カテゴリー「五木寛之」の65件の記事

2009年12月 9日 (水)

【読】五木寛之の『親鸞』

東京新聞他に連載していた、五木寛之さんの 『親鸞』 が、いよいよ出版されるらしい。
今日、ネット注文の受けとりでよく利用している武蔵小金井駅前の書店に寄ったところ、予約ちらしが置いてあった。
前評判というか、前宣伝が派手だ。

私は、とっくにネットで予約した。
新聞連載は途中からしか読めなかったが(東京新聞に変えたときには、すでに連載がはじまっていた)、あらためて単行本で読んでみたいという気持ちは、それほどなかった。
ある時期からの五木小説に「説教臭さ」を感じはじめて、好きじゃなくなってきたせいもある。

それでも予約してしまうのが、長年のファンの業ではあるが……。

画は、新聞連載と同じ、山口晃画伯。
今月下旬に出るらしい。

Itsuki_shinran_pamph

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2009年9月 1日 (火)

【読】おわり と はじまり

「読書日誌」のカテゴリーでいいのかどうか、わからないけれど。

いよいよ、九月。
終わるものがあれば、これから始まるものもある。

おわり
五木寛之 『親鸞』 354 東京新聞 2009年8月31日(月) 朝刊
 「愚禿親鸞の海(四)」
 親鸞の頭の奥で、若い日に見た二上山の夕日が重なって見えた。
 そのとき、親鸞は心のなかに、怒涛のようにわきあがってくる念仏の響きを感じた。その響きは、沈みゆく夕日を追うように、海をこえ、燃えあがる空にはてしなくひろがっていった。 (完)

はじまり
池澤夏樹 『氷山の南』 001 東京新聞 2009年9月1日(火) 朝刊
 「密航者 01」
 その年の一月も終わりに近いある日の午後、港に近い公園の大きな木の陰から、一人の少年が道路を隔てた建物を見ていた。
 正確にいえば少年の終わり、青年の始まり。その時々で自分がどちらに属するかわからなくなる。どっちでもいいやという年頃。……


五木さんの連載小説は、私が東京新聞に変えたときにはすでに始まっていたが(だから、最初から読んでいない)、毎回欠かさず読み続けた。
最終回は、ちょうど衆議院選挙の開票報道の日だったため、いつもの最終面ではなく、目立たない場所にひっそりと掲載されていた。
いかにも、最終回という感じで。
連載はおもしろかったけれど、ものたりなさも感じた。

さて、池澤さんの小説はどうだろうか。
この書き出しから、もう、池澤夏樹さんらしい世界。
これから先を期待してしまう。
連載開始から読めるので、読み続けながら、毎日切り抜きしようかとも思う。


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2009年8月18日 (火)

【雑】東京新聞連載小説

五木寛之から池澤夏樹へ。

東京新聞 2009年8月18日(火) 朝刊

31面
「9月からの新連載小説」
ご愛読いただいている五木寛之作、山口晃画の「親鸞」は八月末で終わり、九月一日から池澤夏樹作、影山徹画による「氷山の南」が始まります。南極海などを舞台に展開する壮大な冒険小説です。

32面
五木寛之作 「親鸞」 第341回 「首切られ念仏(十六)」
いよいよクライマックス。

Tokyo_shinbun_20090818Itsuki_shinran_341

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2009年5月24日 (日)

【楽】雨の朝に聴いた音楽 (石黒ケイ)

梅雨のような曇り空、雨模様の朝である。
気まぐれに、古いLPレコードを聴いている。

Ishiguro_kei_ragtime石黒ケイ  YOKOHAMA RAGTIME
 1982年 ビクター VIH-28078

ひところ、山崎ハコさんと並行して、石黒ケイさんを聴いていた時期があった。
あった、というのは、彼女はとっくに音楽活動から手を引いたようだし、アルバムも出さなくなったので、いつしか遠ざかってしまったのだ。

ひさしぶりに聴くこのアルバム、なかなか面白い。
石黒ケイさんは、歌もさして上手ではなく、彼女が作った楽曲も印象に残るものは少ないが(山崎ハコさんに提供した数曲はいい)、甘い歌声と美形で、私は好きだった。
ハコさんとのジョイント・コンサートを含めて、ライブでも何度か聴いた。

収録曲
(A面)
Driving Crazy ~第3京浜/My Lonely Town/雨/横浜ホンキートンク・ブルース/HONMOKU/港のマリア
(B面)
BANANA/Find Me/西日/トルコ軍楽/Baybridge Carnival/Hearty

「雨」(田口美由紀作詞/武藤祐二作曲)、「港のマリア」(石黒ケイ作詞・作曲)、「西日」(石黒ケイ作詞・作曲)がいい。
「港のマリア」のギターがいいなと思ったら、吉川忠英さんだった。

「横浜ホンキートンク・ブルース」(藤竜也作詞/エディ藩作曲)は、山崎ハコさんの歌唱にはとうてい及ばないものの、原曲の良さがよくでている。
横文字タイトルの曲は、いまひとつだ。
「BANANA」 という、ちょっとエロティックな歌(石黒ケイ作詞・作曲)が、いかにも彼女らしい。
(放送禁止ぎりぎりの歌詞だ)


ゴシップ的な噂話だが、彼女は桑田佳祐のいとこだという。

すっかり忘れていたが、シングル・レコードも何枚かあったので、ターンテーブルにのせて聴いてみる。
藤竜也がいいな。
キザになりきれない、渋い役者さんの歌。

「ヨコハマ・ホンキートンキー・ブルース」 C/W 「淑珍(スーザン)」
 藤竜也  RCV RHS-60 1982年

Fuji_tatsuya_honkytonkFuji_tatsuya_honkytonk2「たとえばトム・ウェイツなんて聞きたい夜は……」がオリジナル歌詞らしい。山崎ハコさんは、「たとえばブルースなんて……」と歌う。
どっちがいいのかなぁ。
微妙なところだ。







石黒ケイさんのシングル(EP盤)と、初期アルバムを含むLP。
私も物持ちがいいな、と自分でもあきれる。

「かえしてYOKOHAMA」 (TBS系テレビ・ドラマ「夜明けのタンゴ」挿入歌) 1980年
「夢のリフレイン」 (フジテレビ系全国ネット金曜劇場「冬化粧の女たち」挿入歌) 1983年
「エル・チョクロ」 (映画「魔の刻」イメージソング)
  写真は主演の岩下志麻、タンゴの名曲(日本語詩:阿木燿子)

Ishiguro_kei_kaeshite_yokohama_2Ishiguro_kei_refrainIshiguro_kei_el_choclo_5








Ishiguro_kei_lp_2「ものがたり」 1978年
 山崎ハコさんの提供曲「笑いじょうご」収録
 下田逸郎の提供曲「ラストシーン」というのも
「女は女」 1978年
 ハコさんの提供曲「ケイのブルース」収録
「潮騒」 1979年
 ハコさんの提供曲「トランペットよ教えて」収録
「アドリブ」 1980年
 五木寛之プロデュース
 彼女の最高傑作だと思う
 ハコさんの提供曲「暗闇のラブ・ソング」「鍵」「明日はクール」
 五木寛之作詞の「ひとり暮らしのワルツ」(イタリア民謡)がいい
 石黒ケイの個性がよくでている
 バック・ミュージシャンに、アート・ペッパーをはじめとするジャズ畑のつわものが参加

 【過去の関連記事】
  2006年4月25日  【楽】石黒ケイ
  http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_7c03.html

「アンダートーン」 1980年
 「アドリブ」 の続編といえるコンセプトのジャズ風のアルバム
 工藤順子の作詞曲が二曲収録されている
 (「ミス・ポーカーフェイス」「飼い猫のブルース」)
 ニューヨークでの録音
 ベニー・カーター(as)、セシル・ブリッジウォーター(tp)、チャーリー・ロウズ(ts)など
 錚々たるジャズ・ミュージシャンがバックをつとめる洒落たアレンジ

蛇足だが、工藤順子(作詞)/石黒ケイ(作曲)のコンビが、山崎ハコさんに 「サンクチュアリーへ」 という佳曲を提供している。
(山崎ハコ 「幻想旅行」 1981年 に収録)


「YOKOHAMA RAGTIME」 の後に、「You Remember Me」というアルバムもでていたと記憶するが、私は持っていない。
Wikipediaに、少し詳しい情報が載っていた。
女優業もやっていたことは、知らなかったし、音楽活動を再開したことも噂でしか知らなかった。


― Wikipediaより ―
石黒ケイ
神奈川県茅ケ崎市生まれ。高校時代「ビーバブ」を結成。
1974年、相鉄ジョイナス・フォーク・コンペティション決勝大会に進んだことをきっかけに、デビューが決まる。
デビューシングルは筒美京平プロデュースの「恋人時間」。
アート・ペッパーはじめ有名ジャズミュージシャンと競演したアルバム「アドリブ」「アンダートーン」、横浜コンセプトアルバム「YOKOHAMA RAGTIME」「パープルロード」「ヨコハマ・ノクターン」など14枚のアルバムを発表。
特に「アドリブ」「アンダートーン」はJAZZ歌謡POPS路線の先駆的アルバムとして評価も高い。
CMイメージソングやドラマ・映画の主題歌も多い。
また、女優としても数多くの作品に出演している。
1989年一度引退。
2004年5月に1980年代の未発表ライブ音源「ライブセレクション」を発表。
2005年音楽活動を再開。1月に16年ぶりのニューアルバム「パンドラの匣」を発表。
2004年12月の茅ヶ崎でのシークレットライブを皮切りに横浜をホームベースに都内でもライブ活動を行っている。

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2009年3月20日 (金)

【読】1970年代の五木寛之

明日が図書館の返却期限なので、がんばって読みおえてしまった。
他の本を読むあいまに、少しずつ読んでいた、五木寛之さんの若い頃のエッセイ集だ。

Itsuki_jigazou_2五木寛之 『深夜の自画像』
 1974/4/10発行  創樹社
 291ページ  価格不明

文春文庫で出ていたのだが、すでに絶版。
古本屋で探してみたが見つからなかった。
ずっと昔に文庫版で読んだはずだが、なぜか手許にない。
どうして手放してしまったんだろう。

ひさしぶりに読み返してみると、五木さんの作家としての出発点での意気込みが感じられて、新鮮だった。

「旅」「時代」「人間」「書物」「自己」「小説」とジャンル分けされ、 さまざまな文章が収められている。

「旅」の冒頭に、学研の「現代日本の文学31(太宰治)」に収録されている、「根の国紀行=太宰の津軽と私の津軽」(1969年)という、じつに興味深いエッセイがある。

<津軽を訪れるのは何年振りだろう。……私にとって、津軽という土地はなぜか自分の内部に或る重みをもって存在し続けている土地だった。>

という内容ではじまるこの津軽紀行を読むと、私もまた、津軽を訪れてみたい気持ちになる。

幼、少年期を過ごした朝鮮半島のことに触れた文章もある。
(「長い旅の始まり=外地引揚者の発想」 毎日新聞 1969年)
引き揚げ体験をあまり語らない人だと思っていたが、かなり具体的に書かれている。

おもしろかったのは、唐十郎や、緑魔子、太地喜和子といった演劇人へのオマージュともいえる文章だ。
(「同時代との出会い=唐十郎」 1973年、「魔女伝説=緑魔子」 1971年、「魔女伝説=太地喜和子」 1971年)

そうだ、あの頃は演劇界に異様な熱気があったな。
私はほとんど観ていないが、一度、友人に誘われて黒テントを観にいったことがあったっけ。


そんなこんなで、私自身の二十代と重なる1970年代の時代の空気を思いださせる本だった。

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2009年3月 7日 (土)

【読】図書館はありがたいな

ひさしぶりに晴れた。
自宅のリビング(というほどのものでもないが)にPCを持ってきて、ラジオを聴きながら書いている。

南向きの窓から、日ざしはまだ入ってこないが、暖房がいらない程度にはあたたかい。

近くの図書館へ、二日前にネット予約してあった本二冊を、受けとりにいってきた。
団地の桜の樹も、つぼみがふくらんできた。
春なんだなあ、とおもいながら帰ってきた。


Sawachi_manshuu_2Itsuki_jigazou澤地久枝 『もうひとつの満州』
 文藝春秋 1982年

五木寛之 『深夜の自画像』
 創樹社 1974年

どちらも、古書でなければ手にはいらない本だ。
文庫版も絶版になっている。
Amazonという手もあるが、これ以上、本を買って増やすのはためらわれる。

『深夜の自画像』のほうは、文春文庫を持っていたはずだが、探してもみつからない。
手放してしまったらしい。

このあいだまで読んでいた、平岡正明 『石原莞爾試論』(白川書院)に、この本のことが書かれていたので、読み返してみたくなったのだ。

<横浜で一つ席が空いた。腰を下ろし、会場で買った『ダイナミック空手』と、車中で読もうと持ってきた五木寛之『深夜の自画像』をとりだして、どちらから読みはじめようかと頁をめくってみた。奇妙な予感がした。うまく人には伝えられないが、俺はいま何か発見するぞという信号のようなもので、電車がポイントを高速で通過する際のカカカカというリズムのなかにその予感が浮上してきたことをおぼえている。>
(平岡正明 『石原莞爾試論』 1977年)

五木さんのエッセイ集が発売された時代の空気がよみがえってくるような文章だ。
私が青年だった頃、1970年代の空気。

借りてきた、五木寛之 『深夜の自画像』の目次をみていたら、あった、あった。
なにやら不思議な符合のように。

― 名著発掘=平岡正明著『ジャズ宣言』 昭和44年9月 ―
<はじめ明烏敏全集のことを書こうと思ったのだが、昨夜たまたま読んだこの新しい本の印象が余りに強烈だったので、まだ評価のさだまらないこの異色の批評集について書くことにした。
 『ジャズ宣言』という本のタイトルから、野間宏の『暗い絵』が書店の美術専門書の棚に並べられたというエピソードと同じ目に会うのではないかと、ぼくはこの本のために気遣っているところだ。
 相倉久人がいみじくも書いているように、平岡正明のこのエッセイの数々は、「ここに六十年代をジャズとして生きているひとりの男」の、六十年代に対する独立宣言であり、……>
(五木寛之『深夜の自画像』 1974年)

Hiraoka_jazz_sengen平岡正明 『ジャズ宣言』
 現代企画室 1990年 (復刻版)
  第一版 1969年 イザラ書房刊
  第二版 1979年 アディン書房刊

―日本語第三版への序 より―
<イザラ書房刊の初版(1969)に第三版の序文でつけくわえることは、勝利したジャズは芸術を独裁するというその一点である、なあんて一度言ってみたかった。言ってみるとやはり気持いい。
 むこうは『共産党宣言』だ。こっちは『ジャズ宣言』だ。宣言にかわりはない。>


まさに、なんちゃって、である。
1970年代――おもしろい時代だったな、と懐かしんだりして。


澤地さんの本 『もうひとつの満州』 は、タイトルにひかれた。

目次をみると、

「わが心の満州」 1981年7月10日、北京発の汽車は、翌日未明山海関に着いた
 ここから東北。35年ぶりに訪れる故郷・満州への旅が始まる

――という章ではじまり

「消された村」「通化の陵園」「終焉の地」「故山にして他山」「ひとつの歌」「旅の終り」

と続く。

そうか。
澤地さんが育った「満州」の再訪記なんだな。

こんなにいい本が新本で手に入らないというのも、妙なはなし。
(文春文庫 1986年版も絶版)
安野光雅さんの装幀、挿絵(扉スケッチ)がしゃれている本だ。


本を所有することにこだわらなければ、読みたい本は図書館を利用するのがいいんだな、とあらためて思う。
なかなか「所有欲」から自由になれないのがつらいけど。


【追記】  2009/3/7 夜
澤地久枝 『もうひとつの満州』 (Amazonより)
出版社/著者からの内容紹介
<日本人とにって、中国人にとって満州とは何だったか? 反満抗日ゲリラの領袖・楊靖宇の事跡を追いながら、著者自らの郷愁の思いを問い返す哀切な<旅>のすべて>

図書館から借りてきたこの本を読みはじめている。
たくさんの人の手に触れ、読まれた形跡が感じられる本だ。
シミや折り目の跡がたくさんあり、背綴じは剥がれかかっていて、ていねいに扱わなければ今にもバラバラになりそうなほど傷んでいる。
この一冊の本を、どれだけ多くの人たちが読みふけったことだろう。
まさに「手垢」のつくほど読み継がれた、こういう本を手にするのもいいものだ、と思う。

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2008年11月25日 (火)

【読】五木寛之 「人間の覚悟」

タイトルからして、いかにも重そうなので敬遠していた本だったが、読んでみることにした。

Itsuki_ningen_no_kakugo五木寛之 『人間の覚悟』
 新潮選書 287  2008/11/20
 191ページ 680円(税別)

毎日読んでいる東京新聞朝刊連載小説 『親鸞』 にも、「覚悟」 ということばが出てくる。
範宴(はんねん=親鸞が九歳で得度したときの僧名)に、慈円が語りかけるシーン。
― 五木寛之 「親鸞」 第83回 暁闇の法会(11) ―

「そなたの父親のように、世を厭うて隠棲することをどれほど望んだことか。 去年、世を去られた西行法師のごとく、旅に歌をよむ暮らしにもあこがれた。 だが、名門、権門の子弟として生まれるのも、ひとつの業じゃ。 ちかごろつくづくとそう思うようになった。 そして覚悟をきめたのじゃ。 人の命は長くはない。 そう逃げてばかりの一生をすごすわけにもいくまい。 ……」


腰巻(帯)に、本書の内容を象徴するいくつかのキーワードが印刷されている。

いわく――地獄の門がいま開く/人はみな「悲苦」を抱えている/下山の哲学/人の生き方はいつも一本道/アニミズムとシンクレティズムの可能性/人間は引き裂かれた存在である/玄なる世界での関係性/親鸞が得た「自然法爾」/悪人ではないという傲慢/ボランティアは石もて追われよ/いかに生きるかを問わない

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2008年9月24日 (水)

【雑】【楽】スズムシの鳴く夜

まったく自信はないが、鳴いているのはスズムシだろうな。
東京でも、このあたりは草地が多いので、秋の虫の音はやかましいほど。

夜も涼しくなった。
窓を開け放していると、秋の風がはいってくる。
この夏は、とうとうエアコンのスイッチを入れなかった。
よくがんばったな。


スズムシのことをネットで調べていたら、こんなサイトを発見。
百科事典や雑誌といった紙媒体だったものも、ネットの時代になったということか。

ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト
http://www.nationalgeographic.co.jp/index.php



ところで、ハナシかわって、石黒ケイという歌い手がいた。
一時期、山崎ハコさんと同じ事務所に所属していて、ハコさんとのジョイント・コンサートに足をはこんだこともあった。
渋谷 「ジャンジャン」 で、彼女だけのライブを聴いたこともあった。
ベルベット・ヴォイスといえばいいのか、この人の甘い歌声は好きだった。

今はどうしているのだろう。


Adlib1_2Adlib2_2石黒ケイ 「アドリブ」
このブログで、ずっと前に紹介したこともあるが、彼女のベスト・アルバムだと私は思っている。
プロデュースは五木寛之。

「サフランのように」 という、岡本おさみ作詞の歌が収録されている。

♪ 花の名前も 知らないままに
 女ひとり 旅から旅へ
 渡り歩いて 唄暮らし
 きまぐれ雨が 追いかける

 雨にぬれてる サフランのような
 哀しい恋歌 いかがですか いちりん …… ♪

JASRACから指摘を受けそうだが、一番の歌詞をまるまる書き写してしまった。


花の名前、虫の名前、知らないことが多すぎる。
子どものころ、もっと自然に親しんでいればよかった、と思う今日この頃なのだ。



【アルバム情報】
石黒ケイ 「アドリブ」  ビクター・エンタテインメント 1980年
<収録曲>
暗闇のラブ・ソング (作詞・作曲:山崎ハコ、編曲:鈴木宏昌)
憎いあんちくしょうのブルース (作詞:ヨシモトレイ、作曲:石黒ケイ、編曲:渋谷毅)
サフランのように (作詞:岡本おさみ、作曲:石黒ケイ、編曲:前田憲男)
鍵 (作詞・作曲:山崎ハコ、編曲:北村英治)
本牧挽歌 (作詞・作曲:石黒ケイ、編曲:杉本喜代志)
今晩おひま (作詞・作曲:石黒ケイ、編曲:鈴木宏昌)
ひとり暮しのワルツ (作詞:五木寛之、イタリア民謡、編曲:前田憲男)
ひとりぼっちのララバイ (作詞:岡本おさみ、作曲:鈴木キサブロー、編曲:渋谷毅)
明日はクール (作詞・作曲:山崎ハコ、編曲:北村英治)
恋はもうたそがれ (作詞・作曲:石黒ケイ、編曲:前田憲男)

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2008年5月31日 (土)

【楽】三上寛のこと

いつも聴いているTBSラジオ(永六輔の番組)に、歌手の三上寛がでていた。
「2008年に公開予定の映画 『南京の真実』 では花山信勝を演じる予定」 (Wikipediaより)……この話をしていた。

この人の歌をそれほど熱心に聴いてこなかったが、私が好きな歌い手のひとりだ。

LPを三枚、シングルレコードを一枚、もっている。
初期のアルバム 『ひらく夢などあるじゃなし 三上寛怨歌集』 の中の一曲、「夢は夜ひらく」のさわりを、このラジオ番組で流していた。

♪ サルトル マルクス並べても
  あしたの天気はわからねえ
  ヤクザ映画の看板に 夢はよるひらく ♪
 (作詞:三上寛 作曲:曽根幸明)

藤圭子のヒット曲 「夢は夜ひらく」 のカバーだが、歌詞は三上寛のもの。

41n12wzxvql__sl500_aa240_画像は、Amazonから拝借。
このLP、ジャケットもすごいが、内容もすごい。
収録曲:あなたもスターになれる/ひびけ電気釜!!/痴漢になった少年/股の下を通りすぎるとそこは紅い海だった/パンティストッキングのような空/一人の女のフィナーレ/昭和の大飢饉予告編/誰を怨めばいいのでしょうか/夢は夜ひらく

「放送禁止用語」がひんぱんに出てくる歌詞ばかりで、上品な方々は眉をひそめるだろうが、こういうのはきらいじゃない。

4184bzn2cbl__sl500_aa240_私が大好きなアルバムは、1981年に発売された 『Baby』 だ。
山崎ハコが提供した 「うわさによれば」 という名曲が収録されている。

♪ うわさによれば 透きとおる 里の川
  白い腹見せて ぷかり魚
  うわさによれば 泳いだ場所 草も枯れ
  鉄条網の前に 立看板 "立入禁止"

  里の自慢ときかれても とりえのない町です
  そういえば水がきれいと 目を輝かせていた …… ♪
 (作詞・作曲:山崎ハコ)


三上寛は、若い頃そうとうつっぱっていたようだが、いまはすっかり 「丸く」 なった印象がある。
それでも、根っこには津軽の熱い血が流れる反骨漢だと思う。

いまから四年前、五木寛之の 「論楽会」 で、山崎ハコとともに出演したのを実見したことがあった。
ギターをかきならしながらステージにでてきた三上寛を、なつかしく思いだした。


こんなサイトがみつかった。
三上寛プロフィール
http://homepage2.nifty.com/Zapatista-Kansai/Mikami%20Kan%20Profile.htm

このサイトのプロフィールを見て知ったのだが、三上寛は私とほぼ同年代だった。


Rongakukai2004_01_2Rongakukai2004_2Rongakukai2004_02_2

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2008年2月 2日 (土)

【読】五木寛之 『人間の関係』

すこし前に買ってあった本を、ようやく読む気になった。
ちいさな本なので、一日で読むことができた。

Itsuki_ningenkankei五木寛之 『人間の関係』
 ポプラ社 2007.11.10  1100円(税別)

このところ鬱々とした気分が続いていた私にとって、すこしだけ元気のでる本だった。

<人間の関係、ということを考えながら、体の奥からわきあがってくるのは、人間と人間との一瞬のふれあいの不思議さということです。 (中略) この入学式での話のなかで、ぼくが言いたかったのは、たった一つのことでした。 人間はいいかげんで、愚かしい存在だが、それでも信じられるところもあるよ、ということです。 / 百パーセント信じられるわけではない。 また百パーセントの人間不信もまちがっています。 / 九十五パーセント信じられなくても、五パーセントぐらいは信じていいのではないか。 ぼくはそう感じています。 その五パーセントの有無が、きっと大事なところだと思うのです。>
 ― 『人間の関係』 「本音は軽々しく表にだすな」 五パーセントを信じて生きる ―


もうひとつ、私には胸に沁みる記述があった。

<これまで書いてきたのは、いわゆる「うつ状態」「うつを感じる」「うつ的な傾向」があるという感覚についてです。 / これが本当の病気になると「鬱病」ということになります。 鬱病は厄介な病気で、専門の治療を必要とします。 (中略) / しかし、問題は、日ごろなんとなく欝を感じる、欝な気分をおぼえる、といった状態と、本当の鬱病とを区別する必要がある点です。 (中略) / 欝と言われる気分は、人間にとってごくふつうの心のありようです。 自然の天候には、晴れの日もあり、曇りもあり、雨も降る、嵐の日もある。 そういったさまざまな変化は、必ずしも病気ではありません。>
 ― 「憂と愁は人生の贈りもの」 「憂える」ということの大切さ ―

五木さんらしい考え方だと思う。
そういえば、五木さんの奥様(玲子さん)は、若い頃、精神科のお医者さんをしていらした。
金沢時代の、玲子さんとの暮らしぶりや、亡くなった弟さん(邦之さん)のことも、この本に書かれている。


表紙につかわれているのは、舟越桂さんの作品。
(「雪の上の影」 2002年 所蔵:札幌芸術の森美術館 写真提供:西村画廊)
札幌芸術の森 http://www.artpark.or.jp/
舟越 桂 オフィシャルサイト http://www.show-p.com/funakoshi/

いま、書店にいくと、たくさん平積みされている本だ。
売れているらしい。 その理由がわかる気がする。

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