【読】Book Cover Challenge 4冊目
Facebookに投稿した、Book Cover Challengeの4冊目。
5月9日投稿。
「Coyote」本文『エンデュアランス号漂流』の紹介ページ。
例によって、7年前のブログ記事ですが。
【読】読了 「エンデュアランス号漂流」: やまおじさんの流されゆく日々 2013年8月18日 (日)
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-72f2.html
Facebookに投稿した、Book Cover Challengeの4冊目。
5月9日投稿。
「Coyote」本文『エンデュアランス号漂流』の紹介ページ。
例によって、7年前のブログ記事ですが。
【読】読了 「エンデュアランス号漂流」: やまおじさんの流されゆく日々 2013年8月18日 (日)
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-72f2.html
二週間ほど前、町田の古書店「高原書店」で入手した本(図録)。
入手のいきさつは、すでに書いた。
2014年5月10日(土)
【読】町田の「高原書店」を訪問: やまおじさんの流されゆく日々
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-97fe.html
図録 『星野道夫の世界』 朝日新聞社 1998年
巻頭にあった池澤夏樹さんの解説文がこころに沁みた。
星野道夫さんの生き方も素晴らしいものだったが、それをみつめる池澤夏樹さんのまなざしと、言葉も素晴らしい。
長くなるが、その一部を転載してみよう。
<今から二十数年前、十八歳の青年が一枚の写真に魅せられた。
それはあるアラスカの海岸の村を飛行機から撮った、どちらかというと地味な写真だった。……
(中略)
彼はその年の夏、シシュマレフ村で三か月を過ごし、アザラシやシロイルカ、カリブーなどの肉を村の人々と一緒になって食べ、……たくさん写真を撮った。そして、自覚した以上の大きなものを得て、日本に帰った。
数年後、彼はふたたびアラスカに渡り、住み着いて、野生動物の写真を撮るようになった。それから二十年近くの間、彼はアラスカで人跡未踏の荒野に踏み込み、キャンプで暮らし、動物たちを撮りつづけた。アラスカと写真が彼の人生を決めた。こんな風に人生を展開できる者は幸運である。彼、すなわち星野道夫がこういう生き方を選ぶについて一度も迷わなかったわけではないだろう。しかし彼は間違いなく自分の一生を満たす仕事を見つけたし、それに邁進した。撮るべきものは目の前に次々に現れ、それを彼は次々に撮った。その幸福感が彼の写真にはあふれている。
見かたを変えよう。問題は彼一人ではない。ぼくたちは今、彼がアラスカの荒野で見たものを写真という形で共有している。彼はぼくたちが荒野に放った斥候であり、選んで送った代表である。ぼくたちの中に、カリブーやムース、ホッキョクグマ、シロフクロウなどを見たいという強い欲求がある。星野をアラスカに移住させて、人の住むところを遠く離れて、雪と厳しい寒さの中で、あれだけの写真を撮らせたのと同じ力がぼくたちにも、もっとずっと弱いものながら、働いている。
今、ぼくたちは都会に暮らして、食べるもののほとんどをお金と交換に得ている。しかし、わずか十数世代前、ぼくたちの祖先は荒野に出て、食べるものは自分の才覚で手に入れ、それを妻子のもとに運んでいたのだ。木の実がみのる時、サケが川に上る時、山菜が育つ時、ウサギが肥ってうまい時、クマが冬眠から目覚める時、ぼくやきみの親の親の親の親たちはそういうことを詳しく知っていた。体験的な知識に合わせて一年ごとの生活を設計してきた。それをぼくたちは代々伝えられてきた記憶の底の方にちゃんと残している。プラスチックとシリコンの新しすぎる生活になじめないと感じた時、ぼくたちはそれを思い出す。
誰でもそうだとは言わないが、心のどこかにアラスカを持っていないとうまく生きていけない人がいる。……>
池澤夏樹 (作家・詩人)
「彼はぼくたちが荒野に放った斥候であり、選んで送った代表である」―― 作家の言葉らしく、みごとな表現だ。
そうなんだよなあ、と、私はこの文章を読んで深くうなずいたのだった。
感銘をうけたので、書いておくことにした。
【参考】 Wikipediaより
星野 道夫(ほしの みちお、1952年9月27日 - 1996年8月8日)は、写真家、探検家、詩人。千葉県市川市出身。
池澤 夏樹(いけざわ なつき、1945年7月7日 - )は、日本の小説家、詩人。翻訳、書評も手がける。日本芸術院会員。文明や日本についての考察を基調にした小説や評論を発表している。翻訳は、ギリシア現代詩からアメリカ現代小説など幅広く手がけている。 各地へ旅をしたことが大学時代に専攻した物理学と併せて、池澤の作品の特徴となる。また、詩が小説に先行していることも、その文章に大きな影響を与えている。声優の池澤春菜は娘。
星野道夫の写真集、著作 その一部を紹介
池澤夏樹の著作 その一部を紹介
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気になっていた町田の 「古書高原書店」 に、今日はじめて行ってきた。
いま読んでいる広瀬洋一さん(古書音羽館店主)の本にも、この店が登場する。
広瀬さんは若い頃、この店で修業したという。
また、「たまら・び 82号」の、まちの古本屋さん特集でも、この店が紹介されていた。
古本業界では全国的に有名な店であることも知った。
相模原まで出かける用があったので、そこから車で町田駅前へ。
あまり土地勘のない場所だ。
詳しい地図も持たず、おおざっぱに見当をつけて行ったため、店の場所がわからなくなった。
コインパーキングに車をとめてから店に電話してみた。
店の人の電話誘導で近くの酒屋までたどりついたものの、そこから先がどうしてもわからない。
なんと、店員さんが酒屋の前まで迎えにきてくれた。
目と鼻の先だったが、酒屋からは看板がよく見えなかったため、発見できなかったのだ。
古書販売・買取 高原書店
http://www.takahara.co.jp/
4階建てビルが、まるまる店舗だった。
1階から4階まで、一時間ほどかけてまわってみた。
まるで本のデパート、図書館のようでもある。
各階に店員のデスクがあり、一名ずつ配置されている他、店主の高原陽子さんも忙しそうに立ち働いていた。
店員の多い店、という印象を受けた。
分野別、著者別にきちんと分類されている書棚。
フロアーだけでなく、階段にも未整理の本が積まれている。
一階の均一コーナー、100円、300円で、いいものがありそうだった。
とにかく、その分量に圧倒されたが、面白そうな本が次々とみつかって、飽きない。
図録コーナーに、星野道夫さんの写真展の図録があった。
星野さんが亡くなった2年後、1998年9月から翌年3月までのあいだに、三か所で開催された追悼写真展の図録だ。
『星野道夫の世界』 朝日新聞社
1998/9/17~9/28 松屋銀座 (東京会場)
1999/2/4~2/9 横浜高島屋 (横浜会場)
1999/3/10~3/22 大阪高島屋 (大阪会場)
主催 朝日新聞社
巻頭の池澤夏樹さんによる解説文がいい。
池澤さんの、星野さんに寄せる情愛があふれている。
全編カラー写真、159ページの図録。
写真集といっていいほど、きれいな冊子だ。
これが、なんと1,000円で売られていた。
迷わず購入。
今日は、この一冊だけ。
高原書店の値付けは、やや高めという感じだったが、この本はお買い得だった。
図録なので会場以外では入手しにくく、貴重なものだと思う。
価格表示はないが、3,000円ぐらいで販売されていたものではないだろうか。
この店、一度や二度行ったぐらいでは見きれないほどの分量なので、相模原に行った時には、できるだけ寄ってみようと思う。
いい店を知った。
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(2014/4/13記)
きのう(4/12)のこと。
高円寺 JIROKICHI (ジロキチ)
Live Music JIROKICHI
http://jirokichi.net/
4月12日 (土) 星ノ飛ブ夜其の四
西川郷子 (vo) 小沢あき (ag) 関根真理 (perc)
18:30 開場 19:30 開演
■
午後からバスと電車を乗り継いで、高円寺まで。
途中、西荻窪で途中下車し、古書音羽館に立ち寄った。
西荻駅北口から歩いて5分はかかる、住宅街の中。
洒落た店で、ここに行くのは二度目。
店先に、お客さんがたくさんいた。
均一本コーナーに、いいものがたくさんあった。
店内に入り、星野道夫さんの文庫本 『魔法のことば ―自然と旅を語る』 (文春文庫、2010年発行、解説 池澤夏樹) を250円で購入。
汚れも痛みもない新品同様の本だった。
単行本では持っているが、この文庫本のたたずまいが、いい雰囲気をかもしだしていたので買ってしまった。
この店には、CDも置いている。
渋さ知らズのCDを発見して、購入。
1200円だった。
「渋さ」は、上々颱風ファン仲間の話で知ってはいたが、ライブを聴いたことがなく、CDも、私はこれが初めて。
■
高円寺には、整理券配布時刻の午後5時半前に到着。
何人かのお客さん(知った顏あり)にまじって、しばし待ち、整理券をもらった。
その後、開場時刻の6時半まで、新刊書店と古本屋(都丸書店)を覗き、「てんや」で食事をして時間をつぶした。
午後6時半、開場の行列にまじって店内に入った。
私の整理券番号は4番。
ステージの真ん前、斜め前方の席に座った。
ちょうどパーカションのセットの2メートルほど前。
入口で、紅龍さんのライブちらしをもらった。
4/26、下北沢「ラ・カーニャ」でやるそうだ。
■
さて、この夜のライブだが――。
西川郷子さん(ボーカル)に、小沢あきさん(ギター)と関根真理さん(パーカッション)の三人。
あいかわらずの、さとちゃんのとぼけた話(MC)に、小沢さんのつっこみ。
笑いを誘う、なごやかな雰囲気ですすんだ。
西川さん(さとちゃん)のボーカルには、ますます磨きがかかった感じ。
あたらしい曲も次々とできているらしい。
私が感心したのは、バックの二人。
私の席からは、左にギターの小沢さん、中央にさとちゃん、右に関根真理さんと、全員の演奏姿がよく見えた。
小沢さんは終始、譜面なしで、パワフルかつ繊細なフラメンコスタイルのギターを奏でていた。
関根真理さんのパワーとテクニックには圧倒された。
女性ながら、「男前」といった印象。
かっこいいのだ。
カホンにまたがり、左足でハイハット・シンバルを刻み、右足の踵でカホンを叩くところが、よく見えた。
二つの筒型長太鼓とジャンベ(固定が一つ、小型のものが一つ)、小太鼓、シンバル他の楽器を巧みに叩きわける。
その繊細なリズムに聴き惚れ、また、見とれていた。
もちろん、さとちゃんの澄んだ歌声には、いつもうっとりする。
途中休憩をはさんで、二部構成。
アンコール一曲目 「こども」 という曲では、関根さんの小道具も飛びだして、面白かった。
同じく二曲目の 「朝まだき」 で締め、午後10時前に終わった。
このトリオで、6月にはツアーを敢行するという。
楽しみだ。
やっぱり、音楽はライブ演奏に限る。
なんたって、スリリングだから。
――そんな余韻にひたりながら、帰宅の途についた。
■
中央線各駅停車の武蔵小金井行きに乗り、武蔵小金井で乗り換えにとまどい、立川からの終バスに間にあわなくなった。
国分寺で降りて西武線に乗り換え、最寄り駅からタクシーで自宅に帰った。
午後11時過ぎに帰宅。
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曇り空、肌寒い日。
気温14度。
10日ほど前から読みかけていた本を、ようやく読みおえた。
壮大なロマンだった。
星川淳 『ベーリンジアの記憶』
幻冬舎文庫 1997/9/11 318ページ
入手困難なのが残念な本だ。
私は図書館から借りた文庫版を読んだ。
電子書籍(Kindle版)で復刊されているようだが、電子書籍に興味のない私は購入する気もない。
ちなみに、この文庫版の親本である 『精霊の橋』 (幻冬舎・1995年3月発行)は、Amazonで安く手にはいるようだ。
この単行本を購入する気はないが、どこかに文庫版が売られていないものだろうか。
(文庫版は、Amazonで高額な値段がついている)
文庫版あとがきが書かれたのは、1997年秋。
その前年、1996年夏に、著者とも交際があったらしい写真家・星野道夫が亡くなっている。
星野さんの死についても、あとがきで触れられている。
また、文庫版解説は、映画監督・龍村仁が書いている。
「地球交響曲(ガイア・シンフォニー)」 の監督だ。
龍村氏もまた、星野さんとの関わりが深かった。
【過去投稿記事】
2014年3月25日(土)
【読】この小説はおもしろい: やまおじさんの流されゆく日々
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-7bc9.html
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このところ本を読む時間がなかなかとれなくて、読みおえるのに一週間かかってしまった。
250ページほどの中編なので、一気に読むと、もっと味わい深かっただろう。
面白かったな。
星川淳 『タマサイ 魂彩』
南方新社 2013/11/11発行 261ページ 1,800円(税別)
前にも書いたが、新聞で関野吉晴さんの書評を読み、この本を知った。
東京新聞:タマサイ 魂彩 星川 淳 著:Chunichi/Tokyo Bookweb(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014011202000179.html
→ 2014年3月8日(土) 【読】たまには小説でも
http://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/post-b4ee.html
表紙写真が星野道夫さんの撮影、というのも嬉しい。
著者は星野さんとも交流があったそうだ。
五百年前と現代の話を交互につなげる凝った作品構成だが、つくりものめいた感じがない。
ぐいぐい読ませてくれる。
物語の舞台は、種子島、環太平洋(黒潮流域)、北米大陸、ハワイ、等々と地球規模。
アイヌの姉妹も重要な役割で登場する。
関野吉晴さんの 「グレートジャーニー」 にも繋がる、スケールの大きなストーリーだ。
この著者の前作 『ベーリンジアの記憶』 (幻冬舎文庫)にも魅かれる。
絶版で電子版がでているらしいが、図書館にあったので予約した。
星川淳 『ベーリンジアの記憶』
幻冬舎文庫 1997年
電子版(Kindle版) 2013年
その前に、予約しておいてようやく届いた、人気の本を読んでしまわなくては。
次の予約者がはいっているらしい。
古市憲寿 (ふるいち・のりとし) 『誰も戦争を教えてくれなかった』
講談社 2013/8/6発行 326ページ 1,800円(税別)
しかし、まあ、こんなに借りて読めるのかなあ。
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本を読むのが遅い私にしては珍しく、三日間で一気に読みおえた。
波瀾万丈、手に汗握る、ドラマチックっで感動的な漂流記だった。
17ケ月に及ぶ極限の漂流から、隊員28名全員が生還した奇跡的な実話。
息つくひまもない、というのだろうか。
星野道夫さんは、アラスカのテントの中で、ひとりオーロラの出現を待ちながら、ランタンの灯りの下でこの本の原書を読んだという。
その時の感動はいかばかりか。
― 本書帯より ―
アムンゼンVSスコットの南極点到達の戦いに続いてイギリス人探検家シャクルトンは南極大陸横断に挑戦した。しかしその途上で船は氷に押し潰され、絶望的な状況での漂流が始まる。食糧不足、極寒、疲労、そして、病気。過酷な試練を乗り越えながら、前向きで陽気な28人の隊員たちは、17ケ月に及ぶ極限の旅を経て、ついに奇跡的な生還を果たす――。その旅の全貌
「シャクルトンの旅は失敗に終わり、輝かしい南極探検史の中で埋もれてしまった。しかし、このすさまじい生存への脱出行は、読む者に生きる勇気を与えてくれる」 星野道夫
下は文庫版(新潮文庫)
本書表紙裏の地図
この実話は、2001年に映画化されているようだ。
(Shackleton's Antarctic Adventure 監督 ジョージ・バトラー)
私はこの映画の存在を知らなかった。
映像で見たい気もするが、これまでの経験では、作り物っぽい映像よりも文章から想像する方がいいと思う。
いちおう、参考まで。
シャクルトン奇跡の生還 - 映画作品紹介- CINEMA TOPICS ONLIN
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=3418
Shackleton's Antarctic Adventure (英文サイト)
http://main.wgbh.org/imax/shackleton/
シャクルトン奇跡の生還とは - 映画情報 Weblio辞書
http://www.weblio.jp/content/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3%E5%A5%87%E8%B7%A1%E3%81%AE%E7%94%9F%E9%82%84
【追記】
シャクルトンを隊長とする28名の南極横断探検隊だが、じつは、南極大陸の反対側から事前に食料をデポする任務を与えられた別働隊(ロス海支隊)があった。
そこでも悲劇が起き、犠牲者がでているそうだ。
ちょっと興味がある。
『シャクルトンに消された男たち―南極横断隊の悲劇』
ケリー・テイラー=ルイス/著 奥田祐士/訳 文藝春秋 2007年8月
― e-honサイトより ―
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031941199&Action_id=121&Sza_id=C0
[要旨]
本隊の食糧基地設営のため南極を逆から極点にむかった男たちがいた。ロス海支隊―。彼らは任務完遂の後、その帰路で力尽きた。英雄伝説の陰に消えた男たちの極限ドラマ。
[目次]
安らぎとは無縁な魂―1902年~1913年/大英帝国南極横断隊―1913年12月31日~1914年9月18日/オーロラ号―1914年10月8日~12月23日/南へ―1914年12月24日~1915年1月24日/グレート・バリア―1915年1月25日~3月11日/南緯八〇度―1915年2月11日~3月25日/ハット・ポイント―1915年3月25日~6月2日/置き去り―1915年5月7日~8月31日/再びバリアへ―1915年9月1日~1916年1月1日/ホープ山―1916年1月6日~1月27日/「早く家に帰りたい」1916年1月25日~3月18日/「彼らが遭難しているのは間違いない」1916年3月19日~5月12日/「シャクルトンの行方は?」1916年3月24日~5月31日/ポートチャルマーズ1916年6月1日~12月20日/救出1916年12月20日~1917年2月8日/「はぐれ者」1917年2月9日~1985年5月8日
[出版社商品紹介]
隊員を1人も死なせなかった──シャクルトンの伝説は本当か。本隊の食料基地設営のために、南極を逆から上陸、遭難していった悲劇。
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これも、ずいぶん前に古本屋で目にし、帯に魅かれて買った本。
読みたい本がたくさんあって迷うのだが、これを読もうと決めた。
この一冊が、
勇気を与えた――。
オーロラ撮影のため厳冬期のアラスカ山脈で
一ヶ月に及ぶ単独キャンプ生活を送った星野道夫は、
携行したこの本によって、困難な状況に
耐える勇気を与えられた――。
(本書帯より)
アルフレッド・ランシング 著/山本光伸 訳
『エンデュアランス号漂流』
新潮社 1998年10月30日発行 372ページ 2,200円(税別)
下は新潮文庫(2001年刊)
星野さんが読んだのは英文の原著。
"ENDURANCE-Shackleton's Incredible Voyage"
by Alfred Lansing, 1959
星野さんは、その著書 『アラスカ 光と風』 のなかに、この本を読んだときの感動を綴っている。
本書の邦訳は、星野さんの生前の努力によって実現したという。
巻末に、青木久子さん(フリー編集者)が、そのあたりの事情を書いている。
少し長くなるが、抜粋・引用してみたい。
<“Endurance” を写真家星野道夫さんから手渡されたのは、いまから約十年前のこと。彼がアラスカに住みついて十年ほどたったときだった。以前から星野さんはよくこの本について語り、エッセーにも書いていた。それで、わたしが読みたいと言うと、ある冬、アラスカから持ち帰ってくれたのだった。“Endurance” を手にしたとき、不思議な暖かさを感じた。少し湿っぽい匂いもした。多くの人に読まれた古い本の感触だった。本を開く前に、『アラスカ 光と風』(星野道夫著 六興出版1986年、福音館書店1995年)の中の星野さんの言葉が浮かんだ。それは、1983年に三十歳の星野さんがはじめて厳冬期のアラスカ山脈でオーロラ撮影のために、風邪をひいたり、凍傷になったりしながら、一ヵ月間テント生活をしたときの日記の抜粋である。……>
<“Endurance” を読み終えたとき、わたしは表現し難い感動を覚え、しばらく茫然とした。それから、この本が日本語でも読み継がれるようになればどんなにいいだろう、という思いにとらわれた。……>
<……星野さんの了解を得て、“Endurance” を山本光伸さんに渡した。……何年かたつ間に、日本語版が出ることを願う星野さんの気持ちは、直接編集者に伝わった。……>
<日本語訳が完成したいま、“Endurance” はわたしのもとへかえってきた。星野道夫さんの手に渡せないこの本を、星野直子さんともうすぐ四歳になる元気いっぱいの翔馬くんにお返しする、星野道夫さんへの限りない感謝の念とともに。>
(星野道夫さんと『エンデュアランス号漂流』 青木久子 1998年8月)
coyote No.2 「特集 星野道夫の冒険 ぼくはこのような本を読んで旅にでかけた」 (2004年10月)という魅力的なムックに、星野道夫さんが生前愛読した本が紹介されており、本書もとりあげられている。
― Wikipediaより ―
アーネスト・ヘンリー・シャクルトン(Sir Ernest Henry Shackleton、1874年2月15日 - 1922年1月5日)はアイルランド生まれの探検家である。1914年、南極を目指す航海の途上で氷塊に阻まれ座礁、約1年8ヶ月に渉る漂流の末、生還したことで知られる。
彼の経歴において、探検そのもの以外で非常によく知られているものに、以下に示す南極探検の同志を募るために出した募集広告がある。
MEN WANTED for Hazardous Journey.
Small wages, bitter cold, long months of complete darkness, constant danger, safe return doubtful.
Honor and recognition in case of success.Ernest Shackleton
— 「求む男子。至難の旅。
僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証無し。
成功の暁には名誉と賞賛を得る。アーネスト・シャクルトン」
(中略)
ロアール・アムンセンが1911年に南極点到達を果したことから、シャクルトンは目標を南極大陸横断に切り替え、1914年エンデュアランス号(英語版)にて南極に向け出航した(帝国南極横断探検隊)。南極大陸まで320kmの点で氷塊に阻まれ、身動きが取れなくなる。10ヶ月ほど氷塊に囲まれたまま漂流を続けたが、氷の圧迫でエンデュアランス号が崩壊を始めたため、船を放棄し、徒歩にて(そして、氷山が溶けてからはボートにて)氷洋上を踏破し、約500km先のエレファント島に上陸した。そこから分遣隊を率いて救命ボートで航海を行い、約1300km先のサウスジョージア島に到達。登山道具も満足に無い状態でさらに山脈を越えて漁業基地に到達し救助を求めた。その後貸与された救助船の損傷や接岸失敗などの困難に見舞われたものの、ついに全隊員の救出に成功した。約1年8ヶ月にわたる漂流にも関わらず、27名の隊員と共に、1人も欠けることなく生還を果している。 当初の探検目的は果たせなかったものの絶望的な状況下において隊員の希望を失わせず、かつ、冷静な判断と決断力で奇跡ともいえる全員帰還を成功させたことで、優れたリーダーとして今でも称えられている(ただし、南極大陸の反対側に派遣したロス海支隊は3名の死者を出している)。
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廣川まさき さんという女性が書いた本を、さきほど読みおえた。
『私の名はナルヴァルック』 という。
先に読んだ 『ウーマンアローン』 に続く、二冊目。
エスキモー (著者があえてこの呼び名を使う、その理由もしっかりと書かれていて好感が持てた) の生活に溶け込んで、家族の一員のような日々を送った著者の感動が伝わってくる。
読んでいて、随所で胸が熱くなった。
書名にある 「ナルヴァルック」 とは、廣川さんがエスキモーの村に着いてすぐに、ディリアというおばあちゃんからもらった名前だ。
ディリア(引用文中では「アカ」)が自分の母親の名前をくれた、そのいきさつは感動的だ。
<アカは、ウルで器用に肉をそぐように切ると、その肉を薄黄色の透明な油につけて、「食べなさい」と、私の口もとに差し出した。
「きた!」と、私はとっさに思った。いよいよ、乗り越えなければならない試練の瞬間だ。
(中略)
植村直已も星野道夫も、著書の中で、食してみればなかなかおいしいといったことを書いているが、口に入れる前に、その臭さに鼻が曲がる。
このひどく臭いものを口に入れる前に、その臭さに鼻が曲がる。>
著者の廣川さんが勧められた食べ物は、ゆでたアザラシの肉。
肉につけた油は、シーオイルと呼ばれるアラザシの皮下脂肪を常温で溶かしたもので、強烈な臭いがする。
著者は覚悟を決めて口に入れ、咀嚼すると、「コクのあるうまさが口に広がる」感じだったという。
<私は、目を丸くしながら肉を噛みほぐした。その顔を見て、アカは、こう言ったのだった。
「ナルヴァルック……」
私がきょとんとしていると、アカは微笑みながら続けた。
「あなたのエスキモーの名前よ。あなたは、今日からエスキモー」>
(本書 P.31-32 第一章 アカとアパ)
著者が滞在した村の名は、ティキヤック。英語ではポイントホープ村という。
今でも伝統的なやり方で捕鯨を続けている、ちいさな村だ。
その村で、廣川さんはエスキモーの人たちと生活を共にし、伝統的な捕鯨や村の行事を、身をもって体験する。
エスキモー名をくれたおばあちゃんをアカと呼び、その夫・ハワードをアパと呼んで、実の娘のように可愛がってもらう。
(アカ、アパは、現地のイヌピアック語でおばあちゃん、おじいちゃんを意味する)
私は、写真家の故・星野道夫さんの著作などで、この村のことを知っていた。
著者と星野さんとの縁ということでは、星野さんとも親交のあったジニー・ウッドとの出会いや、星野さんも世話になったアラスカ在住の西山周子さんとの交流、なども書かれている。
冒頭から、私にはとても嬉しい本だった。
1972年生まれの著者が村を訪れたのは2007年というから、35歳の頃だろう。
「居候」のような形で、村の一家と寝起きを共にし、同じものを食べ、喜びや悲しみを共有する。
この体験記は、さわやかで感動的だ。
「チャリオット計画」(1958年、アラスカ・オゴトルック谷の河口岸壁を水爆で爆破して人工の巨大な港を建設する計画)、1992年に明らかになったネバダ核実験場放射能汚染物質の廃棄、石油採掘に伴う巨大なパイプライン建設、など、現在のアラスカが抱える問題や、捕鯨問題に対しても、著者はしっかりした考えを持っている。
そこに好感を覚えた。
また、私など、ただ漠然と「良くないこと」と思いこんでいた「地球温暖化」と呼ばれる現象についても、鋭い考えを述べていて、感心した。
廣川まさきさんという人を知ったのは、Twitterがきっかけだった。
私にとって、いい出会いだったと思う。
廣川まさき 著 『私の名はナルヴァルック』
集英社 2010年 304ページ 1500円(税別)
廣川まさきさんのサイト
ノンフィクションライター廣川まさき・ウエブホームページ
http://web.hirokawamasaki.com/
Webナショジオ | ナショナル ジオグラフィック(NATIONAL GEOGRAPHIC) 日本版公式サイト
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/web/
(廣川まさきさんの連載あり)
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一昨日に続き、西国分寺南口の「国分寺いずみホール」で、「地球交響曲(第四番)」を観てきた。
国分寺チャリティー上映会@国分寺いずみホール
地球交響曲 ガイアシンホニー 全7作品一挙公開
http://www.office-kaleido.com/shienkin-cinema/
ジェーン・グドールが出演しているのを知っていたので、第三番(星野道夫)とあわせて、ぜひ観たいと思っていたのだ。
出演者のひとり、ジェームズ・ラブロック博士については、原発賛成派とみなされて批判されているらしい。
(ラブロック博士の「ガイア理論」を詳しく知らないので、私にはなんとも言えないが)
上映後、主催者の山本さんのお話で、この四番は上映会からはずそうかと思っていた、とおっしゃっていたワケは、そのあたりの事情だったのだろうか、と勘ぐってみる。
これに関しては、監督の龍村仁さんの興味ぶかいインタビューがネット検索でみつかった。
下にURLを紹介しておこう。
■Ustream.tv: ユーザー creategold: ガイアシンフォニー・龍村仁監督インタビュー・第四番・ジェームスラブロック博士との出会い■
http://www.ustream.tv/recorded/14031247
ジェーン・グドールについては、彼女の自伝『森の旅人』を読んだり、星野道夫さんの『アフリカ旅日記』などで、人がらは想像していたが、この映画で、彼女の魅力的な声と語り口に接し、ますますファンになってしまった。
もう一人、私は知らなかった人だが、沖縄県伊是名島生まれの版画家、名嘉睦稔(なか・ぼくねん)さんが、とても魅力的だった。
この人の版画も素晴らしいが、生き方がすごい。
会場で、この人のギャラリーのちらしをいただいてきたので下に掲載した。
■名嘉睦稔オフィシャルウェブサイト/Bokunen Naka web site■
http://www.bokunen.com/
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