カテゴリー「村上春樹」の16件の記事

2007年12月26日 (水)

【読】村上ソングズ

きのう紹介した本、村上春樹・和田誠 『村上ソングズ』 を紙ケースから出すと、こんな顔をしている。

Murakami_songs2和田誠の絵がいいね。
こういう洒落た本は、通勤鞄の中に入れて持ち運ぶと痛んでしまうから、家で読みたい。
目次を見ているだけで嬉しくなる。
知らない曲が多いけど。

神様しか知らない/幸福とはジョーという名の男/人生のイミテーション/ニューヨークの秋/ムーンライト・ドライブ/・・・中国行きのスロウ・ボート

On A Slow Boat To China 村上春樹訳はこんな感じだ。
「中国行きのスロウ・ボート」
 中国行きのスロウ・ボートに
 君を乗せられたらな。
 そして僕だけのものにできたらな。

<僕がこの曲の存在を知ったのは、言うまでもなくソニー・ロリンズの見事な演奏のせいだった。 「中国行きのスロウ・ボート」 というタイトルを耳にすれば、この曲の歌詞がどうこうという前に、まずロリンズの縦横無尽にして自由自在なソロがすぐ頭に浮かんでくる>
(『村上ソングズ』 P.52 中国行きのスロウ・ボート)

ロリンズの名演は、たぶんこのアルバム。
とつぜんだが、レコードを出して聴いてみた。
いいなぁ、ロリンズ節。

Rollins_with_mjqSONNY ROLLINS WITH THE MODERN JAZZ QUARTET
  (PRESTIGE LP7029)
SLOW BOAT TO CHINA
Sonny Rollins, tenor sax
Kenny Drew, piano
Percy Heath, bass
Art Blakey, drums
recorded December 17, 1951

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2007年12月25日 (火)

【読】小説の読み方(続)

途中で投げださなくてよかった。
面白くなってきたぞ。

Murakami_hitsuji2村上春樹 『羊をめぐる冒険』 (講談社文庫)

下巻、第八章 「羊をめぐる冒険 III」 になって、がぜん面白くなってきた。
結末はどうなるのか、まだわからないが。

この舞台のモデルが北海道のどこなのか、興味がわく。
もちろん、架空の場所だということは承知しているが、作者がモデルにした土地があるように思う。
主人公たちは、旭川から北へ、塩狩峠を越えて行く列車に乗り、途中で乗り換えている。
私が中学生の頃、家族が一時期暮らしていた町の方角だ。
(私だけが家から離れて、下宿生活をしていた)
名寄という町から、東に延びる国鉄の支線があったっけ(今は廃止されているが)。
その昔(明治の頃)、内地(道外)から入植した人たちの話が面白かった。
こういうことが、北海道の開拓期にはたくさんあったのだろう、というエピソードだ。
北海道の田舎で生まれ育った私には、この小説の舞台がとても身近に感じられる。

 
ところで、今日、こんな本を書店でみつけた。

Murakami_songs村上春樹 和田誠
 『村上ソングズ』 中央公論社 2007.12.10

『ポートレイト・イン・ジャズ』 (新潮社/新潮文庫) の続編のような感じ。
英米のポピュラー・ソングが30曲近くとりあげられ、村上春樹の訳詞(2曲だけ和田誠訳)と、添えられている和田誠の絵が楽しい。

村上春樹小説のファンにはなれそうもないけど(今のところ)、こういう仕事はさすが、と思う。

 

【追記】 2007.11.25 23:08
夜の11時までかけて、蒲団の中で 『羊をめぐる冒険』 読了。
文庫カバーに 「村上春樹の青春三部作完結編」 とあるが、これはまさに 「青春小説」 だなと思う。
読後感はとてもいい。
最初から一気に読み通せば、きっと、もっと良かったんだろうと思う。
「羊男」 ・・・こういうの、嫌いじゃないですよ。

さあ、寝よう。 明日の朝も早いから。

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2007年12月24日 (月)

【読】小説の読み方

それほど長い小説でもないのだが、まだ読み終えていない。
文庫本、上下2巻。 あわせて500ページほど。
こういうものは、一気に読み通さないと醍醐味が伝わってこないのかな、と思う。
下巻にかかり、ようやくストーリー展開がおもしろくなってきた。

Murakami_hitsuji1_2Murakami_hitsuji2村上春樹 『羊をめぐる冒険』
 講談社文庫 (上・下)
 2004.11.15 第1刷発行

 「群像」 1982年8月号掲載
 同10月 講談社から単行本発売

そうか、純文学雑誌に発表されたんだ。
1982年といえば、25年前かぁ。

小説の内容と直接関係ないが、家で緬羊(めんよう)を飼っていたことがある。
小学校低学年か、もっと小さい頃、学校に入る前だったかもしれない。

当時、私の父は北海道の片田舎で小学校の教員をしていた。
教員住宅の裏に物置小屋があり、そこで緬羊を飼っていたのだ。
羊毛をとるための羊で、きっと内職的に飼っていたのだろう。

バリカンで羊の毛を刈った後、羊の体が小さくなって山羊のように見えたことを、いまでも憶えている。
なにか事情があってその羊を手放すことになったとき、羊が乗せられたトラックを、幼い私は泣きながら走って追いかけたらしい。
羊とわかれるのが辛かったんだろう。
おぼろげな記憶しかないが、今でもときおり、母と、そういえばこんなことがあったねと語りあう昔話だ。

 

Itsuki_kazenotaiwa『風の対話』 という五木寛之の対談集に、村上春樹との対談がある。
『羊をめぐる冒険』 が出版された頃の対談。

五木 今度の『羊をめぐる冒険』 は、あなたにとっての第三作になるわけだけど、いかがですか、ご自分では。
村上 あれを書いちゃって、かなり楽になりました。 最初の二作を書いたあとで、実は結構落ち込んじゃったんです。 (中略)というのは、ぼくの最初の二作は、「他人に何かを語りたい」、「でも語れない」というギャップで成立していたようなところがあるんですけど、 (略) で、三作目では、徹底してストーリー・テリングをやりたいと思ったわけなんです。(後略)

これに対して、五木さんが、「ストーリー・テリングっていう、そのへんを少し聞かせてほしいですね。 ストーリー・テリングと物語とは違うっていうふうに、ぼくは思うんだけれども。」 と言っている。
五木寛之の小説は「物語」という感じがするが、村上春樹はちょっとちがうな、というのが私が感じたことだ。
好きか嫌いか、と問われれば、「嫌いではない」としか今のところ言えない・・・かな?

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2007年12月 8日 (土)

【読】図書館から二冊

すぐ近くに図書館があるのは、うれしいことだ。
借りていた本を返し、リクエストしてあった本と、書棚でみつけた本を借りてきた。

And_other_storiesCatcher_in_the_rye『and Other Stories』
  とっておきのアメリカ小説12篇
 村上春樹・柴田元幸・畑中佳樹・斎藤英治
 川本三郎 訳 / 文藝春秋 1988.9.20

『The Catcher in the Rye』
  キャッチャー・イン・ザ・ライ
 J.D.サリンジャー 村上春樹 訳
 白水社 2003.4.20 / 2003.4.25(第二刷)


サリンジャーの 『ライ麦畑でつかまえて』 (邦題がヘンだ)は、野崎孝訳のものを、ずっと前に読んだことがある。
村上春樹の訳で読んでみようと思って、借りた。
『ライ麦畑でつかまえて』 という邦題にしなかったのは、村上さんのこだわりだろうか。
巻末に 「本書には訳者の解説が加えられる予定でしたが、原著者の要請により、また契約の条項に基づき、それが不可能になりました。 残念ですが、ご理解いただければ幸甚です。 訳者」 とある。
サリンジャー(原著者)との間で、いったい何があったのだろう。


ところで、『and Other Stories』 の巻頭、村上春樹の一文に、ちょっとひっかかる部分が――。

<たとえそれがどのような種類のアンソロジーであれ、アンソロジーというものはすべからくその寄って立つべきコンセプトを有している。>

あっ、村上春樹さんともあろう人が・・・。

世界的な作家に対して失礼ではあるが、「すべからく」 って、こんなふうに使うんだっけ?
手元の国語辞典から。

すべからく 【須く】 〔副詞〕当然なすべきこととして。ぜひとも。「学生は―勉学に励むべきだ」 漢文訓読から出た語。多く下に「べし」や「べきだ」を伴う。 語法 「落ちた武者たちは―討ち死にした」など、「すべて」の意に解するのは誤り。 (大修館書店 明鏡国語辞典)

揚げ足とりみたいで、申しわけないけれど。
この場合の「すべからく」は、「その寄ってたつべき」の「べき」にかかるのか。
そんなわけないだろうな。

「すべからく」 なんて難しい言葉を使わず、「すべて」 でよかったんじゃないだろうか。
好意的に解釈すれば、言いたいことはこういうことか。 すなわち――
「アンソロジーというものはすべからくその寄って立つべきコンセプトを持つべきだ。」

村上春樹さんにしてはめずらしく、ちょっと座りの悪い文章ではある。

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2007年10月15日 (月)

【楽】【読】もし僕らのことばが

Murakami_whisky村上春樹 『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』
  新潮文庫 2002.11.1 (平凡社 1999.12)

後味のいい本だった。
「ウィスキーの匂いのする小さな旅の本」 と前書きにあるように、モルト・ウィスキーの芳醇な香りがただよってくるような。
それでも著者は、文章にすることの難しさを、こう嘆いている。

<もし僕らのことばがウィスキーであったなら、もちろん、これほど苦労することもなかったはずだ。 僕は黙ってグラスを差し出し、あなたはそれを受け取って静かに喉に放り込む。 それだけですんだはずだ。 とてもシンプルで、とても親密で、とても正確だ。>

私は残念なことに、アルコールが一滴も飲めない体質だが、ここに出てくるウィスキーはきっと美味いんだろうな、と思う。
村上陽子さんの写真も、落ち着いたトーンで好感がもてる。
アイルランドってどんなところなんだろう。
この小さな旅の本に描かれているとおりの場所だとしたら、暮らしてみたいと思う。

Celtic_womanアイルランドといえば、ケルト音楽が思いうかぶ。
こんなCDを聴きかえしてみたくなった。
iPodに入れて聴いてみよう。
THE BEST OF CELTIC WOMAN
  オーマガトキ OMAGATOKI OMCX-1110 2003.11.26
http://www.shinseido.co.jp/cgi-bin/WebObjects/Catalog.woa/wa/detail?r=OMCX-1110

OMAGATOKI は「新星堂」のレーベル
http://www.shinseido.co.jp/omagatoki/

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2007年10月12日 (金)

【読】軽~いエッセイ

Murakami_asahido村上春樹 『村上朝日堂』 (新潮文庫)
読みやすくて(一回分が見開き2ページの連載エッセイ)、いいな。
内容もカンタンでわかりやすいし。
ひまつぶし、と言っちゃ悪いが、こういう読み物は好きだ。
年代的にも、ほぼ同世代(村上氏の方がちょっとだけ先輩)。
青春期に同じ時代の空気を吸っていたので、藤圭子の話なんか面白かった。
(僕の出会った有名人(2)藤圭子さん)

<あとがきといっても、書きたいことは本文の方であらかた書いちゃったもので、とくにあらためてどうのこうのというほどのこともない。 しかしまあとにかく、これは僕にとってのはじめての雑文集のようなものであって、本文中にもあるように、「日刊アルバイトニュース」 に一年九ヵ月にわたって連載したコラムを修正したものです。> (あとがき)

「日刊アルバイトニュース」 かぁ。
そういえば、あったな。
それほどお世話にならなかったけど。

ところで、「村上朝日堂」 の 「朝日堂」 って何?
・・・などと書いていたら、こんなサイトが。

村上朝日堂 (現在は「無期限更新休止」)
http://opendoors.asahi.com/asahido/

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2007年10月11日 (木)

【読】ノモンハンの話(続)

村上春樹 『辺境・近境』 (新潮社) の中の 「ノモンハンの鉄の墓場」 にふれて、もう少し。

Murakami_haruki2この旅行記では、ノモンハンでの戦い(1939年5月)について、多くの記述がさかれている。
日本では「ノモンハン事件」と呼ばれてきた。
正式な戦線布告のない戦いだったせいだが、村上春樹は「ノモンハン戦争」と言っている。
モンゴル側の呼び方は 「ハルハ河戦争」。

戦場の跡や日本の関東軍の要塞跡などを、人民解放軍やモンゴル軍の宿舎に泊めてもらいながら現地の軍人の案内でまわっているのだが、広大な草原をジープで延々と走る。
このクルマ(ロシア製の軍用ジープ)がおもしろい。

<しかし現地の人々は日常の足として日本製のスマートな四輪駆動車よりは、むしろこういう単純で無骨な車を好むようだ。 (中略) 自分では手の施しようのないブラックボックスみたいなものがまったくないし、すべては剥き出しだから、もしどこかが故障しても自分の手で簡単に直せるし、ガソリンやらオイルやらラジエーター液やらにあれこれ贅沢をいわない。 その辺にあるものを何でもいいから――小便でも焼酎でも――とりあえず入れておけば目的地までは走るというタイプの車である。>

そんな車に乗せられて、まるで 「全自動洗濯機に入れられたような」 気分で戦場の跡を見てまわる。
その途上、草原の真ん中に一匹の狼をみつける。

<モンゴル人は狼をみつけると、必ず殺す。 ほとんど条件反射的に殺す。 遊牧民である彼らにとって、狼というのは見かければその場で殺すしかない動物なのだ。>

同行した中尉は、座席の下から慣れた手つきでAK47自動小銃を取りだし、一つ目のマガジンを使いきってもなお車の中から狼を撃ち続け、ついに追い詰めてしまう。
最後に狼が殺されてしまうところの描写がとても印象的だ。

<チョグマントラは運転手にジープを停めさせ、ライフルの銃身をドアに固定し、照準を狼にあわせる。 彼は急がない。 狼がもうどこにも行かないことを彼は知っている。 そのあいだ狼は不思議なくらい澄んだ目で僕らを見ている。 狼は銃口を見つめ、僕らを見つめ、また銃口を見つめる。 いろんな強烈な感情がひとつに混じりあった目だ。 恐怖と、絶望と、混乱と、困惑と、あきらめと、……それから僕にはよくわからない何か。>

Murakami_henkyou_photo写真篇もあわせて読んでいる。
『辺境・近境 写真篇』 (松村映三 写真/村上春樹 文) 新潮文庫
このカメラマンが、なかなかおもしろい人物。
彼の撮った、殺された狼の写真は、もの悲しい。
一枚の写真のチカラを感じる。

二冊をあわせ読むと、ずっしりと響いてくるものがある。
ひさしぶりに読みごたえのある旅行記なのだ。 

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2007年10月10日 (水)

【読】ノモンハンの話

村上春樹 『辺境・近境』 (新潮社) の中の、「ノモンハンの鉄の墓場」 という、これまた少し長めの旅行記を読んだ。

Murakami_haruki2この本のカバーの写真(左)が、ノモンハンの戦場跡に残された旧ソ連軍の戦車(装甲車)の残骸である。
この旅行記の中にも、私を惹きつけた記述がある。

ハイラル郊外の山に関東軍が築いた 「ハイラル城」 と呼ばれる大掛かりな地下要塞を訪れたときの話。
関東軍は、ソビエトの強力な機械化部隊をくいとめ、長期戦を戦い抜くために、この要塞を突貫工事で築きあげた。 強制徴用した中国人労働者を使って。

<その工事の過程で、きわめて苛烈な労働条件のせいで多くの労働者が命を落とした。 そしてなんとか生き延びた人々も、要塞の完成時に機密を守るために(つまり口塞ぎに)集団で抹殺された。 その山の近くに死体をまとめて放り込んだ万人坑があり、そこにはまだ約一万人の中国人工人の骨が埋まっている――ハイラルで僕らを案内してくれたガイドはそう言った。>

<彼の言うことがどこまで正確な歴史的事実――本当に一万人も殺されたのかというようなこと――なのか、もちろん僕にはここできちんと証明する術もないのだけれど、少なくともハイラルに住む中国の人々はそれが歴史的真実だと今でもはっきり信じているようだし(だいたい同じ内容の話を現地で複数の人たちから聞いた)、結局のところそれがいちばん重要なことではないのだろうかと僕は思う。

私もまた、そう思う。

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2007年10月 9日 (火)

【読】メキシコの物売り少女の話

村上春樹 『辺境・近境』 (新潮社)を読んでいて、いい話にぶつかった。
私は、こういうエピソードに弱い。

Murakami_haruki2「メキシコ大旅行」 と題された、やや長めの旅行記に書かれているエピソード。
サン・アンドレス・ララインサールという小さな村で、村上春樹は 「はっとするくらい綺麗な八歳くらいの女の子」 に出会う。
観光客目あてに土産物を売る少女だ。

<僕はその子から布の袋を買った。 (中略) 最初の向こうの言い値は忘れたけれど、値切ったり抵抗したり妥協したりの末に、取引値段は四千ペソに落ち着いた(八歳でも、こういうことになるとすごくしっかりしていて感心してしまう)。>

ところが、実際にお金を払う段になってポケットを探ると、細かいお金が三千五百ペソしかなかった。
一万ペソ札はあったが、その子がお釣りを持っているはずがない。
(ちなみに、五百ペソは日本円で20円ほどだった)

村上春樹が 「悪いんだけど三千五百ペソにしてくれないかな、これしかないから」 と言うと、その子は、「ものすごく哀しそうな目で、長いあいだじいいいいいっと僕の顔を見ていた。」

<それから何も言わずに僕の三千五百ペソを受け取ってあっちに行ってしまった。 今でもその女の子の目を思い出すたびに、僕は自分がこのララインサールの村で極悪非道な行ないをしてしまったような気がする。>

<今でも、机に向かってこういう文章を書いているときに、ララインサールの村でお金が五百ペソ足りなかっただけで、僕の顔をいつまでもじいいいっと見つめていた綺麗な物売りの女の子の目を思い浮かべてしまう。 そのときの彼女の目の中には、何かしら僕の心を揺さぶるものが存在していたように思う。 誰かとそういう風に真剣に目と目を見合わせたのは、考えてみれば、僕にとってはものすごく久しぶりのことだった。 五百ペソ(二十円)のお金をめぐって、僕らは長い時間、じっと相手の目の奥をのぞきこんでいたのだ。>

じつは、この後も村上春樹の文章は数行続くのだが、それは蛇足のような気がする。
こういうエピソードは、余韻を残すほうがいい。
ひとつまちがえると、キザになるし、説教じみた話になってしまうから。

勢古浩爾という人が指摘していた 「村上がつい調子にのって自分に溺れる」 (『ああ、顔文不一致』) とは、こういうところなのかもしれない、と思った。

とは言っても、この紀行文集はとてもいい。

Murakami_asahidoきのう、古本屋(いつもの BOOK OFF)で、『村上朝日堂』 シリーズを何冊か買ってきた。
この人の小説を読む気はまだないけれど、エッセイ・雑文のたぐいは面白いと感じる。

まったく傾向はちがうのだが、ひと頃、椎名誠にはまったことがある。
その時と、なんだか似ている自分がいる、なんちゃって。

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2007年10月 5日 (金)

【読】文庫本を買ってみた

本屋で村上春樹の文庫を二冊購入。
古本ではなく、新刊書店で。

Murakami_whiskyMurakami_henkyou_photo『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』
 (新潮文庫 2002.11.1) 写真:村上陽子
『辺境・近境 写真篇』
 (新潮文庫 2000.6.1) 写真:松村映三

勢古浩爾が 『ああ、顔文不一致』 (洋泉社新書y)の中で推奨していたのが、『もし僕らのことばが・・・』 。
勢古さんの村上春樹評もおもしろい。

<村上春樹。 丸顔の寺尾聡である。/村上春樹はなにを書いても村上春樹である。 その文章を 『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』 (新潮文庫) から引いてみる。 アイルランドでのウィスキーをめぐる旅行記である。 読みどころは、だれもが指摘するように、村上の類まれな比喩感覚である。 村上春樹にかぎっては 「僕」 という一人称も好ましい。>  ※ 勢古さんが引用している内容は省略。
<かれの文章がかれの顔よりも、村上春樹的である。 村上春樹は自分の顔を意識していない。 意識はすべて文章に集中している。 この本はいい本だ。 小説よりもいいかもしれない。>
 (勢古浩爾 『ああ、顔文不一致』 より引用)

この 『もし僕らのことばが・・・』 を探しにいって書棚で見つけたのが、もう一冊の 『辺境・近境 写真篇』 。
今日から読みはじめた 『辺境・近境』 (新潮社) の写真篇らしいので、買ってみた。

二冊とも、美しいカラー写真が満載。

村上春樹の長編小説はどうか知らないが、エッセイや旅行記は、いい。
文章がうまいなあ、と感心する。

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2007年10月 4日 (木)

【読】【雑】国分寺のジャズ喫茶

Murakami_haruki1『村上朝日堂超短編小説 夜のくもざる』
 村上春樹(文) 安西水丸(絵)
 平凡社 1995.6.10
なぜこんな本を持っているかというと、BOOK OFF で見かけて、装幀が珍しかったのと安かったという、それだけの理由で買ったのだ。
もう何か月も前に買ったまま、本棚の隅に眠っていた。
段ボールのケースに入った本で(左の写真はそのケース)、洒落ている。
軽い内容なので、今日一日で読み終えてしまった。

村上春樹の有名な小説(ノルウェイの森だとか、ねじまき鳥クロニクルだとか、海辺のカフカだとか・・・)をまったく読んでいないのに、こんな変わった本を読むというのも、われながらヘソ曲がりだと思う。

村上春樹が、一時期、国分寺でジャズ喫茶のマスターをしていた(というか、経営者だったらしい、しかも大学生のときに)という話は知っていた。
国分寺は、毎日通過している最寄り駅。
いったいどのあたりに、そのジャズ喫茶があったのだろうと、気になっていた。

ネット検索で面白いサイトをみつけた。
東京紅團(とうきょうくれないだん)
http://www.tokyo-kurenaidan.com/
《村上春樹の世界》 国分寺を歩く
http://www.tokyo-kurenaidan.com/haruki-kokubunji1.htm

店の名前は 「ピーター・キャット」 といって、ジャズ喫茶というよりも 「ジャズ・バー」 の雰囲気だったらしい。
私も若い頃、ジャズ喫茶にはよく通ったクチである。
高円寺にあった 「サンジェルマン」 にはよく行った。
上京する前、北海道では、旭川にあった 「Cat」 という店に通った。

村上春樹 『夜のくもざる』 を読んでいたら、「ずっと昔に国分寺にあったジャズ喫茶のための広告」 という一篇が。
<この店では音楽がかかっています。 もしあなたがジャズ・ファンでなかったら、この音量はかなり不快なものになるでしょう。 しかし逆にあなたがもし熱烈なジャズ・ファンであるなら、この音量は物足りないことでしょう。 (中略) ジョン・コルトレーンのレコードもあまり置いていません。 キース・ジャレットのレコードはありませんが、クロード・ウィリアムソンのレコードは揃っています。 そのことで店主に詰め寄ったりしないでください。 もともとそういうことになっているのです。>

なんとなく、店の雰囲気が想像できる。
そして、村上春樹のジャズの好みも。


もう一冊、手許にあるので読んでみようかな。
Murakami_haruki2『辺境・近境』 村上春樹
 新潮社 1998.4.23
これも、BOOK OFFで、「見かけ」で買った本。
内容も、私には興味ぶかい。
どうでもいいが、村上春樹という人はもっとカッコイイ人かと思っていた。
いや、その・・・、春樹ファンには申しわけないけれど。

<人間はカンガルー脚だ! 考える葦もいいですが、 ここはひとつ元気に 外に飛び出しましょう。 ノモンハンの鉄の墓場から メキシコ大紀行 香川の超ディープうどん屋まで 村上の旅は続きます。>  (帯のキャッチ)

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2007年10月 3日 (水)

【読】そういえば、村上春樹

彼のことは、このブログに何度も書いたが、村上春樹(和田誠 絵)の 『ポートレイト・イン・ジャズ』 というゴキゲンな本を読んでいて、また思いだした。

この暮れ、12月12日に没後三周年をむかえる、古くからの友人の本。
Seidoku_udoku_nikki『晴読雨読日記』 岸本完司
 (株)北のまち新聞社 「あさひかわ新聞」 発行 2006年8月6日

地方新聞に連載していた書評を集めたこの本には、村上春樹の本が多くとりあげられている。
岸本は翻訳業をしていたが、村上春樹にも翻訳の仕事が多いから、村上春樹ファンだったのかもしれない、などと思う。
この 『晴読雨読日記』 にとりあげられている村上春樹関連の本を、目次からひろってみよう。

■ 役に立たない話や本ほどおもしろい 村上春樹 「村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけ方」 (新潮社)
■ なんでもありの相談室 村上春樹 「そうだ、村上さんに聞いてみよう」 (朝日新聞社)
■ 春の日のビールの味は 村上春樹 「Sydney! [シドニー] 」 (文藝春秋)
■ 訳せるもの、訳せないもの (3) AERA MOOK 「村上春樹がわかる」 (朝日新聞社)
■ 村上春樹の新作 村上春樹 「海辺のカフカ」 (新潮社)

ざっと、こんなところか。
もっとたくさんあったような気がしていたのだが、意外にすくなかった。

私は、恥ずかしながら(恥じることもないのだけれど)、村上春樹の本を読んだことがなかった。
村上春樹の評判はいやでも耳に入っていたし、本屋でもいやというほど目にしていたが。
(もう一人の村上龍は一冊だけ読んだ――芥川賞受賞作だったが、私の肌には合わなかった)

『ポートレイト・イン・ジャズ』 で村上春樹の文章にふれて、お、なかなかいいじゃないか、と思った。
すこし読んでみようかなあ。
だいぶん前、古本屋で気まぐれに買った本が二冊ほどあったはずだから。

『晴読雨読日記』 について書いた、過去の私のブログ記事
【読】うれしい書評(道新) 06/10/04
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_5f42.html
【読】「晴読雨読日記」ネット入手法 06/09/14
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_2041.html
【読】読了(晴読雨読日記) 06/09/05
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_a5d4.html
【読】「晴読雨読日記」を読む 06/09/02
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_2969.html
【読】友人が残したもの 『晴読雨読日記』 06/08/24
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/__0ad3.html


【2007.10.4追記】
今年、三回忌(没後満二年)だと思っていたが、もう三年になるのだった。
訂正した。

岸本完司 略歴 (『晴読雨読日記』 著者略歴から転載)
1951年 北海道上川郡東神楽町生まれ
北海道教育大学附属旭川中学校卒
北海道旭川東高等学校卒
早稲田大学第二文学部中退
東京音楽図書等を経て出版編集翻訳に携わる
以後翻訳を生業とし
1994年帰旭 翻訳に専念する
2004年12月12日死去 (享年53)

岸本完司の主な訳業
■頭脳開発10日間 / リンダ・ペリゴ・ムーア. -- 主婦の友社, 1987.3
■ヴァイオリンを愛する友へ / イェフデイ・メニューイン. -- 音楽之友社, 1987.4
■知られざるフリーメーソン / スティーブン・ナイト. -- 中央公論社, 1987.6
■知られざるフリーメーソン / スティーブン・ナイト. -- 中央公論社, 1990.5. -- (中公文庫)
■ドミンゴの世界 / ダニエル・スノウマン. -- 音楽之友社, 1987.11
■ヒトラーへの聖火 / ダフ・ハート・デイヴィス. -- 東京書籍, 1988.5. --
 ( シリーズ・ザ・スポーツノンフィクション ; 2)
■フライデー・ナイト・ライツ / H.G.ビッシンガー. -- 中央公論社, 1993.9
■FBIの危険なファイル / ハーバート・ミットガング. -- 中央公論社, 1994.8
■11番目の戒律. 上 / アレシア・スウェージー. -- アリアドネ企画, 1995.9
■11番目の戒律. 下 / アレシア・スウェージー. -- アリアドネ企画, 1995.9
■フィレンツェに抱かれて / R.W.B.ルイス. -- 中央公論新社, 1999.5
■驚異の12分間エクササイズ / コバート・ベイリー. -- キングベアー出版, 2000.7
■コロンブスをペテンにかけた男 / ジャイルズ・ミルトン. -- 中央公論新社, 2000.3
■ナポレオンもう一人の皇妃 / アラン・パーマー. -- 中央公論新社, 2003.2 

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2007年10月 2日 (火)

【楽】【読】若くして…

Portrait_in_jazz『ポートレイト・イン・ジャズ』 (和田誠/村上春樹、新潮文庫) には、ミュージシャンたちの生年、没年が書かれている。
何歳ぐらいで亡くなったのか気にしながら読んでいたら、驚いたことにずいぶん若い年齢で亡くなっている人が多いのだった。
この本でとりあげられている、20世紀アメリカのジャズ・ミュージシャンたちを、亡くなった年代ごとに羅列してみた。

ただし、没年齢は亡くなったときの満年齢ではなく、没年から生年を単純に引き算しただけ。
正確な没年齢は、亡くなった年に誕生日をむかえていたかどうかで、一歳ちがってくる。
丸括弧内が単純計算で私が出した没年齢だ。

また、この本の中でとりあげられているグループ(MJQ=モダン・ジャズ・カルテット、ジャッキー&ロイ)のメンバーは除外した。

山田風太郎の 『人間臨終図鑑』 ふうに、何十歳代で亡くなったかで分けてみた(生年順)。
Huutarou_rinjuu1Huutarou_rinjuu2山田風太郎 『人間臨終図鑑』 (上/下)
 徳間書店 1986年
徳間文庫からも三分冊で出版されている
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/419891477X/



20世紀の著名なミュージシャンたちの多くは、私が漠然と思っていたよりも若くしてこの世を去っている。
酒や麻薬に負けて命を縮めた人も多いが、そもそも、ジャズ・ミュージシャンというのは、命をすり減らしながら演奏し、死んでしまう人が多いのかもしれない。 ことにアメリカでは。

今の私よりも若くして亡くなった人がたくさんいることに、なにやら感慨をおぼえる。
写真で見ると、みんな老成した風貌なんだがなぁ……。

20代で亡くなった人たち
1903-1931 (28) ビックス・バイダーベック Bix Beiderbecke
1916-1942 (26) チャーリー・クリスチャン Charlie Christian
1930-1956 (26) クリフォード・ブラウン Clifford Brown

30代で亡くなった人たち
1904-1943 (39) ファッツ・ウォーラー Fats Waller
1920-1955 (35) チャーリー・パーカー Charlie Parker
1928-1964 (36) エリック・ドルフィー Eric Dolphy
1935-1974 (39) ボビー・ティモンズ Bobby Timmons
1938-1972 (34) リー・モーガン  Lee Morgan

40代で亡くなった人たち
1904-1944 (40) グレン・ミラー Glenn Miller
1910-1953 (43) ジャンゴ・ラインハルト Django Reinhardt
1915-1959 (44) ビリー・ホリデイ Billie Holiday
1917-1965 (48) ナット・キング・コール Nat “King” Cole
1925-1968 (43) ウェス・モンゴメリー Wes Montgomery
1928-1975 (47) ジュリアン・キャノンボール・アダレイ Julian Cannonball Adderley

50代で亡くなった人たち
1905-1964 (59) ジャック・ティーガーデン Jack Teagarden
1909-1959 (50) レスター・ヤング Lester Young
1922-1979 (57) チャールズ・ミンガス Charles Mingus
1925-1982 (57) アート・ペッパー Art Pepper
1929-1980 (51) ビル・エヴァンズ Bill Evans
1929-1988 (59) チェット・ベイカー Cet Baker

60代で亡くなった人たち
1904-1973 (69) エディー・コンドン Eddie Condon
1909-1973 (64) ジーン・クルーパ Gene Kurupa
1920-1982 (62) セロニアス・モンク  Thelonious Monk
1920-1984 (64) シェリー・マン Shelly Manne
1923-1990 (67) デクスター・ゴードン Dexter Gordon
1925-1990 (65) ジューン・クリスティ June Christy
1926-1991 (65) マイルズ・デイヴィス Miles Davis
1927-1991 (64) スタン・ゲッツ Stan Getz
1927-1996 (69) ジェリー・マリガン Gerry Mulligan

70代で亡くなった人たち
1899-1974 (75) デューク・エリントン Duke Ellington
1901-1971 (70) ルイ・アームストロング Louis Armstrong
1902-1972 (70) ジミー・ラッシング Jimmy Rushing
1909-1986 (77) ベニー・グッドマン Benny Goodman
1912-1986 (74) テディ・ウィルソン Teddy Wilson
1912-1988 (76) ギル・エヴァンズ Gil Evans
1917-1993 (76) ディジー・ガレスピー  Dizzy Gillespie
1918-1996 (78) エラ・フィッツジェラルド Ella Fitzgerald
1919-1990 (71) アート・ブレイキー Art Blakey
1925-1999 (74) メル・トーメ Mel Torme
1926-2002 (76) レイ・ブラウン Ray Brown
1930-2003 (73) ハービー・マン Herbie Mann

80代・90代で亡くなった人たち
1899-1981 (82) ホーギー・カーマイケル Hoagy Carmichael
1904-1984 (80) カウント・ベイシー Count Basie
1907-1994 (87) キャブ・キャロウェイ Cab Calloway
1915-1998 (83) フランク・シナトラ Frank Sinatra
1918-2006 (88) アニタ・オデイ Anita O'Day
1909-2002 (93) ライオネル・ハンプトン Lionel Hampton

存命
1925- オスカー・ピーターソン Oscar Peterson
1926- トニー・ベネット Tony Bennett
1928- ホレス・シルバー  Horace Silver
1929- ソニー・ロリンズ Sonny Rollins
1930- オーネット・コールマン  Ornette Coleman
1940- ハービー・ハンコック Herbie Hancock

※ 『ポートレイト・イン・ジャズ』 から、手作業で文字入力したものをEXCELで編集した。
転記ミスがあるかもしれない。 ここから転載していただいても、内容の正確さは保証しかねる。
なお、日本語人名表記は、村上春樹氏の原文に従った。
村上春樹氏が書いているように、Miles=マイル、Evans=エヴァン、Charles=チャール、と濁音で表記するのが正しいのだろう。

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2007年10月 1日 (月)

【楽】【読】Portrait in Jazz (続)

和田誠(絵)と村上春樹(文)による 『ポートレイト・イン・ジャズ』 (新潮社) は、私にとってひさしぶりのヒットだった。
和田誠さんの絵がなんともいえない味をだしているし、村上春樹さんのエッセイもいい。
私の知らないジャズのレコードもたくさん紹介されていて、うれしいのだ。

続編 『ポートレイト・イン・ジャズ 2』 も読んでみたいな、と思っていたところ、文庫版が出ていて、これがなんと正・続二冊をまとめたものだった。
買ってから気づいたのだけれど。
Portrait_in_jazz2『ポートレイト・イン・ジャズ』 新潮文庫
 2004.2.1 発行 781円(税別)
カラー図版、340ページでこの価格はお買い得。
ほんとうはサイズの大きい単行本で手許に置いておきたい本だが、値がはるので文庫でがまんしよう。

図書館から借りてきた正編は、今日一日の往復の通勤時間で読みおえてしまった。
この本の中で、いいなと思った箇所がある。

<ビリー・ホリデイの晩年の、ある意味では崩れた歌唱の中に、僕が聞き取ることができるようになったのはいったい何なのだろう? それについてずいぶん考えてみた。 その中にあるいったい何が、僕をそんなに強くひきつけるようになったのだろう? / ひょっとしてそれは 「赦し」 のようなものではあるまいか ―― 最近になってそう感じるようになった。 ビリー・ホリデイの晩年の歌を聴いていると、僕が生きることをとおして、あるいは書くことをとおして、これまでにおかしてきた数多くの過ちや、これまでに傷つけてきた数多くの人々の心を、彼女がそっくりと静かに引き受けて、それをぜんぶひっくるめて赦してくれているような気が、ぼくにはするのだ。 もういいから忘れなさいと。 それは 「癒し」 ではない。 僕は決して癒されたりはしない。 なにものによっても、それは癒されるものではない。 ただ赦されるだけだ。> (Billie Holidayの項)

長文の引用になったが、さすが、村上春樹の名文。
「もういいから忘れなさい」 ……グッときたね。

もうひとつ、"レディ・デイ"の相方、"プレス"(レスター・ヤング)のエピソードが、いい。

<「見事な音楽だったが、その楽器は見るに耐えない代物だったね」 とある人はレスターについて回想している。 「安物の楽器を、輪ゴムや糊やらガムなんかでくっつけ合わせているんだ。 でもそこから生まれる音楽は、ほんとうに素晴らしかった」 / 好漢レスター・ヤングについて語られたエピソードの中で、僕はこれがいちばん好きだ。 そう、そうでなくちゃ、と思う。> (Lester Youngの項)

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2007年9月30日 (日)

【楽】【読】Portrait in Jazz

図書館へアルバータ・ハンターの伝記を返しにいったついでに、こんな本をみつけて借りてきた。

Portrait_in_jazz『Portrait in Jazz』 和田誠 / 村上春樹
  新潮社 1997.12.20
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4103534079
和田誠が描いた26人のジャズ・ミュージシャンのポートレイトと、村上春樹の文章。
それに、村上春樹が選んだと思われる、各々のミュージシャンのアルバム・ジャケット写真が掲載されている。
和田誠の絵が、なんともいえず味があって、いい。


「Portrait in Jazz」
といえば、ビル・エヴァンスの有名なアルバムを思いだす。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000000Y59
このジャケット写真が秀逸。
まるで大学教授のようなビル・エヴァンスの澄ましたポートレイトだ。

Evans_portrait_in_jazzEvans_waltz_for_debbyこの本でとりあげられているエヴァンスのアルバムは、「Waltz for Debby」 で、音楽内容はもちろん素晴らしいのだが、ジャケットがまた洒落ている。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000000YBQ
Debbyというのは、エヴァンスの姪の名前。
その姪に捧げたワルツ曲が、アルバムのタイトル曲である。
そんなエピソードを知っていると、この少女のシルエットがなんとも可愛らしく見えてくる。

ところで、私がこのところ評伝を読んだり、アルバムを聴きなおしているエリック・ドルフィーだが、この本では 「Out There」 という、1960年8月に録音された初期アルバムがとりあげられている。
オリジナルのジャケットは、私が持っている輸入盤LPとちがって、無名画家によって描かれたと思われる、不思議な絵なのだった。
Dolphy_out_there_orgDolphy_out_there左がオリジナル盤、右がその後のジャケット。
ドルフィーの初期アルバムには、こういう例が多い。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000EMGIH8



邦題 「惑星」 と名づけられた、最初のリーダー・アルバム 「Outward Bound」 も、そうだ。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000H0MNNU
左がオリジナル盤、右がその後のジャケット。
私が持っているのは右で、購入当時は、ドルフィーの国内盤がなくて輸入盤ばかりだった。
Dolphy_outward_bound_orgDolphy_outward_bound最近は、オリジナル・ジャケットに人気があるようで、発売される時はオリジナル・ジャケットが使われることが多いようだ。
でも、並べてみると、ドルフィーの写真が使われた再発売盤のジャケットもなかなかだと思うのだ。
ジャズのアルバム・ジャケットは、見ているだけで嬉しくなるものが多いなぁ。

雨の日曜日、ジャズのアルバムを聴きながらすごしている。

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2006年10月 4日 (水)

【読】きょうの掘り出し物

岡崎武志さんの 『古本でお散歩』 (ちくま文庫) を読んでいる。
Okazaki1これが、めっぽう面白い。
文章がじつにうまい。
文庫書き下ろしだが、短いエッセイを集めたものなので、電車の中で読むのにちょうどいいのだ。
ひとつひとつのタイトルが、また、ふるっている。
「青年は荒野をめざす」 「柔らかい肌」 「愛撫」 「大いなる幻影」 「岸辺のアルバム」 「コートにすみれを」 ・・・ことわっておくが、スケベな内容でも、映画や本や音楽のことでもなく、すべて古本、あるいは古本屋にまつわる話。
そんな中に、「ジャズ喫茶のマスターとしての村上春樹」 という一文があった。
国分寺でジャズ喫茶兼酒場をやっていた頃の村上春樹のエピソードで、とても興味ぶかい内容だった。

自慢じゃないが(自慢にもならないが)、ぼくはこれまで、村上春樹の本を読んだことがなかった。
いまや、ノーベル文学賞の候補にもなっている世界的な作家だが、なぜか敬遠ぎみだったのだ。

先のブログの投稿でも紹介した、岸本完司 『晴読雨読日記』 を読んで、著者の岸本が村上春樹をよく読んでいたことを知った。
やつがそれほど入れ込んでいた村上春樹を、読んでみようかと思っていたところへ、この岡崎さんの一文。

縁とは不思議なもので、きょうの昼休み、勤め先の並びにある「BOOK OFF」をのぞいてみたら、気を引く装幀の本が目についたので棚から抜き出して手にとってみた。
もっと有名な小説も並んでいて、いずれ読んでみたいと思うのだが、なぜかこの2冊にひかれたのである。
岡崎武志さんも言っているが、古本は出会ったときに買うべきだと思い、瞬時の迷いをたちきって購入。 2冊で1000円。

Murakami_haruki1Murakami_haruki2_1 どちらも、安西水丸さんの絵がふんだんに入っていて、楽しい。
左は、ケース入りの洒落た装幀だ。

村上春樹
『村上朝日堂超短編小説 夜のくもざる』

 平凡社 1995.6.10 初版1刷
『辺境・近境』 新潮社 1998.4.23発行 1998.5.15 2刷

※ 岡崎武志さんの 『古本でお散歩』 に、高円寺の古本酒場 「コクテイル」 が紹介されていて、おもわずニンマリ。
前にも書いたが、須藤もんさんがこの小さなお店でライブをしたことが二度ある。
店主の狩野さんは、「料理のほとんどが、まだ若き狩野さん(男前!)の手のよる」 と紹介されている御仁。
この狩野さんの文章も、ぼくは好きだ。
 古本酒場コクテイル (このサイトがまた洒落ている)
   http://koenji-cocktail.com/
 古本酒場コクテイル 店長日記 (公開ブログ)
   http://blog.livedoor.jp/suguru34/ 

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