カテゴリー「五木寛之」の57件の記事

2008年5月31日 (土)

【楽】三上寛のこと

いつも聴いているTBSラジオ(永六輔の番組)に、歌手の三上寛がでていた。
「2008年に公開予定の映画 『南京の真実』 では花山信勝を演じる予定」 (Wikipediaより)……この話をしていた。

この人の歌をそれほど熱心に聴いてこなかったが、私が好きな歌い手のひとりだ。

LPを三枚、シングルレコードを一枚、もっている。
初期のアルバム 『ひらく夢などあるじゃなし 三上寛怨歌集』 の中の一曲、「夢は夜ひらく」のさわりを、このラジオ番組で流していた。

♪ サルトル マルクス並べても
  あしたの天気はわからねえ
  ヤクザ映画の看板に 夢はよるひらく ♪
 (作詞:三上寛 作曲:曽根幸明)

藤圭子のヒット曲 「夢は夜ひらく」 のカバーだが、歌詞は三上寛のもの。

41n12wzxvql__sl500_aa240_画像は、Amazonから拝借。
このLP、ジャケットもすごいが、内容もすごい。
収録曲:あなたもスターになれる/ひびけ電気釜!!/痴漢になった少年/股の下を通りすぎるとそこは紅い海だった/パンティストッキングのような空/一人の女のフィナーレ/昭和の大飢饉予告編/誰を怨めばいいのでしょうか/夢は夜ひらく

「放送禁止用語」がひんぱんに出てくる歌詞ばかりで、上品な方々は眉をひそめるだろうが、こういうのはきらいじゃない。

4184bzn2cbl__sl500_aa240_私が大好きなアルバムは、1981年に発売された 『Baby』 だ。
山崎ハコが提供した 「うわさによれば」 という名曲が収録されている。

♪ うわさによれば 透きとおる 里の川
  白い腹見せて ぷかり魚
  うわさによれば 泳いだ場所 草も枯れ
  鉄条網の前に 立看板 "立入禁止"

  里の自慢ときかれても とりえのない町です
  そういえば水がきれいと 目を輝かせていた …… ♪
 (作詞・作曲:山崎ハコ)


三上寛は、若い頃そうとうつっぱっていたようだが、いまはすっかり 「丸く」 なった印象がある。
それでも、根っこには津軽の熱い血が流れる反骨漢だと思う。

いまから四年前、五木寛之の 「論楽会」 で、山崎ハコとともに出演したのを実見したことがあった。
ギターをかきならしながらステージにでてきた三上寛を、なつかしく思いだした。


こんなサイトがみつかった。
三上寛プロフィール
http://homepage2.nifty.com/Zapatista-Kansai/Mikami%20Kan%20Profile.htm

このサイトのプロフィールを見て知ったのだが、三上寛は私とほぼ同年代だった。


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2008年2月 2日 (土)

【読】五木寛之 『人間の関係』

すこし前に買ってあった本を、ようやく読む気になった。
ちいさな本なので、一日で読むことができた。

Itsuki_ningenkankei五木寛之 『人間の関係』
 ポプラ社 2007.11.10  1100円(税別)

このところ鬱々とした気分が続いていた私にとって、すこしだけ元気のでる本だった。

<人間の関係、ということを考えながら、体の奥からわきあがってくるのは、人間と人間との一瞬のふれあいの不思議さということです。 (中略) この入学式での話のなかで、ぼくが言いたかったのは、たった一つのことでした。 人間はいいかげんで、愚かしい存在だが、それでも信じられるところもあるよ、ということです。 / 百パーセント信じられるわけではない。 また百パーセントの人間不信もまちがっています。 / 九十五パーセント信じられなくても、五パーセントぐらいは信じていいのではないか。 ぼくはそう感じています。 その五パーセントの有無が、きっと大事なところだと思うのです。>
 ― 『人間の関係』 「本音は軽々しく表にだすな」 五パーセントを信じて生きる ―


もうひとつ、私には胸に沁みる記述があった。

<これまで書いてきたのは、いわゆる「うつ状態」「うつを感じる」「うつ的な傾向」があるという感覚についてです。 / これが本当の病気になると「鬱病」ということになります。 鬱病は厄介な病気で、専門の治療を必要とします。 (中略) / しかし、問題は、日ごろなんとなく欝を感じる、欝な気分をおぼえる、といった状態と、本当の鬱病とを区別する必要がある点です。 (中略) / 欝と言われる気分は、人間にとってごくふつうの心のありようです。 自然の天候には、晴れの日もあり、曇りもあり、雨も降る、嵐の日もある。 そういったさまざまな変化は、必ずしも病気ではありません。>
 ― 「憂と愁は人生の贈りもの」 「憂える」ということの大切さ ―

五木さんらしい考え方だと思う。
そういえば、五木さんの奥様(玲子さん)は、若い頃、精神科のお医者さんをしていらした。
金沢時代の、玲子さんとの暮らしぶりや、亡くなった弟さん(邦之さん)のことも、この本に書かれている。


表紙につかわれているのは、舟越桂さんの作品。
(「雪の上の影」 2002年 所蔵:札幌芸術の森美術館 写真提供:西村画廊)
札幌芸術の森 http://www.artpark.or.jp/
舟越 桂 オフィシャルサイト http://www.show-p.com/funakoshi/

いま、書店にいくと、たくさん平積みされている本だ。
売れているらしい。 その理由がわかる気がする。

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2007年12月24日 (月)

【読】小説の読み方

それほど長い小説でもないのだが、まだ読み終えていない。
文庫本、上下2巻。 あわせて500ページほど。
こういうものは、一気に読み通さないと醍醐味が伝わってこないのかな、と思う。
下巻にかかり、ようやくストーリー展開がおもしろくなってきた。

Murakami_hitsuji1_2Murakami_hitsuji2村上春樹 『羊をめぐる冒険』
 講談社文庫 (上・下)
 2004.11.15 第1刷発行

 「群像」 1982年8月号掲載
 同10月 講談社から単行本発売

そうか、純文学雑誌に発表されたんだ。
1982年といえば、25年前かぁ。

小説の内容と直接関係ないが、家で緬羊(めんよう)を飼っていたことがある。
小学校低学年か、もっと小さい頃、学校に入る前だったかもしれない。

当時、私の父は北海道の片田舎で小学校の教員をしていた。
教員住宅の裏に物置小屋があり、そこで緬羊を飼っていたのだ。
羊毛をとるための羊で、きっと内職的に飼っていたのだろう。

バリカンで羊の毛を刈った後、羊の体が小さくなって山羊のように見えたことを、いまでも憶えている。
なにか事情があってその羊を手放すことになったとき、羊が乗せられたトラックを、幼い私は泣きながら走って追いかけたらしい。
羊とわかれるのが辛かったんだろう。
おぼろげな記憶しかないが、今でもときおり、母と、そういえばこんなことがあったねと語りあう昔話だ。

 

Itsuki_kazenotaiwa『風の対話』 という五木寛之の対談集に、村上春樹との対談がある。
『羊をめぐる冒険』 が出版された頃の対談。

五木 今度の『羊をめぐる冒険』 は、あなたにとっての第三作になるわけだけど、いかがですか、ご自分では。
村上 あれを書いちゃって、かなり楽になりました。 最初の二作を書いたあとで、実は結構落ち込んじゃったんです。 (中略)というのは、ぼくの最初の二作は、「他人に何かを語りたい」、「でも語れない」というギャップで成立していたようなところがあるんですけど、 (略) で、三作目では、徹底してストーリー・テリングをやりたいと思ったわけなんです。(後略)

これに対して、五木さんが、「ストーリー・テリングっていう、そのへんを少し聞かせてほしいですね。 ストーリー・テリングと物語とは違うっていうふうに、ぼくは思うんだけれども。」 と言っている。
五木寛之の小説は「物語」という感じがするが、村上春樹はちょっとちがうな、というのが私が感じたことだ。
好きか嫌いか、と問われれば、「嫌いではない」としか今のところ言えない・・・かな?

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2007年11月 9日 (金)

【読】きょうの収穫

ひさしぶりに、収穫。

Itsuki_ningenkankeiAkasaka_shocho_tenno『人間の関係』 五木寛之
 ポプラ社 2007/11/10
 (書き下ろし)

『象徴天皇という物語』 赤坂憲雄
 ちくま学芸文庫 2007/10/10
 (1990/9/30 筑摩書房刊の文庫化)



五木さんの本は、そのまま本棚行きだな。
ついつい買ってしまうけど。

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2007年11月 7日 (水)

【読】新刊

五木寛之の新刊 『人間の関係』 (ポプラ社) が出たそうだ。

Itsuki_ningen_no_kankei[出版社商品紹介]
悩める現代をどのように考え、生きていくべきか。五木寛之が提言する「自分を変える」ためのメッセージ。 
■おすすめコメント
あなたの人生を変える。五木寛之待望の書き下ろしエッセイ!流行や価値観が怖いほど急速に変化し、明日のことすら見えない環境で我々は生きていかなければならない。そんな悩める現代をどのように考え、生きていくべきか。五木寛之が提言する。「自分を変える」ためのメッセージ。
(全国書店ネットワーク e-hon から)
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031977775&Mail_id=2010&Action_id=121&Sza_id=A0

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2007年11月 6日 (火)

【読】風の対話(続)

書くネタがあまりないので、きのうの続き。

Itsuki_kazenotaiwa『風の対話』 五木寛之 河出文庫

わずか200ページほどの文庫。
対談の時期や初出誌が書いていないが、1984年頃らしい。
村上春樹との対談に期待していたが、どうも二人の話がかみあっていない。
村上春樹もあまり喋っていないし、五木寛之が一人でしゃべっているような感じで、拍子抜け。
いろいろと興味ぶかい話も、あるにはあるのだが・・・。 惜しい。

それにくらべ、中沢新一や高橋源一郎との対談がおもしろい。
中沢氏も高橋氏もよく喋るし、それに五木さんが応えて話題が展開していくさまは、ジャムセッションのような趣きがある。

北方謙三は、この対談当時、37歳で車の免許をとったという。
この一年前の春、五木さんが北方氏の小説を読んで 「車に気をつけろ」 と言ったことが、免許をとるきっかけだったと、北方氏は言う。
つまり、いまは運転人口が多いから、車に関する描写にウソがあるとすぐに読者に見破られる、ということ。
五木さんは車の運転が好きだから、この対談は車の話で盛りあがっている。
おもしろい。

中上健次との対談はこれから読むのだが、惜しいことに、この個性的な作家はすでにこの世の人ではない。

五木さんは、対談相手の本をじつによく読んでいる。
中沢新一 『チベットのモーツァルト』 についても、難しいがおもしろい、と言っているので、私も読んでみようかなという気になったりして・・・。

Nakazawa_tibet『チベットのモーツァルト』 中沢新一
  せりか書房 1983/11/20

古本で手に入れて、読もう読もうと思いながら、なかなか手がでなかったもの。
気になる本ではある。
中沢新一は、歴史学者 網野善彦の甥にあたる。
(中沢氏の父の妹の夫が網野氏)
『僕の叔父さん 網野善彦』 (集英社新書 2004/11) という著作も、私には興味ぶかい。

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2007年11月 5日 (月)

【読】風の対話

すこし前に古本屋で手に入れた本を読んでいる。

Itsuki_kazenotaiwa『風の対話』 五木寛之
 河出文庫 文藝コレクション 1994/1/25
 単行本は、1986年3月 ブロンズ新社より刊行

五木寛之が五十代はじめ頃の対談集。
対談の相手はいずれも作家で(中沢新一を除く)、当時三十代。
みんな若かったね。

対談のタイトル(いずれも「風」という言葉が使われている)と対談相手を書いておこう。

村上春樹 (ワンダーランドに光る風)
中沢新一 (宇宙を自在に回遊する風)
高橋源一郎 (虹の彼方にポップする風)
北方謙三 (男の情念を乗せて走る風)
中上健次 (物語世界に逆巻く風)

五木さんが喋りすぎのような気もするが、おもしろい。
村上春樹の 『羊をめぐる冒険』 が出版された頃であり、例の「三浦事件」(ロス疑惑)の頃の対談。

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2007年10月27日 (土)

【楽】ブラート・オクジャワ

「五木寛之が好きらしいから・・・」 と言って、友人が貸してくれたレコード。
ブラート・オクジャワの名前は知っていたけれど、一度も聴いたことがなかった。
五木寛之が熱く語っていたことは、もちろん知っていた。

少しずつ聴きはじめて感じたのは、とても親しみやすい歌だということだ。
ロシア語がまったくわからないので歌詞の内容は解説を見るしかないが、意味がわからなくても言葉の響きは感じとれる。
メロディーが、なにやら懐かしい感じで、いっぺんで好きになった。
もの静かなギターの弾き語りは、私にユパンキを思いおこさせる。

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― 五木寛之 『流されゆく日々(抄)』 (講談社) から ―

  「ボブ・ディランとソ連歌謡界」 流されゆく日々 1978.3.1~3.2
<ボブ・ディランが来日していろいろと話題になっているが、その一方で、ボブ・ディランと同じ時期に登場してきたソ連のシンガー・ソングライターのことも、小生は注目しているわけなんです。
 ボブ・ディランが登場してきた1950年代初頭は、ソビエトや東ヨーロッパではいわゆる「雪どけ」の高揚期にあたり、なにか社会主義国に明るい未来がひらけてきそうな気配があった。
 そういう時期に、ボブ・ディランらの出現と相呼応してソビエトロシアに、吟遊詩人というか、プロテストソング、あるいはシンガー・ソングライターといったものが登場し、そういう存在の一人に、ブラート・オクジャワという歌い手さんがいた。
 歌い手さん、というと語弊があるかもしれない。
 彼は今や、ソ連の有数の詩人として評価されているし、批評、歴史小説などさまざまの分野でも活躍し、シニャフスキーや例のソルジェニーツィンなきあとのソビエト文壇の大きな存在となっている。
 ある日、モスクワに一人のグルジアなまりの男がギター片手に飄然と現われ、とても単調でわかりやすく、しかも叙情的な自作の詩を歌い出した。 そしてその詩はたちまち、ひとの口から口へと伝わって、結婚式などでよく歌われるくらいポピュラーなものになったにもかかわらず、その歌がオクジャワのつくった歌であるとは誰も知らない――。
 これが、ソ連現代詩人の第一人者であるブラート・オクジャワの登場ぶりだった。 (後略)>


今から30年近く前に、五木寛之が語った言葉である。
「とても単調でわかりやすく、しかも叙情的」 という表現は、このオクジャワの音楽をよく言いあらわしていると思う。
もっと暗い音楽かと思っていたが、そんなことはないのだった。
静かに聴き入っていると、心がうるおってくる、そんな音楽だ。

ところで、まったく突拍子もないハナシだが、オクジャワの歌のメロディーラインが、中島みゆきの初期のある歌にそっくりなことに気づいた。
中島みゆきは、ブラート・オクジャワを聴いたのだろうか。


Amazon 「紙の兵隊」 ブラート・オクジャワ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000565TK

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2007年10月26日 (金)

【読】鬼と鹿と宮沢賢治

こんな本を読みはじめた。

Kadoya_kenji『鬼と鹿と宮沢賢治』 門屋光昭
 集英社新書 (0038D) 2000.6.21

蝦夷(えみし)の小説 『火怨』 つながりということもあるし、五木寛之の 『日本人のこころ』 で紹介されていたということもある。
だいぶん前に手に入れていたものだが、ようやく読んでみようという気になった。

宮沢賢治は不思議な魅力を秘めた人物だ。
以前から強い関心をもっていた。
まるで東北の地そのもののような、泥臭い側面に惹かれる。
熱烈な法華経の信者だったことも、ひっかかっていた。
この門屋さんの本では、そのあたりに焦点があてられていてとても興味ぶかい。

― 本書のカバー見返し紹介文 ―
<賢治が生まれ育った岩手県は、民俗芸能の宝庫だ。 鬼剣舞(おにけんばい)や鹿踊り(ししおどり)、チャグチャグ馬コなどの民俗芸能・祭礼行事が今もさかんにおこなわれ、多くの伝説や昔話が語り伝えられている。 それらは、賢治が描いた童話や詩のなかに、いろいろな形で影響をあたえている。 本書は、鹿踊りや隠し念仏、さらに 『遠野物語』 の佐々木喜善との交流など、民俗学の視点から、宮沢賢治の世界を読み解いてみせる。 イーハトーブ(岩手)に生きた天才詩人の、原風景となった風土からの斬新な報告である。>

賢治もまた、蝦夷、さらには縄文人の末裔だった、と思う。


五木寛之の関連書は、これ。
『日本人のこころ 6』 は対談集で、門屋氏との対談も収録されている。

Kokoro05Kokoro6

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2007年9月23日 (日)

【読】私訳 歎異抄(五木寛之)

朝日新聞にこんな記事があった。

Asahi070922_tannisyou朝日新聞 2007.9.22(土) 朝刊 文化欄
 歎異抄 思いっきり現代語訳
  今に通じる生きるヒント 出版続々

親鸞の思想を伝える「歎異抄」は根強い人気を集める仏教書だ。 数々の現代語訳があり、今月出たばかりの五木寛之氏の 『私訳 歎異抄』 (東京書籍) も12万部突破の勢い。 一方、仏教界からも日常語での思い切った訳が発表された。 読みやすさを目指すだけでなく、現代に通じるメッセージを問い直そうとする試みだ。 それは社会の変容を強く意識したものとなっている。 (磯村健太郎)

朝日新聞の記事(asahi.com)
http://book.asahi.com/clip/TKY200709220113.html

五木さんの 『歎異抄』 現代語訳なら読んでみたいと思い、近くの本屋で購入。
Ituski_tannisyou五木寛之 『私訳 歎異抄』
 東京書籍 2007.9.7  1200円(税別)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4487802059

― 帯より ―
私の 「歎異抄」 五木寛之
 他人を蹴落とし、弱者を押しのけて生きのびてきた自分。 敗戦から引き揚げまでの数年間を、私は人間としてではなく生きていた。 その黒い記憶の闇を照らす光として、私は歎異抄と出会ったのだ。
歎異抄は、私にとってはいまだに謎にみちた存在である。 古めかしい聖典ではなく、いきいきした迫真のドキュメントである。 (「まえがき」より)

私の家は、それほど熱心ではないが、どうやら浄土真宗の門徒らしい。
(お寺は、なぜか浄土宗だけれど)
母方の祖母が、だいぶん前に治るみこみのない病気になって入院していたとき、私はこれが最後と思ってお見舞いにいった。
その時、看病していた伯母が、祖母の枕元で小さな活字の岩波文庫の 『歎異抄』 を、天眼鏡を使って読んでいたことが強く印象に残っている。

ずっと同居していた父方の祖母が亡くなった後、それまで仏壇に向かうことのなかった父が、朝晩、お経をあげるようになった。
その父も私が20代の頃に急逝し、残された母が、朝昼晩、仏壇に向かってお経をあげる姿を、帰省するたびに見ている。

私は、この有名な歎異抄を読んだことがなかったし、読んでみようという気持ちもこれまではなかったが、いま、五木さんの本を手にし、さまざまなことを思いだして感慨ぶかい。


本の内容から離れるが、五木さんの 『大河の一滴』 いらいの一連の著作の装画は、奥様の五木玲子さんによるものだ。 いつも不思議な雰囲気の絵だと思う。

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2007年8月26日 (日)

【楽】【読】きょうの一枚、一冊

暑いなぁ。
まだまだ夏は続くのか。

LPからダビングしてあるMDで、山崎ハコの 『幻想旅行』 を聴いている。
ライブに行けないのがつらいな。
Hako_genso1aHako_genso1b山崎ハコ 『幻想旅行』
 1981.11 キャニオン・レコード
なぜ、こんないいアルバムがCDで再発売されないんだろう。


収録曲(全10曲)
A面) 幻想旅行 / 北北東 / 終点まで満員 / 東北・都 / 雪の道
B面) サンクチュアリーへ / 港の歌 / さくら / 歌は旅 / 旅路

「サンクチュアリーへ」という歌が好きだ。
工藤順子作詞/山崎ハコ補作詞/石黒ケイ作曲/井上鑑編曲
工藤順子の詞が秀逸。 石黒ケイの曲もいい。
ちょっといつものハコさんとちがうぞ、といった感じの、「ほんのりと明るい」曲調なのだ。

♪ 積み上げすぎた世の中は / 生きてることが見えないよ / 知らぬふりして歩くには / 道が長くてたまらない / まぶしく続くハイウェイ / きっとあそこへ続く道 / ほこりまみれのハイウェイ / 夢がころがるあの国へ / ヘイヘイストップ北へ北へ行くんだ / ヘイヘイストップ背中に見る苫小牧 / 忘れた歌が私を呼ぶんだ / そこはそうよサンクチュアリー ♪

一番の歌詞をぜんぶ書き写してしまった・・・。
著作権をうんぬんするのなら、誰でも聴けるように、復刻してくれい!
中古レコード市場にも出ていないじゃないか――と、レコード会社に文句を言いたくなる。

Akasaka_touhoku_renaissance_2『東北ルネサンス』 赤坂憲雄 編
  ― 日本を開くための七つの対話 ―
小学館文庫 2007.8.12発行

 ※ 『日本再考――東北ルネッサンスへの序章』
  (2002.3 創童舎 発行) の文庫化

赤坂憲雄氏と下にあげた各氏との対談集。括弧内は章題。
2002年3月~9月、東北電力創立50周年記念の公演イベントとして行なわれた対談がベースになっている。

五木寛之 (東北の可能性)
中沢新一 (縄文の記憶を求めて)
谷川健一 (精神史の古層へ)
高橋克彦 (蝦夷とはだれか)
高橋富雄 (はじまりの東北)
井上ひさし (ふたたび吉里吉里へ)
山折哲雄 (生と死の風景から)

五木さんとの対談を読みはじめているが、刺激的な内容だ。
五木さんの近作 『日本人のこころ』 シリーズ (講談社)をベースに、「日本史の闇」を掘り起こす対談。
赤坂氏から、イザベラ・バードの旅や菅江真澄についての発言もある。

赤坂 <五木さんは最近、『日本人のこころ』 と題したシリーズを出されていて、たいへん刺激的な内容なんですね。 (略) このシリーズのなかで、五木さんは 「私たちは本当の日本を知らない。 日本人の心を知らない」 と繰り返し指摘されていたかと思います。>
五木 <赤坂さんがおっしゃった「私どもは日本を知らない」というのは、実は私の実感なんですね。私は生後間もなく当時の朝鮮半島に両親とともに渡りまして、十三歳で敗戦、十四歳で引き揚げたんです。(略)その後に、金沢に住み、そして京都を訪れというふうにしているうちに、何だこりゃという感じが非常に強くなってまいりまして、海外へ行って海外のことなどを得々と喋っているけれども、自分は肝心の日本のことを何も知らないじゃないか、日本というのはいったいどういう国なんだと、自信喪失とともに、非常に強い好奇心が湧き起こってまいりました。>

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2007年3月31日 (土)

【読】わが人生の歌がたり

あいかわらず旺盛な執筆活動を続けている五木寛之氏。
新刊書店のレジで、こんな無料配布冊子をみつけてもらってきた。
Hon_tabibito_200704『本の旅人』 2007年7月号 角川書店
●インタビュー
 「五木寛之 千年先にまで残る"歌がたり"を」

角川書店から出版された、五木さんの新刊
  『わが人生の歌がたり 昭和の哀歓』
という本の宣伝。
<昭和七年の誕生からはじまり、朝鮮半島への移住、母の死、引揚げの恐怖、神社の床下に寝泊りした大学時代・・・。五木さんの激動の半生とともに、忘れられた昭和の名曲が味わい深く語られる『わが人生の歌がたり ~昭和の哀歓~』 。インタビューでも、その包みこむような、〝語り〟の素晴らしさは圧巻。しみじみと心に沁み入る一冊です。>

インタビュー記事を読み、さっそくこの本を購入。
Itsuki_utagatariNHKの「ラジオ深夜便」の放送内容をベースに、『月刊ラジオ深夜便』(発行:NHKサービスセンター)に掲載された内容を編集、加筆したもの。
今回は第一部で、今後、第二部、第三部と続編が刊行予定。

五木さんが選んだ昭和の名歌謡、選曲基準が五木さんらしく、〝表通りの歌〟ではなく〝わき道〟の歌が選ばれている。
たとえば、美空ひばりの津軽の歌なら、有名な「りんご追分」より「津軽のふるさと」がいい、というのがうれしい。
山崎ハコがアルバム 『日本詩集』 で歌っている「花嫁人形」も選ばれ、語られている。 これまたうれしい。

Hibari_ringoenHako_nihonshishu美空ひばり 『リンゴ園の少女』
 日本コロンビア COCA-7585
山崎ハコ 『日本詩集 ~遠い町 遠い空~』
 トーラスレコード TACX-2318
この二枚、いいアルバムだ。

『リンゴ園の少女』 収録曲目
リンゴ園の少女/涙の紅バラ/ひばりが唄えば/愛の明星/角兵衛獅子の唄/私は街のメッセンシャー/父恋し母恋し/ピアノとヴァイオリン/旅のサーカス/二人の瞳/ひとりぼっちのクリスマス/津軽のふるさと/流れのギター姉妹/シャボン玉の乙女/クリスマス・ワルツ/若い歌声/ひよどり草子/あまんじゃくの歌/母恋い扇
『日本詩集』 収録曲目
この道/赤とんぼ/叱られて/待ちぼうけ/村祭/浜千鳥/月見草の花/赤い靴/月の砂漠/花かげ/花嫁人形/平城山/友を送る歌

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2007年3月10日 (土)

【読】流されゆく日々

五木寛之さんが夕刊紙(誌)「日刊ゲンダイ」に連載している、超ロング・ランのエッセイ。
この「流されゆく日々」の抄録が単行本になっていた。
知らなかったな。 大型古書店ですこしまえに発見し、入手した。

Nagasareyuku1Nagasareyuku2五木寛之
『流されゆく日々(抄) 1975~1987』
『流されゆく日々(抄) 1988~1995』

 講談社 1995.7
版元品切れのようだが、Amazonなどではずいぶん安価で入手できる。400ページほどの分厚い本だ。
「日刊ゲンダイ」は、たまに買うことがあるだけだが、この連載エッセイはおもしろい。
そのエッセンスを集めたこの二冊、抄録ではあるが五木さんのアンテナの向きがよくわかって、興味深い。
巻末に索引があるのも、うれしい。

その索引から拾いあげてみると――
上巻 【人名】
<あ>青江三奈、赤尾兜子、赤塚不二夫、秋山庄太郎、秋山駿、芥川竜之介、明烏敏、赤倉敏博、麻田哲也、芦田伸介、蘆原英了、アゼフ、麻生れい子、穴穂部間人皇后、阿部薫、アベドン,リチャード、荒木経惟、アリ,ムハメッド(ホラ吹きクレイ)、有馬頼義、安全地帯、アンドロポフ、アントワネット,マリ。
「あ」だけでもこんなにある。
南方熊楠の次に、みなみらんぼう。 山口瞳、山口百恵、山崎ハコ、山下洋輔、と並んでいたりして壮観なのだ。
1975年10月からはじまった、この連載エッセイ。
1995年時点で、5000回近くになるという。
三年前(2004年)の5月には、連載7000回記念として、「五木寛之 論楽会」が東京・新橋のヤクルト・ホールで開かれ、ぼくも見に行ったのだ。
 ※このブログにも書いたことがある(2006年2月6日)。
  http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post_33ee.html

この二冊、気がむいた時にひろい読みしている。
いま生きているこの時代も、アンテナの向きをすこし変えてみると、なかなか面白い時代なのだな、と思う。

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2007年2月 3日 (土)

【読】勢古さん三冊

勢古浩爾さんのPHP新書三冊。
『「自分の力」を信じる思想』 (PHP新書 169) 2001/9
『おやじ論』 (PHP新書 242) 2003/3
『ああ、自己嫌悪』 (PHP新書 370) 2005/10
Seko_jibunSeko_oyajironSeko_jikokeno他にもまだ出版されている著作があるかもしれないが、ぼくがみつけたものはこれだけ。
新書ばかりである。
この人は、ハードカバーの大げさなつくりの本を好まないのかもしれない。ペーパーバックが似合っている。
この人は信頼できるな。
たとえば、次のような言葉が、(ぼくにとって)その裏づけだ。

<現在、最も真摯に人生の意味を問いつづけている作家は、五木寛之を措いてほかにはいない。 顔が美形だから、作家の余技と見られがちだがかれの人生論は信用ができる。 特徴は「暗さ」である。 そこがまたいい。>
<波乱万丈とか人生は楽しまなきゃ損だ、とか言っているやつらの考えに対置するには、この「みっともなくても生きる。苦しくても生きる」というのは有効である。 「人間の人生」を受け入れよ。 そのなかで翻弄される「自分の人生」もまた受け入れよ、と五木は言っている。 受け入れて、とにかく「生きる」ことだ、と。>
  ― 『ぶざまな人生』 洋泉社新書y 第六章 P.211~ ―

「人間の人生」「自分の人生」とは、こういうことだ。
(おなじ『ぶざまな人生』 第一章から)

<ひとは「人生」というものがどこかにある運命のように語る。 なんでも生じ、なんでも入る器のように。 「それが人生」だ、というように。 そのような「人生」はあるのか。 ある。 それが「人間の人生」だ。 自分のちっぽけな意思など翻弄してしまう「人生」である・・・(中略)。
そのような「人間の人生」に抗いながら、なおも自分の意思で生きようとするのが「自分の人生」である。 その必死さが、健気ともぶざまともなる。 これ以外にあるほかない人生は、この「ぶざま」以外に生きることのできなかった人生である。>

部分的な引用なので、わかりにくいかもしれないが、ぼくは大きくうなずくことができる。
吉本隆明さんについて、こんなことばも書いている。

<若くして胸に刻んだ言葉は、ひとつである。 日々の生活は平凡で退屈でくそおもしろくもない、という考えはよくありがちな根本的な錯誤で、そのような生活のなかにこそ波瀾も万丈も修羅もあるのだ、という吉本隆明の言葉である。 (中略) もし真に平凡な人生というものがありうるなら、それは理想の人生と言っていいのではないか。 わたしは「平凡」も「ふつう」も軽蔑しない。>

「喝!」

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2006年12月28日 (木)

【読】風の王国読了

結局、どこが「改訂新版」なのかよくわからないまま読了。
それでも、ひさしぶりに読み直してみて、グッとくるところもあった。
心の琴線に響く、というやつだな。

Kazeno_oukoku1_1Kazeno_oukoku2_1Kazeno_oukoku3_2





 

さて、あさってから長い休みにはいる。
何を読もうかな。    

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2006年12月24日 (日)

【雑】流されゆく日々

『風の王国』 (改訂新版) について、五木寛之さんが書いていた記事。
「日刊ゲンダイ」 (夕刊紙) 2006年12月14日

「流されゆく日々」 という、この連載エッセイ(口述筆記らしい)のタイトルは、石川達三「流れゆく日々」のむこうを張ってつけられた、いかにも五木さんらしいへそ曲がりなもの。
7000回を超えて、いまも連載されている超ロング・ランだ。

Itsuki_nikkangendai_1『風の王国』(改訂新版)についてふれた部分を紹介しよう。

<夜、東京から持ってきた『風の王国』の新装版の見本を拾い読みする。 拾い読みというのは、こんどの新版が全文、横組みの活字だからだ。 最初はぎこちなく、スピードもでなかったが、やがて慣れてくると結構はやく読めるようになってきた。 慣れとはおそろしいものである。>
 ― 日刊ゲンダイ 2006.12.14
  「流されゆく日々」 連載第7635回から ―

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2006年12月23日 (土)

【読】五木寛之のインド

五木さんの新しいシリーズ。
すこし前に書店でみかけて、迷ったあげく買ったもの。
Ituski_india1Ituski_india2五木寛之
 『21世紀 仏教への旅』
  インド編 上・下
 2006.11.27 講談社

続編として、「朝鮮半島編」「中国編」「ブータン編」「日本・アメリカ編」が予定されているようだ。
2007年1月7日から11日まで、NHK(BSハイビジョン)で 「五木寛之 21世紀・仏教への旅」という番組(5回シリーズ)が放映される。
http://www.nhk.or.jp/ugoku/newprogram/program_bshi_14.html

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2006年12月22日 (金)

【読】風の王国(改訂新版)

待望の一冊がついに出た。
じっさいは三分冊だけれど。

Kazeno_oukoku1Kazeno_oukoku2Kazeno_oukoku3五木寛之 『風の王国』
 改訂新版 幻冬舎 2006.12.20
1 翔ぶ女
2 幻の族
3 浪の魂
最初に出版されたのが1985年1月(新潮社)。 1987年に文庫化された(新潮文庫)。 ぼくは、出版直後にハードカバーで読み、文庫でも二度読んでいる。
奥の深い、よくできた小説だと思う。

今回、全面的に改訂。
20年間に五木さんが得た新しい知識、認識にもとづいて大幅に手をくわえたという。
数日前、夕刊紙 「日刊ゲンダイ」 連載のエッセイ 「流されゆく日々」 に、五木さんがこの本のことを書いていたのを読んで、そろそろ出るかなと思っていた。
ネットで書店のサイトを見たら出ていたので、きょうの帰りに買ってきた。

この本は、小説には珍しい横組み(つまり横書き)。
「流されゆく日々」 にも、五木さんご自身が横組みのこの本の見本版を手にして、横組みが新鮮に感じられる・・・そんなことが書いてあった。 よく憶えていないけれど。

帰宅の通勤電車でさっそく読み始める。
最初、横組みに違和感があったが、活字が大きく、行間もゆったりとってあるので読みやすい。
一冊が200ページほどなので、軽い読みものという感じが強い。
ぼくの好みでは、一冊にまとめて分厚くしてくれたほうがよかったのだが、これはこれでいいのかもしれない。

本のつくりも新鮮だが、読みはじめたその内容もまた、新鮮。

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2006年10月29日 (日)

【読】浅草弾左衛門 (4)

Kokoro06_5Kokoro6_2塩見鮮一郎 『浅草弾左衛門』(三部作)をめぐって。
五木寛之さんの「日本人のこころ」シリーズ、左の二冊を読み返してみた。

五木さんは、「浅草は懐かしい街だ」という。
昭和27(1952)年、19歳の春に五木青年は福岡から上京。
「泊まる当てさえないフーテン学生」として早稲田大学文学部地下のアルバイト斡旋窓口で、「どんな仕事でもいい、当分の宿さえあれば文句はない」という思いで、豊島区椎名町の新聞配達店に住み込んで、自転車で業界新聞の配達をすることになる。
そこでの最初の担当地区は中央区(佃島、月島)だったが、しだいにエリアが広がって足立区、荒川区、墨田区、台東区といった東京の下町をペダルをこいで走り回るようになった。 そんな若い頃の思いでを反芻しながら、町屋(荒川区)のあたりを再訪し、次のように書いている (『日本人のこころ 6』)。

<・・・筑豊のボタ山が姿を消しても、やはり筑豊の匂いは残っているように、東京の下半身ともいうべき地域の匂いは、確実に残っているのを感じた。>
「下半身」というのが、いかにも五木さんらしい表現だと思う。 続けて――
<誤解がないように付け加えておくが、私は人間の本質は、下半身にあると考えているのだ。 上半身はその上に乗っかっているにすぎない。 江戸の文化も、東京の繁栄も、中心部から周辺部へと押しやられてゆく地域に根ざしている。・・・>

以下、五木さんの著述を要約する形で、いくつか書いておく。

江戸は大都会だった。
大都会は大量の代謝物をともなう。
ゴミ、犬猫の死体、行き倒れ人、廃物・・・、これらの不浄物を放置しておけば都市は腐臭を発しはじめる。
火事や災害の後始末、江戸中に流れる川や堀の清掃、大量の囚人や病人の管理、犯罪者の追及と処刑の実務。
こういった人のいやがる、いわば汚れた仕事、不浄な仕事を誰がやるのか。
江戸幕府は士農工商以外の階級を制度化し、そこにすべてを押しつけたのである。
非人、エタという身分はそういうものだった。

「非人」とは、仏教で出家した者をさす言葉だった。
さらに古くは、人間にあらざる生類を称し、やがて時代とともに乞食や遊女など、賤視された人々もこう呼ばれるようになった。
それが江戸幕藩体制下で制度化され、「非人」という身分が「法的に」確定されたのだった。

いっぽう、「エタ」(穢多という字が使われていた)身分は武士と切っても切れない関係にあった。
武士は、鎧、馬の鞍、槍の穂先といった武具に大量の皮革を必要とした。
足袋も、もともとは皮革製だった。
(木綿の足袋ができたのは、鎖国によって皮革の輸入がなくなったためである。)
皮革は、牛馬の死骸から皮を剥がし、それをなめすことで生産される。
それが死のケガレ(触穢思想)と結びついて、皮革を生産する人々が賤視されるようになった。
屠畜や食肉業にかかわていた人々が「屠者」と呼ばれ、蔑視されたのと同じ理由。

・・・とまあ、こういったことが、五木さんによってひとつひとつ解きあかされていくのが、上にあげた二冊の本だ。
芸能の起源と差別の関係も興味ぶかい。
エタ頭の弾左衛門、非人頭の車善七らのリーダーは、幕藩体制にがっちりと組み込まれて被差別民支配のための役割を担っていたが、いっぽうでは、被差別民の権利を守るために粉骨砕身した人たちでもあった。

さいごに、五木さんと塩見さんの対談から (『日本人のこころ 6』 講談社)。

塩見 江戸というのは、差別を制度化した社会なのです。ちょっとの違いをきちっと決めて動かないようにして、それで三百年保ったんだと思うんです。だから、ずっと変わらないわけです、はじめに決められたことが。
五木 江戸時代というのは、ある意味では自由であり、ある意味では闊達な面があって素晴らしかったという意見も多いですね。けれども、そうやって細かく制度化されて、着るものから付き合う人まで、あるいは食べ物や住居まで制限されていたというのは、ずいぶん厄介な時代でもあったんですね。

五木 元の吉原遊郭も、いまはほとんどコンクリートのマンションが立ち並んで、掘割も埋められてしまって、どこにもそういう痕跡はなくなっています。しかし、そういう痕跡の上にアスファルトを敷いて覆い隠していくのが、戦後の日本の歴史だという気がしてしかたがないんですよ。それは必ずしも、差別を撤去して平等な社会を実現しようということではなくて、見たくないものには蓋をしてしまえという発想だと思うんです。どんなにそれが辛くても、見るべきものはきちんと見ることによって自分たちの過去をふりかえるということが、本当は大事なことだという気がしますね。
塩見 差別の問題でも、それを取り上げるとおどおどするというのは、ちゃんと見るべきものを見ていないからです。どこかでひるんでしまうんですね。

長々とこだわってきたが、塩見さんの 『浅草弾左衛門』 という、じつにおもしろい大長編小説を読みながら、思うことも多いのだ。

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2006年10月28日 (土)

【読】浅草弾左衛門 (3)

Asakusa_danzaemon2Asakusa_danzaemon3Asakusa_danzaemon2hAsakusa_danzaemon3hToshi_sabetsu





(左から)
塩見鮮一郎 『浅草弾左衛門』
 第二部 幕末躍動篇(軽装版)、第三部 明治苦闘篇(軽装版)
 第二部 幕末躍動篇(ハードカバー)、第三部 明治苦闘篇(ハードカバー)
塩見鮮一郎 『都市社会と差別』 (1984.6.10 批評社)

Kokoro6_1五木寛之 『日本人のこころ 6』 (2002.7.22 講談社)
この中に、五木さんと塩見鮮一郎氏の対談がある。
「取材ノート 8 東京 東京の深淵に下降する旅」
塩見鮮一郎 (しおみ・せんいちろう)
1938年岡山市に生まれる。
河出書房新社をへて、作家・批評家活動に専念。
差別をテーマにした評論に 『弾左衛門の謎』 『作家と差別語』『異形にさらた人たち』などがあり、小説に『浅草弾左衛門』『死の周辺』『西光万吉の浪漫』などがある。

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2006年10月22日 (日)

【読】ありがたい図書館

この街は図書館が多く、充実しているのがありがたい。
9館2分室で、一般書だけでも合計73万8500冊を収容(平成18年4月現在)。
この他、児童書34万冊、地域資料5万7000冊、雑誌3万冊など。
この市の図書館の特徴は、「分担収書」といって各館で重複のないように分担して収容している点だ。
インターネットで予約すれば、次の週末までには最寄の図書館に届き、借り出すことができるので便利だ。
http://library.kodaira.ed.jp/index.shtml

Kodaira_toshokan_1今日も夕方、市の中央図書館に寄って
『東方旅行記』 (J.マンデヴィル/東洋文庫)
を借りてきたのだが、もう一冊、気になっていた本もみつけた。





Asakusa_danzaemon1塩見鮮一郎 『浅草弾左衛門 第一部・天保青春編』 (批評社)
以前、この図書館の在庫となっていて書棚に見つからず、諦めた本。
五木寛之さんの
『日本人のこころ 中国・関東/サンカの民と被差別の世界』
という本に紹介されていて、読んでみたいと思っていたのだ。
(古書店で第二部と第三部を見かけた。三冊揃っていれば買おうかと思ったほど、存在感のある本だ)


Kokoro06_3Touhou_ryokoukiさらに、今日は収穫があった。
この街の図書館ではときどき、「ブックリサイクル」ということをする。
正確には、「図書館資料(除籍済)無料配布」。
保存期限の過ぎた雑誌、不要となった図書館資料(一般図書・文学書)を無料で利用者に配布するのである。
図書館の玄関先の棚に、ご自由にお持ち帰りくださいと、たくさんの本が並べられていた。
ブリタニカの大百科事典(1972年頃の日本版/十数冊揃い)などもあったが、さすがに持って帰るのはためらわれた。 どうせ場所ふさぎになるだけなので・・・。

そんな中から2冊、いただいてきた。
Tokyo_kotobaNihon_koten『東京都のことば』 (昭和58年/東京都教育委員会)
200ページほどの小冊子。
東京語を採取したもので、明治生まれの一般の人々の会話や語りが記録されている。 これは貴重な資料だ。
『日本古典文學体系別巻 索引』 岩波書店(1964年)
このシリーズは図書館に常備されているし、古書店などでも手に入るが、索引が一冊あればいろいろと調べることができる。
全集ものの索引は何かと役にたちそうなので、見つけたら手に入れるようにしている。
(柳田國男全集の索引を、BOOK OFFで安く手に入れたことがある)

図書館は、ありがたい。
それにしても、われながら「本オタク」だなぁ・・・。

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2006年10月13日 (金)

【読】きょうの収穫

たまに新刊書店をのぞいてみると、思いがけない本が出ていたりするので油断できない。
Kokoro10五木寛之/沖浦光和(おきうら・かずてる)
 『辺界の輝き』
 五木寛之 こころの新書 10
 講談社 2006.9.15 \800(税別)
岩波書店から2002年3月に出ていて、ぼくはすでに読んでいたが、新書版に化粧なおししたものも魅力がある。
とうとう出たか。 ・・・同じ内容なのに、ついつい買ってしまうのだ。
「化外(けがい)の民」「夷人雑類(いじんぞうるい)」「屠沽の下類(とこのげるい)」といった、聞きなれない言葉がみえるが、言ってみれば漂泊民・被差別民をテーマにした対談。

Okiura_henkaiこちらが岩波書店版の単行本。
はじめて読んだとき、目から鱗が何枚も落ちる思いをしたものだ。
これはいい本ですよ。





Nhk_orikuchiもう一冊。
こちらは、NHKのTV番組のテキスト。
『知るを楽しむ 私のこだわり人物伝』
 三波春夫 わが愛しの日本人 (森村誠一)
 折口信夫 古代から来た未来人 (中沢新一)
この二人が一冊に同居しているのも面白い。
どちらも、ぼくにとっては興味のつきない人物なので、買ってしまった。
このシリーズ、面白そうなものが他にもある。
TV番組は見ないけれど、パラパラとめくっているだけで楽しめそう。 

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2006年7月20日 (木)

【読】きょうの収穫

仕事帰りに駅ビルの本屋で、2冊購入。

Itsuki_bookmagazine4『五木寛之ブックマガジン 初夏号』 KKベストセラーズ 2006/7/7
ワンコイン・マガジン(500円)のこのシリーズ。
4冊目がそろそろ出ているかな、と思い、五木寛之コーナーをのぞいてみたら、あった。
この号には、再読してみたかった「蒼ざめた馬を見よ」 の全文が掲載されていたり、最近のインド旅行のエッセイがあったり、フランソワーズ・サガンとの対談があったりと、なかなか充実した内容だ。
『風の王国』 の全面改訂版がこの冬に出版される、という広告もあった。
「サンカ」の末裔との接触によって五木さんが知った新事実をベースに改訂したというから、発売がいまからたのしみだ。

Okamoto_tarou岡本太郎 『沖縄文化論 ―忘れられた日本』 中公文庫 1996/6
五木さんの本(昨日、このブログで紹介)で知ったものだ。
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/_11_503a.html
岡本太郎という人は、例の「芸術は爆発だぁ~!」の印象が強烈で、いったいどんな文章を書くのかと思っていたが、こう言ってはナンだが、しっかりとした素晴らしい文章である。

このところ、読むよりも買うほうが多くて、読みたい本がたまるいっぽうだが、これでいいのだ。

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2006年7月19日 (水)

【読】こころの新書 (11)

五木寛之さんの 「こころの新書」 シリーズ(講談社)
『大陸へのロマンと慟哭の港 博多 / 日本の原郷 沖縄への旅』

Kokoro09これもまた、刺激的で興味ぶかい内容だった。
第一部 「ここは"往還の地"である」
博多は、五木寛之少年が、敗戦後、朝鮮半島から引き揚げてきて上陸した港である。
<ここは、私が朝鮮半島から引き揚げてきてはじめて踏んだ日本の地だ。 いわば帰国難民として、母国への第一歩をこの場所からスタートしたのである。>

引き揚げ者の苦難、ことに、「不法妊娠」ということばで呼ばれた、肉体的な被害をこうむって帰国した女性たちのことが胸をうつ。
福岡県糟屋郡古賀町の「国立福岡療養所」と、佐賀県三養基郡中原町の「国立佐賀療養所」。
あるいは、福岡県二日市温泉にあった「二日市保養所」。
こういった施設に、被害を受けた女性たちが収容され、人工中絶(堕胎)手術を受けたという事実。
一般には知られていない戦後の暗闇を、五木さんは執拗に掘り返す。

いっぽう、「日本から母国へ引き揚げる人びともいた」という、五木さんらしい視点も示される。
<ところで、一般に「引き揚げ」という場合、片道だけのことを考える。 もちろん割合としてはそれが多い。 だが、逆に日本にいる外国人が母国へ帰るという「引き揚げ」もあったのである。>
つまり、たくさんの中国人、朝鮮人(その中には強制連行されてきた人も多いはずだ)、その他の国籍の人びとだ。

ほかに、第一部で興味ぶかかったのは、甲斐大策さんという大連(旧満州)生まれの画家のはなし。
「アフガンに惚れこんだ日本人モスレム」
<彼は1960年代後半からほぼ毎年アフガニスタンを訪れ、アフガン人と義兄弟の契りを結び、イスラム教に入信している。>
という魅力的な人物だ。 文字どおり「漂泊」を地でいっている。

第二部 「神と人と自然が共生する空間」
興味ぶかかったのは、岡本太郎が沖縄に強くひかれていたということ。
『沖縄文化論―忘れられた日本』(中公文庫)、『岡本太郎の沖縄』(日本放送出版協会)といった本が紹介されている。 読んでみたくなった。
ぼくの好きな歌い手である古謝美佐子さんや安里勇さんが出てきたり、御嶽(うたき・神の降る場所)、『おもろさうし』、「沖縄アクターズスクール」など、五木さんの目のつけどころ(関心のまと)は、さすがである。

Kokoro6ところで、このシリーズのオリジナル(ハードカバー)の6冊目を、先日、BOOK OFFでみかけて手に入れた。
五木寛之 『日本人のこころ 6』 (講談社・2002/7)
 ― 取材ノート 原日本人の豊かな生き方 ―
これまでに新書版で読んだシリーズの総集編といった感じで、各巻に登場した人たちや、ゆかりの人たちとの対談集の体裁をとっている。
おもしろそうだなぁ。

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2006年6月18日 (日)

【読】もうひとつのエピソード

前回、吉本隆明さんが、ご自身の体験をもとに語ったことがぼくには強く印象に残ったという話を書いた。
五木寛之さんの 『自力と他力』 に、これはご自身の体験ではないが、五木さんの考え方がよく出ている部分がある。

五木さんの知り合いの女性が入院していたときの、同室の若い女性の話。
その若い女性は、20歳そこそこでがんを患い、抗がん剤の副作用のために苦しんでいた。
毎日夜になると、窓から見える東京タワーを見ながら、しくしく泣くので、五木さんの知人の女性も眠れない夜が続いた。

あるとき、五木さんの知人の女性は、その若い女性とはなしをして、こういう言葉を聞く。
「死は怖いのですが、それよりももっと納得できないことがあるのです。」
「どうして自分だけが、こんなにきれいな夜景のなかで、苦しまなければならないのか、その理由がわからないことが苦しく、悲しいのです。」

五木さんは、自分が実際にこの若い女性を前にしたら、言うべき言葉など何もないのかもしれない、と書いている。
以下、原文を引用すると・・・

 私は、求められないかぎり、何も言わないでしょう。 目の前の女性を救うことのできないおのれの無力さにため息をつきながら、そうするしかないと思うのです。 もし、言うべき言葉があったとしても、その人の悲しみを軽くすることなどできないのですから。
 ただできることと言えば、かたわらにいて、ともに泣いているだけのことです。 何も言わない。 じゃまだと言われれば、だまって去るしかない。
  ― 五木寛之 『自力と他力』 「其の13 悲しみを癒すものは、悲しみである」 から ―

吉本さんと五木さん、この二人の先達が、長い人生経験から奇しくも同じようなエピソードを語り、同じような考え方と態度を示しているところに、ぼくは強い力(衝撃)を感じた。

ぼくならどうするだろう。
ぼくも、癌で入院していた血縁を病院に見舞ったことが何度かある。
そのとき、これほど誠実に「死」(他者の死)に向きあうことができたかどうか。
表面的ななぐさめの態度をとっていたのではないか、という苦い思いがある。

夜中に目がさめたので、気になっていたことを書いてみた。

Kokoro12_1

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2006年6月 2日 (金)

【読】こころの新書 (10)

五木寛之 「こころの新書」 シリーズ(講談社)。

『情の力』 (2005.10.24) を、先日読み終えた。

Kokoro02_4

この本は、100編の短いエッセイから成る。
シリーズのエッセンスを集めたような内容で、読みやすい。
このシリーズを読んでいない方に、おすすめしたい。
興味ぶかかったのは、敗戦のときに朝鮮半島でおかあさんを亡くした体験を、すこしだけ踏みこんで書いていることだ。
おかあさんの死について、これまで具体的に書くことをしなかった五木さんにしては珍しいと思う。

<亡くなった母の体を、借りてきたタライのなかで洗って浄めたときに、こんなに枯れ木のように細かったかと愕然としました。>

<母はあの敗戦と混乱の犠牲者として死んでいったのです。/あえていいますが、旧植民地だった朝鮮の地で、植民支配者である私たち日本人はいろいろな形で罪や責任を担ってきました。 ただ、そういうものに対して、私は身内でいちばん大事な人をそこで亡くし、置いてきた。 その母の犠牲によって、その罪を少しだけ贖ったと