【雑】「北の零年」を観る
ビデオ録画してあったものを最後まで観たので、書いておこう。
「北の零年」 東映 2005年
(テレビ朝日放映 2006.12.24)
http://www.kitano-zeronen.jp/index.html
それほどひどい映画とも思わなかったが、もったいないことをしたな、というのが感想。
何がもったいないか。
せっかく、吉永小百合、渡辺謙、豊川悦司、柳葉敏郎、といった俳優を揃えながら、皆、嘘っぽい。
あんなに綺麗な着物を着て、まるでいつも化粧しているようなきれいな(汚れのない)顔の奥方が、開拓生活をしていたとは思えない。
渡辺謙の役柄が、どうにも嘘だ。
いや、ああいう男がいたかもしれないが、その苦悩が伝わってこない。
なにしろ、いっしょに移民した仲間を裏切り、妻子まで裏切った男である。
ごくふつうに考えて、とんでもない冷酷な男だ。
いわば、自分ひとりの身をたすける見返りに、大切なものをすべて捨てる決意をしたのだ。
冷酷になるにも、そうとうな苦悩があったはず。 それが伝わってこない。
豊川悦司が扮するアイヌ青年(じつは、逃亡中の会津藩士)も、いかにもそんな人物がいたかもしれないという気にさせるが、リアリティがない。
彼と行動をともにするアイヌの老人も、嘘っぽい。
豊川扮するアシリカ(アイヌ名)との会話が和人の言葉なのはいいとしても、アイヌ語をひとことも発しない。
イナゴ(アイヌ語でバッタキ)の大群に襲われるシーンで、「バッタキ」という言葉が発せられたが、とってつけたような感じ。
謎の外国人(この映画のサイトの解説によると、アメリカ人エドウィン・ダンだというが)についても、突然あらわれて主人公(吉永小百合扮する志乃)を助けたあと、顔を出さない。 説明のいらないほど有名な人物か? 観る人が、ああ、あの人だとわかるのか?(クラーク博士ならまだしも)
史実を踏まえているストーリーではあるが、結局、何が描きたかったのか。
脚本がいいかげんだ。
あれだけのロケをしたら、多額の制作費がかかっただろうな。
その金も無駄にしたと思う。 もったいない。
淡路島の旧稲田藩が静内に移民し、苦労して開拓をすすめたのは史実。
イナゴの大群が田畑を荒らしたことも史実だ。
先住民のアイヌの人たちとの敵対、友好もあったはず。
和人の視点から描くのもけっこう。
それならそれで、しっかりした視点が必要だったろう。
史実をベースにしているということに甘えていないか?
(それでいて、いざとなると「これはフィクションです」と逃げるのか?)
池澤夏樹さんの小説 『静かな大地』 と同じ時代、同じ場所、同じ境遇の人々を扱った映画だけに、もったいなかったと思う。
北海道人にとって、たいせつなことなんだから、ちゃんと描いてよ。
アイヌの人たちのことを避けて通らずに。
出来そこないの時代劇のような内容は、なんとも中途半端で後味が悪い。
吉永小百合がいっしょうけんめい演じていただけに(その、いっしょうけんめいさも嘘っぽかったが)、もったいない、もったいない・・・と思ったのだった。
つまるところ、「ひどい映画」だったということか。
さいごに、とどめ。
「零」を「ゼロ」というのはおかしい。
明治人が「我々はゼロから出発した」なんて言うか?
「零式艦上戦闘機(零戦)」だって、英語では「ゼロファイター」だが、日本語名は「れいせん」だったんじゃないか?
― 「北の零年」 あらすじ (Wikipediaから) ―
明治4年(1871年)、小松原志乃は稲田家の家臣一同とともに、先遣隊として静内にいる夫・英明のもとへと向かった。静内の地を開墾すれば稲田家の領地となるという政府の言葉を信じ、一同はみな希望に満ちていた。厳しい冬に苦しむ一同に救いの手をさしのべたのは、アイヌのモノクテとアシリカだった。最初の冬を越え、ようやく稲田家当主(殿)が到着するが、廃藩置県によって移住命令が反故になったことだけを告げ、そのまま帰国してしまう。置き去りにされた一同は、それでも英明の檄のもと開拓に夢を託すが、作物はなかなか根付かない。状況を打開するため札幌へと向かった英明は消息を絶ってしまい、残された一同にも過酷な運命が待ち受けていた。
【2025/6/12 補足】
「零戦」が、当時の日本でどう呼ばれていたのか、ずっと気になっていた。
「零」を「ゼロ」というのはおかしい。
明治人が「我々はゼロから出発した」なんて言うか?
「零式艦上戦闘機(零戦)」だって、英語では「ゼロファイター」だが、日本語名は「れいせん」だったんじゃないか?
今はやりのAIに聞いてみた。
私が書いたこと(上記)が、まちがっていることはないようだ。
ただし、当時でも「ぜろせん」と呼んでいた人がいなかったわけでもなさそうだ。
***以下、AI(felo)の回答***
https://felo.ai/search/bBnRCD6uWF2RU56WgsRX7F
「零戦の、当時の日本での読み方」
零戦(れいせんまたはぜろせん)は、正式には「零式艦上戦闘機」と呼ばれる日本の戦闘機であり、その名称の読み方には歴史的な背景があります。
読み方の違い
れいせん: これは「零式艦上戦闘機」の略称として、特に古い世代の搭乗員や当時の文献で一般的に使用されていました。昭和19年11月23日の朝日新聞の記事でも「零戦」として「れいせん」とルビが振られています。
ぜろせん: 戦後、アメリカ軍が「Zero Fighter」と呼ぶようになった影響で、この読み方も広まりました。特に戦後の世代や一般の人々の間では「ぜろせん」と呼ばれることが多くなりました。
公式な立場
どちらの読み方も正しいとされており、公式な文書や会話の中で使われることがあります。特に、戦時中は英語が敵性語と見なされていたため、「ぜろせん」と呼ぶことに対して抵抗感があった時期もありましたが、実際には両方の呼称が共存していました。
結論
したがって、零戦の読み方は「れいせん」と「ぜろせん」の両方が存在し、使用される文脈によって異なることがあります。どちらの呼び方も歴史的な背景を持ち、当時の文化や言語の変遷を反映しています。
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コメント
見ましたねっ!
感じるところほぼ同じでした。
この映画あまりの出来に北海道人としてはちと複雑です(笑
キャスティングはそう問題ないと思うのですが、
やはり脚本なんでしょうかね?
結局何を描きたかったのか監督の意図さえ解からず仕舞い。
近年まれに見る駄作かと…。
投稿: まえちゃん | 2006年12月31日 (日) 16時16分
>まえちゃん
途中でやめようかと思ったほどですが、最後まで観ました。ビデオだったのがさいわい(途中休憩をはさみながら)。
この映画のプロデューサー、脚本家、監督、みんなアホです。
せっかくの題材、舞台、出演者をだいなしにしてしまいました。
ひとことでいえば、思想がないのですね。
できのわるいTVドラマなみ。
制作に使った費用(いくらか知りませんが)がもったいない。
投稿: やまおじさん | 2006年12月31日 (日) 19時31分
>この映画のプロデューサー、脚本家、監督、みんなアホです。
図らずもわたしもそう思いました。
>思想がないのですね。
そう言うことなんでしょうねぇ。
結局視点が良く判らんのです。
何を表現したかったのかが!
この監督には荷が重かったのかも。
ホント後味の悪ぃ映画ですよね。
今になって思うんですけど、
そんなカネがあったら夕張に変なセットなんぞ残さずに、
全額寄付して欲しいところですよっ!
何だか怒って今年も終わりそうですが、
来年も東京でお会いしそうです!
宜しくお願い致します!!
投稿: まえちゃん | 2006年12月31日 (日) 20時37分
>まえちゃん
来年も東京でお会いしましょう。
こちらこそよろしく。
投稿: やまおじさん | 2006年12月31日 (日) 21時15分