カテゴリー「桂枝雀」の20件の記事

2008年6月28日 (土)

【演】花筏(桂枝雀)

今日は、桂枝雀の音源をいくつか聴いてすごしている。
こんな変ったカセットテープがあった。
枝雀の演ずる 「花筏」(はないかだ)を聴く。

Shijaku_hanaikada1Shijaku_hanaikada2四代目 桂 米団治 三十三回忌追善
●四代目 桂米団治 親子茶屋
●桂 米次郎 かきわり盗人
●桂 枝雀 花筏
●桂 米之助 仔猫
●桂 米朝 代書
昭和58(1983)年4月24日収録
京都府立文化芸術会館
(米団治の演目のみ昭和26年収録)

桂米団治(四代目)は、桂米朝の師匠。
米次郎、米之助も、米団治の弟子。

枝雀の演じる 「花筏」 は、何度聴いてもみごとな出来だと思う。
脂がのっていた時期なのだろう。
枝雀なりに工夫した噺の展開が新鮮だし、随所にちりばめられた「くすぐり」にも、うまいなあと唸らせられる。
この噺には、「人の情」というものがこめられていて、おかしな噺なのに、ほろりとさせられる。
そこが好きだ。

花筏 (相羽秋夫 『現代上方落語便利事典』より)
大関花筏が病気になった。 しかし播州での十日間興行が決まっている。 考えあぐねた親方は、提灯屋の徳さんを花筏に仕立て上げて連れていくことにした。いっても土俵へ上がれぬ病気だと称して、ぶらぶらしておればいいといわれ、多額の報酬に負けて徳さんは行きうけた。 ところが、酒は飲むは飯は食べるはで、土地の人が病気でないと見破ってしまった。 そこで地元の素人相撲千鳥ヶ浜と千秋楽に一番とることになってしまった。……

提灯屋の徳さんが、調子にのって 「宿屋のおなごし」 のところへ夜這いに行ったのが知れて、そんな元気があるならと、相撲をとらされるはめになるところが、おかしくてたまらない。

最後の、千鳥ヶ浜とニセ花筏(徳さん)が土俵のうえで仕切りをするところの両者の心理描写が、圧巻。
詳しくは書かないけれど。
サゲ(オチ)も、すっきりしていていい。


ところで――
このテープにはいっている、米朝演じる 「代書」 は、四代目米団治が作った噺。
「代書屋」 とも呼ばれる。
(昭和13年頃、米之助時代に、自ら代書屋をしていた経験をもとに作ったもの)
この時の口演は、米団治の演じ方を再現したものだと、米朝はいう。

桂枝雀の爆笑版とはずいぶんちがう味わいだが、なるほど、元の噺はこうだったのだなと思う。
主人公の名前も、松本留五郎ではなく、タナカヒコジロウ。

<差別的表現があるとの配慮から、今日では途中で切られる>(相羽秋夫 『現代上方落語便利事典』) という噺だが、この米朝の口演では最後のサゲまで演じられている。
貴重な録音かもしれない。
 

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【演】地獄八景(桂枝雀)

ひさしぶりに、レコードを聴きなおしている。

Shijaku_jigoku_bakkei地獄八景亡者戯
 じごくばっけいもうじゃのたわむれ
 桂 枝雀

昭和57(1982)年10月4日~7日
 サンケイホール (大阪)
サンケイホール開館30周年記念
「桂枝雀独演会」 (収録は10月6日か)
東芝EMI TY-60038・39


「地獄」 ということばに抵抗があるかもしれないが、爆笑の連続である。
枝雀も、はじめにことわっている。

「あの世を舞台にいたしましたお噺でございます。 舞台はあの世でございますが、別にこの深刻な噺ではございませんので、きっかけを見つけて笑っていただきたいのでございます。 すべて冗談事でございます。 こんな噺で笑っては不謹慎じゃないかなんて思わないようにしていただきたいのでございます。」

『現代上方落語便利事典』(相羽秋夫)によると、
<「東の旅」シリーズの「軽業」から続く場合は綱の上の軽業師が落ちて死んで地獄へいくという設定である。 戦後桂米朝が今日のように整理し、彼の得意ネタの一つになった。 きっちりやれば一時間はゆうにかかる。>
とある。

このレコードでも、二枚組の三面にわたる大ネタだ。

枝雀の落語は早口で、大阪弁になじみがないと聞き取りにくいといわれるが、このテンポのよさがたまらない。

Shijaku_kabukiza19840328このレコードの1982年が桂枝雀の初演だが、二年後の1984年3月28日、歌舞伎座(東京)の舞台でも演じた。
私は、家人とふたりでそれを聞きにいった。
(これは、前にも書いた)

すばらしい高座(舞台)だった。
当時の新聞記事を切り抜いていあったので、掲載しておく。




Shijaku_kabukiza_19840328

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【演】さくらんぼ

Sakuranbo_3さくらんぼが手にはいった。
形に難があるのか、手頃な値段。
おいしい。

さくらんぼ、といえば、故 桂枝雀 の演目があったのを思い出す。
たしか音源があったはず。
ビデオ、カセットを探しまわって、ようやく見つけた。




― 相羽秋夫 『現代上方落語便利事典』 少年社 より ―
 桜ん坊 さくらんぼ  改作
 小佐田定雄作、桂枝雀口演

東京では「あたま山」と呼ばれ、ポピュラーな作品。
上方でもこの「あたま山」が存在していたが、最近ではやる人がなかった。
そこで小佐田定雄がはめもののきっかけ帳などをたよりに、昭和54年につくりあげた。
枝雀はこの年の3月28日に三枝との二人会で初演以来、何度か上演し、昭和56年1月15日NHKテレビでも放送した。

Shijaku_sakuranbo_1_21983(昭和58)年7月24日(日) 放映
フジテレビ 花王名人劇場
東京・国立劇場演芸場からの中継録画
(立川談志との初共演)

当時、ビデオデッキというものがわが家になく、このようにカセットテープに録音していたものとみえる。
ひさしぶりに聞いてみると、絶頂期の枝雀の姿が目にうかぶ。
あのアクションが見えないのが残念だが、じゅうぶんに想像できる。
上方落語特有の、はめもの(お囃子)はにぎやかでいい。



【参考サイト】

松本留五郎の部屋
 http://www11.ocn.ne.jp/~tomegoro/
 演目一覧 さ行
  http://www11.ocn.ne.jp/~tomegoro/sa.htm

米朝事務所
 http://www.beicho.co.jp/

Shijaku_cd_video_3Shijaku_dvd_4

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2007年12月18日 (火)

【雑】富籤

難しい字を使ってしまった(手書きじゃ、ぜったい書けない)。
今風に言えば宝くじ。
この季節になると思いだし、これまで何度も書いたことが、上方落語の演目 「高津の富」 (江戸落語では 「宿屋の富」)。

Shijaku_cd01桂枝雀の名演には、聴くたびに笑わされ、ホロリとさせられる。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005GK4A

ふところのさびしいオヤジが、金持ちのふりをして宿屋に泊まり、宿屋のあるじから富くじを買わされる。
宿屋のあるじが、富札の販売もしていたようだ。
一番(一等)の賞金が千両。
富札一枚の値段は一分(いちぶ)だった。

この金額が、現代の貨幣価値でどれくらいに相当するのか、ずっと謎だった。
(それほどのことでもないのだが、どう調べればいいのかわからなかった)

Kanamori_isemoude今読んでいる(まだ読みおえていない)この本で、疑問が解消。

金森敦子 『伊勢詣と江戸の旅』 (文春新書) P.33 ―
<お金の単位と相場>
 1両=4分=16朱
 1両=変動するが、おおよそ6貫500文前後
 (1貫=1000文)
<文政2年の柏崎の大工・左官などの日当>
 12日=1分=4朱
 3日=1朱
 1両=6830文 1朱=427文

なかなか難しいのだが、1両は現代の6万円に相当するという(金森さんは米の値段から換算)。
そうすると、千両はいまの6000万円ほどか。
高津の富籤は、ジャンボ宝くじのようなものだったのだな、と納得。
富札一枚が一分(1万5000円)もしたというのは、ちょっと驚きだ。


― 桂枝雀 「高津の富」 (こうづのとみ) から ―

「アハン、うん、なンじゃちいなさんのじゃえ」
「富札でござりますが、富でございます」
「ハーハ、富というのは、どのようなものじゃえ」
「旦さん、富ご存知やござりませんので。 いえ、エー、なんでござります、明日、突きますのでございます。高津神社、高津のお宮さんに、これと同じ番号を書いた札がございまして、明日、それを突きますのでございます。今も申しましたように、一番に当たりましたら千両、二番なら五百両、また三番なら三百両という、こうゆうことになっておりますのでございます」
「ハー、おもしろいことしますのじゃね、アー、そうかえ。な、なにかいな、その一番ちゅうやつに、ヒョッと当たっても、千両さえ出しゃ、それで堪忍してもらえるのかえ」
「アハハハハハ、何をおっしゃいます。偉いことが間違うとおります。千両というのは向こうからくれますのでございま」
 (中略)
「旦さん方にとりましては、目くされ金かも存じませんが、手前ども生涯かかって、見ることの出来ン大金でございます。エー、どうでございまっしゃろ、旦さん、一つお遊びにでもお買いになり」
「なンじゃちなさった。エー、おもしろいこと言いなさったじゃないかエ。遊びに買いますかい。運だめし、てんごに。ダハハハおもしろかろう、なンぼあげたらええのじゃ」
「一分でござります。手前ども一分と申しますと、もう大金でござりまするが、旦さん方、一分なぞ」
「ア、なンじゃちいなさる。一分、ちゃなどんなもんじゃエ、エ、どのような、わたしゃ、小判より他、使こたことがありませんでな。ア、アーア、アノ、なにかい、ちょいちょい乞食にやったりなんぞする、あんなんかエー。小さな額が、ア、そう。いや、賽銭にしなされちゅうてな、ハア番頭どんが持たしてくれた、あの余り、一つや二つ残ってたのと違うかえ。エヘヘヘヘ、アー、こんなもンと違うかえ」

・・・とまあ、こんなふうに、このおやっさんは、なけなしの一分を富札に替えてしまって、後悔するのだった。
たしかに、一分は大きな金額だったのだ。

以下、宿屋のあるじが退出したあと、このオヤジの独り言。
<・・・ハァ、いてしもた。ハァ、こわ、イヤー、やまこもええかげんにはっとかないかん。あの親爺、何言うても本気にするもんやさかい、あたしゃ調子に乗ってしゃべってた。大事にしてた虎の子の一分をば、ハァ取られてしもた。・・・>


レコードに付いていた口演録から書き写したので、ほんらいの語りのおもしろさが十分に伝わらないかもしれないが、とにかくおもしろいので、興味をもたれた方は、ぜひ実際の音源でおたのしみいただきたい。

ところで、年末ジャンボ宝くじ、今年はどうしようかなぁ・・・。

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2007年11月25日 (日)

【演】桂枝雀(8年前の新聞記事)

ブログのカテゴリー整理をしていて、桂枝雀(上方落語家、故人)について書いたことを読み返していた。
そうだ、枝雀さんの死亡記事があったんだ、と思いだした。
つらい記事だけれど。

Shijaku199904201999年4月20日
 朝日新聞朝刊 社会面(35面)

上方の爆笑王・英語落語
 桂枝雀さん死去

<自宅で自殺を図り、大阪府吹田市内の病院に入院中の桂枝雀(かつら・しじゃく、本名前田達=まえだ・とおる)さんが、19日午前3時1分、心不全のため死去した。59歳だった。・・・>

この少し前、3月25日の朝日新聞記事に、自殺を図って入院した記事もあった。
当時、しばらく噂を聞かないなと思っていた矢先の自殺未遂の記事にびっくりしたことをおぼえている。

あれからもう8年(まだ8年とも思える)。
枝雀さんが残した膨大な映像が、DVDで発売されている。
なかなか買えないが(DVDは高いので)、わたしの手元にはビデオ録画がたくさんある。

東芝EMIによる桂枝雀の「枝雀落語大全」紹介 収録作品一覧
http://www.emimusic.jp/st/rakugo/sijaku/

いちばん脂の乗っていた時期(と、私は思っている)、東京で落語会があれば、何度も足を運んだ。
いまでは伝説となった感のある歌舞伎座公演(「地獄八景」を演じた)も見たし、鈴本演芸場でひらかれた一門会(米朝一門会、枝雀一門会)にも行った。
さすがに、関西まで 「おっかけ」 はしなかったが。

Shijaku_kabukiza19840328_2桂枝雀独演会
 1984年3月28日 歌舞伎座
 開演 午後6時
主催 松竹株式会社/歌舞伎座
協賛 東芝EMI株式会社/講談社
協力 米朝事務所/ベルエポック事業部

演目
 桂枝雀
  地獄八景亡者戯
   (じごくばっけいもうじゃのたわむれ)
  かぜうどん
 桂べかこ  野崎まいり
 桂雀々  動物園



桂枝雀というおもろい落語家がいる、ということを知ったのは、いつ頃だったろうか。
当時勤めていた会社に、神戸出身の女性がいて、その面白さを教えてもらったのだった。
その時に、こんな本がある、と貸していただいたのが(後日、購入)、廓正子(かまえ・まさこ)さんが書いた 『まるく、まぁーるく 桂枝雀』 (サンケイ出版 1981年)という本だった。
いまから20年以上も前の話だが、今日はそんなことを思いだしている。

Shijaku_maruku_2Shijaku_rakugodeShijaku_61Shijaku_ikeike_2

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2007年7月15日 (日)

【雑】台風のち晴れ

颱風、いや、台風がどうやら東の海上にそれたようだ。
予想進路よりずいぶん南寄りのコースだったなぁ。
今回の台風、大型で強い勢力、というだけあって被害も大きかった。

07150002東京あたりは、こんな感じで、それほどひどくはなかったけれど。
せっかくの連休、足止めをくった人や客商売の人たちにとっては、大きな痛手。
天気だけはなぁ・・・。

<お天気と申しますものは、なかなか当たらないものやそうでございます。
これはもう、戦後すぐも、色々科学技術を使っております今日もほぼその的中率というものは変わりがないものやそうでして、ほぼ六割やそうでございますねェ。
これがおかしゅうございます、少うしは。
お天気というものは、大別いたしますと「晴」か「雨」でございますから、毎日「晴」「晴」「晴」「晴」「晴」・・・言うてましても、五割は当たる勘定でございます。
ですから、それをでございますねェ、「晴やァ」「雨やァ」「ちょっと曇りやァ」・・・てなことを言いながら、じょうずにはずしているわけでございます。> (桂枝雀 「雨乞い源兵衛」 小佐田定雄作 より)

なんて、枝雀お得意のマクラのクスグリを思いだしたりして。
そして、夕方には晴れた。

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2007年6月23日 (土)

【雑】すももの時期

スモモ。
漢字では、酢桃、李という字らしい。
ひらがなで書くか、カタカナで書くかで、ずいぶん印象がちがうものだ。

きょう、スーパーマーケットでみつけたものは「プラム」と表記されていた。
ごくありふれた、すももである。
山梨の桃の里である塩山に行くと、桃を売る農家で、プラムやソルダムなどのすもも類も売りに出されている。
0706230001こどもの頃の話ばかりで恐縮だが、すももの類いはよく食べた気がする。
桃は高級品で、風邪をひいて寝こんだたときに、缶詰をあけてもらって食べるものだった。
夏の果物では、西瓜、瓜(うり)、トマト(これらはみな野菜か)などが、田舎に住んでいたので買わずに食べられた。 畑があったから。
メロンなんて、超高級品で、口に入る機会はほとんどなかったなぁ。

ところで、野菜と果物の区別はどうなんだろ、という疑問がわいた。
ひさしぶりにWikipediaで検索してみたら、こんなふうに書かれていた。
まあ、妥当な説明かと思う。

――野菜(やさい)とは、一般には水分が多い草本性で食用となる植物を指す。青物ともいう。食用となる植物で、主に葉や根、茎(地下茎)、甘くない実を食べるものを野菜ということが多い。同様な部分を食べるもので、野生のものを利用する場合、山菜という。農業・園芸の分野では野菜になる作物のことを蔬菜(そさい)という。蔬菜には、利用目的上は果物であるイチゴ、スイカ、メロンも含んでいる。果物は、「果樹」に実るものを指し、また、スイカやメロンは同じウリ科のキュウリやカボチャに、トマトはナス科のナスやピーマンに近縁の植物で、性質や栽培法などがほぼ同じなためである。―― Wikipedea

そういえば、桂枝雀演じる「千両みかん」という落語の中で、大阪の「赤物(あかもん)市場」、「青物(あおもん)市場」という名称の意味あいが語られていた。
赤物(果物)と青物(野菜)を扱う店が、はっきりと分かれていたそうだ。

すももを買ったスーパーで、ピーマン、にんじんなどの青物(野菜)を補給、家にあった野菜とあわせて、スープカレーをたっぷり作った。 鶏肉入り。
いつもは適当にカレー粉を使って作っていたのだが、スープカレーのルー(セット)が売られているのを見つけたので、使ってみた。 やはりスパイスが決め手か。
きょうも暑いが、暑い日にはカレーがいいね。
0706230003 








暑い日に音楽を聴くなら琉球系がいいな。
きょうは、こんなアルバムを聴いている。
Ryuukyuu_teki_aika1Ryuukyuu_teki_aika2 

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2006年11月22日 (水)

【演】始末とケチ

きのうの続きで、桂枝雀さんのTV放映(1983年・大阪毎日放送=TBS)から。
大阪ことばで「始末」とは、「倹約家」「節約家」というニュアンス。
東京だと「ケチ」という露骨な表現になるが、上方ことばはさすがに奥床しい。

Kamigata_rakugo_jiten「始末の極意」という噺。
『現代上方落語便利事典』 (相羽秋夫著/少年社/1987年) という、文字どおり便利な事典をひもといてみると、枝雀さんの師匠の桂米朝さんの録音があるらしいが、ぼくは聞いていない。
「始末屋」と呼ばれる男に、そのコツ(始末の極意)を教わりにいったアホの話だ。
ストーリーはいたって単純。 ほかの噺でもよく使われるクスグリの連続。
爆笑ネタといえる。

それはそうと、この音源(83.7.17)のマクラでしゃべっている、枝雀さんじしんのこどもの頃のエピソードが、ホロリとくるいい話で好きだ。
戦後、物資の乏しい時期、前田達少年(枝雀さんの本名)とお姉さん、おかあさんの三人で、ひとつの小さな饅頭をわけあって食べた。 ちいさな饅頭のかけらをかじって、飲み込んでしまうとそれでオシマイだから、口の中でいつまでもローレローレ、ローレローレと転がす・・・。
笑わせながら、「情」のあたたかさを感じさせる手腕はさすが。

この噺のサゲは単純なだけに、ここでばらしてしまうのは気がひけるが、ちょっとだけヨ。
始末の極意を伝授するために、庭につれていかれるアホ。
庭の木の枝にかけた梯子をつたって、枝に両手でぶらさがりなはれ。 はい。
梯子をはずされて、全体重を両手にあずけるかっこう。
これから始末の極意を伝授する。
まず、左手を離しなはれ。 ハナチマシタ(離しました)。
こんどは、右手の小指を離しなはれ。 ハナチマシタ。
つぎは薬指を・・・。 く、薬指ですか、ハナチマシタ。
たかたか指(中指)を。 ハナチマシタ。
・・・と、さいごに親指と人差し指だけで枝にぶらさがるアホに向かって、こんどは人さし指を離しなはれ。
そ、そればっかりは。 できないか。 できまへん。
よう離さんか。 これっばりは離せまへん。 ・・・

勘のいい方なら、これでオチ(始末の極意)がわかるはず。
ここまでにしておこうかな。

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2006年11月21日 (火)

【演】みかん、おまへんか

ひさびさの演芸日誌だが、いぜん書いたことのあるハナシだから、いわば二番煎じ。
みかんを食べようと思って、くだもの籠から取りだしたものが、ぐじゅぐじゅだった。
そこで、ふと思いだしたのが、桂枝雀が演じた「千両みかん」という噺。

Shijyaku198307tv_1江戸時代、いまとちがって季節ごとの食べ物(季節の味覚)が定まっていたころのこと。
さる大店の若旦那が寝ついてしまった。
なんの病なのか、医者に診てもらっても「気の病」と言われるばかりで、原因がかいもくわからない。
番頭がようやく聞きだしたところによると、この若旦那、夏の暑い盛りにみかんが食べたくて食べたくて、とうとうみかんに恋わずらいしてしまったのである。
かわいそうなのは番頭。
大旦那に命じられて、大阪市中をみかん求めてさまよい歩く。
みかんが見つからなければ若旦那は死んでしまう、いわば主殺し、はりつけの刑だと大旦那に脅迫されて、「みかん、おまへんか? 」 と、歩きまわる番頭があわれだが、妙に可笑しみのある噺だ。
サゲは、番頭が若旦那の食べ残したみかんの残り、三袋(房)持ってドロン。
一個千両という値がついてしまった、みかん。 一個に十袋(房)あったので、三袋でも三百両の値打ち・・・と、この番頭は思ったのだ。 なんとも涙ぐましい。
このあらすじだけでは、ばかばかしいの話ようだが、ここに至るまでの大阪市中での番頭の苦闘(珍道中)、赤物問屋(果物問屋)と番頭のやりとり、みかん三袋のために失踪してしまう番頭の心理・・・こういったものが、枝雀一流の話術で巧みに語られる傑作。
なんど聞いても笑えて泣ける。

ぼくの持っている音源は、1983年4月から9月にかけて、TBSテレビで放映された(制作は大阪毎日放送)、「笑いころげてたっぷり枝雀」というライブ録画番組の音声だけをカセットテープに録ったもの。
当時、わが家にはビデオ・デッキがなかったのだ。
録画できていれば貴重な映像だったのになぁ・・・。

全23回の演目。
1. 83.4.10 延陽伯
2. 83.4.17 鷺とり
3. 83.4.24 宿替え
4. 83.5.1 愛宕山
5. 83.5.8 米揚げ笊(いかき)
6. 83.5.15 崇徳院
7. 83.5.22 くっしゃみ講釈
8. 83.5.29 天神山
9. 83.6.5 ちしゃ医者
10. 83.6.12 軒付け
11. 83.6.19 うなぎや
12. 83.6.26 ふたなり
13. 83.7.3 青菜
14. 83.7.10 饅頭こわい
15. 83.7.17 始末の極意
16. 83.7.24 千両みかん
17. 83.8.7 蛇含草(じゃがんそう)
18. 83.8.14 舟弁慶(ふなべんけい)
19. 83.8.21 皿屋敷
20. 83.8.28 道具屋
21. 83.9.4 貧乏神 (小佐田定雄作)
22. 83.9.11 八五郎坊主
23. 83.9.18 親子茶屋

この枝雀師にしろ、伊丹十三にしろ、才能のある人が自ら命を絶ったのはなぜだろう、と、不思議な気がする。 

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2006年10月 6日 (金)

【読】本、じゅずつなぎ

岡崎武志さんの 『古本でお散歩』 (ちくま文庫)は、刺激的で、かつ楽しい本だった。
古本の好きな方には、おすすめ。

週末の仕事帰りというのは気持ちに余裕ができるのか、書店に寄ってしまったりする。
Huruhon_doujou国分寺の駅ビルにある紀伊国屋書店。
岡崎さんの単行本を見つけて、買ってしまった。
『古本道場』 角田光代・岡崎武志 (ポプラ社)
もう、表紙を見ただけで欲しくなるような本。
角田さんという女性がどんな方か、噂でしか知らないが、なぜか魅力的な気がする。 この本では、岡崎さんを師匠として、いっしょに古本屋めぐりをしている(らしい)。
巻頭の数ページにわたって、古本屋のカラー写真が掲載されていて、たまらない。

ところで、『古本でお散歩』 の中に、ぼくを嬉しくさせた部分が三ヶ所ある。
ひとつは、高円寺の 「古本酒場 コクテイル」 が紹介されているところ(P.352)。
(きのう書いたばかりだが、何度でも書いてしまうぞ)
もうひとつ、「戦場のメリークリスマス」 と題した文章の中、金子光晴にふれたところ(P.242「なぜか上海」)。
金子光晴が昭和3年11月に、長崎から上海に渡ったときのエピソードだ。
そして、三つ目。
Shijaku_eigo「『そいなみ本』とは何か」 という文章の中で、なんとなんと、ぼくの好きな桂枝雀の本、『枝雀のアクション英語講座』 (祥伝社/ノンブック・昭和63年) が紹介されていたのだ。
ちなみに、「そいなみ本」とは、「ういえばざとなるとかなかつからない本」(岡崎さんの造語)。
エッヘン。 持ってますよ、この本、自慢じゃないが。
じつはまだ読んでないけど、本棚に眠ってました。
たしかに、古本屋でもなければ見かけなくなった本かもしれないな。
買ったときは、読もうと思ったのに、ずっと読まずにとってあった本だ。
枝雀の英語落語は、とてつもなく面白い。
岡崎さんの紹介文によれば、
<故人となった上方落語の人気者、桂枝雀が熱を入れていたのが英語による落語であった。 あまりに日本的な世界、日本的な表現を英語に移し替えるというのは大変な作業で、その試行錯誤の過程を語ることで、英語表現の特徴と、日本語表現の違いを語ったもの。 枝雀の本はたくさん出ているが、この本はめったに見ない。>
まさに、「そいなみ本」ということらしい。 読まなくちゃ。

ぼくはやっぱり本が好きらしく、読める分量以上の本を買ってしまう病気をもっている。
しかし、内心では 「一生読まないかもしれないのに、こんなに買っていいのかなぁ・・・」 と不安に思う、「読まなくちゃ症候群」にかかっていたらしい。
岡崎さんは、「本は読まなくてもいい、手許にあるだけで幸せになる本もある」 ということを教えてくれた。
ぼくは、岡崎さんの言葉にほっとしたのである。

<古本のこと、わかってねえなあと一発でわかるリトマス試験紙のようなせりふがある。 それは「買った本、全部読むんですか?」 というものだ。 いったい、これまで何十回、この言葉を浴びせられてきたか。/もういい加減慣れっこにはなっているが、それでも、瞬間的にうんざりして、心の中で 「おめえさん、トウシロ(素人)だな」 と賭場のやくざみたいな心境になる。 それは、風俗嬢に向かって、「あなたはお客さん全員に愛を感じて相手をしているんですか」 というようなものだからだ。/(略)読むわけないだろう、全部なんて。>
 (『古本でお散歩』 ちくま文庫 P.11 「だからもう、あなたはそう言ってはいけない」)

きょうは、ひさびさにいっぱい書いてしまったなぁ。
最後に、きょうの収穫。
金子光晴のエッセイ集シリーズ(ちくま文庫)。
表紙につられて買ってしまったようなものだが・・・ちくま文庫は、少々値がはるが、装幀がしゃれていて、ぼくは好きだ。
Mitsuharu1Mitsuharu2Mitsuharu3どうです。
この表紙だけでも価値のある本だと思いませんか?
『金子光晴 エッセイ・コレクション』
大庭萱朗 編 ちくま文庫

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2006年7月 7日 (金)

【演】子の千三百六十五番

ひさしぶりの演芸日誌にもかかわらず、既出のネタでもうしわけない。
このタイトルだけで、落語好きの方ならニヤリとするはず。

宝くじがまたはずれた。
狙いは一等六千万円。
出資額1600円。
売れ残りの最後の8枚(1枚200円)に賭けたのだが、世の中そう甘くはなかった。
それでも、1000円と200円が当たっていたので、よしとしよう。

「子の千三百六十五番」のハナシだった。
上方落語「高津の富」(こうづのとみ)である。

めんどうなので、あらすじは本から引用しよう。
Kamigata_rakugo相羽秋夫著 『現代上方落語便利事典』
 (少年社・1987年)から引用
高津の富(こうづのとみ) 古典
百万長者とふれこみの男が、宿屋の亭主に高津神社の富くじを買わされ、虎の子の一分までとられてしまう。 大ぼらを吹いた手前、そのくじが当たったら半分は亭主にやると約束。
翌日、高津にやってきて、当たりくじを照合すると、何と一等の千両が当たっているではないか。(以下略)
高津神社は、大阪市南区高津町に現存する。東京では「宿屋の富」と名を変える。
当たりくじを照合するくだりに落語のリアリズムが冴える。

ぼくは、桂枝雀の演ずる音源が好きだ。
何種類かの録音があるが、なんといってもこれだ。
Shijaku18ban桂枝雀 『枝雀十八番』 東芝EMI(TYX-90098-106)
 (桂枝雀 六日間連続独演会)
 昭和56年(1981)10月1日~7日(4日は中入)
 大阪サンケイホール
この噺のクライマックスは、一等千両が当たっているのになかなか気づかない(当たるはずなどないという思い込みから)「一文無しのからっけつおやじ」が、何度も何度もじぶんの富札の番号を確認するくだり。
しかし、その前段の、二等が絶対俺に当たると言い張る別のおやじのひとり芝居(二等の五百両が当たったらこうする・・・)の部分だ。
枝雀のこの録音では、「日頃念ずるビリケンさんの夢のお告げ」で二等はワイに当たる、というクスグリがたまらなく好きだ。

ぼくも、一等六千万円が当たったあかつきのことを夢みていた数日間だったが・・・。
はかない夢。

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2006年1月 9日 (月)

【演】枝雀落語

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枝雀の音源を聞きなおしている。
落語のテープがほしい、という身内からのリクエストにこたえて、カセットテープをダビングしながら、「延陽伯」「鷺とり」「宿替え」「愛宕山」「青菜」「饅頭こわい」「始末の極意」「千両みかん」と、聞き続けて、笑いころげている。

聞いている音源は、昭和58年(1983)4月10日から、毎週TBSテレビで放映された「笑いころげて たっぷり枝雀」という公開番組(大阪・毎日放送)。
当時、ビデオデッキを持っていなかったため、映像を録画できなかったが、カセットテープに録音してあった。
ときどき、聞いているが、映像がなくても十分たのしめる。

枝雀落語の魅力は何だろう、と考えていたが、音源を聞きなおして感じたのは、その人情味だ。
枝雀は、べったりした濃厚な人情表現に照れるところがあって、こと人情に関しては抑え気味なのである。
もちろん、噺の展開はダイナミック、というかオーバーアクションと言ってもいいのだが、その奥に感じられる暖かさ、というか・・・。

枝雀落語の面白さは、ぼくの文章力では表現しきれないので、その替りというわけでもないが、レコードジャケットを掲載してみた。
枝雀の頭部の変遷がわかる写真、というのは冗談。

昭和48年(1973)10月、枝雀襲名当時の「日和ちがい/鷺とり」が上段左端。
上段右へ、昭和49年「ふたなり/あくびの稽古」、昭和50年「寝床/親子酒」。
中段、昭和51年「八五郎坊主/風邪うどん」、昭和51年「青菜/天神山」、昭和52年「花筏/ちしゃ医者」。
下段、昭和53年「七度狐/崇徳院」、昭和54年「つぼ算/延陽伯」、昭和54年「鴻池の犬/饅頭こわい」の9枚。
6年のあいだに風格がそなわってきたのが見てとれる、と思うのだが。


※桂枝雀に関して、面白いファンサイトがあった。
「松本留五郎の部屋」
http://www11.ocn.ne.jp/~tomegoro/
松本留五郎というのは、「代書屋」という演目の主人公である、破天荒なおっさん。

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2006年1月 6日 (金)

【読】哲学的落語家

平岡正明が書いた 『哲学的落語家!』 という本を読んでいる。
桂枝雀論である。

hiraoka平岡正明 『哲学的落語家!』  筑摩書房 2005.9.20
(帯より)
俺が落語に目覚めたのは数年前だ。
志ん生・文楽から現在の若手までをヨーイ、ドンで聞いた。
最も衝撃を受けたのは「彼」。
どえらい上方落語の爆笑王だ。
「彼」の思想性の大きさよ。・・・

平岡正明の文章が好きだ。
彼の「思想」には、素直にうなずけない点もあるけれど、スイングするような文体と、博覧強記ぶりには舌をまく。
この枝雀論も、なかなか興味深い内容。
昨年の暮に見つけた本だが、例の難解小説(フォークナー)にやられていたので、手をつけられずにいた。
フォークナー? あれは、結局、投げ出してしまった。

平岡氏は、枝雀のナマの高座を見ることができなかったという。
えっへん。 こちとら、やや遅れてきたファンではあるが、枝雀の高座をいくつも見ているのだ。
などといばってみてもしょうがないが。

この本を読んでいると、ひさしぶりに、枝雀の音源や映像にふれたくなってしまった。
狂気と紙一重、たぐいまれな天才落語家だったと思う。

※詳しくは、このブログの「演芸日誌」
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/cat4959131/index.html
 をご覧いただきたい。

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2005年12月 9日 (金)

【演】かぜうどん

週末なので、じっくりと季節の落語ネタを。
桂枝雀の「かぜうどん」という、寒い季節にぴったりの演目。
この噺も、ぼくは大好きだ。

kazeudon桂枝雀 『八五郎坊主・風邪うどん』
昭和51年(1976)2月14日収録 大阪朝日生命ホール
(東芝EMI) 桂枝雀 上方落語傑作集

小米(こよね)から、二代目桂枝雀を襲名したのが昭和48年10月。
それからさほど経っていない時期の録音。
小米時代の、声が裏返ってしまうような〝ハイ〟な状態から脱却して、風格さえ感じさせる。

「風邪うどん」とあるが、「かぜうどん」の方がいい。
枝雀の著書 『まるく笑って 落語DE枝雀』(PHP研究所/1983年)でも、ひらがなで表記している。

物売りの呼び声のあれこれをおもしろおかしく紹介するマクラから、聞く者をひきつける。
さすがである。
話の筋は簡単だが、めんどうなので省略。
聞きどころは、うどん屋と酔っ払ったお客とのやりとりだ。

サゲは、演題の「風邪うどん」にからんでいるので、ネタばらしをしてしまうのも不粋だからやめておこう。
枝雀理論の「サゲの四分類」によれば、この演目のサゲは「ドンデン」、つまりどんでん返しの面白さにある。

shijaku桂枝雀 著 『まるく笑って 落語DE枝雀』
PHP研究所 1983.6.3

枝雀ファン、上方落語ファンにおすすめの一冊。
枝雀落語の魅力がよくわかる。
この本で、「サゲの四分類」を展開している。
真面目な内容でありながら軽妙。楽しく読める。

枝雀による「サゲの四分類」
ドンデン、謎解き、へん、合わせ。
詳しく紹介するとたいへんなので、これも省略。

省略ばかりで、ドーモスイマセン。 あっ、これは三平か。
では、枝雀流に。 「スビバセンネー」

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2005年11月22日 (火)

【演】高津の富

年末ジャンボ宝くじの季節がやってきた。
いつも一攫千金を夢見て10枚か20枚、買ってみるのだが、これまでの最高当選額は1万円。
宝くじを山の上まで持っていって、山の神さんに一等賞をお願いしたこともあったが、やはりというか、そんな欲深な願いは聞きいれてもらえなかった。

上方落語に 「高津の富」 (こうづのとみ)という演目がある。
江戸(東京)落語では 「宿屋の富」 という。
大阪の高津神社で売られていた富くじ(いまの宝くじ)のはなし。

ぼくは、桂枝雀のマクラが好きだ。

どんな内容かというと、金は天下の回りものというけれど、どこにでもまわってくるかというとそうではなく、まわる道、ルートが決まっているんだそうだ。
そのルートのニア・バイにいる人にはまわってくるけれど、ファラ・ウェイにいる人には生涯まわってこない。

大体、お金というものは寂しがりやなんであって、お札の王様の一万円札でも一人立ちはできない。 一枚では立てない。 それが証拠に、たとえ三枚、五枚ぐらいあっても、もっと大勢の仲間たちのところへ飛んでいこう、飛んでいこうとする。・・・

宝くじはいいもんである。
庶民の夢というか、当たるといいなぁ~と思っているだけで、心が暖まるものだ。

最後に、枝雀の語り口を借りると
「こないだうちから、この宝くじの存在をばあてにしているのでございますが、三日前でございましたか、ちょっと不吉な話を耳にしたのでございます。 ・・・それは、その宝くじというものは、あの券を買った人の中から当たりくじが出るのやそうでございます。 ・・・可能性は薄いなぁ、と・・・」

この噺、ストーリーは単純だが、なかなかホロリとしてしまう内容である。
高津神社(たかつじんじゃ、というのが正式な名前らしい)の境内の抽選会場で、欲にかられた人たちが、自分に当たりますように、とワイワイガヤガヤやるところが聞かせどころ。

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2005年11月15日 (火)

【演】千両みかん

みかんといえば、上方落語のこの演目。
みかん一個が千両、という話。

船場の大店(おおだな)の若旦那が臥せってしまう。病名がわからない。
恋わずらいか、と心配した大旦那が番頭を使って若旦那の気持ちを聞くと・・・なんと、みかんが食べたい一心で寝付いてしまったという。
「みかんなんぞお安い御用」と、うっかり安請け合いした番頭。
夏の盛りのことである。いまとちがって、真夏にみかんなんぞあるわけがない。

大旦那に、「あると言ったみかんがなければ、倅はがっかりして死んでしまう。主殺しは火あぶりの刑」と脅され、大阪中をさがしまわる番頭がこっけいでもあり、可哀相でもある。

どこへ行っても「そんなもん、おまへん」と言われて、そのうち磔(はりつけ)台が目にちらつき、わけがわからなくなった頃、「天満のあかもん市場に行きなはれ」と言われる。
〝あかもん市場〟とは、〝赤物〟すなわち果物専門の市場。
〝あおもん〟は、野菜だそうだ。
天満には、一年中みかんを商う問屋があったのだ。
もちろん、みかんの季節に仕入れて蔵に保存しておく。
ところが、暑い盛りのこととて、その店の蔵にも満足な形のみかんは、たった一つしか残っていない。

果物問屋は事情を聞くと、代金はいらないから一刻も早く持っていきなはれ、と言ってくれたのに、番頭が「そうはいかない、金に糸目はつけないから売ってくれ」と口をすべらしたばっかりに、果物問屋の方が意地になり、みかん一個に千両の値段が付いてしまうのである。

可哀相な番頭、すごすごと自分の店に戻って大旦那に報告すると、「それは安い!千両で倅の命が助かるのなら」ということに。
めでたく千両で貴重なみかん一個を手に入れ、若旦那の病気も治る。

十袋あったみかんの房の三袋だけ残して、「おとっつあんと、おっかはんと、おまえとで一房ずつ食べておくれ」。
これを手にした番頭。
これだけでも三百両の値打ちがあるのかと考えて、おかしくなってしまう。

「これが三百両!十三の歳から奉公して、来年は別家させてもらうが、その時にもらえる金がせいぜい五十両。ここにあるのが三百両・・・」
番頭、みかん三袋持ってどっかへ行ってしまいよった、というサゲである。


この噺、ぼくは桂枝雀が演じていたテレビ番組(関西系)を録音してあり、何度も聞いた。
何度聞いてもホロリとしてしまう。番頭の気持ちがよくわかるから。
・・・いい話である。

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2005年10月22日 (土)

【演】葛根湯

すこし風邪気味である。ふだん、薬というものを飲まないのだが、こんな時は葛根湯を飲むとたいてい治ってしまう。
胃の調子が悪ければ漢方胃腸薬、便秘気味なら「いけだや通じ丸」という富山の丸薬。薬を飲むのはこれぐらい。いずれも生薬である。西洋の薬はなんとなく恐いので、医者から薬をもらってもあまり飲まないようにしている。

葛根湯といえば、またまた落語ネタだが、「葛根湯医者」というのを思い出す。
どんな病気にも葛根湯を処方する医者をこう呼ぶ。
「先生、わたし頭が痛いんです」「いけませんなァ。葛根湯を飲みなさい」
「お腹が痛いんです」「いけませんなァ。葛根湯を飲みなさい」
「先生、わたしあの男について来たんですが」「いけませんなァ。ご退屈でしょう。葛根湯・・・」

ことほどさように、葛根湯はなんにでも効くのである。
丹沢の山小屋に泊まったとき、風邪が悪くなって困ったことがある。咳がとまらなくて同宿の登山者に気をつかいながら、なかなか眠れなかったが、これも寝る前に飲んだ葛根湯が効いたのか、翌朝には抜けてしまった。ほんとうの話である。

ところで「葛根湯医者」の続きだが、「寿命医者」(患者が亡くなったら〝ご寿命です〟)、「手遅れ医者」(なんでもっと早く連れてこんのじゃ。バカァ。こりゃ手遅れですなァ)、「雀医者」(藪へ飛んで行こう、飛んで行こうとしている、つまりこれからヤブ医者になろうとしている医者)など、落語の世界にはいろんな医者がいるそうだ。

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2005年10月16日 (日)

【演】桂枝雀

日付がかわってしまったが、今夜はニ連発。
引越しの荷物を整理していたら、桂枝雀のレコードがたくさん出てきた。
一時期、枝雀落語にはまっていて、TVにもさかんに出演していた時期だったので、ビデオも山ほどとってある。
ぼくが最も好きな噺のひとつが「壺算」である。
水壺を買いにいくはなしで、ネタばらしになってしまうが、いちばん面白いところを書いてしまおう。

落語によく出てくる頼りない人物と、その友だちの徳さんの二人が瀬戸物町へ水壺を買いに行く。
ある瀬戸物屋で3円50銭の一荷(いっか)入りの壺を3円まで値引きさせて買い、二人で担って店を出る。
ところが欲しかったのはニ荷(にか)入りの壺。それを言うと、徳さんは落ち着き払って、これがニ荷入りの壺に変わるという。二人で元の瀬戸物屋へ。
さっき買ったばかりの一荷入りの壺を、ニ荷入りに買い替えたいと言って、値段は倍の6円ということに交渉成立。
不要になった一荷入りの壺を、3円で引き取ってもらうことになり、「さいぜん現金で3円渡してある。壺の3円と銭の3円、あわせて6円で、この壺(ニ荷入り)もろて去ぬわ」・・・店のオヤジがこれに騙されて、なんとなく計算がおかしいと思いながらも、いったんは承諾する。が、やっぱりおかしいと気づいて、呼び止める。
このあたりのやりとり、文章で説明してもちっとも面白くないなぁ。

やっぱり音源で聞いてください。ビデオやCDで出ているので。
おやすみなさい。

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2005年10月15日 (土)

【演】お天気

今夜は、雨。めずらしく予報通りである。
秋の天気は変わりやすく、予想しにくい。俗に言うところの、○○○ゴコロと秋の空・・・いや、やめておこう。

天気予報の話である。
天気予報は、〝ハズレ〟るのではなくて〝ズレ〟るのだ、という屁理屈を聞いたことがある。
これには一理あって、おおまかな天気の移り変わりは予想できるが、その変化の速度が予想と微妙にズレていくので、ハズレたように見えるだけなのだという。そのズレが、あんがい早くくるのが問題だけれど・・・。

天気といえば、上方落語の故・桂枝雀がよく使ったマクラが好きだ。
枝雀さん独特の語り口を伝えたいので、本から引用する。
『まるく笑って落語DE枝雀』(PHP研究所)

お天気と申しますものは、なかなか当たらないものやそうでございます。これはもう、戦後すぐも、色々科学技術を使っております今日もほぼその的中率というものは変わりがないものやそうでして、ほぼ六割やそうでございますねェ。これがおかしゅうございます。・・・毎日、『晴』『晴』『晴』『晴』『晴』・・・言うてましても、五割は当たる勘定でございます。それをでございますねェ、『晴やァ』『雨やァ』『ちょっと曇りやァ』・・・てなことを言いながら、じょうずにはずしているわけでございます。(略)
なぜこのように当たらないかというと、何と申しましても人間よりお天気のほうが歴史が長いのでございます。我々人間というものは、偉そうな顔してますが、人間になりましたのはほんこないだからです。

・・・とまあ、こんな調子で、この後に単細胞生物から人類への進化の長い歴史を、おもしろおかしく語るのである。つまり、人類が誕生するまでにはたいへんな苦労があった、と。いっぽう、お天気の方はというと、その間、ずーっとお天気を続けていたわけで、しょせん年季が違う、というのだ。
お天気の歴史は何十億年、人間の歴史は「ほんこないだ(ほんのこのあいだ、の大阪風言いまわしですな)」というのが、ぼくは好きだ。
「気象庁のソフトボール大会が、雨で延期されたそうでございます・・・」なんてクスグリもあって、このマクラは何度聞いても可笑しい。

うーん、オチがつかないけど・・・おあとがよろしいようで。

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2005年9月21日 (水)

【演】宿替え

生まれてこのかた、引越しの数なら他人に引けをとらない。
そんなことは自慢にもならないが・・・。

またまた引越しである。
さすがにこのトシになると億劫になるが、そこで思い出したのが「宿替え」という言葉。古典落語の演目として有名なこの言葉には、「引越し」よりも気楽な響きがある。(桂枝雀の大ファンなので、上方落語の「宿替え」の軽さが好きだ。)

♪家なんて はじめから 仮の宿♪ という歌(山崎ハコ)もあった。
な~に、宿をちょっと替えるだけさ、と自分に言い聞かせながら、ただいま宿替えの準備中。
落語のように、家財道具を風呂敷一枚に包んで、よっこらせと歩いて行くだけではすまないけれど・・・。

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