても成り立つ会話がそこにある。 チーズといわせてポーズをとった写真でもなく、やみくもにシャッターを押し続けて偶然の僥倖をねらった写真でもない。 シャッターチャンスを計算したわけでもないのに、これ以外にないという瞬間の表情をフィルムに収めるのは、無言の会話を通じて被写体と一体になったカメラマンの業というしかない。  (大庭みな子)


Hoshino_alaska_kaze_large『Alaska 風のような物語』
 星野道夫 小学館 1991年7月 大型写真文集

― 『星野道夫 永遠のまなざし』 山と渓谷社 より ―
星野道夫には、その土地をより深く知ろうとする姿勢があった。 人が住んでいても住んでいなくても、好きになった場所が自分を受け入れてくれるかどうか、それが判るまでじっとそこに佇むのだそうだ。 そしてその場所と一体になれた時、星野道夫ははじめてカメラを取り出すのだという。 それだけでは終わらない。 今度はカメラで切り取った景色の中に生命を入れることを考えるという。 風景の中に生命があると、空気が引き締まるのだと言った。 (大山卓悠)

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2008年6月10日 (火)

【雑】杏’s cafe

一昨日の続き。
地元の小平市にある、杏仁豆腐専門店のはなし。

0806090001杏仁豆腐専門店
   杏’s cafe (アンズカフェ)

 小平市花小金井南町2-17-5
  (花小金井駅南口せいぶ通り)
 http://www.ans-cafe.com/

本格的な杏仁豆腐を、実際に食べることができた。
じつに美味しい。

いわゆる杏仁豆腐は、牛乳をベースにアーモンドエッセンスで香りをつけたものが多いらしいのだが、ここでは、杏仁――アンズの種を割って出てくるナッツのような部分、漢方薬「キョウニン」の原料――を使い、手間ひまかけて作っている。

この店は、中国料理店の料理人を7年つとめた店主(31歳と、まだ若い)が、2006年11月にオープンしたそうだ。

12種類の杏仁豆腐を販売しているが、なかでも 「極(きわみ) 杏仁豆腐」 (やわらかめと、かための2種類がある) は絶品。

店主のお話をうかがったが、一日にそれほどたくさんは作れないらしい。
電話予約、電話注文可。
配達もしてもらえるようだ。

店内で食事もできる。
一階はカウンターだけでさほど広くないが、二階が貸切もできるスペースになっていて、予算に応じて料理を考えてもらえるという。

ランチメニュー(550円)は、何種類かあって、これも美味しかった。
各種中国茶もあり。
とても感じのいい店だった。

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2008年5月31日 (土)

【雑】丸型ポスト

小平市に残っている丸型ポストの数は、都内の自治体で最も多いそうだ。
そういえば、あちこちで見かける。

今朝の朝日新聞多摩版に、こんな記事が載っているのを家人がみつけた。

080531_asahi_sinbun朝日新聞 2008.5.31(土) 朝刊
 13版 27ページ 多摩版

小平 丸型ポストの中身は 「お茶」

 小平市仲町の狭山茶販売店 「鈴木園」 (鈴木康夫社長) が、丸型ポストをデザインした茶筒入りの緑茶を発売した=写真。 中身は同園独自ブレンドの深蒸し煎茶 「和」。 ポストの温かみやほのぼのした感じにちなみ、ほっと和みたいときにぴったりの香ばしい味わいだという。
 小平市に残っている丸型ポストの数は、都内の自治体で最も多いことを知った鈴木社長が……。 郵便事業会社の使用許諾も得た苦心作だ。 日本郵便のふるさと小包の中元贈答品カタログへの掲載も決まり、「小平の丸型ポストを全国に発信するいい機会」 と張り切っている。 ……


ちょうど、車で立川まででかける用があったので、たぶんこのあたりだろうと見当をつけて青梅街道を走っていたら、すぐにみつかった。
店内に入ってみて、とても感じのいいお店だったので、実家へ一箱送る手続きをしてきた。

空缶を貯金箱に使えないかと思ったが、残念ながら口はあいていなかった。
なかなかすぐれたアイディア商品だと思う。

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【雑】ガクアジサイ

季節は、春から夏に移ろうとしているのだろうか。
そろそろ梅雨の気配が感じられる。
団地のガクアジサイの花が開いてきた。
今日も一日、雨だった。

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2008年5月15日 (木)

【雑】なつかしい人

今朝、なつかしい人に駅で会った。
といっても、相手はポスターの中の写真だったが。

携帯電話のカメラで急いで撮ったので、こんな感じ。

写真では文字も判読できないが、JRの山梨キャンペーンのポスターらしい。
そうとう大きなポスターが二枚並んでいた。
ポスターに使われている写真の撮影場所は大菩薩峠。

ひと頃、足繁くかよっていた山小屋の小屋主さんであり、尊敬すべき山岳ガイド。
三年前の五月に、エベレスト登頂をはたされて、「山と渓谷」に手記も掲載されていた。

会わなくなってひさしいけれど、ひさしぶりにお元気そうな姿を拝見した。
今日は天気もよくて、きもちのいい一日になった。


200805150646このポスターのオリジナル画像は
下記参考サイト(えきねっと)で
ご覧いただけます。 (208/5/17追記)

【ポスターに印刷されているコピー】
 登山家(2005年 エベレスト登頂)。
 山岳ガイド歴20年。山梨在住。
 竹内敬一氏、語る。




【参考サイト】

えきねっと(JR東日本)|旅どきnet>山梨デスティネーションキャンペーン
駅貼りポスター
http://www.jreast.co.jp/tabidoki/yamanashi/poster/index.html

asahi.com 2005/7/26 エベレスト登頂記事
http://mytown.asahi.com/yamanashi/news.php?k_id=20000129999990834

インタビュー記事
Native ねいてぃぶ (山梨県北杜市の情報誌サイトか?)
http://web.mac.com/uterry/iWeb/native/home.html

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2008年5月 2日 (金)

【雑】連休とはいうけれど

今年の5月の連休は、遠出をしないで近場で遊ぶつもり。
去年も、おととしも、美瑛に帰っていた。
すっかり忘れているけれど、じぶんのブログを見て思いだす。

とりあえず、明日は、奥多摩へ。
清酒 「澤乃井」 の 「小澤酒造」 (青梅市沢井) が経営する 「ままごとや」 という割烹がある。
ここは予約制だが、そのとなりに 「豆らく」 という豆腐料理店ができた。
昨年3月にできていたらしいが、まだ入ったことがない。
そこへいってみようと思う。

澤乃井のサイト
http://www.sawanoi-sake.com/sawanoien/index.html

0802160013

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2008年4月26日 (土)

【雑】木香薔薇

漢字で書くとふしぎな印象だが、モッコウバラ。
いま、あちこちで咲いている。

つる性。 中国原産。
花は八重咲きで直径2cmほど。
花が淡黄色のキモッコウと、白色のシロモッコウがあり、シロモッコウには香りがある。
日本には江戸時代中期に入り、19世紀に欧米へ紹介された。
(山と渓谷社 「山渓ポケット図鑑 春の花」)

08042600020804260003 

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2008年4月25日 (金)

【雑】39999

今見たら、アクセスカウンターが39999を指していました。
待望の40000台に乗るのは、とても嬉しいことです。
検索サイトから来てくださる方が圧倒的に多いのですが、ご覧くださった皆さんに感謝します。

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2008年4月23日 (水)

【山】【雑】こんな山小屋があったな

『大江戸テクノロジー事情』(石川英輔、講談社文庫)というを読んでいて、しみじみと思いだした「場所」がある。

Me2プロフィールの画像として使っている、この写真の後ろに見える山小屋のことだ。
これまで、あまり書かなかったのには、ちょっとしたわけがある。
ひと頃、縁あってずいぶん通ったところだが、その後、これまたわけあって、まったく行かなくなってしまった。

冬期は営業していない(左の写真は、冬期閉鎖中の小屋の前)。
だいたい4月から10月の間、約半年の営業。

山小屋にもいろいろあって、北アルプスの大きな山小屋のように、ちょっとした旅館、ホテル並の設備・サービスのところもある。
だが、だいたいどこも、事情は同じだ。

高山の上まで電線など通じていないから、電気は自家発電。
電話線も通じていない。
(無線電話や、最近では携帯電話を使っているようだ。山の上ではけっこう携帯電話が通じる)
暖房や炊事は、プロパンガスか石油。
もちろん水道が引かれているはずもないので、天水(雨水)か流水、湧き水を利用する。
トイレも溜め込み式(水を流しているところもあるが、汚水処理が問題)。


私が何年かお世話になっていた山小屋も、そんな環境だった。

電気は、必要最小限の自家発電。
その燃料は、春先の小屋開けのときにヘリでまとめて揚げる。
プロパンのボンベも、春先にヘリでまとめて荷揚げする。

電気を使うのは、主に、夜間の照明用。
それと、冷凍冷蔵庫用。
(登山客に出す食事に気を使う小屋だったので、冷凍食材の保存が必要だったためだ)
夜が更ければ、発電機は止めてしまう。
灯油ランプもたくさん置いていて、よく使っていた。

暖房は、基本的に薪ストーブ。
標高2400メートルほどの場所にあったので、真夏でも朝夕は燃やすことが多かった。
薪ストーブは、お湯を沸かす目的にも使われる。
貴重な熱源だ。
薪は、小屋の周囲の林から営林署が許可した範囲で伐採し、乾燥させ、小さく切ったり割ったりして保存していた。
そういえば、秋に「薪出し」といって、木を伐採し、背負子で小屋まで運んで薪切り、薪割りを手伝ったこともあった。

石油ストーブなどは、もったいないのでほとんど使わなかった。
薪ストーブで豆炭をおこして、アンカに入れ、炬燵に使っていた。
お客さんが多いときは、薪ストーブを赤々と燃やして、これがなかなかよかったのだ。
この小屋へ向かって山道を登っていくと、薪ストーブの煙の匂いがして、ああ、もうすぐだなと思ったものだ。

そして飲料水だが、これは天水利用が中心。
屋根から雨樋で水をあつめ、おおきなタンクにためて使っていた。
近くに湧き水(うまい清水)があったので、そこから運んで、やはりタンクにためていた。
近くといっても、歩いて数分のところなので、18リッターのポリタンクにつめ、背負子でかついで運んでいた。
これは重労働である。
だから、汲んできた清水は大切に使った。

日照りが続くと、天水が得られなくなり、いつも心配の種だった。
あれほど、水を貴重に感じたことはなかったな、と懐かしく思いだす。



話はそれるが、この山小屋で何年か働いていた友人と、いまでも親しくしている。
友人といっても、私よりずいぶん年少の女性である。

その人と、つい先日も話したことだが、あの山小屋での生活(彼女は、年の半分はその小屋に住み込んで働いていたから)を思えば、下界(平地)の暮らしは天国だよね、と。
なんたって、水道の蛇口をひねれば、水が使い放題というのだから・・・。
電気、ガスも同様だ。

ちょっとの間でも使えなくなったら、もうお手あげ、という生活に慣れきってしまったけれど、あの山の上の生活を思いおこせば、たいていのことは我慢できそうな気がする。


私は、その山小屋で生活していたわけではないが、毎週のように通っていた時期があった。
お客でもなく、従業員でもない、「お手伝い」のような立場だった。
「居候」という、これまた懐かしい呼ばれ方をしていた人たちが、その小屋にはたくさんいて、私もその一人だった。
ボランティアというのともちょっと違う、好きで通っている人たち。
小屋主さんとの相性もあって、誰でも希望すればなれるというものではなかった。
客として通っているうちに、いつしかなんとなく、居候にしてもらった、という感じか。

繁忙期には、荷揚げ(ボッカ)を手伝ったり、炊事や洗い物、掃除、蒲団のあげおろし、など、もろもろの山小屋の仕事を、楽しみながら手伝っていた。
よく晴れた日には、蒲団干しもしたっけ。
宿泊者用の蒲団だから、半端な数ではなかった。
小屋のまわりは岩場だったので、岩の上や二階の窓から屋根に登って干した。

食事は、お客さんの食事が終わり、後片付けをしてから、小屋のひとたちといっしょにいただいていた。
もちろん、報酬などもらわないし、もらうつもりもなく、まさに「お手伝い」させていただく、という感じだった。
「特権」は、宿泊費がかからないこと。
山好きにはうれしいことだった。


なんとも不思議な場所だったと思う。
夜、お客さんをまじえて、酒を飲み、歌をうたい、ときには外に出て満天の星を見あげる。
翌日も、暗いうちからお客さんの朝食の用意のために早起きはするけれど、登山者が出発してしまえば、あとはのんびりと過すこともできた。
なかば、山小屋とその周辺で遊ばせてもらっていたような、そんな立場でもあった。

「私の大学」 という言葉がぴったりの空間だったなと、よく思う。
そこでは、学校で得られない、いろんなことを学んだ気がする。
めったにできない体験をさせてもらっていたのだ。

いま、懐かしく思いだしたので、書いてみた次第。

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2008年4月14日 (月)

【雑】サイドバーの整理

思うところあって、このブログのサイドバーに表示する項目を整理しました。

これまで表示していた、以下の項目の表示をやめてみます。

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また、以下の項目は、プロフィールのページに移しました。

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あしからずご了承ください。


私の好きな小説に、夢枕獏さんの 『神々の山嶺(いただき)』 という山岳小説があります。

Kamigami夢枕 獏 『神々の山嶺』  文春文庫

羽生丈二という魅力的な登山家が主人公です。
単独でチョモランマ(エヴェレスト)南西壁という難所に挑む男なのですが、ベースキャンプで装備を点検するシーンが印象的でした。
1グラムでも装備を軽くするために、記録用に持っていく鉛筆を短くしたり、ノートの表紙を破り取ったりするのです。
それほど、単独行の岸壁アタックは過酷なことなのです。

少し長い引用になりますが、その部分を――。
『神々の山嶺』(下) 文春文庫 「十七章 氷河へ」 より


――――― (以下、引用) ―――――

八人用のテントの中で、羽生が、ザックの中身を取り出して、そこに並べている。

(中略)

羽生丈二は、テントの奥に胡坐をかいて、黙々とその作業をしていた。
深町が、持っているカメラを向けても、そのレンズを、羽生はもう気にしているようには見えなかった。
乾いた顔で、山の道具を並べてゆく。
南西壁に、単独で挑むための装備を、点検しているのである。
最後の点検だ。
これは、どれだけやっても、やりすぎるということはない。
ひとつ取り出しては、リストの紙に、鉛筆でチェックを入れてゆく。
小さな鉛筆だった。
万年筆やボールペンにしないのは、それらの用具が、寒さと高度に弱いからである。

(中略)

そして、手帳ほどの小さなノート。
それが、深町の眼に止まった。

(中略)

「持ってみろ」
羽生が、深町にそのノートを手渡した。
深町が持ってみると、軽い。 ページを捲ってみると、理由がわかった。 中のページが半分くらい、切り取られて失くなっていたのである。
「これは?」
「持っていくものは、できるだけ軽い方がいいからな」
いらないと思われるページを、切り取って捨てたのだという。
「これもだ」
羽生は、持っていた小さな鉛筆を見せた。
鉛筆の尻の部分が、切り落とされていた。
「一センチ五ミリほどだが、短くした」
羽生は言った。
羽生は、深町からノートを受け取り、その灰色の表紙を、その場で破り取った。 表紙と裏表紙を破り取られて、ノートの白い中身がむき出しになった。
「考えてみれば、これもいらない重さだ」
羽生は、破り取った表紙を、脇へのけ、ノートを、装備の並んでいる脇に置いた。

――――― (引用終り) ―――――


この小説のことは、ふと、思いだして書いてみただけです。
たかがブログ、なんですが。
それでも、よけいだと思われる情報は省いて、スリムにしたいな、なんて思ったのです。

そのわりには、「ブログペット」などという、妙なものは残しておくという矛盾がありますが、これはまあ、お遊びということで。


*なお、ブログについての私の考え方――というほどのものでもないのですが――を、プロフィールのページに追記しました。


【2008.4.18追記】
サイドバーの、「最近のコメント」 の一覧表示は復活させました。
ずいぶん悩んだのですが、私なりの思いがあってのことです。
これについても、プロフィールのページに書いておきました。

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2008年4月10日 (木)

【雑】早起きは三文の・・・

JR中央線、11日始発から通常運転へ 影響50万人
http://www.asahi.com/national/update/0410/TKY200804100030.html
(asahi.com)

いやはや。
今朝、いつものようにバスで国分寺駅に向かったところ、駅前に消防車がたくさん集まっていて、何ごとだろうと思いながらも電車に乗った。

帰りの電車が遅れていたのは、これだったんだ。
漏電とはねぇ・・・。
帰りは、国分寺駅のひとつ手前、武蔵小金井駅からバスで帰ってきたので、駅前がどうなっているかは見なかった。

間一髪。
朝の通勤はセーフだった。
早起きは三文の得・・・か?

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【雑】雨の日のハナミズキ

昨日の写真と同じ、ハナミズキの樹。
今日は一日雨だった。
携帯電話についているカメラなので、これ以上アップで撮れなかった。

ハナミズキの花が好きだ。
アメリカヤマボウシとも呼ばれる、外来樹木。
原産地は北アメリカ大陸南東部、メキシコ北部とのこと。
日本のヤマボウシと同じ仲間、ミズキ科。

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2008年4月 9日 (水)

【雑】夕暮れのハナミズキ

昼休み、勤務先のビルの裏手で、ハナミズキが開いているのをみつけた。
二本ある樹の一本、気が早いらしい。
デジカメを持って行ったのだが、撮りそこねた。
そこで、夕方、帰宅前に撮った写真がこれ。

これはこれで、おもしろい写真になったと思う。

桜のあとは、ハナミズキの季節だ。

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2008年4月 1日 (火)

【雑】月と桜

今朝方、窓から外を見ると、月齢25日の月が夜明けの空に見えた。
桜の木と、はるか上空の月。
きれいな光景だった。

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2008年3月30日 (日)

【読】【雑】名勝小金井桜

カテゴリー 「桜」 を追加したのでブログの整理をしていた。
毎年、同じようなことを書いているようだが、また載せておこう。

Koganeizakura_2『名勝小金井桜の今昔』 という、いい本がある。
ネット武蔵野という、地方出版社からでている。

<ネット武蔵野>
地域の地域による地域のための出版、地域から全国に発信するメディア
http://www.net-musashino.co.jp/html/main.html

AB版、32頁、オールカラー、上製本という、絵本のようなつくりの本。

<今から約350年前(江戸時代前期)、江戸市中への給水路として掘られた玉川上水。 そのほぼ中ほど小金井橋を基点に、上下6キロの両岸にヤマザクラが植えられてからはや270年。 歌川広重や葛飾北斎が描き、国木田独歩や田山花袋が綴った名勝小金井桜。 その往時の華やかさを、浮世絵や写真など今に残る貴重な資料でたどる。>

明治30年代の、小金井橋の写真が載っている。
モノクロ写真に人口着色した、この頃の写真をみると、かわいらしい橋だったことがわかる。
玉川上水の両岸はヤマザクラの並木が続き、ここを散策したりジョギングする人は多い。
私が小金井公園まで自転車で往復するときも、この遊歩道をゆっくり走る。

いま、玉川上水で花見をする人は少なく、もっぱら都立小金井公園に人があつまる。
今日あたり、小金井公園はものすごい人出だろうなぁ・・・。

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2008年3月28日 (金)

【雑】満開

今朝も、デジタルカメラを持って早めに家を出た。
満開。

玉川上水沿いの遊歩道にある、ヤマザクラも咲きはじめた。
ソメイヨシノ――あの圧倒されるような花の群が、以前は苦手だった。
ここ数年、いいなぁ、と思うようになったのは、なぜだろう。
年齢のせいかなぁ・・・。

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【楽】【雑】桜って・・・

♪ 絹ずれの音に誘われて
    花びら一枚舞ってくる
  ぼんぼりの上は満開
    桜って夜には 白いのね ♪  (山崎ハコ 作詞・作曲 「桜」)

Hako_shiawase_2山崎ハコ 「私の幸せ」
  1986.11 発売 POLYDOR (CD)
  1986.9.8~9 FM東京ホールでのライブ録音
(収録曲) 望郷/橋向うの家/うわさによれば/うちと一緒に/てっせん子守唄/桜/舞扇/なわとび/気分を変えて/私の幸せ/アンコール~さらば良き時代



この団地の中にある桜の古木。
仕事帰りに撮ってみた。
シャッタースピード 1/2秒だと、さすがにぶれているが、きれいだった。
道路をはさんだところにある、ドラッグストアーの照明と街頭に照らされて、ストロボなしでもこれだけ撮れた。
幻想的な光景だった。

山崎ハコさんの名曲 「桜」 の一節をおもいだしたので、冒頭の詞を書いてみた。

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2008年3月27日 (木)

【読】【雑】ソメイヨシノ

今日はデジタルカメラを持っていかなかったので、バスの窓から携帯電話のカメラで。

200803270644このあたりの桜並木は、もちろんソメイヨシノ。
五日市街道・玉川上水沿いの遊歩道には、古くからのヤマザクラの並木が続く。

昼休み、勤務先のすぐ近くにある BOOK OFF で、こんな新書をみつけた。
帰りの電車の中で、少しだけ読んでみたが、興味ぶかい内容だ。




Iwanami_satou_sakura_2佐藤俊樹 著
 『桜が創った「日本」 ― ソメイヨシノ 起源への旅 ―』
 岩波新書 936 2005.2.18

よく知られていることだが、ソメイヨシノ(染井吉野)は江戸末期に、交配によってつくられた品種である。
さらに、これはなんとなく聞いたことがあったが、「ソメイヨシノはすべてクローン」 なのである。

<ソメイヨシノには種子から育った樹がない。 すべて接木(つぎき)や挿木による。 すでにあるソメイヨシノの木の一部を切り取って、新たな樹に育てたものだ。> (本書 P.14)

考えてみると、これはすごいことだと思う。
ソメイヨシノと呼ばれるためには、種から育てられてはいけない。 なぜか。

<桜には自家不和合性といって、同じ樹のおしべとめしべの間では受粉できない性質がある。 できた種には必ず別の樹の遺伝子がまざる。 だから種から育てると(これを「実生(みしょう)」という)、元の樹とは同じものにはならない。 それに対して、接木や挿木でふやせば、元の樹の形質をそのまま引き継ぐ。 複製ができるわけだ。 これを「クローン(栄養繁殖)」という。> (本書 P.14)

とてもためになる本なのだ。

現代のわれわれのような花見の歴史が、浅いものだということも知った。
というのも、ソメイヨシノは、ほぼ同時期、いっせいに花開き(これは、クローンだから当然といえる)、咲き終わるまでの期間も短いため、花見の時期が限られる。
満開の桜に、わっと人が群がって、陣取り合戦が始まったりするのは、ソメイヨシノだからといえる。


昔からある桜の自生種が、この本では次のように整理されている。

ヤマザクラ群
 ヤマザクラ、オオヤマザクラ、オオシマザクラ、カスミザクラ
エドヒガン群
 エドヒガン
マメザクラ群
 マメザクラ、タカネザクラ
カンヒザクラ群
 カンヒザクラ

これらの品種は、花期が短くても、すべての樹がいっせいに花開くわけではないので、総体としての花期は長い。
「都市全体でみれば、花の波は激しく一気に通り過ぎるのではなく、もっとゆっくり始まり、ゆっくり終わっていた」(本書 P.25) というわけだ。


そういう自生種がたくさん見られる場所があるという。