【震】赤坂憲雄×津島佑子 対談(3)
今日は、午前中、立川の病院へ。
眼科、形成外科ともに、大きな異常はナシ。
視野検査の結果、視神経にわずかな異常があると指摘されたが、経過観察ということで。
帰りに、ハローワークに寄る。
立川駅からの往復の道は、直射日光をまともに受けて、きつかった。
病院のロビーも、むっとする暑さだった。
家に帰って、昼飯を食べ終わった頃、ぐっと蒸し暑くなり、突然の雷鳴と豪雨。
すぐに止んだが、あいかわらずの猛暑。
蝉がずーっと鳴き続けている。
NHKテレビ(総合)をつけると、高校野球ではなく、国会の参議院予算委員会の中継。
しどろもどろに答弁する首相も情けないが、首相を追求している(つもり)の野党の発言も情けない。
(自民党議員が、何やら菅サンの献金問題をしつこく追及していたようだが、何をいまさら)
この国の国会の議論は、あんなレベルか。
すぐにテレビを消して、横になって本を読んでいるうちに眠ってしまった。
最近、昼寝することが多くなった。
昼間も、冷房をいれないときびしい。
――と、まあ、たまには、日記風に書いてみました。
東京新聞夕刊の対談記事は、今日が最後。
私の胸に響いた部分を書き出しておこうかな。
2011/8/11(木) 東京新聞 夕刊 5面
「選択の夏 ポスト3.11を生きる」 <下>
対談 赤坂憲雄(民俗学者)×津島佑子(作家)
津島 四月にオーストラリアのアボリジニの人たちが国連事務総長に手紙を送った。彼らの土地で採掘されたウランが日本に輸出されていて「フクシマの事故の原因の一部になって悲しい。もうウランは採らせない」という内容です。そして巨額の採掘権で得られるお金を返上して、土地を守りたいと。かたや、日本は自然資源がないという言うが、これは変な言い方です。日本列島は自然資源に恵まれた風土なのに。
赤坂 私は、3・11まで原発を語ったことはないし、自然エネルギーにも興味はなかった。いまは日本社会のグランドデザインとして原発から自然エネルギーへの転換を選択するしかないんだと考えています。目の前の現実がいや応なしにその方向に目を向けさせた。そして、委員をしている政府の復興構想会議で福島県を自然エネルギー特区にと提案した。周囲は「そうなればいいね」「でも難しいだろうね」という空気だった。しかし日本人の世論は劇的に転換しました。
津島 台湾の知人が六月に来日したとき、書店に並ぶ原発関連本に驚いていた。自ら勉強するしかないという姿勢の反映じゃないか、と言っていました。思えば、それはとても自然なこと。まずは勉強する、それがこの流れになったのではないでしょうか。
ふたりの対談、三回の連載は、今日でおしまい。
あの地震と津波から、今日で5ヵ月。
いまだに行方不明、つまり、遺体のみつからない人が4700人にものぼるという。
私がもし、たいせつな人を亡くして生き延びた立場だったら、と想像すると、胸が痛む。
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