このブログにときどきコメントを寄せてくれる知人(こまっちゃん)が教えてくれた本。
メチャメチャおもしろかったな。
『ミャンマーの柳生一族』 高野秀行
集英社文庫 2006/3/25発行
238ページ 429円(税別)
https://amzn.to/3Yc5lbI
謎のタイトルだが、種明かしは控えておく。
カバーに印刷されている簡単な紹介文を転載する。
<探検部の先輩・船戸与一と取材旅行に出かけたミャンマーは武家社会だった! 二人の南蛮人に疑いを抱いたミャンマー幕府は監視役にあの柳生一族を送り込んだ。 しかし意外にも彼らは人懐こくて、へなちょこ。 作家二人と怪しの一族が繰り広げる過激で牧歌的な戦いはどこへ…。 手に汗握り、笑い炸裂。 椎名誠氏が「快怪作」(解説)と唸り仰天した、辺境面白珍道中記。>
この通りの内容である。
まさに、「快怪作」。
本屋に行くと、高野さんの文庫本がたくさんでていた。
なかなか面白そうな著作ばかり。
顔写真は、ちょっと中田英寿に似ている。
中田よりも男前か。
本書の解説は、あの椎名誠さんだが、別の本 『幻獣ムベンベを追え』 は宮部みゆきさん、『アヘン王国潜入記』 は船戸与一さんが、それぞれ解説をよせている。
(いずれも集英社文庫。私のてもとにある。)
私にとっては、関心のふかい人たちばかりだ。
この本では、船戸さんとの珍道中が笑える。
取材旅行のはずだが、船戸さんはメモをとったり写真を撮ることは、いっさいしない。
ただあちこちを動きまわって、観察するだけ。
不思議な作家である。
船戸さんにまつわるエピソードが、なんといってもおかしい。
腹をかかえて笑ってしまう。
【エピソード その一】
船戸さんがひとりで、暇つぶしにミャンマーの首都ヤンゴンの街をぶらつこうとタクシーを拾った。
<で、「ミャンマーではみだりに政治の話をしてはいけません」 というガイドブックの教えなどまったく無視して、いきなり運転手に 「あんた、アウン・サン・スー・チーをどう思うか?」 と訊いた> のだそうだ。
ところが意外なことに、運転手の返事は 「あー、好きだよ」 だった。
さらに、「1988年の民主化動乱のとき、政府は死者千人などと言ってるけど、ほんとうは一万人くらい殺されたんだ」 とか、「ここは市民や学生の遺体が軍のトラックで運ばれて、捨てられてたんだ」 などと、気さくに案内してくれたという。
船戸さんのスケールの大きなところは、タクシーの運転手にとどまらず、この取材旅行に同行したお目付け役のミャンマー軍情報部(著者はこれを「柳生一族」と呼ぶ)と思われるアブナイ相手にまで、このテの質問を平気で発することだ。
<……この男が柳生の手の者という可能性だってある。 私は 「下手に話を政治問題へもっていくまい」 と思った。>
そんな著者(高野さん)の心配をよそに――
<しかし、ヤンゴン市内を抜けて、草葺きの家と田んぼに景色が変わったころ、船戸さんはまた唐突に訊いた。
「あんた、アウン・サン・スー・チーは好きか?」
すると、助手席の男は、さきほどの世間話の続きみたいな調子で、「もちろん」 と答えた。 そして、政府の批判をとうとうと述べ始めた。 私は拍子抜けしてしまった。>
【エピソード その二】
「柳生一族」 は、船戸・高野コンビの取材旅行にずっとくっついてくる。
そもそも、この旅行は、ミャンマーの軍情報部が経営する旅行社 「ナーガ・トラベル」 のお膳立てによるものだった。
というか、ミャンマーの辺境を旅することは、そう簡単にはできないのだ。
いわば、監視付きである。
そんな 「柳生一族」 と夕食をともにした時のはなし。
気をつかいつつも、いっしょに酒を飲んでいるうちに、いつしか酔いがまわり――
<一時間くらいたったころだろうか。 船戸さんが突然改まったような調子で言い出した。
「ところで、あんたたちに一つ、訊きたいことがある。」>
<私はギクッとした。 また、唐突に政治問題に触れそうな気配がしたからである。 柳生たちも顔をあげた。
船戸さんが凄みのきいた低い声で問う。
「いったいどっちがミャンマーの国民に人気があるんだ?……」>
<来た! 幕府とスー・チーをこの場でいきなり天秤にかけるというのか。 船戸さん、ちょっと早すぎる!>
ここでちょっと注釈を加えると、「幕府」 とはミャンマーの軍政部。
著者は、現代のミャンマーの政治状況を、日本の江戸時代になぞらえて書きすすめているのだ。
それまで談笑していた座の雰囲気は、にわかに緊張する。
「柳生」 たちの持つグラスもピタッと止まった。
そのとき、船戸さんはこう言った――
「どっちが人気があるんだ……ミャンマービールとマンダレービール?」
このひとことで一座の緊張はいっきに解けたが――
<船戸さんはわざと柳生たちをからかっているのかと思えばそんなこともない。 「どっちのビールのほうが人気があるんだ?」 としつこく訊いている。 もしかしたらこれも取材の一環なのかもしれない。 いや、ただ酔っ払っているだけかもしれない。>
その後、船戸さんは突然話題を変え、アメリカを罵りだす。
<「勝手にイラクに戦争をしかけて、後始末を日本の軍隊に手伝わせようとしている」 とか 「いつも自分たちが正しいと思っているバカ野郎だ」 と言ったあと、バーン!とテーブルを叩いて怒鳴った。
「アメリカ、マザーファッカー!」>
<柳生たちはみんな親指を立てて、「そうだ、そうだ!」 と大喜びである。 なにしろ、ミャンマー幕府にいちばん圧力をかけているのはアメリカである。 幕府はアメリカを忌み嫌っており、柳生一族も例外ではない。>
な、なんなんだ。
いったいこの人は。
船戸与一、おそるべし。
【エピソード その三】
ミャンマーの北西部、ホマリンという田舎町の宿でのこと。
古い木造二階建ての宿のベランダに、籐の椅子を持ちだしてくつろいでいた船戸さん。
いっぽう、高野さんは木陰の特等席を船戸さんにとられたため、部屋で本を読んでいた。
宮部みゆきさんの 『堪忍箱』 という文庫本だった。
<旅先で読むには文庫本の短編集がいい。 江戸時代にタイムスリップしたようなミャンマーで時代ものを読むのも粋というもんだ。>
<ところがである。
「高野!」 と、ドスのきいた声が聞こえた。 「何か、本、持ってないか? ヒマでしょうがねえ」>
<しょうがない。 私はため息をつき、開きかけた文庫本をそのまま、船戸さんのところに持っていった。 「これ、どうです?」>
船戸さんの反応が、また、笑える。
<「ん? おー、みゆきの本じゃねえか」 (略)
船戸与一は宮部みゆきのことを 「みゆき」 と呼ぶ。
前に初めて船戸さんが 「みゆきは売れっ子だからよお……」 とか言ったときには、私は馴染みの芸妓の話でも始めたのかと思ったものだ。>
意外なことに、船戸与一と宮部みゆきは、<どういうわけか、気が合うらしく、たまに一緒に酒を飲んだりするらしい。>
うーん、不思議な組み合わせだ。
<「オレよお、みゆきの本、一冊も読んだことねえんだよ。 たぶん、みゆきもオレの本、読んだことねえと思うけどな」 とのことだ。 さもありなん、という感じである。>
<「よし、一度くらい読んでみるか」
フセインのような面構えの男がえらそうにふんぞり返り、宮部みゆきの人情時代物を読む姿は不似合いに極まっていた。>
もともと私は船戸与一の大ファンで、しかも、宮部みゆきファンなのだ。
もう、このエピソードなんかは、うれしくてたまらない。
電車とバスの中だけで、二日間で読みおえたこの本。
ほんと、たまらなかったなあ。
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