カテゴリー「宮沢賢治」の8件の記事

2007年12月 9日 (日)

【読】門屋光昭さん

ブログのアクセスログを見ていたら、門屋光昭さんの名前で検索して私のブログにたどりついた記録があった。

Kadoya_kenjiつい先日、この人が書いた本を読んだばかりだった。
https://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_36b6.html

今月5日に亡くなったそうだ。
岩手日報 訃報
http://www.iwate-np.co.jp/fuho/fuho.htm
門屋 光昭氏(かどや・みつあき=盛岡大名誉教授)
5日午前6時25分、膵臓(すいぞう)がんのため盛岡市内の病院で死去、62歳。山口県下関市出身。

私と10歳もはなれていない。
なにか人ごととは思えない。
今年は、いただく喪中のはがきが多い。
そういう年齢になったということか。

昨日 12月8日は、1941年 「真珠湾攻撃」 の日だった。
最近は話題にもならないが、私はなぜか毎年、この日がくると思いうかべる。

ラジオでは、ジョン・レノンの命日だと言っていた。
ショッキングな事件で、どこかの駅前で号外が配られていたことが記憶に残っている。
1980年のことだった。
 ※ この殺害事件については、Wikipedia(ジョン・レノンの項)に詳しく書かれていて興味ぶかい。
  Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/

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2007年11月28日 (水)

【読】友人からの贈りもの(二冊の本)

親しい友人が、二冊の本を贈ってくれた。
ありがとう。

Ogma_shisen『小熊秀雄詩撰 星の光りのように』
 小熊秀雄 著
 編集 小熊秀雄賞市民実行委員会 詩集編集委員会
 発行者 松田忠男
 発行所 小熊秀雄賞市民実行委員会
 2007年11月1日 初版第一刷発行



北海道旭川市の 「小熊秀雄賞市民実行委員会」 の事業として計画されたもの。
六人の編集委員の一人が、この本を贈ってくれた私の友人。

■ 関連ネット記事 ■

(北海道新聞のサイト)
旭川の風物詠んだ52編 小熊秀雄の詩集、あす発刊 (11/20 08:17)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/culture/61486.html

(あさひかわ新聞 ONLINE)
小熊秀雄賞実行委員会 新詩集「星の光りのように」発刊 2007/11/20
http://www.asahikawa-np.com/digest/2007/11/0210531/

■ この本の入手方法 (友人の掲示板告知から) ■

NORTHLAND ART STUDIO
http://northland-art-studio.web.infoseek.co.jp/

=================================================================
小熊秀雄賞市民実行委員会 事務局
〒070-8003
旭川市神楽三条九丁目1-10 高田様 方
電話 0166-61-2731
FAX 0166-61-2937
郵便振替 02720-0-43945
定価 1,000円 (消費税込)  送料 200円
まずFAXで氏名、住所などをお知らせの上、郵便振替で1,200円を振り込んで
頂ければ、近日中に送付されます。

 (2007/11/29 変更) 送料 100円 → 200円
=================================================================

ブログ 焔の詩人・小熊秀雄
http://sea.ap.teacup.com/ogumahideo/

■ 関連サイト ■
旭川冨貴堂書店
http://www.fukido.co.jp/index.html
同サイト内 詩人・小熊秀雄
http://www.fukido.co.jp/pmr/idx_pmr.html

もう一冊。
贈ってくださったのは、同じ友人のお知りあいの方。
友人経由で、私のもとに届いた。
以前、このブログでも紹介した本。
(内容は、カテゴリー 「宮沢賢治」 をクリックしてご覧いただきたい)

Kenjinoseishun『宮沢賢治の青春』
  "ただ一人の友" 保阪嘉内をめぐって
 菅原千恵子 著
 角川文庫
 平成9年11月25日 初版発行
 平成15年3月10日 再版発行


菅原千恵子(すがわら ちえこ)
1949年、宮城県生まれ。 宮城学院女子大学日本文学科卒。
71年 同大学に副手として勤務。
72年 「文学」(岩波書店刊)に 「『銀河鉄道の夜』新見」 を発表。
著書に 「よくわかる宮沢賢治 I・II」(共著、学研刊)、「満天の蒼い森」(角川書店刊) など。
 ― この本の著者紹介から ―

Amazon 『満天の蒼い森――若き日の宮沢賢治』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4048730274

『宮沢賢治の青春』は、現在絶版。
Amazon
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4043433018

私は図書館から借りて読んでいたが、とてもいい本だ。

貴重なご本をいただき、ありがとうございます。
この場から、お礼申しあげます。

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2007年11月16日 (金)

【読】宮沢賢治全集

きっかけがなければ、通して読んでみることなどなかったかもしれない。

宮沢賢治全集 ちくま文庫 全10巻
 第1巻~4巻  詩集1~4
 第5巻~8巻  童話1~4
 第9巻  書簡
 第10巻  農民芸術概論/手帳/ノート/他

もちろん、10巻すべてを読むつもりはなく、第5巻から第8巻までの童話集に挑戦してみる。
なぜか、本棚の奥に長いあいだ眠っていたのだ。
第1巻の 『春と修羅』 と、童話集の4巻を、ずいぶん前に買ったんだな。
いつか読もうと思って。

Kenji_tikuma05宮沢賢治全集 5 ちくま文庫
蜘蛛となめくぢと狸/双子の星/貝の火/いてふの実/よだかの星/さるのこしかけ/種山ヶ原/めくらぶだうと虹/気のいい火山弾/馬の頭巾/ツェねずみ/鳥箱先生とフウねずみ/クンねずみ/けだもの運動会/十力の金剛石/若い木霊/カイロ団長/とっこべとら子/よく利く薬とえらい薬/十月の末/ひかりの素足/ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記/風野又三郎/毒蛾/谷/二人の役人/鳥をとるやなぎ/茨海小学校/二十六夜/異稿

途中の 「けだもの運動会」 まで読んだが、いいなと思ったのは 「種山ヶ原」 だった。
「よだかの星」は、確かに胸を打つ物語だけれど、よだかがどうしてあそこまでいじめられるのか、私には理解できない。
ヨタカは、そんなに醜い鳥と思わないから。

賢治の童話は、不思議な世界だ。

それにしても、よくこんなに書いたものだと感心する。
それも、発表するあてのないものばかり、何度も推敲を重ね続けている。
未完のものも多い。
賢治は、いったい誰に向けて書き続けたのだろうか。  

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2007年11月14日 (水)

【読】宮沢賢治本

この本は、おもしろかった。

Sugawara_kenji2『宮沢賢治の青春 "ただ一人の友"保阪嘉内をめぐって』
 菅原千恵子 著 角川文庫 1996/11/25

著者があとがきで書いているように、賢治についてさまざまな分野の人が、いろんなことを論じてきた。
「詩人や哲学者はもちろん、宗教家、精神分析医も教育者も、地質学者も植物学者も、そして天文学者さえ彼について語った。 けれど、賢治の全てを一人で論じられる人は未だかつていない。 それほど彼はキャパシティの大きな存在であったと言える。 しかも人間をとりまくあらゆる現象を、ごく自然な形で内包していた。」 (本書あとがき)

著者は、保阪嘉内という賢治の無二の友人に焦点をあて、賢治の人生や作品に色濃く影をおとしているこの人物との、のっぴきならない関係を探る。

「もちろん賢治の人生や作品が、保阪嘉内ただ一人の影響によって彩られていたと言うつもりはさらさらない。 私のこの作品を読まれた方の中には、 (中略) 嘉内が大きく見えるのに対して賢治がひどく小さく感じられて、大いに失望したという言葉も聞こえてきそうである。 / しかし私たちが思い描いている途方もなく大きな賢治とはいったいどの時期のどの作品を読んだ時からイメージされるようになったのだろうか。」 (同上)

詳しく書く余裕がないが、まったく新しい 「賢治論」 として推奨したい。
残念なことに、絶版であるが。

今、読んでいるのがこれ。
題名がちょっとナニなんだが、後半は面白い。
もう少しで読み終える。

Kenji_doutei_2『童貞としての宮沢賢治』 押野武志 著
 ちくま新書 409 2003/4/10

 

著者は、北海道大学大学院文学研究科助教授の肩書きをもつ、学者。
文章がいかにも学者っぽくて、あまり好きにはなれないが、なるほどこういう見方もできるのだな、と感心する部分もあった。

 

宮沢賢治について、わたしじしん、ずいぶん前から関心があったようで(ひとごとのようだが)、本箱をあさったら、こんな本もでてきた。
吉本さんの書いた本は、すこしだけ読んで、匙をなげた。
文庫もでているので、読んでみよう。
他の二冊は、それぞれ独自の視点から語った賢治論とエッセイで、興味ぶかいのだが、やや専門的。

左から
『縄文の末裔・宮沢賢治』 田口昭典 著 無明舎出版 1993年
『わたしの山旅 賢治と石と花と』 中谷俊雄 著 矢立出版 1985年
 (この本は、ずいぶん前に知人からいただいたもの。エッセイ風)
『宮沢賢治 近代日本詩人選13』 吉本隆明 著 筑摩書房 1989年

Kenji_jyoumonKenji_yamatabiKenji_yoshimoto

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2007年11月10日 (土)

【読】宮沢賢治をめぐって

ある方のブログで知った本。
平成9年(1997)に出た文庫本なのに、調べてみたらすでに手に入らない。
Amazonでは、文庫本としては破格の値段がついていた。
こういう稀覯本(きこうぼん)があるものなんだな。

さいわい、近くの図書館に置いてあった。
元の単行本もあったので、意味もなく両方借りてきた。

Sugawara_kenji2_2Sugawara_kenji1『宮沢賢治の青春
   "ただ一人の友"保阪嘉内をめぐって』
 菅原千枝子 著

(左) 角川文庫 1997/11/25
(右) 宝島社 1994/8/5

 

Amazon
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4043433018

文庫版の解説は斉藤慎爾。
あとがきを見て、おもしろいと思ったのは、編集者と思われる小川哲也という人が、単行本では「宝島社」なのが、文庫では「洋泉社」となっていること。
出版社を移籍したんだな、きっと。

保阪嘉内の名前は知っていた。
山梨には保坂・保阪という姓が多い。
この保阪嘉内も山梨出身。
「盛岡高等農林学校に入学、自啓寮に入って、室長だった賢治と出会い無二の親友になる」 とある。
(文庫版解説 斉藤慎爾)

カバー写真の左上が保阪嘉内、右上が賢治である。

この本は読み応えがありそうだ。
そういえば、ずっと本棚に眠っていたこんな本もあった。
買ったまま、ずっと読まずにいた本。
こういう本が多いな。

Miyazawa_seiroku『兄のトランク』 宮沢清六 著
 ちくま文庫 1991/12/4
 (1987/9/29 筑摩書房刊の文庫化)

Amazon
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/448002574X

筑摩書房
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480025746/

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2007年10月26日 (金)

【読】鬼と鹿と宮沢賢治

こんな本を読みはじめた。

Kadoya_kenji『鬼と鹿と宮沢賢治』 門屋光昭
 集英社新書 (0038D) 2000.6.21

蝦夷(えみし)の小説 『火怨』 つながりということもあるし、五木寛之の 『日本人のこころ』 で紹介されていたということもある。
だいぶん前に手に入れていたものだが、ようやく読んでみようという気になった。

宮沢賢治は不思議な魅力を秘めた人物だ。
以前から強い関心をもっていた。
まるで東北の地そのもののような、泥臭い側面に惹かれる。
熱烈な法華経の信者だったことも、ひっかかっていた。
この門屋さんの本では、そのあたりに焦点があてられていてとても興味ぶかい。

― 本書のカバー見返し紹介文 ―
<賢治が生まれ育った岩手県は、民俗芸能の宝庫だ。 鬼剣舞(おにけんばい)や鹿踊り(ししおどり)、チャグチャグ馬コなどの民俗芸能・祭礼行事が今もさかんにおこなわれ、多くの伝説や昔話が語り伝えられている。 それらは、賢治が描いた童話や詩のなかに、いろいろな形で影響をあたえている。 本書は、鹿踊りや隠し念仏、さらに 『遠野物語』 の佐々木喜善との交流など、民俗学の視点から、宮沢賢治の世界を読み解いてみせる。 イーハトーブ(岩手)に生きた天才詩人の、原風景となった風土からの斬新な報告である。>

賢治もまた、蝦夷、さらには縄文人の末裔だった、と思う。

五木寛之の関連書は、これ。
『日本人のこころ 6』 は対談集で、門屋氏との対談も収録されている。

Kokoro05Kokoro6

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2006年5月25日 (木)

【読】こころの新書 (9)

五木寛之 「こころの新書」 シリーズ 5 (講談社)
 『日本人のこころ 九州・東北 隠れ念仏と隠し念仏』

きょう、読みおえた。
このシリーズ(日本人のこころ)の4冊のなかでも、ぼくにとっていちばん興味深い内容だった。

Kokoro05_3第一部 「隠れ念仏」と知られざる宗教弾圧
かつて日本がキリスト教を禁止していた時代に、信仰を棄てなかった「隠れキリシタン」のことはよく知られているが、九州南部の鹿児島および熊本、宮崎の一部(薩摩藩、人吉藩) で、三百年にもおよぶ念仏禁制の時代があったことや、「隠れ念仏」と呼ばれる真宗門徒がいたことは、ほとんど知られていない。
五木さんは、その「隠れ念仏」の跡をたんねんに歩いてたどっている。
また、中学生の頃に聞いたという「カヤカベ」という言葉を思いだしながら、「カヤカベ」と呼ばれる「隠れ念仏」衆(表面上は神道の信者を装いながら、一種独特の信仰を守りつづけた人たち)についても、詳しく書いている。

第二部 「隠し念仏」が語る魂の鉱脈
こちらは、東北の岩手地方(盛岡藩、八戸藩、仙台藩)で秘かに伝えられた信仰だ。
江戸時代、飢饉や凶作に苦しみ、つよく救いを求めた民衆が、過酷な宗教統制を行なう幕藩体制と、その末端組織に組みこまれてしまった真宗寺院の両方から、じぶんたちの信仰を守ろうとして「隠し」続けたという。
ぼくのまったく知らなかった世界である。
不思議なことに、この「隠し念仏」は、いまでも秘密結社的色彩を色濃く持ちつづけているために、世間からあらぬ誤解を受けたり、本願寺からも異端、邪宗扱いされているという。

第二部は、ぼくにとって、ことに興味深かった。
五木さんは、実際にこの「隠し念仏」の信者を訪ね、じつにたんねんに調べ、かつ、深く考察している。 
柳田國男の『遠野物語』に「隠し念仏」のことが書かれていること。
熱心な法華経信者だった宮沢賢治の家が熱心な浄土真宗であり、賢治のまわりにたくさんの「隠し念仏」信者がいたこと。
賢治が彼らのことを、「秘事念仏の大元締が」という口語詩(『春と修羅 第三集』)に書いていること。
賢治の実家に疎開していた高村高太郎も、「隠し念仏」のことを詩に書いていること。
・・・等々、興味はつきない。

また、五木さんが、民俗学者の赤坂憲雄さんの著作からいろいろ教わった、と書いていることも、うれしかった。
(赤坂さんとは『東北学』という冊子の誌面で対談しているという)
というのも、すこしまえに、ぼくは赤坂さんの 『柳田国男の読み方』(ちくま新書)を読んで、深く感銘したからだ。

→2006年2月11日 【読】読書日誌 柳田国男
https://yamaoji.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post_d63b.html

紹介したいことは尽きないが、この五木さんの本からは、次から次へと想像をかきたてられる。
とても内容の濃い一冊だ。

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2006年2月20日 (月)

【読】柳田国男と宮澤賢治

柳田国男全集を借りてきて読み始めている。
なかなか手ごわい。

yanagita_zensyuu『柳田國男全集 11』 ちくま文庫 1990年
(妹の力、巫女考、毛坊主考、ほか)

 

「巫女考」(大正2~3年「郷土研究」所収)という、文庫で100ページほどの論文から読み始めたのだが、これがまた、小さな文字が(文庫なので)ぎっしりと詰まっているのだ。
つまり、情報量が多い。
まあ、がんばろうと思う。

柳田国男のテクストに難航していたら、別の本でおもしろいものを読んだ。
yanagita
『新文芸読本 柳田國男』 河出書房新社 1992年
執筆陣が、なかなかのもの。
三島由紀夫、鶴見和子、谷川雁、宮本常一、小島美子、松谷みよ子、鶴見俊輔、吉本隆明、大江健三郎、等々。

谷川雁の 「柳田國男と宮澤賢治」 が面白かった。
(1990年8月、遠野常民大学発行 「『遠野物語』の世界―第七回・八常民大学合同研究会記録」所収)
宮澤賢治の作品にみられる、柳田国男的な世界についてふれている。

柳田国男、明治8年生まれ。宮澤賢治、明治29年生まれ。
柳田の『遠野物語』は、明治43年に出版されている。

賢治の童話のなかに、『座敷童子』という、あきらかに『遠野物語』の影響をうけたとみられるものがある。
『遠野物語』を柳田に聞かせた遠野の佐々木喜善(明治19年生まれ)は、しばしば花巻にあらわれて、エスペラント語を習いに来たり、民俗学の話を若者たちに聞かせたりしていたという。

その佐々木喜善が花巻から興奮して帰ってきて、「きょう、花巻ですばらしい青年と出会ったぞ、宮澤賢治というのだ」と、息子さんに語ったという逸話を谷川雁が紹介している。
賢治の『座敷童子』は、この佐々木喜善の影響ではないかという。

他にも、谷川雁は賢治の作品に『遠野物語』的な民潭世界の影をみている。

『水仙月の四日』 ・・・女神が子どもを取ろうとする話。これは、まさしく『遠野物語』の世界である。
『どんぐりと山猫』・・・裁判をする山猫の前にどんぐりたちが群がるのを見て、一郎が「奈良の大仏に参詣するみんなの絵のようだ」と思うところ。
説経節『山椒太夫』お「誓文」(厨子王をかくまった坊さんが、日本国中の大きな神さまを並べて、ここには子どもはいないと誓う)に通じる。誓文に奈良の大仏が出てくる。
また、山猫が陣羽織を着ているあたりも、説経節の影響がみられる、という。

ほかにも山男(赤い顔、金色の目をもつ異人)がでてくる話として
『山男の四月』 『狼森と笊森、盗森』 『紫根染めについて』 『風の又三郎』 『祭りの晩』
などがあるという。
谷川雁の講演の面白さをうまく紹介できないが、刺激的なはなしがたくさんある。

これまでずっと、ぼくには宮澤賢治の童話が不思議でならなかった。
西欧的な要素がありながら、どこか泥くさい感じがあり、そこが魅力なのだが、いったいどういうことなのかという疑問があった。
谷川雁の指摘を要約すると、「賢治は『遠野物語』的な民潭の世界を自ら作った」ということだろう。
なるほど、と思ったのである。

柳田国男の世界も、ぼくにはいよいよ面白くなってきた。
まあ、人物としては南方熊楠の方がより魅力的なのだが・・・。


《参考》 ― Wikipediaから
谷川雁(たにがわがん) 本名 谷川巌(タニガワイワオ)
1923年12月16日 - 1995年2月2日
詩人、評論家、サークル活動家。 熊本県水俣市に六人兄妹の次男として生まれる。
兄は、民俗学者の谷川健一。
1945年、東京大学文学部社会学科卒。
戦後、西日本新聞社に勤務。「九州詩人」「母音」に詩を発表し、安西均、那珂太郎などと交遊。
1947年、日本共産党に入党すると大西巨人、井上光晴らと活動し、新聞社を解雇される。
1960年、安保闘争を機に共産党を離党し、吉本隆明らと「六月行動委員会」を組織して全学連主流派の行動を支援する一方、地元の大正炭鉱を巡る争議では「大正行動隊」を組織して活動した。「多数決を否定する」「連帯を求めて孤立を恐れず」といった、個人の自立性、主体性を重視し既成組織による統制を乗り越えようとした組織原理と行動原理は、その後の全共闘運動にも大きな影響を与えている。
1961年、吉本隆明、村上一郎と思想・文学・運動の雑誌「試行」を創刊したが、8号を最後に脱退(「試行」はその後、吉本の単独編集となる)。評論集「戦闘への招待」を発表。
1963年、評論集「影の越境をめぐって」を刊行。大正鉱業退職者同盟を組織して退職金闘争を展開。
1965年、闘争の終息とともに執筆を含めた一切の活動を停止、上京すると語学教育を展開する「ラボ教育センター」を設立した。組合との対立では、かつての左翼運動家谷川雁の「変節」が話題を呼んだ。
1978年、長野県黒姫山へ移住。
1981年から「十代の会」を主宰し、宮沢賢治を中心に児童文化活動に取り組むなどの活動を再開した。
1991年、作曲家新実徳英と共作で合唱曲「白いうた 青いうた」の制作を開始。全100曲を目指したが、雁の死により53曲で中断。
1995年2月2日、肺がんにより死去。

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