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2016年2月28日 (日)

【読】古山高麗雄

古山高麗雄という、14年前に亡くなった作家の作品を読んでいる。

なんとなく気になっていた人なのだが、これまで読んだことがなかった。

Furuyama_photo
(KKベストセラーズ ベスト新書 『反時代的、反教養的、反叙情的』 2001年刊 カバーより)


朴裕河(パク・ユハ)という韓国の大学教授が書いた 『帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い』 (朝日新聞出版/2014年刊)を読み、そこに古山高麗雄の小説が引用されていたので、この作家の作品を読んでみようという気になったのだ。

古山高麗雄、Wikipediaには――

<1920年(大正9年)8月6日 - 2002年(平成14年)3月11日)は、日本の小説家、随筆家、編集者。芥川賞作家。/主として太平洋戦争での従軍体験や戦後の生活を舞台にした小説を発表し、いかなる場においても変わることのない人間のありかたを描き出した。>

――と、ある。

また、日本大百科全書(ニッポニカ)には――

<小説家。朝鮮新義州生まれ。旧制三高中退。第二次世界大戦中は一兵卒として転戦。戦後は編集者となったが、その間、1969年(昭和44)短編『墓地で』でデビューし、翌年には戦争体験を素材にした『プレオー8(ユイット)の夜明け』で芥川(あくたがわ)賞を受賞した。苦いユーモアとさりげない平常心に潜む虚無を、平明な文体でつづる作品が多い。『小さな市街図』(1972。芸術選奨新人賞)、『点鬼簿』(1979)、『蛍の宿』(1980)などに、その面目がうかがえる。その後、『日本好戦詩集』(1979)を発表、そして『断作戦』(1982)、『龍陵(りゅうりょう)会戦』(1985)、『フーコン戦記』(1999)は、著者の過酷な戦争体験をもとにして、戦争に巻き込まれた人々への鎮魂の思いをつづった、渾身(こんしん)の三部作で、2000年(平成12)の菊池寛(かん)賞受賞作となった。ほかに『岸田国士(くにお)と私』(1976)、『セミの追憶』(1994。川端康成文学賞)などがある。[金子昌夫]
『『小さな市街図』(1972・河出書房新社) ▽『断作戦』(1982・文芸春秋) ▽『龍陵会戦』(1985・文芸春秋) ▽『セミの追憶』(1994・新潮社) ▽『フーコン戦記』(1999・文芸春秋) ▽『二十三の戦争短編小説』(2001・文芸春秋) ▽『プレオー8の夜明け 古山高麗雄作品選』(講談社文芸文庫)』 >

――と、紹介されている。

陸軍一等兵として、南方(マニラ、マライ、ビルマ、カンボジア、ベトナムなど)を転戦し、日本の敗戦後も戦犯容疑者としてサイゴンの監獄に収監された。
俘虜収容所に勤務していたときの捕虜虐待容疑だった(捕虜を一度、軽く殴っただけだったというが)。

1947年4月、禁錮八ヶ月の判決を受けたものの、未決通算によって裁判の翌日釈放され、現地のキャンプで過ごしたあと、同年11月に復員。

復員後、自らの戦争体験を反芻し続けながら、私小説やエッセイを書き続けた。
死ぬまでずっと、“あの戦争”にこだわって生き続けた人だった。


いま、エッセイ集 『反時代的、反教養的、反叙情的』 (ベスト新書/2001年刊) を読んでいる。
著作の大部分が絶版となっていることが、残念。

自身が「三部作」と言い、ライフワークと呼ぶべき長編小説 ―― 『断作戦』(1982・文芸春秋)、『龍陵会戦』(1985・文芸春秋)、『フーコン戦記』(1999・文芸春秋) ―― を読んでみたいと思う。
さいわい、図書館にあるので。

図書館から借りて、昨日読み終えたばかりの 『二十三の戦争短編小説』 (文藝春秋/2001年刊)』 は、文庫版がAmazonに出品されていたので、購入することにした。

この短編集からは、深い感銘を受けた。


この人は、大上段に振りかぶった「正義」を嫌う。
戦後の日本国憲法を「平和憲法」と呼ぶ、「反戦平和」の人たちに対しても手厳しい。

いっぽうで、あの戦争の愚かさを痛烈に批判する。

文章の柔らかさの裏に、硬骨漢の風貌――などと言われることを、ご当人は嫌っていただろうが――が感じられ、私には好ましい。

<八月は、原爆と終戦と高校野球の月で、この国は、正義や涙に埋めつくされる。水戸黄門の印籠のような言葉をふんだんに聞かされる。二度と戦争の悲惨を繰り返さないために戦争を風化させるな、などと言う。戦争の風化を繰り返さないために、というのは、黄門の印籠のような言葉の一つである。ハハアとひれ伏すしかないが、しかし、だからといって、戦争の風化は止めようがない。二度と戦争を起こさないために戦争を語り継ぐ会の人などがどんなに頑張って語ってみても、戦争は風化する。……>

 (『反時代的、反教養的、反叙情的』  P.44 「八月六日に生まれて」 1990年 より)

<……敗戦を経験したからといって、民族性が変わるものではない。戦前戦中、軍人や、軍人に劣らず軍人風のことを言っていた民間一般人たちの体質が、戦後変わったわけではない。>

<……戦争に負けて教科書に墨を塗った人々は、厭なことに耐えてそれをしたのかどうか。……/……あのような恥しいことはなかったのに、わが民族は、それを恥とも屈辱とも思わなかったのである。日本人は恥を知る民族だ、と言っていたが、私たちは何を恥だとして来たのか。中国や朝鮮や東南アジアでいばりちらすことは、私は恥だと思うが、わが国は恥だと思わない。帝国軍隊のお偉方には、敗戦を恥じて自殺した人もいるが、彼らにとって恥とは何だったのだろうか。戦争に勝てなかったということだろうか。第二次大戦で、フィリピンでは約七割、ビルマでは約六割の日本兵が死んだ。そのほとんどは、栄養失調とそれにともなう病気で死んだのである。飢えて死んだのである。人をそんな状態にするとは、同じ人間として恥ではないか。勝とうが負けようが恥ではないか。……>

 (『反時代的、反教養的、反叙情的』  P.34-36 「懐かしい懐かしい戦争」 1988年 より)

そうだよな、と頷ける、含蓄のある言葉が他にもたくさんあって、まだまだ書き写したいのだが、これぐらいにしておこうか。

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