カテゴリー「勢古浩爾」の46件の記事

2015年12月16日 (水)

【読】手放した本をまた買う

晴れてきもちのいい一日だった。

昼前、立川の病院へ。
服薬治療中の経過は良好。
24週間(約半年)飲み続けなければいけない新薬を、すでに8週間飲んで、驚くほどの効果がでている。
副作用もまったくなく、いい薬がでたものだ。
ありがたい。

帰りに、大型新古書店(ブックセンターいとう)に立ち寄り、新書を一冊購入。
以前、書棚に並んでいるのをみつけて目をつけてあった本。
100円也。

じつは、いちど読んで売り払っていたもの。
もういちど読んでみたいと思うようになった。
よくあることだ。

勢古浩爾 『わたしを認めよ!』
 洋泉社新書 018 2000/11/22発行 206ページ 680円(税別)

― Amazonより ―
それでもわたしが生きる意味とはなにか?わたしたちが世界のただひとりからも「理解されたり、認められたり、必要とされたり」しないとき、自分が生きている意味を失ってしまう―。古典的承認(家族、性、社会)、現在的承認(金、「セックス」、「自己」)、反承認(「自分」)など承認のかたちの三層を踏まえ、この「承認」への欲望をいかに自分の生に据えなおすことができるかを指し示す。他人の毀誉褒貶に翻弄されない自己承認の道を語る覚悟の書。

勢古さんの本は、好みもあると思うが、私は愛読している。
ふざけているような書き方の奥に、著者のマジメな姿が見える。

この本もタイトルがどぎついが、内容はいたってマジメな「承認論」。
人は「誰からも認められていない」と思うと生きていけない――ひとは承認なしでは生きられない――というのは真理だと思う。

私は勢古さんのファンを自認している。
ブログでも独立したカテゴリを設けている所以だ。

やまおじさんの流されゆく日々: 勢古浩爾
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/cat8004416/index.html

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2014年12月29日 (月)

【読】2014年総集編(こんな本と出会った)

今年もたくさん本を読むことができた。
10月末にあつらえた近々両用眼鏡のおかげで、読書が楽になった。
目は大切にしよう。

今年は、昨日までに99冊読んだ。
(中断したり一部だけ読んだものは除く)
あと一冊で100冊。
私にとっては大台だが、数十ページの短い本もまじっているので、冊数だけでは測れない。

さいわい、「読書メーター」という便利なサイトがある。
読んだ本を登録しておけば、自動的に総ページ数がわかるのだ。
23,923ページとなっている。

 読書メーター - あなたの読書量をグラフで記録・管理
 http://bookmeter.com/

七割方の本は、図書館から借りたもの。
じぶんでもたくさん買っているのだが、買ってしまうと安心して読まないものだ。

膨大なリストになるが、せっかくメモ帳ソフトで記録をとっているので、月別に羅列しておきたい。括弧内は出版日付。

何かしら参考になれば、さいわいです。
これは、という印象深かった本は、太字にしてAmazonのリンクも貼っておきます。

■1月■
・門田隆将 『死の淵を見た男 ―吉田昌郎と福島第一原発の五百日』 PHP研究所 (2012/12/4)
・野口邦和 監修/新美景子 文 『カラー図解 ストップ原発 1 大震災と原発事故』 青木書店 (2011/12/9)
・野口邦和 監修/新美景子 文 『カラー図解 ストップ原発 2 放射能汚染と人体』 青木書店(2012/1/20)
・飯田哲也 監修/新美景子 文 『カラー図解 ストップ原発 3 電力と自然エネルギー』 青木書店 (2012/2/20)
・辻信一 監修/高橋真樹 文/水野あきら 絵 『カラー図解 ストップ原発 4 原発と私たちの選択』 青木書店 (2012/3/26)
・恩田勝亘 『福島原発現場監督の遺言』 講談社 (2012/2/20)
・大鹿靖明 『ドキュメント福島第一原発事故』 講談社 (2012/1/27)
・松岡正剛 『千夜千冊番外編 3・11を読む』 平凡社 (2012/7/11)
・赤坂憲雄 『北のはやり歌』 筑摩選書 0077 (2013/10/15)
・堤 未果 『ルポ 貧困大国アメリカ』 岩波新書 新赤版1112 (2008/1/22)
・堀江邦夫・文/水木しげる・絵 『福島原発の闇 ―原発下請け労働者の現実』 朝日新聞出版 (2011/8/30)
・堤 未果 『アメリカは変われるか? ―立ち上がる市民たち!』 大月書店 (2009/3/31)
・呉智英 『吉本隆明という「共同幻想」』 筑摩書房 (2012/12/10)

■2月■
・池上 彰 『そうだったのか!アメリカ』 集英社文庫 (2009/6/30)
・呉智英 『言葉の常備薬』 双葉社 (2004/10/30)
・呉智英 『言葉の煎じ薬』 双葉社 (2010/6/20)
・塩見鮮一郎 『江戸から見た原発事故 ―あの時こうしていたら……の近代日本史』 現代書館 (2014/1/30)
・呉智英 『言葉につける薬』 双葉社 (1994/9/10)
・北海道新聞社編 『原子力 負の遺産 ―核のごみから放射能汚染まで―』 北海道新聞社 (2013/8/28)
・長谷川集平 『およぐひと』 解放出版社 (2013/4/20)
・キャロル・オフ 著/北村陽子 訳 『チョコレートの真実』 英治出版 (2007/9/1)
・東京柳句会編 『友ありてこそ、五・七・五』 岩波書店 (2013/12/17) 入船亭船橋・永六輔・大西信行・桂米朝・加藤武・柳家小三治・矢野誠一
■3月■
・岡崎武志 『あなたより貧乏な人』 メディアファクトリー (2009/10/16)
・星川淳 『タマサイ 魂彩』 南方新社(2013/11/11)

・古市憲寿 『誰も戦争を教えてくれなかった』 講談社 (2013/8/6)
■4月■
・星川淳 『ベーリンジアの記憶』 幻冬舎文庫 (1997/9/11)

・石川明人 『戦争は人間的な営みである ―戦争文化試論』 並木書房 (2012/11/5)
■5月■
・内田樹 『街場のメディア論』 光文社新書  (2010/8/20)
・広瀬洋一 『西荻窪の古本屋さん ―音羽館の日々と仕事』 本の雑誌社 (2013/9/20)

・内田樹 『街場の憂国論』 晶文社 (2013/10/10)
・藻谷浩介・NHK広島取材班 『里山資本主義 ―日本経済は「安心の原理」で動く』 角川oneテーマ21 (2013/7/13)
・内田樹 編 『街場の憂国会議』 小田嶋隆・想田和弘・高橋源一郎・中島岳志・中野晃一・平川克美・孫崎享・鷲田清一 晶文社 (2014/5/10)
・伊藤痴遊 『明治裏面史 (上)』 国書刊行会 (2013/4/25)
■6月■
・伊藤痴遊 『明治裏面史 (下)』 国書刊行会 (2013/4/25)
・塩見鮮一郎 『探偵イザベラ・バード 明治開化殺人事件』 河出書房新社
・岡崎武志 『上京する文學 漱石から春樹まで』 新日本出版社 (2012/10/25)
・前川恒雄 『移動図書館ひまわり号』 筑摩書房 (1988/4/15)
・猪谷千香 『つながる図書館 ―コミュニティの核をめざす試み』 ちくま新書 (2014/1/10)
・内田樹 『日本辺境論』 新潮選書 (2009/11/20)
・夏堀正元 『明治の北海道 ―シリーズ日本近代史5』 岩波ブックレット (1992/3/19)
■7月■
・内田樹/小田嶋隆/平川克美/町山智浩 『9条どうでしょう』 毎日新聞社 (2006/3/10)
・内田樹/小田嶋隆/平川克美 『街場の五輪論』 朝日新聞出版 (2014/2/28)
・川本三郎 『マイ・バック・ページ ―ある60年代の物語』 平凡社 (2010/11/25)
・内田樹 『私家版・ユダヤ文化論』 文春新書 519 (2006/7/20)
・塩見鮮一郎 『解放令の明治維新 ―賤称廃止をめぐって』 河出ブックス (2011/6/20)
・柳田邦男 『「想定外」の罠 ―大震災と原発』 文春文庫 (2014/3/10)
・大森洋平 『考証要集』 文春文庫 (2013/12/10)
・笠井潔・白井聡 『日本劣化論』 ちくま新書 (2014/7/10)
・高野秀行 『謎の独立国家ソマリランド ―そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』 本の雑誌社 (2013/2/20)
・高野秀行 『未来国家ブータン』 集英社 (2012/3/30)

 

■8月■
・高野秀行 『イスラム飲酒紀行』 講談社文庫 (2014/7/15)
・池上彰 『おとなの教養』 NHK出版新書 (2014/4/10)
・池上彰 『そうだったのか!現代史』 (2007/3/25)
・辻信一/田中優子 『降りる思想』 大月書店 (2012/10/19)
・田中優子 『カムイ伝講義』 小学館 (2008/10/6) 339ページ ちくま文庫 (2014/5/10)
・白井聡 『永続敗戦論 ―戦後日本の核心』 大田出版(atプラス叢書 04) (2013/3/27)
・笠井潔・白井聡 『日本劣化論』 ちくま新書 (2014/7/10)
・豊下楢彦 『「尖閣問題」とは何か』 岩波現代文庫(学術273) (2012/11/16)
・水野和夫 『世界経済の大潮流 ―経済学の常識をくつがえす資本主義の大転換』 大田出版 (2012/5/17)
・ヘレナ・ノーバーグ・ホッジ 『ラダック ―輝かしい未来』 山と渓谷社 (2003/7/10)
・下重暁子・黒田夏子 『群れない 媚びない こうやって生きてきた』 海竜社 (2014/6/10)
■9月■
・山本高樹 『ラダックの風息 ―空の果てで暮らした日々』 ブルース・インターアクションズ(スペースシャワーネットワーク) (2009/3/10)
・笠井潔 『8・15と3・11 ―戦後史の死角』 NHK出版新書388 (2012/9/10)
・保阪正康 『昭和史、二つの日 ―語り継ぐ十二月八日と八月十五日』 山川出版社 (2012/7/25)
・五十嵐惠邦 (いがらし・よしくに) 『敗戦と戦後のあいだで ―遅れて帰りし者たち』 筑摩書房(筑摩選書0050) (2012/9/15)
・勢古浩爾 『大和よ武蔵よ ―吉田満と渡部清』 洋泉社 (2009/7/17)

・水野剛也 『「自由の国」の報道統制 ―大戦下の日系ジャーナリズム』 吉川弘文館 (2014/7/1)
・五十嵐惠邦 『敗戦の記憶 ―身体・文化・物語 1945~1970』 中央公論新社 (2007/12/20)
・小林英夫 『シリーズ昭和史No.7 大東亜共栄圏』 岩波ブックレット (1988/8/3)
■10月■
・徳山喜雄 『安倍官邸と新聞 ―「二極化する報道」の危機』 集英社新書 (2014/8/17)
・内田樹 『憲法の「空語」を充たすために』 かもがわ出版 (2014/8/15)
・内田樹 『街場の共同体論』 潮出版社 (2014/6/20)

・豊下楢彦・小関彰一 『集団的自衛権と安全保障』 岩波新書 新赤版1491 (2014/7/18)
・豊下楢彦 『集団的自衛権とは何か』 岩波新書 新赤版1081 (2007/7/20)
・高野秀行・角幡唯介 『地図のない場所で眠りたい』 講談社 (2014/4/24)

・池澤夏樹 『終わりと始まり』 朝日新聞出版 (2013/7/30)

・佐原真・小林達雄 『対論 世界史のなかの縄文』 新書館 (2001/1/5)
■11月■
・礫川全次 『異端の民俗学 ―差別と境界をめぐって』 河出書房新社 (2006/4/20)
・礫川全次 『戦後ニッポン犯罪史』 批評社 (2000/6/10) 332ページ
・礫川全次 『日本人はいつから働きすぎになったのか ―<勤勉>の誕生』 平凡社新書744 (2014/8/12)
・デイビッド・ウォルトナー=テーブズ/片岡夏実訳 『排泄物と文明 ―フンコロガシから有機農業、香水の発明、パンデミックまで』 築地書館 (2014/5/20)
・勢古浩爾 『定年後7年目のリアル』 草思社文庫 (2014/8/8)
・井上ひさし 『二つの憲法 ―大日本帝国憲法と日本国憲法』 岩波ブックレット 812 (2011/6/7)
・森英樹 『憲法のこころに耳をすます』 かもがわブックレット 101 (1997/5/3)
・小西豊治 『憲法「押しつけ」論の幻』 講談社現代新書 1850 (2006/7/20)
・伊藤始・杉田秀子・望月武人 『五日市憲法草案をつくった男・千葉卓三郎』 くもん出版 (2014/9/21)
・半田滋 『日本は戦争をするのか ―集団的自衛権と自衛隊』 岩波新書 新赤版1483 (2014/5/20)
・長倉洋海 『ぼくが見てきた戦争と平和』 バジリコ (2007/5/15)
・佐藤優 『創価学会と平和主義』 朝日新書 481 (2014/10/30)
・池上彰・佐藤優 『新・戦争論 ―僕らのインテリジェンスの磨き方』 文春新書 1000 (2014/11/20)

・池上彰 『池上彰教授の東工大講義 学校では教えない「社会人のための現代史」』 文藝春秋 (2013/10/15)
・池上彰 『池上彰教授の東工大講義 この日本で生きる君が知っておくべき「戦後の学び方」』 文藝春秋 (2013/3/30)
■12月■
・杉浦康平 『文字の靈力 ―杉浦康平デザインの言葉』 工作舎 (2014/9/20)
・依田彦三郎 『ゴミは、どこへ行く? ―自動車、原発、アルミ缶、汚水の授業』 太郎次郎社 (1993/7/20)
・『レイチェル・カーソン ―「沈黙の春」で環境問題を訴えた生物学者』 筑摩書房 ちくま評伝シリーズ<ポルトレ> (2014/10/25)
・倉澤治雄 『原発ゴミはどこへ行く?』 リベルタ出版 (2014/11/7)
・松田哲夫 『縁もたけなわ ―ぼくが編集者人生で出会った愉快な人たち』 小学館 (2014/9/3)
・角幡唯介 『アグルーカの行方 ―129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』 集英社文庫 (2014/9/25)

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2014年11月15日 (土)

【読】勢古さんの新刊

勢古浩爾さんの新刊。
といっても、8月に出た本だが。

勢古浩爾 『定年後7年目のリアル』
 草思社文庫 2014/8/8発行 277ページ 740円

 

前作、『定年後のリアル』(草思社文庫、2013年8月)は、古本屋に売り払ってしまった。
この続編も読みたくて図書館にリクエストしてみたら、入れてくれた。

図書館に届くまで、ずいぶん日数がかかった。
上野のTSUTAYAで平積みになっているのを見て、よほどじぶんで買ってしまおうかとも思ったが、たぶん一度読めば手放してもいいような本だと(勢古さんには悪いが)考え直して、買わずにいた。

入荷の案内を受け、きのう図書館から借りてきて、さっそく読みはじめた。

難しいことは書かれていない。
が、相変わらずの勢古節が、しみじみと心地よい。
軽い読み物である。

― Amazonより ―
<お金も仕事もない日々の不安をほっとやわらげると評判の名エッセイ「定年後のリアル」の勢古浩爾さんがその後の定年後七年目の現実を生々しく勢古流ユーモアを込めて綴ったエッセイ。文庫書き下ろし。
 趣味や生きがいはない、友達は少ない、お金もあまりない―そんな人はこれから長く続く定年生活をどう過ごせばいいのか?定年生活も早くも7年目に突入した著者は「なにもしない」静かな生活こそ“白いごはん”のように飽きが来ないと断言。「なんといおうと昔は懐かしい」「理想の老年モデルはいない」「定年後に『生きがい』はなくていい」「生きていることはじんわりと心地よし」など、世間の無責任な情報に煽られず、マイペースに、ほんわか、のんびり、愉しく日々を暮らす秘訣を綴る一冊。文庫書き下ろし。ロングセラー『定年後のリアル』待望の第2弾。>

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2014年9月17日 (水)

【読】勢古浩爾 「大和よ武蔵よ」

終日、曇天。
午前中、仕事場で見学。
午後、家で本を読む。

図書館から借りて読んでいる本。
終章の十数ページを残して、もうすぐ読み終える。

勢古浩爾 『大和よ武蔵よ――吉田満と渡辺清』
 洋泉社 2009/7/17発行 283ページ 2,400円(税別)

残念なことに、現在入手不可能。
Amazonでも高値がついている。

勢古浩爾さんの書いたものが好きで、これまでたくさん読んできたのだが、この本だけはなぜか敬遠していた。
買っておけばよかったと、今、少し後悔している。

戦艦大和の学士士官だった吉田満と、戦艦武蔵の志願少年兵だった渡辺清。
ふたりとも、「あの戦争」の末期に撃沈された戦艦から、奇跡的な生還を遂げ、戦後を生きた。
「あの戦争」の意味を問い続けながら、吉田満は昭和54年(1979年)に、渡辺清は昭和56年(1981年)に亡くなっている。
奇しくも、共に享年五十六。

吉田満は『戦艦大和ノ最期』『』他を、渡辺清は『海の城』『戦艦武蔵の最期』『砕かれた神』といった著作を遺した。

勢古さんが、このふたりの戦中、戦後の生き方に真摯に向き合った力作。
胸に迫るものがある。

― まえがき より ―
 <本書は、戦艦大和の副電測士官だった吉田満と、戦艦武蔵の二等兵曹だった渡辺清の人物と生き方を描こうとするものである。したがって、いわゆる感動の、もしくは悲劇の戦記物ではない。その生涯を追いはするが、克明を極めようとする人物評伝でもない。いわば、魂の物語である。>

― 第十二章 背負いつづける者の魂 (P.235-236) より ―
 <戦死者の死は「無意味」であった。だが、人間はそういいながら、〝意味〟から逃れることができない。死にゆく者も、残された者も、それぞれに死の意味付けから逃れられない。あるものは犬死、無駄な死、無意味な死という。あるものは犠牲死、殉死、名誉の死という。あるものは憤死、難死という。古山高麗雄はこういっている。「大東亜戦争がどのようなものであれ、当時の国民は、国を護るべく命を捨てた。私は、それを犬死だなどとは思わない。それは、死である。それに、犬だの猫だのを付ける思考は私にはない」(「子守り」『日本好戦詩集』)>

― 第十二章 (P.238) より ―
 <吉田満は過去にこだわりながら前を向いた。渡辺清は後ろを向いたまま、前に進んだ。吉田満は戦中派であることに誇りを持とうとした。日本の進むべき道を心配した。渡辺清は戦中派であることを恥じた。天皇を恨み、死んだ一人ひとりの仲間の「無念」にこだわった。二人は最後まで対照的だった。にもかかわらず、二人とも〝自分のためではない人生〟を自分の人生とした。二人ともそれぞれの姿勢で〝意味〟を問いつづけた。

― 終章 だれのためでもない死 (P.254) より ―
 <過ぎ去ったことにいつまでも拘泥していてもなにも始まらない。たしかにそうである。ある場合には正しくもある。しかし、生きるということはそれだけのことだろうか。この自分はあの〝過去〟によってできているのではないか。いまだに取り残されているのは〝あの戦争〟の意味であり、死者たちの〝死〟の意味であり、そしてかれらの死を忘却したのちにできた戦後日本の〝意味〟である。しかもその戦友たちは、現在生きている人間たちとおなじように、いまだに「生き生き」としているのだ。かれらを忘れることは、死者をもう一度殺すことではないか。

古山高麗雄の書いたものを読んだことがないが、読んでみたい気がする。
吉田満の『戦艦大和ノ最期』も。

     

【参考サイト】
松岡正剛の千夜千冊
 961夜『戦艦大和ノ最期』吉田満|松岡正剛の千夜千冊
 http://1000ya.isis.ne.jp/0961.html

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2014年9月12日 (金)

【遊】東村山市立中央図書館見学

午前中、小平図書館友の会の人たちと、6人で、近隣の図書館見学。

東村山市立中央図書館。
事前に見学申し込みをしていて、図書館の職員の方から詳しい説明を受けた。

できてから40周年を迎えた古い建物で、手狭になっているのだが、職員の方々の創意工夫が見られて、親しみやすい図書館になっていた。

開放書架は1フロアーしかないが、半分ほどを児童書コーナーにあてている。
文庫活動、学校図書館との連携など、児童・青少年の読書活動にちからを入れていることが、伝わってきた。

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私の自宅から車で15分ほど。
もう少し近ければ、ひんぱんに利用したいと思う、そんな図書館だった。

東村山市立図書館
http://www.lib.city.higashimurayama.tokyo.jp/TOSHOW/index.asp


集合時刻よりも早めに着いたので、向かいの東村山市役所をのぞいてみた。
情報コーナーが広いロビーになっている。
その一画に、国宝の正福寺地蔵堂の模型が展示されていた。

ちょうど昨日、えどはくカルチャーの講演で、この地蔵堂のことも紹介されていたところ。
一度、自転車で訪れたことがあるが、中は見られない。
年に一度の内部公開のチャンスを待とう。
禅宗様(ぜんしゅうよう)の建築物の内部を、この目で見たいものだ。

なんといっても、都内唯一の国宝建造物だから。

東村山市のサイト
http://www.city.higashimurayama.tokyo.jp/

正福寺地蔵堂/東村山市
http://www.city.higashimurayama.tokyo.jp/tanoshimi/rekishi/furusato/bunkazai/fukikae.html

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帰り道、東村山の富士見図書館(自宅から近い)と、市の地区館に立ち寄り、予約しておいた本を受けとってきた。

興味ぶかい本ばかり。
一度にこんなにたくさん借りても、なかなか読めないのだが、何冊かは完読したい。

       

勢古浩爾さんの 『大和よ武蔵よ ――吉田満と渡辺清』 (洋泉社/2009年)は、ずっと気になっていたのだが、買いそびれてしまい、今は絶版。

『大衆の幻像』 (竹内洋/中央公論新社/2014年)も、分厚いが読み通したい本。
もしくは、自分で買ってもいいなと思う本だ。

その他、「あの戦争」と私が読んでいる分野の本。

『敗戦の記憶 ――身体・文化・物語 1945-1970』 (五十嵐惠邦/中央公論新社/2007年)は、この著者の 『敗戦と戦後のあいだで ――遅れて帰りし者たち』 (筑摩選書/2012年)を読んで(もうすぐ読み終える)、興味をもった。
五十嵐さんは1960年生まれというから、私よりも9歳下。
ひとつひとつ出典を明確にした史料にもとづく実証的な考察には、敬意を表する。
ただ、分厚い本なので読めるかどうか……。
これも、絶版。
いい本がすぐに絶版になるのは、困ったもの。

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2014年2月20日 (木)

【読】肌寒い一日だった

朝からどんより曇り空。
今日の最高気温は7度。
雪にならなくてよかった。

午前中、車で市街地の本屋に行ったきりで、あとは家の中で過ごす。

昨夜遅く、というか、今日の早朝、テレビでソチ・オリンピックの女子フィギュア(ショートプログラム)を見ていた。
おかげで寝不足。
日本の選手を応援していたけど、残念な結果だった。

結果は残念だったが、彼女たちの健闘をほめてあげたい。
あの大舞台での緊張感は、想像できる。
まわりの期待が大きすぎたのでは? と思う。

今夜のフリーは見ないで寝るつもり。

ところで、フィギュア? フィギア?
呉智英さんじゃないが、外来語の片仮名表記は、むずかしいな。

先日、図書館から借りて読みおえた本。
手もとに置いておきたくなったので、ネット注文で買ってしまった。
こうしてまた、本が増えていくのだな。

わかりやすく、読みやすくて、ためになる本だった。
吉本隆明という不思議な人の呪縛から解放された気がする。

もう一冊、こんな本も手元にあるが、まだ読んでいない。

勢古浩爾さんは、私のなかでは呉さんと似た印象があるのだが、こちらは吉本隆明氏へのオマージュ(賛辞)一色のような本。

勢古さんも好きなので、そのうち読んでみようと思いながら、ずっと本棚に入れたままだ。

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2014年1月29日 (水)

【読】吉本隆明という「共同幻想」

このところ、読書日誌といいながら、どうということのない日常記録が続く。
今日の最高気温は12度。

今日も晴れて、弱い北風が吹いた一日。
午前中、車で小平と東大和市街地へ用足しに。
夕方近く、小平の歯科医院へ歯の掃除に。
まだ二回、通わなければいけない。


用足しついでに、近くの図書館へ行って本を返却。
「アメリカを知る本」 のたぐいを数冊返却し、予約していた本を受けとってきた。

呉智英さんの近作。
タイトルにも魅かれた。
歯科医院の待ち時間に冒頭部分を読んでみたが、面白そうだ。

呉 智英 『吉本隆明という「共同幻想」』
 筑摩書房 2012/12/10発行 222ページ 1,400円(税別)

― e-honサイトより ―
[要旨]
 吉本隆明。戦後最大の思想家?本当だろうか?「学生反乱の時代」には、多くの熱狂的な読者を獲得し、少なからぬ言論人や小説家が多大な影響を受けた。だが、その文章は「正しく」読み取れていたのだろうか。その思想は「正しく」理解されていたのだろうか。難解な吉本思想とその特異な読まれ方について、明快な筆致でずばりと論じ切った書き下ろし評論。
[目次]
 序章 「吉本隆明って、そんなに偉いんですか?」/第1章 評論という行為/第2章 転向論/第3章 「大衆の原像」論/第4章 『言語にとって美とはなにか』/第5章 『共同幻想論』/第6章 迷走する吉本、老醜の吉本/終章 「吉本隆明って、どこが偉いんですか?」

ズバリ、「吉本隆明って、そんなに偉いんですか?」 (序章タイトル) という著者の「明解な筆致」が爽快。
私も、吉本隆明の難解な著作を理解しようとしてギブアップした組だ。
(何冊か読んだが)

また、本書の序章にも書かれているが、亡くなる二か月ほど前、週刊新潮に寄せた原発に関するコメントには、首をかしげたものだ。
「反原発で文明は猿のレベルまで退化する」 という趣旨の発言だった。

 → 2012年3月17日 【雑】吉本隆明さん、逝く: やまおじさんの流されゆく日々
  http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-41d8.html


もう一冊、勢古浩爾さんにこんな著書がある。
発売後すぐに購入したものの、まだ読んでいない。

勢古さんは、上の呉さんとは対照的に、吉本隆明に深く傾倒している。
この二冊、ともに筑摩書房から出版されているところが、面白い。

勢古浩爾 『最後の吉本隆明』
 筑摩選書 2011/4/15発行 366ページ 1,800円(税別)

 

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2013年8月11日 (日)

【読】猛暑の中で本を読む

毎日こんなことばかり書いているが、とにかく猛暑。
外気温は、現在(午後2時半)37度。
午後から、窓を閉めて冷房を入れているが、室内も30度。
これでは熱中症で倒れる人が多いのも無理はない。

勢古浩爾 『定年後のリアル』(草思社文庫)を読み終え、そうだ、あれを読んでみよう。
長いあいだ本棚にしまいこんであった本を取りだして読みはじめた。
この本を買ったのも、勢古さんの著書に影響されたからだった。
いま、ようやく読む気になった。
あれからもう、7年近くたったのか……。

【過去記事】
2006年11月30日(木) 【読】思想なんかいらない
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_1316.html

『エリック・ホッファー自伝 ― 構想された真実』 エリック・ホッファー
 中本義彦 訳 作品社 2002年6月発行
 189ページ 2,200円(税別)

原題は "Truth Imagined" これを「構想された真実」と訳したのには、ちょいとひっかかる。
また、帯の惹句 「感動のロングセラー! かくも波乱に満ちた生涯があろうか」 も、大げさすぎる。
もっともっと 「波乱に満ちた生涯」 を送った人は、他にもたくさんいるだろうに。

――などと文句をつけるつもりはさらさらなく、さすがに名著と言われるだけあって、面白い。
「沖仲士の哲学者」 と呼ばれ、賞賛される人だけあって、その人間観察眼に驚きながら読んでいる。

もう一冊、たぶん同じ頃に買ったのだと思うが、『波止場日記 ― 労働と思索』(みすず書房)の方は、私には難しすぎて読む気になれない。

 

さっきから雲行きが怪しくなってきたと思っていたら、ゴロゴロ雷が鳴りだした。
真夏の暑い午後だ。

きのう考えていた勝沼・塩山行きは中止した。
こんな天気では、正解だったかもしれない。

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2013年8月 9日 (金)

【読】再読 「定年後のリアル」

今日も34度(午後4時現在)。
昼すぎ、立川の知人の家まで車ででかけた。
外は蒸し風呂状態、車の中も45度あった。
エアコンなしでは乗っていられない。
家の中も、窓を閉め切ってエアコンを入れている。

時間のかかった翻訳ものを読みおえて、すこし軽めの本を読みはじめた。
すぐに読み終えられそう。

勢古浩爾 『定年後のリアル』
 草思社文庫 2013/8/8発行 248ページ 700円(税込)

三年前に単行本が出版されていて、すぐに読んだもの。
読んだ後、手放してしまったのだが、文庫化を機に購入、再読してみようと思ったしだい。

2010年8月19日(木) 【読】勢古浩爾さんの新刊二冊
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-926d.html

この本に書かれている「定年後のリアル」、私はすでに二年間経験している。
だいたい、勢古さん流に「のほほんと」暮らしているわけだが。

現役でバリバリ働いている人には無縁な世界かもしれないけれど……こんな内容の本です。

― Amazonより ―
◆お金、仕事、健康、生きがい……退職したら、どんな毎日が待っている?
不況のいま、いかにして生きていくかという問題がクローズアップされている。とくに定年退職が迫った人に対してメディアは、定年後は「6,000万円の貯えが必要」「孤独死にご用心」など多くの不安を語る。
しかし本書の著者は、さまざまな定年本、定年者たちの生き方を引き合いに出しながら、メディアが煽る「不安」など、実際にはそれほど思いわずらう必要もないことがほとんどだという。いまの日本人は、過剰な情報に振り回され、不必要なほど不安になってしまっているというのだ。
たとえば貯蓄や健康状態の「平均」がどの程度かといった話が盛んに語られ、自らを引き比べて不全感を増している人も多いが、現実には「平均」は自分の生き方とはあまり関係のない情報であり、気にしすぎる意味はない。
またアンチエイジングや若さを保つ方法が日々声高に喧伝されているが、本来、人は年を取ったら取ったなりの自分を認めていくのが自然であり、若さを過度に持ち上げる価値観自体がいびつだともいえる。
◆死ぬまでの「生活資金」なんて、なくたって大丈夫
著者はそうした風潮を批判していきながら、実体のない「20年先」までの不安などに振り回される必要はないと説く。
人は死ぬのが当たり前、年を取ったら衰えるのが当たり前であり、そうした事実を正面から受け入れて、初めて本当の人生に出会える。そのうえで一日一日から得られる人生の喜びを享受して生きていくのが、定年後の理想的な生き方だという。
さまざまな不安の正体を解き明かし、心をほっとラクにしてくれる本書、人生の後半戦をしっかりと地に足をつけて生きていくために必読の1冊。

やがて来る「定年後」。誰もが抱く不安は「お金は、生きがいは、健康は」の三大テーマ。メディアは経済や健康の不安を煽るばかりだが、焦ったところでどうする術もない。誰だって「老人」になるのは初体験。終わりゆく人生、老いゆく体とどう向き合い、一日一日の喜びを感じながら軽やかに生きられるか。その答えはたぶん自分の中にある。もう人生のレールは敷かれていない。人生のレールが消えることで、義務や目標から解放されるときでもある。等身大の自分のリアルを受け入れて、のほほんと生きていくための一冊。

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2013年6月26日 (水)

【読】勢古浩爾さんの新刊、もう一冊

勢古浩爾さん、という人がいる。
肩書は、評論家・エッセイストということになっている。

<勢古 浩爾(せこ こうじ、1947年 - )は、日本の評論家、エッセイスト。
大分県生まれ。明治大学政治経済学部卒、明治大学大学院政治学修士課程修了。橋川文三に師事。大学院修了後、洋書輸入会社に勤務。「石原吉郎論」で開高健賞候補。その後文筆活動に入り、『まれに見るバカ』がベストセラーとなる。2006年退社し文筆に専念。新書による人生論が多かったが、2009年本格評論『大和よ武蔵よ』を刊行。>
 ― Wikipedia ―

この人の著作の大半を読んできたが、また一冊、あたらしい本が出たので手に入れた。

『不孝者の父母考――親が死んではじめてきづいたこと』 (ふこうもののちちははこう)
 勢古浩爾 著
 2013/4/23発行 三五館 229ページ 1,400円(税別)

タイトルに惹かれた。
私も、若い頃に父を亡くし、昨年、母を亡くした。
来月、一周忌をむかえる。
私もまた「不孝者」だ。
ひとごとではないのである。

この本の表紙の写真は、勢古さんが乳児の頃、お姉さんと撮ったものだという。
五木さんの『旅の幻燈』の表紙写真を思いおこさせる。
(これまた衝撃的な本だった)

五木寛之 『旅の幻燈』 (講談社文庫)
<「私は初めておずおずと自分の過去や肉親の記憶をたどりながら、エッセイ風の自伝小説に筆をそめることになった…」 禁じられた性の目覚めに震える少年の日の記憶。亡き母への清冽な思慕。学生時代に出逢った女たちの淡い回想。白いアカシアの花影に、五木文学の原点をなす“詩と真実”が揺れる長編。>
 
 ― Amazonより ―

Tabinogentou

男子にとって母親や姉妹は、やはり特別な存在なのだろうか。

<12年前に母親(享年76歳)を、7年前に父親(享年89歳)を失った著者による、両親を失って初めて気づいた「父母考」。 誰にとっても一度きりの強烈な体験である「親の死」をテーマに、“親とは誰か?” “親の死とは何だったか?” を真剣に考え直す。
 (1)親の死はただ悲しいだけの出来事ではない。
 (2)親が死んで、子どもが後悔するのは当たり前である。
 (3)一般的な死などなく、だれにとっても死は、一人一人の個別的な出来事である。
 (4)子どもはいつまでも父と母の子である。
“すべての子どもは不孝者である” と考える著者による、親が健在な方にも、すでにどちらか一方(あるいは両方)がお亡くなりになった方にもお読みいただきたい「親の死」論。>
<親を失ってはじめて、親はほんとうの親として蘇る。すべての子どもへ贈る、切なく、温かい、「親の死」「自分の死」論。>

 ― Amazonより ―

読みたい本が、またこうして溜まっていく……。

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