カテゴリー「菅江真澄」の15件の記事

2010年5月 9日 (日)

【読】再読 「菅江真澄 みちのく漂流」

5/5に図書館から借りてきて、まだ半分ほどしか読んでいないけれど、とても面白い。
再読である。
この前読んだのは、7年前の夏だった。

 【読】菅江真澄みちのく漂流  2007年8月11日 (土)
  http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_7618.html

読んだ本の内容を、あんがい覚えていないものだ。


Sugae_masumi_michinoku_2『菅江真澄 みちのく漂流』
 簾内敬司 (すのうち・けいじ)
 岩波書店 2001/1/29 発行
 226ページ 2300円(税別)

菅江真澄の「みちのく」での足跡をたどる紀行文のようでもあり、エッセイともいえる。
(日本エッセイスト・クラブ賞受賞)
どことなく、司馬遼太郎の「街道をゆく」シリーズを思いおこさせる文章の運びだ。

― Amazonサイトより ―
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000010697
内容(「BOOK」データベースより)
漂泊者真澄の日記・地誌は、帰還の地をもつ者の旅の記録ではなかった。マタギの生態と鉱山労働、山岳信仰と海神八百比丘尼の伝承、十三湊を拠点とする安東水軍と蝦夷の一族の物語。北のトポスに折り畳まれた生と死の痕跡を、真澄の旅をとおし、著者自らの肉体に沈められた記憶としてたどる、もうひとつの道の奥。天明・天保飢饉の余燼のくすぶる真澄の東北と、現代の風景は異なっているだろうか。「辺境」から見た、日本近代の意味とは何か。江戸末期と二〇世紀末と、二百年を隔てた転換期の東北北部―菅江真澄の足跡を追い、その眼差しと重ねつつ、北の飢餓回廊とその固有の日と夜を描く、現代の東北風土記。


菅江真澄は謎の多い人物だが、不思議な魅力があって、妙に惹かれる。
たいへんな苦労をしながら、彼はなぜ、みちのくや蝦夷地を長年にわたって漂流し続けたのだろう。
今回、この本を読みながら北東北(みちのく)の地図を見ているうちに、私もいつかこの地を訪ねてみたい気持ちになってきた。

第三章 「椿の海の神々の行方」 が、ことに興味ぶかい。
八百比丘尼伝承、小野小町伝説にからめて、北東北に渡ってきた椿の由来に想いを馳せるという内容。


ここで、森崎和江 『海路残照』 という本が紹介されていて、興味をそそられた。

<若狭をはじめ能登、越後、佐渡といった各地に残る八百比丘尼伝承を対馬暖流文化の所産としたのは、森崎和江の『海路残照』(朝日新聞社)である。この書によれば、その対馬暖流文化は能登半島で消滅する。したがって、八百比丘尼伝承も能登半島を分水嶺のようにして途切れていくというのであった。> (本書 P.64)

Amazon
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000J80AG2

e-hon
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000018959534&Action_id=121&Sza_id=F3


― Wikipedia 「人魚」 の項より ―
八百比丘尼
若狭国のとある漁村の庄屋の家で、浜で拾ったという人魚の肉が振舞われた。村人たちは人魚の肉を食べれば永遠の命と若さが手に入ることは知っていたが、やはり不気味なためこっそり話し合い、食べた振りをして懐に入れ、帰り道に捨ててしまった。だが一人だけ話を聞いていなかった者がおり、それが八百比丘尼の父だった。父がこっそり隠して置いた人魚の肉を、娘が盗み食いしてしまう。娘はそのまま、十代の美しさを保ったまま何百年も生きた。だが、結婚しても必ず夫に先立たれてしまい、父も年老いて死んでしまった。終いには村の人々に疎まれて尼となり、国中を周って貧しい人々を助けたが、最後には世を儚んで岩窟に消えた。
八百比丘尼の伝承は日本各地にあるが、中でも岐阜県下呂市馬瀬中切(旧益田郡馬瀬村中切)に伝承される八百比丘尼物語は「浦島太郎」と「八百比丘尼」が混ざった話として存在し、全国的に稀である。
京都府綾部市と福井県大飯郡おおい町の県境には、この八百比丘尼がこの峠を越えて福井県小浜市に至ったという伝承のある尼来峠という峠がある。

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2010年5月 5日 (水)

【読】読了 「婆のいざない」

休みのあいだに、少しずつ読みすすめて、本日読了。
うまく紹介できないが、いちおう記録として書いておこうと思う。


Akasaka_baba_izanai_2赤坂憲雄 『婆のいざない』
 柏書房 2010/3/25 269ページ
 2500円(税別)

赤坂さんって、こんなまわりくどい文章を書く人だったっけ、と思うほどひっかかる言葉づかいが多くて気になったが、熱い想いは伝わってきた。
著者がいっしょうけんめい訴えようとしていることが、びんびん伝わってくるのだ。
「熱い想いがこめられた著作」 である。

それにしても、不思議な本だ。
著者じしん、あとがきに書いている。

<とても不思議な本ができあがった気がする。どこか、我ながら暗示的ではある。わたしはいま、大きな転換期を迎えており、それが思いがけず色濃く刻印された著作になっている。十八年間にわたる北の旅の終わりが、はからずも影を落としているのである。……> (本書 あとがき P.268)

冒頭、東北の婆(ばば)から著者が聞いた不思議な話が紹介されている。
書名 「婆のいざない」 はその逸話からきている。


<それはとても不思議な体験だったのです。三十代のはじめでした。いまだ、わたしは民俗学のとば口にも立っていません。なにしろ『遠野物語』を読みはじめたばかりだったのです。……それがいきなり、わけもわからず聞き書きの現場に投げ込まれたのです。うまくゆくはずがありません。惨めに追いつめられたわたしに、土壇場で手を差しのべてくれた女(ひと)がいました。まだ六十代ではなかったか、と思います。それでも、まさしく東北の婆のひとりではありました。そのひとはとても思いつめた顔をして、いきなりしゃべりはじめたのでした。忘れようはずがありません。衝撃でした。

おれは河童を見たことがある。若いころのことだ。夕方だったよ。裏の畑に、河童が立っていたんだ。河童はキュウリをくわえて、パンツ一丁だったな。うん、あれは、隣りのアンチャだった。>

(本書 序章 「婆は河童を見た、という」 はじめての聞き書きの晩に P.10)


全体を要約、紹介する力量が私にはないので(いつもそうだ)、目次を紹介しておこう。

序章  婆は河童を見た、という
第一章 イザベラ・バードが見た東北
第二章 東北の原風景とはなにか
第三章 人と自然――共生の思想をもとめて
第四章 差別の民俗史のために
第五章 田植え踊りはどこから来たか
第六章 旅と世間、そして道行きの文化
第七章 東北学から地域学へ
第八章 排除のいま、定住のおわりに
あとがき


イザベラ・バード、菅江真澄、宮澤賢治、柳田国男、折口信夫らの著作を引用しながら、著者が東北の地で考え続けた思想が縦横に語られる。

当初、講演集として編集するつもりだったらしいが、「かつて、どこかでやった講演の起こしなどを十数本並べて、手を入れて」 いくうちに、講演集でもなく論文集でもない本書ができあがったという(あとがき)。

たくさんの刺激を私に与えてくれた一冊だった。


同時期に出版された、『旅学的な文体』 (五柳書院) にも惹かれる。
読んでみようかな。

e-honサイト
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032396162&Action_id=121&Sza_id=C0

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【読】ひさしぶりに図書館から借りてきた本

Akasaka_baba_izanai赤坂憲雄さんの 『婆のいざない』 (柏書房・2010年3月)を読んでいたら、菅江真澄の描いた絵が見たくなった。
近くの図書館に『菅江真澄民俗図絵』 (岩崎美術社・1989年)の中巻と下巻があったので、徒歩数分、散歩がてら借りにいってきた。
なぜ上巻がないのか不思議だが、三年前の夏に、いちど借りて眺めたことがあった。

ついでに、図書館の端末で検索してみつけた本――これも、同じ頃にいちど読んだはずだが、もう一度借りてきた。

簾内敬司 著 『菅江真澄 みちのく漂流』
 岩波書店 2001年
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_7618.html

Sugae_masumi

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2008年3月 9日 (日)

【読】日本庶民生活史料集成

図書館から、二冊借りてみた。
さすがに分厚い。
とても読めないが、興味のある内容なので、パラパラ見てみようと思う。

Shomin_shiryou_shusei三一書房
『日本庶民生活史料集成 第二巻』
 探検・紀行・地誌 西国編
 編集委員 宮本常一、原口虎雄、谷川健一
 序文 宮本常一
「日本九峰修行日記」 野田成亮/「江漢西遊日記」 司馬江漢/「西遊雜記」 古川古松軒/他

『日本庶民生活史料集成 第四巻』
 探検・紀行・地誌 北辺編
 編集・序文 高倉新一郎
「エトロフ島漂着記」/「蝦夷日記」 武藤勘蔵/「東韃地方紀行」 間宮林蔵/「蝦夷国風俗人情之沙汰」 最上徳内/「北海随筆」 坂倉源次郎/「寛政蝦夷乱取調日記」 新井田孫三郎/「近世蝦夷人物誌」 松浦武四郎/他


Funado_ezochi_bekken1_3Funado_ezochi_bekken2_2新井田孫三郎の取調日記は、いわゆる 「クナシリ・メナシの反乱」 を鎮圧した松前藩側の記録。
船戸与一 『蝦夷地別件』 に描かれた事件である。
ちなみに、船戸与一のこの小説の巻末にも、花崎皋平 『静かな大地』 が参考資料としてあげられている。


図書館の書棚にずらりと並んでいたこの史料集成 全20巻は圧巻だった。
私の関心分野のオリジナル・テキストがたくさん収録されている資料集だ。
こういう本を、時間を気にせずゆっくり読めるようになるといいな。


【参考】
三一書房

http://www.san-ichi.co.jp/index.shtml


『アイヌ人物誌』 松浦武四郎 (更科源蔵・吉田豊 訳) 平凡社
『静かな大地』 花崎皋平 岩波書店
『菅江真澄遊覧記』 菅江真澄 (内田武志・宮本常一 編訳) 平凡社
『大江戸 泉光院旅日記』 石川英輔 講談社

Matsuura_aynuShizukana_daichi_bunkoSugae_masumi_yuuran1_2Ishikawa_senkouin_2











『日本庶民生活史料集成 第二巻』 の宮本常一の序文で、泉光院野田成亮の旅の記録 『日本九峰修行日記』 が、次のように紹介されている。
少し長いが、引用しておこう。

<(前略) この書によってわれわれは幕末期の修験道の実情を知ることができるばかりでなく、泉光院のあるいた道をたどって、ある異様の感にうたれる。 泉光院はほとんど街道筋をあるいていない。 いまは草に埋もれて失われてしまったようなところをさえあるいている。 街道筋以外の風物を数多く伝えようとしているものとして東北をあるいた菅江真澄に匹敵するものであろう。>

<中国筋では紀行文のあまりのこっていない山陰の村々をあるき、飛騨から信濃へは野麦峠をこえている。 この人には山野をあるくことは少しも苦ではなかったようであり、人煙まれな山野をあるいても道にまよったらしい記事すらほとんどないのはどうしたことであろうか。 細道ばかりをあるきつづけて簡潔な文章の中に地方風土のさまをよく伝えている。 その中で私をおどろかせたのは美作山中の百姓たちが、しきりに孝経・大学・孟子などの講釈をもとめていることである。 足を出したりタバコをすったり、浄瑠璃聞きの如くであったという。 そしてそれは前後もわかたぬ野人なのである。 この一事からも察せられるように問題意識をもって読めば実に興味ふかいものがあり、同一時代の僻地と都会地の生活文化対比すら可能になって来る。>

  ― 『日本庶民生活史料集成 第二巻』 序 (宮本常一) ―

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2007年11月 2日 (金)

【読】地方出版社

新刊書店にいくと、おもしろい本がみつかるものだ。
ジュンク堂新宿店で、こんな本をみつけた。

Sugae_masumi_akitaSugae_masumi_zuga無明舎出版 (秋田市)
http://www.mumyosha.co.jp/

『秋田の文化入門講座
  菅江真澄と秋田』 伊藤孝博 2004/11
『菅江真澄 図絵集
  秋田の風景』
 田口昌樹 編 2006/7

地方の出版社って、なかなか気合がはいっていると思った。
秋田は菅江真澄ゆかりの地。 さすがだ。
左のブックレットは、わずか70ページほど。
よくまとまっていておもしろかった。
巻末に紹介されている参考図書案内も、ありがたい。

菅江真澄の図絵は、手に入れたいと思っていたが、こんな本があるとは知らなかった。
小型ながら、カラーの美しい図版が満載。
図書館にあった大判の図絵集は、高価で、とうてい手が出ないとあきらめていたのだ。

・・・じつは、これらの本を買うことが目的ではなかった。
別の書店でみかけて、その時は買わずにいたが、図書館にもなかったのでジュンク堂でさがしてみたのが、これ。
アテルイ関係の評論の中では、群を抜いておもしろそうなのだ。

Kuji_aterui『蝦夷・アテルイの戦い』 久慈 力
  批評社 2002/7/10
Amazon
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4826503539

批評社は東京の出版社だが、これまたユニークだ。
批評社
http://www.hihyosya.co.jp/

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2007年8月26日 (日)

【楽】【読】きょうの一枚、一冊

暑いなぁ。
まだまだ夏は続くのか。

LPからダビングしてあるMDで、山崎ハコの 『幻想旅行』 を聴いている。
ライブに行けないのがつらいな。
Hako_genso1aHako_genso1b山崎ハコ 『幻想旅行』
 1981.11 キャニオン・レコード
なぜ、こんないいアルバムがCDで再発売されないんだろう。


収録曲(全10曲)
A面) 幻想旅行 / 北北東 / 終点まで満員 / 東北・都 / 雪の道
B面) サンクチュアリーへ / 港の歌 / さくら / 歌は旅 / 旅路

「サンクチュアリーへ」という歌が好きだ。
工藤順子作詞/山崎ハコ補作詞/石黒ケイ作曲/井上鑑編曲
工藤順子の詞が秀逸。 石黒ケイの曲もいい。
ちょっといつものハコさんとちがうぞ、といった感じの、「ほんのりと明るい」曲調なのだ。

♪ 積み上げすぎた世の中は / 生きてることが見えないよ / 知らぬふりして歩くには / 道が長くてたまらない / まぶしく続くハイウェイ / きっとあそこへ続く道 / ほこりまみれのハイウェイ / 夢がころがるあの国へ / ヘイヘイストップ北へ北へ行くんだ / ヘイヘイストップ背中に見る苫小牧 / 忘れた歌が私を呼ぶんだ / そこはそうよサンクチュアリー ♪

一番の歌詞をぜんぶ書き写してしまった・・・。
著作権をうんぬんするのなら、誰でも聴けるように、復刻してくれい!
中古レコード市場にも出ていないじゃないか――と、レコード会社に文句を言いたくなる。

Akasaka_touhoku_renaissance_2『東北ルネサンス』 赤坂憲雄 編
  ― 日本を開くための七つの対話 ―
小学館文庫 2007.8.12発行

 ※ 『日本再考――東北ルネッサンスへの序章』
  (2002.3 創童舎 発行) の文庫化

赤坂憲雄氏と下にあげた各氏との対談集。括弧内は章題。
2002年3月~9月、東北電力創立50周年記念の公演イベントとして行なわれた対談がベースになっている。

五木寛之 (東北の可能性)
中沢新一 (縄文の記憶を求めて)
谷川健一 (精神史の古層へ)
高橋克彦 (蝦夷とはだれか)
高橋富雄 (はじまりの東北)
井上ひさし (ふたたび吉里吉里へ)
山折哲雄 (生と死の風景から)

五木さんとの対談を読みはじめているが、刺激的な内容だ。
五木さんの近作 『日本人のこころ』 シリーズ (講談社)をベースに、「日本史の闇」を掘り起こす対談。
赤坂氏から、イザベラ・バードの旅や菅江真澄についての発言もある。

赤坂 <五木さんは最近、『日本人のこころ』 と題したシリーズを出されていて、たいへん刺激的な内容なんですね。 (略) このシリーズのなかで、五木さんは 「私たちは本当の日本を知らない。 日本人の心を知らない」 と繰り返し指摘されていたかと思います。>
五木 <赤坂さんがおっしゃった「私どもは日本を知らない」というのは、実は私の実感なんですね。私は生後間もなく当時の朝鮮半島に両親とともに渡りまして、十三歳で敗戦、十四歳で引き揚げたんです。(略)その後に、金沢に住み、そして京都を訪れというふうにしているうちに、何だこりゃという感じが非常に強くなってまいりまして、海外へ行って海外のことなどを得々と喋っているけれども、自分は肝心の日本のことを何も知らないじゃないか、日本というのはいったいどういう国なんだと、自信喪失とともに、非常に強い好奇心が湧き起こってまいりました。>

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2007年8月25日 (土)

【読】笹森儀助と石光真清

Miyamoto_tsuneichi_henkyou宮本常一 『辺境を歩いた人々』 (河出書房新社) のおしまいのほうを読んでいたら、笹森儀助と石光真清が、満州で出会っていたことが書かれていた。
石光真清の手記 『曠野の花』 に、このときのことが書かれているという。
『曠野の花』 は、すこし前に読んでいた。
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_bd47.html
どうりで、笹森儀助という名前になんとなくおぼえがあるような気がして、ひっかかっていたのだ。 なるほど、合点。

『辺境を歩いた人々』 の目次には、四人の名前しか出ていない。
近藤富蔵、松浦武四郎、菅江真澄、笹森儀助。
しかし、宮本さんの文章には、その時代に彼らをとりまいていた魅力あふれる人々がたくさん紹介されている。
笹森儀助の章では、田代安定(あんてい)と伊能嘉矩(よしのり)の二人にかなりのページが割かれていて興味ぶかかった。
彼らは、明治18年頃(日清戦争の年)から、沖縄や台湾を歩いて調査した人たちだ。
笹森儀助にとって、沖縄探検の先輩にあたる。
笹森儀助の琉球列島探検は徹底していて、明治26年、沖縄本島の那覇に着いたあと、宮古、石垣、西表、鳩間、さらには与那国島まで足をのばし、沖縄本島に戻り、奄美大島をみて鹿児島に戻る、四か月以上の旅をしている。
現在のように、交通が発達していない時代のこと、船とじぶんの足だけが頼りの旅。
マラリアにも苦しめられ、野宿もいとわない旅だったらしい。
すごいな。

ところで、この本の巻末年表も興味ぶかい。
その一部を抜粋してみよう。

1754(宝暦四) 菅江真澄、三河国に生まれる
  最上徳内、羽前に生まれる
1771(明和八) 近藤重蔵、江戸に生まれる
1778(安永七) ロシア人、クナシリ島に来る
1780(安永七) 間宮林蔵、生まれる
1782(天明二) 伊勢国の光太夫ら、ロシアに漂着
1783(天明三) 東北地方大飢饉(翌天明四年まで、天明の大飢饉)
1784(天明四) 菅江真澄、信濃から越後、奥羽、津軽、南部への旅
1785(天明五) 徳内、幕府の調査隊に加わり、千島列島の旅へ
1788(天明八) 真澄、津軽から松前へ、寛政四年(1792)まで松前地方の旅
  古川古松軒、幕府の巡見使に加わり東北地方へ
1792(寛政四) ロシア使節ラクスマン、伊勢の光太夫らを送って松前に来る
1798(寛政十) 徳内、第六次蝦夷探検でエトロフへ
  重蔵も同行、モヨロ湾に「大日本恵土呂府」の標柱を立てる
1799(寛政十一) 重蔵、第二回の蝦夷地探検
  間宮林蔵と松田伝十郎、蝦夷地探検、冬をすごす
  東蝦夷地が幕府の直轄支配地になる
1800(寛政十二) 重蔵、高田屋嘉平とともにエトロフへ
  伊能忠敬、初めて北陸と蝦夷地の測量
1805(文化二) 近藤富蔵、生まれる
1807(文化四) 近藤重蔵、利尻島を探検
  西蝦夷地が幕府の直轄支配地となる
1808(文化五) 間宮林蔵、カラフトから黒竜江方面の探検
  間宮海峡を発見
1811(文化八) ロシア艦長ゴロウニン、捕われる
  外国船打ち払い令
1814(文化十一) 伊能忠敬、『沿海実測全図』完成、ロシアとの国境を決める
1818(文政元) 松浦武四郎、伊勢国に生まれる
1821(文政四) 幕府、蝦夷地を松前氏に返す
1823(文政六) シーボルト、長崎に来る
1826(文政九) 近藤富蔵、人を殺める(翌年、八丈島へ流刑)
1829(文政十二) 真澄、秋田の角舘で死去 重蔵、江州で死去
1836(天保七) 最上徳内、死去
1840(天保十一) 清国でアヘン戦争
1841(天保十二) 天保の改革始まる
1844(弘化元) 松浦武四郎、蝦夷、カラフトの探検を志して旅に出る
1845(弘化二) 武四郎、蝦夷地探検
  笹森儀助、陸奥国弘前に生まれる
1846(弘化三) 武四郎、第二回の蝦夷地探検
1847(弘化四) 近藤富蔵、流刑先の八丈島で『八丈実記』を書き始める
1849(嘉永二) 武四郎、第三回の蝦夷地探検(おもに千島列島)
  最初の北海道地図『蝦夷大概図』を描く
1851(嘉永四) 武四郎、『三航蝦夷日誌』35冊を書き上げる
1853(嘉永六) ペリーが浦賀に、ロシアのプチャーチンが長崎に来る
1856(安政三) 田代安定、鹿児島に生まれる
1860(万延元) 井伊大老、桜田門外で暗殺
1867(慶応三) 明治天皇、皇位につく
1868(明治元) 伊能嘉矩、岩手県遠野に生まれる
1869(明治二) 松浦武四郎、北海道の道名、国名、郡名を選定
1880(明治十三) 近藤富蔵、罪を許される
1887(明治二十) 富蔵、八丈島で死去
1888(明治二十一) 松浦武四郎、死去
1889(明治二十二) 帝国憲法発布
1890(明治二十三) 教育勅語発布、帝国議会召集
1893(明治二十六) 笹森儀助、南島探検をし、『南島探検』をあらわす
1894(明治二十七) 日清戦争勃発
1895(明治二十八) 日清戦争勝利、台湾を譲り受け、台湾征伐を行なう
1902(明治三十五) 笹森儀助、第二代青森市長に 日英同盟
1904(明治三十六) 日露戦争勃発
1905(明治三十七) 日露戦争勝利、カラフトの北緯50度より南側が日本領土に
1914(大正三) 第一次世界大戦に参戦
1915(大正四) 笹森儀助、死去
1925(大正十四) 伊能嘉矩、死去
1928(昭和三) 田代安定、死去

もう一冊、宮本常一さんの同じシリーズで、こんな本も出ていたので入手。
Miyamoto_tsuneichi_minaminoshima宮本常一 『南の島を開拓した人々』
  河出書房新社 2006.1.20発行
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309224458
この本の目次に登場するのは、次の七人。
中川虎之助を除いて、私の知らない人ばかりだが。
藤井富伝(諏訪之瀬島を開拓)
中川虎之助(石垣島・台湾で精糖事業を興した)
村岡伊平治(南洋で出稼ぎ女性に尽くした)
菅沼貞風(南方交易史を研究)
太田恭三郎(タバオで麻園を経営)
原耕・捨思 兄弟(南方漁場を開拓した兄弟)


石光真清 『曠野の花』 中央公論社(中公文庫)
Ishimitsu2― 「異郷の同胞たち」 (P.57) より ―
三等客車の中には露支韓人の下層階級のものばかりがそれぞれ自国語で語り合っていたが、私はただ一人窓際に坐って前途をぼんやり考えていた。 そのうちにうとうと眠ってしまった。 汽車が停ってふと眼を覚すと、六十歳を少し越えたと思われる日本人が乗込んで来た。 私はその風体を見て思わず微笑した。 ところどころ破れて色のさめたフロックコートに、凸凹の崩れかかった山高帽をかぶり、腰にはズダ袋をぶらさげ、今一つ大きな袋を肩から斜めに下げていた。 しかも縞のズボンにはカーキ色のゲートルを巻き、袋の重みを杖にささえて入って来たのである。 (略) 「わしは青森の者でナ、笹森儀助と申しますじゃ。 老人の冷水と笑われながら、笑う奴等には笑わせておいてナ、飛び出して来ましたじゃ。 これもお国へのご奉公ですよ」 (後略)

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2007年8月21日 (火)

【読】この本がおもしろい

きのうから読み始めたこの本がおもしろい。
Miyamoto_tsuneichi_henkyou『辺境を歩いた人々』 宮本常一
 河出書房新社 2005.12.20
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309224458

読み始めてわかったのだが、この本は少年少女向けに書かれている。
(さ・え・ら伝記ライブラリー14 『辺境を歩いた人々』 1966年を底本としている)
かつて日本の辺境を歩いた四人が、伝記ふうに紹介されている。
近藤富蔵・・・近藤重蔵の息子。人を殺めて八丈島に流され、『八丈実記』を遺した人。
松浦武四郎・・・「北海道」の名付け親。蝦夷地の奥地をくまなく歩いた人。
菅江真澄・・・故郷を離れて、みちのく(東北地方)を歩きまわった人。
笹森儀助・・・千島列島、沖縄、奄美大島、台湾、朝鮮と、一生旅をした人。

いずれも、江戸時代末期から明治にかけて生きた魅力的な人物である。

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2007年8月14日 (火)

【読】なつやすみのにっき (5)

としょかんにりくえすとしてあったほんがとどいたので、とりにいってきました。
Sugae_masumi_tabitonikkiじゅうろくねんまえにしゅっぱんされたほんですが、まだだれもよんでいなような、きれいなじょうたいです。
ほんやさんではてにはいらないようなので、がんばってよんでみようとおもいます。
やすみでいえにいても、ほんはほとんどよめません。
つうきんでんしゃやばすのなかのほうが、よくよめるのがふしぎです。

あすから、いっぱくふつかのみじかいりょこうにでます。
ゆきさきは、おくたでしなのしぶおんせんです。
あすは、すわこではなびたいかいがあるので、どうろがこんざつしそうです。
http://www.suwako-hanabi.com/kojyou/


『菅江真澄の旅と日記』 内田武志 著

 未來社 1970.5.30 初版 1991.3.10 新装版

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【読】なつやすみのにっき (4)

きょうは、かぞくのかいものにつきあって、たちかわのはんかがいへ。
ひさしぶりに、おおきなしんかんしょてんをのぞいて、なんさつかしゅうかくがありました。

さいきんこっている、すがえますみかんけいと、あいぬかんけいの、きょうみぶかいほんをみつけました。
たまには、しんかんしょてんをのぞいてみるものだ、とおもいました。
よていがいのしゅっぴでしたが、ほんにはおかねをかけてもいいとつねづねおもっているので、これでいいのです。

Ainu_minzoku_no_rekishi_2Chiri_yukie_sonomawari『アイヌ民族の歴史』 榎森進
 草風館 2007.7.1
 600ページを超える分厚い本
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309224385
『異郷の死 知里幸恵、そのまわり』
 西 成彦/崎山政毅 編
 人文書院 2007.7.20
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409160907
津島佑子のエッセイ 「越境の女性作家として」が載っている




Miyamoto_tsuneichi_henkyouEdo_no_tabinikkiShibaryou_kaidou29『辺境を歩いた人々』
 宮本常
 河出書房新社 2005.12.20
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409160907



『江戸の旅日記』

 ヘルベルト・プルチョワ
 集英社新書 2005.8.22
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409160907
『街道をゆく 29』
 司馬遼太郎 朝日文庫
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4409160907
「菅江真澄のこと」という10ページほどの短い文章で、菅江真澄にふれている

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