カテゴリー「こんな本を手に入れた」の127件の記事

2009年11月12日 (木)

【読】つぎはこれだ(船戸与一)

船戸与一 『蝶舞う館』 (講談社 2005年刊) を読みおえた。
エンディングがいまひとつだったが、エピローグがいかにも船戸さんらしく、読後感は爽快だった。

次はこれだな。
Amazonで1円。送料の方がずっと高い。
ちかごろ、このての1円本が多いが、どういうことなんだろう。

Funado_santo_monogatari_2船戸与一 『三都物語』
 新潮社 2003/9/25刊行
 396ページ 1800円(税別)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4104623016
出版社/著者からの内容紹介
割れるような歓声さえ、魂の飢えを満たしはしない。
異国の球場に招かれた助っ人たちが味わったのは、黒社会の触手、野球賭博の蜜、そして未だ癒えぬ内戦の匂い。
横浜、台中、光州を舞台に男たちの生き様を描く、異色ハードボイルド小説。




あらためてWikipediaで調べてみて、船戸さんの膨大な著作に驚いた。
こうしてみると、著作の半分ぐらいは読んでいるかもしれない。
ずっとまえに読んで内容を憶えていないものも多いが、たぶん読んだと思われるものも含め、◎印をつけてみた。
買ったまま読んでいない(読んだ気になっただけの)ものもあるはずなので、自信はない。


― 以下 Wikipediaより ―

船戸 与一(ふなど よいち、本名:原田建司、1944年2月8日 - )は、冒険小説家。山口県下関市に生まれる。山口県立下関西高等学校、早稲田大学法学部卒業。在学中は探検部(第三期生)に所属(先輩には西木正明らがいる)。アラスカのエスキモーを訪問し、本名で共著『アラスカ・エスキモー』を刊行した。
小学館、祥伝社などの出版社勤務を経てフリーになり、執筆活動を始める。1979年『非合法員』(講談社)で冒険小説家としてデビュー。
他に豊浦志朗の筆名で『叛アメリカ史』等のルポルタージュ、外浦吾朗の筆名で『ゴルゴ13』、『メロス』の劇画原作も著している。

著書(50音順)

夜来香(イエライシャン)海峡(講談社、2009年)ISBN 9784062152587
蝦夷地別件(新潮社、1995年)ISBN 4-10-602738-0、ISBN 4-10-602739-9◎
エドワルド・フェブレスの素描(徳間文庫 日本冒険作家クラブ編「幻!」収録、1991年)

海燕ホテル・ブルー(角川書店、1998年;徳間文庫、2005年)ISBN 4-04-873111-4◎
かくも短き眠り(毎日新聞社、1996年)ISBN 4-620-10543-0◎
蟹喰い猿フーガ(徳間書店、1996年)ISBN 4-19-860420-7◎
河畔に標なく (集英社、2006年)ISBN 4-08774804-9◎
カルナヴァル戦記(講談社、1986年)ISBN 4-06-202741-0◎
黄色い蜃気楼(双葉社、1992年)ISBN 4-575-23128-2◎
キラー・ストリート(ハルキ文庫 日本冒険作家クラブ編「夢を撃つ男」収録、1999年)
金門島流離譚(毎日新聞社、2004年)ISBN 4-620-10681-X
降臨の群れ(集英社、2004年)ISBN 4-08-774691-7
午後の行商人(講談社、1997年)ISBN 4-06-208850-9◎
国家と犯罪(小学館、1997年)ISBN 4-09-389511-2◎
群狼の島(双葉社、1981年;角川文庫、1985年)ISBN 4-04-163801-1◎

三都物語(新潮社、2003年)ISBN 4-10-462301-6
諸士乱想—トーク・セッション18(ベストセラーズ、1994年)ISBN 4-584-18023-7
銃撃の宴(徳間文庫、1984年)ISBN 4-19-567657-6
新宿・夏の死(文藝春秋、2001年)ISBN 4-16-320020-7◎
神話の果て(双葉社、1985年;講談社、1988年)ISBN 4-06-184216-1◎
砂のクロニクル(毎日新聞社、1991年:新潮社、1994年)ISBN 4-620-10447-7◎
祖国よ友よ(双葉社、1980年;角川書店、1986年)ISBN 4-04-163802-X

猛き箱舟(集英社、1987年)ISBN 4-08-772601-0◎
伝説なき地(講談社、1988年)ISBN 4-06-193964-5◎
血と夢(双葉社、1982年;徳間書店、1988年)ISBN 4-19-568511-7◎
蝶舞う館(講談社、2005年)ISBN 4062131242◎
東京難民戦争(未完 未刊行)

虹の谷の五月(集英社、2000年)ISBN 4-08-774467-1◎
ノロエステからの伝令(徳間文庫 日本冒険作家クラブ編「血!」収録、1988年)

蛮賊ども(角川書店、1987年)ISBN 4-04-163803-8◎
緋色の時代(小学館、2002年)ISBN 4-09-379104-X、ISBN 4-09-379105-8
非合法員(講談社、1979年;徳間書店、1984年)ISBN 4-19-567595-2◎
炎流れる彼方(集英社、1990年)ISBN 978-4087487077◎

風の払暁 -満州国演義1-(新潮社、2007年)ISBN 978-4-10-462302-0◎
事変の夜 -満州国演義2-(新潮社、2007年)ISBN 978-4-10-462303-7◎
群狼の舞 -満州国演義3-(新潮社、2007年)ISBN 978-4-10-462304-4◎
炎の回廊 -満州国演義4-(新潮社、2008年)ISBN 978-4-10-462305-1◎
灰塵の暦 -満州国演義5-(新潮社、2009年)ISBN 978-4-10-462306-8◎
緑の底の底(中央公論社、1989年)ISBN 4-12-001868-7◎
蝕みの果実(講談社、1996年)ISBN 4-06-208340-X
メビウスの時の刻(中央公論社、1989年)ISBN 4-12-001868-7◎

夜叉鴉(新潮文庫 新潮社編「時代小説 読切御免第一巻」収録、2004年)ISBN 4-10-120835-2
藪枯らし純次(徳間書店、2008年)ISBN 978-4-19-862470-5
山猫の夏(講談社、1984年)ISBN 4-06-201386-X◎
夢は荒れ地を(文藝春秋、2003年)ISBN 4-16-321910-2◎
夜のオデッセイア(徳間書店、1981年、1985年)ISBN 4-19-567830-7◎

流沙の塔(朝日新聞社、1998年;徳間文庫、2006年)ISBN 4-02-257160-8、ISBN 4-02-257161-6◎
龍神町龍神十三番地(徳間文庫、2002年)ISBN 4-19-891797-3◎

船戸与一以外の名義の著作
豊浦志朗、硬派と宿命:はぐれ狼たちの伝説(世代群評社、1975年)
豊浦志朗、叛アメリカ史(ブロンズ社、1977年;筑摩書房、1989年)ISBN 4-480-02310-0◎
原田建司、佐藤政信、小島臣、アラスカ・エスキモー(朝日新聞社、1968年)

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2009年10月23日 (金)

【読】高野秀行さんの新刊

まったく偶然に、こんな本を書店でみつけた。
時間つぶしに立ち寄った、上野のTSUTAYAでのこと。
高野さんの新刊がでていたことも知らず、旅行コーナーの棚をなにげなく見ていたら目にはいったのだ。
こういうことって、あるんだな。

Takano_asia_uma_2『アジア未知動物紀行』
 ― ベトナム・奄美・アフガニスタン ―
 高野秀行 講談社
 2009/9/1発行 260ページ 1400円(税別)

書棚から抜きだし、手にとって、しゃれた装幀に感心。
案の定、内澤旬子さんのイラストだった。

高野さんお得意の、UMA(ユーマ=未確認不思議動物)ものである。
電車のなかで「あとがき」を斜め読みしていると、興味ぶかい話が書かれていた。
柳田國男の『遠野物語』――高野さんが書くものの雰囲気からすると、意外な人物だ。
読書家の高野さんのことだから、この名著を読んでいてとうぜんなのだが。

<この三つの旅で、途中から私の頭にこびりついて離れなかったのは、柳田國男『遠野物語』だった。>

なんだ、なんだ、と驚きながら続きを読む。

<『遠野物語』は民俗学的な記録ではない。遠野出身の一青年が自分の知っている話を柳田に語って聞かせたものだ。天狗や川童(かっぱ)、幽霊などの物の怪や怪異現象がふんだんに登場するが、これはみな昔から伝わる話でなく、柳田國男が生きていたのと同時代の話である。>

ふん、ふん、そのとおりだが……。

<私は最初に読んだとき、「現地に行けばいいのにな」と思った。現場第一主義で、一次情報しか信用しない私なら絶対にそうする。ところが柳田は動かなかった。ただ青年の語る山の人の話を簡潔にまとめた。そして序文に『願はくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ』と書いた。/不思議な話を、不思議なままに読者の前に放り出したのである。>

このあたりが高野さんの真骨頂だと思うので、もう少し引用する。

<だが、柳田はその後、怪物や怪現象を民俗学的に研究するようになる。山の人の怖さを解体し、自分たち平地人の知識で理解しようとした。…(略)…どうやら、柳田國男は日本中の村々を武装解除して回り、二度と『遠野物語』の世界に帰ることはなかったようである。>

うーん。
鋭い「柳田批判」で、的を射ているし、私も同感だ。
続けて、高野さんは 「私は柳田國男と逆の道をたどっているような気がする」 と書いている。

高野さんが書くものの面白さは、徹底した 「現場主義」 というか、とにかく現地で体験してから考えるところにある。
読んでいて、わくわくするのだ。

楽しみな本ではある。
今日の収穫。

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2009年10月15日 (木)

【読】【楽】ピーター・バラカン

今日、本屋に立ち寄ったところ、こんな面白そうな本がみつかった。

Peter_barakan_black_musicPETER BARAKAN
 200CD+2 BLACK MUSIC
ピーター・バラカン 選
 『ブラック・ミュージック アフリカから世界へ』

 Gakken 2009/9/28 250ページ 2100円(税別)

ピーター・バラカンさんが選んだ、ブラック・ミュージックのCD紹介。
いいガイドブックだと思う。

アフリカ(西アフリカ、南部アフリカ、中央アフリカ、東アフリカ)、カリブ海/ラテンアメリカ(カリブ海、ラテンアメリカ)、アメリカ(ニュー・オーリンズ/ルイジアナ、ブルーズ/R&B、ジャズ、ゴスペル/ソウル/ファンク)。
このように分類され、さまざまなCDが紹介されていて興味ぶかい。
ほとんど私のよく知らないミュージシャンばかりだが、聴いてみたいものがたくさんある。
バラカンさんを信用して、おすすめCDをすこしずつ買って聴いてみようと思う。

ところで、バラカンさんは、英語の日本語(カタカナ)表記に強いこだわりがあり、bluesはブルー、Miles Davisはマイル・デイヴィス、Thelonious Monkはセロニアス・ンク、Jimmy Smithはジ・スミス、といったぐあい。
何もそこまで、と思うものの、納得できる。

Peter_barakan_mokey_money『猿はマンキ、お金はマニ』
 ― 日本人のための英語発音ルール ―
 ピーター・バラカン  NHK出版
 2009/1/25 127ページ 800円(税別)

この本もおもしろかった。
私たちの英語の発音がいかに奇妙なものか、痛感したものだ。

はなしは横道にそれるが、バラカンさんは私と同い年だ。
音楽に関して、信頼できる人だ。
土曜日の朝、NHK-FMで放送しているバラカンさんの音楽番組は、週末の楽しみで、毎週愛聴している。

NHK-FM : WEEKEND SUNSHINE DJ: PETER BARAKAN
http://www.nhk.or.jp/sunshine/pc/

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2009年9月 3日 (木)

【読】江戸レファレンスブック

昼休み、勤務先のちかくにあるBOOK OFFで、またこんな本をみつけてしまった。
タイトルにひかれて手にとってみると、これがなかなかおもしろそうなのだ。

Kurihara_ooedo_chousa『大江戸調査網』 栗原智久 著
 講談社選書メチエ 380  2007/1/10発行
 215ページ 1500円(税別)

<単位に貨幣に衣・食・住……。/江戸の世界のあれこれを調べるための現代の諸書と江戸時代に書かれた江戸随筆を “江戸レファレンスブック” として紹介。/読んで楽しく、自分で調査してなお楽しい、画期的「ツール本」の誕生!>

レファレンスブックとは、図書館の世界でつかわれている言葉、だそうだ。
英語の意味は、「レファレンス=reference=参考・参照」だが、「図書館で、資料・情報を求める利用者に対して提供される、文献の紹介・提供などの援助。参考調査業務」(広辞苑)ということらしい。

この本では、「江戸レファレンスブック」をおもしろく紹介している。
「単位」「貨幣」「暦・時」「衣」「食」「住」「生業(なりわい)」「言葉」「地図・絵図」「辞(事)典・年表」といった章にわかれている。

一例をあげると、第七章「生業」では、「近世風俗志『守貞縵稿』」(喜田川守貞)にでてくる、江戸の物売りとして――鮮魚売り、枯魚売り、菜蔬売り、糊売り、花売り、針売り、箒売り、銅器売り、炭売り、醤油売り、塩売り、漬物売り、飴売り、菓子売り、蕃椒粉売り、小間物売り、烟草売り、筆墨売り、還魂紙(浅草紙)売り、植木売り、瓦器売り、竿竹売り、さぼん(しゃぼん)売り、銭さし売り、甘酒売り、……(あまりにも多いので、以下略)――と、多種多様な職業(生業)があげられていたりする。
江戸時代の都市生活の「豊かさ」を物語っていて、まことに興味ぶかい。

この本、索引もしっかりしているので、江戸辞典のようにも使え、かつ、いろんな書物を知ることができて、本好きで江戸好き(それはこの私だが)にはたまらない。


「講談社選書メチエ」には、いい本がたくさんある。
もう一冊、ずいぶん前に、古本屋(こちらは、ブックセンターいとう)でみつけたもの。
これもタイトルにひかれて買った。

Matsumoto_naze_tatakau『人はなぜ戦うのか 考古学から見た戦争』 松本武彦 著
 講談社選書メチエ 213  2001/5/10発行
 260ページ 1700円(税別)

<縄文時代にはなかった戦争が、弥生時代、「先進文化」として到来した。/食糧をめぐるムラ同士の争いは、いかに組織化され、強大な「軍事力」となるのか。/傷ついた人骨・副葬武器・巨大古墳など、膨大な発掘資料をもとに列島の戦いのあとを読み解き、戦争発展のメカニズムに迫る。>

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2009年9月 2日 (水)

【読】江戸時代のエコロジー

執筆陣に萱野茂さんの名前があったので、図書館から借りて読みはじめた本。
いい本なので、ネット販売で新本を入手してしまった。

Edojidai_kankyo_hozen『江戸時代にみる 日本型環境保全の源流』
 農文協【編】  農山漁村文化協会
 2002/9/30発行  282ページ 1619円(税別)

序章に、石川英輔さんの「環境問題で悩まない100万都市江戸の社会システム」という一文がある。
内容は、石川さんの別の著書に書いてあったのと同じなので、このブログで紹介したことがあるかもしれない。
「ミクロコスモス」のことや、同時期のヨーロッパの都市との比較、それに、石川さんの悲観的な(しかし納得できる)未来観など、興味ぶかい。

<人間の肉体は、旧石器時代あたりの自然環境に適応しているので、厳しい環境に対しては極めて抵抗力が強く、飢餓状態の時にはいろいろなホルモンが分泌されて栄養不良に耐えられるようになている。ところが、栄養の取りすぎに対しては、ほとんで抵抗力がなく、……(中略)……/おかげで、三十年前には老人病といわれた症状が四十代から現れるようになって成人病と呼ばれ、ついには十歳前後の小児成人病患者まで増えて来た。(後略)>

<それでは、いったいどうすればいいのだろうか。/このまま進むほかないというのが私個人の結論である。出発点から間違っていた現代文明がにっちもさっちも行かなくなる時は、それほど遠くない将来に迫っているはずだ。/よほどひどい目にあってこりない限り人類が愚行を止めないことは、これまでの歴史が証明している。にっちもさっちも行かなくなるその日まで、正しいと信じている現在の方向へ日本人やアメリカ人が先頭に立ってまっしぐらに進み、いよいよこのままではどうにもならないことが本当にわかるまでけっして止まらないし、方向転換を真剣に考えるはずもない、と予想するのがもっとも自然ではなかろうか。>

いまさら江戸時代の生活に戻ることは不可能だが、これだけゴミを出し続ける(消費するだけで再利用・再生産を考えない)生活のスタイルが続くかぎり、人類の未来は暗い、と私も思う。
ペットボトルの「リサイクル」なんかじゃどうにもならないのだ。
それどころか、今いわれている「リサイクル」は、化石燃料(石油)をたくさん消費するらしい。

それでも、「江戸に学ぶ」ことは、今からでもできると思う。
江戸時代は、ほとんど「ゴミ」を出すことなく、徹底的に資源を再利用していたのだ。
それこそ、屎尿から紙くずから木を燃やした灰にいたるまで、利用しつくして、最後には自然に帰す仕組みがうまく働いていた。
ほんとうの意味での「リサイクル」(自然循環)。
現代とくらべてどちらが「環境に優しい」のか(イヤな言葉だ)、誰にでもわかるのだけれど、私も含めて、みーんな目をふさいで便利さを追い求めている。

現代の先進国と言われている世界の生活は、そもそも出発点から間違っている。
そう考えると、石川さんじゃなくても悲観的になってしまうだろう。

なんとかしたいなあ……。
こんなところで、ああだこうだとつぶやいてもどうにもならない、「人類」の大きなテーマなんだが。

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2009年8月14日 (金)

【読】サハリン、アイヌ民族

この本がとてもよかった。

Tanaka_sakhalin『奇妙な時間(とき)が流れる島 サハリン』
 田中水絵 著  凱風社 1999/11/25発行
 262ページ  1800円(税別)

著者は「終戦のわずか三年後に生まれ」たというから、私よりも少し年上の「団塊の世代」のひとり。
一週間の予定でぶらっと訪れたサハリンに、その後六年にわたって何度も行っている。
現代のサハリンに住む人々との交流が、なんとも温かみがあって、いい。
コウイウヒトニワタシワナリタイ、と思うほどだ。

<ルーブル切り下げの一か月ほど前、私はユジノサハリンスク市のレーニン通りにある美術館、かつての「北海道拓殖銀行豊原支店」の石造りの建物の前に立っていた、かつて、樺太の経済を支えたこの銀行は、前年、つまり1977年11月、経営破綻から解体していた。日本中でバブルがはじけていた。/旧銀行の前で私は思った。この私もバブルだったと。私は終戦のわずか三年後に生まれ、日本の急速な経済的発展に乗っかり、共に年を重ねてきた。ぬくぬくと、ふわふわ生きてきた。戦争も、父が戦争に行ったことも、私には遠い遠い昔話だった。>

<サハリンに渡るたび、私は無意識に感じていた自分というバブルの空洞が少しずつ埋まっていくのを感じた。>

<サハリンから帰るたび、私は奇妙な時間(とき)が流れているのは、海峡のこちら側、日本の国だと感じる。この国に流れている時間は、決して消えない過去を忘れ、おかしな方向に流されているのではないか。>  (以上、あとがきより)

田中水絵さんには、興味ぶかい訳書がある。
読んでみたいが、値がはるので考え中。
この町の図書館にも置いていない。残念。

『沿海州・サハリン近い昔の話―翻弄された朝鮮人の歴史』
 アナトーリー・T・クージン (著)/ 岡 奈津子・ 田中 水絵 (訳)
 凱風社 1998/7月発行  317ページ 3500円(税別) 
Amazon
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/477362213X

出版社/著者からの内容紹介
ロシア極東の朝鮮人が、どのように中央アジアやカザフスタンへ強制移住させられたのか、日本によってサハリンに連れてこられた朝鮮人はなぜ、祖国に帰れなかったのか。サハリン在住の研究者がソ連時代の公文書をもとに著した過去の「真実」。 
I:ロシア極東の朝鮮人●1862~1937年(移住の始まり/法的問題/文化の発展 ほか)
II:サハリンの朝鮮人●1870~1992年(サハリン人として生きて/強制移住と弾圧 ほか)

e-honサイト
 http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000030426254&Action_id=121&Sza_id=E1

凱風社
 http://www.gaifu.co.jp/
 http://www.gaifu.co.jp/books/ISBN4-7736-2213-X.html


田中水絵さんの本に続いて、いま読んでいるのがこれ。

Chikappu_moritodaichi『森と大地の言い伝え』  チカップ美恵子 編著
 北海道新聞社 2005/3/3発行
 333ページ  1800円(税別)

チカップ美恵子さんは、アイヌ文様刺繍家。
山本多助さんの姪であり、母は伊賀ふでさん(山本多助さんの妹)。
この本は、「第一部 森に宿る言霊」 が山本多助さんの著作 『釧路アイヌの昔話と伝説』(第一巻、第二巻)から。
「第二部 故郷の記憶」 は伊賀ふでさんが晩年に執筆した子どもの頃の体験記をまとめたものだという。

ずいぶんまえに手に入れ、ずっと本棚でねむっていた本だが、山本多助さんが昭和11年に樺太を訪れたときのはなしが載っていたのこともあって、このところの私の中の 「樺太熱」 の延長で読みはじめた。
山本多助さんの文章がいい。
アイヌ民族の歴史がよくわかる好著。


このほか、最近になって古本屋でみつけた本がある。

Ooe_shokuminchi『日本植民地探訪』  大江志乃夫 著
 新潮選書  1998/7/30発行
 492ページ  1600円(税別)

サハリン、南洋諸島、関東州、台湾、韓国、北朝鮮と、かつて日本の植民地だった土地を探訪した記録である。
中身が濃くボリュームもあるため、読むのはたいへんそうだが、いつか読んでみよう。
大江志乃夫さんの本は、ずいぶん前に一冊だけ読んだことがある(日露戦争に出征した兵士たちの手紙のはなし)。
信頼できる人だと私は思う。

田中水絵さんの本に何度もでてきた逸話だが、この大江さんの本も、岡田嘉子と杉本良吉の北緯五十度線越境(ソ連への亡命)の話からはじまっているのが興味ぶかい。


Yamashita_ezo_daimyou『北海道の商人大名』  山下昌也 著
 グラフ社  2009/4/5発行
 278ページ  1400円(税別)

今日の昼休み、職場の近くにある BOOK OFF で目にとまった。
題名にひかれて手にとってみると、なかなかおもしろそうなのだ。
江戸時代の松前藩の話だ。
とうぜんのことだが、アイヌ民族との確執についても詳しく書かれている。

松前藩は、他の藩とちがって米を基盤にしない大名だった。
当時の蝦夷地は米がとれなかったため、「○○万石」という石高がなく、米の代わりに商売で得た利益で藩を経営していたのである。
グラフ社という出版社ははじめて目にしたが、なかなかしっかりした内容だと思う。

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2009年8月 7日 (金)

【読】樺太、敗戦直後

ちょうど去年の今頃、買ってあった本を、ようやく読みはじめた。

【読】さらに二冊  2008年8月21日 (木)
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_8880.html

Eiketsu_no_asa『永訣の朝 樺太に散った九人の逓信乙女』
 川嶋康男 著  河出文庫
 2008/8/10初版発行 244ページ 720円(税別)

親本
 『「九人の乙女」はなぜ死んだか』 (恒友出版、1998年)
 『九人の乙女一瞬の夏』 (響文社、2003年)

そういえば、昨年の今頃だったろうか、日本テレビでドラマ化、放映されたのだった。
私は見ていないけれど。

【参考サイト】 2009/8/9追記
 日本テレビ
  http://www.ntv.co.jp/
 霧の火~樺太・真岡郵便局に散った九人の乙女たち
  http://www.ntv.co.jp/kyu-otome/

<終戦まもない昭和20年8月20日の朝、南樺太・真岡郵便局に勤務する、九人の若い女性電話交換手が自決した。/ソ連軍の進駐がどんなものなのか予測不可能な状況下、通信業務の使命を全うする中で、何が彼女らを死に追いやったのか……。/関係者への徹底取材で、当時の乙女らの日常と、悲劇の真相を追跡するドキュメント。> (本書帯より)

徹底した取材で、美談仕立てではなく歴史の真実を追求している――こう言えばいいのか。
十代、二十代の若い電話交換手の写真が本文中の随所に掲載されている。
彼女たちの生きた姿が目にうかぶような、クールな筆致で書かれた好著である。

70ページほど読んだところ。


もう一冊、現代の樺太・サハリンが舞台の本を手に入れた。

Tanaka_sakhalin『奇妙な時間(とき)が流れる島 サハリン』
 田中水絵 著  凱風社
 1999/11/25初版発行 262ページ 1800円(税別)

上の本を読み終えたら、読んでみよう。
現在のサハリンの姿が見えてきそうな本だ。








Amazon
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4773624027

<長い間のロシア暮らしの経験をきっかけに、著者は1992年から98年にかけて何度もサハリン(旧樺太)を訪問、その機会にサハリンに住む多くの人々(民族)と交流を重ねる。本書は、東アジアの近現代史を機軸にして、著者自身が歴史認識を深めていく過程を、悲喜こもごものエピソードをまじえて綴った紀行書。サハリンの過去と現在を知るには、好個のテキストでもある。>

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2009年7月17日 (金)

【読】サバイバル登山家(続)

Hattori_survival_climber_2『サバイバル登山家』 服部文祥 著 みすず書房

e-hon
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031728757&Action_id=121&Sza_id=B0

Amazon
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4622072203

前回、序章からの引用でおわってしまった。
まだまだ書いておきたいことがある。
といっても、引用ばかりで恐縮だが、服部さんの感じ方、考え方がよくあらわれている箇所を抜きだしてみたい。

I サバイバル登山まで
 満ち足りた世代
 肉屋

II サバイバル登山
 サバイバル始動
  南アルプス大井川源流~三峰川源流 1999.9.5-11

<登山道などがなかったころ、藪を避けられ、アップダウンのない水流の近くが山越の登降路だった。山の民が歩きやすい沢を経験で探し出して伝えてきた。猟師や木こり、もしくはなんらかの理由で関所を越えられない人などがそんな道を使っていた。山小屋も登山道もまともな地図も装備も交通機関もなかった時代に、今よりずっと山深い南アルプスを平気で歩きまわっている人たちがいた。>  (P.56)


 サバイバル生活術

<周辺を確認する。チェックリストがあるわけではない。眺めまわしてなにか心に引っかかってくるものがなければOK。なんとなくやばい気がするからやめておこうとか、なんとなくこっちのほうがよい気がするなんてときの 「なんとなく」 という感覚は大事にしたほうがいい。……僕は言葉に還元できない総合判断だと思っている。もしくは体全体で考えているといってもい。人間は言葉を使って頭でものを考えていると思いがちだが、言葉をもたない野生動物たちもかなりの物事を判断している。>  (P.70-71)

<「サバイバル」といっても、僕らの命を奪おうとする意志をもった何者かが、山のなかにいるわけではない。一方、岩魚は僕らに命をつけねらわれるうえに、反撃の手段はなく、逃げるか食われるかの二通りしかない。人間は生粋のプレデター(捕食者)である。森に住む岩魚を食料とするなら、せめて山のなかで自分に課す負担を多くして、心のかなで岩魚を殺生することを正当化するしかない。負担とは、食料や装備を持っていかないサバイバルであり、ソロであり、長期であり、毛バリであると僕は考えている。>  (P.80-81)

<単独行中に足の骨を折ったらどうするのか、と聞かれることもある。まるで単独行が社会の迷惑であるかのような言いぐさだ。野生動物に 「もし足の骨を折ったら……」 と聞いたら 「死ぬしかないから、そうならないように気をつけています」 と答えるだろう。>


 日高全山ソロサバイバル
  日勝峠~襟裳岬 2003.8.2-26

<何事もフェアにやりたいだけだった。自分の力でやりたかった。自分でできないときにはじめて、その行為や結果に値する代価を払って解決する。……僕は自分がきらいなシステムのなかで生きている人間なのだ。それをごまかすために山に向かう。大自然のなかに入りこみ、そこで自分の力を試して帰ってくる。>


III 冬黒部

 黒部とは
 二一世紀豪雪
  北アルプス上ノ廊下横断~北薬師岳東稜 2000.12.28-2001.1.7
 三つの初登攀
  北アルプス黒部川横断 黒部別山中尾根主稜~八ツ峰北面滝ノ谷下部氷瀑~八ツ峰北面袖ノ稜
  2002.3.16-26

<黒部に入るといつも場違いな気分に包まれる。それは自分の生命があまりに無防備であるということをリアルに思い知らされるためだ。自分が、血と肉となまぐさい内臓を皮膚という柔らかい袋に詰め込んだ装置にすぎないということが、黒部ではばれてしまうのである。ちょっとしたミスや大自然の些細な衝撃で袋はバシャンと割れ、僕は簡単に死ぬ。>  (P.214)

<富山のビジネスホテルで浅い眠りから目覚めた。……/外は予報どおり大粒の雨だった。剱岳は吹雪だろう。部屋には、二週間命を預けてきた装備と、昨夜くだらないテレビを見ながら食べたお菓子の袋が散乱していた。……/「自我」という現代社会では何よりも強いものが、死の恐怖をまえに縮みあがり、ときには消えてしまう。下山後は些細な欲をあえて満たすことで、僕らは自我と街の生活をとりもどしていく。>

<自然には意志も過ちもなく、純粋な危険があるだけだ。その危険に身を晒す行為に、情緒と感傷をくすぐる甘い香りが漂っている。>  (P.242)


 日高のあとの話、もしくはちょっと長いあとがき

<やや穿った見方だが、都会に生きる人々の大多数は一方的に消費するだけの人間という意味でお客さんである。買物客、乗客、もしかしたら患者まで、自分で解決する機会を奪われたか、あきらめるようにしむけられてきた人々だ。食料の調達をあきらめてスーパーに買いにいき、自分で移動することをあきらめて電車に乗り、自分で治すことをあきらめて病院にいく。/僕は街にいると、自分がお金を払って生かされているお客さんのような気がして、ときどきむしょうに恥ずかしくなる。>  (P.250)



読んでいて、私はふと、星野道夫さんを思いだした。
体の奥まで響いてくるような書物だった。

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【読】サバイバル登山家

北海道でおおきな遭難死亡事故があった。

どうしんウェブ 北海道新聞
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/177700.html
 大雪山系で10人死亡 トムラウシ9人 夏山で過去最悪
 (07/17 08:15、07/17 14:28 更新)


トムラウシ山も美瑛岳も私にはなじみのある山だけに、やりきれない。
(トムラウシまでは行ったことがないが、その周辺は高校山岳部にいた頃歩いていたので、どんな山かという知識は持っている。決して楽な山ではない)

疲労凍死ということだろう。
亡くなった方々やご家族はほんとうにお気の毒だが、私は、ツアー登山という山登りの方法が問題だと思う。
(今回はガイドの責任も大きいが、それ以前に、ツアーの在り方に問題があったと思うのだ)


ところで、そのツアー登山と正反対の山登りを追求し続けている登山家がいる。
服部文祥さんという1969年生まれの人で、自ら 「サバイバル登山」 と呼んでいる。

Hattori_survival_climber『サバイバル登山家』 服部文祥(はっとり・ぶんしょう)
 みすず書房
 2006/3/19 第1刷発行/2009/3/25 第9刷発行
 257ページ 2400円(税別)

カバー写真が衝撃的。
著者の服部さんが岩魚の皮を剥いているところで、このように歯をつかうときれいに剥けるという。

今年読んだ本のなかでも筆頭クラスの、印象ぶかいものだった。

序章 知床の穴
 春期知床半島全山縦走 1993.3.25-4.12

<朝起きるとテントの中が妙に広く、低気圧はまだ来ていないようだった。/入り口を開けて外を見ると、空はどんよりと曇っていて、半雪洞の周りには覚えのないゴミが不自然に散らばっていた。/それは乾燥米の袋だった。その横にはチョコの包装ビニールが落ちていた。寝ぼけたままで、手を伸ばすと、飴、カロリーメイト、もう一度チョコ。すべてなんだか見覚えのある食べ物のカスばかり。……>

<もう一度外を見て、またテントの中を見た。慌てて、靴も履かずにテントを飛び出すと雪面にはキツネの足跡が乱れていた。膝をつき、雪の上に散らばった乾燥米を手で集めてみた。雪と混ざっていてもう話にならなかった。……>

<入山して七日目、羅臼岳を越えて、ようやくゴールが見えはじめ、やる気が湧いてきた矢先のアクシデントだった。……出発前、僕の登山人生最後になるかもしれないと思っていた長期山行はキツネに食料を盗まれたために終わるのだ。しかも、自分が寝ていたテントの中から抜き取られたのである。>  (P.11-12)

服部さんが大学生の時に試みた、知床半島海別岳から知床岬までの単独縦走の七日目のできごとだった。
半雪洞のなかにテントを張って、接近していた低気圧をやり過ごそうとしていたとき、キタキツネがテントを牙で裂き、眠っているあいだに十四日ぶんの行動食を袋ごと持ち去ってしまったのである。

いったんは「これで終わりなんだ」と思い、下山も考えたが、彼はそのまま知床岬まで歩き通した。


のちに、この知床全山縦走をふりかえって、こう書いている。

<食料を奪われた直後、僕はキタキツネが憎くてしょうがなかった。見つけたら捕まえて皮を剥いで食べてやろうとまで思っていた。……/あの日僕は、接近する低気圧をやり過ごすために停滞しようとしていた。食料を奪われたために、日程に余裕がなくなったので出発したのだ。その結果、あのあとのみぞれ三日間と三八豪雪以来と言われた嵐の三日間を、知床連山でももっとも標高の低いルサ乗越付近で迎えることになった。もし食料を盗まれずに停滞していたら、羅臼岳の半雪洞で荒天の六日間を耐えなくてはならなかったかもしれない。……>

<もう十年近く前のことだ。キタキツネの彼(もしくは彼女)ももこの世にはいないだろう。いや、うまくやっていれば、子孫のなかに薄まって生きている。人が眠っているテントから食料を盗み出せるのだから、うまくやってないはずがない。>  (「サバイバル始動」 P.63-64)

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2009年7月 4日 (土)

【読】キムン・カムイとウェン・カムイ

花園神社のライブまで時間があったので、新宿西口のジュンク堂書店に立ち寄った。
さすがに本の数が多い。
理学書コーナーでこんな本をみつけて、購入。

Kayano_kamui『よいクマ わるいクマ』
 ― キムン・カムイ ウェン・カムイ
    見分け方から付き合い方まで ―
 萱野茂 前田菜穂子
 写真 稗田一俊
 北海道新聞社 2006/1/15発行
 259ページ 2400円(税別)

最近読んだ 『ベア・アタックス』 巻末の解説にも、アイヌ語のこの言葉が引用されていた。

キムン・カムイ kimu-un-kamuy (山に住む神) → 熊・ヒグマ
ウェン・カムイ wen-kamuy → 悪い神
 → 畑を荒らしたり、家畜を襲ったり、人を襲う悪いクマ
(アイヌ語表記は、萱野茂 『アイヌ語辞典』 三省堂を参考にした)

アイヌの人たちがヒグマとの長いつきあいの中で育んだ、クマと人間が共存するための知恵である。


― この本の内容(目次より) ―

第一章 実践編
 出発前の準備/出会わない方法/もしも出会ってしまったら
第二章 応用編
 安全なキャンプ/安全な登山、山菜採り/安全な釣りと狩猟
第三章 アイヌ民族の知恵編
 対談 萱野茂(二風谷アイヌ資料館館長)・前田菜穂子(ヒグマ博物館学芸員)
第四章 基礎知識編
 ヒグマってどんな動物?/ヒグマを知って共に生きよう
第五章 海外編
 対策と成功例/スウェーデンの実践
第六章 資料編
 生物学データ/ヒグマ対策/もっと学びたい人へ


第三章が、ことに興味ぶかい。

北海道に住む人たちにとって、ヒグマとのつきあい方には悩ましいものがある。
これまでは見つけしだい「駆除」するというやり方を続けてきたが、ここにきてようやくクマとの共存・共生を模索しだしたようだ。


― まえがき(はじめに) より ―

<ついに、というか起こるべくしてと言うべきか、ヒグマによる死亡事故がとうとう起きてしまいました。 1999年5月、渡島管内木古内町で、…(中略)…オスのヒグマが、釣り人の男性一人を襲い死亡させ、山菜採りの女性2人に重傷を負わせました。…(略)…>

<このままでは、またこのような悲惨な事態が起きかねません。 クマにとっても人間にとっても悲劇です。>

<悲しいことに、クマを有害獣として駆逐する 「日本の常識的方法」 は 「世界では非常識」 なのですが、現状はそのままです。 でもちょっと待ってください。 人間とヒグマは共存できないのでしょうか。 いいえ、それは可能です。 北海道にはクマと上手に付き合っていた先駆的な人たちがいます。 アイヌ民族の人々です。>

<狩猟民族のアイヌは、ヒグマを 「キムンカムイ(山の神様)として尊敬し、問題を起こすクマを 「ウェンカムイ」(悪い神)と呼んで全く別に扱い、共生してきました。>

萱野茂さんがまだご存命の頃に出版された本。

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【読】魔法の言葉

絶版(あるいは版元品切れ)で手に入りにくいと思っていた本が、Amazonで新本が残っていて、手にはいった。

Kanaseki_oral_poetry_american_india『アメリカ・インディアンの口承詩 ― 魔法としての言葉 ―』
 金関寿夫 著  平凡社ライブラリー
 2000/6/15発行 306ページ 1200円(税別)

Amazon
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582763472

思潮社刊の単行本の文庫化。
単行本のタイトル 『魔法としての言葉 ―アメリカ・インディアンの口承詩―』 を改題。 といっても順序を変えただけだが。

文庫なので解説が付いている。 詩人の吉増剛造が担当。
単行本の装幀(下の写真)も魅力的だが、この文庫版の表紙もいい。

<彼らは、ヴィジョンを求め、孤独な旅に出る。/苦行の果て、魔法の歌や祈りを持ち帰る。/動植物や人間の尊厳を知るものだけがもつ/深いやさしさにみちた歌――。/これが彼らの歌=詩である。/アメリカ現代詩が見出した<古典>、/先住民族が伝えた口承文学の世界。> (本書カバー)


Kanaseki_oral_poetry単行本
『魔法としての言葉 ―アメリカ・インディアンの口承詩―』
 金関寿夫 著  思潮社
 1988/5/1発行

1993年9月発行の思潮社刊新版はいまも入手可能
(ISBNコード 978-4-7837-1558-0)
e-honサイト
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000018877056&Action_id=121&Sza_id=GG


元の本はこれ。
『アメリカ・インディアンの詩』 金関寿夫 中央公論社(中公新書)
 1977年刊 絶版
Amazon
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000J8TYE6

Kanaseki_america_indian

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2009年7月 1日 (水)

【読】勢古さんの中島みゆき論

勢古浩爾さんの本はずいぶん読んだけれど、この本はなかなか手に入らず、ずっと気になっていた。
Amazonで入手。
楽しみな本が、また一冊増えた。

Seko_miyuki_2『中島みゆき・あらかじめ喪われた愛』
 勢古浩爾  宝島社 1994/2/15発行
 219ページ 1700円(税込) 絶版

― 帯より ―
<中島みゆきの「歌」の強さは、喪愛における哀しみが、あたかも暗闇のなかに閃光を放って世界を一瞬の白光のもとに照らしだすかのように、有頂天で無邪気な愛以上に「愛」の意味と強さを逆説的に明示していることにある。 そのとき同時に鮮やかな陰影のもとに浮き彫りにされるのは、その世界のなかに投企した「ひとりの女」の立ち姿である。>

うーん。
このような持って回った文章は好きではないが、それでも興味津津なのは、勢古さんが中島みゆきをどのように論じているかという一点。
上に引用した部分は勢古さんらしからぬ文章ではあるが、中島みゆきに対する思い入れの強さは伝わってくる。

いろんな人たちが、この偉大な歌い手を論じている。
たとえば、呉智英(くれ・ともふさ)さんは、『バカにつける薬』(双葉文庫)という強烈なタイトルの本のなかで、「中島みゆきは中山みきである」と言いきって、中島みゆきを熱く語っている。
呉さんもまた、中島みゆきの熱烈なファンのひとりである。
「中山みき」とは、あの天理教の教祖。

その冒頭部分。
<中島みゆきは中山みきである! これが私の中島みゆき論だ。 中島みゆきには、時代思潮の転換期にあって新興宗教天理教を成立させた中山みきを想起させる。 時代に屹立した精神がある。 しかし、一般には、中島みゆきという類いまれな才能は、完全な無理解や誤解の中にある。……>

たしかに、中島みゆきは熱烈なファンにとって教祖的な存在と言えるし、実際に「教祖」と(なかば冗談で)呼ぶファンもいるらしい。

私もまた、中島みゆきを敬愛し、同時代の歌い手として注目を続けてきた。
私にとっての中島みゆきの魅力をひとことで言うと、「強さ」だ。

音楽は論じるものではない、という意見もあるだろうが、私はそうは思わない。
どんな事象でも、論理的にとらえることは大切だと思うのだ。
ただし、すぐれた音楽は、ちゃちな音楽論をはるかに超えた次元にあることもたしかだ。

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2009年6月28日 (日)

【読】星野道夫さんをめぐって

『デルスウ・ウザーラ』、『ベア・アタックス』 と、星野道夫さんをめぐる読書がしばらく続きそうな気がする。

Hoshino_coyote_no2_2「Coyote No.2 特集 星野道夫の冒険」 2004年10月

この中に、ブックガイド 「冒険に向かう二〇冊の本」 というすてきな特集がある。
星野さんが愛読した本、あるいは、星野さんに縁の深い本が二十冊、きれいなイラスト付きで紹介されている。
アルセーニエフの 『デルスウ・ウザーラ』 もその一つだ。

その二十冊の中の一冊が図書館にあったので、借りてきた。




Kanaseki_oral_poetry『魔法としての言葉 アメリカ・インディアンの口承詩』
  ― Oral Poetry of the American Indians ―
 金関寿夫(かなせき・ひさお)
 思潮社 1988/5/1発行 250ページ 1800円(税別)

別の本を読んでいるのですぐには手がつけられないが、はじめの方をパラパラと読んでみた。
いい本である。
星野さんは、写真集のなかでこの本に収録されているエスキモー族の口承詩を引用しているという。
(私も読んだ憶えがあるが、Coyoteの記事によれば 『アークティック・オデッセイ――遥かなる極北の記憶』 )


魔法のことば  (エスキモー族)

 ずっと、ずっと大昔
 人と動物がともにこの世に住んでいたとき
 なりたいと思えば人が動物になれたし
 動物が人にもなれた。
 だから時には人だったり、時には動物だったり、互に区別はなかったのだ。
 そしてみんながおなじことばをしゃべっていた。
 その時ことばは、みな魔法のことばで、
 人の頭は、不思議な力をもっていた。
 ぐうぜん口をついて出たことばが、
 不思議な結果をおこすことがあった。
 ことばは急に生命(いのち)をもちだし
 人が望んだことがほんとにおこった――
 したいことを、ただ口にして言えばよかった。
 なぜそんなことができたのか
 だれにも説明できなかった。
 世界はただ、そういうふうになっていたのだ。

  (本書 P.56-57)

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2009年6月23日 (火)

【読】魅力的な本を手に入れた

ずっと前にこのブログに書いた記事に、トラックバックがついた。
(「最近のトラックバック」をご参照ください)

どういう方か存じあげないけれど、私の記事を読んでくださったのはうれしいことだ。
トラックバックをつけていただいた私のブログの記事は、これ。

2008年4月29日 【楽】きょうだい心中
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_677a.html

山崎ハコさんの歌 「きょうだい心中」 から南方熊楠の話に飛ぶ、とりとめのない内容。

このなかで、西川照子さんという人のことを書いたが、私はこの人の著作を読んだことがなかった。
トラックバックをつけてくださった方のブログ記事に、西川さんの本のことが書かれていた。
私が、西川照子さんの略歴で引用した中にあった 『神々の赤い花』 という、魅惑的なタイトルの本だ。

あらためて興味ぶかく思い、運よく図書館にあったので予約して借りてきた。
と同時に、手もとに置きたくなり、amazonで古本をみつけて発注、手に入れた。
(こういうことが私にはよくある)

Nishikawa_kamigami_no_akaihana『神々の赤い花 ―人 植物 民俗―』
 西川照子  平凡社 1990/5/25発行
 330ページ 2680円(税込)

表紙はヤケがめだつが、中はきれいな本。
900円だった(送料別)。

第一章 「薔薇――赤い花の記憶」 の一部を読んでみたが、とても刺激的な内容だ。
この章のタイトルを拾ってみると――「赤い花の記憶」「幻想の赤いバラ」「リルケの薔薇」「三島由紀夫の薔薇」「紀貫之のそうび」――といったぐあい。

高踏的な内容かと思いきや、もともとが『さつき盆栽』『近代盆栽』という園芸雑誌に掲載された文章ということもあり、読みやすく親しみがもてる。
ただし、この人の博識ぶりはすごい。

いつも書くことだが、本との出会いは不思議なものである。

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2009年6月21日 (日)

【読】沿海州、シベリアタイガー

『デルスウ・ウザーラ』 (アルセーニエフ著、長谷川四郎訳、東洋文庫) を読んでいて、沿海州と呼ばれる地域(サハリン、北海道のすぐ隣りなのだ)に興味がわいた。
市販の世界地図などでは、詳しい地名がさっぱりわからない。
『デルスウ・ウザーラ』(東洋文庫)の巻末に簡単な地図が付いているのだが、アルセーニエフ一行の足跡がピンとこないために、イメージがわかないのだ。

図書館に予約していた本を受けとりに行ったついでに、館内端末を使って 「沿海州」 のキーワードで検索してみたら、こういう本がみつかった。
さいわい、この喜平図書館に所蔵しているものだったので、借りてきた。

Hiraoka_kozan『虎山(こざん)へ』 平岡泰博 著
 集英社 2003/11/22発行
 262ページ 1600円(税別)

e-honサイト
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031210830&Action_id=121&Sza_id=C0

読まれた形跡のない、きれいな本だ。
(しおりの紐が折りたたんだままだ)

アルセーニエフの 『デルスウ・ウザーラ』 は、今から百年前の探検記だが、この本はまさに現代の「沿海州」(シホテ・アリニ山脈の東側)が舞台。
『デルスウ・ウザーラ』に描かれている世界に重なる。
「虎山」(こざん)も、アルセーニエフの本に出てくる、デルスウが虎に語りかけた場所の地名だ。

百年前のアルセーニエフ一行が徒歩で苦労したのに対し、こちらは車での移動ではあるが、「沿海地方(プリモルスキー)」と呼ばれるこの地方の厳しさは変わらないようだ。

楽しみな本である。

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2009年5月31日 (日)

【読】「屠畜」ということ

内澤旬子さんがイラストを描いている 『東方見便録』 (斉藤政喜著/小学館)は、とても面白かった。
さきほど読了。

続いて、内澤さんじしんの文章とイラストによる、『世界屠畜紀行』 (解放出版社 2007年)にとりかかる。

Uchizawa_sekai_tochiku_kikou『世界屠畜紀行』 内澤旬子
 解放出版社 2007/2/10発行
 367ページ 2200円(税別)

「屠畜」 とは耳慣れない言葉だが、「屠殺」 を使わなかった理由を内澤さんはこう書いている(まえがき)。

<生きた動物を肉にするには、当然殺すという工程が含まれるのだけど、殺すということばにつきまとうネガティブなイメージが好きでなかったことと、…(略)…なによりも殺すところは工程のほんのはじめの一部分でしかない。そこからさまざまな過程があって、やっと肉となる。そう、ただ殺しただけでは肉にならないのだということを、わかってもらいたくて……>

この 「屠畜」 という言葉の由来は、「案外古く、明治期の専門書にはすでに登場している」 のだそうで、これを機会に 「屠畜」 という言葉が広まればいいな、と内澤さんは思っているという。

彼女がなぜこういう紀行を思いたったのか。
それは、モンゴル、中部ゴビの大草原に点在するゲル(遊牧民のテント)に滞在していたとき、ゲルの脇で夕食のもてなしのために、女性が数人がかりで羊の内臓を洗っていたのを見て、衝撃を受けたことからだという。

<血で赤く染まった鍋に浮かぶ長い腸を見てぐわんと衝撃を受けた。すごい! これをこれから食べるんだ。そうだよな。肉って血が滴るものなんだよな。グロテスクだとか、羊がかわいそうだとか、そんなところまでまったく気が回らなかった。>

この内澤さんという若い女性が(1967年生まれ)、斉藤政喜さん言うところの 「タフな女性」 だと私も思うのは、次のような部分だ。

<なによりもその辺を走っている羊が、鍋にちゃぷちゃぷ浮かぶ内臓や肉になるまでの過程を見損なってしまったことが悔しくてたまらない。どうやるのかな、羊の中身ってどうなってんのかな。肉ってどうついてんのかな。頭の中はもうそれだけでいっぱい。>

そして、いつも肉を食べているのに、これまでは 「肉になるまで」 のことをまるで考えたことがなかったのは、なぜなんだろう、と考える。

<日本の屠畜についての本はほとんどなかった。肉になるまでの過程について、まるでなにも想像してほしくないかのようだった。>


ここでひとつ、屠畜に携わる人々への 「差別」 という問題がある。
これについては、次のように書いている。すごい。

<このような状況は、日本でこの仕事にかかわる人々がずっと昔から差別を受けてきたことと、深く関係してるんだということはわかっていた。差別発言や嫌がらせを恐れる人が多いため、作業中の顔が映ったり写真や映像を公に出すことが非常にむずかしいのだということも。>

<けれども、日本人が肉をおおっぴらに食べられるようになって、もう150年も経ってるんだもの。いい加減、忌まわしいだの穢らわしいだの思う人も減って、私のようにどうやって肉を捌いているのか、単純に知りたいと思う人も、それなりに増えてるんじゃないだろうか。>

<第一この忌まわしいだの穢らわしいだのという、食べものに似つかわしくないくらい感情って、日本以外の国や地域の人たちも持ってるものなんだろうか。もっとあっけらかんとやっている国もたくさんあるはず。彼らと私たちではなにがどう違うんだろう。>


ということで、内澤さんの 「世界屠畜紀行」 につきあってみようと思う。
私も、日頃じぶんが口にしている畜肉が、どうやって私のもとまで来るのか知りたいという欲求を強く持っていた。
屠畜をタブー視したり、考えようとしない(見ないふりをする、見せない)この国の人々(私もその一員だが)のありようにも、強い不満があった。

この人は、あっけらかんとしていて、でも、芯の強い、精神的にタフな人だと思うので、なかなか楽しみなのだ。

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2009年5月30日 (土)

【読】楽しみにしていた本が届いた

楽しみにしていた本が、今日、書店に届いたので受けとってきた。
よく利用する 「e-hon」 サイトで注文したもの。
注文してから一週間もかかったのは、マイナーな出版社だからだろうか。

Uchizawa_sekai_tochiku_kikou_2『世界屠畜紀行』 内澤旬子
 解放出版社 2007/2/10発行
 367ページ 2200円(税別)

 解放出版社ホームページ JINKEN BOOK
  http://www.kaihou-s.com/

先に紹介した高野秀行さんの 『辺境の旅はゾウにかぎる』 (本の雑誌社 2008年)で知った本だ。
高野さんと内澤さんの対談も掲載されていて、本書のことも話題になっていた。
内澤旬子さんの行動力には頭がさがる。

― 『辺境の旅はゾウにかぎる』 高野秀行・内澤旬子 対談 より ―

高野 そもそも屠畜の現場を取材したい気持ちがスパークしたのは、何がきっかけだったんですか。
内澤 最初は手製本から入ったんです。素材の一つである皮革に興味を持って、皮なめしの現場を取材しようとしたんですけどダメで。出口がダメなら入り口から攻めたらどうかと、原皮を供給する屠畜場を取材しようと考えたのが始まりです。


目次をざっとみると、韓国、バリ島、エジプト、イスラム世界、チェコ、モンゴル、それに沖縄、東京・芝浦屠場と、世界を股にかけた取材。

いま読んでいる 『東方見便録』 (斉藤政喜さんとの共著・小学館) でわかったことだが、内澤さんはじつに好奇心旺盛で、ものごとに偏見をもたない人である。
リクツ抜きに、まずじぶんの目で見て、体験して、それから考える、そういうタイプの好ましい人だと感じた。

ペーパーバックの軽い(内容ではなく重量が)本ながら、愛着のわく本の造りだ。
内澤さんのイラストがじつにいい(左の画像、表紙イラストもそうだ)。

楽しみな本である。



まったく関係ないけど、解放社のサイトにこんなタイトルの本があった。
いっちゃん
二宮由起子・文  村上康成・絵
 http://www.kaihou-s.com/book_data07/978-4-7592-2240-1.htm

『世界屠畜紀行』 はこちら
 http://www.kaihou-s.com/book_data07/978-4-7592-5133-3.htm

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2009年5月28日 (木)

【読】エンタメ・ノンフの面白本

エンターテインメント・ノンフィクション、略して「エンタメ・ノンフ」。
ずいぶん思いきった略称だけれど、これは高野秀行さんの命名。
肩のこらない、ノンフィクション界のいわば直木賞対象となるような本を指す。


Takano_zou1高野秀行 『辺境の旅はゾウに限る』 (本の雑誌社 2008年)の中で、「エンタメ・ノンフ」の面白本がたくさん紹介されていたのを読んで、手にはいりやすいものを何冊か入手した。

どんな本が書評でとりあげられているか、すこし前に書いた。

 【読】この本が面白そうだ(書物を知る楽しさ)
  2009年5月23日
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-ee20.html

足(古本屋=BOOK OFF)とネット販売を駆使してあつめた本が、こんなにも。

 『素晴らしきラジオ体操』/高橋秀実 (小学館文庫)
 『魔境アジアお宝探索記』/島津法樹 (講談社+α文庫) ※続編も入手
 『秘境駅へ行こう!』/牛山隆信 (小学館文庫) ※続編も入手
 『KAMIKAZE神風』/石丸元信 (文春文庫)
 『世界屠畜紀行』/内澤旬子 (解放出版社) ※到着待ち

このほかに、内澤旬子さんのイラストにひかれて、こんな本も。

 『東方見便録』/斉藤政喜(イラスト 内澤旬子) (小学館)
 『東京見便録』/斉藤政喜(イラスト 内澤旬子) (小学館)

さらに、高野さん推薦の 『サバイバル登山家』/服部文祥 (みすず書房) の関連本。

 『サバイバル!』/服部文祥 (ちくま新書)


どれも読むのがたのしみで、ワクワクする本ばかり。
さっそく読んだのがこれ。

Takahashi_radio_taisou『素晴らしきラジオ体操』
 高橋秀実(たかはし・ひでみね)
 小学館文庫 2002/9/1発行
 264ページ 552円(税別)

私たちがこどもの頃からやっていたラジオ体操(今でも日本全国で熱心に行われている)が、こんなにも奥深いものとは思わなかった。
1925年(大正14年)、ニューヨーク。
生命保険会社がはじめた 「ラジオで体操する」 が起源だったとか、戦前・戦中の日本での 「国民体操」 とか、戦後の占領軍支配下での 「民主的な」 ラジオ体操の復活だとか、興味ぶかい話が独特の語り口で綴られていて、後半はいっきに読んでしまった。

ラジオ体操をやりたくなる気分にさせる本だ。


続いて読みはじめたのがこれ。

Saitoh_toho_kenbenroku『東方見便録』
 斉藤政喜(文)・内澤旬子(イラスト)
 小学館 1998/5/1発行
 302ページ 1500円(税別)

単行本、文庫版ともに絶版(または版元品切れ)。
手に入れるのに苦労した。
Amazonでは、古書に驚くほど高値がついていたため、「日本の古本屋」 というネット販売サイトで古書店に注文。
代金を先に振り込む方式なのでめんどうだったが、届いたときは嬉しかった。
古本だが、きれいな状態だった。

 日本の古本屋
  https://www.kosho.or.jp/servlet/top

タイトルがふるっている。
「東方見聞録」 ならぬ 「見便録」。
ウンチ(アジア各国のトイレ事情)の話である。
このての話が、じつは大好きなのだ。

食事、排泄、睡眠。
この三つがニンゲンの生きていくことの基本で、その他は皆、「余分」なことだと私は思う。


斉藤政喜さんは、以前、雑誌「BE-PAL」で連載を読んだことがある。
小学館文庫で何か読んだおぼえもあるが、内容は忘れてしまった。
リヤカーで日本全国を旅した話だったか。

この本、内澤旬子さんのイラストが、味があってじつに楽しい。
小学館 「週刊ヤングサンデー」 に連載していた旅行記とのこと。


【2009/5/31 紹介した本の画像を掲載】

Shimazu_makyou_asia_otakaraShimazu_hikyou_asia_kottouUshiyama_hikyouekiUshiyama_motto_hikyoueki











Ishimaru_kamikaze_2Hattori_survival_2    

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2009年5月23日 (土)

【読】この本が面白そうだ(書物を知る楽しさ)

高野秀行さんの 『辺境の旅はゾウにかぎる』 (本の雑誌社)を読んでいて、気になる本がでてきた。

Sekai_tochiku_kikou『世界屠畜紀行』
 内澤旬子 解放出版社
 2007年2月 2315円(税込)
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031824476&Action_id=121&Sza_id=GG
<「食べるために動物を殺すことを可哀相と思ったり、屠畜に従事する人を残酷と感じる文化は、日本だけなの?」 屠畜という営みへの情熱を胸に、アメリカ、インド海外数カ国を回り、屠畜現場をスケッチ!! 国内では東京の芝浦屠場と沖縄をルポ。「動物が肉になるまで」の工程を緻密なイラストで描く。> (e-honサイトより)

私の知らなかった人だが、調べてみると、とても魅力的だ。
さっそく、e-honで注文。

高野さんは、この本(『辺境の旅はゾウにかぎる』) で内澤さんと対談していて、のっけに、『世界屠畜紀行』の話題になっている。
本の後半、書評集でもとりあげている。
(そこまでまだ読んでいないけど)

高野さんの読書範囲もすごい。

書評でとりあげている本に興味ぶかいものが多いので、書名を列挙しておこう。
知らない本がほとんどだが、私が好きな本、手元にある本も(*印)。

気になる本は、e-honサイトの「お気に入り」にメモしておくことにしている。


『ゴールデン・トライアングル秘史』
  鄧賢/増田政広訳 (日本放送出版協会)
『サバイバル登山家』
  服部文祥 (みすず書房)
『アマゾン源流生活』
  高野潤 (平凡社)
『シャクルトンに消された男たち』
  ケリー・テイラー=ルイス/奥田祐士訳 (文藝春秋)
『海の漂白民族バジャウ』
  ミルダ・ドリューケ/畔上司訳 (草思社)
『日本奥地紀行』 *
  イザベラ・バード/高梨健吉訳 (平凡社ライブラリー)
『均ちゃんの失踪』
  中島京子 (講談社)
『例えばイランという国 8人のイランの人々との出会い』
  奥圭三 (新風舎)
『忘れられた日本人』 *
  宮本常一 (岩波文庫)
『世界屠畜紀行』
  内澤旬子 (解放出版社)
『アフリカにょろり旅』 *
  青山潤 (講談社)
『ふしぎ盆栽ホンノンボ』
  宮田珠己 (ポプラ社)
『素晴らしきラジオ体操』
  高橋秀実 (小学館文庫)
『魔境アジアお宝探索記』
  島津法樹 (講談社+α文庫)
『秘境駅へ行こう!』
  牛山隆信 (小学館文庫)
『KAMIKAZE神風』
  石丸元信 (文春文庫)
『ビルマ商人の日本訪問記』
  ウ・フラ/土橋泰子訳 (連合出版)
『X51.ORG THE ODYSSEY』
  佐藤健寿 (夏目書房)
『信長公記』
  太田牛一/中川太古訳 (新人物往来社)
『金門島流離譚』 *
  船戸与一 (新潮文庫)
『流木』
  西木正明 (徳間文庫)

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2009年5月22日 (金)

【読】高野熱、続く

高野秀行さんの本を、続けて読んでいる。

Takano_zou1『辺境の旅はゾウにかぎる』 高野秀行
 本の雑誌社  2008/6/25
 253ページ  1500円(税別)

軽いエッセイと対談、それに書評を集めたペーパーバック。
対談相手は、角田光代、井原美紀、内澤旬子、船戸与一、大槻ケンヂという面々。
井原さんと内澤さんは、わたしの知らない人だが。
「辺境読書 エンタメ・ノンフ+・ブックガイド」 と題された書評も興味ぶかい。

冒頭の50ページほど読んだところだが(「ケシの花ひらくアジアの丘」)、期待にたがわず面白い。

たとえば、ミャンマー(ビルマ)での体験記に、ちょっと驚いてしまった。
ヤンゴンで床屋をみつけて髪を切ってもらおうとしたところ、店の兄ちゃんから「ガソリンを買いに行くからちょっと待っていてくれないか」と言われた話。
そのワケはここに書かないけれど(ネタバレになるから)、高野さんはこう書いている。
考えさせられる。

文脈を無視して引用すると――

<…ミャンマーにいると、物事のつながりがよくわかることに気づいた…/…日本ではどうなのか。電灯をつけるにもバリカンをつかうにもスイッチ一つだ。 スイッチを押しさえすれば、すべて片付くと思い込んでいる。 そのスイッチの向こうにいったい何があるのか、考えてみることさえない。>

「アヘン王国脱出記」 のドタバタも、何やらおかしく、これまた考えさせられる話だ。
アジアはほんとうに面白い。


ところで、今日たまたま入ったBOOK OFFでみつけてしまった。
昨日書いた、吉田敏浩さんの本だ。
BOOK OFFの書棚分類は、整理されているようで、あんがいいい加減なのだが、歴史だか地理だかのコーナーで、まったく偶然に目にとまったのがこの本。

「本との出会い」の不思議。
なんといっても、昨日の今日のことだもの。

Yoshida_morinokairou『森の回廊 ―ビルマ辺境民族解放区の1300日―』
 吉田敏浩  NHK出版 1995/9/20発行
 494ページ  2500円(税別)

きのう画像を載せたNHKライブラリー版(大き目の文庫サイズ)は再販で、このハードカバーがオリジナル版だ。
(第27回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞)
すでに絶版となっているこの本が、定価のほぼ半額で入手できた。
しかも、古書店に入って数分後に目に飛び込んできたのだ。

図書館から借りると返却期限に追われるようで、かえって読めなかったりするのだが(途中であきらめたりする)、手もとにあればしめたもの。
と言いながら、「積んどく」本がたまっていくのも事実だが……。


― e-honサイトより ―
吉田 敏浩 (ヨシダ トシヒロ)   
1957年、大分県臼杵市に生まれる。1981年、明治大学文学部卒業後、フリーのジャーナリストに。現在、フリーのジャーナリスト集団「アジアプレス・インターナショナル」に所属。1977年にビルマ・シャン州の解放区を訪れて以来、ビルマ、タイ、アフガニスタン、インド、バングラデシュなど、アジアの諸民族の世界を訪ねる。1985年3月から88年10月まで、ビルマ北部のカチン州、シャン州へ長期取材。その記録をテレビ番組「回想のジャングル」(NHKスペシャル:1989年6月18日放映)で発表する。『森の回廊』で1996年に、第27回・大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。著書に『宇宙樹の森』(現代書館)、『北ビルマ、いのちの根をたずねて』(めこん)、『生命の森の人びと』(理論社)がある。共著に『アジア大道曼陀羅』(現代書館)、『世界の民・光と影』(明石書店)などがある。


高野さんの 『辺境の旅はゾウにかぎる』 のおしまいのほうに、こんなことが書いてある。
(書評 「探検部のカリスマは最上のペテン師だった ―― 『流木』 西木正明」 より抜粋)

<突然だが、世間に名の知れたマスコミ・出版関係者の名前をいくつか挙げてみる。
本多勝一/関野吉晴/吉田敏浩/高山文彦/長倉洋海/星野道夫/惠谷治/船戸与一/西木正明
年も仕事も志向性もまったく異なる九名だが、彼らには一つだけはっきりした共通点がある。 なんだか、おわかりだろうか。
「行動派」「硬派」「辺境をテーマにしている」「冒険的」……。
どれも近い。だが、もっと具体的な共通点というか共通体験がある。>

さて、正解は?

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2009年5月21日 (木)

【読】順序がちがったけれど

高野秀行熱は続いている。
今月11日から、三冊読んだ。
ちょいとばかり、読む順序をまちがえたけれど。

Takano_sylkroad『西南シルクロードは密林に消える』
 高野秀行  講談社 2003/2/25発行
 367ページ 1900円(税別)

ハードカバーで、読み応えがあった。
じつに面白かった。
これまでに私が読んだ「高野本」(12冊)のなかでも、一、二を争う傑作といえる。
高野さんは、この旅の後、インドに入国できなくなるのだが……詳しくは書かない。
続編というか、この旅の後遺症で苦労する話が、次の二冊。





Takano_jitenshaTakano_umokka『神に頼って走れ!』 高野秀行
 集英社文庫 2008/3/25発行
 242ページ 476円(税別)

『怪魚ウモッカ格闘記』 高野秀行
 集英社文庫 2007/9/25発行
 331ページ 571円(税別)

西南シルクロードの旅 → 怪魚ウモッカ探し(インド) → 国内自転車旅行、という時系列だったのだ。
先に 『神に頼って走れ!』 という、東京から波照間島までの自転車旅行記を読み、その後 『怪魚ウモッカ…』 を最後まで読んだところで、国内自転車旅行の意味がわかった。

この三冊の内容は、ここに詳しく書かないほうがいいと思う。
私のブログに影響力などまったくないと承知しているが、ひょっとして、この記事がきっかけで高野さんの本を読んでみようと思う人がいないともかぎらないから。
いわゆるネタバラシになりそうなので、遠慮しておく。


ところで、図書館から高野さんに関連する(そして、船戸与一氏も推薦している)本を借りてきた。
きっと読めないと思うが、どういう本か知りたかったのだ。

Yoshida_morinokairou_1Yoshida_morinokairou_2『森の回廊』 (上・下)
 吉田敏浩 NHKライブラリー
 2001/2/15発行(絶版)
 308ページ/306ページ
 各970円(税別)

非常に丹念に書かれた、誠実なビルマ(ミャンマー)紀行である。
船戸与一氏も高野さんも絶賛し推奨しているが、気まじめ過ぎる内容で、今はとても読めそうにない。
まだ高野熱がさがらないので、このように硬い内容はじっくり時間をかけないと無理だ。
今の私には、根気が足りないのだ。
でも、いつか読んでみたいと思う。

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2009年5月14日 (木)

【読】今日の収穫(昔の鉄道地図)

紀伊國屋書店(新宿本店)で、なんとなく買ってしまったムック(雑誌とは呼ばないだろうな)。

Rail_map_tokyo『日本鉄道旅行地図帳 5号 東京』
 新潮社  2008/9/18発行
 680円(税込)

まえから、書店の店頭でみかけて気にはなっていたシリーズ。
東京編だったので、すこし立ち読みしてみたら、なかなか充実しているので買った。

昭和37年都電全図だとか、大正8年頃の東京市電系統図、地下鉄立体透視地図、地下鉄断面図、など、おもしろく興味ぶかい。
監修は、あの今尾恵介さんだ。

今尾恵介さんについては、このブログに何度か書いたことがある。

【以前のブログ記事より】

2007/5/31
【読】地名はおもしろい
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_f92f.html

2007/6/17
【読】多摩川絵図・奥多摩絵図
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_764f.html

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【読】今日の収穫(植物図鑑)

午前中、病院へ行く用があったので半休をとった。
用をすませ、立川から電車に乗り新宿で途中下車して、東口の紀伊國屋書店(新宿本店)にはいった。
(国ではなく國が正式名称らしい。レシートに書いてあったので気づいた)
紀伊國屋書店に入るのは、ひさしぶりだった。

ジュンク堂書店に行くつもりだったのだが、この店がはいっている三越デパートの開店が11時で、私が行ったときにはまだ開いていなかったのだ。

さすが、紀伊國屋書店。
置いてある本の数が、はんぱじゃない。
理学書フロアーで、いい図鑑をみつけた。


Mitibata_zukan『花の色別 道ばたの草花図鑑① 春~夏編』
 偕成社  2000年4月発行  1800円(税別)

写真付きの携帯図鑑は数あるけれど、道ばたの草花の名前を調べていると、掲載されていないものが多く、不満に思っていた。
この図鑑には、私の住まい(団地)の周辺に咲いている野草(帰化植物が多い)がいくつか掲載されていて、この先、重宝しそうだ。

先日、やっと名前を知った、アカバナユウゲショウ(南アメリカから明治初期に渡来とある)も載っている。



文一総合出版からでている「ハンドブック」シリーズも、紀伊國屋書店(新宿本店)にはずらりと並んでいた。
国分寺の紀伊國屋には数冊しかなかったものだ。

Mushikobu_handbookJuhi_handbook『虫こぶハンドブック』
 文一総合出版  2003/6/20発行
 薄葉 重 著
『樹皮ハンドブック』
 文一総合出版 2006/10/20発行
 林 将之 著
 どちらも、1200円(税別)

『虫こぶハンドブック』には、この団地で私も見つけた「アキニレハフクロフシ」という、アキニレにつく虫こぶも、しっかり載っていた。
それにしても、こんなにたくさんの種類の「虫こぶ」があるとは知らなかった。

植物図鑑は、ながめているだけで楽しくなる。


(左) アカバナユウゲショウ
(右) アキニレの虫こぶ(アキニレハフクロフシ)
 いずれも、2009年5月10日撮影(東京都小平市)

09051000030905100032   

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2009年4月28日 (火)

【読】高野秀行さんの魅力

Kuramae_hotel_asiaTakano_tokyo蔵前仁一 『ホテルアジアの眠れない夜』
 (凱風社)
高野秀行 『異国トーキョー漂流記』
 
(集英社文庫)

続けて読んだ。
蔵前さんの本は、長く本棚で眠っていたもの。
期待していたほど面白くなかった。

このところすっかりハマっている高野秀行さんの著作、文体に慣れてしまったからだろうか、蔵前さんの今から20年前に出版された本は、少々もの足りなかった。
お行儀がよすぎるというか、ハメをはずさないというか。
もちろん、つまらない内容ではなかったが。

いっぽう、高野さんの 『異国トーキョー漂流記』 は、内容に関する予備知識ゼロで読みはじめた。
それがよかったのだろう。
私には新鮮な内容だった。
ここに詳しくは書かないが(まだ読んでいない人の楽しみを奪わないために)、高野さんの優しさを感じた。
この人は人間が好きなんだな、と、あらためて思う。


高野さんの著作の魅力は、その文体だと私は思う。
じつによく考え抜かれた上手な文章だ。

蔵前仁一さんが解説(『異国トーキョー漂流記』 集英社文庫書き下ろし)で、高野さんの魅力をうまくまとめているので引用する。

<さて、高野さんの本を読むたびにいつも思うことがある。 それは、冒険家でありながら冒険家らしい文章を書かないということだ。 普通の冒険記は、たいていの場合、自分がいかにすごい冒険をやったかが書かれているものだ。 あるいは、冒険家はつねに勇気ある立派な人として描かれている。 冷静沈着な判断力と勇気で危機を乗り越えられるからこそ冒険は成功するのだろう。>

<高野さんの冒険記は、いつもそこらか逸脱している。 脱線しているというか。 だから、アフリカ奥地を探検する理由としては、ちょっといかがなものか、というような怪獣探しが目的だったり、幻のシルクロードを探しに行った割には、単にビザの問題で帰国できなくなりそうになったり、アヘン栽培のルポにいったはずが、自らアヘン中毒にかかったり、いちいち間が抜けている。 全然立派な探検家じゃない。 冷静な判断力があるとも思えない。 とっちかというと成り行きまかせである。>

<だからこそ高野さんの冒険記はおもしろいんだと僕は思う。> (蔵前仁一)


3月18日から高野さんの著作を読みはじめて、かれこれ7冊読みおえた。
この人が翻訳した本(『世界が生まれた朝に』 エマニュエル・ドンガラ)を含めると8冊。
そして、これから読もうとしている、手元の7冊。
その表紙を並べてみよう。

これまで読んだ7冊 (私が読んだ順) +1

Takano_myanmaTakano_ahen_oukokuTakano_sekai_no_shiwaTakano_wasedaTakano_mbembeTakano_memory_questTakano_tokyo_2Sekaiga_umaretahini_2











これから読みたい7冊 (順不同)

Takano_sindbadTakano_sylkroadTakano_jitenshaTakano_zou1Takano_umokkaTakano_amazon_5Takano_gokuraku_tai_2

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2009年4月25日 (土)

【読】なつかしい名前 (蔵前仁一さん)

高野秀行さんの本が、何冊かたまっている。

読みたい本があると、すぐに買ってしまう。

  ♪ それが私のクセなのか ♪

こんな歌の一節を、ふと思いだしてしまう。
中島みゆき 「わかれうた」 だったな。


Takano_tokyo高野秀行 『異国トーキョー漂流記』
 2005/2/25発行 集英社文庫
 259ページ 514円(税別)

カバーの絵にひかれて、これを読もうかと本棚からひっぱりだして、なにげなく巻末をみると、解説蔵前仁一さんだった。
懐かしい名前だ。







といっても、蔵前さんの本は、ずいぶん前に何冊か買ったまま読まずにとってある。
なんとなく、本の雰囲気だけで満足してしまったのだろう。
おかしな話だが。

Kuramae_hotel_asia蔵前仁一 『ホテルアジアの眠れない夜』
 1989/9/30発行 凱風社
 182ページ 1000円(税別)

税込1030円、つまり、消費税率がまだ3パーセントだった時代に買った本だ。
この本もたぶん読んでいないかったと思うが、ずっと手放さずに持っていたのは、愛着のある本だったから。
装幀がしゃれている。
新書サイズを一回りほど大きくしたハードカバー。
著者略歴をみると装幀家とあり、この本の装幀も著者自身によるものだ。
表紙見返しにも、本文にも、楽しい挿絵が満載。

うーん。
どっちを先に読もうかな。
ごちそうを並べられて、どれから箸をつけようかと迷っている気分だ。

カバーをはずすと、表紙もまたしゃれているのだった。

Kuramae_hotel_asia2

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2009年4月22日 (水)

【読】読みました

タイミングよく、朝の通勤電車が錦糸町駅に着いたとき、本文を読みおえた。
帰りの電車の中で、解説(立松和平)と訳者(高野秀行)のあとがきを読んだ。
あとは、電車の中でぼーっとしていた。
もう一冊持って、出かけるべきだったな。


Sekaiga_umaretahini『世界が生まれた朝に』
エマニュエル・ドンガラ 著/高野秀行 訳
 "Le feu des origines" by Emmanuel B. Dongara, 1987
小学館 1996/12/10発行 1942円(税別)

小説のタイトルは、最後まで読んだところで種明かしがあった。
ここには書かないけれど。

立松和平の解説も、それなりに面白かったが、なによりも訳者あとがきに、この小説の魅力が要領よくまとめられている。
魅力あふれるこの小説を、たくさんの人に読んでもらいたい願いをこめて、紹介しておこう。
ほぼ、高野さんが書いている通りの文脈、表現で。

1.アフリカ的世界
 この一冊の本にアフリカの全てがたたきこまれている。
祖先の霊、呪術、儀礼、タムタム、森や大河が支配する伝統社会に始まり、征服者である白人の到来、植民地時代、独立闘争、そして独立後の混迷と急激な近代化。
 この、ほとんど全アフリカに共通の歴史を、一人のコンゴ人の一生と重ね合わせながら描ききっている。

2.普遍性
 アフリカをはるかに超えた普遍性を有している。
 アフリカの物語である以上に、「この世に生を受けた一人の人間の物語」であり、「アフリカ人であること」の奥に「人間であること」という光がはっきり見てとれる。
 ドンガラの淡々とした語り口に、いつも人肌のぬくもりのある普遍性が感じられる。

3.思想――≪知≫と≪力≫
 アフリカの思想に正面から取り組んでいる。
 アフリカでは、精神と物質を切り離して考えることはない、とよく言われる。
 なんらかの≪力≫が働けば、物質にも魂が宿るし、心に念じたことも物理的な存在になりうるという。
 その≪力≫を動かすものが≪知≫である。
  ※ 「知」という言葉は、「知性」よりも「知恵」のニュアンスか。

4.物語性
 この作品を見るかぎり、ドンガラは特に際立った小説技法やレトリックを持ち合わせていないようだ。
 代わりに、めりはりのきいた話の展開と快いテンポでストーリーテラーとしての能力を存分に発揮している。
 冒険、恋愛、戦い、家族、長老、魔術、夢……といった物語のあらゆる要素が盛り込まれており、純粋にエンターテインメントとしても十分楽しめる。


以上であるが、私には、最後の「物語性」が、この小説の魅力の大きな部分だと思える。

ちなみに、この作品は、作者(ドンガラ)が日本滞在中に書きあげられた。
本文の最後にも、こう記されている。

 モンペリエ/ボコ/ブラザヴィル/東京
 1975―1978、1983―1986


繰り返しになるが、この素晴らしい小説を、たくさんの人に読んでもらいたいと願う。
高野秀行さんという人を教えてくださった、「こまっちゃん」に感謝。
高野秀行さんに出会わなければ、この小説にも出会うことがなかっただろうから。



ところで、今日、ネット注文(e-hon)してあった高野さんの新刊が書店に届き、さっそく受けとってきた。

Takano_memory_quest『メモリークエスト』 高野秀行
 幻冬舎  2009/4/10 発行
 327ページ  1400円(税別)

ユニークな発想・企画で書かれた、興味ぶかい内容(書き下ろし)。

e-honサイトより
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032232784&Action_id=121&Sza_id=C0

[要旨]
あの日、あの時、あの場所で消えたあなたの記憶、探しにいきます。「探索のプロ」を自任する著者は、縁もゆかりもない赤の他人のために、不安を抱きつつも世界へ飛び立った。時空を超えた空前のドラマが、いま始まる。
[目次]
第1章 スーパー小学生(タイ)(「白紙」の船出;ゴルゴ杉山一家、西へ ほか);第2章 根無し草の男(タイ)(早く来い来いメーサロン!;タイ・ミャンマー国境へ ほか);第3章 楽園の春画老人(セーシェル)(曙がいっぱい;驚異の観光アイランド ほか);第4章 大脱走の男(南アフリカ共和国)(なぜか南アフリカ;最悪の都市の最悪の宿 ほか);第5章 ユーゴ内戦に消えた友(旧ユーゴスラヴィア)(謎の国セルビア;「日本」といえば「ナゴヤ」 ほか)

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2009年4月19日 (日)

【読】読めるかな?

昨夜から読みはじめたのだが、はたして読み通せるだろうか。
心もとない。

というのも、異国の異民族の物語で、日常生活からかけ離れた世界なので、集中して読まないと続かないのだ。
電車の中で少しずつ読むには適さない小説だろう。

図書館へ、いったん返却するかもしれない……。


Sekaiga_umaretahini『世界が生まれた朝に』
 エマニェル・ドンガラ 著 / 高野秀行 訳
 小学館  1996/12/10発行
 287ページ 2000円(税別) 絶版

こういう小説は、森の中の静かな喫茶室のような場所でゆっくり読みたいものだ。
雑念に惑わされない時間がほしい。
せめて一日か二日、自由に使えるほんとうの休暇があるといいのに。
私が生きる日々はあまりに慌ただしく、ゆとりがないことに気づく。

28ページで止まってしまっているが、ふと、池澤夏樹のある種の小説の世界を思いださせる。



Ikezawa_masias_giri池澤夏樹 『マシアス・ギリの失脚』
 新潮文庫 1996年6月
 親本 1993年 新潮社

新潮社の単行本をBOOK OFFで見つけて、ずいぶん前に読んだ。
不思議に魅力的な世界だった。

― e-honサイトより ―
南洋の島国ナビダード民主共和国。日本とのパイプを背景に大統領に上りつめ、政敵もないマシアス・ギリはすべてを掌中に収めたかにみえた。日本からの慰霊団47人を乗せたバスが忽然と消えるまでは…。善良な島民たちの間でとびかう噂、おしゃべりな亡霊、妖しい高級娼館、巫女の霊力。それらを超える大きな何かが大統領を呑み込む。豊かな物語空間を紡ぎだす傑作長編。谷崎潤一郎賞受賞作。

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2009年4月12日 (日)

【読】ゴキブリの本、その他

図書館から二冊借りてきた。

一冊目。
これは、知人から教えてもらった本。
私がまったく知らない人が書いたもの。
教えてもらわなければ、一生、出会うことがなかったかもしれない。
知人からのこういう情報は、ありがたいものだ。

Wa_gokiburida_2盛口 満 著 『わっ、ゴキブリだ!』
 どうぶつ社  2005/6/10発行
 218ページ  1200円(税別)

盛口 満(もりぐち・みつる)
1962年生まれ。千葉大学理学部生物科卒業。
自由の森学園中・高等学校教諭を経て、現在は沖縄の珊瑚舎スコーレ講師。
おもな著書に 『骨の学校』 2、3(木魂社)、『森からの手紙』(創元社)、『なんでこんな生物がいるの』(日経サイエンス社)、『ぼくらの昆虫記』(講談社現代新書)、『青いクラゲを追いかけて』(講談社)、『教えてゲッチョ先生!雑木林は不思議な世界』(山と渓谷社)、『ジュゴンの唄』(文一総合出版)、『クマとナマコと修学旅行』 『ドングリの謎』 『西表島の巨大なマメと不思議な歌』(どうぶつ社) などがある。
― 本書巻末 著者紹介 ―


ゴキブリ。
北海道にはいなかったから、私が実物をはじめて見たのは、東京にでてきてからだった。
上京後、しばらくやっかいになっていた横浜に住む同級生のアパートで、留守番をしていたら大きなやつがでてきてびっくりした。
箒をもって追いまわしたが、飛んでいったりして、ちょっとしたパニックだった。
私にとっては、それほど衝撃的な昆虫(?)だった。

ゴキブリは、人類よりもずっと長いあいだ生き続けてきた動物だということを聞いたことがある。
『ゴキブリ○万年』 というような書名の本があったようにも思う。


 【 2009/4/17追記】
  『ゴキブリ3億年のひみつ-台所にいる「生きた化石」-』  安富和男著
  講談社 ブルーバックス B-962  1993年

  「○万年」とは、われながら思いちがいもはなはだしい。
  これでは、人類の歴史よりも短いではないか。


なにはともあれ、面白そうな本なのだ。


もう一冊。
こちらは、すこし前からハマっている高野秀行さんが翻訳した、コンゴの作家の小説。
ガルシア・マルケスの 『百年の孤独』 に似た世界だというので、楽しみだ。

Sekaiga_umaretahini『世界が生まれた朝に』
 エマニュエル・ドンガラ 著  高野秀行 訳
 小学館  1996/12/10発行
 287ページ  2000円(税込)

― 訳者あとがき より ―
<アフリカ文学史上の記念碑的大作であるこの小説は、作者自身「ガルシア・マルケスの『百年の孤独』にインスピレーションを受けた」と語るように、思想、文明、歴史など実に様々なテーマが重層的に織り込まれた一大大河小説でえある。>


マルシア・ガルケスの『百年の孤独』も、不思議な小説だった。
以前、このブログにもとりあげたので、ご覧いただきたい。

ブログをはじめた頃の記事で、なつかしい。
『百年の孤独』 は、ストーリーが錯綜していて、かなり手こずったものの、なんとか読みとおしたのだった。


2005/11/12(土)  【読】図書館
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_e50d.html

2005/11/21(月)  【読】こまぎれ読み
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_4c72.html

2005/11/25(金)  【読】百年の孤独
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_aa66.html

2005/11/26(土)  【読】地区図書館で
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_6c84.html

この本のことは、ずいぶんたくさん書いたな。

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2009年4月 5日 (日)

【読】【歩】胴吹き、ひこばえは黄信号

図書館で興味深い本をみつけた。

Jumoku_shindan_teate_2『図解 樹木の診断と手当て』
  ― 木を診る 木を読む 木と語る ―
  堀 大才・岩谷美苗 著
 農文協  2002/9/5

新刊で手に入ることがわかったので、ネット注文した。
いずれ、ゆっくり読んで調べたいことがたくさん書いてある。
なかなかいい本なのだ。

ソメイヨシノの古木の幹や根元から、ちいさな枝が出て、きれいな花をつけているのをよく見る。
花はきれいだが、痛々しい感じがしてならなかった。

その疑問が、この本で解消した。


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写真のように、太い幹から直接出た小枝を、「胴吹き」というそうだ。
また、根元から出た小枝は、「ひこばえ」という。
このことばは、聞いたことがある気もする。
幹の樹皮が痛みきって、いかにも「古木」といった様子の樹によくみられる。


これは、どういう現象か。
本書によると、こういうことだった。

―― 枝にはたくさんの芽がついているが、そのなかには芽吹くものと、そのまま芽吹かずに眠ってしまう休眠芽(潜伏芽)とがある。
また、一度は芽吹いても太くならずに枯れて、その跡に不定芽がつくられ、それが休眠芽となったものもある。

太い幹から直接生えている小枝は、その眠っていた芽が緊急事態で起こされて出てきたもの。
上の枝が枯れたり病気になったりしたので、それに代わって栄養をつくるために起こされた芽なのである。

つまり、樹勢が低下し、「危機的状況から脱出しようと努力している姿」 ということだ。 ――

 <124ページ 「PART3 木の診断と管理法」
   「葉・新梢の診断と手当て 3」 「胴吹き・ひこばえは黄信号」>


見た目はとてもきれいで、写真に撮っても見映えがして私も好きなのだが、樹は必至になって花を咲かせているのだった。

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2009年4月 1日 (水)

【読】高野さんのトホホ話

読みはじめると面白くてたまらない。
またこんな本をみつけて、読んでいる。

Takano_sekai_no_shiwa高野秀行 『世界のシワに夢をみろ!』
 小学館文庫  2009/1/13日発行
 237ページ  495円(税別)
 親本  2005年9月 小学館より刊行

勤務先のすぐ近くにあるBOOK OFFで数日前に入手。
読まれた形跡のない真新しい本が、定価の6割程度で買えるのはありがたい。

『ヤングチャンピオン』(秋田書店)に連載されたエッセイが集められた、軽い読み物だ。
高野さんの世界各国の旅のエピソードが31話。

本のタイトルと、文庫版のカバー写真が秀逸だと思う。
「世界のシワ」とは、要するに「辺境」とか「僻地」と呼ばれる地域のことだ。

高野さんいわく。

今、世界の中心はアメリカである。
政治も経済も文化も、「グローバリゼーション」という名の「アメリカナイゼーション」、つまりアメリカ化が世界中に広まっていこうとしている。
(アメリカが広めようとしている、と言うのが正確かもしれない)

アメリカ化がすべて悪いということもないが、ひとつ言えるのは、アメリカ化が進むと「世界はのっぺりとする」。
「イメージで言えば、先進国と大都市を中心に、みんながせっせと大地にアイロンがけをしているようなものだ。」

この譬えは、わかりやすい。

そういうわけで、この本は、高野さんが「世界のシワ」、つまり、まだ「アイロン」のかかっていない国や地域を歩きまわって経験した 「トホホ話」 を集めたものだ。
魅力的なエピソードが満載。


半分ほど読んだが、私が気に入った逸話がいくつかある。
この本は、四つの章にわかれていて、それぞれ「奇の章」「妙の章」「珍の章」「異の章」と名づけられている。

「奇の章」は、「初デートは洞窟だ![日本・奥多摩]」ではじまり、例のゴールデン・トライアングル地帯でのアヘン研究(『アヘン王国潜入描かれている 「コンプリートな男 [タイ・バンコク]」 など、7話。

「妙の章」に収められている 「うんこ臭いプレーでいくべし [中国]」 と、「珍の章」「世紀末バスのすさまじき自由 [中国・貴州省]」 に大笑いした。

詳しいことはここに書かないが、かなりババッチイ話であり、私は、ババッチイ話が好きなのだ。


電車の中で、笑いをこらえるのに苦労した。
高野さんが「はじめに」で書いているとおりだった。

<これからお話しする三十一のエピソードは私が探検部時代の七年間と、卒業後の十数年間に体験した出来事である。「奇」「妙」「珍」「異」の四章に分けたが、読者が読みやすくなるようにという配慮以外、特に意味はない。ただし前半はわりと軽めのエピソード、後半は比較的ディープなエピソードという傾向はある。全篇を通して、食事中や電車の中では読まないほうがいい。思わず噴き出しても大丈夫な環境で楽しんでいただければ幸いだ。>  (本書 「はじめに」)

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2009年3月27日 (金)

【読】高野秀行さんに、はまる

図書館から借りてきた松本清張の本は、読まないまま返却しよう。
『昭和史発掘』は文庫版を四冊手に入れたことだし、『遠い接近』(カッパブックス)は活字が小さすぎて読むのがつらいので。

高野秀行さんの本がおもしろく、はまってしまいそうだ。

Takano_ahen_oukoku_2高野秀行 『アヘン王国潜入記』
 集英社文庫  2007/3/25発行
 387ページ  667円(税別)
 親本 『ビルマ・アヘン王国潜入記』 1998年10月 草思社

ミャンマー北部、反政府ゲリラの支配区・ワ州に、非合法で入国し(つまり密入国)、七か月にわたってケシ栽培を体験し、おまけにアヘン中毒まで体験するという、すごいものだ。


カバー写真がいい。
ケシ畑で、銃器をもった兵士たちが屈託なく笑っている。
撮影したのは、この本の著者 高野さん。
よほど気を許してくれなければ、こういう写真は撮れないものだ。

高野さんは、いささかの気負いもなく、辺境の民にとけこむことができる才能をもっているようだ。

ミャンマーには少数民族がたくさんいて、複雑な情勢を呈している。
巻頭に、「ミャンマー少数民族居住州」「シャン州の武装勢力支配区」の二枚の地図があり、「本書に登場する主な人物」一覧が掲載されている。
まるで、船戸与一の小説だ。

そうそう。
うれしいことに、巻末の解説が船戸与一。

<……ビルマの辺境は秘境中の秘境だと言っていいだろう。そこで何が起きているかを報告できるのは新聞記者やTVクルウではない。時間を気にする連中には向いていないのだ。それはフリーランスのみが可能であり、その証左が本書なのである。> (船戸与一による解説)


ちなみに、船戸与一はこの解説の冒頭で、ミャンマー(ビルマ)の国名についてこう書いている。
船戸さんらしく、爽快だ。

<海外のある民族や国家の呼称について喧(かまびす)しく論議されるようになってから二十数年が経つように思う。従来からの慣例に従えば差別主義者と誣(し)いられ、国際化しつつある用語を使えば軍事独裁の擁護者という烙印が待ち受けているのだ。>

<これらの議論はたいてい現地を知らない連中によって交わされる。それは単に政治的立場の表明であたり、ひとりよがりの倫理観の発露として行なわれているにすぎない。もううんざりだ。>

<タイ、ラオス、中国、インド、バングラディッシュの五ヶ国に囲まれた五千万の人口を持つ六十七万六千平方キロの地域の国名を何と呼ぶかはいまも日本では問題になっている。
わたしにはどっちでもいい。そういう議論に首を突っ込む気はさらさらない。
高野秀行はもっとないだろう。
彼はビルマと呼ぼうがミャンマーと謂おうが、そういう呼称とは無縁の山奥で暮して来たのだ。……>


今日は、高野さんの本を二冊仕入れてきた。

 『巨流アマゾンを遡れ』 (集英社文庫 2003年)
 『西南シルクロードは密林に消える』 (講談社 2003年)

前者は、勤務先近くのBOOK OFFで。
後者は、帰り道、新宿のジュンク堂に立ち寄って。
これは、ぜひ読みたかったのだ。

これでまた、本がふえてしまった。
今年は百冊以上読もうと、ひそかに目標をたてているのだが、どんどん読まない(読めない)ままの本が……。
だが、この二冊は、確実に読むことだろう。


Takano_amazonTakano_sylkroad

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2009年3月21日 (土)

【読】船戸さんを読んでみようか

先日読んだ、高野秀行さんの本 『ミャンマーの柳生一族』(集英社文庫) の続きのような格好だが、船戸さんの小説を読んでみようと思う。

図書館にリクエストしておいたら、先ほど到着のメールが来たので、受けとってきた。

古本屋(といっても、郊外型大型古書店、つまり、BOOK OFFとブックセンターいとう)では見つけられなかったし、いまさらAmazonでというのも片腹痛いので。


Funado_kahan_ni_shirubenaku船戸与一 『河畔に標(しるべ)なく』
 集英社 2006/3/30  492ページ 1900円(税別)
 初出 「小説すばる」 204年10月号~2005年11月号

船戸さんらしい、ハードカバーの分厚い長編小説だ。
『ミャンマーの柳生一族』 に描かれていた、あの船戸さんの取材旅行の結果がどんな小説になったのか、興味津津である。


高野さんの上掲書 「あとがき」 にも、こう書かれている。

<もっとミャンマーのことを深く、そして楽しく知りたいと願う方は、拙著『ビルマ・アヘン王国潜入記』(草思社)と、『西南シルクロードは密林に消える』(講談社)をお読みいただきたい。/また、本書とほぼ同じ頃に出版されるはずである船戸与一の『河畔に標なく』(集英社)を合わせて読まれることをお勧めする。/「こんな旅からこんな小説が生まれるのか!」と驚かれるはずだ。>


取材先の宿のベランダで、「(宮部)みゆきの本」を、「よし、一度くらい読んでみるか」などと言いながら、籐椅子ににふんぞりかえる、ひげもじゃで「フセインのような面構え」の船戸さんを思い浮かべながら、この本を手にしている。

それにしても、分厚いなあ……。

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2009年3月15日 (日)

【読】『松本清張への召集令状』

ずいぶん前のことだが、一度だけ、松本清張さんを見かけたことがある。
場所は、京王井の頭線の渋谷駅ホーム。

私たち夫婦は、何かの用で渋谷へ出るため、吉祥寺から井の頭線の電車に乗った。
終点の渋谷駅でホームに降りたところ、同じ電車から降りて憮然とした表情で改札口へ向かう清張さんを見たのだった。
まさか、と思ったが、大きな下唇が特徴のあの顔は、(失礼ながら)どう見ても清張さんそのものだった。

思ったよりも小柄な人だった。
井の頭線沿線(浜田山)にお住まいだったというから、きっと、渋谷に用があって電車ででかけたのかとも思う。

ただそれだけのことだが、私には松本清張という大作家が身近に感じられ、いつまでも記憶に残るできごとだった。


松本清張の作品を読んだことは、ほとんどない。
有名な 『点と線』 すら読んだかどうか記憶にない。

「あの戦争」 について書かれたたくさんの本を読んだり買ったりしているうちに、こんな本にであった。

Seichou_shoushuu『松本清張への召集令状』
 森 史朗 著  文春新書 624
 2008年3月20日発行  890円(税別)
 317ページ

<一家七人を支える中年版下職人に、意外な赤紙が届いた。その裏事情とは? 後の作品に託した叫びとは? 担当編集者時代の私的メモをまじえ、戦争が残した深い傷に迫る究極の作家論。>


松本清張が召集令状を受け取ったのは、昭和18年(1943年)10月、三十三歳のときだった。
昭和5年、二十歳で徴兵検査を受け、第二乙種補充兵だったから、すぐに召集されることはなかった。
それが、結婚して両親と妻、子供三人の職人暮らし(印刷職人)をしていた中年男に、教育召集がかかったのである。
期間は三ヵ月。
乙種補充兵を教育するための召集といっても、現役の兵役生活とさして変わらない。
初年兵がいじめられるのが、当時の日本陸軍だった。

その後、昭和19年6月に二度目の召集令状がくる。
本格的な 「赤紙」 である。
戦局が絶望的な状況になっていた時期だ。

―― とまあ、ここまでしか読んでいないが、ずいぶんと苦労をした人だったのだな、と知った。


もう一冊、同じ文春新書のこんな本も買ってみた。

Seichou_taidan_showashi『対談 昭和史発掘』
 松本清張  文春新書 677
 2009年1月20日発行  840円(税別)
 284ページ

1975年1月号の『文藝春秋』に掲載された、城山三郎、五味川純平、鶴見俊輔との対談(第一部)と、「昭和史発掘 番外編」(第二部)から構成される。
すこぶる興味ぶかい内容だ。

松本清張の 『昭和史発掘』 をいつか読んでみようと思う。



【参考】 Wikipedia 松本清張 より

苦渋の前半生
1924年、板櫃尋常高等小学校を卒業し、川北電気株式会社小倉出張所の給仕となり、文芸書を読むようになった。しばらくして家業が安定したため、祖母とともに間借住まいをする。このころから春陽堂文庫や新潮社の文芸書を読み、特に芥川龍之介を好んだ。だが1927年、出張所が閉鎖され失職。小倉市の高崎印刷所に石版印刷の見習いとして採用され、さらに別の印刷所に見習いとして入る。1929年、仲間がプロレタリア文芸雑誌を購読していたため、「アカの容疑」で小倉刑務所に留置され、父によって本を燃やされ読書を禁じられた。1931年に印刷所がつぶれ、高崎印刷所に戻ったが、嶋井オフセット印刷所で見習いとなり、その後みたび高崎印刷所に戻り、内田ナヲと結婚。だが、印刷所の主人が死去したために将来に不安を感じ、1937年から自営。朝日新聞西部支社(現・西部本社)の広告部意匠係臨時嘱託となる。

1943年に正式に社員となるが、教育召集のため久留米第56師団歩兵第148連隊に入る。翌年6月に転属となり、衛生兵として勤務。朝鮮に渡り竜山に駐屯、一等兵となった。1945年に転属、全羅北道井邑に移り、6月に衛生上等兵に進級。終戦は同所で迎えた。帰国後は朝日新聞社に復帰。図案家としても活躍し、観光ポスターコンクールに応募していた。

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2009年3月10日 (火)

【読】「生きてたら、…オモ…シロイ」

このタイトルは、赤塚不二夫の自叙伝に載っていたセリフである。


Akatsuka_koredeiinoda『これでいいのだ ―赤塚不二夫自叙伝―』
 赤塚不二夫  文春文庫 2008/10/10発行
 223ページ 571円(税別)

 親本
  1993年8月 日本放送出版協会刊
  2002年12月 日本図書刊行センター刊


きのうの昼休み、勤務先近くのBOOK OFFで入手。
ちょうど澤地久枝さんの本がおわるところだったので、帰りの電車・バスの中、そして今日の通勤途上で、この一冊を読みおえてしまった。

赤塚不二夫が好きだった。
惜しいことに、昨年亡くなってしまったけれど。
告別式で、タモリが感動的な弔辞をささげていた。
この本にも、タモリとの出会いが書かれていて、タモリ(森田一義)という才能を発掘したのが赤塚不二夫だったことを改めて思いだした。


赤塚不二夫は、旧満州国で昭和10年(1935年)に生まれている。

父親は、満州国で抗日ゲリラと対峙する「古北口国境警察隊」の特務警察官だったが、その前は、新潟県新発田の16連隊で憲兵をしていた。
満州に渡ってから、昭和8年、「上官の理不尽ないい分が我慢できず」憲兵隊をやめて特務警察官になった。
この父親の結婚までのいきさつなども描かれている。

この自叙伝によると、赤塚不二夫の父親は、「反満、反日の中国人ゲリラと、目に見えない最前線で命を張って渡り合う」職務をこなしながらも、理不尽なことはせず、中国人から慕われていたという。


こんなエピソードがある。

<ある朝、おやじは突然何かを思い出して部下に命じた。
「おう、忘れとったぞ、やつを出してやれ!」
3か月前、最後まで口を割らない一人のパールー(註 八路軍=中国共産党軍の兵士)を地下牢に放り込んだまま、おやじは仕事に追われ彼のことをすっかり忘れていたのだった。>

<連れてこられた中国人は、憔悴しきってはいたが眼光だけは鋭かった。彼は処刑かと思っただろう。だが、やがてそうではなさそうだということに気づく。>

<おやじは彼を家に招待し、「悪かったなお前を忘れていた」と詫びたうえ、あったかいご飯を食べさせた。食べ終わると新しい中国服を着せ、何十円かを持たせて町へ帰してやった。>

<「シェ、シェ(謝々)」 彼は何度も振り返っては頭を下げ、町のほうへ消えて行った。>

 ― 以上 「戦中編(満洲1) P.15 ―  (一部、原文の改行を変えて引用した)



また、こんなことも書かれている。

赤塚不二夫の父親は、家族に対して、「中国人から絶対ものをもらってはいけない!」と厳命していた。

<当時、日本人の大人も子供も中国人に対して多かれ少なかれ優越感を持ち、こちらが欲しいものは相手の気持と関係なくもらって当然、という風潮があった。>

<一方、おやじの部下である〝満系〟の人たちや利害関係を意識する中国人は、なにかといっては留守宅につけ届けをしようとした。生来、潔癖なおやじはこれを極端にきらったのである。>

<おやじの首には当時の金で2千円の賞金がかかっていた。当時としては途方もない大金である。べつに護衛に守られていたわけではないおやじが、裏切りや密告によってつかまる可能性はそれほど低くなかったはずだ。 (中略) だが村人は誰もおやじを敵に売り渡さなかった。こういうわけで、おやじだけでなく赤塚家も襲撃されることがなかった。>

 ― 以上 「戦中編(満洲1) P.16-18 ―


こういう父親だったから、赤塚不二夫一家(父は抑留され、母と不二夫と弟、妹二人の母子五人)は、敗戦後の引き揚げ時にも、ずいぶんと中国人からよくしてもらったという。

具体的なエピソードもたくさん書かれていて、とても興味ぶかかった。


ところで、今回の記事の題名だが――。

敗戦後、シベリアでの四年間の抑留生活を終えて、昭和24年に帰国した父親は、郷里で苦労し(生活のための借金苦)、結核で長い闘病生活をしていたが、奇跡的に治癒。
しかし、妻(赤塚不二夫の母)を事故で亡くす(昭和45年)。

昭和53年、その父親が癌で亡くなるときの話。

父親の首筋にできたリンパ腺ガンのはれものが日増しに大きくなり、手術もできない状態になって、あと数日しか生きられないと医者から言われた赤塚不二夫。

「おやじ、長生きしたいか?」
と彼が聞くと、病床の父親は、いよいよ息苦しくなってきた喉から、声をしぼり出すようにして答えた。
「ああ、したいなァ」

<その言葉に思いがけないほどの執着が感じられて、ぼくは思わず問い返した。
 「長生きして、どうするんだ?」
 「生きてたら、……オモ……シロイ」
 晩年になって、もう一度人生を取りもどしたおやじは、毎日、生きているために新しく味わえる人生の喜びを噛みしめていたのだ。そしてもっと生きたいと思い続けていたのだ。>

 ― 以上 「戦後編2 (東京) P.207 ―



母親が亡くなるときの場面も、胸にしみるものだった。

また、五人いた弟妹のうち、末の妹二人を幼いころに亡くし、弟の一人とは、やはり幼い頃に生き別れた(養子にいった)、そんな数々のエピソードからも、彼のあたたかい気持ちが感じられる。

満州での幼年時代。
中国からの引き揚げ。
わんぱくだった少年時代のおもいで。
(彼のギャグ漫画の主人公たちは、父親や、わんぱく仲間がモデルになっている)
帰国後の貧乏な生活。
父の帰国。
東京に出てからの売れない漫画家修行時代(トキワ荘時代)。
そして、突然のヒットで売れっ子漫画家に。
唐十郎、大島渚、佐藤慶、李麗仙(李礼仙)、山下洋輔、篠山紀信、野坂昭如らとの交流。
自身の結婚、離婚。
そして、父母や弟妹のこと。


<9年前、かあちゃんが臨終の時、ぼくの「かあちゃーん!」の一声でかちゃんを幽冥の世界から呼びもどした。今度は「もういいよな!」でおやじを冥土へ押しやったことになる。>

<ぼくは死に際に、誰かに呼びもどされるのかな、それとももういいだろうと念を押されていくのかな……。>

 ― P.209 ―


赤塚不二夫(本名 赤塚藤雄)。
平成20年(2008年)8月2日、肺炎により永眠。享年72歳。
その六年前、脳内出血で緊急手術。
一命を取り留めるも、以後、病院で眠り続け、意識の戻らないまま亡くなった。
眞知子夫人(二度目の妻)が平成18年7月12日に亡くなったことも、江守登茂子・前夫人が三日前に亡くなったことも知らずに、彼は逝った。
夫人と前夫人は、とても仲が良かったという。

 ― 巻末 「解説にかえて」 武居俊樹 より抜粋、加筆 ―


赤塚不二夫のマゴコロが伝わってくる、いい本だった。

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2009年3月 7日 (土)

【読】内村剛介さんの死

もう、ひと月以上も前のことだが、新聞の死亡記事で知った。
記事を切り抜いたつもりだったが、みつからない。

おくやみ:内村剛介氏 | 訃報ドットコム
http://fu-hou.com/2360

内村剛介 | blog 死亡欄
http://bohyo.blog84.fc2.com/blog-entry-1601.html


Uchimura_ikiisogu_3内村剛介 『生き急ぐ スターリン獄の日本人』
 三省堂新書 1967年9月20日発行

内村剛介さんの著書は、『生き急ぐ スターリン獄の日本人』 ぐらいしか読んでいないが、気になる人ではあった。
満州で敗戦をむかえ、ソ連で長い抑留生活を体験した人として、ずっと気にかかっている。
『生き急ぐ』 を読んだ当時(今から30年も前だろうか)、私は「あの戦争」に今ほど関心がなかったせいか、この人のことを深く知ろうと思わなかった。

内村さんの戦争体験を知りたくなった。
ネットで、こんな本をみつけて、入手したのはつい先日のこと。
ボリュームのある内容なので、いつ読めるかわからないが。

Uchimura_gousuke_interview『内村剛介 ロングインタビュー
  生き急ぎ、感じせく――私の二十世紀』

 陶山幾朗/編集・構成
 恵雅堂出版 http://www.keigado.co.jp/
 2008年5月25日発行
 407ページ 2800円(税別)

気合いをいれて本気で格闘しないと読めそうもないが、魅力的な本ではある。

それにしても、こういう先達が世を去っていく、そんな年齢にじぶんが達したということなんだろう。

内村剛介 本名 内藤操。
1920年(大正9年)栃木県生まれ。1945年から56年までソ連に抑留。
2009年1月30日死去。88歳。

私の父よりもすこしだけ上の世代。
私の父は、海軍の飛行練習生だったと聞いているが(詳しいことを聞かないうちに亡くなってしまった)、出陣前に国内で敗戦を迎えた世代だった。
こんど、母に詳しく聞いてみようと思う。

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【読】図書館はありがたいな

ひさしぶりに晴れた。
自宅のリビング(というほどのものでもないが)にPCを持ってきて、ラジオを聴きながら書いている。

南向きの窓から、日ざしはまだ入ってこないが、暖房がいらない程度にはあたたかい。

近くの図書館へ、二日前にネット予約してあった本二冊を、受けとりにいってきた。
団地の桜の樹も、つぼみがふくらんできた。
春なんだなあ、とおもいながら帰ってきた。


Sawachi_manshuu_2Itsuki_jigazou澤地久枝 『もうひとつの満州』
 文藝春秋 1982年

五木寛之 『深夜の自画像』
 創樹社 1974年

どちらも、古書でなければ手にはいらない本だ。
文庫版も絶版になっている。
Amazonという手もあるが、これ以上、本を買って増やすのはためらわれる。

『深夜の自画像』のほうは、文春文庫を持っていたはずだが、探してもみつからない。
手放してしまったらしい。

このあいだまで読んでいた、平岡正明 『石原莞爾試論』(白川書院)に、この本のことが書かれていたので、読み返してみたくなったのだ。

<横浜で一つ席が空いた。腰を下ろし、会場で買った『ダイナミック空手』と、車中で読もうと持ってきた五木寛之『深夜の自画像』をとりだして、どちらから読みはじめようかと頁をめくってみた。奇妙な予感がした。うまく人には伝えられないが、俺はいま何か発見するぞという信号のようなもので、電車がポイントを高速で通過する際のカカカカというリズムのなかにその予感が浮上してきたことをおぼえている。>
(平岡正明 『石原莞爾試論』 1977年)

五木さんのエッセイ集が発売された時代の空気がよみがえってくるような文章だ。
私が青年だった頃、1970年代の空気。

借りてきた、五木寛之 『深夜の自画像』の目次をみていたら、あった、あった。
なにやら不思議な符合のように。

― 名著発掘=平岡正明著『ジャズ宣言』 昭和44年9月 ―
<はじめ明烏敏全集のことを書こうと思ったのだが、昨夜たまたま読んだこの新しい本の印象が余りに強烈だったので、まだ評価のさだまらないこの異色の批評集について書くことにした。
 『ジャズ宣言』という本のタイトルから、野間宏の『暗い絵』が書店の美術専門書の棚に並べられたというエピソードと同じ目に会うのではないかと、ぼくはこの本のために気遣っているところだ。
 相倉久人がいみじくも書いているように、平岡正明のこのエッセイの数々は、「ここに六十年代をジャズとして生きているひとりの男」の、六十年代に対する独立宣言であり、……>
(五木寛之『深夜の自画像』 1974年)

Hiraoka_jazz_sengen平岡正明 『ジャズ宣言』
 現代企画室 1990年 (復刻版)
  第一版 1969年 イザラ書房刊
  第二版 1979年 アディン書房刊

―日本語第三版への序 より―
<イザラ書房刊の初版(1969)に第三版の序文でつけくわえることは、勝利したジャズは芸術を独裁するというその一点である、なあんて一度言ってみたかった。言ってみるとやはり気持いい。
 むこうは『共産党宣言』だ。こっちは『ジャズ宣言』だ。宣言にかわりはない。>


まさに、なんちゃって、である。
1970年代――おもしろい時代だったな、と懐かしんだりして。


澤地さんの本 『もうひとつの満州』 は、タイトルにひかれた。

目次をみると、

「わが心の満州」 1981年7月10日、北京発の汽車は、翌日未明山海関に着いた
 ここから東北。35年ぶりに訪れる故郷・満州への旅が始まる

――という章ではじまり

「消された村」「通化の陵園」「終焉の地」「故山にして他山」「ひとつの歌」「旅の終り」

と続く。

そうか。
澤地さんが育った「満州」の再訪記なんだな。

こんなにいい本が新本で手に入らないというのも、妙なはなし。
(文春文庫 1986年版も絶版)
安野光雅さんの装幀、挿絵(扉スケッチ)がしゃれている本だ。


本を所有することにこだわらなければ、読みたい本は図書館を利用するのがいいんだな、とあらためて思う。
なかなか「所有欲」から自由になれないのがつらいけど。


【追記】  2009/3/7 夜
澤地久枝 『もうひとつの満州』 (Amazonより)
出版社/著者からの内容紹介
<日本人とにって、中国人にとって満州とは何だったか? 反満抗日ゲリラの領袖・楊靖宇の事跡を追いながら、著者自らの郷愁の思いを問い返す哀切な<旅>のすべて>

図書館から借りてきたこの本を読みはじめている。
たくさんの人の手に触れ、読まれた形跡が感じられる本だ。
シミや折り目の跡がたくさんあり、背綴じは剥がれかかっていて、ていねいに扱わなければ今にもバラバラになりそうなほど傷んでいる。
この一冊の本を、どれだけ多くの人たちが読みふけったことだろう。
まさに「手垢」のつくほど読み継がれた、こういう本を手にするのもいいものだ、と思う。

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2009年3月 4日 (水)

【読】「やった側」の記録

この記事のタイトルは、ちょっとどぎついとは思うが……。

Honda_chuugoku_tabi本多勝一 『中国の旅』 (朝日文庫、1993年 第19刷)を古書で手に入れた。
だが、ネットで調べているうちに、モンダイの多い著作だということがわかり、まだ読まずにいる。
いずれ、眉に唾をつけながら読んでみようとは思う。

モンダイというのは、掲載写真(日本軍残虐行為の「証拠」写真)に、捏造の疑いがあるということだ。
Amazonでの一般読者の評価はさんざんであり、著者の本多勝一もずいぶん攻撃されている。
本多勝一の取材方法、捏造指摘後の対応にも、問題が多かったようだ。
これについては、詳しく調べてみたい。

それはともかく。
もう一冊、おなじ朝日文庫だが、こんな本をみつけたので購入。
三日で読みおえた。

Kikigaki_kenpei『聞き書き ある憲兵の記録』
 朝日新聞山形支局 著 朝日文庫(あ 4-37)
 1991/2/20発行 262ページ 480円(税込)

土屋芳雄さんという人が語った、中国大陸での憲兵体験談で、執筆は朝日新聞山形支局の二人の記者である。
朝日新聞記者らしい、いやな感じも受けたが(うまく説明できないが、一言でいうと「正義漢ぶった」感じが鼻につく)、最後まで読んでみると、なかなか重い内容だった。

本書の文章から、土屋芳雄さんの略歴をひろってみる。
(まとまった略歴は載っていないので、私なりの要約)

■明治44年(1911年)、山形県の農村に生まれる。
父は鉄道の保線工夫、母が四反(約40アール)ほどの田の小作をしていた。
貧しい暮らしで、家は3.6×7.3メートルの一間だけ。床は土間、ワラをまき、ムシロを敷いただけの一間に、祖父母、父母、兄弟(土屋芳雄氏とその弟)の六人が暮らしていた。

■昭和6年(1931年)、徴兵検査で甲種合格。
召集される前に、みずから満州の独立守備隊を志願。

志願した理由は、召集されて地元「山形歩兵三十二連隊」へ入営した場合の、初年兵に対するリンチへの恐怖心からだった。
「(山形歩兵三十二連隊は)主に県内出身者といっても、知らない人が多い。どんないじめ方をされるか分からない。それに、村の青年訓練所の一年先輩が、満州の公主嶺独立守備隊に行っていた。どうせ兵隊にとられるなら、その先輩のいる独立守備隊に行きたい。古兵にリンチをくらいそうになっても、その先輩がかばってくれるのではないか、という気持ちだった」 (P.31)

■昭和6年(1931年)12月、二十歳で関東軍独立守備隊に入隊。
中国大陸へ渡る。
「満州事変」が、その年の9月18日に起きて、すでに「満州」は戦場と化していた。
これは、土屋氏の計算違いだったが、両親ほどには心配しなかった。

彼は、軍隊内でまじめに努力し、早く上等兵になろうとする。
初年兵は、いつまでたってもいじめの対象になるからだ。
「匪賊」討伐にも積極的に参加。
日本軍の残虐行為を目撃もし、みずからも手をそめる。
上官に命じられて中国農民の「刺突」も体験。
(縛りあげた中国人捕虜を銃剣で突き刺す、というアレだ。上官が日本刀で捕虜の首を切ることも、目の前でおこなわれた。)

■昭和8年(1933年)5月、憲兵を志願。
成績優秀だったにもかかわらず、上等兵になかなかなれなかったのが動機だった。
憲兵になって、えこひいきをする人事担当の特務曹長を、やっつけたいと思ったそうだ。
「憲兵といえば軍の警察、狙ってさえいれば、あの憎い特務曹長をやっつける機会に恵まれるかもしれない。」 (P.70)

■敗戦までの12年間、憲兵として「反満抗日分子」の虐待(凄惨な拷問、殺害)に手を染めていく。
敗戦後、ソ連での抑留、中国での戦犯取調を受け、そこで、憲兵時代にやったことを振り返り、「オレが殺したのは何人か」「拷問したのは何人か」と数えあげた数字がすさまじい。

<結果は想像を超えていた。 昭和六年、入営した時から数えて、土屋が直接間接に殺したのは三百二十八人。逮捕し拷問にかけ、獄につないだのは実に千九百十七人だった。> (P.252)

■昭和20年(1945年)8月15日、チチハル市で「玉音放送」を聞く。
8月18日、ソ連軍に投降。
10月、ソ連領内トーリンスカヤで、森林伐採の強制労働に従事。
抑留生活のはじまり。
その後、ハバロフスクへ移され、取り調べを受ける。

■昭和25年(1950年)7月、中国 撫順戦犯管理所へ移され、本格的な取り調べ開始。
中国での待遇はよかった。
なによりも、強制労働がなく、旧日本兵の罪状を念入りに調べ、「戦犯の一人ひとりについて、殺された被害者の遺族や拷問された当人から告訴状をとり、関東軍司令部や憲兵隊司令部から押収した書類で裏づけ」したうえで、「完璧な罪状を目の前に突きつけ」るというやり方だった。
「自白すれば軽く、拒めば重く」 ――それが中国による戦犯の扱いだった。
土屋氏は、ここで、じぶんの罪状をすべて認めて、謝罪する。

■彼の抑留生活は、昭和31年(1956年)まで続いた。
敗戦から、11年間である。
死刑を覚悟していたが、中国での判決は起訴猶予だった。

■昭和31年(1956年)8月、帰国。


最後まで読んで、私は驚いた。
昭和31年といえば、私が五歳の頃だ。
そんな時代(敗戦後十一年が経過)まで、大陸に抑留されていた元日本兵がたくさんいたことに。

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2009年2月26日 (木)

【読】石原莞爾

平岡正明という評論家がいる。
1941年東京生まれ、1963年早稲田大学露文科中退。ジャズ評論等で活躍。
――著者略歴には、そのように書かれている。

60年代安保世代で、いろいろ活動してきたらしいが、私はよく知らない。
とくべつなファンというわけでもないが、何冊か読んできた。
この人の文章は面白くて、読ませる。

ただし、いいことを言っているかどうか、内容は保証しかねる。


Hiraoka_nihonjin_chugoku平岡正明 『日本人は中国で何をしたか』
 潮文庫 1985/7/30発行 (親本:1972年 潮出版社)
 350円 236ページ

単行本で読んだ記憶があるが、手元に残っておらず、ネット販売で中古の文庫版を入手。
二、三十年ぶりに読んでみたが、興味深い内容だった。
勉強にもなった。

先の戦争に関する書物はたくさんあるが、どちらかというと 「やられた」記録(いわゆる、わだつみ系の手記など)が圧倒的に多く、日本人がアジアで何を 「やった」 か、加害者の立場から書かれた記録は少ない。

ひどいことをした人たち(自ら進んでやった人ばかりではなく、「やらされた」人も多いだろうが)は、みんな口をつぐんでいるのだろう。


著者 平岡氏はこう書く。
(本書 106ページ、「3 三光における国家意思と兵の実情」)

<日本軍隊の教育は、まず具体的に人を殴ってみること、殺してみることである。
 皇道イデオロギーにもとづく日本軍隊の軍事教育および軍隊教育…(中略)…については、その奇形の精神病理学的分析にしても、集団心理学的分析にしても、あるいは軍隊内の階級対立にしても、戦中派イデオローグによる多くの内省があり、ここでくりかえすものではない。>

<興味ある読者は雑誌『新評』(1971年7月号)、安田武「日中・太平洋戦争を知るための150冊の本」リストを参照されたい。>


――として、この雑誌でとりあげられている 「わだつみ派文献」 を紹介している。

<戦没学生遺稿集、その他の遺稿集、戦争体験者の証言、女性の戦争体験、捕虜収容所・外地引き揚げ、沖縄、原爆、空襲、学童疎開、戦争文学主要作品の十項目について百五十冊の本がリストアップされている。>

<われわれは、これらの 「わだつみ派文献」 を読むべきであり、私自身もあんがい読んでいる。>


続けて、こう言う。

<しかし、安田武のこのリストアップのしかたはまちがっている。 このリストは、日中戦争および太平洋戦争で自分たちがどれだけやられたかという観点で網羅されている。 なにをやってきたかという観点が欠如しており、ことに三光関係の文献が一冊もなく、戦犯クラスの、つまり職業軍人の上層の手記も一冊しかない。 戦史、戦争論、軍事科学関係の本の匂いもない。 これでは日中戦争、太平洋戦争について半分しか知ることはできない。>


まったく、そのとおりだと、私も思う。


Hiraoka_ishihara_kanji平岡正明 『石原莞爾試論』
 白川書院 1977/5/15発行 1300円 224ページ

市の図書館には置いていないので、ネット販売で入手。
かなり変色している(ヤケがひどい)のに、いい値段がついていた(1830円)。
執筆当時(70年代後半、ある意味で騒然としていた時代だった)の「匂い」が濃厚な著作だが、面白い。

船戸与一の 『満州国演義』 にもひんぱんに顔を出す、この不気味な将軍 石原莞爾に関心があったので、読んでみようと思ったのだ。


まさに、「やった」側からの論考である。

<石原莞爾は日本近代史上稀な 「武装せる右翼革命家」 である。 たんに軍国主義者、武断派というだけではない。 職業軍人であり、陸大出の、ドイツ留学をしたエリート軍人である。 職業軍人とはなにか。 軍隊組織の内部にいなくてはアホみたいなものであり、軍隊(もっとも明確な階級制度と指揮命令の系統)がなければ無に等しいい。 これと異なって石原莞爾は、世界戦略をもった軍人であった。>
(本書 17ページ、「おりもおり、満州国建国問題を」)


読み始めたばかりなので、ためになる本なのかどうかは、まだわからない。

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2009年2月11日 (水)

【読】満蒙開拓青少年義勇軍

読んでみたいと思っていた本が、すぐ近くの図書館にあったので借りてきた。

船戸与一の長編小説 『満州国演義』 の四巻目まで読みおえたところ。
ちょうど同じ時代、同じ土地にまつわるこの本を思いだしたのだ。

Amazonで見ると、いい値がついていたし状態も良くないようなのだ。
こういう本は図書館を利用するにかぎる。


Manmou_kaitaku_giyuugun『満蒙開拓青少年義勇軍』
 上 笙一郎 (かみ・しょういちろう) 著
 中公新書 315  1973/2/25発行

この本を知ったのは、だいぶん前に読んだ渡辺一技さんの『桜を恋う人』(集英社文庫)のあとがきで紹介されていたからだ。









「満蒙開拓少年義勇軍」 とはなにか。
渡辺一技 『桜を恋う人』 「まえがきにかえて」 より。

<1931年(昭和6年)、満州事変(柳条湖事件)勃発。 1932年、傀儡国家「満州国」成立(ただし中国人民は「偽満州国」と呼び、昔も今も「満州国」の存在を認めてはいない)。 1934年、執政溥儀を満州国皇帝に就任させ帝政を開始し、1936年、国策としての満州移民「二十ヶ年百万戸送出計画」が成立。>

<1937年7月7日、盧溝橋の日中両軍の衝突を契機に、日中戦争が始まり、日本の大陸侵攻は拡大の一途をたどっていった。>

<そして、国策によって大陸へ送り込まれて行った少年たちがいた。>


Watanae_ichie_sakura『桜を恋う人 二つの祖国に生きて』
 渡辺一技 (わたなべ・いちえ) 著
 1990/10 情報センター出版局
 1995/9/25 集英社文庫

去年の春、読んだ。
2008/4/12の記事 【読】桜を恋う人
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_9e74.html

この本に描かれているのは、岩間典夫さんという人の激動と波乱の半生。
1943年(昭和18年)に14歳で満蒙開拓少年義勇軍の一員として中国に渡り、終戦間際に召集されて二等兵となり、敗戦後はソ連の捕虜としてシベリアに送られ、後に国共内戦中の中国で中国人民解放軍の兵士となり、交易馬車の護送中にオロチョン族に襲撃されて捕らわれ、やがてオロチョン族の指導者としてオロチョン族の村の建設に力を費やし、現在(この本の執筆当時)は中ソ国境の遜克県で政治協商会議委員会の副主席を務める、中国国籍となった日本人である。
(本書 「まえがきにかえて」 より)


こういう人がたくさんいたのだと思う。
じぶんがあの時代に生まれていたら、どうしていただろう、と思うことがよくある。

「満蒙開拓少年義勇軍」、その存在すらすでに忘れら去られようとしているが、今からわずか70年前にあったことだ。
満州へ新天地を求めて移っていった人々のなかに、私の血につながる人がいたかもしれない。
私の友人のなかにも、血のつながる先祖が彼の地で生涯を終えたという人もいる。

人ごとではなく、じぶんのこととして読んでみようと思う。

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2009年2月 8日 (日)

【読】写真で読む 「大日本帝国」

古本屋でこんな本をみつけた。
いい内容だと思う。

Nishimuta_shashin_teikoku『写真で読む 僕の見た「大日本帝国」』
 西牟田 靖
 情報センター出版局 2006/2/26発行
 1600円(税別)
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031670971&Action_id=121&Sza_id=C0

<こんなニッポンがあったことを、あなたは信じられますか?
明治の半ばから昭和20年の終戦前後までの時代、「大日本帝国」と称していた日本の統治下に置かれていたという共通項を持つ、サハリン(樺太)の南半分、台湾、韓国、北朝鮮、ミクロネシア(旧南洋群島)、中国東北部(旧満洲)。
戦後半世紀以上たった今日でも、古くからかつて日本の領土だったそれらの国・地域には、日本語、日本建築、鳥居、神社、日本精神、残された日本人……と、さまざまな形で日本統治時代の痕跡=「日本の足あと」が残っている。
彼の地に残る「日本の足あと」は、僕らに何を訴えるのか?
四年におよぶ旅の中で、僕が出会った「大日本帝国」のすべて――。>
(本書カバー裏 より)

同じ著者の
『僕の見た「大日本帝国」 教わらなかった歴史と出会う旅』
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031497454&Action_id=121&Sza_id=GG
という本の続編(写真編)らしい。


■著者紹介 (e-honのサイトより転載)
西牟田 靖 (ニシムタ ヤスシ)
1970年大阪生まれ。神戸学院大学卒業。8カ月間の会社勤めの後、地球の丸さを感じるための地球一周の船旅へ。以降、ライターとして活動を始める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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2009年1月29日 (木)

【読】こんな本をみつけた(JAL機内誌をきっかけに)


この記事は、昨夜書いて一度アップしたものの、すぐに非公開にした。
石川直樹さんという人について、私はまったく未知だったので、少しネットで調べてみたのだった。
その結果、意外な情報を目にして、ちょっと怯んでしまった。
しかし、一夜明けて、考えなおした。
情報というものはいわば無限であり、ことにネット情報の真偽はにわかに判断できないものが多いのだから、今現在、じぶんが知っている情報をベースに書くことは、けっして悪いことではない、と。



年末、帰省の折、JALの機内誌 「スカイワード SKYWARD」 に目を引く写真があった。
カナダのクイーン・シャーロット島の写真だ。

Skyward200812_1Skyward200812_2『SKYWARD 2008/12月号』
http://www.jal.co.jp/inflight/skyward/0812.html


「カナダ 神話の時間」
  撮影・文 石川直樹

石川直樹という人を私は知らなかったが、1977年生まれのまだ若い人らしい。
写真は、星野道夫さんを思いおこさせる、ハイダ族の人々やトーテムポール、自然風景などを撮ったものだ。
写真のタッチが星野さんに似ているなと思いながら文章を読んでいると、こんなフレーズがあって、思わずニヤリとした。


<トーテムポールを見て引き返す旅行者が多いのだろう、奥へ向かう道は苔むしていて、緑の密度が圧倒的に濃い。 (中略)倒れた倒木が苗床になってさらに若木が生長していくさまは、この世界の生命が長い旅の途上にあることを端的に表している。木々は常に朽ち、一方で森は常に誕生し続けているのだ。>


星野道夫さんの本のタイトルにもなっている、「長い旅の途上」 という言葉を、この人は意図的に使っているのだと思う。
年齢からみて、星野さんの写真や著作から強い影響を受けた世代とも思える。


写真がみごとだったので、この機内誌を持ち帰り、家に帰ってから調べてみたら、魅力的な本があった。

Ishikawa_naoki_bouken_2石川直樹 『いま生きているという冒険』
 2006年 理論社 1400円(税別) 279ページ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4652078161

図書館にリクエストして、今日、手にすることができた。
(近隣の別の市の図書館からまわってきた。親切である)

石川直樹(いしかわ・なおき)
1977年東京都生まれ。高校時代にインドを一人で旅して以来、世界中を旅するようになる。2000年に地球縦断プロジェクト「POLE TO POLE」に参加し、北極から南極まで人力で踏破。2001年にはチョモランマに登頂し、世界七大陸最高峰登頂の最年少記録を塗りかえた。2002年に早稲田大学を卒業。2004年、熱気球による太平洋横断に挑戦。現在、東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程に在学しながら、写真・映像作品を制作。人類学、民俗学などの領域に関心をもち、行為の経験としての移動、旅などをテーマに、文章・写真作品を発表している。(以下、略)
 =本書巻末の著者略歴より=


略歴をみると驚くほど行動的な人で、写真もダイナミックだ。
今日から読みはじめるこの本も、カラー写真満載で、楽しみである。


この本の内容
1章 世界を経験する方法としてのインド  インド一人旅
2章 冒険に出かけよう  アラスカの山と川
3章 自分の目で見て、身体で感じること  北極から南極へ
4章 いま生きているという冒険  七大陸最高峰とチョモランマ
5章 心のなかに島が見えるか  ミクロネシアに伝わる星の航海術(スターナビゲーション)
6章 惑星の神話へ  熱気球太平洋横断
7章 もう一つの世界へ  想像力の旅


【2009/3/3 再掲載】
わけあって、この記事へのコメントは受け付けません。あしからず。

【2009/3/3 追記 参考サイト】
車横転、邦人女性が死亡/アルゼンチン、冒険家けが―四国新聞社
 http://www.shikoku-np.co.jp/national/international/article.aspx?id=20051004000008
冒険家・探検家・研究者 石川直樹(いしかわ・なおき)
 http://bouken.blog28.fc2.com/blog-entry-2.html

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【読】ついに出た 『満州国演義5』

発売日は明日になっていたが、今日、本屋に寄ったら出ていた。

Funado_manshu5船戸与一
 『満州国演義5 ―灰塵の暦―
 2009/1/30 新潮社 2000円(税別)
 469ページ

だんだん厚みをましてくる。
電車の中で、片手に持って読むにはちと重い。

南京事件かぁ……いよいよ面白くなりそうだ。

<「兵士たちは復讐心に燃えてるんだ。 強姦や理不尽な殺戮。 人間の残虐性がかならず爆発する」
 満州事変から六年。 理想を捨てた太郎は満州国国務院で地位を固め、憲兵隊で活躍する三郎は待望の長男を得、記者となった四郎は初の戦場取材に臨む。 そして、特務機関の下で働く次郎を悲劇が襲った――四兄弟が人生の岐路に立つとき、満州国の命運を大きく揺るがす事件が起こる。
 読者を「南京事件」へと誘う第五巻。>  (本書帯より)

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2009年1月28日 (水)

【読】同時代の伴走者

「同時代」という言葉がすきだ。
いま、この時代をいっしょに生き、同じ時代の空気を呼吸している人たちがいる。

もちろん、身のまわりにいる生活の場の人々がそうだが、本や音楽を通じて 「同時代人」 と感じる人たちもいる。
私は、かってに 「同時代の伴走者」 と呼んでいる。

伴走者という呼び方は、もちろん、私を中心に置いてのことだ。
彼らは彼らで、それぞれの人生を走っているわけだが、私から見れば伴走者である、という意味合いで。

マラソンに例えてもいいし、一万メートルのトラック競技でもいい。
どうしようもなく苦しくなったとき、ふと横を見ると、同じように走っている人ががいるだけで、きっと元気もでてくるというものだ。

五木寛之、吉本隆明、といった大先輩たちは、私よりもはるか先を走っている人たちだが、その後ろ姿ははっきり見える。
あるいは、同じトラックですぐ横にいるのだが、私より何周も先を行っている。
失礼な言い方だが、ゴールに近い人たちだ。


こんなことを書いたのも、きょう、星野道夫にまつわる本と雑誌を手に入れたからだ。
星野さんも、私にとって 「同時代の伴走者」 だった。
ただ、私がきづいたときには、もう彼の姿はどこにも見えなくなっていたのだが。


Hoshino_coyote_no16_2Coyote No.16
 「特集 トーテムポールを立てる」
 2007年4月  スイッチ・パブリッシング
 857円(税別)

星野さんが生前、親しくしていたボブ・サムの語り 「森と氷河と鯨よ、ミチオと≪ひとつ≫になれ」、池澤夏樹さんの講演 「もう一つの時間 星野道夫の生涯」 などが収録されている。
なによりも、この雑誌は写真がきれいだ。




Hoshino_yukawa_interview2_2『終わりのない旅 星野道夫インタヴュー』
 ― 原野に生命の川が流れる ―
 湯川 豊  スイッチ・パブリッシング
 2006年 1500円(税別)

この本は、だいぶん前に図書館から借りて読んでいるが、あらためて手許に置いておきたくなって購入した。


【読】星野道夫さんとクマ(続々) 2008年6月22日 (日)
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_9893.html


<僕は生物学者でも人類学者でもなくて、ごくふつうの人間が誰でももつような思いがあって、それはいってみれば、どうして人間はここにいるのか、そしてどういう方向に行こうとしているか、ということだと思うんです。 人間という種の不思議さ。 自分が生きてることの不思議さっていうのかな。 そんな意識がいつもどこかにあるような気がします。 そういう意識でアラスカを撮っていると何かが見えてくる。>  (本書帯 ―「終わりのない旅 星野道夫インタヴュー」より)


生きていると、つらいことも多い。
楽しいこともあるが、悲しくなること、さびしくてたまらないこともある。
それでも、まだまだ走りつづけなければいけない。

星野道夫さんが残した文章や写真が、そっと励ましてくれることは、うれしい。
もうこの世にいない人だけれど、まだ生きている。
そういう人だ。 

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2009年1月25日 (日)

【読】Coyote最新号

「Coyote」(コヨーテ)という洒落た雑誌がある。

Hoshino_coyote_no34今日、たまたま出かけた先の書店で最新号を見て、即座に購入した。
星野道夫の特集が載っていたから。

Coyote No.34
 特集 たったひとりのアラスカ
 2008年12月10日発売 価格1470円(税込)
 株式会社 スイッチ・パブリッシング

http://www.coyoteclub.net/index.html


星野道夫さんと、この会社の縁は深い。


(写真) 左から
『魔法のことば』 星野道夫
『旅をした人 星野道夫の生と死』 池澤夏樹
『表現者』 星野道夫
『Coyote No.2』 特集 星野道夫の冒険 (2004年10月)

Hoshino_mahou_2Hoshino_tabiHoshino_hyougensha1Hoshino_coyote_no2

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2009年1月14日 (水)

【読】水木しげるの 「あの戦争」

連想ゲームのように、また、こんな本を買ってしまった。

水木しげるの戦記と、コミック。

Mizuki_rabaul『水木しげるのラバウル戦記』 水木しげる
 ちくま文庫 1997年 950円(税別) 235ページ

コミックではなく、画文集。
<太平洋戦争の激戦地ラバウル。水木二等兵は、この戦闘に一兵卒として送り込まれた。彼は上官に殴られ続ける日々を、それでも楽天的な気持ちで過ごしていた。ある日、部隊は敵の奇襲にあい全滅する。彼は、九死に一生をえるが、片腕を失ってしまう。この強烈な体験が鮮明な時期に描いた絵に、後に文章を添えて完成したのが、この戦記である。……>





Mizuki_showa_shi_1『コミック 昭和史 第1卷 関東大震災~満州事変』
 水木しげる  講談社文庫 1994年 533円(税別) 259ページ

友人宅の、なぜかトイレに置いてあったのを見て知った。
全8卷。
一冊ずつ読みながら買い揃えていこうと思う。

<昭和とはどのような時代だったのか。戦後五十年を機に、いまあらためてその時代精神が問われている。それも権力者の視点ではなく、庶民の眼で捉えたらどうなるのか。太平洋戦争下、ラバウルでの空襲により片腕を失った筆者が、万感の想いで描ききる。戦争を知らない世代に贈るコミック昭和史・全8卷。>


もう一冊。
これは少し前に、古本屋でみつけて買っておいた。

Mizuki_senki『ああ玉砕 水木しげる戦記選集』 水木しげる
 宙(おおぞら)出版 2007年 1300円(税別) 407ページ

セントジョージ岬―総員玉砕せよ―/硫黄島の白い旗/地獄と天国/駆逐艦鬼/海の男/戦争と日本/水木しげるロングインタビュー 亡き戦友が描かせた戦争まんが

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2009年1月13日 (火)

【読】南方熊楠という巨人

水木しげるのコミック 『猫楠 南方熊楠の生涯』 (角川文庫)がとても面白かった。

Mizuki_nekogusu『猫楠 neko-gusu 南方熊楠の生涯』
 水木しげる 角川文庫 1996年
 667円(税別)

コミックだから誇張も多いが、南方熊楠という類いまれな巨人の魅力がよく伝わってくる。
熊楠にまつわるさまざまなエピソードが上手にとりあげられている。
熊楠ファンだけでなく、水木しげるファンにもおすすめしたいと思うほど。

「猫楠」というタイトルは、熊楠が猫好きだったことから、猫を狂言回しの役割で登場させて、物語をすすめているところから付けられたのだろう。


ひさしぶりに、南方熊楠の波乱に満ちた生涯を追いかけてみて、熊楠にまつわる本や、熊楠自身の著作(難しいが面白い)も読んでみたくなった。

私が南方熊楠にであったきっかけは、古本市でみつけた一冊の文庫本だった。
それまで、南方熊楠の名前とウワサは聞いていたので、読んでみようかなと思って買ってみたのだった。

Hirano_kumagusu_gaiden平野威馬雄(ひらの・いまお)
 『くまぐす外伝』
 ちくま文庫 1991年 835円(税別) 472ページ

有名な熊楠の「履歴書」が巻末に掲載されている。
<「あなたの研究所設立のために、喜んで寄付をしたいが、あなたの事は、ただ、えらい学者だという事しかわかっていないので、このさい、ごくかんたんでいいから、あなたの略歴を、しらせてください」と、望んだ日本郵船重役矢吹氏は、この未曽有に長大な「リレキ書」を受け取ってどんなにおどろいたことであろう。>
(平野威馬雄 同書 P.369)
文庫サイズでも86ページにわたる、長大な履歴書だ。

今気づいたのだが、この文庫本の解説は水木しげるが書いている。
(解説 「霊的存在」 を見た熊楠 水木しげる)


神坂次郎が書いた伝記も面白かった。

Kousaka_kumagusu神坂次郎(こうさか・じろう)
 『縛られた巨人 南方熊楠の生涯』
 新潮文庫 1991年 667円(税別) 502ページ

「縛られた巨人」 というネーミングが、在野の、ほとんど無名な(国内では)民間学者として生涯をおくった熊楠をうまく表現している。
この文庫本の巻末対談は、北杜夫と神坂次郎による。
北杜夫も熊楠のことはよく知っていたのだ。




学術的な専門書だが、鶴見和子さんの書いた本がとてもよかった。

Tsurumi_kumagusu鶴見和子 『南方熊楠』  ―地球志向の比較学―
 講談社学術文庫 1981年 1100円(税別) 318ページ

私は、この本で鶴見和子さんという、信頼できる学者さんに出会った。
鶴見さんは、鶴見俊輔さんの姉上。

柳田國男を長く研究していた著者は、熊楠に出会ったことで大きなショックを受けたそうだ。
熊楠とがっぷり四つに取り組んでいる好著といえる。
内容は難しかったが、鶴見和子さんが生涯かけて取り組んだテーマに引き寄せて、熊楠の業績をたんねんにたどっている。

<南方熊楠について、わたしは晩学である。……この本を書かせていただいたことは、わたしにとって、眼から鱗の落ちるような経験であった。>
(本書 初版はしがき 鶴見和子)


南方熊楠は、膨大な、珠玉のような著作の魅力とともに、おそろしく人間的な魅力を持つ巨人である。


Kumagusu_jyuunishikouKumagusu_zuihitsu南方熊楠 『十二支考』
 岩波文庫(上・下) 1994年
 800円・760円(税別)

益川勝実編 『南方熊楠随筆集』
 ちくま学芸文庫 1994年
 1300円(税別)

どちらもまだ読んでいないが、そろそろ「原典」にあたろうかな、と思う。
古典にしろなんにしろ、原点に直接触れることの大切さを、近ごろ痛感している。

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2009年1月12日 (月)

【読】水木しげる 「猫楠」

ブルータスという雑誌(654号、2008/12/15発売)に、おもしろい特集があった。

BRUTUS 654号 (2009年1月1日・15日号)  マガジンハウス

Brutus200901http://magazineworld.jp/brutus/654/

特集 「生き方」を考える本。
「男が惚れる男、女が惚れる女」 として、11人がとりあげられている。

チェ・ゲバラ、須賀敦子、北大路魯山人、伊丹十三、岸恵子、開高健、南方熊楠、向田邦子、ル・クレジオ、椎名林檎、赤塚不二夫。


南方熊楠のページに、興味深い本が紹介されていた。

Brutus_kumagusu2Brutus_kumagusu1南方熊楠
 在野に生きた硬骨の天才。

1867年和歌山県生まれ。86年より約14年間にわたる留学の間に植物学などの分野で世界的な業績を残す。帰国後は南紀に留まりつづけ、博物学、宗教学、民俗学の分野における近代日本の先駆的存在として、また同時に植物学、特に「隠花植物」と呼ばれていた菌類・地衣類などの日本における初期の代表的な研究者として活躍。民俗学者の柳田國男をはじめ多くの国内の学者にも影響を与えた。太平洋戦争が始まる直前の1941年、74歳で死去。
(ブルータス 654号 P.33)





Mizuki_nekogusu水木しげる 『猫楠 南方熊楠の生涯』
 角川文庫 667円(税別)
 1996年10月 初版発行 427ページ

漫画家・水木しげるが、熊楠が可愛がった猫たちの目を通して熊楠と彼を取り巻く人々の姿を描いた電気漫画の秀作。水木らしペーソスあふれるタッチで、闊達で奔放な愛すべきヘンクツの怪人・熊楠を親しみを込めて、生き生きと描いている。主要なエピソードもほぼ史実に沿って押さえられており、熊楠の人生を知るのに最も分かりやすい楽しい一冊。
(ブルータス 654号 P.33)

取り寄せて読んでいるところだが、とても面白い。
ついでに、前から買おうかどうか迷っていた 『南方熊楠の森』 (松井竜五、岩崎仁編、方丈堂出版)も手に入れた。
付録のCD-ROMがうれしい。


Kumagusu_no_mori『南方熊楠の森』
 松居竜吾、岩崎仁編 方丈堂出版
 2858円(税別) 2005年12月20日 発行
 215ページ

熊楠の調査・研究に欠かすことのできなかった熊野の森。そこで育まれた熊楠の世界観について、熊楠研究で知られる編者が最新の研究成果をまとめた。熊楠ゆかりの地を解説したテキストもファンにはうれしい。付録としてデータベースと映像資料のCD-ROMも。
(ブルータス 654号 P.33)

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2009年1月11日 (日)

【遊】蕎麦屋と古本屋と和菓子屋

朝から晴れて気持のいい休日。

いつもの日帰り温泉へ開店時刻(午前9時)に入ったあと、自動車保険更新のため、立川のディーラーへ。
その後、立川から国立を車でまわって帰ってきた。


立川市羽衣町にある、前から気になっていた蕎麦屋に寄ってみた。

 → 2008/10/8 【遊】四市横断サイクリング (6)
  http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/6-20f2.html

そば処 かめ井
 立川市羽衣町3-2-7

蕎麦屋は、だいたい店の構えで蕎麦の味がわかるような気がする。
このお店は、私が睨んでいたとおり、おいしい蕎麦を食べさせてくれた。

今日は家人とふたりで、とろろ蕎麦とごまおろし蕎麦を食べた。
手打ちの蕎麦めんがおいしいし、出汁もおいしい。
シンプルなもり蕎麦もきっとおいしいだろうと思わせる。

ご夫婦でやっている、こぢんまりとした店舗。
ご主人と奥様の感じがやわらかくて、好感がもてる。
また、行ってみようと思う。

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蕎麦を食べたあと、よく行く古本屋(ブックセンターいとう 羽衣町店)をのぞく。
このところ少しずつ買い集めている、白土三平 『カムイ伝』 の文庫本を四冊発見。

田中優子 『カムイ伝講義』 (小学館、2008年10月)を昨年入手。
どうせなら、もとの劇画を読んでみようと思っているのだ。

Kamuiden_12Tanaka_kamuiden_kougi白土三平
 『カムイ伝』 小学館文庫

田中優子
 『カムイ伝講義』 小学館
 2008/10/6
 1500円(税別)



田中優子さんのこの本は、ラジオ番組(たしか、久米宏のTBSラジオ)に田中さんがゲスト出演して話していたもの。
なかなか面白そうな力作なのだ。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4098401134


最後に立ち寄ったのは、このブログで何度も紹介した国立の和菓子屋さん。

三芳野  国立市東2-12-2

これまで実物を見たことがなかった 「めでたい最中」 が店頭に並んでいたので、ひとつ購入。
(いつもは注文しておかないと手に入らないようだ)
その他、どら焼き(多摩闌どーら)、五平道明寺、勘助だんごなど、私たちの好物をいくつか購入。

めでたい最中 (三芳野さんの小さなちらしより)
 おめでたい 鯛を紅白の最中で表現し、
 紅鯛には栗・白鯛には虎豆を合わせました。

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2008年12月28日 (日)

【雑】2008年の締め

西暦2008年も、暮れようとしている。
今年のブログ投稿は、これが最後になる。
読んでくださった方々と、訪問してくださった方々に感謝しています。

年末は、宮部みゆきの時代小説と、山田順子さんという時代考証家・放送作家の本を読んで、江戸の時代に思いをはせてみよう。

Yamada_junko_edo_shomin山田順子
 『なぜ、江戸の庶民は時間に正確だったのか』
 実業之日本社 2008/2/25  762円(税別)

著者の山田順子さんは、1953年生まれ。
NHKのクイズ番組「クイズ面白ゼミナール」の歴史クイズの出題・構成や、テレビの時代ドラマの時代考証を手がけている人。

テレビの時代ドラマというもの、嘘っぽいので私はほとんど見ないが、江戸時代はほんとうは面白いのだ。
現代の生活習慣のほとんどは、江戸時代にできあがったと言っていいかもしれない。
正月のさまざまな風習もそうらしい。

宮部みゆき『あやし』 という時代小説(短編集)を読んでいる。
(2000年7月 角川書店、2003年4月 角川文庫)

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2008年12月26日 (金)

【雑】今年も、またリセット

年末、さいごの仕事を終えて家に帰ってくると、毎年きまってこう思う。
「今年も、またリセット」

去年の今頃も、おなじようなことをこのブログに書いていたっけ。
一昨年も。

こうしてまた、ひとつ歳を重ねるわけだ。


昼休み、コンビニで手に入れた雑誌。

Brutus200901BURUTUS 2009年 1/1・15合併号
 マガジンハウス  590円(税込)

表紙にひかれて買ってみた。
「生き方」を考える本、という巻頭の特集がなかなかいい。
パラパラとめくっていると、南方熊楠がとりあげられていて、うれしくなった。

こんな人たちが、それぞれ見開きで紹介されている。
チェ・ゲバラ/須賀敦子/北大路魯山人/伊丹十三/岸恵子/開高健/南方熊楠/向田邦子/ル・クレジオ/椎名林檎/赤塚不二夫




朝は朝で、電車の中で読んでいた宮部みゆきさんの時代小説の一節に、ジーンときた。

Miyabe_kanninbako宮部みゆき 『堪忍箱』
 新潮文庫  476円(税別)

<この荷車には何が積んであるんだろう。藁で包んで荒縄で縛った四角いものが、ぎっちりと並べてある。ひどく重そうだ。でもこれを引いて持っていかない限り、引き手は金をもらえないし、今日のおまんまにはありつけない。仕事というのはそういうもので、雨でも天気でも暑くても寒くても、ひと言も文句を垂れたりしてはいけないのだと、おっかさんは言っていた。>
(「砂村新田」より)

そうなんだな、と思う。
働いて、働いて、文句も言わず、子を育て、老いて死んでいく、そんな無名の人々がいちばんえらいのだ。

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2008年12月11日 (木)

【読】今年読んだ本 (上方落語)

年末近くになって、上方落語家が書いた本を二冊読んだ。
いずれも、桂枝雀の弟子が書いた本である。

半月ほど前に書いた内容と一部重複するが、あらためて書いておきたい。
→ 【演】【読】枝雀の弟子たち
 http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-13ab.html


Jakujaku_hisshi桂 雀々 『必死のパッチ』
 幻冬舎 2008/10/25発行
 1300円(税別)

なかなか感動的な内容だった。

雀々自身のこんな公式サイトがある。

落語家・桂雀々の必死のパッチ - ほ~む -
http://www.jak2.net/


もう一冊は、まじめな落語の歴史の本である。

Bunga_rakugo_tsuu桂 文我  『落語「通」入門』
 集英社文庫 2006/10発行
 735円(税込)

枝雀のもとで桂雀司として修業していた頃、師匠の枝雀にこう言われたことがきっかけで、演芸関係の資料を収集し、研究するようになったという。

「最近は米朝師匠(枝雀の師匠)のように、落語の資料を集めながら、落語の歴史も熟知した上で本を著せるようなタイプの噺家がいないから、米朝師匠の万分の一でもいいから、そのジャンルを押さえなさい」

また、枝雀師に言われたこんなことばが忘れられないとも。

「アイデアに頼り過ぎると、知的には面白いかも知れんが、ハートに響いてこない。 見た目も普通のスタイルで、〝知恵のある声〟が出る噺家を目指しなさい」

枝雀らしい、温かみの感じられることばだと思う。
いい弟子をたくさん残した桂枝雀は、やはり偉大な落語家だった。



ところで、今日、ようやく待望の本を手に入れた。
はじめて見かけたのが、御茶ノ水の「丸善」だった。
気にはなったが買わずにいたら、次に寄ったときには売れていた。
その後、浜松町(モノレール乗り場近く)の書店に平積みされていたのを見たときも、迷った末、買わなかった。
ネットで注文したら、到着までずいぶん日数がかかった。

気になった本は、見かけたその場で買うべきものだなあ。


Komigata_engei_taizen『上方演芸大全』
 大阪府立上方演芸資料館(ワッハ上方)編
 創元社  2008/11/20発行
 535ページ  2800円(税別)

この分厚さで(35mmもある)この価格は、むちゃくちゃに安い。
内容も充実している。

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032165028&Action_id=121&Sza_id=G1

[要旨]
漫才、落語、喜劇、浪曲、講談、諸芸、メディア、作家・裏方、劇場・寄席―。上方演芸の総覧としてその歴史と魅力を集大成。笑いの芸、その源流から現在まで、そして未来をも展望する。 
[目次]
第1章 漫才;第2章 落語;第3章 喜劇;第4章 浪曲;第5章 講談;第6章 諸芸;第7章 上方演芸とメディア;第8章 作家・裏方;第9章 劇場・寄席・小屋;資料編 
[出版社商品紹介] 
上方演芸の歴史と魅力を集大成した初の書。10章立てで、その全容と細部に迫った貴重な記録。図版、資料多数。 

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2008年11月27日 (木)

【演】【読】枝雀の弟子たち

故 桂枝雀の弟子たちが活躍しているようだ。
上方落語の動静にうとくなり、生の高座も聞かなくなって久しいが、書店でこんな本をみつけた。


Bunga_rakugo_tsuu桂 文我 『落語「通」入門』
 集英社新書 0362  2006/10
 735円(税込)

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031783124&Action_id=121&Sza_id=B0#tyosya

枝雀の弟子、桂雀司が四代目・桂文我を襲名していたことは噂に聞いていた。
先代の文我を、レコードの音源で聞いたことがあり、その人となりについても読んでいたが、興味ぶかい噺家ではあった。

雀司あらため四代目・文我のこの本は、錦糸町駅ビルの書店でひらかれていた落語フェアでみかけて、買おうか買うまいか迷ったあげく買わなかった。
その後、気になっていたので、同じ書店に行ったら、すでにフェアは終了していて、残念に思っていた。
ところが、今日、仕事の帰りにその店の落語コーナーで発見。
即座に購入した。

枝雀の弟子たちは、いずれもユニークな個性の持ち主ばかりだが、この人はなかなかの研究家のようだ。
音源もたくさん出ているようで、聞いてみたいと思うし、機会があれば高座も見てみたいと思うのだ。


もう一冊。
これは、御茶ノ水駅前の丸善で見かけて、やはり買わなかった本。
いま、ネットで検索したら、大ヒットして、話題になっているようだ。
いずれ手に入れたいと思う。

Jyakujyaku桂 雀々 『必死のパッチ』
 幻冬舎  2008/10
 1365円(税込)

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000032149520&Action_id=121&Sza_id=Z1

大ベストセラーになった 『ホームレス中学生』 (これも読んでみたい気はする) を思わせる内容。

雀々も、雀司も、枝雀一門の落語会やテレビ番組でよく見ていたし、生の高座も聞いたことがあるが、さすがに枝雀の弟子。
才能の片鱗をを感じていた。
この本には、ちょっと驚いた。


― e-honサイト掲載の著者紹介より ―

桂 文我 (カツラ ブンガ)        
1960年、三重県松阪生まれ。79年、桂枝雀に入門。芸名は雀司。83年にABC落語新人コンクール審査員奨励賞受賞。95年、国立演芸場花形演芸大賞受賞。同年、四代目・桂文我を襲名。2004年、芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。全国で「桂文我の会」、子ども向けの落語会「おやこ寄席」をもち、公演活動もつづけている。

桂 雀々 (カツラ ジャクジャク)        
落語家。本名、松本貢一。1960年8月9日、大阪市住吉区に生まれる。十一歳で母親が蒸発、その後、父親も家を出て行ったため、市営住宅に一人で暮らしながら、中学三年間を乗り切る。1977年6月1日に上方落語の桂枝雀に入門。同年10月に名古屋・雲竜ホール(現フレックスホール)の枝雀独演会にて「浮世根問」で初舞台を踏む。2007年には落語家生活三十周年を記念した六日間連続独演会「雀々十八番」を東京・大阪で開催。テレビやラジオ番組、映画に出演するなど、タレント、俳優としても活躍中。

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2008年11月18日 (火)

【歩】【読】朝のたのしみ

今朝、家をはやめに出て、すこし歩いてみた。

天気はぱっとしなかったが、ひさしぶりにデジタル・カメラを持って出た。
けっこうかさばるので、通勤鞄に入て持ち歩くことは少ない。

団地の中の樹木が日ごとに色づきを深めている。
樹木を眺めながらバス停まで歩くのが、毎朝の楽しみである。

今朝(11/18朝 小平市)の紅葉。
手ぶれが多いが、ご容赦願いたい。
なにしろ時間に余裕のない、朝の通勤途上の撮影なので。


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夜、帰宅途中でも、おもしろい写真が撮れた。
街灯のあかりだけで、補助光(ストロボ)を使わないで撮ってみた。
夜桜ならぬ、夜の紅葉である。

(11/18夜 小平市)

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二日ほど前だったか、書店でこんな本をみつけて購入。
色鮮やかな紅葉・黄葉の写真は、眺めているだけでも楽しい。
ハンドブックとして役にたちそうだ。

Koyo_handbook『紅葉ハンドブック』  林 将之 著
 文一総合出版  2008/9/27
 80ページ  1200円(税別)

カエデ科24種をはじめ、高山から身近な野山や公園まで、鮮やかに紅葉する樹木121種類を紹介した紅葉図鑑。
葉をスキャナーで撮影した画像を用いて、どの木が何色に紅葉するかを解説している。
また、葉1枚から名前が調べられるように、赤、橙、黄の色別に一覧表を設けている。
(本書 「はじめに」 より抜粋)

ちなみに、上に掲載したモミジはイロハモミジであることも(たぶん)、確認できた。
紅葉の仕組みについても、科学的な説明があっておもしろい。

近ごろは、スキャナーを使った画像の図鑑が多い。
たしかにカメラよりも図鑑向きの画像がとれるようだ。

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2008年11月 7日 (金)

【読】本のたのしみ

本を読むたのしみ、本を手にするたのしみ、いろいろある。
ぱらぱらと眺めているだけでも、たのしい本がある。

オンライン書店で 「全国書店オンライン e-hon」 というサイトがある。
ネットで注文し、近くの書店で受けとるシステムだ。
送料がかからないのがいい。
これまで、ずいぶんとお世話になった。

http://www.e-hon.ne.jp/bec/EB/Top


■ このサイトからのダイレクトメール(Eメール)で知った本。
今日、仕事の帰りに錦糸町駅ビルの書店で、平積みされているのを見て購入。
売れているらしい。


― e-hon ダイレクトメールより ―
<『東京今昔散歩 彩色絵はがき・古地図から眺める』 原島広至
http://www2.e-hon.ne.jp/mail/u/l?p=h_vtoWAqiqoZ
古絵はがきと写真、江戸の地図と現代地図が並び、今と昔の違いがひと目でわかる。
同一視点から撮影された明治・大正の古写真vs現代の写真も並べて掲載しています。
一部立ち読みOK。東京の急激な変遷や変わらない風情を見つけてお楽しみ下さい。>


Tokyo_imamukashi『東京今昔散歩 彩色絵はがき・古地図から眺める』
 原島広至  中経文庫 (中経出版)
 2008.9.30 発行  657円(税別)

本文全ページがカラー印刷というビジュアルな内容で、この値段は安いと思う。

― 本書 「はじめに」 より ―
<現存する世界最古の写真は、フランス人のニセホールによって撮影された1825年頃の風景写真。 そのわずか29年後の1854年(嘉永7)に、ペリー率いる黒船に乗っていた写真家エリファレット・ブラウン・ジュニアが、記録に残る二音最古の写真を撮影しました(被写体は浦賀奉行与力の田中光儀)。 わずかの期間に写真は庶民にも広まり、特に1900年(明治33)に私製はがきが認可されると、各地の名所を載せた手彩色(てさいしき)絵はがき(モノクロの写真に職人が手で彩色した絵はがき)が人気を博し、人々に親しまれた。 ……>


「ニセホール」 という人名に、思わず笑ってしまった。
ピンホール写真機(針穴写真機)を連想したのだった。

それはともかく、小金井桜の古い写真など、いわゆる手彩色写真には、なんともいえない味わいがあって私は好きだ。
現代の高性能な写真機がつくりあげる写真は、リアルすぎて面白味がうすい。
昔の写真、とくにモノクロ写真の方が味わいがある、と思うのは私だけか。


■ もう一冊。
これは、何かのネット記事でみつけたのだと思う(もう憶えていない)。

Zassou_no_hanashi_2『雑草のはなし 見つけ方、楽しみ方』
 田中 修  中公新書 (中央公論新社)
 2007.3.25 初版発行  840円(税別)

口絵カラー写真が32ページ、130点掲載されているものの、いたって地味なつくりの新書。
この中に、先日私が名前を知った 「ヒメツルソバ」 のことが書かれていて、うれしくなった。

このブログに書いた 2008/10/29の記事
【雑】姫蔓蕎麦
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-0003.html

― 本書 P.161 より ―
<ヒメツルソバ(タデ科)は、溝や畑、道端や空き地に育ち、秋に多くの花を咲かせる。 花は、丸い球状になって咲くので、ピンクの金平糖のような印象を与える(→口絵29頁)。 かわいい花なので、園芸用のものが野生化したと思われる。 インド・ネパール原産である。 秋遅くにまで、色も形もしっかり保たれていることが多い。>


「ピンクの金平糖」 とは、なかなかしゃれた比喩で、感心した。
実物をまぢかで見ると、ほんとうに可愛らしい花なのだ。
インド・ネパール原産、というのも夢を誘う。


写真 ヒメツルソバ (姫蔓蕎麦)
 2008/10/29 立川市錦町

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2008年10月29日 (水)

【読】大東亜共栄圏の図版

われながらタイトルがいまいちだが、あいかわらずこんな本を読んでいる。
(まだ、あとがきと解説を読んだだけだが)

Chichi_no_senki『父の戦記』
 週刊朝日 編  朝日文庫 (し3-13)
 2008.8.30 380ページ 700円(税別)

新聞の書評欄でみつけたのだったか、よく憶えていないが、すこし前に手に入れた。
今日、出かけるときに電車の中で、カバーの図版をつくづく眺めていた。
じつに興味ぶかい。

カバー装幀=長井究衡
カバー図版=中野正治 画
「米英の日本反撃態勢地図」
『少國民新聞』 昭和17年10月25日付 日曜カラー版

当時の少年たちは、こういう図版をみて夢をひろげていたのだろう。
私がその当時少年だったら、きっと同じように大東亜共栄圏の夢に、胸をふくらませていたことだろう。
まちがいなく。

この絵地図は、よくできていると思う。


内容は、週刊朝日が終戦二十年記念として公募した、一般人50人の戦争体験手記をあつめたもの。
(1965年12月に単行本として、1982年8月に朝日選書として、朝日新聞社から刊行されたものの文庫化)

あとがきを読んで、ちょっと首をかしげるところもあって、内容にはあまり期待していないが、読んでみようと思う。
なぜ、首をかしげたか。
ここに書くのは難しいけれど、朝日新聞、週刊朝日の、ちょっと鼻につく 「正義感」 が感じられる。
朝日を目の敵にしているわけではないけれど。

1,716編の応募があったという。
週刊朝日 8月13日増大号(1965年)で、入選作が掲載された。

98編が予選で選ばれ、これを、審査員の臼井吉美、阿川弘之、伊藤桂一の各氏と、当時の足田編集長の間で回読、さらに会合して討議の結果、入選5編、佳作20編が選ばれたという。

この文庫版では、さらに25編が追加されて、合計50編。

中国(北部、南部、東北部)、内モンゴル、東シナ海、朝鮮半島、千島列島、シベリア、ボルネオ、ミンダナオ島、ニューギニア、スマトラ島、セブ島、ニューブリテン島、南太平洋、ルソン島、サイゴン、硫黄島、マレー半島、サイパン島、トラック島、ビルマ、ガダルカナル島、真珠湾、内地、沖縄……。

目次に記載されている、それぞれの手記の舞台となった地名を、ざっとひろいあげてみたのが、これだ。
これだけの広範囲にわたって、日本の陸海軍の将兵が戦うためにでかけていったのだ。
そして、ほとんどが、ひどい体験をして帰ってきたのである。
(1965年に手記を書いた人たちは、なんとか帰国できたのだから)

一枚の絵地図が、いろいろな想像をかきたてる。

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2008年10月26日 (日)

【読】歴史ってなんだろうね (続)

前回、本の紹介だけで終わってしまったので、その続きをすこし。

『二十世紀 日本の戦争』 (文春新書) という五人による討論の本を読んでいる。
明治以後、なぜあれほど戦争をしたのか私などには理解できないことだが、確実に戦争に巻き込まれていった、あるいは、戦争を引き起こしていった、歴史の流れはよくわかる。

どうしようもなかった、と言えば、言える。
後世の人間が思うほど、大きな歴史の流れを止めたり、変えたり、できるものではないのだ。

政治や経済やの動きのほかに、国民大衆の大部分が戦争を望んでいた(支持していた)ようにも思える。
戦況が不利になり、手痛い目にあったのは、ずっと後のことである。
戦争があんな結末になることを予想していた人は、ほとんどいなかったのではないか。

「軍部や指導者の独走に国民がだまされた」 という図式は、あまりにも安直すぎるだろう。
歴史の流れは、それほど単純なものではないのである。


では、二十世紀という戦争の世紀に生きた、ごくふつうの人たちは、どのように暮らしていたのだろうか。

だいぶん前に手に入れ、ずっと本棚にいれっぱなしだったため、すっかり背が日焼けてしまった分厚い本をおもいだした。

とてもユニークな本である。
これだけのデータを集めた労苦に脱帽。


Kateishi_nenpyou_2『昭和・平成 家庭史年表 1926~2000 増補』
 河出書房新社 1997.12発行/2001.4増補改訂発行
 705ページ 4900円(税別)
 下川耿史 家庭総合研究会 編

― まえがき より ―

<昭和の64年間は時間的な長さもさることながら、時代内容が波瀾に富んでいた点でまことにユニークであった。 ごく単純に俯瞰してみても、長い戦争の時代と完膚なきまでの敗戦、そのダメージから立ち直って、経済的に世界一といわれるような社会が一つの時代において実現したのだから、まさに激動といえる。 (中略)
これら昭和という時代の特徴については、すでに多くの人びとが論及しており、年表という形式で発表されたものも少なくない。 しかし、それらはおしなべて政治や経済の動きを中心にしたマクロな社会史であり、家庭生活を中心とした昭和史といえるものではなかった。>

<しかし歴史は日常の蓄積であり、その日常は家庭を基準にして回転している。 とすれば、家庭という視点を抜きにしては生きた歴史は語れないのではないか。>


どのような年表なのか、昭和6年(1931)の項から、ランダムにごく一部を抜粋してみる。
満州事変勃発の年である。

昭和6年(1931) 不況脱出の願いから財テク書が大モテ

衣・食・住

1月 秋田県の調べでは、県下の小学児童17万4,000人中、弁当を持ってこられる者11万7,500人、正午に自宅へ帰って食べられる者や正午までで帰る者2万6,000人。 残る2万8,790人が欠食児童。
2月 東京で建築費、下落。 木造は坪90円から45円に、コンクリート建築は300~400円から120~130円と3分の1以下。 地価が2年前から2割ダウンしたほか諸材料費が大幅ダウンしたため。
この年 報知新聞社が開襟シャツのデザインを懸賞募集。開襟シャツの流行が始まる。/パーマ普及。洋髪(電髪)と呼ばれる。/旭化成が「ベンベルグ」の生産を開始。/はるさめ、日本で製造開始。/納豆ブーム。……

家計・健康・教育
1.4 東京市、極貧者9,000世帯の救済に妊娠調節の実施を計画。
1.16 文部省、全国の学校へ新しい御真影の下賜を始める。
5.10 民間による母の日(第2日曜日)の催し第1号として「母をたたえましょう」街頭行進が東京で行われ、全国に広まる。現在の母の日は昭和23年から。
9.26 愛国婦人会による満州派遣軍への慰問運動盛況、全国から寄せられた慰問袋は120万個。軍人遺族の援助、傷病兵慰問なども行う。
この年 東北・北海道の冷害で農村の不況が深刻化、栄養不良児童続出。山形県のある村では娘457人中、50人が身売り。/学生・生徒(中等学校以上)の左傾思想事件、頂点に(395件、学校処分991人)。/紡績業界での賃金切下げが顕著。……

文化・レジャー
1.10 師範学校・中等学校で、剣術・柔道が必修科目となる。
1月 田河水泡「のらくろ二等兵」が『少年倶楽部』で連載開始。
4.22 東京・上野動物園にシマウマ1頭、初来園。8月にはハナグマ1頭、9月にはマントヒヒ1頭も初来園。
4月 野村胡堂「銭形平次」が『オール読物』で連載開始。
7月 拳闘ファン激増。スター選手の月収は1,000円以上で、帝国・大日本・日本・東洋など拳闘クラブ(ボクシングジム)も10以上、税務署が財源として目をつける。
9月 満州事変が勃発。おもちゃの鉄カブト(アルミニウム製・へら絞り)や発火装置付きの戦争玩具が爆発的に売れる。
9月 『酒は涙か溜息か』(唄・藤山一郎、作詞・高橋掬太郎)が大ヒット。感傷的流行歌の先駆け。
この年 失業楽士のクラリネットを加えた和洋合奏の〝チンドン屋〝が登場。/北陸線の客車に、畳敷きで天井や窓に提灯を飾り、蓄音機や碁・将棋などを備えた「お座敷列車」登場。お座敷列車のはしり。

社会・交通・一般
2月
 デパートから万引きしては東京・浅草の「泥棒市」で売っていた大万引き団が、警視庁に逮捕される。
3.10 戦時色が強まり、静岡市で全国初の防空演習。
5.1 国鉄、小口貨物の運送にコンテナの使用を開始。
8.25 東京・羽田空港が完成。午前7時20分、1番機が大阪へ向けて離陸。
8.30 高島屋、10銭均一ストアを57ヵ所に開設。チェーンストアの始まり。
9.19 満州事変の第一報が臨時ニュースとして放送される。臨時ニュースの第1号。
10月 石川島自動車・東京瓦斯電気・ダット社の3社で国産バスの試作が始まる。/東洋工業(現・マツダ)、初のオート三輪「マツダ号」を発売。482cc、770円。
この年 『週刊朝日』がミスニッポンを募集、山口県徳山市の俵恒子(22歳)が選ばれる。身長159cm、バスト80cm、体重52.5kg。/交通事故で最も多いのは自動車事故1万7,124件、死者147人・負傷者8,890人。第2位は自転車6,205件、死者15人・負傷者4,504人。人力車は34件、負傷者18人。


こんなディテールの総体が、歴史というものなのかもしれない。
読んでいると、時間がたつのを忘れるほどおもしろい。

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2008年10月24日 (金)

【読】うれしい復刻 宮本常一「私の日本地図」

十日ほど前のこと。
立川の駅ビルにはいっている大きな新刊書店(オリオン書房)で、こんな本をみつけた。

宮本常一の、ながいこと絶版になっていたシリーズだ。
私は図書館から借りて何冊か読んだが、最近、復刻刊行されはじめたことを知った。

二冊発売されていたので、思いきって買った。
こういう本は、みつけたときに買っておかないと後悔するのが、これまでの私の常だから。


Miyamoto_nihonchizu9_2Miyamoto_nihonchizu10宮本常一 『私の日本地図』 全15巻
 未來社 定価2200円(税別)

第一回配本 2008.3.31発行
 9 瀬戸内海 III 周防大島
第二回配本 2008.7.31発行
 10 武蔵野・青梅

「武蔵野・青梅」 は、以前、図書館から借りたときに、がんばって全ページをコピー(それも、じぶんの持っているスキャナーを使って)したほど欲しかった本。
手に入れることができて、とてもうれしい。

たまには新刊書店をのぞいてみるものだ、と思った。
ただし、衝動買いをするおそれが、私の場合は多分にあるが。


未來社 のサイトより
http://www.miraisha.co.jp/

私の日本地図10 武蔵野・青梅

「私はこの書を書きつつ、この書が武蔵野の挽歌のようになるのをどうしようもなかった。」

原書は昭和46年(1971年)11月刊。昭和36年、宮本常一は東京都府中市に家をもとめ、三田の渋沢敬三邸から居を移した。以後ほぼ20年、生涯を終えるまでの住処となったが、旅から戻りこの家にいるあいだに、時間があれば周辺を見てまわっている。一鍬一鍬おこして田畑にし、上水をつくり、道をひらき、ケヤキを植え、ほとんど人の住むことのなかった野を拓いて住み着いた人々がつくりだした武蔵野の風景の中をあるきながら、市に祭に集い寺社に詣でた人々のこころに思いをよせる。景観に映る往時の武蔵野の秩序とその後の変容の姿を写真308枚とともに語りつつ、宮本は言う「武蔵野人の心はいま失われようとしている」。




【2008/10/25追記】

「未来社」と書いたが、正しくは「未來社」なので訂正した。
また、宮本常一の略歴を書いておく。
平凡社 「別冊太陽」 2007年8月刊行
 『宮本常一 「忘れられた日本人」 を訪ねて』 巻末の略年譜 による。

生きていらっしゃるときにお目にかかりたかった方である。

宮本常一 (みやもと・つねいち)

1907(明治40)年 8月1日
 山口県大島郡家室西方村大字西方に生まれる。
1922(大正11)年
 西方尋常小学校卒業。
 同級生13人のうちただひとり村に残り、家で農業に従事。
1924(大正13)年
 大阪逓信講習所卒業。
 大阪高麗橋郵便局に勤務。
1926(大正14)年
 天王寺師範学校二部を受験し合格。4月、入学。
1927(昭和2)年
 天王寺師範学校卒業。
 3月、大阪府泉南郡有真香村修斉尋常小学校に訓導として赴任。
 4月、大阪第八連隊に短期現役兵として入隊。
  同窓の有松佐一郎より柳田國男の名を知る。

この調子で引き写していくのはへんなので、Wikipediaより転載。

<山口県周防大島に生まれる。大阪府立天王寺師範学校(現大阪教育大学)専攻科卒業。渋沢敬三に見込まれて民俗学の道に入り、戦前から高度成長期まで日本各地をフィールドワークし続け(1200軒以上の民家に宿泊したと言われる)、膨大な記録を残した。宮本が所属したアチックミューゼアムは、後に日本常民文化研究所となり、神奈川大学に吸収されて網野善彦の活動の場となった。>

1981(昭和56)年
 1月、府中病院へ再入院。
 1月30日早朝、胃癌のために死去。

『私の日本地図』 全15冊は、1967年から76年にかけて、同友館から刊行された。
どのページにも、宮本常一が撮ったモノクロ写真が満載されている。
生涯、旅先・取材先で厖大な写真を撮った人であるが、周防市の「周防大島文化交流センター」が写真の著作権をもっているという。

参考サイト
 宮本常一データベース

 http://www.towatown.jp/database/

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2008年10月15日 (水)

【演】【読】なぜか葛根湯

カテゴリーがむちゃくちゃだけれど、メインは演芸日誌ということにしておこう。

ここ二週間ほど、いや、もっと長くなるか。
ずっと風邪気味。
なんとなく、風邪をひきそうな、でも風邪ともいえないような状態が続いている。
勤め先でも、周囲は風邪ひきさんばかりだから、無理もない。

私は、めったに風邪薬を飲まないが、この葛根湯はよく飲む。
効き目のゆるい漢方薬だから、いくら飲んでも平気な気がして。

葛根湯といえば、もう何度も書いたことだが、私は桂枝雀の落語のくすぐりをおもいだす。
江戸時代の医者は、免許もいらないので、誰でも勝手に名乗ることができた。

こういう医者がたくさんいた。
やぶ医者、すずめ医者、たけのこ医者。
すずめ医者は、これからやぶへ飛んでいこうとしている医者。
たけのこ医者は、これからやぶ(竹やぶ)になろうとしている医者。

やぶ医者は、藪医者と書くが、語源は「野巫医者」だという説がある。
医師免許などない時代、呪術でもって病気を治す(という医術)があったのだ。

西洋医学の薬は、私にはどうも信用できない。
漢方がいいのだ。

Kakkontou今日の収穫。
(葛根湯は除く)

勤め先近くのBOOK OFFで、昼休みに購入。








『流れる星は生きている』

 藤原てい 中公文庫 定価648円(税別)
『日中戦争見聞記 1939年のアジア』
 コリン・ロス 金森誠也/安藤勉 訳
 講談社学術文庫 定価1050円(税別)

いずれも、読まれた形跡なし。
BOOK OFFでの中古価格は、定価の5~6割程度。
中公文庫や講談社学術文庫は、古本でもやや高め。

このところ、このての本が目についてしかたがない。
なかなか読めないことがわかっていながら、ついつい買ってしまうのだ。

(こんな “病気” に効く薬はないものか)

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2008年10月11日 (土)

【読】吉村昭 「戦艦武蔵」

ひさしぶにに、本のことを書く。
三日ほど前から読み始めたこの本がおもしろい。


Yoshimura_musashi吉村昭 『戦艦武蔵』
 新潮社文庫 438円(税別)

この本は、猪瀬直樹 『作家の誕生』(朝日新書/2007年6月)の中で紹介されていたのを読んで、気になっていたもの。

昭和13年(1938年)から三年近くかけて、戦艦大和と同時に建造された巨大な戦艦の、誕生から沈没までの物語だ。

吉村昭の書いたものを読むのは、これがはじめてだが、徹底した調査・取材に裏づけられた物語は、読み応えじゅうぶん。

いくつか文庫本で、この作家の書いたものを手に入れた。
全部読めるかどうか、わからないけれど……。


Yoshimura_shijitsu吉村昭 『史実を歩く』
 文春新書 003 1998/10 680円(税別)

<「戦艦武蔵」「深海の使者」などの戦史小説、「長英逃亡」「桜田門外ノ変」「天狗争乱」「生麦事件」など幕末に材をとった歴史小説を精力的に発表してきた著者は、その綿密な取材と細部へのこだわりでも知られる。 作家はどのようにして素材と出会うのか、執筆にあたってはどのように調査を進め、いかにして歴史の〝真実〟に肉薄するのか――作家の史実への姿勢を、失敗も含めて率直につづった、とっておきの「取材ノート」。>
(本書カバーより)


とりあえず、『零式戦闘機』 『破獄』 『羆嵐(くまあらし)』 『間宮林蔵』 『赤い人』 『星への旅』 など、読んでみたいと思い、文庫で手に入れた。

いつものように、大型古書店で買い集めた。
このようにして、本がたまっていく……。



猪瀬直樹 『作家の誕生』 については、7月25日に紹介した記事がある。

【読】この本もおもしろい
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_8a85.html

Inose_sakka_tanjou_2吉村昭 『戦艦武蔵』 については、第9章のコラムで5ページにわたって紹介されている(P.227-232)。
この章(「自己演出の極限を目指す」)は、三島由紀夫を論じたものだが、三島由紀夫とはまったくちがうタイプの吉村昭のような作家の方が、私は好きだ。

<産業社会が高度化した結果、国家とか巨大なシステムなど、身体的な実感ではとらえられにくいブラックボックスが生活空間を支配しはじめる。>

<吉村昭は三島由紀夫より二歳下、1927年(昭和2年)の下町生まれ、繊維関係の工場を営む商家であり官僚エリートでもなければ教育や文学とも無縁の家系であった。 地味な短編作家としてスタートした吉村昭は、三島由紀夫が自衛隊へ体験入隊しようと考えはじめるころ、過去の戦争の姿を社会の一面として描くことに成功した。 1966年に新潮社より刊行さらた 『戦艦武蔵』 である。>

<『戦艦武蔵』『零式戦闘機』など戦史シリーズは、巧みな短編小説の書き手であった吉村昭の仕事を新しい方向へと大きく旋回させた。 七十年代から始まるノンフィクションの時代の幕開けを決定づけた。>

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2008年9月21日 (日)

【読】『銃後の絵日記』

今日、図書館でこんな本をみつけた。

Juugo_no_enikki『太平洋戦争 銃後の絵日記』
 青木正美 編
 東京堂出版 1995.3  325ページ

編者略歴
青木正美(あおき・まさみ)
1933年、東京に生まれる。 50年、都立上の高校定時制中退。 53年、現住所に古本屋を開業。 営業のかたわら生涯の生業となった古書業界史に興味を抱く一方、近代作家の原稿・書簡、無名人の自筆日記などの蒐集に励む。 著書に 『昭和の子ども遊びと暮らし』 『古本屋四十年』 『古本屋控え帳』 『古本屋奇人伝』 『自筆本蒐集狂の回想』 『古本探偵追跡簿』 など。

この本は、編者が昔入手してあった二人の太平洋戦争の戦時下日記を編集したもの。
絵日記というところに魅かれて、借りてきた。
ユニークな本だ。

「はじめに」 のなかで、昭和20年度に克明な日記を残した文学者として、永井荷風、内田百閒、伊藤整、高見順、一色次郎、山田風太郎らの名前をあげている。

この本でとりあげている絵日記は、一般の無名人のものである。

一人目は、昭和17年から書き始めている絵日記作者、鈴木長三郎。
総武線幕張駅近くに住み、県立商業校の満四十歳の教員らしい。
用紙、筆記用具が極端に不足し、まして絵具などは一般には手に入りにくくなっていた時世に、みごとな絵日記を残している。

二人目は、都心の会社の労務課に勤める四十六歳の男性、松波盛太郎。
もともと文学青年くずれだったことが日記作者となったその背景としてあった、と編者はいう。
王子に世帯を持っていたが、弟が出征、昭和19年に戦死。
日暮里谷中の実家に年老いた父母と、母に先立たれた弟の娘がいる。
弟の戦死が伝わってからは、勤めの帰りには必ず実家に立ち寄って家をみるようになった。

<昭和二十年の年頭、彼はこの理不尽な弟の死を嘆き、この上は日々逼迫する戦争を、日本の運命を、とことん見てやろうと、まるではかない抵抗をこころみるように、一日々々を日記(こちらはとても絵日記とは言えないまでも、所々図解まで入れて)に刻みつけたのである。> (本書「はじめに」)



そういえば、ずいぶん前に、このブログでとりあげた山田風太郎の本があった。
なにやら付箋がたくさん付いている。
よほど夢中になって読んでいたらしいが、よく憶えていない。

Futaro_doujitsu『同日同刻 太平洋戦争開戦の一日と終戦の十五日』
 山田風太郎  ちくま文庫 2006.8

発売当時、読んだときの感想を、このブログに書いていたっけ。
じぶんのブログ記事ながら、こういうときに役にたつもんだ、と感心した。

2006年9月7日
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/__4e45.html

2006年9月8日
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/_2_1e0a.html

2006年9月9日
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/_3_09f1.html

この本の内容は、もうほとんど忘れていたのだが、今日、二年ぶりに読み返してみると、とても面白いのだ。

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2008年9月18日 (木)

【読】引き続き あの戦争に関する本を

われながら、凝り性というか、なんというか。
こんな本を、職場近くの BOOK OFF でみつけて、昨日から読んでいる。

Ishikawa_hitou_toukouki_2『比島投降記』
 ― ある新聞記者の見た敗戦 ―
 石川欣一 著  中公文庫
 1995.2発行  本文189ページ 485円(税別)

― 本書著者紹介より 転載 ―
石川欣一
明治28年(1895)、東京に生まれる。
東京大学から米国プリンストン大学に転じ、同校卒業とともに毎日新聞社に入社。 同社ロンドン支局長、サン写真新聞社長などを歴任。 日本ライオンズ・クラブ初代ガバナーなどを勤め、昭和34年(1959)死去。
(以下、略)

こういう、ヒューマンで、リベラルな人も、当時いたんだな、と、感心しながら読んでいる。
一話が三、四ページの短い話を集めているので、読みやすい。
活字も大きく、行間もゆったりしていて、文庫としては目にやさしい。

「投降記」 とあるが、敗戦後、米軍と連絡をとりながら計画的におこなわれたものなので、悲愴感がない。

<いわばこれは筋書を立て、スケジュールによる投降だったのである。向こうから雨霰と大砲や小銃を撃って来る中を、白旗を振り廻して降参したというような、劇的な場面とは違って、至極事務的に、スムーズに行われたのである。> (P.13)

捕虜にはなったが、著者は英語力を見込まれ、収容所で米軍の通訳として働いた。
米軍人と旧日本軍人の冷静な対比、米軍から給与される食事の豪華さなど、なかなかに興味ぶかいエピソードが満載。



― 本書 カバーより ―
昭和二十年九月六日、新聞報道関係者の一人であった著者はフィリピンのルソン島にて投降した。 本書は国際経験豊かなジャーナリストの収容所における米軍将校との温かい交流の記録であり、公正な眼がとらえた敗戦時における卓抜な日米文化比較論である。

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2008年9月16日 (火)

【読】『ガダルカナル・ラバウル慰霊行』

古本屋の戦記コーナーでみつけた本。
私の最近のアンテナは、こういう本をキャッチするらしい。
今日、半分ほど読んだ。

Guadalcanal_rabaul『ガダルカナル・ラバウル慰霊行』
 蔭山次郎  東洋出版 1998.4.10  175ページ

著者 蔭山次郎という人は、「在香港企業社長にして文筆家」 と、著者略歴にある。
43歳の1993年1月15日にガダルカナル島へ行った、とあるので、1949年か50年生まれだろう。
そうすると、私とほぼ同年代である。

親しい友人二人とともに、ガダルカナル島、ニューギニア本島、ラバウルを訪れた記録。
著者が中学生のとき、同級生が図書館で見せてくれた太平洋戦争の写真集に衝撃を受けたことが、この「慰霊行」を思いたった下地になっていたらしい。

五味川純平の長大な戦記 『ガダルカナル』 ではよくわからなかった現地の様子を、たくさんの写真から現実のイメージとしてうかがい知ることができる。


太平洋戦争の写真集によく出てくる、一木支隊の将兵の死体が折り重なっている写真の戦場も、わかった。
この 「一木支隊」 は、旭川の第七師団歩兵第二八連隊を基幹に編成された部隊。

中国戦線から、ミッドウェー攻略の上陸部隊として呼び戻され、ミッドウェー海戦で敗退したために、急遽、ガダルカナルに派遣された。
二千余名、小火器しか持たないこの小部隊は、飛行場奪還の先遣隊として上陸したが、米軍の圧倒的な砲撃の前になすすべもなく全滅。
支隊長の一木清直大佐は自決した。

北海道の第七師団には、私に縁のある人も、もしかしたらいたかもしれない。



― 以下、Wikipediaより ―

鎮台を母体に編成された内地の常設師団とは異なり、第7師団は1885年(明治18年)に北海道の開拓と防衛を兼ねて設置された屯田兵を母体とし1896年(明治29年)5月12日に編成された。補充担任は旭川師管区で、北海道内を旭川連隊区・札幌連隊区・函館連隊区・釧路連隊区と4つに分けて徴募に当たり、北海道の兵士で構成される建前であるが、北海道は人口が希薄であった為1万の兵力は捻出できず、実際には東北地方出身の兵も加えられた。
なお、1940年(昭和15年)に編制が改正され、歩兵第25連隊を樺太混成旅団に転出して3単位師団となった。

1904年(明治37年)日露戦争に出征し、旅順攻略戦・奉天会戦に参加する。1917年(大正6年)から2年間満州に駐屯し、シベリア出兵に参加。1934年(昭和9年)と1936年(昭和11年)にも満州に派遣された。
その後も1938年(昭和13年)2月に関東軍の指揮下に入り満州に派遣、7月に張鼓峰事件が起きて出動、これは師団の交戦前に終結され、1939年(昭和14年)にはノモンハン事件でソ連軍と交戦する。しかし、第7師団は北辺の守りを担う重要師団であり、1942年(昭和17年)に一木支隊を編成しガダルカナル島に派遣したものの、師団本体は1941年(昭和16年)12月に北部軍隷下に置かれ、以後北海道に在り続け第二次世界大戦の終戦を迎えた。

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2008年9月10日 (水)

【読】【楽】ほしかった本

いちど図書館から借りて読んだ本。
数日前に、このブログでもあらためて紹介したもの。

定価2800円と、やや高価な本だが、Amazonで驚くほど安く手に入れることができた。
ネット販売ではよくあることだが、送料の方が高い。
ほぼ新品(読まれた形跡がない)。

この本は、ぜひとも手もとに置いておきたかった。
うれしい。

『人生を三度生きた女』
 ― "魂のブルース″アルバータ・ハンターの生涯 ―


Alberta_book1Alberta_book2フランク・C・テイラー 著
ヤンソン由実子 訳
筑摩書房
1993.9.25 日本語版発行

なんと素敵な笑顔のおばあちゃんだろう。
数年前に亡くなった、妻の母親がこんな感じの人だった。
おしゃれで、年齢を感じさせない。
私も妻も、大好きなおかあさんだった。

今日、届いた本の写真を見ていて、あらためて、そんな思いを強くした。

身近な人は年老いて、少しずつ去ってしまうけれど、いつまでも心の中に生き続ける人がいるんだな。

この、アルバータおばさんを、私はもちろん実際には知らないけれど、なんとなく生きる勇気を与えてくれる。


彼女の音源で、私が持っているのは2枚。

Amtrak_blues61tf6kqpyxl_aa240_右は、ごく若い頃の録音。
やはりネット販売で入手したが、アメリカから直接送られてきたのには驚いた。
左は、ずいぶん前から愛聴しているLPレコード。
CDでも出ているはず。
ブルーズが好きな方に、おすすめ。

(ピーター・バラカンさんにしたがって、私も、「ブルース」 ではなくて 「ブルーズ」 と呼ぶことにしたい)

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2008年8月29日 (金)

【読】もう一冊

ついでに書いておこう。

三十年以上も前のこと、親しい友人からもらった本がある。
途中まで読んだおぼえがあるが、最後までしっかり読んでいなかった。

「1974年9月、○○君より」 という書き込みがある。
本棚で、すっかり色あせていた。

今、ぱらぱらと読みなおしてみると、これがすごい内容なのだ。
一般には、ほとんど知られていない本である。

落ち着いたら、ゆっくり読んでみたいと思う。

Oyama_ex_post_tsuushin小山俊一 『EX-POST通信』
昭和49(1974)年6月15日 発行
弓立社

巻末の著者略歴はいたって簡単だ。
1919年 福岡県に生れる
1941年 九州大学農学部卒業
主論文
「カウラの死臭」 (「試行」11号)
「中野重治ノート」 (「試行」13・14号)
「<教育現象>について」 (「教育労働研究」2号)


この本のカバーに、内村剛介の一文がある。
ちょっとびっくりする。

<小山の研鑽は執念深い。 かつ原理的である。 日本人は原理に即しつづける能力に乏しいから執念も浅いのだが、その点では小山は日本人ばなれしているといっていい。 小山はそのような能力に、別言すれば才能に、恵まれている。 だから彼については、「苦しむためには才能が要る」をひっくりかえして「才能があるからには苦しむのが当りまえだ」といってもいいだろう。 しかしお前さんが苦しむのはいい気味だとはいえない。 小山の「原理」は思弁癖とは全く縁のない生ま身の血のしたたる実践的なものだから放り投げるわけにはいかない。 彼の思考はメタフィジカルだがそれだけではない。 むしろフィジカルそのもので、血と死臭から離れようもないのだ。>



小山俊一は軍隊経験者であり(陸軍軍属としてボルネオで従軍)。
ネットでみつけた、あるサイトに、詳しい経歴が紹介されていた。
著作権があるので転載は控えることにしたが、詳細な年譜である。

スカラベの会
http://www.k3.dion.ne.jp/~scarabee/index.html

スカラベ人名辞典
http://www.k3.dion.ne.jp/~scarabee/sukajin-a.htm#o

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【読】興味ぶかい本

このところ、本のことばかり書いているが、次から次へと興味ぶかい本がみつかるものだ。

本ばかり読んでいると馬鹿になるぞ――いつも、そういう自戒を忘れないようにしているが、根が本好きなのだろう。
凝り性という性分もある。
ある分野に関心を持ちはじめると、しばらくのあいだ、いろんな本を探しまわる。
読むスピードが遅く、読書に割ける時間もさほどとれないので、読みたいのに読んでいない本がたまっていく。
まあ、いいだろう。

少し前に、朝日新聞の書評欄で見た記事。

Asahi_shohyou_20080817_2朝日新聞
2008年8月17日(日曜日)

「苦難の昭和が示す教訓」
半藤一利 (作家)

『畏るべき昭和天皇』
松本健一 著
毎日新聞社
2007.12.20
1680円

Matsumoto_shouwa_tennou1_2Matsumoto_shouwa_tennou2― 上の新聞書評(半藤一利)より ―

<昭和史の中心にあったのは、いうまでもなく昭和天皇である。
最近刊の松本健一 『畏るべき昭和天皇』 は過去の諸書なんかと違い、とにかく昭和史における昭和天皇の存在のいちばん核心のところを深く考察した野心的な論考である。
二・二六事件のさいの天皇の畏るべきところは、北一輝から軍隊を奪い返したところにある、といったそれこそ恐るべき記述にぶつかり、驚倒させられることしばしばであった。>

私にとっての昭和天皇といえば、高校生のとき、天皇が北海道の旭川市を訪問したことがあり、そのパレードを見たことがある。
その頃の私は、観念的にしか天皇をとらえていなかった。
(この世の中を観念的にしかとらえられない高校生だった)

いっしょにいた当時の友人(左翼的な活動をしていた)が、「トマトジュースを車にかけてやろうか」 と言っていたことを憶えている。
私は、おもしろがって聞いていた。
それだけのことだが、ミョーなことを憶えているものだ。

あれから40年が過ぎた。
昭和の天皇はとうに死去し、私の中では、あの天皇の謎が深まっている。
たしかに、まれに見る偉大な君主だったと思う。
カンケイナイとは言い切れないものが、私の中にもあるのが不思議だ。
体の奥深いところに、何かしみついているものがある。

「畏(おそ)るべき」 という形容がふさわしい。
興味は尽きないのである。   

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2008年8月25日 (月)

【読】こんな本を読んでいる

ちょっと興味ぶかい本を本屋でみつけ、週末、いっきに読んだ。


Hukyoka_shashin『不許可写真』 草森紳一 著
 文春新書 652  2008.8.20
 163ページ  900円(税別)

戦時中、検閲で 「不許可」 になった写真を集め、著者の御託(といっては悪いか)が並べられている。

<「不許可写真」 (当時の国民は見ていない) の大半は、今日の目から見れば、一コマもののマンガである。 滑稽である。 なぜこんなものが不許可なのか。 サッパリわからず、理由をきいて吹き出してしまう。 写真を笑うのではなく、不許可の 「理由」 に笑うのである。>
(帯より)

ショッキングな写真も多いが(その残虐性のために、当局が発表させなかった)、なぜこんな写真が……というものも多い。

例えば、「南方に踊る宮操子 昭南(現シンガポール)にて」 などは、太腿をあらわにして踊るダンサーの写真。
太腿が出ているだけでNGとなった。

日本の検閲は不徹底だった、という著者の意見がおもしろい。


<二十世紀は、映像(イメージ)の時代である。 (中略) 「大東亜戦争」時代、宣伝下手な日本は、情報に敏感だったという矛盾がある。 写真の情報性にも敏感だったが、その活用は幼稚であった。> (P.61)


あの時代の一面を知るために、興味ぶかい一冊。

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2008年8月21日 (木)

【読】さらに二冊

なかなか読むほうが追いつかないのだが、また、こんな本を手に入れた。

Eiketsu_no_asa『永訣の朝 樺太に散った九人の逓信乙女』
 川嶋康男 著  河出文庫 2008.8.10

北海道に帰省していたとき、道新(北海道新聞)で紹介されているのを読んで知った本。
著者は、1950年北海道生まれというから、私と同年代。

<終戦まもない昭和20年8月20日の朝、南樺太・真岡郵便局に勤務する、九人の若い女性交換手が自殺した。/ソ連軍の進駐がどんなものなのか予測不可能な状況下、通信業務の使命を全うする中で、何が彼女らを死に追いやったのか……。/関係者への徹底取材で、当時の乙女らの日常と、悲劇の真相を追跡するドキュメント。>
(本書の帯より)

Jigoku_no_nihonhei『地獄の日本兵 ニューギニア戦線の真相』
 飯田進 著  新潮社選書 273 2008.7.20

今日、新刊書店でみかけて購入した。

<二十万以上の兵士が上陸したあの島の三年間の戦火の流れと戦場の光景を、再現しようと試みたのが本書です。/何度パソコンのキーボードを打つ手を置いて、嘔吐(へど)の出そうな思いを抑えたことでしょう。 想像し得る限りの地獄絵図を、はるかに超える実態が明らかになって浮かび上がってきたのです。>
(本書の帯 「はじめに」 より)

著者は1923(大正12)年、京都府生まれ。
43年、海軍民政府・資源調査隊員としてニューギニアへ。
敗戦後、戦犯容疑者として勾引され刑を受けた。

このところ、戦争関係のドキュメントの出版がめだつような気がする。
いいことだと思う。
実際に戦争を体験した人たちが、後の世代に、あの戦争の実態をリアルに伝えていってほしい。



読みかけの本も、もうすぐ終わりそうだ。
文庫で520ページもあり、読みごたえがある。
事実の重さに圧倒される思いばかりが強く、じぶんの中でまだ整理がつかない。

Nihon_no_hyakunen8『日本の百年 8 果てしなき戦線』
 橋川文三・今井清一 編著  ちくま学芸文庫 2008.5.10

あの戦争を冷静に俯瞰し、かつ、庶民レベルの視点もまじえて、公正・トータルにとらえた、すぐれた著作だと思う。

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2008年8月17日 (日)

【読】あの戦争を知るための二冊

ずいぶん前に持っていて読んだはずだが、内容はもう霧の彼方。
そんな本があるものだ。

ネット通販で、このたび入手。
手放さずに持っていればすぐに読み返せたのに、と思いながらネット検索してみたら、簡単に入手できることがわかった。
注文から数日後に到着。
便利といえば便利な世の中になったものだ。

Hiraoka_nihonjin_chugoku平岡正明 『日本人は中国で何をしたか』
  潮文庫 1985.7.30発行
 底本 1972年 潮出版社刊
 『日本人は中国で何をしたか―中国人大量虐殺の記録』

<本稿は、旧日本軍隊が北支で行なった壊滅作戦を、南支における対国民党正規軍戦との対比において論じ、南京大虐殺および日本列島における俘虜強制労働、虐待、虐殺、そして反乱劇としてあらわれた花岡事件を、三光との対応において論じるものとする。>
(本書 著者「あとがき」より)

<殺しつくし、焼きつくし、奪いつくすという、いわゆる “三光作戦” は開始された。 日本軍の恐るべき壊滅作戦を追う。>
(本書カバーより)

Hiraoka_chugokujin_nihon平岡正明 編著 『中国人は日本で何をされたか』
   ―中国人強制連行の記録―
  潮出版社 1973.2.5発行

<本書は 『日本人は中国で何をしたか』 の姉妹編として出版される。 編者の意図では明瞭にそうであり、三光作戦について調査・研究していたときから、中国人強制連行事件と、俘虜の反乱に多大の関心をもっていた。……>
(本書 「はじめに」 より)

この二冊は、平岡正明の労作だと思う。

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2008年8月11日 (月)

【読】この夏、あの戦争を考える (続々)

これもずいぶん前にきまぐれで買った本。
軍艦マーチが聞こえてきそうな冊子だ。

Daitoua_tizu『歴史の証人・地図』 ~ 大東亜戦争を語る ~
  発行人 菊地正浩  発行元 (有)ケイエスケイ
  平成15年6月発行

怪しげな本だが、資料として興味ぶかい。
歴史的な地図(アジア・太平洋戦争時の)が、多数収録されている。

著者は、本のタイトルや装幀から想像がつくが、先の 「大東亜戦争」 を肯定する立場。
やれ、自虐史観だの、日本人の精神文化だの、八百万神だの、愛国心だの、大和魂だの、……きりがないのでやめておくが、なかなかの御仁だ。

それでも、おもしろいのは、「南京大虐殺」 を、「全くなかったとは言えない」 と認めているところ。(「歴史教科書問題について」 P.67-)

近年、「南京大虐殺」 (1937年12月13日、日本軍の南京占領時の残虐行為) はウソだ、というとんでもないことを言う輩が出てきているが、「戦争だからそういうこともあるが、しょうがないのだ」 という人は、まだマシな方か。

それにしても――と、ここに収録されている70年ほど昔の世界地図を見て思う。

ちっぽけな島国の住人が、どこまで手を広げれば気がすんだのか。
石油資源の確保、というのっぴきならない事情があったにしろ、東南アジアから太平洋のどまんなかまで、軍艦をつらねてよくも出かけていったものだと思う。

朝鮮半島や中国大陸、さらにはもっと南まで、土足で他人様の家にあがりこむように、どんどん押し寄せていった日本人。
(軍人、兵隊だけではないのだ)

このあたりの事実を、しっかり押さえていこうと思う。
知ることは力(ちから)だと思う。



【追記】
あの時代に生まれていたら、じぶんはどうしただろうか。
――そういう自問を忘れずにいたいと思う。
今の時代の今の立場で、あの戦争の時代を生きた人たちを、どうのこうの言うことだけはしたくない。
(日曜日夜のBS2の番組、「大集合!青春のフォークソング」のビデオ録画で、加川良の軟弱な 「反戦歌」 を聴きながら)

【さらに追記】
この番組の山崎ハコは、さすが。
BOB DYLAN の Blowin' In The Wind を歌っていた。
ボブ・ディランのこのような反戦歌なら、許せる。
日本の 「フォーク」 は、ちっちゃい。
だんだん本題をはずれていきそうなので、ここまで。

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2008年8月10日 (日)

【読】この夏、あの戦争を考える (続)

興味ぶかい本が出ていたので、買ってみた。

『7 アジア解放の夢』 は、数ヶ月前に買っていた。
『8 果てしなき戦線』 を、昨日、追加で買ってみた。
先日読んだ 『あの戦争は何だったのか』 (保阪正康) に書かれていた時代と重なる、『8 果てしなき戦線』 (1937年~1945年) を少し読んでみている。

Nihon_no_hyakunen7_3Nihon_no_hyakunen8ちくま学芸文庫

『日本の百年7 アジアの解放』
  橋川文三 編著
  2008.4発行
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480090775/

『日本の百年8 果てしなき戦線』
  橋川文三、今井清一 編著
  2008.5発行
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480090782/


【参考サイト】
筑摩書房 ちくま学芸文庫 日本の100年
http://www.chikumashobo.co.jp/special/100year/ 

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2008年7月23日 (水)

【読】この本がおもしろそう

暑い。
なかなか本が読めない。
通勤電車の中は涼しい、というか寒いぐらいに冷房がきいているのだが、座ると眠くなってしまう。
暑くて、毎日ぼーっとしている。

読みかけで投げ出したままの本がたくさんあるけれど、無理してコムズカシイ本を読むこともないし。
そんなわけで、この本を読んでみようかと思う。
おもしろそうなのだ。

だいぶん前に、大型古書店(ブックセンターいとう)でみつけたもの。
正高信男さんの本は、これまでに何冊か読んでいて、好きなのだ。

Masataka_tensai正高信男 『天才はなぜ生まれるか』
 ちくま新書 466  2004.4発行

こんな内容の本だ。(カバーそで より)

<日本人にとって「個性的な=独創性を備えた人間」を育てるという目標は、半ばトラウマのようについてまわる事柄である。 では、その個性を彩っている独創性は、どのように形作られるのだろうか。 ここで厄介なのは、それが、ある能力の欠如による結果として生み出される場合が多いということである。 歴史に大きな足跡を残した六人の個性的な生涯をたどりながら、様々な障害が逆に独創性を形成していく意外なプロセスを解き明かす。>

とりあげられている六人。
カッコ内はこの本の章題。

トーマス・エジソン 1847-1931 (うわの空のエジソン)
アルベルト・アインシュタイン 1879-1955 (癇癪持ちのアインシュタイン)
レオナルド・ダ・ヴィンチ 1452-1519 (外国語のできないレオナルド)
ハンス・クリスティアン・アンデルセン 1805-1875 (古典嫌いのアンデルセン)
アレクサンダー・グラハム・ベル 1847-1922 (付き合いべたなベル)
ウォルト・ディズニー 1901-1966 (落ち着きのないディズニー)

私はひねくれものなので、こういうタイトルを見ただけで嬉しくなる。



正高信男 (まさたか・のぶお)

1954年生まれ。 1983年、大阪大学大学院人間科学研究科博士課程修了。
学術博士。 専攻は認知神経科学。
アメリカ国立衛生研究所、マックスプランク精神医学研究所、東京大学理学部助手などを経て、現在は京都大学霊長類研究所教授。
主な著書に 『ニホンザルの心を探る』(朝日選書)、『いじめを許す心理』(岩波書店)、『赤ちゃん誕生の科学』(PHP新書)、『子どもはことばをからだで覚える』『0歳児がことばを獲得するとき』『ケータイを持ったサル』『父親力』(いずれも中公新書)、『ヒトはなぜ子育てに悩むのか』(講談社現代新書)などがある。
― 本書著者紹介 ―

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2008年7月 6日 (日)

【読】【楽】添田唖蝉坊

こんな本を、少しまえに近くの本屋で見つけた。

Azenbou_hayariuta_2『流行り唄後十年 唖蝉坊は歌う』
 添田知道(そえだ・ともみち)
 小沢昭一 解説・唄
 朝日選書 105  2008.4.30

添田知道は、添田唖蝉坊の長男。
1902年、添田唖蝉坊の長男として東京に生まれる。
1919年頃より父の演歌制作に加わり、芸名・添田さつきとして共に街角で歌う。
昭和になってからは小説・随筆を書き、『教育者』で新潮賞、『演歌の明治大正史』で毎日出版文化賞受賞。 1980年3月18日、77歳で死去。
― 本書 著者紹介より ―

この新書には、小沢昭一の歌うミニCDが付いている。

Ozawa_azenbou唖蝉坊のつくった歌は、高田渡やソウル・フラワー・モノノケ・サミットなどによって歌われている。

高田渡
 「ごあいさつ」 ―しらみの旅―
 「Best Live」 ―イキテル・ソング―

ソウル・フラワー・モノノケ・サミット
 「レヴェラーズ・チンドン」 ―むらさき節―
 「アジール・チンドン」 ―ラッパ節―

また、添田知道(芸名:添田さつき)の歌が、おなじくソウル・フラワー・モノノケ・サミットによって歌われている。

ソウル・フラワー・モノノケ・サミット
 「アジール・チンドン」 ―復興節、東京節―

Takada_wataru_goaisatsu