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2024年7月21日 (日)

再読 服部文祥『北海道犬旅サバイバル』(続々・終)

思いがけず長い投稿になってしまったが、これで終わりにしたい。

服部文祥 『北海道犬旅サバイバル』 (みすず書房、2023年9月)
https://amzn.to/4bWQJAG

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■終盤戦■  (続き)
2019年10月31日~11月25日。
山小屋芽室岳~幌尻岳~ペテカリ山荘~楽古山荘~襟裳岬~帯広空港。375キロ。

■楽古山荘から襟裳岬まで往復。
天気が悪くなり、食料不足も重なって、北海道の南端・襟裳岬まで往復することに意味があるのか迷う。
襟裳岬までに宿泊(野宿)可能なポイントは少なく、焚火を熾すには人目を避けなければならない。焚火を熾すなら、日数の短縮は無理だ。
そこで、突然ひらめいたのは、固形燃料! という発想だった。
楽古山荘に誰かが置いていったもの。
「燃料置くなら食いもん置いとけ」と毒づいた固形燃料を使えば、焚火しなくてすむ。
ただし、食料不足は解決していない。
毎日飲み続けてきたチャイも、茶葉だけは豊富に残っているものの、砂糖とミルクパウダーの残りがわずか。
濃いチャイと薄いチャイを作り分けることに。
鹿だけは、獲ることができた。

■11月17日、襟裳岬へ向けて出発。
山越えの藪漕ぎから林道へ。そこから国道に出る。
郵便局の横の公衆電話で”神のお告げ”(天気予報)をテレフォンカードを使って聞く。

神社の横のガレージに、厳密にいえば不法侵入になるかもしれないと思いつつ、一泊する。

コンビニを目にして、もし100円拾ったら何を買うか、妄想する。
500円硬貨だったら、牛乳と砂糖だな、などと。

メイン道路の交差点に料亭があり、店の裏にまわり込んでゴミバケツを探す。
服部さん、旅の終わりに、かなり逼迫している。
町はずれの住宅街のゴミ箱まで覗いている。
<…運よく燃えるゴミの日だった。捨てたばかりと思われる袋をちょっと持ち上げると、底に溜まった生ゴミの水分にミニトマトが浮かんでいた。一瞬悩んだが、取り出すほどではない。つぎのゴミ袋を持ち上げたとき、目の前の玄関が開き、おじさんがゴミ袋を持ったまま私を見て固まっていた。/「おはようございます」と言い捨てて、走って逃げた。残飯の誘惑に負け、いつのまにか、ひと目を気にしなくなっていた。>(P/215)

■この後、服部さんにとって僥倖ともいえるできごとが続く。
ゴール地の襟裳岬に着き、10分ほど滞在。写真を撮って往路を戻る途中、車が止まって「服部さんですよね?」と。
夫が服部さんのファンで、朝、車から見かけて、頼まれたという女性。
著書にサインをせがまれ、「サインの代わりってほどおれのサインに価値があるとは思っていませんが…」と、食料をせがんでみる。「なんでもいいです。米、麺、餅…」。いったん走り去った女性、その先で追いついてきて、おにぎり、五合ほどの生米、カップ麺数種類、羊羹、パンの缶詰、リンゴ、アルファ米…と、夢のような食料の山が手に入る。
足取りも軽く幌満近くの神社のガレージに帰っていった。

■その途中、観光案内所の「休憩所コーヒー無料」の掲示にひかれて、ふらふらと中に入る。
インスタントコーヒーとスティックシュガーとクリープの小ビンが、ポットのお湯とともに置いてあった。瓶はクリープだが、中身は植物油脂を使った安物だったと言いながら、残り少ないミルクパウダーを全部、お湯に溶かしてナツにも分けてやる。

「忘れ物」と書かれた箱に、オモチャがいくつかとプリッツ(菓子)の旨サラダ味があった。
受付の女性に「この忘れ物のお菓子、誰もとりにこないんじゃない?」と、つい聞いてしまうが、「くると思いますよ」とあっさり答えられて、がっかりする。が、受付の女性がナツに気をとられている隙に、ちゃっかりズボンに挟んで、頂戴してしまう。…こうなると犯罪者の一歩手前だが、憎めない。

<小袋を開けてプリッツを食べながら「月日は流れ、世界は変わった」と強く意識した。カウンターに座っていたのがおばさんで、私が若い旅人なら「お菓子の忘れ物なんかもっていっていいわよ」と言ってもらえたはずだ。だが、もはや私は五〇歳のオッサンで、相手もおばさんではなかった。世の中は変わったのだ。>(P.222)

■翌日、さらにラッキー過ぎる出来事が。
薄暗いうちにガレージを出て楽古山荘に向かう。
いきなり「おい、あんた」と呼び止められる。「犬連れてる、あんただよ」とさらに強調したのは、赤い自販機の前に立っているオッサン。ガレージ泊とプリッツの件で後ろめたさがあるため、「ども、おはようございます」と、関わりを避けたかったのだが「おう、茶、飲んでいけよ。なにがいい」と、おっさんは自販機に小銭を入れたので、安堵する。ミルクティがなかったので、温かくてカロリーが高そうなココアを指さし、おごってもらう。

この後、オッサンの質問攻めにあうが、その質問がいちいち的を射ている。服部さんは「本質的なことを理解するのが速いな」と思った。
さんざん旅の意義などをしゃべったところで、最後にオッサンが
「面白い話だった。正直、驚いた」と言いながら、ポケットから財布を出した。
「おれが餞別をやるって言ったらどうする?」
返答に窮しているあいだに、オッサンは財布から千円札を3枚と小銭入れの中身を全部出して置いていった。「小銭だよ」と言いながら。(オッサンの財布には一万円札が二十枚くらいあふれ出していた)
「けっこうあったな」とオッサンは笑い、「面白い話の礼だ。いらなかったら、そのへんの神社の賽銭箱に入れちゃいな。あばよ」と言って、軽トラに乗り込むや、振り向きもせずに立ち去った。

<オッサンもオッサンとの会話も白昼夢のようだったが、私の右手には千冊三枚とけっこうな量の小銭があった。/かすかな罪悪感から私はいくらあるのか確認せずにお金をポケットに入れて、立ち上がり、逃げるようにその場を去った。>(P.228)

もう、さすがにだれも来ないだろうというところで、ポケットのお金を数えてみると、4760円あった。
まるで落語のような展開に、笑ってしまう。

■その後の展開はもう書かないが、服部さんは、旅の最後、思いがけず、”にわか長者”のようになってしまった。
現金も免許証も持たないと決めた旅の最後に、だ。
こんな大金をどうしようか、何を買って食べようかと、急に悩みだす姿が微笑ましく、後味のいい結末だった。

(おしまい)

【追記 2024/7/22】
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