カテゴリー「こんな本を手に入れた」の60件の記事

2008年8月17日 (日)

【読】あの戦争を知るための二冊

ずいぶん前に持っていて読んだはずだが、内容はもう霧の彼方。
そんな本があるものだ。

ネット通販で、このたび入手。
手放さずに持っていればすぐに読み返せたのに、と思いながらネット検索してみたら、簡単に入手できることがわかった。
注文から数日後に到着。
便利といえば便利な世の中になったものだ。

Hiraoka_nihonjin_chugoku平岡正明 『日本人は中国で何をしたか』
  潮文庫 1985.7.30発行
 底本 1972年 潮出版社刊
 『日本人は中国で何をしたか―中国人大量虐殺の記録』

<本稿は、旧日本軍隊が北支で行なった壊滅作戦を、南支における対国民党正規軍戦との対比において論じ、南京大虐殺および日本列島における俘虜強制労働、虐待、虐殺、そして反乱劇としてあらわれた花岡事件を、三光との対応において論じるものとする。>
(本書 著者「あとがき」より)

<殺しつくし、焼きつくし、奪いつくすという、いわゆる “三光作戦” は開始された。 日本軍の恐るべき壊滅作戦を追う。>
(本書カバーより)

Hiraoka_chugokujin_nihon平岡正明 編著 『中国人は日本で何をされたか』
   ―中国人強制連行の記録―
  潮出版社 1973.2.5発行

<本書は 『日本人は中国で何をしたか』 の姉妹編として出版される。 編者の意図では明瞭にそうであり、三光作戦について調査・研究していたときから、中国人強制連行事件と、俘虜の反乱に多大の関心をもっていた。……>
(本書 「はじめに」 より)

この二冊は、平岡正明の労作だと思う。

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2008年8月11日 (月)

【読】この夏、あの戦争を考える (続々)

これもずいぶん前にきまぐれで買った本。
軍艦マーチが聞こえてきそうな冊子だ。

Daitoua_tizu『歴史の証人・地図』 ~ 大東亜戦争を語る ~
  発行人 菊地正浩  発行元 (有)ケイエスケイ
  平成15年6月発行

怪しげな本だが、資料として興味ぶかい。
歴史的な地図(アジア・太平洋戦争時の)が、多数収録されている。

著者は、本のタイトルや装幀から想像がつくが、先の 「大東亜戦争」 を肯定する立場。
やれ、自虐史観だの、日本人の精神文化だの、八百万神だの、愛国心だの、大和魂だの、……きりがないのでやめておくが、なかなかの御仁だ。

それでも、おもしろいのは、「南京大虐殺」 を、「全くなかったとは言えない」 と認めているところ。(「歴史教科書問題について」 P.67-)

近年、「南京大虐殺」 (1937年12月13日、日本軍の南京占領時の残虐行為) はウソだ、というとんでもないことを言う輩が出てきているが、「戦争だからそういうこともあるが、しょうがないのだ」 という人は、まだマシな方か。

それにしても――と、ここに収録されている70年ほど昔の世界地図を見て思う。

ちっぽけな島国の住人が、どこまで手を広げれば気がすんだのか。
石油資源の確保、というのっぴきならない事情があったにしろ、東南アジアから太平洋のどまんなかまで、軍艦をつらねてよくも出かけていったものだと思う。

朝鮮半島や中国大陸、さらにはもっと南まで、土足で他人様の家にあがりこむように、どんどん押し寄せていった日本人。
(軍人、兵隊だけではないのだ)

このあたりの事実を、しっかり押さえていこうと思う。
知ることは力(ちから)だと思う。



【追記】
あの時代に生まれていたら、じぶんはどうしただろうか。
――そういう自問を忘れずにいたいと思う。
今の時代の今の立場で、あの戦争の時代を生きた人たちを、どうのこうの言うことだけはしたくない。
(日曜日夜のBS2の番組、「大集合!青春のフォークソング」のビデオ録画で、加川良の軟弱な 「反戦歌」 を聴きながら)

【さらに追記】
この番組の山崎ハコは、さすが。
BOB DYLAN の Blowin' In The Wind を歌っていた。
ボブ・ディランのこのような反戦歌なら、許せる。
日本の 「フォーク」 は、ちっちゃい。
だんだん本題をはずれていきそうなので、ここまで。

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2008年8月10日 (日)

【読】この夏、あの戦争を考える (続)

興味ぶかい本が出ていたので、買ってみた。

『7 アジア解放の夢』 は、数ヶ月前に買っていた。
『8 果てしなき戦線』 を、昨日、追加で買ってみた。
先日読んだ 『あの戦争は何だったのか』 (保阪正康) に書かれていた時代と重なる、『8 果てしなき戦線』 (1937年~1945年) を少し読んでみている。

Nihon_no_hyakunen7_3Nihon_no_hyakunen8ちくま学芸文庫

『日本の百年7 アジアの解放』
  橋川文三 編著
  2008.4発行
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480090775/

『日本の百年8 果てしなき戦線』
  橋川文三、今井清一 編著
  2008.5発行
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480090782/


【参考サイト】
筑摩書房 ちくま学芸文庫 日本の100年
http://www.chikumashobo.co.jp/special/100year/ 

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2008年7月23日 (水)

【読】この本がおもしろそう

暑い。
なかなか本が読めない。
通勤電車の中は涼しい、というか寒いぐらいに冷房がきいているのだが、座ると眠くなってしまう。
暑くて、毎日ぼーっとしている。

読みかけで投げ出したままの本がたくさんあるけれど、無理してコムズカシイ本を読むこともないし。
そんなわけで、この本を読んでみようかと思う。
おもしろそうなのだ。

だいぶん前に、大型古書店(ブックセンターいとう)でみつけたもの。
正高信男さんの本は、これまでに何冊か読んでいて、好きなのだ。

Masataka_tensai正高信男 『天才はなぜ生まれるか』
 ちくま新書 466  2004.4発行

こんな内容の本だ。(カバーそで より)

<日本人にとって「個性的な=独創性を備えた人間」を育てるという目標は、半ばトラウマのようについてまわる事柄である。 では、その個性を彩っている独創性は、どのように形作られるのだろうか。 ここで厄介なのは、それが、ある能力の欠如による結果として生み出される場合が多いということである。 歴史に大きな足跡を残した六人の個性的な生涯をたどりながら、様々な障害が逆に独創性を形成していく意外なプロセスを解き明かす。>

とりあげられている六人。
カッコ内はこの本の章題。

トーマス・エジソン 1847-1931 (うわの空のエジソン)
アルベルト・アインシュタイン 1879-1955 (癇癪持ちのアインシュタイン)
レオナルド・ダ・ヴィンチ 1452-1519 (外国語のできないレオナルド)
ハンス・クリスティアン・アンデルセン 1805-1875 (古典嫌いのアンデルセン)
アレクサンダー・グラハム・ベル 1847-1922 (付き合いべたなベル)
ウォルト・ディズニー 1901-1966 (落ち着きのないディズニー)

私はひねくれものなので、こういうタイトルを見ただけで嬉しくなる。



正高信男 (まさたか・のぶお)

1954年生まれ。 1983年、大阪大学大学院人間科学研究科博士課程修了。
学術博士。 専攻は認知神経科学。
アメリカ国立衛生研究所、マックスプランク精神医学研究所、東京大学理学部助手などを経て、現在は京都大学霊長類研究所教授。
主な著書に 『ニホンザルの心を探る』(朝日選書)、『いじめを許す心理』(岩波書店)、『赤ちゃん誕生の科学』(PHP新書)、『子どもはことばをからだで覚える』『0歳児がことばを獲得するとき』『ケータイを持ったサル』『父親力』(いずれも中公新書)、『ヒトはなぜ子育てに悩むのか』(講談社現代新書)などがある。
― 本書著者紹介 ―

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2008年7月 6日 (日)

【読】【楽】添田唖蝉坊

こんな本を、少しまえに近くの本屋で見つけた。

Azenbou_hayariuta_2『流行り唄後十年 唖蝉坊は歌う』
 添田知道(そえだ・ともみち)
 小沢昭一 解説・唄
 朝日選書 105  2008.4.30

添田知道は、添田唖蝉坊の長男。
1902年、添田唖蝉坊の長男として東京に生まれる。
1919年頃より父の演歌制作に加わり、芸名・添田さつきとして共に街角で歌う。
昭和になってからは小説・随筆を書き、『教育者』で新潮賞、『演歌の明治大正史』で毎日出版文化賞受賞。 1980年3月18日、77歳で死去。
― 本書 著者紹介より ―

この新書には、小沢昭一の歌うミニCDが付いている。

Ozawa_azenbou唖蝉坊のつくった歌は、高田渡やソウル・フラワー・モノノケ・サミットなどによって歌われている。

高田渡
 「ごあいさつ」 ―しらみの旅―
 「Best Live」 ―イキテル・ソング―

ソウル・フラワー・モノノケ・サミット
 「レヴェラーズ・チンドン」 ―むらさき節―
 「アジール・チンドン」 ―ラッパ節―

また、添田知道(芸名:添田さつき)の歌が、おなじくソウル・フラワー・モノノケ・サミットによって歌われている。

ソウル・フラワー・モノノケ・サミット
 「アジール・チンドン」 ―復興節、東京節―

Takada_wataru_goaisatsuTakada_wataru_best_live_4Soul_flower_levelers_chingdong_5Soul_flower_asyl_chingdong








久しぶりに、高田渡さんの 「Best Live」(二枚組)を聴きなおして、あらためて気づいたのだが、青柳利博さん(ギター)と久美子さん(アコーディオン)が渡さんのバックプレイヤーとして聴ける。
(1997年5月5日、吉祥寺ハバナ・ムーンでのライブ録音、8曲)


「イキテルソング」 ――大正7年、米騒動の頃につくられた歌。
 ♪ 生きたガイコツが踊るよ踊る
   ガイコツどんなこというて踊る、よ
   やせたやせた外米食うて痩せた
   日本米恋しいというておどる …… ♪


―以下、Wikipediaより転載―
http://ja.wikipedia.org/wiki/

添田唖蝉坊(そえだ・あぜんぼう)
1872年12月25日(明治5年11月25日) - 1944年(昭和19年)2月8日)
昭和の演歌師の草分けである。
号は、自らを「歌を歌う唖しの蝉」と称したところから由来。

神奈川県の大磯の農家の出で、四男一女の三番目の子として生まれる。

叔父が汽船の機関士をしていた関係で、海軍兵学校を志願して上京したが、受験勉強中に浅草の小屋掛芝居をのぞいたのがきっかけで、その世界にのめり込む。海軍兵学校には入学せず、汽船の船客ボーイになり、2年で挫折。以後、横須賀で土方人夫、石炭の積み込みなどの仕事に従事していたが、1890年(明治23年)、壮士節と出会う。当時は政府が廃藩置県、地租改正、学制、徴兵令、殖産興業などの政策を実行している最中で、自由民権運動も盛んな時代であり、「オッペケペ」で有名な川上音二郎らの壮士芝居も、この時代のものである。

唖蝉坊は、最初の演歌といわれる「ダイナマイト節」を出した青年倶楽部からその歌本を取り寄せて売り歩いたが、のち政治的な興奮が冷めていくと、政治批判ではない純粋な演歌を目指して、自身が演歌の歌詞を書くようになる。唖蝉坊が最初に書いたといわれているものは、「壇ノ浦」(愉快節)、「白虎隊」(欣舞節)、「西洋熱」(愉快節)などで、1892年(明治25年)の作である。これ以降、「ゲンコツ節」、「チャクライ節」、「新法界節」、「新トンヤレ節」と続く。1930年(昭和5年)に「生活戦線異状あり」で引退するまでに182曲を残したという。

1901年(明治34年)に結婚し、本所番場町に居を構えた。翌年長男の添田知道(添田さつき)が生まれる。この頃、友人と始めた「二六新報」がうまくいかず、茅ヶ崎に引っ込むが、「渋井のばあさん」と呼ばれていた知り合いの流し演歌師に頼まれてつくった「ラッパ節」が、1905年(明治38年)末から翌年にかけて大流行する。これがきっかけで、堺利彦に依頼されて、この改作である社会党喇叭節を作詞。1906年(明治39年)には、日本社会党の結成とともにその評議員になるなどし、その演歌は、社会主義伝道のための手段になる。

1910年(明治43年)、妻タケが27歳で死去。唖蝉坊は悲嘆して、知道の妹は他家に養子にやられる。やがて唖蝉坊は、当時の有名な貧民窟であった下谷山伏町に居を定めた。なおここは、一軒が四畳半一間、それが十二軒ずつ四棟、計四十八軒ならんでいたので、「いろは長屋」と呼ばれていた。

その後、全国行脚をしながら、屑屋の二階に居候。そこで死去した。浅草、浅草寺の鐘楼下に添田唖蝉の碑が、添田知道筆塚と共にある。

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2008年7月 3日 (木)

【読】星野道夫さんをめぐって(続々)

こんな本も手に入れた。

『ベア・アタックス クマはなぜ人を襲うか』 I・II
 S.ヘレロ 著
 嶋田みどり・大山卓悠 訳
 日本クマネットワーク 解説
 北海道大学図書刊行会  2000.9

この市の図書館に置いていないのでネット注文したのだが、届くまで時間がかかった。

『星野道夫 永遠のまなざし』 (小坂洋右・大山卓悠/山と渓谷社) の中で知った。
訳者の一人、大山卓悠さんが日本語訳を買ってでた経緯が、詳しく書かれていたのだ。

その前に読んでいた 『クマにあったらどうするか』 (姉崎等/木楽舎) の中でも紹介されていたので、どんな本なのか気になっていた。

英文の原著は星野さんも持っていたという。
だが、星野さんはこの本を読まずに亡くなってしまったらしい。
原著者は、星野さんとも交友があり(訳者もそうだが)、そんないきさつから、星野さんの死後、日本語版を出すにあたって、あらたな章が追加された(補章 星野道夫の死)。

というわけで、読むのはまだまだ先になりそうだが、ここに紹介しておきたい。

原著
BEAR ATTACKS
Their Causes and Avoidance
Stephen Herrero

スティーヴン・ヘレロ (Stephen Herrero)
1939年米国サンフランシスコ生まれ。 カリフォルニア大学バークレー校で動物行動学の博士号取得。 1968年よりカナダのカルガリー大学に勤務。 現在、環境計画学部教授。 主な研究分野は、野生動物生態学、保全生物学。 1999年来日し、北海道をはじめとするクマ生息地を訪ね、各地で講演や関係者との意見交換を行なった。
(本書著者紹介より)


― 本書巻頭 「日本語版によせて」 (スティーヴン・ヘレロ) より転載 ―

 1996年、極東ロシアのさらに遠隔の地カムチャッカ半島の南端で、私にとっては世界最高の写真家だった男、"星野道夫"がヒグマに殺された。 (中略) およそ二十年間にわたって、彼は毎年何ヵ月も自然のなかで暮らし、グリズリー(ヒグマ)やムース(ヘラジカ)のような危険を秘めた動物にそっと近づき、事故に遭うこともなく、優れた写真を撮りつづけた。 彼がこれらの動物たちをよく知り、理解していたからできたことだ。
 その彼が、なぜクマに殺されたのか? その答は、悲しいことに、星野氏を殺したクマは、彼が愛した、まだ人間によってそこなわれていない野生のままのクマではなかったということだ。 彼を殺したのは、野生のクマのカリカチュア――攻撃的に食物を得ようとする性格のクマが、何ヵ月にもわたって不適切に保管された人間の食物や生ゴミを食べ、その攻撃性がさらに助長されていたのだ。 (後略)
 

Bear_attacks_1Bear_attacks_2 

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2008年7月 2日 (水)

【読】星野道夫さんの本棚(続)

星野道夫さんの本棚にあった一冊。
愛読書だったようだ。

Hoshino_coyote_no2Coyote №2 (2004.10.8) スイッチ・パブリッシング
 特集 星野道夫の冒険  より引用

(P.52) 人はこうして生きてきた

『デルスウ・ウザーラ』 は星野道夫がこよなく愛した本の一つである。 書斎にはボロボロになった本を改めて装訂(装丁/装幀のまちがいか?)し直したものがある。
(中略)
著者のアルセーニエフが1906年の調査旅行途上で出会ったのが、ゴリド族の男デルスウ・ウザーラ。 (中略) 彼ら二人の短くも心深い交流を描いたのが、この 『デルスウ・ウザーラ』 である。 ……


ネット販売で注文してあった東洋文庫版が、きょう届いた。
Coyote にも、同じ本がイラストで紹介されており、上で引用した文章が書かれている。
星野さんの本棚には、別の訳者による同じ書もあったようだ。


Derusuu_uzara『デルスウ・ウザーラ 沿海州探検行』
 アルセーニエフ  長谷川四郎訳
 平凡社東洋文庫 55  1965年

訳者の長谷川四郎が好きなので、この本がほしくなったのだ。
こういう探検記、それほど読んでいないが、好きな分野だ。

(Wikipediaより)
長谷川 四郎(はせがわ しろう、1909年6月7日-1987年4月19日)は、北海道出身の作家。法政大学卒業後、南満州鉄道株式会社に入社。退社後招集。復員後、シベリア捕虜体験をもとに「近代文学」に作品を発表した。その後、新日本文学会で活躍し、1960年代の同会を花田清輝とともにささえた。1974年には、花田とともに戯曲『故事新編』(魯迅の同名の作品に基づいたもの)を共同制作もした。
牧逸馬・林不忘・谷譲次のペンネームを用いた小説家長谷川海太郎は実兄。



長谷川海太郎(谷譲次・牧逸馬・林不忘)も好きで、一時期、夢中になって読んだことがある。

「デルス・ウザーラ」 という映画がいっとき話題になったが(黒沢明監督、日ソ合作、1975年)、私は観ていない。

今日から、『流亡 日露に追われた北千島アイヌ』 を読んでいる。
宮本常一さんの本は、一時中断。
しばらくのあいだは、星野道夫さんの周辺をぐるぐるまわる読書が続くのか、自分にもわからない。
こういう本の読み方もいいじゃないか。

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【読】星野道夫さんの本棚

これも先日読んだ 『星野道夫 永遠のまなざし』 (小坂洋右・大山卓悠、山と渓谷社) に書かれていて、気になっていた本だ。
ネット販売で入手できた。

Kosaka_yousuke_toubou『流亡 日露に追われた北千島アイヌ』
 小坂洋右 北海道新聞社(道新選書) 1992.7

著者の小坂洋右(こさか・ようすけ)さんは、星野道夫さんと親しくしていた人。
『星野道夫 永遠のまなざし』 に書かれていたことだが、小坂さんはこの本を星野さんに渡していた。

「Coyote」 №2(2004年、スイッチ・パブリッシング) 「特集 星野道夫の冒険」 に、アラスカ フェアバンクスの星野さんのログ・ハウスに残された、彼の本棚が紹介されている。
その本棚のリストには、たしかにこの本もあった。

小坂さんは、星野さんがカムチャッカ半島で事故で亡くなった後、『逃亡 日露に追われた北千島アイヌ』 を星野さんに渡したことを、後悔したという。

カムチャッカ南部はこの本の舞台の一つになっていて、「本を読んだ星野道夫は、カムチャッカ南部がヒグマの一大生息地であると同時に、悲劇を生んだ人類史の一舞台であったことも知っていたはず」 だと思ったのだ。

アイヌ民族と星野道夫――このつながりは、それほど突拍子もないことではなさそうだ。
星野さんの著作に、クリンギットインディアンのエスター・ジェイという女性の言葉が記されている。

エスターは、星野道夫に一冊の本を示し、あるページの写真を見せて 「この人々は一体誰なのか」 と尋ねたという。

<それは日本のアイヌの人々の写真だった。 エスターは自分たちの祖先とその写真を結びつけていたわけではないだろう。 ハイイログマのクラン(家系)に属するエスターは、なぜ同じような信仰を持つ人々が遥かなアジアの世界に存在しているのかという不思議さを感じたのかもしれない。>
 ― 星野道夫 『森と氷河と鯨』 ―

すぐには読めないが、この小坂さんの本は、私にはとても興味ぶかい。


Hoshino_coyote_no2Hoshino_eien_no_manazashiHoshino_moritohyouga

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2008年6月24日 (火)

【読】魔法のことば(星野道夫) 続

「switch」 19994年7月号 (Vol.12, No.3) を手に入れることができた。

Switch_100407特集 星野道夫
 狩猟の匂いを我々は嗅ぐことができるか

モノトーンの星野さんの写真が表紙に使われていて、なかなかいい。
先日読んだ
  『終わりのない旅 星野道夫インタヴュー』
 (スイッチ・パブリッシング)
の元のインタビュー記事が掲載されている。

LONG INTERVIEW
 「原野に生命の川が流れる」 (P.49-62)
 文 湯川豊 / 写真 垂見健吾

今読んでいる講演集 『魔法のことば』 (スイッチ・パブリッシング) にも、ちょうどこの時期(1994年)の講演が載っている。
南東アラスカに、星野さんの関心が移っていった時期だ。

星野さんの「魔法のことば」を、ここでまた引用したい。
(1994年4月9日、第4回国際イルカクジラ会議江ノ島フォーラムにて行われた講演。講演タイトルは「南東アラスカとザトウクジラ」)

 エスキモーの考え方、精神世界というものはだんだん消えつつありますけど、一つはイヌアという考えが精神世界の中で非常に大きな意味を占めています。 イヌアというのは、あらゆる生物や、山とか川とか流氷などの無生物も含めて、すべてのものに人間が住んでいる。 つまり万物が人間のように生きているという考え方があります。 (中略) もう一つはシラという考え方で、災害や病気など人間の手に負えない超自然の世界を支配している神の存在をさします。 このイヌアとシラと霊魂が昔から彼らの精神世界を支えている。 (後略)  ― P.199 ―

 生物は気が遠くなるくらいの時間を経てここにあるわけですが、毎年そこに戻ってくるザトウクジラと氷河と原生林、この三つをテーマにそのことをとても分りやすく表現できるんじゃないか、そう思ったわけです。 (中略) そういう長い時間ということを考えたときに、では人間の持っている時間とはどういうものなんだろうか、(後略)  ― P.202 ―

この後、星野さんは面白いことを言っている。
私はちょっと意表をつかれたが、なるほどなと思う。
引用だと長すぎるので、一部を要約して引用する。

 歴史というものは、それほど遠いときに起ったものではない。 ずっと続いているということだ。
 人間の歴史を頭の中で考えるとき、人間の一生を基準にしたスケールで考える。
 例えば、弥生時代を考えたとき、それが1800年とか2000年前の遠い昔の出来事のように思ってしまいがちだが、人間の一生を辿っていくことで見てみる。
 弥生時代がどれくらい前かというと、自分が今ここにいて、その前に親がいて、その前にまた親がいて、そういう人の一生を繋げていくことによって歴史を見ていくと、弥生時代なんていうのは人間が一列に並んだら60人から80人くらいが並んでいるに過ぎないのではないか。

(以下、原文)
 つまりその一列に人間が並んでいる場合に、ふと自分と血が繋がっている弥生時代の人間というのは、顔の形さえきっと見えるんじゃないかというふうに思ってしまう。 そういふうに考えると、人間の歴史はとても短いような気がしてしょうがないんですね。 つまり地球のスケールや歴史を考えた場合、一億年というタイムスケールはやはり手が届かない。 例えば恐竜が絶滅した何万年前というのはちょっと僕らの感覚では分らないけれども、一万年前だったら人間の歴史を遡ることで本当についこの間のことのように感じられる気がするんです。  ― P.203 ―



Hoshino_moritohyouga『森と氷河と鯨 ワタリガラスの伝説を求めて』
 星野道夫 1996.12.10 世界文化社

月刊「家庭画報」 (世界文化社刊)に、1995年8月号から1996年9月号まで連載されたが、星野さんの急逝(1996年8月8日)によって、未完のままとなった。
星野さん晩年(結果的には、だが)の大きな仕事のとっかかりだった。

Life is what happen to you while you are making other plans.
(人生とは、何かを計画している時起きてしまう別の出来事のこと)
― 星野さんの友人だった シリア・ハンターのことば ―

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2008年6月19日 (木)

【読】待ちきれずに買った本

フトコロがいちばんさびしい時期なのに、給料日まで待ちきれずに買ってしまった。
船戸与一の待望の一冊と、思いがけない新訳本。

Funado_manshu4船戸与一 『満州国演義4 炎の回廊』
 新潮社 2008.6.20

週刊新潮連載の歴史長編、第四部。
これで終わりではなく、まだ続編があるようだ。

「刊行するたび中毒者続出! 未曾有のスケールで紡ぐ満州全史、怒濤の書き下ろし830枚」 と、帯にある。
敷島家四兄弟が主人公。
長男 太郎は外交官、次郎は馬賊、三郎は憲兵大尉、四郎は武装移民。
彼らは作者が創造した架空の人物だが、背景は実録である。

ずっと前に読んだ 『蝦夷地別件』 も、血沸き肉踊る力作だったが、この小説もすごい。


Isabella_bird_nihon1Isabella_bird_nihon2『イザベラ・バードの日本紀行』 上・下
  イザベラ・バード 時岡敬子 訳
 講談社学術文庫
 2008/4/10・2008/6/10

このての本は、油断していると書店から姿を消すので、いまのうちに手に入れた。
『日本奥地紀行』 (平凡社東洋文庫/平凡社ライブラリー) の原典の完全版。
これまで翻訳されていなかった関西旅行記も読める(下巻)。

― 本書の帯より ―
イザベラ・バードが日本について記したことのすべて
 原典初版本に基づく、新訳による完全版 挿画も全点収録 (上巻)
北海道内巡行から一転、バード、関西へ! (下巻)

イザベラ・バード (イザベラ・ビショップ) Isabella L. Bird (Isabella L. Bishop)
1831-1904 イギリスの女流旅行作家。 イギリス王立地理学会特別会員。 1881年、結婚によりビショップと改姓。 世界の広範な地域を旅行し、その旅行記はどれも高い評価を得ている。 『朝鮮紀行』 をはじめ著書多数。

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2008年6月16日 (月)

【読】クマにあったらどうするか

タイトルは、これから読んでみようとしている本の題名。

Anezaki_kuma『クマにあったらどうするか』
  ― アイヌ民族最後の狩人 姉崎 等 ―
   語り手 姉崎 等
   聞き書き 片山龍峯
 木楽舎(きらくしゃ)
 2002年4月5日 初版第一刷
 2002年5月8日 第二刷

 ジュンク堂書店のサイトより
  http://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0102301307

だいぶんまえに BOOK OFF でみつけて、面白そうだと思い、買ってあった本だ。

砂沢クラさんの 『ク スクッ オルシペ』 (徳間文庫)を、長い日数をかけてようやく読みおえた。
クラさんの伴侶、砂沢友太郎さんは、生涯に百数十頭のクマを獲ったという。
友太郎さんは昭和42年(1967年)に亡くなっているから、私が子どもだった頃、まだ熊猟がおこなわれていたのだ。
ちょっと驚きである。
山中で、きちんとクマ送りをしていたことにも驚いた。

これから読もうとしている本の、姉崎等さんは、こういう人らしい。
(本書巻末より)

語り手 姉崎 等 (あねざき・ひとし)
1923年(大正12年)北海道生まれ。
アイヌ民族最後のクマ撃ち猟師。 3歳のときに鵡川から千歳に移り、母方のアイヌ民族の集落で暮らしながら猟を覚える。 12歳から村田銃で狩猟を始める。 22歳からクマ撃ちを単独で始め、25年間で40頭、集団猟を入れると60頭を獲る。 1990年、春グマの狩猟禁止とともにクマ猟をやめ、以後、ヒグマ防除隊の相談役、ついで副隊長を務める。 その間、北海道によるヒグマのテレメトリー調査に協力。 2001年6月、銃を手放し、65年間に及ぶ狩猟人生に区切りをつける。

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2008年5月24日 (土)

【読】チャリティー古本市

年に一度、公民館でひらかれる、チャリティー古本市の初日に行ってみた。

2008_huruhonichi2008年 第10回 チャリティ古本市
 小平市中央公民館ギャラリー
 主催:小平図書館友の会
http://www4.plala.or.jp/Nori/

チャリティーだから、寄付本を安価で提供する。
収益は図書館への寄贈にあてられる。
図書館友の会の方々のボランティア活動だ。

こういう催しにも、プロの業者(古書業者)が来ていて、めぼしい本を漁っていくのが悲しい。
まあ、しかたのないことなのか。
開場前から、たくさんの人が待っていて、公民館の通路はいっぱいになり、予定時刻よりも早めに開場した。

まさに玉石混交、雑多な本が所狭しと並んでいるが、値段は均一(一部、豪華本・美術本・全集ものを除く)。
子どもが児童書コーナーで本を選んでいるのが微笑ましい。
開場早々、何冊もの本を抱えている人もいる。
よくまあ見つけだすものだと感心するほど、稀少本を抱えている。

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こういう場所で人を押しのけて探し回るのは苦手なので、人ごみがおさまるのを待って、ゆっくりまわる。
新書コーナーで、えてして探していた絶版本が見つかったりするのだが、今回は新書の収穫なし。

単行本を数冊と、美術書系で興味を引くものがあったので数冊、購入。
7冊でも千円札でおつりがくるほど安い。
ありがたいことだ。

図書館にはありそうだが、なかなかアンテナにひっかかってこない本ばかり。
古本市はいいな。
人いきれでむんむんする会場に一時間ほどいる間に、汗だくになってしまった。

今日の収穫の一部。
どの本も、今まで知らなかったものばかり。

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2008年5月23日 (金)

【読】大型書店は鬼門か

タイトルは、もちろん冗談です。

月に一度、ふところがちょっとだけ温かくなる日。
仕事の帰り、新宿東口の大型書店 「ジュンク堂」 に立ち寄る。

この書店は、三越百貨店の3フロアーを占める売場で、私にとっては宝の山のような場所だ。
新書、文庫コーナーを歩いただけでも、ほしくなる本ばかりで、一種の危険地帯かもしれない。
どうしてもがまんできなくて、気になる文庫本と新書を数冊購入。

その中から、三冊を紹介したい。

いずれも、講談社学術文庫。
この文庫シリーズには、読んでみたい本がたくさんある。
版を重ねて長く読まれている本が多い。
価格がやや高いのが難だ。

Georges_bigot清水 勲 著 『ビゴーが見た日本人』
 2001.9.10 第1刷 / 2007.4.20 第13刷

ジョルジュ・ビゴーは、こういう人物だ(Wikipediaより)。

<ジョルジュ・フェルディナン・ビゴー(Georges Ferdinand Bigot, 1860年4月7日 - 1927年10月10日)は、フランス人の画家、漫画家。
パリで生まれる。1876年にエコール・デ・ボザールを退学して挿絵の仕事を始める。1882年に日本美術を研究するために来日。1883年から1899年まで陸軍士官学校で講師をしながら、当時の日本の出来事を版画・スケッチなどの形で風刺画にあらわした。また、中江兆民の仏学塾でフランス語を教えてもいた。1894年に士族の娘・佐野マスと結婚し、1899年に離日するまで外国人居留地を中心として活動した。当時の日本人が興味を持たなかったものも多く題材としており、今となっては貴重な資料ともなっている。>

Kaiho_ezonorekishi海保嶺夫 著 『エゾの歴史』
 ― 北の人びとと「日本」 ―
 2006.2.10 第1刷 / 2007.9.20 第3刷

海保さんは、日本近世史専攻の文学博士。
元北海道開拓記念館学芸員。
著書に 『中世の蝦夷地』 『日本北方史の論理』 『近世の北海道』 『幕藩制国家と北海道』 など。
このあいだまで読んでいた、瀬川拓郎さん(旭川市博物館学芸員)の本でも、海保さんの著作がいくつか参照・引用されていて、気になっていた人だ。


Tanigawa_manokeihu谷川健一 著 『魔の系譜』
 1984.11.10 第1刷 / 2003.9.20 第25刷

<魔とは何か? 日本の王権を支えてきた影の部分を、著者は日本人の情念の歴史として捉え、使者の魔が正者を支配するという奇怪至極な歴史の裏側の流れを認めないものは、真の歴史を理解することはできないと主張する。 ……柳田国男や折口信夫がいまだ形をなし得なかった論点を直截に表現した本書が、谷川民族学の原点といわれるゆえんであろう。>
とある。
いつ読みはじめられるかわからないけれど、私にはとても興味深い内容。



われながら、あきれるほど本を買ってばかりいるが、それでいいのだ。
読む時間がもっとほしいけれど……。

「いつも読みたい本ばかり」 たしかこれは、渡辺一枝さんの本のタイトル。

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2008年5月19日 (月)

【読】砂沢クラさんの自伝

ネット販売で注文しておいた中古本が届いた。
こんないい本が絶版になっているのは惜しい。

Sunazawa_kura砂沢クラ
 『ク スクッ オルシペ 私の一代の話』
 福武文庫 1990.2.30

[要旨]
自然のなかに神を見、神を敬い、共存してきた日本の先住民族アイヌ。荒地に追われ、言葉を奪われ、貧窮の暮らしを余儀なくされながらも民族の精神と文化を守り通したアイヌのシ カッケマッ(淑女)の半生が、豊富なイラスト、資料写真を交え綴られる。現代の人間のあり方も問う、心優しい告発の書。
[目次]
第1部 神々と共に;第2部 旧土人と呼ばれて;第3部 伏古コタンの日々;第4部 安らぎの地を求めて;第5部 文化伝承の日々
(以上、e-honサイト http://www.e-hon.ne.jp/bec/EB/Top より転載)

[著者紹介]
明治30年(1897年)、北海道旭川市近文のコタンコロクル(村おさ)の家系―川村家に生まれる。 旧土人学校―豊栄尋常小学校、精華女学校を卒業後、雨竜コタンの砂沢友太郎と結婚。 夫と共に、アイヌ民族伝統の狩猟生活を基本に北海道の山々を踏破。 明治、大正、昭和の三代を生き抜く。 この間、アイヌ民族口承文学―ユーカラ、トゥイタッを継承、記録。 詳細な生活記録も書き続けた。 また民族の伝統手工芸も引き継ぎ、数多くの作品を製作。 言語学者、民俗学者の研究に貢献した。 87年3月、「砂沢クラ媼卒寿記念作品展」を札幌市で開催。 北海道文化財保護功労者。 苫小牧市在住。
(本書カバーの著者紹介)


巻末、「記録に登場する親族の系図」 によると、クラさんの夫 砂沢友太郎さんは、砂沢ビッキの伯父にあたる。
この文庫本のカバー木版画は、砂沢ビッキの作品。
クラさんの手になる、本文の挿絵もいい。

こういう本を読みたかったのだ。



【参考サイト】

福武文庫
http://homepage1.nifty.com/ta/fuku/bunko.htm

日本の古本屋 - 日本最大の古本検索サイト
https://www.kosho.or.jp/servlet/top
※amazonよりも私はここを利用することが多い

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2008年5月18日 (日)

【読】「作家の誕生」(猪瀬直樹 著)

いわゆる郊外型大型古書店、「ブックセンターいとう」 という店が、このあたりにたくさんある。
「BOOK OFF」 ほど全国展開されていないが、おもしろい店だ。
新古書店でありながら、古い本も多い。
これまで、珍しい本を何冊もここでみつけた。

ブックセンターいとう
http://www.book-center.co.jp/index.html


相模原(神奈川県)へ用があってよく行く。
きのうも相模原市 「星ヶ丘店」 で何冊か購入。
そのなかの一冊。

Inose_sakka_tanjou猪瀬直樹 著 『作家の誕生』
 朝日新書 2007.6.30 720円(税別)

出版されてから、まだそれほどたっていない。
300円でこういう本が手にはいるところが、大型古書店のいいところだ。
いま読みかけの本があるので、じっくり読むことはできないが、はじめの方をすこしだけ斜め読みしてみた。 これがじつに面白い。

この本の帯(腰巻)の写真が笑える。
文豪などといったって、彼らもまたわれわれと大差ない俗人である。


まえがき(はじめに)に、明治36年、日光華厳の滝に投身自殺し、「人生不可解」 という有名なことばを残した藤村操のエピソードが書かれている。
この青年は、「一高」 で夏目金之助(漱石)の教え子のひとりだった。

<漱石はある生徒に訳読をふった。 するとその生徒は「やって来ませんでした」と昂然とした態度だった。 「なぜやって来ない」と訊くと、「やりたくなかったからやって来ませんでした」と答えるので、むっとしたが次回までに予習しておくように、と注意するに留めた。 つぎの時間、再びあてるとまた「やって来ませんでした」と言うので「勉強したくなければ、教室に来るな」と叱った。/漱石を怒らせたこの生徒が藤村操である。>

こういうエピソードが、私は好きだ。

猪瀬直樹は、藤村操のことを 「自分探し」 の第一号と呼んでいる。

<明治時代は、国家をつくる時代である。 幕末から明治維新にかけ動乱を仕掛けた吉田松陰、西郷隆盛、坂本龍馬、高杉晋作らを第一世代だとすれば、伊藤博文、山県有朋ら第二世代はすでに明治憲法までつくりあげた。 そして第三世代の官僚たちがヨーロッパから帰国し(鷗外や漱石など文学者を含めて)、明治国家は急速に成熟の域に入った。/さてこれからどうするか。 自分はなにをすればいいのか。 新しい世代の役割、当面の目標が見えないのでひとりが「不可解」と叫ぶと、そうだ、そうだ、と反響を呼び起こしたのである。(後略)>


まだぜんぶ読んでいないので、大風呂敷をひろげられないが、明治、大正、昭和の文豪、文士たちの生々しい姿が猪瀬直樹らしい鋭い切り口でえがかれているこの本、おもしろそうだ。



― カバー より ―

売れなければ作家ではないのか。
売れたら作家なのか。

太宰治は芥川龍之介の写真をカッコイイと思った。
文章だけでなく見た目も真似た。
投稿少年だった川端康成、大宅壮一。
文豪夏目漱石の機転、菊池寛の才覚。
自己演出の極限を目指した三島由紀夫、
その壮絶な死の真実とは……。


― 帯 (あとがきより) ―

作家という職業は なぜ生まれたのか。
最初の自分探しは 学歴エリートよりはじまるが、
時間つぶしの余裕をもつ若者は 時代とともに増えていき、
今日のフリーターの 原型のようなかたちで
「文学青年」と呼ばれた一群が 簇生する。
しかし、彼らは 生き抜かなければならない。
生活をしなければならない。
その悪戦苦闘が 僕には鮮明に見える。



猪瀬直樹の数ある著作のうち、私がこれまで読んでとくにおもしろかったもの。

Inose_dazaiInose_shouwa16nen猪瀬直樹
『ピカレスク 太宰治伝』 小学館
他にも、三島由紀夫の評伝 『ペルソナ』、川端康成と大宅壮一を描いた『マガジン青春譜』 があるが、私は読んでいない。

『日本人はなぜ戦争をしたか
 昭和16年夏の敗戦』 小学館
昭和16年夏、日米戦のシミュレーションをしていたという事実に驚く。
そのシミュレーションでは、日本はアメリカにとうてい勝てないという結論がでていた。
にもかかわらず、12月8日、日米開戦に踏みきったのはなぜか。
ずっと前に文庫で読んでいたが手放してしまい、この著作集をまた買ってしまった。

『ミカドの肖像』 (小学館)もユニークな本だったが、やはり手放してしまって手元にない。 

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2008年5月14日 (水)

【読】二冊の本

ネットで注文した二冊の本が届いた。
どちらも、いい本だ。
うれしい。

中古本ながら状態はいい。
たぶん、持ち主は読まずに手放したのだろう。

便利な時代になったのはいいが、たまには古本屋街をゆっくり歩いてみたいものだ。
時間がとれない・・・。

Kosaka_ainu_ikiru_2小坂 洋右 著  写真/林 直光
『アイヌを生きる 文化を継ぐ 母キナフチと娘京子の物語』

 大村書店   1994.4.20

萱野茂さんによる序文で、こう紹介されている。
<……読みすすんでおどろきました。/杉村京子さんの一代記などという生易しいものではなく、旭川アイヌの苦難の歴史、アイヌ民族の苦難の足跡がぎっしりと詰め込まれ、一気に読み終えてしまいました。……>



Keira_ainu_sekai計良 光範 著
『アイヌの世界 ―ヤイユーカラの森から』

 明石書店  1995.8.31

計良智子さんの 『アイヌの四季 フチの伝えるこころ』 (明石書店) を、ずいぶん前に図書館から借りて読んだことがある。
装幀がよく似ていて、たぶん内容も計良智子さんの本と同様に、親しみやすいものだと思う。

「ヤイユーカラの森」 とは (本書巻末から転載)
「和人の研究者・学者に奪われたアイヌ文化の研究を、我々自身の手に取り戻そう」 と、1973年に創設された 「ヤイユーカラ民族学会」 の活動を、より日常的・継続的に発展させるために1992年1月に創設された。/アイヌ文化を、博物館から私たちの日常の場に取り返し、現代の自然や暮らしの中、人びとの心の中に息づかせようという趣旨に賛同するアイヌや和人の会員によって構成されている。/「ヤイユーカラ」 とは 「自ら・行動する」 の意味で使われ、参加者が身体を使って行動する中から、アイヌの精神を自らのものにする活動をおこなっている。 (代表 秋辺得平)


いま読みすすめている、この本も、とてもいい。

Segawa_ainu_rekishiくわしくは、数日前の記事をごらんいただきたい。

瀬川 拓郎 著 『アイヌの歴史 海と宝のノマド』
講談社選書メチエ

<宝を求め、サハリン・アムール川流域に進出する戦うアイヌ。
激しい格差、サケ漁をめぐる内部対立。
「日本」との交渉――社会の矛盾に悩むアイヌ。
北の縄文から近世まで、常識を覆すダイナミックな「進化と変容」>
(カバーより)

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2008年5月11日 (日)

【読】海と宝のノマド

きのう、駅ビルの本屋をのぞいてみたら、店頭にこんな本があった。

Segawa_ainu_rekishi瀬川拓郎 著 『アイヌの歴史 海と宝のノマド』
 講談社選書メチエ 401  1600円(税別)
 2007.11.10 第一刷/2008.3.5 第四刷

出版されてから間もない本だが、気づかずにいると手に入れるのが難しくなるのがこういう本だが、すでに四刷まで版を重ねているのは好評ということか。
出合ったときが買い時。 迷わず購入。

「はじめに」と「あとがき」を読んでみた。
私にはとても興味ぶかい内容。
偶然みつけて手に入れることができて、よかった。

著者は、1958年生まれ、岡山大学史学科考古学専攻卒業。
現在、旭川市博物館の学芸員(本書の著者略歴)。

「はじめに」 に、著者の考え方が示されている。
アイヌの歴史・文化に関心を持ちつづけてきた私が、ずっとひっかかりを感じていたことが、これを読んで少しすっきりした。

ややもすれば硬直化しがちな 「アイヌ民族観」 が私にもあったようだ。
狩猟採集民、縄文人の末裔、自然との共生、……等々。
だが、アイヌの人々は、縄文文化であゆみを止めてしまったわけではない。
さまざまな 「宝」 (日本の刀や漆器、中国製の錦、ワシ・タカ羽、クロテンの毛皮、など) を得るために、幅広く交易をしていくなかで、その社会の内部に大きな格差が生まれていた。
「宝」を持つ者は名誉と威信を持ち、それが「首長」の条件ともなっていた。
また、アイヌ社会内部でサケ漁業権をめぐる対立・抗争があったこともよく知られている。

著者が言う 「リアルなアイヌの歴史」 をもっと知りたいと私は思う。

「はじめに――海と宝のノマド」
  考古学からみたリアルなアイヌの歴史 (P.4) より

<アイヌという人びとについて、私たちはどんなイメージをもっているだろうか。/なんとなく縄文人のイメージを重ねている読者が多いかもしれない。 (中略)/私の手もとに、北海道が作成した 『アイヌ民族を理解するために』 というアイヌの歴史や文化、現状を紹介した小冊子がある。 そのなかに繰り返し登場する言葉があることに気がつく。/いわく、「自然」の恵み・自由な「大自然」・「自然」の材料だけで・「平和」な暮らし・「平和」な生活・「秩序」ある暮らし・「秩序」正しい社会――。>

<かつての伝統的なアイヌ社会のイメージは、自然と共生するエコロジカルな社会、対立も格差もない穏やかで秩序正しい社会、といったもののようだ。 ジャン=ジャック・ルソーが説く自然人のような、この「公的」なアイヌのイメージは、さまざまなアイヌ文化の解説書の底流をなしているといえるかもしれない。/だが、アイヌ社会はほんとうに「自然との共生」「平等」「平和」の社会だったのだろうか。/かならずしもそうではなかった、と私にはおもわれる。>

巻末 「おわりに――進化する社会」 のなかで、二冊の本が紹介されている。

砂沢クラ 『ク スクップ オルシペ――私の一代の話』
<砂沢クラさんは、私が暮らしている旭川で生まれ育ち、明治から平成を生きたアイヌ女性だ。 上川に和人が集団入植して数年後に首長の娘として生まれ、伝統的な文化を継承しながら、貧窮と迫害のなかを生きてきた。 その彼女の自伝である……>

杉村京子 『半生を語る――近文メノコ物語』
<同じ上川アイヌの女性・杉村京子さんの自伝……も、強く心に残る>

読んでみたくなった。
砂沢クラさんの本(福武文庫)と杉村京子さんの別の本が、ネット販売の中古書でみつかったので、注文した。

「ノマド nomad」 とは、遊牧民、放浪者という意味のことばである。
(そういえば、元ちとせに、『ノマド・ソウル』 という、いいアルバムがあった)



【参考サイト】

(著者インタビュー) ※とても参考になる
北海道新聞旭川支社  ヒューマン いんたびゅー
http://asahikawa.hokkaido-np.co.jp/human/20080406.html

(書評)
中日新聞・東京新聞 書評『 アイヌの歴史』 瀬川 拓郎 リアルな社会像大胆に提起
http://www.tokyo-np.co.jp/book/shohyo/shohyo2007121604.html

(書評)
今週の本棚・新刊:『アイヌの歴史--海と宝のノマド』=瀬川拓郎・著
  - 毎日jp(毎日新聞)http://mainichi.jp/enta/book/hondana/archive/news/2007/11/20071118ddm015070011000c.html

(著者のセミナー録)
アイヌ文化振興・研究推進機構
http://www.frpac.or.jp/
 平成17年度普及啓発セミナー報告集
  http://www.frpac.or.jp/rst/sem/sem17.html
  (11) 瀬川拓郎氏 アイヌ・エコシステムと縄文エコシステム
   ―自然利用からみたアイヌ社会のなりたち― (PDF)

旭川市博物館
http://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/files/museum/index.html

(Wikipedia) アイヌ文化
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E3%81%AE%E6%96%87%E5%8C%96%E3%81%A8%E7%94%9F%E6%B4%BB

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2008年5月 5日 (月)

【読】この本はすごい

きのう、このブログで紹介したばかりだが、この本はすごい。

Kitamichi_ainugo_chimei北道邦彦 著 『アイヌ語地名で旅する北海道』
 朝日新書 103  2008.3.30発行 740円(税別)

ネットで検索してみたが、この本や著者について、記事がすくない。
そこで、本書の前書き(はじめに)から、すこし引用したい。
著者の人となりがわかると思う。

<埼玉県の高校の教員を退職後、私は北海道で生まれたのにアイヌ語を知らない自分を省み、一念発起してアイヌ語の勉強をはじめた。 せっかく学ぶならと、第一人者の田村すゞ子先生のいらっしゃった早稲田大学語学教育研究所で受講することにした。>

著者略歴によると、この人が退職したのは1994年。
北海道に戻ってアイヌ語の研究を始め、その後、97年から4年間、早稲田大学で上記のアイヌ語講座を受講し、勉強したという。
1935年生まれだから、62歳頃から 「勉強」 をはじめたことになる。
これだけでも、すごいと思う。
まったく、頭がさがる。

この本をざっとながめてみると、内容の深さに驚く。
とても新書とは思えない。

目次を紹介しておこう。

はじめに
序章 アイヌ語地名の特色
第1章 山のいろいろ
第 2章 輝く白雪の山なみ
 Ⅰ 日高山脈
 Ⅱ 石狩山地
 Ⅲ 知床半島
第3章 岬めぐり
第4章 札幌
終章 アイヌ語の特色
おわりに
主な参考文献
索引

259ページの本だが、内容が濃い。
過去の先達の業績、研究をベースに、よく調べ、深く考察しているのだ。

アイヌ語地名研究の先達として、本書の序章にあげられているのは、次のとおり。
(各人の生没年は、北道氏の記述による)

秦檍麻呂 『東蝦夷地名考』 1808年
上原熊次郎 『藻汐草』 1792年、『蝦夷地名考并里程記』 1824年
松浦武四郎(1818~1889) 『初航・再航・三航蝦夷日誌』
  『廻浦日記』、『丁巳日誌』、『戊午日誌』など
B・H・チェンバレン 『アイヌ語地名の命名法』 1887年
永田方正 『北海道蝦夷語地名解』 1891年
金田一京助(1882~1971) 『北奥地名考』 1932年
知里真志保(1909~1961) 『アイヌ語入門――とくに地名研究者のために』
  『地名アイヌ語小辞典』 ともに1956年
高倉新一郎、更科源蔵、知里真志保 『北海道駅名の起源』
山田秀三(1899~1992) 『アイヌ語地名の研究 1~4』 1995年

この他、菅江真澄(1754~1829) 『えみしのさえき』 他
……など、著者は、これらの文献に目を通していると思われる。
すごいことだ。


この本の魅力は、綿密なアイヌ語地名解はもちろんのことだが、随所に掲載されているコラム(あるいは、コラム的に記載された補足)の内容の幅広さだ。

こんなコラムがある。

・知里幸恵 『アイヌ神謡集』 にふれたもの (第1章、第2章)
・知里幸恵の生涯にふれたもの (第1章、第2章)
・金成マツ・金田一京助の 『アイヌ叙事詩 ユーカラ集』 にふれたもの (第2章)
・日高山脈の氷河地形 (第2章)
・松浦武四郎のこと (第2章)
・多義語 sir シ (第2章)
・ハマナス (第2章)
・知床横断道路 (第2章)
・アイヌの蜂起と悲劇の歴史 (第2章) ……これは8ページにわたる
・松浦武四郎の生涯 (第3章) ……これも4ページにわたる

……等々。

北海道に生れた人、住む人、北海道を訪ねる人で、多少なりともアイヌ語、アイヌ文化に関心をもつ人にとって、これほど有益な本はすくないと思う。

持ち歩きできる新書、というのもうれしい。
地名索引も充実している。
いい本に出会ったと思う。

うーん。
ひさしぶりに、力のはいった紹介になった。

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2008年5月 4日 (日)